説明

高純度99mTc濃縮方法及び濃縮装置

【課題】がん、心筋梗塞、脳卒中をはじめとする疾病の画像診断に必要な高い放射能溶液濃度を持つ99mTcを、短い時間で高純度に製造する方法を提供すること。
【解決手段】純水の溶離液を用いて、ジェネレータ100の高分子ジルコニウム化合物(PZC)から99mTcを溶離させ、得られた99mTc溶離液にケトン系有機溶剤を混合し、99mTc溶離液中の99mTcをケトン系有機溶剤で選択的に抽出し、その後加熱によりケトン系有機溶剤を除去し、高純度かつ高濃度の99mTcを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん、心筋梗塞、脳卒中をはじめとする疾病の画像診断において欠かせない放射性同位元素である99mTcを、短い時間で高純度に抽出し、濃縮する方法及びそのための装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ラジオアイソトープを含んだ医薬品を人体に投与し、それから出る放射線を検出することにより病気の有無、臓器の状態を知り病気の診断に役立てる検査(インビボ検査)の試薬として、99mTcが使用されている。 99mTcは半減期が6.02時間と短く、大量投与が可能な放射性同位元素であることから、99mTcの医療分野での利用は、1957年米国において99Mo-99mTcジェネレータが開発されて以来、99mTcを抽出するさまざまな方法が提案されてきた。
【0003】
従来、99mTcは、その親核種である99Moを用いてミルキングし、製造している。そして、99Mo製造は、試験・研究炉を用いた中性子照射により、濃縮ウランを用いた(n,f)法または98Moを用いた(n,γ)法で行われている。(n,f)法は、濃縮ウランを照射容器に入れ、原子炉内で中性子照射し, 235Uの核分裂反応(235U(n,f)反応)によって99Moを製造する方法である。また、(n,γ)法は、特許文献1や2に記載されているように、天然モリブデンを含む固体(三酸化モリブデンのペレット等)を照射容器(以下、ラビット等)に入れ、原子炉内で中性子照射し、98Moの中性子捕獲反応(98Mo(n,γ) 99Mo反応)によって99Moを製造する方法である。
【0004】
また、1970年代にメチルエチルケトン(MEK)を用いたMo溶液からの99mTc溶媒抽出法が提案されている。非特許文献1において、エジプトAEEにおけるMEKを用いた溶媒抽出法について、99Mo溶液からの99mTcの抽出試験を行っている。非特許文献2において、オーストラリアAAECでは、照射済MoO3を溶解後、MEKで99mTcをMEKで抽出するジェネレータを実用化した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8-309182号公報
【特許文献2】特開平10-30027号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】H.A. El-Asrag, et al., Microchemical Journa1 23, 42-50(1978).
【非特許文献2】R.E. Boyd, Int. J. Appl. Radiat. Isot, 33, 801-809(1982)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
(n,f)法においては、235Uが核分裂して生成した99Moだけを回収するので、得られる99Moの比放射能は非常に高く、370 TBq/g-Moに達する。比放射能の高さは画像診断に使用する放射性同位元素99mTc製剤を製造する最も重要な要素であることから、医療診断の分野では、これまで(n,f)法が最も一般的な99Mo製造方法として用いられている。しかしながら、(n,f)法では,核分裂によって99Moと同時に他の放射性核種も多数生成するため、99Moの分離工程が複雑となり、さらに放射性核種による汚染への対策や廃棄物の処理等が加わることから、99Moの製造コストは、高価となる。さらに、核不拡散の観点から、高濃縮ウランを用いた99Mo製造の民生利用は今後一層制約を受ける可能性がある。また、低濃縮ウランを用いた99Mo製造は進んでいないという問題がある。
【0008】
一方、(n,γ)法では、照射後の処理がラビット等からターゲットを分離して溶解する程度であり、原料として濃縮ウランを用いないことから放射性廃棄物の発生量が(n,f)法と比べて少ないという長所がある。さらに、(n,γ)法による99Moの製造コストは、(n,f)法に比べ1/10以下となり安価である。しかしながら、(n,γ)法によって生成される99Moは、他の質量数のモリブデンで薄められてしまうので、(n, f)法と比べて比放射能が低く、37〜 74 GBq /g-Moになってしまうという問題がある。このため,モリブデン吸着能力に優れた高分子ジルコニウム化合物(Poly-Zirconium Compound:PZC)の開発も行われているが、医薬品として使用される99mTcの放射能溶液濃度は、(n,f)法と比較して約1/10の低さにあるという問題がある。
【0009】
さらに、本発明で着目しているMEKの使用については、上述の非特許文献1では、アルカリ溶液としてNaOHが、有機溶媒としてMEK、アセトンを用いた99Moからの99mTcの抽出方法について記載されているが、99mTcの抽出率の向上やMo量の減少などに対する解決策については触れられていない。さらに99mTcの濃縮や高純度化についても示されていない。また、上述の非特許文献2でも、PZC吸着体からの99mTc 溶離や、溶離液の高濃縮化などについては触れられていない。
【0010】
本発明の目的は、がん、心筋梗塞、脳卒中をはじめとする疾病の画像診断に必要な高い放射能溶液濃度を持つ99mTcを、メチルエチルケトン、アセトンなどのケトン系有機溶媒を用いて、短い時間で高濃度に濃縮する方法及びそのための装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述したように、99mTcはその親核種である99Moのβ-崩壊により生成しているが、99Moは濃縮ウランを原料とし、試験・研究炉で照射を行い、複雑な工程を経て、99Moを抽出していた。一方、98Moを原料として、中性子照射により99Moを生成する方法も検討されているが、この方法では溶離される99mTc溶液の放射能が低いため、医薬品として使用することが困難であった。このため、ジェネレータからの99mTcの溶離とその濃縮方法を検討した結果、高分子ジルコニウム化合物(PZC:Polyzirconium Compound)からの99mTcの溶離方法を改良し、さらにMEK(メチルエチルケトン)を用いた99mTcの濃縮特性を明らかにすることにより、効率的に99mTcを溶離し、濃縮することができる方法及びそのための装置が得られた。
【0012】
本発明に係る99mTcの製造方法は、ケトン系有機溶媒(例えば、MEK)を用いることによって、99mTc溶解液から99mTcが選択的に抽出できるという発見に基づいている。この製造方法では、99mTc濃度を10倍以上に濃縮でき、(n,f)法による99mTc濃度と同等の99mTc含有の放射線医薬の供給に見通しが得られた。
【0013】
また、本発明に係る99mTcの製造方法を実施するための装置において、99mTcジェネレータとして用いる高分子ジルコニウム化合物(PZC)からの99mTcを溶離するための溶離液を、生理食塩水から純水とすることにより、MEKによる99mTc溶離時に、Na+、Cl-がMEKに抽出される恐れがない。これにより、高純度の99mTcを溶離し、濃縮することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、本発明に係る99mTcを製造する方法を実施するための装置の概略構成図である。
【図2】図2は、純水の通液量と99mTc溶離率の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る99mTcの濃縮方法について詳細に説明する。図1は、本発明に係る99mTcの濃縮方法を実施するための装置の概略構成を示す。
【0016】
図1において、遮蔽容器Aは、高純度99mTc濃縮装置10が格納された遮蔽容器Bとは異なる場所で製造されたジェネレータ100を高純度99mTc濃縮装置10まで運搬するための容器である。遮蔽容器B内の高純度99mTc濃縮装置10は、ジェネレータ100の入った遮蔽容器Aと容易に接続できるようになっている。高純度99mTc濃縮装置10は、99mTc溶解液調整塔11、99mTc抽出塔12、99mTc濃縮塔13及び99mTc回収塔14から構成される。99mTc溶解液調整塔11はジェネレータ100から溶離した中性の99mTc溶解液に、アルカリ調整液を混合して、99mTc溶解液をアルカリ溶液に調整するための塔である。99mTc抽出塔12は、アルカリ溶液に調整された99mTc溶解液及びケトン系有機溶剤の一種であるメチルエチルケトン(MEK)を供給し、攪拌することにより、MEKで99mTcを抽出し、さらにMEK相とアルカリ溶液相の2相に分離するための塔である。99mTc濃縮塔13は、分離された99mTc含有MEKを加熱除去し、残渣(99mTc)に生理食塩水を加え溶解するための塔である。99mTc回収塔14は濃縮された99mTc含有生理食塩水を回収するための塔である。
【0017】
上述の構成に、さらに、99mTc濃縮塔13から放出されるMEKを有機溶剤回収塔15に回収し、回収されたMEKを99mTc抽出塔に供給するMEK循環ライン16を設けることにより、劇物であるMEKの取扱いが容易になるとともに、MEKの再利用により廃棄物が低減される。
【0018】
次に全体の動作について説明する。99Moが吸着されたPZCすなわちジェネレータ100に生理食塩水または純水を与えて99mTcを溶離させる。得られたた中性の99mTc溶解液に、アルカリ調整液を混合して、99mTc溶解液をアルカリ調整する。99mTc抽出塔12では、アルカリ濃度を調整した99mTc溶解液とMEKを混合し、攪拌等により効率よく99mTcを99mTc溶解液からMEK中に抽出する。次に、得られた99mTc含有MEKは、99mTc濃縮塔13に移され、加熱により、MEKを除去する。MEKを除去した残渣には、99mTcが濃縮されており、これを99mTc濃縮塔13に設置した生理食塩水投入口から99mTc濃縮塔13に生理食塩水を供給し、99mTcを再溶解する。再溶解した99mTc はTc回収塔14に回収される。99mTc回収塔14には別系統で真空ラインが設けてあり、それを操作することにより効率よく99mTcを回収することができる。図1の装置を用いて、実用化のための幾つかの試験を行った。以下にその実施例を示す。
【実施例】
【0019】
(1)PZCからの99mTc溶離試験
【0020】
高分子ジルコニウム化合物(PZC)に吸着した99Moがβ-崩壊し、99mTcが生成されるが、99mTcをPZCから溶離させるための溶離液として、これまでは生理食塩水が用いられていた。より高純度の99mTc溶解液を得るために、NaCl以外の溶離液として、純水を用いた99mTcの溶離試験を行った結果、生理食塩水と同様の溶離率が得られることが分かった(図2のグラフ参照)。
(2)99mTc溶離液調整及び99mTc抽出試験
【0021】
99mTc溶離液調整及び99mTc抽出試験として、まずTcと同族であるReを用いて、溶離液調整及び抽出に関する予備試験を行った。まず、溶液のアルカリ濃度に関してMEKと水相の分離状態を確認した。この結果、溶液が中性(pH=7)の時、MEK相と水相の界面がはっきりせず、MEKの抽出が困難であることが分かった。一方、溶液のアルカリ濃度を高めるに従って、MEK相と水相の界面が明確になっていき、3M(mol/L)以上のKOHもしくはNaOHを使用することにより、MEK相と水相の界面がより明確になることが分かった。この場合、PZCから99mTcの抽出で用いる液は、生理食塩水でも純水でも良い。また、MEK相と水相の割合は、1:5以下で行うことにより、99mTc濃縮を効率的に行うことが可能である。表1-1は、KOHを使用した場合の結果を示し、表1-2は、KOHの代わりにNaOHを使用した場合の結果を示している。
【0022】
【表1】


【0023】
(3)99mTc溶離・濃縮率測定
【0024】
99mTc溶離・濃縮率測定として、前に行った溶離液調整及び溶離試験のReによる濃縮率測定を行った。まず、Re90μgを含む100cm3の5M-KOH溶液とし、20cm3のMEKと混合させ、約10分間攪拌を行った。その後、MEKに水相の部分が含まれないように18cm3のMEKを抽出し、ホットプレート上で蒸発乾固させた。その際、ホットプレートの温度は60〜75℃とした。完全にMEKを蒸発させた後、生理食塩水を5cm3添加して、その中のRe濃度を測定した。その結果、表2-1からわかるようにReはMEK側に80%以上移行していることが明らかになり、濃縮率を10倍以上にすることができた。なお、表2-2は、KOHの代わりにNaOHを用いた結果を示している。
【0025】
【表2】


【0026】
一方、少量の99mTc溶解液を用いた試験を行い、Ge半導体検出器等により99mTc溶離液および99mTc回収液の濃度を測定した結果、Reと同様な結果を得ることができ、本方法で99mTcの濃縮が可能であることが分かった。また、濃縮した99mTc濃縮液の純度は、PZCからの溶離液を純水にすることにより、生理食塩水の場合と比較して、塩濃度が低く不純物の少ないものを得ることができる。
【0027】
これまで、MEKを用いた99mTcの抽出方法は、99Mo溶液から直接99mTcの抽出を行っていたが、放射能溶液濃度の高い99mTc溶離液が得られない欠点があった。PZCジェネレータによる99mTc溶離液を用いることにより、速やかにMEK相に99mTcが移行し、濃縮できることが明らかになった。また、ジェネレータの溶離液を生理食塩水から純水に変更することにより、純度の高い99mTc溶液を得ることができた。本発明に係る99mTcの製造溶離・濃縮方法は、世界的に(n,f)法による99Moの供給不足が懸念されている状況下で、99mTcを供給する有望な方法であり、今後、(n,γ)法を主体として、早急に実用化されるものと思われる。
【0028】
上述の説明では、ジェネレータとして高分子ジルコニウム化合物であるPZCを用いた例について説明したが、非特許文献1に記載されているようにアルミナやジルコニウムゲルをジェネレータとして使用しても良い。また、上述の説明では、99mTcの抽出にケトン系有機溶剤としてMEKを使用した例について説明したが、非特許文献1に記載されているように、同じくケトン系有機溶剤であるアセトンを使用しても良い。
【符号の説明】
【0029】
100 ジェネレータ
10 高純度99mTc濃縮装置
11 99mTc溶解液調整塔
12 99mTc抽出塔
13 99mTc濃縮塔
14 99mTc回収塔
15 有機溶剤回収塔
16 MEK循環ライン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶離液を用いて、ジェネレータから99mTcを溶離させ、得られた99mTc溶離液にケトン系有機溶剤を混合し、99mTc溶離液中の99mTcをケトン系有機溶剤で選択的に抽出し、その後加熱によりケトン系有機溶剤を除去し、高純度99mTcの高濃度溶液を得ることを特徴とする高純度99mTc濃縮方法。
【請求項2】
請求項1に記載の99mTc濃縮方法において、前記ジェネレータから99mTcを溶離させるための溶離液が、純水であることを特徴とする高純度99mTc濃縮方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の装置において、前記ジェネレータが、99Moが吸着された高分子ジルコニウム化合物であって、前記ケトン系有機溶媒が、メチルエチルケトンであることを特徴とする高純度99mTc濃縮方法。
【請求項4】
中性の99mTc溶解液に、アルカリ調整液を混合して、99mTc溶解液をアルカリ溶液に調整する、99mTc溶解液調整塔と、
アルカリ調整された99mTcにケトン系有機溶剤を供給し、攪拌することにより、99mTc含有ケトン系有機溶剤とそれ以外の廃液に分離させる99mTc抽出塔と、
分離された99mTc含有ケトン系有機溶剤に生理食塩水を加え、加熱によってケトン系有機溶剤を除去させる99mTc濃縮塔と、
濃縮された99mTc含有食塩水を回収する99mTc回収塔
を備えた高純度99mTc濃縮装置。
【請求項5】
請求項4に記載の装置において、さらに、前記99mTc濃縮塔で除去されるケトン系有機溶剤を回収貯蔵する有機溶剤回収塔と、回収されたケトン系有機溶剤を前記99mTc抽出塔に供給する有機溶剤循環ラインを設けたことを特徴とする高純度99mTc濃縮装置。
【請求項6】
請求項4または5に記載の装置において、前記ケトン系有機溶媒がメチルエチルケトンであることを特徴とする高純度99mTc濃縮装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−105567(P2011−105567A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−264740(P2009−264740)
【出願日】平成21年11月20日(2009.11.20)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【出願人】(591031430)株式会社千代田テクノル (22)
【Fターム(参考)】