説明

高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法及び高窒素ステンレス鋼

【課題】加工を行うことなく熱処理だけで結品粒を微細化することができる高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法及び高窒素ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】高窒素ステンレス鋼を加熱してオーステナイト化した後、オーステナイトをフェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理し、その後、再加熱して前記混合組織をオーステナイトに逆変態処理して結晶粒を微細化する高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法。さらに、恒温変態処理と逆変態処理を繰り返して結晶粒を微細化することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高窒素ステンレス鋼を恒温変態処理した後に逆変態処理することにより結晶粒を微細化することができる高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法及び高窒素ステンレス鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高濃度の窒素を含有する高窒素ステンレス鋼は、窒素による固溶強化作用および加工硬化率を増大させる作用により、通常のステンレス鋼に比べて高い引張強度を有するだけでなく耐熱性や耐食性にも優れているため、高温や腐食環境下で使用される高強度の特殊構造材料として有望視されている。窒素は、オーステナイト系ステンレス鋼に多量に含まれるNiと同様にオーステナイト相を熱力学的に安定化する作用があるため、Niの代替として利用可能である。また、生体用の場合には、Niが皮膚アレルギーの原因になることが問題となっていることから、Niの代替としての利用も可能であり、生体用Niフリーオーステナイト系ステンレス鋼の主要合金元素としても利用が期待されている(非特許文献1〜3参照)。
【非特許文献1】遅沢浩一朗: 熱処理, 36 (1996), 206.
【非特許文献2】岡本正三, 田中良平, 佐藤昭: 日本金属学会誌, 22 (1958), 508.
【非特許文献3】M.O.Speidel: Proc.Int.Conf.on Stainless Steels, (1991), 25.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
高窒素ステンレス鋼の優れた強度特性および耐食性を発揮するには、使用前に1273K以上の高温での熱処理が必要であり、それにより著しい結晶粒成長が引き起こされる。とくに、窒素雰囲気中での加熱により固相状態で窒素を吸収させる固相吸収法で作製した高窒素ステンレス鋼の場合、高温保持によりオーステナイト粒が数百μmにまで粗大化してしまう。結晶粒成長が生じると、加工性および機械的性質は著しく損なわれ、加工時および変形時にしばしば結晶粒界を起点とした破壊を生じることが問題となる。
【0004】
前記問題を解決するため、結晶粒の微細化が有効になると考えられる。一般に、ステンレス鋼の結品粒を微細化する手段として、加工と焼鈍により生じる再結晶を利用した方法が実施される。しかし、前記再結晶を利用した結晶粒微細化法は、高窒素ステンレス鋼が高い耐力と大きな加工硬化能を有することから冷間加工性に乏しく且つ加工後の焼鈍中に窒化物の析出も懸念されるため、適用が困難である。さらに、十分な加工を施すことが可能な大型の板材や棒材への適用に限られ、小型の材料、または既に製品形状とされた材料に適用することはできないという問題もある。
【0005】
そこで、本発明は加工を行うことなく熱処理だけで結品粒を微細化することができる高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法及び高窒素ステンレス鋼を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法は、高窒素ステンレス鋼を加熱してオーステナイト化した後、オーステナイトをフェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理し、その後、再加熱して前記混合組織をオーステナイトに逆変態処理することを特徴とする。
【0007】
また、逆変態処理後、再びオーステナイトをフェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理し、その後、再加熱して前記混合組織をオーステナイトに逆変態処理して結晶粒をより微細化することもできる。
【0008】
本発明は、例えば、Nを0.5〜1.5質量%含む高窒素ステンレス鋼を1320K〜1523Kの温度で加熱してオーステナイト化した後、873K〜1273Kに保持してオーステナイトをフェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理し、その後1320K〜1523Kの温度に再加熱して前記混合組織をオーステナイトに逆変態処理することで、結晶粒を著しく微細化することができる。さらに、逆変態処理後、再び873K〜1273Kに保持してオーステナイトをフェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理し、その後1320K〜1523Kの温度に再加熱して前記混合組織をオーステナイトに逆変態処理することにより結晶粒をより微細化することもできる。
【0009】
本発明の結晶粒微細化熱処理方法は、Nを0.5〜1.5質量%、窒化物生成元素としてCrを10.0〜30.0質量%含む高窒素ステンレス鋼に適用することができる。高窒素ステンレス鋼は、例えば、NiをNで置換した高窒素ニッケルフリーオーステナイト系ステンレス鋼などで知られている。高窒素ステンレス鋼は、例えば、高圧力の窒素ガス雰囲気中で溶製を行う加圧溶製法や窒素雰囲気中での焼鈍により固相状態で窒素を吸収させる固相吸収法により製造される。
【0010】
高窒素ステンレス鋼は1320K〜1523Kで加熱することにより、オーステナイト化することができる。加熱後は、水冷により室温まで冷却する。
【0011】
恒温変態は873K〜1273Kに保持し、フェライト(α)+CrNの共析組織にする。なお、オーステナイト化が終了すると、水冷することなく、873K〜1273Kに降温させて恒温変態させてもよい。恒温変態後に1320K〜1523Kのγ単相域で逆変態処理を施すことにより、オーステナイト粒が微細化される。
【0012】
本発明の高窒素ステンレス鋼は、オーステナイト化された後、フェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理され、その後、再加熱によるオーステナイトへの逆変態処理により微細な結晶粒組織が形成されていることを特徴とする。さらに、逆変態処理された後、再びフェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理され、その後、再加熱によるオーステナイトへの逆変態処理により微細な結晶粒組織が形成されていることを特徴とする。また、結晶粒が20μm以下であることを特徴とする。この高窒素ステンレス鋼は生体用に適している。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、オーステナイトをフェライトと窒化物からなる混合組織へと相変態させ、再加熱して再びオーステナイトに相変態させることにより、結晶粒径が微細化されたオーステナイト組織を得ることができる。また、本発明は加工を必要としないため、小型の材料や既に製品形状とされた材料の結晶粒の微細化にも適用可能である。
【0014】
本発明の結晶粒微細化熱処理方法により得られた高窒素ステンレス鋼は、生体用に適しており、例えば、皮膚アレルギーを起こすNiを含まない、医療用・歯科用高窒素ニッケルフリーステンレス鋼を素材とする製品、例えば、歯列矯正器具用ワイヤー・ブラケット等の小型部品、ガイドワイヤ・ステント・骨プレート等の構造材料、耐食材料、医療用材料に用いられる高窒素ステンレス鋼について、その結晶粒の微細化により加工性および機械的性質を改善することが可能となる。また、身体に直接接触する時計や食器類などの用途にも適している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明を実施例により説明する。
【実施例1】
【0016】
図1は本発明による高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法の一実施例を示す概略図である。本実施例は、窒素吸収処理により高窒素ステンレス鋼を作成し、この過程で高窒素ステンレス鋼をオーステナイト化し、次いで恒温変態処理でオーステナイト(γ)をフェライト(α)と窒化物からなる混合組織へ相変態させ、その後、逆変態処理により再びオーステナイトに相変態させるステップからなる。
(1)オーステナイト化(窒素吸収処理)
高周波真空溶解炉にて純鉄、電解クロムを真空溶解し、鋳造して供試材を得た。供試材の組成(以下「%」は「質量%」である。)は、C:0.005%、N:0.033%、O:0.007%、P:0.006%、S:0.0026%、Cr:25.4%、Mn:<0.01%、Si:0.03%、Al:0.02%、残りFeである(以下「Fe−25%Cr合金」という。)。本合金にはγ安定化元素はほとんど含まれておらず、窒素無添加の状態ではα単相組織を有する。
【0017】
Fe−25%Cr合金を金型鋳造した後、鋳造組織を壊すため熱間圧延し、その後、Ar雰囲気中にて均質化焼鈍を施した。得られたFe−25%Cr合金を40mm×15mm×1mmの薄板に切り出した後、研磨を施し、1気圧の窒素雰囲気中にて1473Kで108ksの窒素吸収処理をした後水冷した。
【0018】
高温での窒素吸収処理後の試料は、試料の表面から窒素が内部へと拡散し、それに伴いαがγに相変態し、その粒径は400μm程度にまで粗大になっている。この試料について化学分析を行った結果、固溶窒素濃度は約1.01%であった(以下「Fe−25%Cr−1%N合金」という。)。
【0019】
(2)恒温変態処理
ついで、オーステナイト化した高窒素ステンレス鋼を各種温度で0.3〜18ks恒温保持した。
【0020】
1273Kを超える温度で種々の時間恒温保持したFe−25%Cr−1%N合金の光顕組織およびX線回折の結果、この1273Kを超える温度での恒温保持ではα+CrNから構成された共析組織は試料全面で得られなかった。
【0021】
次ぎに、Fe−25%Cr−1%N合金に1223K以下の種々の温度で恒温変態処理を施した。その結果、いずれの温度においても、γ→α+CrNの共析変態が起こり、試料全面で共析組織が確認された。α+CrN共析組織の生成挙動は恒温保持の温度により大きく異なっており、1223Kで恒温保持した試料では、共析組織がγ粒界から生成して片側のγ粒内に向かって成長していくのに対し、低温の873Kで恒温保持した試料では、共析組織はγ粒内からも核生成していることがわかった。このことは、恒温保持の温度が低温になるほど、共析変態の核生成の頻度が高くなっていることを示唆している。
【0022】
一方、各温度での変態挙動を比較すると、1173Kではわずか0.3ks程度で変態は完了するが、それよりも高温の1223Kや低温の873Kでは、いずれも共析変態完了時間が長時間側へ移行している。
【0023】
図2は恒温保持温度が異なる他の試料でも同様な組織観察を行って作製したT.T.T.図である。高窒素γ鋼における、γ→α+CrNの共析変態の開始(T)・完了(T)はFe−C系合金のパーライト変態と同様に典型的なC曲線となっており、1173K付近にノーズ(nose)が存在している。
【0024】
図3は各温度での恒温保持後に得られる共析組織の模式図である。高温域では、共析組織が30μm程度のブロックから構成され、その内部には板状や塊状のCrNが不均一に分布しているのに対して、低温域では、変態温度の低下に伴い、ブロックサイズは細かくなり、CrNの分散状態も均一となる。したがって、共析組織を緻密化させるという観点からは、ノーズ以下の温度域で、しかもなるべく低い温度で恒温変態させることが有効であると判断される。
【0025】
(3)逆変態処理
1223K、1173Kおよび873Kの各温度でそれぞれ恒温変態後、γ単相域の1473Kで1.8ksの逆変態処理を施した試料についてX線回折した結果、いずれの試料においても、αとCrNの回折ピークは確認されず、α+CrNからγへの逆変態が完了していた。
【0026】
図4は恒温変態処理した後逆変態処理を施した合金の光顕組織を示す。恒温変態前のFe−25%Cr−1%N合金に比べて、共析変態処理した後逆変態処理を施したいずれの合金も、γ粒は著しく微細化されていた。例えば、1223K恒温保持の合金では、γ粒の粒径が50μm程度であり、恒温変態前の合金の粒径(500μm)の1/10程度にまで微細化されていた。
【0027】
図5はFe−25%Cr−1%N合金の応力−歪み曲線を示す図である。オーステナイト化し恒温変態処理後逆変態処理して微細化した合金1は、オーステナイト化しただけの合金2に比べて、機械的性質が優れていることが確認できた。
【実施例2】
【0028】
本実施例は恒温変態→逆変態処理を2回繰り返すことによってさらに結晶粒を微細化するものである。
【0029】
図6は高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法の別実施例を示す概略図、図7は恒温変態処理→逆変態処理を2回繰り返した合金の光顕組織を示す図である。
【0030】
図6に示すように、実施例1と同様に、1473K、108ksでオーステナイト化し、1173K、0.3ksで恒温変態処理した後、1473K、0.3ksで逆変態処理したFe−25%Cr−1%N合金を再び1173K、0.3ksで恒温変態処理し、次いで1473K、0.3ksで逆変態処理した。
【0031】
その結果、図7に示すように初回の恒温変態処理前の合金の粒径500μmが微細化されてγ粒の粒径が20μm程度であり、さらに実施例1の初回の恒温変態処理後逆変態処理させた粒径50μmのγ粒よりさらに微細化されるとともに、より均一な組織になっていた。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明による高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法の一実施例を示す概略図である。
【図2】恒温保持温度が異なる他の試料でも同様な組織観察を行って作製したT.T.T.図である。
【図3】各温度での恒温保持後に得られる共析組織の模式図である。
【図4】恒温変態処理した後逆変態処理を施した合金の光顕組織を示す図である。
【図5】Fe−25%Cr−1%N合金の応力−歪み曲線を示す図である。
【図6】本発明の高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法の別実施例を示す概略図である。
【図7】恒温変態処理→逆変態処理を2回繰り返した合金の光顕組織を示す図である。
【符号の説明】
【0033】
1:オーステナイト化し恒温変態処理後逆変態処理して微細化した合金
2:オーステナイト化しただけの合金

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高窒素ステンレス鋼を加熱してオーステナイト化した後、オーステナイトをフェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理し、その後、再加熱して前記混合組織をオーステナイトに逆変態処理することを特徴とする高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法。
【請求項2】
逆変態処理後、再びオーステナイトをフェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理し、その後、再加熱して前記混合組織をオーステナイトに逆変態処理することを特徴とする請求項1記載の高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法。
【請求項3】
Nを0.5〜1.5質量%含む高窒素ステンレス鋼を1320K〜1523Kの温度で加熱してオーステナイト化した後、873K〜1273Kに保持してオーステナイトをフェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理し、その後1320K〜1523Kの温度に再加熱して前記混合組織をオーステナイトに逆変態処理することを特徴とする請求項1記載の高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法。
【請求項4】
逆変態処理後、再び873K〜1273Kに保持してオーステナイトをフェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理し、その後1320K〜1523Kの温度に再加熱して前記混合組織をオーステナイトに逆変態処理することを特徴とする請求項3記載の高窒素ステンレス鋼の結晶粒微細化熱処理方法。
【請求項5】
オーステナイト化された後、フェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理され、その後、再加熱によるオーステナイトへの逆変態処理により微細な結晶粒組織が形成されていることを特徴とする高窒素ステンレス鋼。
【請求項6】
逆変態処理された後、再びフェライトと窒化物からなる混合組織へ恒温変態処理され、その後、再加熱によるオーステナイトへの逆変態処理により微細な結晶粒組織が形成されていることを特徴とする請求項5記載の高窒素ステンレス鋼。
【請求項7】
結晶粒が20μm以下であることを特徴とする請求項6記載の高窒素ステンレス鋼。
【請求項8】
生体用であることを特徴とする請求項5、6又は7記載の高窒素ステンレス鋼。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−126709(P2007−126709A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−320027(P2005−320027)
【出願日】平成17年11月2日(2005.11.2)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(591065549)福岡県 (121)
【出願人】(598122566)安田工業株式会社 (5)