説明

高性能材料の製造方法

【課題】
半導体などの材料を構成している結晶を、材料の形状を変形させたり、不純物を添加したりすることなく、微細化し、更には結晶方位を揃えて結晶を成長させること、および原子スケールの組成傾斜構造を形成させることができる高性能材料の製造方法を提供する。【解決手段】 二つ以上の異なる元素または同位体からなる合金もしくは固溶体、化合物もしくは化合物の混晶、またはこれらの混合物等の材料に対して、高重力場処理を施す。具体的には、材料が固相状態を保つことができ、かつ再結晶温度以上の温度下で、1万g以上の重力加速度を印加する。これにより、原子量の大きい元素が重力方向に一軸変位して結晶構造に大きな一次元格子歪みが生じて、結晶が微細化される。処理時間を長くすると、元素の沈降が生じ、結晶方位が揃って成長すると共に、原子スケールの組成傾斜構造が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二つ以上の異なる元素または同位体により構成される材料の結晶組織を制御し、結晶の微細化、結晶配向、方位を揃えての結晶成長、さらに原子スケールの組成制御を行うことによりその特性が向上されてなる高性能材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属、半導体および絶縁体などのさまざまな結晶性機能材料(以降、単に材料という)では、それを構成する結晶のサイズや配向性が電気的特性、磁気的特性、光学的特性、熱的特性あるいは機械的特性に大きな影響を及ぼす。そのため、材料の作製プロセスの観点から、結晶のサイズ(粒径)や配向の制御方法が重要視されている。
【0003】
特に、上記材料の一つである熱電材料については、その性能を向上させるために、結晶の微細化および結晶配向の制御が有効であることが知られている。結晶を微細化する方法としては、溶湯へ結晶微細化剤を添加する方法(例えば、特許文献1参照)、強歪み加工法および微粒子瞬間固化法などがある。強歪み加工法としては、具体的には、繰返し圧延を行う方法(例えば、特許文献2参照)、せん断押出し(Equal Channel Angular Pressing;ECAP)法(例えば、特許文献3参照)あるいは圧縮ねじり成形をする方法などが挙げられる。微粒子瞬間固化法としては、衝撃圧縮を利用した方法(例えば、特許文献4参
照)あるいは放電プラズマ焼結を利用した方法(例えば、特許文献5参照)などが挙げられる。一方、結晶配向を制御する方法としては、結晶磁気異方性を利用して磁場を印加することにより結晶方位を制御する方法(例えば、特許文献6参照)、結晶構造のすべり易さの異方性を利用した圧延−熱処理法、基板からのエピタキシャル成長を利用した化学気相成長(Chemical Vapor Deposition ; CVD)法および物理気相成長(Physical Vapor Deposition ; PVD)法などがある。
【0004】
また、バルク状の材料の組成傾斜を行う方法としては、2種類の材料粉末を混合比を変化させて型内に充填して層状にしたものを焼結する方法(例えば、特許文献7参照)、あるいは材料凝固過程において材料の粒子の密度の差を利用して重力加速度が1千g以下の弱い遠心力を印加する方法(例えば、特許文献8参照)などがある。
【特許文献1】特開2003−193153号公報
【特許文献2】特開2000−73152号公報
【特許文献3】特開2003−96551号公報
【特許文献4】特開2001−207202号公報
【特許文献5】特開平10−41554号公報
【特許文献6】特開2003−342100号公報
【特許文献7】特開2003−178678号公報
【特許文献8】特開2001−80972号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の結晶を微細化する方法に関しては、以下の問題がある。すなわち、溶湯に対して結晶微細化剤を添加する方法では、結晶微細化剤の添加により不純物が導入されること、および微細化の限界が数十μmであるという問題がある。また、強歪み加工法は、強歪み加工に耐え得る高延性の材料にしか適用できず、しかも繰り返し作業などを行わなければならない、という問題がある。更に、微粒子瞬間固化法では、空孔の発生、不純物の導入、材料粉末の表面酸化に加え、真密度に固化することが困難である、などの問題があった。
【0006】
また、結晶配向を制御する方法に関しては、次のような問題があった。すなわち、結晶磁気異方性を利用して強磁場を印加することにより結晶方位を制御する方法では、結晶磁気異方性を有する材料に限定される。圧延−熱処理法では、高い塑性変形能力を有する材料にしか適用することができず、しかも材料を薄板化しなければならず、材料の形状を保ったまま結晶配向を制御することができない、という問題があった。CVD法およびPVD法では、薄膜しか得られないことに加え、生成膜と基板とのミスフィットなどの問題があった。更に、バルク状の材料の組成傾斜を行う方法に関しては、複合材料としての巨視的な組成傾斜構造を得ることができるが、原子スケールの組成傾斜構造は実現できない、などの問題があった。
【0007】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたもので、その目的は、簡単な方法で、形状を変形させたりすることなく、真密度のままで、しかも一回の処理で半導体などの脆性材料を含む各種材料の組織制御、すなわち材料全体にわたっての結晶の微細化、結晶配向、方位を揃えての結晶成長、更には、原子スケールの組成傾斜構造の形成を可能とする高性能材料の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明による第1の高性能材料の製造方法は、二つ以上の異なる元素または同位体により構成された固相状態の材料に対して高重力場処理を施すことにより、その結晶を微細化させるものである。
【0009】
この第1の方法では、高重力場処理が施されると、2種以上の元素または同位体からなる固相状態の材料のうち、原子量(または質量数)の相対的に大きな元素(または同位体)が重力方位に一軸変位し、結晶構造に大きな一次元格子歪みが生じる。この一次元格子歪みが再結晶の駆動力となって、材料全体にわたって結晶が微細化される。なお、この方法では、高重力場における温度条件を当該材料の再結晶温度に近づけるほど、結晶がより微細化される。また、第2の方法では、更に一次元の重力による再結晶のため、結晶が微細化されると共に方位が揃う。
【0010】
本発明による第3の高性能材料の製造方法は、二つ以上の異なる元素または同位体により構成された固相状態の材料に対して高重力場処理を施すことにより、その結晶方位を揃えて成長させるものである。
【0011】
また、本発明による第4の高性能材料の製造方法は、二つ以上の異なる元素により構成された固相状態の材料に対して高重力場処理を施すことにより、その結晶方位を揃えて成長させると共に、原子スケールの組成傾斜構造を形成するものである。
【0012】
これら第3および第4の方法では、高重力場処理を、結晶の微細化および結晶配向のための第1および第2の方法よりも長時間行う。すなわち、固相状態の材料のうち、原子量(または質量数)の相対的に大きな元素(または同位体)が重力方向に一軸変位し、結晶構造に大きな一次元格子歪みが生じて結晶が微細化されるまでは、第1および第2の方法と共通であるが、さらに長時間の高重力場処理を施すと、固相状態の材料内部で原子の沈降が生じ、この原子の沈降が方位の揃った結晶の成長、さらに原子スケールの組成傾斜構造の形成を引き起こす。
【0013】
制御対象となる材料としては、二つ以上の異なる元素からなる合金もしくは固溶体、化合物もしくは化合物の混晶、またはこれらの混合物、更に、二つ以上の異なる同位体からなる元素単体を用いることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の高性能材料の製造方法によれば、二つ以上の異なる元素または同位体により構成された固相状態の材料に対して高重力場処理を施すようにしたので、材料全体にわたっての結晶の微細化、結晶配向、方位を揃えての結晶成長、更には、原子スケールの組成傾斜構造の形成が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
【0016】
本発明の高性能材料の製造方法は、二つ以上の異なる元素(または同位体)により構成された固相状態の材料に対して高重力場処理を施すものであるが、温度条件および処理時間に応じて、以下の4つの形態に分けることができる。
【0017】
第1の方法は、結晶の微細化のために、固相状態の材料に対して高重力場処理を施すものである。
【0018】
第2の方法は、結晶の微細化および結晶配向のために、固相状態の材料に対して高重力場処理を施すものである。
【0019】
第3の方法は、方位を揃えて結晶成長させるために、固相状態の材料に対して高重力場処理を施すものである。
【0020】
そして、第4の方法は、方位を揃えて結晶成長させると共に、原子スケールの組成傾斜構造を形成するために、固相状態の材料に対して高重力場処理を施すものである。
【0021】
対象となる材料Mとしては、二つ以上の異なる元素(または同位体)からなる合金もしくは固溶体、化合物もしくは化合物の混晶、またはこれらの混合物が挙げられ、その形状は、バルク状のもの、あるいは、厚さ2mm、好ましくは1mm以下の単層もしくは多層の薄板材または薄膜材にしたものなどが適用可能である。具体的な材料としては、全率固溶型ビスマス(Bi)−アンチモン(Sb)合金、カドミウム(Cd)−アンチモン(Sb)系金属間化合物、ビスマス−テルル系半導体化合物(Bi2 Te3 )あるいは全率固溶型セレン(Se)−テルル(Te)系半導体固溶体などが挙げられる。
【0022】
材料Mとしては、元素単体であってもよい。すなわち、二つ以上の異なる(すなわち、互いに質量数の異なる)同位体からなる材料も制御対象とすることができ、これもバルク状であってもよい。具体的な同位体として、例えば、セレン(Se)の76Se,78Se,80Seおよび82Se、テルル(Te)の125 Te、126 Te、128 Teおよび130 Te、シリコン(Si)の28Si、29Siおよび30Siなどが挙げられる。
【0023】
高重力場を発生させる装置としては、例えば、高温かつ重力加速度100万g以上の高重力場を長時間安定的に発生させることができる高重力場発生装置(特開2003−103199号公報,特開平9−290178号公報参照)を用いることができる。この高重力場発生装置は、例えば材料を充填するためのカプセルを格納可能なロータ、およびロータ駆動用のエアタービンなどを備える。ロータとしては、例えば、外径80mmまたは46mmのTi(チタン)−6Al(アルミニウム)−4V(バナジウム)合金製のもの、カプセルとしては、例えば内径5mmまたは3mmのTi−6Al−4V合金製またはSUS304製のものをそれぞれ用いることができる。この高重力場発生装置では、エアタービンで加熱されたカプセルを、例えば十数万rpm以上22万rpm以下で高速回転して高重力場を発生させることができる。
【0024】
ここに、第1〜第4の方法による高重力場処理では、材料Mの再結晶温度以上、かつ融点未満の、固相状態を保つことができる温度以下の温度下で、1万g以上、好ましくは10万g(g=9.8m/s2 )以上の重力加速度を印加することが望ましい。なお、材料の再結晶温度は、通常、材料の融点(ケルビン)の半分程度の温度である。
【0025】
また、第1〜第4の方法では、高重力場において、材料Mの加熱または冷却を行い、あるいは、材料Mを溶融状態から凝固させることが好ましい。
【0026】
次に、上記のように高重力場において材料Mの組織制御がなされる理由について説明する。
【0027】
例えば、図1に示したように、原子量の大きな元素X(元素X)と原子量の小さな元素(元素Y)とにより構成される材料Mに対して、矢印で示した方向G1(重力方向)の重力場処理を施すと、この重力場下では、圧力場下において元素の種類に関係なく均等に圧力を受ける場合とは異なり、原子量の違いによって、元素には選択的かつ直接的に、異なるボディフォース(体積力)が印加される。従って、原子量の大きな元素Xは原子量の小さな元素Yよりもより強い重力を受けて、元素Xが一軸方向に変位する。これにより、材料Mの結晶は一次元格子歪みを有する特殊な結晶状態となって再結晶が起こり、微細化される。そして、更に、長時間の処理を行った際、この重力場による数1に示したエネルギーE(無次元化した元素Xと元素Yとのポテンシャルエネルギーの差)により、原子量の大きな元素Xが重力方向に移動する。これにより、原子の沈降が生じ、重力方向に沿って方位が揃うように結晶成長すると同時に組成傾斜構造が形成される。
【0028】
(数1)
E=(MX −MY )・r2 ・ω2 /2RT
(MX ,MY はそれぞれ原子X,原子Yの原子量を、rは回転半径を、ωは角速度を、Rは気体定数を、Tは材料の絶対温度を表す)
【0029】
なお、材料Mが二つ以上の異なる同位体により構成された元素単体である場合には、各同位体は互いに質量数が異なることから、その質量差によって上記と同様の現象が起こる。
【0030】
このように二つ以上の異なる元素や同位体により構成された固相状態の材料Mを高重力場中におくことにより、材料全体における結晶の微細化(第1の方法)、結晶を微細化させると共に結晶方位を揃えること(第2の方法)、方位を揃えての結晶成長(第3の方法)、更には結晶方位を揃えると共に原子スケールの組成傾斜構造を形成すること(第4の方法)が可能になる。
【0031】
ここで、結晶微細化を目的とする第1および第2の方法では、高重力場処理を、材料Mの再結晶温度の直上の温度で行うことが好ましい。処理中の温度が再結晶温度に近いほど、結晶がより微細化され、また、拡散係数が小さいため、原子の沈降による組成変化が生じず、初期の均一な組成の状態で材料全体を微細化することができる。また、そのときの処理時間は、第3および第4の方法に比べて短時間でよい。一方、方位を揃えての結晶成長を目的とする第3および第4の方法では、原子の沈降と係わる現象のため、高重力場処理を、材料Mの融点近くの温度の固相状態で、かつ第1および第2の方法よりも長時間(数十時間以上)行うことが好ましい。融点近くの温度とすることによって、結晶方位を揃えての成長、更に、原子スケールの組成傾斜構造を形成することが容易になる。
【0032】
また、第3,第4の方法では、材料Mを、厚さ2mm以下、好ましくは1mm以下の、単層または多層の薄板材や薄膜材とすれば、高重力場処理による原子の沈降が定常状態に達するのに必要な時間を大幅に短縮することができるため、材料M全体の結晶成長および組成傾斜を相対的に短い時間で達成することができる。
【0033】
また、遠心力による重力場下では、材料Mの内部に圧力の勾配が生じるため、均一な組成の材料でも融点が重力方向に沿って連続的に変化し、材料によっては数十度以上の差が現れる。従って、より大きな拡散係数を得るために、高重力場下において材料Mを一度溶融させたのち、同じく高重力場下で凝固させ、徐冷させることも有効な手段である。
【0034】
すなわち、高重力場において、材料Mを融点以上に加熱して溶かしたのち、ゆっくり融点近くの温度で凝固させる。圧力に伴って融点が上昇する材料を例に挙げると、このとき、材料Mでは強い重力を受けている部分の圧力が高いため、その部分の融点は弱い重力を受けている部分に比べて高くなっている。材料によっては、内部の融点の差が数十度程度異なるものもある。これによりゆっくり冷却していくと、材料Mは強い重力を受けている部分から順に凝固し、凝固した部分において一次元格子歪みを生じ、微細化されていく。そして、微細化されたのち、材料Mでは強い重力を受けている部分から順に、凝固した部分において原子の沈降が生じて組成傾斜が起こる。この原子の沈降による組成傾斜と同時に、重力方向にそって方位が揃った状態で結晶成長がなされる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明の具体的な実施例について詳細に説明する。
【0036】
(実施例1)
本実施例では、材料Mとして全率固溶型ビスマス−アンチモン(7Bi−3Sb)合金を用いた。
【0037】
まず、ビスマス(Bi)とアンチモン(Sb)とを所定の混合比で混合した混合物を真空雰囲気中で溶融法を用いて溶解させたのち、炉冷で凝固させることにより、モル比においてBi:Sb=7:3である7Bi−3Sb合金(以下、これを出発材料と呼ぶ。)を作製した。得られた7Bi−3Sb合金の結晶の粒径を、偏光光学顕微鏡で組織観察を行い、結晶の粒径の測定を行ったところ、その平均粒径は3mm程度であった。なお、7Bi−3Sbの元素記号の前に付した数字はモル比を表し、また、Bi−Sb合金は熱電冷却材料等に用いられるものと同様のものである。
【0038】
次いで、作製した出発材料に対して、高重力場発生装置を用いて、出発材料(7Bi−3Sb合金)の融点(約300℃)よりも低い191℃以上205℃以下の温度に加熱して固相状態に保ちつつ、重力加速度88万g以上102万g以下の重力場で100時間の重力場処理を施した。処理した材料についても、回転軸を有する面から材料を切断し、表面研磨したあと、組織観察および平均粒径の測定を行った。
【0039】
図2は、その組織写真である。処理した材料の結晶の粒径は40μm程度であり、均一に微細化されていることが明らかとなったが、処理温度が191℃以上205℃以下と低く、材料の拡散係数が小さかったため、原子の沈降による組成変化、すなわち原子スケールの組成傾斜構造までは観察されなかった。
【0040】
ここで、出発材料と処理後の材料とを比較すると、材料の形状変形が殆どなく、また、材料の内部の最も強い重力がかかる部分においても、その部分にかかる計算上の圧力は0.5GPa(ギガパスカル)以下であることから、この結晶の微細化現象は塑性変形や高圧力によるものではなく、高重力場の効果によるものと考えられる。
【0041】
また、実施例1と同じ条件で重力場処理をしたビスマス(Bi)の単体については、結晶は微細化されなかったことから、原子量の異なる2種以上の元素からなる材料でなければ、高重力場下で結晶の微細化現象は起こらないことが示唆された。この理由は、ビスマスの単体からなる材料は、同位体も存在しなく、この材料を構成している元素の原子量に差がないため、全体的に圧力を受けているだけであるが、7Bi−3Sb合金からなる材料は、Bi原子とSb原子とがそれそれ受けるボディフォースの違いによって、原子量の大きいBi原子が一軸方向に変位し、7Bi−3Sb合金の結晶構造に一次元格子歪みが生じ、この一次元格子歪みが再結晶、すなわち結晶の微細化の駆動力と考えられるからである。
【0042】
加えて、再結晶温度以上で重力場処理をした場合は、処理温度を低くした方がより結晶が微細化されることも分かった。
【0043】
(実施例2)
本実施例では、材料としてカドミウム−アンチモン(Cd−Sb)系金属間化合物を用いた。
【0044】
まず、カドミウム(Cd)とアンチモン(Sb)とを所定の混合比で混合した混合物を真空雰囲気中で溶融法を用いて溶解させたのち、炉冷で凝固させることにより、モル比においてCd:Sb=1:1であるCd−Sb系金属間化合物(出発材料)を作製した。得られたCd−Sb系金属間化合物の結晶の粒径を実施例1と同様にして測定したところ、その平均粒径は1mm以上であった。
【0045】
次いで、作製した出発材料に対し、高重力場発生装置を用いて、出発材料(Cd−Sb系金属間化合物)の融点(450℃)よりも低い345℃の温度に加熱して固相状態に保ちつつ、最大重力加速度78万gの重力場で100時間の重力場処理を施した。処理した材料についても実施例1と同様にして組織観察を行い、結晶の粒径の測定を行った
【0046】
図3はその組織写真である。処理した材料の結晶の粒径は5μm程度であり、均一に微細化されていることが明らかとなったが、処理温度が345℃と低く、材料の拡散係数が小さかったため、原子の沈降による組成変化、すなわち原子スケールの組成傾斜構造や化合物の不定比化までは観察されなかった。
【0047】
(実施例3)
本実施例では、実施例1と同様にして作製した出発材料(7Bi−3Sb合金)に対して、高重力場発生装置を用いて、220℃以上240℃以下の温度に加熱して固相状態に保ちつつ、重力加速度79万g以上96万g以下の重力場で85時間の重力場処理を行った。処理した材料についても実施例1と同様にして組織観察を行い、結晶の粒径の測定を行った。
【0048】
図4はその組織写真である。なお、図中の矢印は重力方向G2を表す。弱い重力場を受けた材料部分(図4の左下側)の粒径が50μm程度であるのに対して、強い重力場を受けた材料部分(図4の右上側)は重力方向に沿って成長し、長さ2mm、幅300μm程度にまで達するものも観察された。
【0049】
また、強い重力場を受けた部分について、電子線プローブマイクロアナライザー(Electron Probe Micro Analyzer ;EPMA)分析および微小領域X線回折測定を行った。置換型溶質原子の沈降により、原子量の大きいBi元素の濃度は重力方向に向かって70原子%程度からほぼ100原子%まで増加し、それに伴い、原子量の小さいSb元素の濃度は30原子%程度からほぼ0原子%まで減少して、原子スケールの組成傾斜構造が形成されていることが確認された。また、成長した結晶と微細結晶との境界面は、組成変化した領域と組成変化していない領域との境界面とほぼ一致していることから、この固体状態での結晶成長は原子の沈降と強い関連性があることが示唆された。
【0050】
更に、集束イオンビーム(Forcused Ion Beam ;FIB)加工装置を用いて、3つの成長した結晶(図4の右上側の3つの結晶)の内部から試料面が重力方向に対して垂直になるように試料を採取して0.1μm程度の厚さに加工したのち、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope;TEM)を用いてこれらの試料の試料面の結晶方位を観察した。
【0051】
図5は、一試料の試料面を電子線方向に対して垂直位置から8度傾けたとき、つまり、試料面の法線(重力方向)を電子線方向から8°ずらしたときの菊池パターンを示したものである。この図から明らかなように、この菊池パターンは六本組の菊池線を示していることから、六方晶のc軸方向からの電子線入射であることが分かった。また、他の二つの結晶(試料)においても、六方晶のc軸方向が重力方向に対してそれぞれ13°または14°しかずれていないことが確められ、六方晶のc軸方向が重力方向とほぼ平行になっていることが分かった。これらの結果から、重力場下ではc軸方向の拡散係数が他の方向の拡散係数より大きいことが示唆され、結晶のc軸方向と重力方向とが互いに平行に近い状態であるとき、これらの方向に沿って原子の沈降の速度が速くなり、優先的に結晶が成長したものと考えられる。また、通常、このような再結晶は数分間以内で完了することから、この材料では、重力場処理の最初の段階で一次元格子歪みによって結晶が微細化され、その後、重力を最も強く受ける部分から原子の沈降に伴って結晶がゆっくり成長したものと考えられる。
【0052】
(実施例4)
本実施例では、材料として全率固溶型セレン−テルル(7Se−3Te)系半導体固溶体(以下、7Se−3Te系半導体固溶体という)を用いた。
【0053】
まず、セレン(Se)とテルル(Te)とを所定の混合比で混合した混合物をアルゴン雰囲気中で溶融法を用いて溶解させたのち、炉冷で凝固させることにより、モル比においてSe:Te=7:3である7Se−3Te系半導体固溶体を作製し、更に、この7Se−3Te系半導体固溶体を厚さ0.6mm程度の薄板状に切断して7Se−3Te薄板材(出発材料)を作製した。なお、7Se−3Teの元素記号の前に付した数字はモル比を表す。
【0054】
次いで、作製した出発材料に対して、高重力場発生装置を用いて、出発材料(7Se−3Te薄板材)の融点(約280℃)よりも低い260℃の温度に加熱して固相状態に保ちつつ、最大重力加速度81万gの重力場で100時間の重力場処理を施した。処理した材料について実施例1と同様にして組織観察を行い、結晶の粒径を測定した。
【0055】
図6はその組織写真である。なお、図中の矢印は重力方向G3を表す。処理した材料の結晶は、その材料全体において重力方向に沿って成長し、結晶によっては長さ0.6mm、幅100μm程度に達するものも観察された。
【0056】
また、実施例4の処理した材料(7Se−3Te薄板材)についても、実施例3と同様にしてEPMA線分析を行った。
【0057】
図7は、その結果(処理した材料の重力方向のSeとTeとの重量比)を表すものである。すなわち、原子量の大きいTe元素の濃度は重力方向に向かって約0重量%から65重量%まで(約0原子%から46原子%まで)増加し、それに伴い、原子量の小さいSe元素の濃度は約100重量%から35重量%まで(約100原子%から54原子%まで)減少していることが明らかとなり、原子スケールの急峻な組成傾斜構造が形成されていることが分かった。
【0058】
更に、実施例4の処理した材料(7Se−3Te薄板材)についても、実施例3と同様に、FIB加工装置を用いて成長した結晶の内部から試料面が重力方向に対して垂直となるように試料を採取して0.1μm程度の厚さに加工したのち、採取した試料の試料面の結晶方位をTEMを用いて観察した。
【0059】
この観察から、処理後の7Se−3Te薄板材の結晶は六方晶であり、材料全体においてこの六方晶のa軸は重力方向とほぼ平行になっていることが確認された。この結果から、薄い材料を使用することにより、原子の拡散距離が短くなり、定常状態に達するのに必要な時間が大幅に短縮されることから、相対的に短時間(実施例1との比較)でも材料全体にわたって、結晶方位を揃えて成長させると共に、原子スケールの組成傾斜構造を形成することができることが分かった。
【0060】
(実施例5)
本実施例では、材料Mとして76Se、78Se、80Seおよび82Seの4種類の同位体を含むセレンの単体を用いた。
【0061】
まず、セレンをアルゴン雰囲気中で溶融法を用いて溶解させたのち、炉冷で凝固させることにより、上記4種類の同位体を含むセレンの単体からなる出発材料を作製した。
【0062】
次いで、作製した出発材料を、出発材料(上記4種類の同位体を含むセレンの単体)の融点(約220℃)よりも高い255℃の温度に加熱して液体状態に保ちつつ、最大重力加速度85万gの重力場で100時間の重力場処理を施した。処理した材料について実施例1と同様にして組織観察を行い、粒径を測定した。
【0063】
図8はその組織写真である。処理した材料の結晶の粒径は10μm程度であり、均一に微細化されていることが分かった。その理由としては、材料の凝固と室温付近への冷却を高重力場下で行ったため、また、セレンの単体には、76Se、78Se、80Seおよび82Seの4種類の同位体が存在することから、高重力場下では、実施例1〜実施例4の合金などと同様に結晶構造に一次元格子歪みが生じ、高重力場で冷却し凝固させて固体となったのちに、この一次元格子歪みによって結晶が微細化されたと考えられる。これにより、材料Mが同位体を含む単体元素からなるものであれば、それらの質量数を利用することにより、高重力場で結晶を微細化できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明に係る高性能材料の製造方法は、2種以上の元素からなる合金もしくは固溶体、化合物もしくは化合物の混晶、またはこれらの混合物などの材料、更には、異なる複数の同位体により構成された元素単体材料の特性を向上させるための材料組織制御技術として利用することができる。具体的には、脆性の熱電材料に本方法を用いることにより、結晶を微細化して性能指数を向上させることができる。また、半導体固溶体あるいは化合物半導体の混晶に対して本方法を用いることにより、方位を揃えて結晶成長させると共に原子スケールの組成傾斜構造を形成することができることから、エネルギーギャップやバンド構造が重力方向に沿って連続的に変化した新規の半導体材料の作製が可能であり、この新規の半導体材料について種々の利用が考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】2元成分系材料の重力場下の結晶状態を模式的に表す図である。
【図2】実施例1での重力場処理後における7Bi−3Sb合金の組織写真である。
【図3】実施例2での重力場処理後におけるCd−Sb系金属間化合物の組織写真である。
【図4】実施例3での重力場処理後における7Bi−3Sb合金の組織写真である。
【図5】実施例3での重力場処理後における7Bi−3Sb合金の結晶の試料面をTEMを用いて観察したときの菊池パターンである。
【図6】実施例4での重力場処理後における7Se−3Te薄板材の組織写真である。
【図7】実施例4での重力場処理後の7Se−3Te薄板材のSeとTeとの重量比を示すEPMA線分析結果である。
【図8】実施例5での重力場処理後におけるSeの組織写真である。
【符号の説明】
【0066】
G1,G2,G3…重力方向、X…原子量の小さい原子、Y…原子量の大さい原子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二つ以上の異なる元素または同位体により構成された固相状態の材料に対して高重力場処理を施すことにより、その結晶を微細化させる
ことを特徴とする高性能材料の製造方法。
【請求項2】
二つ以上の異なる元素または同位体により構成された固相状態の材料に対して高重力場処理を施すことにより、その結晶を微細化させ、結晶方位を揃える
ことを特徴とする高性能材料の製造方法。
【請求項3】
二つ以上の異なる元素または同位体により構成された固相状態の材料に対して高重力場処理を施すことにより、その結晶方位を揃えて成長させる
ことを特徴とする高性能材料の製造方法。
【請求項4】
二つ以上の異なる元素により構成された固相状態の材料に対して高重力場処理を施すことにより、その結晶方位を揃えて成長させると共に、原子スケールの組成傾斜構造を形成する
ことを特徴とする高性能材料の製造方法。
【請求項5】
前記材料は、二つ以上の異なる元素からなる合金もしくは固溶体、化合物もしくは化合物の混晶、またはこれらの混合物である
ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の高性能材料の製造方法。
【請求項6】
前記材料は、二つ以上の異なる同位体からなる元素単体である
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の高性能材料の製造方法。
【請求項7】
前記高重力場処理として、前記材料の再結晶温度以上、かつ固相状態を保つことができる温度以下の温度下で、1万g(g=9.8m/s2 )以上の重力加速度を印加する
ことを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の高性能材料の製造方法。
【請求項8】
前記高重力場処理として、前記材料の再結晶温度以上、かつ固相状態を保つことができる温度以下の温度下で、10万g(g=9.8m/s2 )以上の重力加速度を印加する
ことを特徴とする請求項7に記載の高性能材料の製造方法。
【請求項9】
高重力場において、前記材料の加熱または冷却を行う
ことを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項に記載の高性能材料の製造方法。
【請求項10】
高重力場において、前記材料を溶融状態から凝固させる
ことを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項に記載の高性能材料の製造方法。
【請求項11】
高重力場において、前記材料の温度を再結晶温度に近い温度とする
ことを特徴とする請求項1または2に記載の高性能材料の製造方法。
【請求項12】
高重力場において、前記材料の温度を融点温度に近い温度とする
ことを特徴とする請求項3または4に記載の高性能材料の製造方法。
【請求項13】
前記材料としてバルク材を用いる
ことを特徴とする請求項1乃至12のいずれか1項に記載の高性能材料の製造方法。
【請求項14】
前記材料として、厚さ2mm以下の単層もしくは多層構造の薄板材または薄膜材を用いる
ことを特徴とする請求項1乃至13のいずれか1項に記載の高性能材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−207011(P2006−207011A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−24634(P2005−24634)
【出願日】平成17年1月31日(2005.1.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(504159235)国立大学法人 熊本大学 (314)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)