説明

高張力鋼用溶接ワイヤ

【課題】パイプ溶接等の全姿勢溶接においてビード形状が良好で、溶接作業性に優れ、0℃以下での低温靭性に優れた高張力鋼用溶接ワイヤを提供する。
【解決手段】高張力鋼用溶接ワイヤの成分を、C:0.04乃至0.10質量%、Si:0.20乃至0.60質量%、Mn:1.00乃至1.80質量%、Ni:1.60乃至2.40質量%、Cr:0.10乃至0.50質量%、Mo:0.50乃至0.80質量%、Ti:0.02乃至0.20質量%を含有し、Al:0.010質量%以下、B:10質量ppm以下、V:0.010質量%以下、Nb:0.010質量%以下、P:0.013質量%以下、S:0.013質量%以下、Cu:0.40質量%以下に抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、API(American Petroleum Institute:アメリカ石油協会)規定の5Lで規定されているX80用に使用される高張力鋼用溶接ワイヤに関し、特に、パイプ等の全姿勢溶接において良好なビード形状及び溶接作業性が優れた高張力鋼用溶接ワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
寒冷域又は海底におけるガス及び油田開発が進み、パイプラインの敷設及び使用環境はより多様化しているが、一方では、高騰するパイプライン敷設及び操業コストの低減が求められている。このため、近年、高強度鋼材の使用による鋼材量の低減及び操業圧力の増加が試みられており、国外ではX80クラスの鋼管が使用されている。国内で使用されている鋼管は、現時点ではX65クラスまでにとどまっているが、X80クラスの適用も積極的に検討されており、X80クラスの鋼管を周継手溶接するためのソリッドワイヤについての検討も進められている。
【0003】
近時、パイプの全姿勢溶接として溶接作業の高能率化が求められており、ビード形状及び溶接作業性の良好な高張力鋼用溶接ワイヤの開発が強く要望されている。
【0004】
特許文献1には、70乃至80キロ級高張力鋼を使用した圧力容器、ペンストック、橋梁、各種の建設機械等の溶接に使用されるMIG溶接ワイヤで全姿勢溶接を可能とすることが記載されており、高Si系にすることにより劣化する低温靭性を、Tiの添加により結晶粒を微細化することで改善している。しかしながら、この従来のMIG溶接ワイヤは、近年の要求水準を満足せず、ビード形状及び溶接作業性も十分ではない。
【0005】
特許文献2には、70乃至80キロ級高張力鋼を対象として、優れた低温靭性の溶接金属を得ることのできるMIG溶接ワイヤが記載されており、−100℃程度の低温においても優れた靭性を示しかつ強度も十分である。しかしながら、低温靭性の改善のためNiを2.9乃至3.3質量%と高く添加せざるを得ず、またCrは靭性を阻害する元素であるため0.1質量%以下に規制し又は一切含有させていない。更には、この従来のMIG溶接ワイヤもビード形状及び溶接作業性も十分ではない。
【0006】
特許文献3には、溶接後熱処理後においても良好な破壊靭性とシャルピー衝撃特性が得られる70乃至80キロ級高張力鋼用MIG溶接ワイヤが記載されており、Mn、Ni及びTiによって結晶粒を微細化し得ること、Cu、Mn及びNiを適量とすることによって粒界を安定化し得ること、焼戻し脆化元素であるSb、As及びSnの制限によって安定した破壊靭性値を有する高強度溶接金属が得られることが記載されている。特許文献3に記載されている高張力鋼用MIG溶接ワイヤでは、特にNiは結晶粒微細化能を有し、靭性安定化のために2.40質量%以上必要としている。しかしながら、溶接後熱処理後の性能確保のために合金元素を多く添加しており、合金元素によるビード形状及び溶接作業性のへの悪影響がある。
【0007】
特許文献4は、引張強さが780MPa以上の高張力鋼に使用される高張力鋼用溶接ワイヤに関するものであり、パイプ等の全姿勢溶接において良好な耐割れ性及び耐欠陥性が優れた高張力鋼用溶接ワイヤが記載されている。特許文献4に記載されている高張力鋼用溶接ワイヤは、パイプの全姿勢MAG溶接における溶接欠陥を防止するために、Cr及びMoの群から選択して添加し、N、S、O、H、Tiからなる群から選択された元素を添加している。しかしながら、この従来技術は、Cr、Mo、Niの全てを最適範囲で添加しようとするものではなく、ビード形状及び溶接作業性も十分なものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公昭53−027216号公報(第2頁、図3)
【特許文献2】特開昭60−158995号公報(第2頁)
【特許文献3】特許2854650号(第2〜3頁)
【特許文献4】特開2000−301379号公報(第3頁)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述した従来の高張力鋼用溶接ワイヤでは、ビード形状が凸になることによる手直しが必要となり、またスパッタ発生量が多いといった問題点があり、このことから、補修溶接が必要となり、溶接工程数が増大している。即ち、ビード形状が良好で、補修溶接が不要で、スパッタの除去作業が不要であり、溶接作業性に優れており、0℃以下での低温靭性が優れるX80用周継手溶接用ソリッドワイヤは未だ開発されていないのが現状である。
【0010】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、パイプ溶接等の全姿勢溶接等において、ビード形状が良好で、溶接作業性に優れ、0℃以下での低温靭性に優れた高張力鋼用溶接ワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る高張力鋼用溶接ワイヤは、
C:0.04乃至0.10質量%、
Si:0.20乃至0.60質量%、
Mn:1.00乃至1.80質量%、
Ni:1.60乃至2.40質量%、
Cr:0.10乃至0.50質量%、
Mo:0.50乃至0.80質量%、
Ti:0.02乃至0.20質量%、を含有し、
かつ、Al:0.010質量%以下、B:10質量ppm以下、V:0.010質量%以下、Nb:0.010質量%以下、P:0.013質量%以下、S:0.013質量%以下、Cu:0.40質量%以下に抑制し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする。
【0012】
この場合に、ワイヤ全質量あたり、Crが0.20乃至0.40質量%であることが好ましい。
【0013】
また、ワイヤ全質量あたり、Siが0.35乃至0.55質量%であることが好ましい。
【0014】
また、ワイヤ全質量あたり、Niが1.85乃至2.15質量%であることが好ましい。
【0015】
また、ワイヤ中のSi含有量を[Si](質量%)、Mo含有量を[Mo](質量%)、C含有量を[C](質量%)、Cr含有量を[Cr](質量%)、Ni含有量を[Ni](質量%)としたとき、下記数式により与えられるAの値が0.30以上であることが好ましい。
【0016】
【数1】

【0017】
この場合、シールドガスとして80%のArガスと20%のCOガスとの混合ガスを用い、管材の溶接に使用される。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る高張力鋼用溶接ワイヤは、ビード形状が良好であり、溶接作業性が優れており、補修溶接及びスパッタの除去作業を省略でき、かつ、0℃以下での低温靭性が優れた溶接金属を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】溶接部の開先の形状を示した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
全姿勢MAG溶接のうち、パイプの全姿勢MAG溶接では、低電流領域による溶接を余儀なくされ、溶滴移行が不安定であるため、溶け込み形状が不安定になり、ブローホール又は融合不良等の溶接欠陥が発生しやすく、またビード形状が凸になりやすいところ、本願発明者等は鋭意実験研究の結果、Sを添加し、C、Ni、Crの各々の添加量を限定し、ワイヤ先端の溶滴の表面張力を減少させ、スパッタの発生を抑えるとともにビードが凸になることを抑制させることができることを知見した。また、本願発明者等は、Si、Al及びTiの各々の添加量を限定し、ワイヤ先端の溶滴の粘性増加を抑制し、溶滴を細かい状態で連続的にワイヤから離脱させて低電流でのアークの安定性を向上させ、また、C、Cu、Ni及びPの各々の添加量を限定し、溶接金属の強度を向上させ、更に、Mn、Ni及びNを添加して、Ti及びBの各々の最大量を限定し、溶接金属の靭性を向上させることができることを見出した。本発明はこれらの知見に基づき完成されたものであり、本発明により、鋼構造物の品質の確保及び溶接能率の向上を図ることができる。
【0021】
以下に、本発明の高張力鋼用溶接ワイヤについて更に説明する。先ず、含有成分の限定理由について述べる。
【0022】
C:0.04乃至0.10質量%
Cは焼入れ性を高め強度を向上させるのに不可欠な元素である。溶接金属の強度及びアークの安定性を確保するために有効なC含有量は0.04質量%以上である。一方、C含有量が0.10質量%を超えると、耐割れ性を著しく劣化させるほか、アークが不安定になり溶接作業性が劣化する。従って、C含有量は0.04乃至0.10質量%とする。
【0023】
Si:0.20乃至0.60質量%
Siは主要な脱酸元素である。また、Siは溶接時における溶融プールと母材の濡れ性を改善し溶接作業性を改善する作用がある。Si含有量が0.20質量%未満では、脱酸効果が弱く気孔が発生しやすくなり、溶接作業性の改善効果が得られない。一方、Si含有量が0.60質量%を超えると、溶滴の粘性が高くなり、ワイヤ先端からの溶滴の離脱が不安定になり、アークの安定性を劣化させるほか、粒界に低融点酸化物を析出させて耐割れ性及び靭性が劣化する。また、Siの過剰添加はスラグ量を増大させ、その除去に手間がかかる。従って、Si含有量は0.20乃至0.60質量%とする。なお、Si含有量は0.35乃至0.55質量%とすることがより好ましい。
【0024】
Mn:1.00乃至1.80質量%
Mnは脱酸元素であるとともに、フェライト変態温度を下げてフェライト粒を微細化し、強度及び靭性を高める元素である。Mn含有量が1.00質量%未満では高強度及び高靱性を得ることができない。一方、Mn含有量が1.80質量%を超えると、ラス状組織を呈し溶接金属の靭性をかえって劣化させる。また、Mnの過剰添加はスラグ量を増大させ、その除去に手間がかかる。従って、Mn含有量は1.00乃至1.80質量%とする。
【0025】
Ni:1.60乃至2.40質量%
Niは強度と靭性を高める元素である。Ni含有量が1.60質量%未満では、高靱性を得ることができない。一方、Ni含有量が2.40質量%を超えると、ビード形状が凸になり良好なビードが得られない。従って、Niの含有量は1.60乃至2.40質量%とする。なお、Ni含有量は1.85乃至2.15質量%とすることがより好ましい。
【0026】
Cr:0.10乃至0.50質量%
Crは強度を向上させるのに有効な元素である。Cr含有量が0.10質量%未満では、強度向上に十分な効果を得ることができない。一方、Cr含有量が0.50質量%を超えると、ビード形状が凸になり良好なビード形状が得られない。従って、Cr含有量は0.10乃至0.50質量%とする。なお、Cr含有量は0.20乃至0.40質量%とすることがより好ましい。
【0027】
Mo:0.50乃至0.80質量%
Moは強度を向上させるのに有効な元素である。Mo含有量が0.50質量%未満では、強度向上に十分な効果を得ることができない。Mo添加によりビード形状に大きな影響は与えないものの、Mo含有量が0.80質量%を超えると、溶接金属がラス状組織になり、靭性が低下する。従って、Mo含有量は0.50乃至0.80質量%とする。
【0028】
Ti:0.02乃至0.20質量%
Tiは脱酸性元素であるとともに、強度の向上に有効な元素である。Ti含有量が0.02質量%未満では、十分な脱酸性及び強度の向上の効果を発現しない。一方、Ti含有量が0.20質量%を超えると、溶接金属中のTi量が多くなるため、強度及び硬度が過度に高くなり、靭性が低下する。また、スラグ量が増加するため、除去作業の手間も増大する。従って、Ti含有量は0.02乃至0.20質量%とする。
【0029】
Al:0.010質量%以下
Alは脱酸性元素である。Al含有量が0.010質量%を超えると、溶滴の粘性を高めて溶滴の離脱を不連続にし、アークの安定性を著しく劣化する。従って、Al含有量は0.010質量%以下に規制する。
【0030】
B:10質量ppm以下
Bは焼入れ性の強い元素である。B含有量が10質量ppmを超えると、ラス状組織を呈して靭性を劣化させる。従って、B含有量は10質量ppm以下に規制する。
【0031】
V:0.010質量%以下
Vは強度、特に耐力の向上に有効な元素であるが、V含有量が0.010質量%を超えると、低温における靭性が低下する。従って、V含有量は0.010質量%以下に規制する。
【0032】
Nb:0.010質量%以下
Nbは炭化物を形成して溶接金属の低温靭性を劣化させる元素である。Nb含有量が0.010質量%を超えると、炭化物を形成する作用が顕著になり、靭性が低下する。従って、Nb含有量は0.010質量%以下に規制する。
【0033】
P:0.013質量%以下
Pは靭性及び耐凝固割れ性を著しく劣化させる元素である。P含有量が0.013質量%を超えると、靭性及び耐凝固割れ性を著しく劣化させる。従って、P含有量は0.013質量%以下に規制する。
【0034】
S:0.013質量%以下
Sは溶滴の表面張力を減少させて、ワイヤ先端の溶滴を細かい状態で連続的に離脱させ低電流でのアークを安定させる元素である。また、溶融金属の粘性を減少させて、鋼材への融合性を向上させる。S含有量が0.013質量%を超えると、溶接金属の靭性が低下し、アークも不安定になる。従って、S含有量は0.013質量%以下に規制する。
【0035】
Cu:0.40質量%以下
Cuは防錆用メッキ分を含む。Cu含有量が0.40質量%を超えると、溶接金属に凝固割れが発生しやすくなる。従って、Cu含有量は0.40質量%以下に規制する。
【0036】
A=(1.5[Si]+[Mo])/(20[C]+[Cr]+1.2[Ni]):0.30以上
Siは溶接時に溶融プールと母材の濡れ性を改善し、溶接作業性を改善する元素である。Moは強度を向上させる効果があり、溶接作業性に影響は無いものの他の強度向上元素による溶接作業性低下を抑えることができる元素である。Cは多量に添加するとアークが不安定になり、スパッタ量が増加する元素である。Cr及びNiは多量に添加することでビードが凸になり、溶接作業性が低下する元素である。これらの元素で定めたA値=(1.5[Si]+[Mo])/(20[C]+[Cr]+1.2[Ni])が0.30を下回ると、ビード形状が不良もしくはアークが不安定になり溶接作業性が低下する。よって、A値は0.30以上とする。
【0037】
不可避的不純物
なお、本発明における不可避的不純物とは、Sb、As、Sn、N、O、H、W、Mg、Ca、Coを示し、Sb、As、Sn、N、O、Hについては総計で300ppm以下に制限する。Sb、As、Sn、N、O、Hの総量がこれを超えると、靭性低下及び耐割れ性の低下を招く。特に、Nは50ppm以下、Oは100ppm以下に制限することが好ましい。また、W、Mg、Ca、Coは総計で0.1質量%を超えると、靭性低下、耐割れ性の低下、及びスラグ量の増加等を招くため、0.1質量%以下に制限する。これらは強度向上、脱酸剤等の目的で添加される場合もあるが、本発明においては特には添加しない。
【0038】
シールドガス
シールドガスは、100%COによる溶接及びArとCOとの混合ガスによる溶接に大別できる。100%COの場合、シールドガスが安価であり、コストの点で優れているが、その反面、スラグ及びスパッタの発生量が多い等の欠点がある。100%COでは、更に、溶接金属の酸素量が多くなり、低温での靱性が低下するという機械的性質上の問題もある。一方、ArとCOとの混合ガスの場合、溶接時のスパッタは少なく、溶接金属の酸素量も低くなるため、優れた低温靱性を得ることができる。そのため、全姿勢溶接での溶接作業性を考慮すると、80%のArガスと20%のCOガスとの混合ガスが好ましい。
【0039】
溶接電源
溶接電源は、パルス電源でのスプレーアークでの溶接もあるが、パイプの全姿勢にわたり良好なスプレーアークを維持することが困難である。従って、電源はDC電源を用い、ショートアークによる溶接が好ましい。
【実施例】
【0040】
以下に、本発明の実施例を本発明範囲から外れる比較例と比較して具体的に説明する。図1は本実施例における溶接部の開先の形状を表す断面図である。本実施例では、図1に示す開先形状を有するAPI−5L−X80鋼の周継手を自動溶接した。表1はこのときの溶接条件を示したものである。更に、表2−1、表2−2、表3−1、及び表3−2は供試ワイヤの組成を示す。なお、表2−2及び表3−2において単位は質量%であるが、*で示すBのみ、単位はppmである。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2−1】

【0043】
【表2−2】

【0044】
【表3−1】

【0045】
【表3−2】

【0046】
表2−1、表2−2、表3−1、及び表3−2に示す溶接ワイヤを用いて溶接試験を行った。上進5時方向の位置が最も溶接作業性が悪くなるので、試験片は周継手の上進4時の方向から6時の方向にかけて採取した。溶接金属中央の板厚の1/2の位置から、溶接金属の機械的性能評価のために、JIS Z3111のA2号引張試験片及びJIS Z3111の4号衝撃試験片を採取し、試験を行った。その際、引張強さ(σ)が770MPa以上850MPa以下を合格とした。また、耐力が650MPa以上を合格とした。衝撃試験は1温度あたり3本の試験片について試験を行い、0℃における衝撃吸収エネルギーの平均値(E0℃)が100J以上を合格とした。溶接金属の最高硬さは、溶接金属の中央で、荷重98Nにおけるビッカース硬さを測定し、最高硬さ(Hv98)が300以下を合格とした。溶接作業性については、欠陥、ビード形状、アーク安定性、スラグ除去性(スラグ量及び剥離性)を評価した。アーク安定性は、良好であった場合を◎、スパッタが若干多い場合を○、除去に多大な時間がかかった場合を×とした三段階で評価し、前二者を合格とした。ビード形状は、良好であった場合を◎、少し乱れている場合を○、不良であった場合を×とした三段階で評価し、前二者を合格とした。融合不良を含めた内部健全性は、X線透過試験によって評価し、欠陥無しの場合を◎、検査合格範囲ではあるが若干の欠陥が発生していた場合を○、不良の場合を×とした三段階で評価し、前二者を合格とした。表4及び表5にこれらの試験結果を示す。
【0047】
【表4】

【0048】
【表5】

【0049】
以下、前記溶接試験の結果について詳細に記述する。表4における実施例T1〜T25は本発明の請求項1を満たす例であり、ワイヤ成分が本発明の範囲内であるため、いずれの試験においても良好な結果を示した。ただし、表4の実施例T23〜T25はA値が0.30以下であるため、アーク安定性及びビード形状がやや劣った。表5に示す比較例T26〜T46は本発明の範囲から外れる例である。
【0050】
次に、比較例について述べる。比較例T26は、ワイヤ中のC量が不足しているため、溶接金属の引張強さが低く、アークも不安定であった。逆に、比較例T27はワイヤ中のC量が過剰であるため、アークが不安定でスパッタ量が多く、やや凸ビードになった。また靭性が低く、最高硬さも高くなった。
【0051】
比較例T28は、ワイヤ中のSi量が不足しているため、十分な脱酸効果が得られず、ブローホールが多発した。また、やや凸ビードになり外観も悪かった。逆に比較例T29はSiが過剰なために靭性が低下し、外観も悪かった。
【0052】
比較例T30は、Mnが不足しているため、溶接金属の強度と靭性が低かった。逆に比較例T31はMnが過剰であり、スラグ除去に手間がかかるほか、溶接金属がマルテンサイト組織となり硬さが上昇し、低靭性であった。
【0053】
比較例T32は、ワイヤ中のP含有量が過剰なため、低靭性であった。比較例T33は、S含有量が過剰であるため、靭性が低く、アークも不安定であった。
【0054】
比較例T34は、ワイヤ中のNi量が少なく、強度及び靭性が低かった。比較例T35は、ワイヤ中のNi含有量が過剰であり、マルテンサイト組織が生成し、靭性が低かった。また、ビードが凸ビードになる傾向が見られた。
【0055】
比較例T36及びT38は、ワイヤ中のCr及びMoが不足しているため、強度が不足した。逆に、比較例T37及びT39は、Cr及びMoが過剰であり、溶接金属のミクロ組成がマルテンサイトとなり、硬さが上昇して低靭性であった。また、ビードが凸になった。
【0056】
比較例T40は、ワイヤ中のTiが不足しているため、強度が不足した。逆に、比較例T41はCrが過剰であり、溶接金属のミクロ組成がマルテンサイトとなり、硬さが上昇して低靭性であった。また、ビードが凸になった。またアークの安定性も劣化した。
【0057】
比較例T42は、ワイヤ中のCuが規制値を超えているため、靭性が低下した。また、比較例T43は、ワイヤ中のAlが規制値を超えているため、アークが不安定になるとともに靭性が低下した。また、比較例T44は、ワイヤ中のVが規制値を超えているため、靭性が低下した。また、比較例T46は、ワイヤ中のBが規制値を超えているため、靭性が低下した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.04乃至0.10質量%、
Si:0.20乃至0.60質量%、
Mn:1.00乃至1.80質量%、
Ni:1.60乃至2.40質量%、
Cr:0.10乃至0.50質量%、
Mo:0.50乃至0.80質量%、
Ti:0.02乃至0.20質量%、を含有し、
かつ、Al:0.010質量%以下、B:10質量ppm以下、V:0.010質量%以下、Nb:0.010質量%以下、P:0.013質量%以下、S:0.013質量%以下、Cu:0.40質量%以下に抑制し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする高張力鋼用溶接ワイヤ。
【請求項2】
Crが0.20乃至0.40質量%であることを特徴とする請求項1に記載の高張力鋼用溶接ワイヤ。
【請求項3】
Siが0.35乃至0.55質量%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の高張力鋼用溶接ワイヤ。
【請求項4】
Niが1.85乃至2.15質量%であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の高張力鋼用溶接ワイヤ。
【請求項5】
ワイヤ中のSi含有量を[Si](質量%)、Mo含有量を[Mo](質量%)、C含有量を[C](質量%)、Cr含有量を[Cr](質量%)、Ni含有量を[Ni](質量%)としたとき、下記数式により与えられるAの値が0.30以上であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の高張力鋼用溶接ワイヤ。


【図1】
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【公開番号】特開2010−158716(P2010−158716A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−4103(P2009−4103)
【出願日】平成21年1月9日(2009.1.9)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)