説明

高純度の精製リン酸の製造方法

【課題】 簡単な操作により、湿式リン酸由来の原料リン酸を精製し、高純度の精製リン酸を製造する方法を提供する。
【解決手段】 湿式リン酸由来の原料リン酸水溶液を収容しうる容器と、この容器の底面からリン酸水溶液の表面方向へ向かう軸に沿って冷却温度勾配を形成しうる冷却温度勾配形成手段とを備えた晶析装置に、70〜90質量%の原料リン酸水溶液を収容・冷却し、かくして形成されたリン酸結晶層の界面が、原料リン酸水溶液中をこの軸方向に徐々に前進するように、この水溶液内に冷却温度勾配を形成し、所望の厚みに成長させた析出リン酸結晶層を原料リン酸水溶液と分離する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高純度の精製リン酸の製造方法に関し、より詳しくは、湿式リン酸由来の原料リン酸を簡単な操作により精製し、高純度の精製リン酸を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高純度の精製リン酸(以下単に「高純度リン酸」ともいう。)は、不純物含量が非常に少ないため、半導体製造工程に使用する電子材料用、半導体素子や液晶ディスプレーパネルの表面処理用、金属アルミニウムやアルミナ等金属の表面処理用、ガラスのエッチング用、リン酸ガラス原料等に有用なものである。
【0003】
従来、精製リン酸の製造方法としては、湿式リン酸を処理する方法と、乾式リン酸を精製する方法とが知られている。
【0004】
湿式リン酸を処理する方法としては、一般的に、湿式リン酸を活性炭及び/又は酸化処理して、含有有機不純物を除去し、さらにこれを、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール、リン酸エステル等の媒体で、溶媒抽出し、Fe、Mg、Al等の金属不純物量を低下せしめたものであるが、もともと湿式リン酸中の不純物はかなり高いため、さらにこれを高純度のものとする処理が必要である。
【0005】
一方、乾式リン酸を対象としてこれを精製する方法としては、冷媒を流通した晶析管を原料リン酸液中に浸漬せしめ、当該晶析管表面に、一次精製されたリン酸の半水結晶を析出させ、当該一次精製された析出結晶に発汗操作を施し、結晶内部の不純物を二次的に精製する方法が知られている(特許文献1を参照。)。ここで当該発汗操作とは、リン酸結晶の10〜40質量%を融解し、この溶融液中に結晶内部に取り込まれた不純物を同伴させて精製する操作である。当該方法においては、さらに必要に応じ超純水等で置換洗浄することが好ましいとされている。
【0006】
しかしながら、この方法は、実質的に乾式リン酸を対象とする方法である上、晶析操作のみでなく、発汗操作(更には置換洗浄)を行うことを必須としており、プロセス的にかなり煩雑な方法である。のみならず、乾式リン酸中の不純物量はもともと比較的低いのに対し、湿式リン酸由来の精製リン酸においては、不純物含量はずっと高い。例えば、一例として市販されている乾式リン酸由来の精製リン酸においては、Fe濃度が0.18ppmであるのに対し、湿式リン酸由来の精製リン酸においては、Fe濃度が0.7ppm程度であり、この方法をそのまま湿式リン酸由来の精製リン酸に適用しても所望の効果を奏することは困難と考えられる。
【0007】
【特許文献1】特許第3382561号明細書(〔0017〕〜〔0028〕、〔0029〕〔実施例〕))
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、湿式リン酸由来の原料リン酸を簡単な晶析操作により、しかもさらに再結晶や、発汗操作を行うことなく、大幅に低減せしめた高純度の精製リン酸を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に従えば、以下の高純度の精製リン酸の製造方法が提供される。
〔1〕
(1)(a)原料リン酸水溶液を収容する、円筒状、管状または柱状の容器と、(b)当該容器の底面からリン酸水溶液の表面方向へ向かう軸に沿って冷却温度勾配を形成しうる冷却温度勾配形成手段とを備えた晶析装置に、当該原料リン酸水溶液を収容・冷却して、リン酸結晶層を形成せしめ、
(2)当該形成されたリン酸結晶層の当該界面が、原料リン酸水溶液中を当該軸方向に徐々に前進するように、当該水溶液内に冷却温度勾配を形成し、
(3)かくして所望の厚みに成長させた析出リン酸結晶層を原料リン酸水溶液と分離することからなる高純度の精製リン酸の製造方法。
【0010】
〔2〕
リン酸を精製し、高純度の精製リン酸を得る方法であって、
(1)原料リン酸の70〜90質量%の水溶液を準備し、
(2)当該原料リン酸水溶液を収容した前記容器の底部を冷却して、当該底部にリン酸結晶を薄い層状に晶析させ、
(3)形成されたリン酸結晶層の当該界面が、原料リン酸水溶液中を徐々に前進するように、当該結晶界面近傍を冷却し、
(4)かくして所望の厚みに成長させた析出リン酸結晶層を原料リン酸水溶液と分離することからなる〔1〕に記載の高純度の精製リン酸の製造方法。
【0011】
〔3〕
前記容器底部に予めリン酸結晶を種晶として収容しておく〔1〕または〔2〕に記載の高純度リン酸の製造方法。
【0012】
〔4〕
原料リン酸水溶液を撹拌しながら晶析を進行させる〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の高純度リン酸の製造方法。
【0013】
〔5〕
晶析したリン酸結晶が半水結晶(H3PO4・(1/2)H2O)である〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の高純度リン酸の製造方法。
【0014】
〔6〕
原料リン酸が湿式リン酸由来の精製リン酸である〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載の高純度リン酸の製造方法。
【0015】
〔7〕
得られた高純度リン酸が電子材料用に使用しうるものである〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の高純度リン酸の製造方法。
【0016】
〔8〕
前記晶装置は、原料リン酸水溶液を収容した容器が、冷却温度勾配形成手段を備えた冷却装置に収容されるようなものであり、かくして当該容器内にリン酸結晶を晶析させた後、当該容器に設置した排出口から残留するリン酸水溶液を排出させることにより、晶析リン酸結晶層とリン酸水溶液の分離を行う〔1〕〜〔7〕のいずれかに記載の高純度リン酸の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、後記実施例に示されているように、原料リン酸に含有されるFe、Mg、Al等の不純物量は、簡単な晶析操作のみにより、しかもさらに再結晶や、発汗操作を行うことなく、約1/10程度にまで低減せしめた高純度の精製リン酸を得ることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照しながら本発明の好ましい実施の形態を詳細に説明する。
(晶析装置)
本発明においては、(a)原料リン酸水溶液を収容する、円筒状、管状または柱状の容器、及び、(b)当該容器の底面からリン酸水溶液の表面方向へ向かう軸に沿って冷却温度勾配を形成しうる冷却温度勾配形成手段とを備えた晶析装置を使用し、当該原料リン酸水溶液を収容・冷却して、リン酸結晶層を形成させる。
【0019】
図1は、このような本発明を実施するのに適した晶析装置CRの模式図である。
すなわち、晶析装置CRは、基本的に原料リン酸水溶液を収容する容器10と、これに冷却温度勾配を形成する冷却温度勾配形成手段20とからなる。
容器10は、必ずしもその形状が限定されるものではないが、例えば円筒状、管状、柱状等の形状を有し、これに原料リン酸水溶液30が収容される。
【0020】
ここで容器10の底面12からリン酸水溶液の表面31に向かう方向を、「長軸(dl)」と表示すれば、当軸に沿ってリン酸結晶の成長が行われる。(また長軸と直交する方向は、「短軸(dr)」と表示することがある。)なお、例えば、円筒状や管状等の形状の容器では、長軸dlは容器の長手方向であり、短軸drは半径方向と一致する
【0021】
(冷却温度勾配形成手段)
冷却温度勾配形成手段20は、例えば冷却媒体を流通させる冷却ジャケット等から構成されるもので、リン酸水溶液30を冷却し、当該容器の底面からリン酸水溶液の表面方向へ向かう長軸dlに沿って冷却温度勾配を形成し、リン酸結晶層40を形成する。
【0022】
すなわち、図においては、容器底面12から晶析が開始したリン酸結晶が、徐々に層状を保持しながらリン酸結晶層40として成長しつつある状態を示すものであるが、リン酸水溶液30のバルク温度をTo、結晶層の界面40’近傍における温度をTcとすれば、Toは、リン酸結晶の晶析が起こらない温度((「未飽和温度」)、すなわち、温度Toにおいては、当該リン酸水溶液中のリン酸濃度は、その飽和溶解度曲線以下であり、Tcは、リン酸結晶が晶析する温度(「過飽和温度」という。) である。(すなわち、Tcにおいては、当該リン酸水溶液中のリン酸濃度は、当該飽和溶解度曲線以上である。)。なお、結晶層の界面40’近傍とは、特に、水溶液本体において撹拌が行われている場合は、主として拡散による物質移動、伝導による熱移動が行われる領域であって、境界層若しくは境膜に相当する部分であり、ここで、冷却温度勾配が形成されると考えられる。
リン酸の場合は、その温度−溶解度曲線より、当然、To>Tcとなる。このように、容器内に収容したリン酸水溶液においては、そのバルク温度Toからリン酸結晶層の界面40’の近傍の温度Tcに向けて、冷却温度勾配(以下「To→Tc」と表示することがある。)が形成されている。
【0023】
(結晶層界面の移動)
本発明においては、当該形成されたリン酸結晶層の当該界面40’が、原料リン酸水溶液30中を、底面12からリン酸水溶液の表面31向へ向かう軸方向(dl)に沿って徐々に前進するように、当該水溶液内に冷却温度勾配を形成する。
【0024】
すなわち、冷却温度勾配形成手段20としては、当該容器の底面からリン酸水溶液の表面方向へ向かう軸(dl)に沿ってこのような冷却温度勾配(To→Tc)を形成しうるものであり、かつ、リン酸結晶界面を徐々に当該軸(dl)に沿って移動させるように、当該形成した冷却温度勾配(To→Tc)を移動しうるものであれば、具体的な手段としては、特に限定するものでなく、種々の手段が採用されうる。
【0025】
例えば、冷却温度形成手段20として、図1に示すようなジャケット20’を使用し、当該ジャケットにてTcに保持した冷媒24を循環(または供給)することである。循環する温度Tcの冷媒の液面までの距離(深さ)hを徐々に高くしていくことにより、結晶層界面40’も上昇する。なお、当該ジャケットを、軸(dl)方向に多数の小管群にて構成し、上記液面h(以下)に相当する小管路群には、温度Tcの冷媒を循環等させ、上記界面温度hを超える部分には、温度Toの媒体を循環等することも可能である。
【0026】
他の手段としては、図2に模式的に示すように、冷却温度形成手段20として、恒温冷却槽20”を使用することである。すなわち、当該恒温冷却槽20”は、上部が温度Toなる気相媒体(例えば空気)22が収容され、下部が温度Tcの冷却液相媒体24(液深Hとする。)が収容されている。かかる恒温冷却槽20”の当該恒温部22において、まず十分保持せしめて液温をToにした、リン酸水溶液30を収容した容器10を、冷却媒体24の液面25に向かって徐々に降下させ、まず、容器底面12を当該冷却媒体に浸漬し、これを徐々に、液中を降下させるものである。図は冷却媒体中を深さhまで浸漬した状態である。
【0027】
もちろん、気相媒体22、冷却液相媒体24は、ジャケットの場合と同様に循環してもよい。なお、当該恒温冷却槽としては、さらに当該槽内に別の容器を設置し、冷却液相媒体22は、当該容器に収容することも可能である。
【0028】
図2の恒温冷却槽のバリエーションとしては、最初に当該槽内は、温度Toなる気相媒体22のみを収容し、これにリン酸水溶液30を収容した容器10を装入してまず平衡(温度To)に達せしめ、引き続き、冷却媒体24を少量づつ当該槽内に供給することにより、まず、容器底面12を冷却媒体に浸漬し、更に供給冷却媒体中に徐々に浸漬させ、最終的には図のごとき状態になるようにしてもよいことは自明であろう(ただし、この場合は、容器10の底面は、恒温冷却槽の底面と常に接触した状態を維持するので、図2のものとは多少異なった態様となる。念のため。)。また、この場合においても、当該恒温冷却槽としては、さらに当該槽内に別の容器を設置し、冷却液相媒体22は、当該容器に収容しておくことも可能である。
【0029】
なお、容器10の底部にはあらかじめ種結晶(種晶)40”を収容または配置しておくことも、好ましい。特に晶析の最初の段階において、種晶の存在により、晶析がスムースに開始する。種晶としては、通常のリン酸結晶でもよいが、十分精製した精製リン酸結晶を使用することがより好ましい。本発明の操作により得られた精製リン酸結晶は、この目的に好適に使用することができる。種晶の量は当該容器の底部に薄く敷き詰めることが好ましいが、場合によっては、種晶を底部に離隔的に配置するだけでもよいし、さらには、これを底部の一部に配置するだけでもかなりの効果を奏することができる。
【0030】
また、晶析操作を進行させる際に、リン酸水溶液(母液)中には撹拌機を挿入する等の手段により緩く撹拌せしめ、液相(バルク相)内温度(To)を均一に保持するようにすることも好ましい。
【0031】
晶析装置の材質としては、耐リン酸性の材料が好ましく、硬質ガラス、ガラスライニング、フッ素樹脂、フッ素樹脂ライニング金属等で形成することが望ましい。なお、容器10内においては、dr方向には温度分布はあまり存在しないことが好ましいので、当該容器としては、その直径が過大でないものが好ましい。すなわち、管径の小さい細管を多数束状に並べて多管状として使用することも望ましい態様である。
【0032】
(精製リン酸結晶の分離)
本発明においては、以上のごとくして、所望の厚みに成長させた析出リン酸結晶層を原料リン酸水溶液と分離する。
【0033】
かくして晶析させたリン酸結晶層は、不純物が大幅に除去された精製リン酸結晶であるが、この精製リン酸結晶と残りの液相(原料リン酸水溶液)の分離は、通常の固液分離手段、例えば、濾過、遠心分離、遠心濾過等の任意の手段により行われる。
【0034】
なお、容器10には、あらかじめその底部及び/又は容器側壁面の適当な位置に一つまたは二つ以上の排出口を形成しておき、当該排出口から残留するリン酸水溶液を排出させることにより、晶析リン酸結晶層とリン酸水溶液の分離を行うことも可能である。この場合は、濾過等の機械的な固液分離手段を省略することもできる。
【0035】
(原料リン酸)
本発明における原料リン酸としては、特に、湿式リン酸由来の精製リン酸(以下「粗精製リン酸」ということがある。)が好ましい。粗精製リン酸は、湿式リン酸を活性炭及び/又は酸化処理して、含有有機不純物を除去し、さらにこれを、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール等の炭素数3〜12程度のアルコール、リン酸エステル等の抽出媒体で、溶媒抽出し、Fe、Mg、Al等の金属不純物量を相当に低下せしめたものである。
【0036】
本発明においては、このような粗精製リン酸を原料リン酸とし、この70〜90質量%、好ましくは80〜90質量%の水溶液として使用する。
【0037】
この場合の精製操作としては、例えば具体的に以下のようにして行われる。
(1)上記のごとき粗精製リン酸からなる原料リン酸の70〜90質量%の水溶液30を準備し、
【0038】
(2)当該原料リン酸水溶液30を収容した前記容器10の底部12に、好ましくは予めリン酸種結晶40”を配置しておき、当該底部を、上記したようなジャケットや恒温冷却槽等の冷却温度勾配形成手段により2〜8℃、好ましくは3〜7℃、さらに好ましくは4〜6℃程度に保持した冷媒と接触せしめて冷却し、当該底部にリン酸結晶を薄い層状に晶析させ(なお、この場合、晶析させるリン酸結晶は、半水結晶(H3PO4・(1/2)H2O)であることが好ましい。)、
【0039】
(3)かくして形成されたリン酸結晶層の当該界面40’が、原料リン酸水溶液30中をdl方向に徐々に前進するように、ジャケットや恒温冷却槽等へ供給する冷媒量等を少しずつ増加させて、当該結晶界面近傍を冷却し、
【0040】
(4)このようにして所望の厚みに成長させた析出リン酸結晶層を、原料リン酸水溶液と濾過等の適当な固液分離手段で分離することにより、高純度リン酸を製造するものである。
【0041】
本発明の精製方法によって、一段の晶析により、極めて高純度の精製リン酸が製造されるメカニズムは完全には明らかではないが、容器中に形成されたリン酸結晶層の当該界面が、原料リン酸水溶液中を徐々に前進するように、晶析操作を行うため、原料リン酸水溶液中の不純物が、通常の晶析と異なり、当該リン酸結晶層中に実質的に取り込まれることなく、常に、母液中に残留するためであると推測される。
なお本発明によれば、一段の晶析操作により、十分高い純度の精製リン酸が得られるが、所望により、さらに本発明の操作を繰り返してもよい。
【実施例】
【0042】
以下、実施例をあげて本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲がこれに限定されるものではない。
〔実施例1〕
(1)原料リン酸として表1に示す組成の85質量%の精製リン酸水溶液(以下「リン酸母液」ともいう。)を準備した。
この精製リン酸水溶液300gと、直径約0.5mm、長さ約2mmの精製リン酸の針状結晶を、円筒状容器である200mlのトールビーカーに収容し、これを5℃に保持した恒温水槽(恒温冷却槽)の底部にセットした。但し、この段階においては、200mlトールビーカーは冷却媒体としての5℃の水に浸漬していない。
【0043】
(2)冷却媒体として5℃の水を使用し、これをチューブポンプによりに、当該恒温水槽内に供給した。冷却媒体としての水は、まずトールビーカーの底部と接触し、当該冷却水とトールビーカーのガラス壁面(主としてビーカー底部)を介して接触しているリン酸水溶液の部分を局所的に冷却し、リン酸結晶を当該冷却面である底部に層状に析出させた。
恒温水槽内部における冷却水の水面上昇速度(すなわち、トールビーカーの浸漬速度)は極めて遅く、5mm/hrとなるように、チューブポンプの冷却水供給速度を調整した。
すなわち、形成されたリン酸結晶層の界面は、原料リン酸母液中を、徐々に前進(この場合は上昇)するように、結晶界面近傍を冷却した。
【0044】
(3)トールビーカー中のリン酸水溶液表面から10mmの位置まで、結晶層の表面が達した時点で、冷却水の供給を停止し、リン酸の晶析実験を終了した。
晶析したリン酸結晶を遠心濾過し、再溶解し、分析を実施した。分析結果を表1に示す。リン酸の純度(H3PO4)は大幅に向上し、また、Fe、Mg、Alの各不純物も非常によく除去されていることがわかる。なお、リン酸の分析はバナトモリブデン酸アンモニウム法により、Fe、Mg、Alは原子吸光法によった(以下同じ)。
【0045】
〔比較例1〕
(1)原料リン酸として実施例1と同じ組成の85質量%の精製リン酸水溶液(リン酸母液ともいう。)を準備した。
【0046】
(2)この精製リン酸水溶液300gを200mlトールビーカーに収容し、これを5℃に保持した恒温槽に収容し、24時間かけて徐々に結晶リン酸を晶析させた。
析出したリン酸結晶を遠心ろ過し、再溶解し、分析を実施した。分析結果を表1に示す。リン酸の純度(H3PO4)は、実施例1に比較して低く、特にFe、Mg、Alの各不純物の除去率は、実施例1に比較して非常に低いものであった。
【0047】
【表1】

【0048】
上記表1に示されたように、本発明によれば、原料リン酸濃度におけるFe、Mg、Al等の不純物量は、約1/10程度にまで低減せしめた高純度の精製リン酸をえることが可能である。これに対し、比較例においては、これら不純物は依然としてかなりの量が残存しており、さらに再結晶や発汗操作が必要であることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明によれば、湿式リン酸由来の原料リン酸濃度におけるFe、Mg、Al等の不純物量は、簡単な操作により、しかもさらに再結晶や、発汗操作を行うことなく、約1/10程度にまで低減せしめた高純度の精製リン酸を得ることが可能であり、これらの精製リン酸は、電子材料用途や半導体素子等の表面処理用途等にそのまま使用しうるものであるから、その産業上の利用可能性はきわめて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明を実施する晶析装置を説明する模式図である。
【図2】本発明を実施する晶析装置の他の態様を説明する模式図である。
【符号の説明】
【0051】
10 原料リン酸水溶液を収容する容器
12 容器底部
20 冷却温度勾配形成手段
20’ ジャケット
20” 恒温冷却槽
22 気相媒体等
24 冷却液相媒体
25 冷却液相媒体表面
30 原料リン酸水溶液
31 リン酸水溶液表面
40 リン酸結晶層
40’ リン酸結晶層の界面
40” 種晶
CR 晶析装置
To リン酸水溶液のバルク温度
Tc 結晶層近傍における温度
h 冷却媒体深さ等
H 冷却媒体深さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)(a)原料リン酸水溶液を収容する、円筒状、管状または柱状の容器と、(b)当該容器の底面からリン酸水溶液の表面方向へ向かう軸に沿って冷却温度勾配を形成しうる冷却温度勾配形成手段とを備えた晶析装置に、当該原料リン酸水溶液を収容・冷却して、リン酸結晶層を形成せしめ、
(2)当該形成されたリン酸結晶層の当該界面が、原料リン酸水溶液中を当該軸方向に徐々に前進するように、当該水溶液内に冷却温度勾配を形成し、
(3)かくして所望の厚みに成長させた析出リン酸結晶層を原料リン酸水溶液と分離することからなる高純度の精製リン酸の製造方法。
【請求項2】
リン酸を精製し、高純度の精製リン酸を得る方法であって、
(1)原料リン酸の70〜90質量%の水溶液を準備し、
(2)当該原料リン酸水溶液を収容した前記容器の底部を冷却して、当該底部にリン酸結晶を薄い層状に晶析させ、
(3)形成されたリン酸結晶層の当該界面が、原料リン酸水溶液中を徐々に前進するように、当該結晶界面近傍を冷却し、
(4)かくして所望の厚みに成長させた析出リン酸結晶層を原料リン酸水溶液と分離することからなる請求項1に記載の高純度の精製リン酸の製造方法。
【請求項3】
前記容器底部に予めリン酸結晶を種晶として収容しておく請求項1または2に記載の高純度リン酸の製造方法。
【請求項4】
原料リン酸水溶液を撹拌しながら晶析を進行させる請求項1〜3のいずれかに記載の高純度リン酸の製造方法。
【請求項5】
晶析したリン酸結晶が半水結晶(H3PO4・(1/2)H2O)である請求項1〜4のいずれかに記載の高純度リン酸の製造方法。
【請求項6】
原料リン酸が湿式リン酸由来の精製リン酸である請求項1〜5のいずれかに記載の高純度リン酸の製造方法。
【請求項7】
得られた高純度リン酸が電子材料用に使用しうるものである請求項1〜6のいずれかに記載の高純度リン酸の製造方法。
【請求項8】
前記晶装置は、原料リン酸水溶液を収容した容器が、冷却温度勾配形成手段を備えた冷却装置に収容されるようなものであり、かくして当該容器内にリン酸結晶を晶析させた後、当該容器に設置した排出口から残留するリン酸水溶液を排出させることにより、晶析リン酸結晶層とリン酸水溶液の分離を行う請求項1〜7のいずれかに記載の高純度リン酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−1834(P2007−1834A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−186066(P2005−186066)
【出願日】平成17年6月27日(2005.6.27)
【出願人】(301012162)下関三井化学株式会社 (3)