説明

高速回転剪断型撹拌機を備える撹拌槽の制御方法

【課題】高速回転剪断型撹拌機を備えた撹拌槽においてパス回数分布を得る方法を提供し、さらに、パス回数分布に基づいて撹拌条件を定めることにより、撹拌槽における流体の流動状態を制御する。
【解決手段】高速回転剪断型撹拌機を備えた撹拌槽において、流体が、所定の撹拌時間内に高速回転剪断型撹拌機を通過する回数の分布(以下、パス回数分布という)を、流体が高速回転剪断型撹拌機の通過に要する循環時間の分布(以下、循環時間分布という)を取得し、循環時間分布に基づいて算出する。このパス回数分布に基づいて撹拌槽における流体の流動状態を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高速回転剪断型撹拌機を備えた撹拌槽における流体の流動状態の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高速回転剪断型撹拌機は乳化製品や懸濁化製品の製造に広く使用されている。高速回転剪断型撹拌機の一つであるホモミクサーは、高速に回転するタービンと固定環(ステーター)の間の微細な間隙で強力な剪断力を生じさせ、流体に微粒化作用を与えると共に、ポンプの働きも兼ね、撹拌槽内に循環流を生じさせる。
【0003】
撹拌槽内全域の混合を促進するために、アヂホモミクサーのように低速回転型撹拌機を同時に備える複合型撹拌槽もある。このような撹拌槽は低粘度から高粘度の液体まで、幅広く液体の乳化・分散処理に利用されている。
【0004】
液体の乳化や懸濁化は主として高速回転剪断型撹拌機で行われるため、撹拌槽の制御にあたっては所定の撹拌時間内に流体が高速回転剪断型撹拌機を通過する回数(以下、パス回数という)が流動状態の重要な指標とされる。例えば、特許文献1には、高速回転剪断型撹拌機で処理される流量(吐出流量)Q(m3/s)を計測することで、時間t(s)内のパス回数K(t) をK(t)=Qt/V で評価し、撹拌を制御する方法が記載されている。ここでV(m3) は槽内の液体の体積である。しかしながら、この方法では、液体の粘度特性や、撹拌機の種類や撹拌条件が異なれば吐出流量が変わってくるので、それぞれに対して実験し、撹拌条件を定めなければならない。
【0005】
これに対し、高速回転剪断型撹拌機の吐出流量特性が分かっていれば、吐出流量を簡単に見積もることもできる。吐出流量Q(m/s)は、一般に、高速回転剪断型撹拌機のタービンの回転数n(1/s)とタービン径d(m)から
【0006】
【数1】


と整理される。ここで、Nは吐出流量係数と呼ばれ、乱流状態では撹拌機固有の定数である。例えば、T.K.ホモミクサーS型(普通型)(プライミクス株式会社)では、乱流状態において吐出流量係数Nがおよそ 0.2 である(非特許文献1)。この吐出流量係数Nqを用いることにより、実験することなくパス回数を見積もることが可能となる。
【0007】
ただし、この方法が使えるのは撹拌機の吐出流量特性が調べられており、その吐出流量係数Nが分かっている場合に限られる。
【0008】
以上の方法で算出されるパス回数は平均値である。実際には撹拌槽内の液体が一様に等しく高速回転剪断型撹拌機を通過する訳ではなく、撹拌槽内の液体の全てが同じパス回数をとるわけではない。すなわち、パス回数は平均値でなく、分布として把握すべきである。パス回数分布が広いことは、高速回転剪断型撹拌機を備えた撹拌槽内で液体の処理が不均一になっていることを意味し、例えば、乳化粒径のばらつきにつながると考えられる。乳化粒径のばらつきは液体の安定性に悪影響を与える。このようなパス回数分布の広がりの問題は、液体が、粘度が剪断速度に応じて変化するという非ニュートン性を示す場合に生じることが多い。そのため、パス回数分布の把握が望まれる。
【0009】
一方、液体の粘度特性や槽形状を反映して撹拌槽内の流動状態を簡便に評価する方法として、流体解析による見積もりが期待される。例えば、特許文献2には、撹拌槽内の流動状態の予測方法とその流動状態の表示方法が開示されている。これにより撹拌槽内での流速、圧力、温度及び濃度の分布を知ることができる。しかしながら、この方法では流れの概略が分かるだけで流動状態の評価は不十分である。
【0010】
流体解析により撹拌槽における流動状態を評価するという観点では、特定の大きさ以上の剪断速度成分に着目して空間平均化した評価量や、その評価量にさらに軸方向の流速の影響を加味した評価量を用いて重合槽や撹拌条件を設定する方法(特許文献3)や、乱流エネルギー散逸率の最大値に着目して、連続相に対して相溶性のない液滴が均一分散を維持する条件を求める方法(特許文献4)などがある。
【0011】
しかしながら、流体解析を用いて高速回転剪断型撹拌機において重要となるパス回数分布を評価する方法は一般に知られていない。
【0012】
【特許文献1】特開2001-157831号公報
【特許文献2】特開2001-312488号公報
【特許文献3】特開2004-196842号公報
【特許文献4】特開2004-51654号公報
【非特許文献1】乳化・分散の理論と実際 実用編 (特殊機化工業株式会社,1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述のように、高速回転剪断型撹拌機を備える撹拌槽では、流動状態の評価指標としてパス回数が重要である。また、このような撹拌槽で処理される流体は、ほとんどの場合、非ニュートン流体である。従って、パス回数は、平均値でなく分布として評価することが必要である。しかしながら、パス回数分布は測定によって得ることが困難であり、また、流体解析を用いて計算する手段も確立していない。そのためパス回数分布は重要な指標であるにもかかわらず、これまでその平均値のみが用いられているにすぎず、それ故、パス回数分布に基づいて撹拌条件を検討することもなされていない。
【0014】
これに対し、本発明は、高速回転剪断型撹拌機を備えた撹拌槽においてパス回数分布を得る方法を提供することを目的とし、さらに、パス回数分布に基づいて撹拌条件を定め、高速回転剪断型撹拌機を備えた撹拌槽における流体の流動状態を適切に制御することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、撹拌槽内で流体が高速回転剪断型撹拌機の通過に要する循環時間の分布(以下、循環時間分布という)は非特許文献1に記載されているように実験的に得ることもできるが、流体解析によっても得ることができ、循環時間分布に基づいてパス回数分布を算出できることを見出した。
【0016】
即ち、本発明は、高速回転剪断型撹拌機を備えた撹拌槽において、流体が、所定の撹拌時間内に高速回転剪断型撹拌機を通過する回数の分布(以下、パス回数分布という)の算出方法であって、まず、循環時間分布を取得、次いで循環時間分布に基づいてパス回数分布を算出する方法を提供する。
【0017】
また、本発明は、上述の方法で算出したパス回数分布に基づき、高速回転剪断型撹拌機を備えた撹拌槽における流体の流動状態を制御する流動状態の制御方法を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、高速回転剪断型撹拌機を備えた撹拌槽において、パス回数分布を算出することができる。したがって、単位時間当たりの回転数、撹拌時間等の撹拌機の撹拌条件や流体の粘度等の物性を適宜調整することにより流動状態を制御し、望ましいパス回数分布とすることにより、撹拌槽における流体の処理が不均一になることを解消できる。
【0019】
よって、例えば、ラボスケールから実機スケールへのスケールアップにおいて、本発明の方法により流動状態を制御することにより、例えば、乳化粒径のばらつきが抑えられ、製品に乳化状態の安定性の問題が生じることを防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、図面を参照しつつ本発明を詳細に説明する。なお、各図中、同一符号は同一又は同等の構成要素を表している。
【0021】
図1は、本発明の一実施例でパス回数分布を算出し、流動状態の制御対象とする複合型撹拌槽1の模式図である。この複合型撹拌槽1は、プライミクス株式会社のアヂホモミクサーをモデルとしたもので、槽本体2の中央に位置するシャフト3の下部にタービン4が設けられ、その周囲を円筒状のステーター5が囲い、タービン4とステーター5で、ホモミクサーと称される高速回転剪断型撹拌機6を構成している。また、槽本体2内では回転パドル7がフレーム(図示せず)にホモミクサー6と同軸に取り付けられ、低速回転型撹拌機を構成している。なお、一般に使用されているアヂホモミクサーでは、混合性を向上させるための静止パドルあるいは逆回転パドル(回転パドル7と逆方向に回転するパドル)や、伝熱効率を向上させるスクレーパーが存在するが、図1の複合型撹拌槽1では、これらを省略している。
【0022】
ホモミクサー6内部のタービン4は、通常1000rpm以上で高速に回転し、強力な剪断力により乳化、分散を促進する。ホモミクサー6は、ポンプの機能も併せ持ち、矢印Aのように強い吐出流を生じさせ、槽内全体の混合に寄与する。
【0023】
一方、回転パドル7は200rpm以下、通常20〜120rpm程度で回転して矢印Bに示すように周方向下向きの流れを起こし、槽全体の混合に寄与する。
【0024】
なお、アヂホモミクサーは、本発明が対象とする典型的な撹拌槽であるが、本発明が対象とする撹拌槽はこれに限られず、本発明は高速回転剪断型撹拌機を備える種々の撹拌槽に適用することができる。
【0025】
図2は流体解析を用いて本発明の一実施例の方法により循環時間分布を求め、次いでパス回数分布を算出する手順の概要図である。なお、本発明において、循環時間分布は実験的にも、流体解析によっても得ることができるが、実験では測定精度の問題があるため、流体解析で算出する方が簡便である。
【0026】
流体解析により循環時間分布を求める方法としては、シミュレーションの精度と計算コストの点から、最初に時間平均的な流動場を定常解析し、その流動場を固定して濃度の移流方程式を非定常に解くことにより循環時間分布を求めることが好ましい。流動の方程式と濃度の移流方程式を連立して同時に非定常で解くこともできるが、それによる計算コストの増大に比較して精度の向上は少ないことが多い。
【0027】
以下、流体解析により循環時間分布を求めるにあたり、まず、時間平均的な流動場を定常解析し、次いで移流方程式を解くことにより循環時間分布を求める方法について、実施例により具体的に説明する。
【0028】
実施例1
本実施例で対象とする乳化物の粘度特性図を図3に示す。同図のプロットはレオメータによる測定データで、実線は粘性モデルを用いて粘度カーブをモデル化したものである。粘度は剪断速度によって変化しており、典型的な非ニュートン流体である。粘度カーブのモデル化にあたっては、非ニュートン流体の代表的なモデルの一つであるCarreauモデルを用いた。Carreauモデルは
【0029】
【数2】

で表される。
【0030】
なお、図3の実線では、
η0=10(Pa・s),η=0.02(Pa・s),λ=240(s),ν=0.4
である。また、流体の密度ρは1000(kg/m3)である。
【0031】
本実施例では、図1の液体の体積2Lのアヂホモミクサーにおいて、図2(1)に示すように、まず、時間平均的な流動場を定常解析する。図4は、図3の粘度特性に対して、ホモミクサーの回転数7000rpm、パドルの回転数80rpmのときの流動場をこうして解析した結果である。なお、ホモミクサーのタービン径(最大値)は25mm、回転パドルの先端間距離の最大値は108mmで、槽の直径は150mmである。
【0032】
この場合、ホモミクサー6の駆動による流動速度は非常に大きく、回転パドル7による流動にほとんど影響されないとして、まず、図2(1a)に示すように、ホモミクサー6で生じる流動を定常解析し、次に、図2(1b)に示すように、得られた流動状態を境界条件として回転パドル7を考慮した全体流動を解くモデルに適用し、同図(1c)の解析結果を得た。この解析結果の詳細を図4に示す。ここで、ホモミクサー6の形状は、その内部構造を無視して単なる円筒形として扱い、円筒の上面6aと下面6bの開口部にあたる位置で境界条件を与えた。このように境界条件を与えることにより、回転パドル7で生じる流動場の解析も定常解析とすることができる。
【0033】
図2(1b)に適用する境界条件の設定態様としては、流体領域の回転軸と回転速度、および壁面(例えば槽壁など)の回転速度といった撹拌槽の流体解析で通常与える境界条件に加え、槽(即ち、槽本体2からホモミクサー6を除外した部分)への流入条件を速度で与え(速度境界条件)、槽からの流出条件を圧力で与えること(圧力境界条件)が好ましい。図4の解析結果を得る場合においても、同様に境界条件を設定した。
【0034】
ホモミクサー6で生じる流動場の定常解析と、回転パドル7で生じる流動場の定常解析は、それぞれ従来の定常解析の手法により行うことができ、例えば、商用流体解析ソフトFLUENTでは単一基準座標モデル、複数基準座標モデルと呼ばれる方法を使用することができる。本実施例では、FLUENTを使用し、単一基準座標モデルにより解析した。
【0035】
次に、図4のように解析した流動場の下で循環時間分布を求める。循環時間分布を求めには、まず、ホモミクサー6の出口(ホモミクサー上面6aの吐出部)に或る濃度を与え、ホモミクサー6の入口(ホモミクサー下面6bの流入部)に戻ってくる濃度を求める。この濃度は、実験において染料等をトレーサーとし、所定の濃度を与えて計測してもよく、流体解析においてトレーサーとして濃度に相当するスカラー変数を考え、移流方程式を解くことにより求めてもよい。
【0036】
循環時間分布を実験的あるいは流体解析により求める方法としては、濃度の与え方により、インパルス応答法とステップ応答法がある。
【0037】
インパルス応答法では、濃度をごく短時間だけインパルス的(デルタ関数的)にホモミクサー上面6aの出口から放出する。ホモミクサー下面6bの入口に戻ってくる濃度を時間に対する関数と見て、その時間積分が1になるように規格化することにより循環時間分布E(τ)を得る。
【0038】
ステップ応答法は、ホモミクサー上面6aの出口から常にある濃度の流体を放出し続ける方法である。十分時間が経つと、槽内の濃度はどこもホモミクサー上面6aの出口の放出濃度と等しくなり、従ってホモミクサーの下面6bの入口で観測される濃度もホモミクサー6の出口の放出濃度と等しくなる。そこで、ホモミクサー6の入口に戻ってくる濃度を時間に対する関数と見て、十分時間が経った後の値が1になるように規格化することにより、ステップ応答法による応答曲線F(τ)を得る。この応答曲線を時間微分することにより、
【0039】
【数3】

のように循環時間分布E(τ)を得ることができる。即ち、応答曲線F(τ)は、循環時間分布E(τ)の累積分布関数である。
【0040】
一般に、インパルス応答法、ステップ応答法のいずれの濃度の与え方でも同一の循環時間分布を得ることができる。ただし、実験的に求める場合、ホモミクサー6の出口から常時一定の濃度を放出させることは難しいため、現実的には、インパルス応答法により濃度を与え、循環時間分布を得ることが好ましいと考えられる。これに対し、流体解析により循環時間分布を求める場合、計算条件として仮想的な濃度を与えるため、実験的に求める場合のような制約は少ないが、インパルス応答法では放出時間の“短さ”の決め方が難しい。そこで、本実施例では、流体解析においてステップ応答法で濃度を与え、移流方程式を解くことによりホモミクサー6の入口に戻ってくる濃度を算出して応答曲線F(τ)を得、これを微分することにより、図5の循環時間分布を得た。
【0041】
なお、流体解析においてホモミクサー6の出口からの放出濃度は仮想的で任意に定められる。そこで、本実施例においては、ホモミクサー6の出口から放出濃度を1とした。また、濃度の移流方程式を解いて循環時間分布を求めるには、商用流体解析ソフトFLUENTを使用した。
【0042】
図5から、ホモミクサー6から出て再びホモミクサー6に戻るまでの1回の循環に要する時間には分布があり、槽内の液体のすべてが同一時間で循環するわけではないことが分かる。
【0043】
パス回数分布は、槽内の液体がある撹拌時間の間に何回ホモミクサーで処理されるかというパス回数の分布である。図5に示したように循環時間が分布を持つため、パス回数も分布を持つことになる。このことは、槽内の液体のホモミクサーによる処理が一様でないことを意味する。逆に処理の不均一性に対処するためには、パス回数分布を知り、パス回数分布ができるだけシャープな分布となるように流動制御することが必要となる。
【0044】
パス回数分布は、モンテカルロ法、積分方程式による方法、近似解による方法等により求めることができる。
【0045】
モンテカルロ法では、まず、仮想的な流体粒子を考え、一つの流体粒子が1回循環するのに要する時間が循環時間分布に従って確率的に定まると考える。そして、1回目の循環にかかる時間、2回目の循環にかかる時間と順繰りに求めることにより、ある撹拌時間内に一つの流体粒子が何回循環するかを求め、この手続きを非常に多くの流体粒子に対して独立に行うことにより、パス回数分布を得る。
【0046】
一つの流体粒子が1回循環するのに要する時間を求めるためには、循環時間分布E(τ)に従う乱数を生成する。ある分布に従う乱数の生成方法は一般によく知られており、例えば、次に示す逆関数法と呼ばれる方法をとることができる。
【0047】
図6は、逆関数法による乱数生成方法の概略説明図である。この方法では、まず、0以上1未満の一様乱数uを生成する。次に、循環時間分布E(τ)の累積分布関数、即ちF(τ)を用いて乱数uを逆変換する。
【0048】
【数4】


こうして求めた1回の循環にかかる時間τは循環時間分布E(τ)に従う。
【0049】
図7は循環時間分布に従う乱数の生成例である。図中、滑らかな実線は従うべき循環時間分布で図5と同じである。折線は生成した乱数の頻度分布である。流体粒子の個数として、N=10,10,10 の3通りを示した。N=10 ではばらつきが目立つが、N=10 ではかなり滑らかになっていることが分かる。
【0050】
図8の実線は、N=10 、ホモミクサーの回転数7000rpm、パドルの回転数80rpm、撹拌時間20分としてモンテカルロ法により求めたパス回数分布p(k,t)である。
ここで、kはパス回数、tは時刻を表し、p(k,t)は
【0051】
【数5】

で規格化されている。
【0052】
なお、図8には、後述する数値積分や近似解により求めたパス回数分布も示している。
【0053】
次に、積分方程式を解くことによりパス回数分布を求める方法を説明する。モンテカルロ法は直感的で分かりやすいが、積分方程式を解くことによりパス回数分布を求める方法は、より正確、あるいはより簡便である。
【0054】
即ち、ある時刻tにおけるパス回数kの分布関数p(k,t)は、次式(1)の積分方程式
【0055】
【数6】

に従う。パス回数が一回増えるのに対応する循環時間τは循環時間分布E(τ)に従うため、重ね合わせとして式(1)の積分方程式に従うことになる。
【0056】
なお、式(1)において、τmax は積分変数τの上限値で、最大の循環時間を意味する。τmax の値は循環時間分布E(τ)がそのピーク値を超え十分0に近くなるτの値、あるいは累積循環時間分布F(τ)が十分1に近くなるτの値で定められる。従ってτmax の値はシミュレーションの精度、あるいは実験の精度の取り方によって変わり得るが、F(τ)が十分1に近くなる値としてτmax を取れば、τmax の値は式(1)によるパス回数分布の計算結果にほとんど影響しない。
【0057】
そこで、積分方程式(1)を解くことにより、任意の時刻tにおけるパス回数kの分布関数p(k,t)を得ることができる。
【0058】
積分方程式(1)を解く方法としては、種々の解析的な方法やコンピュータによる数値解法がある。
【0059】
このうち、数値解法として、例えば次の方法をあげることができる。
まず、時間tを離散化し、
t=iΔt(i=0, 1, 2, …)
とする。
【0060】
さらに積分における時間変数τも次のようにtと同じ間隔Δtで離散化する。
τ=jΔt(j=0, 1, 2, …)
【0061】
すると、積分方程式(1)は
【0062】
【数7】

と離散化される。
【0063】
k,i =p(k,iΔt), Gj =E(jΔt)Δt
とおくと
【0064】
【数8】

となる。即ち、パス回数分布pk,iを求めるにあたっては、その過去の履歴pk-1,i-j が保存されていれば、上式から計算できる。このようにして求めた結果を図8に破線で示す。この破線は、モンテカルロ法で得られた実線とほとんど重なっている。
【0065】
また、積分方程式(1)の解析的な解き方としては、例えば次の方法をあげることができる。
【0066】
撹拌時間が長くなると統計学的な考察からパス回数分布が正規分布に近づくことが分かる。このときパス回数分布の平均K(t)とパス回数分布の標準偏差s(t)が分かれば、パス回数分布p(k,t)は
【0067】
【数9】

と表される。
【0068】
積分方程式(1)を用いれば、パス回数分布の平均K(t)とパス回数分布の標準偏差s(t)を求めることができ、
【0069】
【数10】

(式中、T:平均循環時間,σ:循環時間分布の標準偏差)
となる。
【0070】
ここで、Tは循環時間分布の平均で、
【0071】
【数11】

あるいは、
T=V/Q(Q: 吐出流量 (m3/s),V:液体の体積(m3))
で得ることができる。
【0072】
σは循環時間分布の標準偏差で、
【0073】
【数12】

により得られる。
【0074】
図8の点線は、この方法により得たパス回数分布である。この方法によるパス回数分布も他の方法によるパス回数分布とほぼ一致した結果を与えることが分かる。
【0075】
以上のように、モンテカルロ法や、積分方程式(1)の数値解法、あるいは解析的な方法によりパス回数分布を得ることができる。
【0076】
パス回数分布は、多くの場合正規分布に近く、平均と標準偏差という二つのパラメータで特徴付けることができる。そこで、分布の広がりについてある基準を設け、その基準に従って分布の広がりを評価することが望ましい。
【0077】
装置内の一つのモデル的な流れとして完全混合流れがある。完全混合流れとは、装置内に流入した物質が装置内で瞬間的に混合され、装置内濃度と装置出口での濃度が等しいとして定義される流れである。完全混合流れは、一般に、撹拌槽のモデル的な流れとして利用され、完全混合流れが仮定される撹拌槽は、完全混合槽と呼ばれる。
【0078】
ホモミクサー、あるいはアヂホモミクサーにおいても、完全混合槽をモデル的な流れとして考え、そのときのパス回数分布を求めることができる。槽内の液体について、時刻tにおいてk回ホモミクサーで処理された液体の割合をp(k,t)とする。ホモミクサーを一回通過すると処理回数が1増えるため、完全混合槽の考え方に倣うとp(k,t)は
【0079】
【数13】

(式中、Q:吐出流量(m/s),V:液体の体積 (m))
に従う。
【0080】
初期条件p(0, 0)=1、p(k,0)=0 (k=1, 2, …) のもとで上式を解くと、
【0081】
【数14】

となる。
【0082】
ここでパス回数の平均K(t)は、K(t)=Qt/V である。
【0083】
完全混合槽で得られたパス回数分布p(k,t)は、ポアソン分布として知られる分布形状で、K(t)が大きいときに正規分布に近い。また、平均と分散は等しくK(t)である。言い換えれば、パス回数分布の平均をK(t)、パス回数分布の標準偏差をs(t)としたとき、完全混合槽では
(t)/K(t)=1
となる。
【0084】
そこで、g(t)=s(t)/K(t)とし、完全混合槽の場合のg(t)=1を基準として、パス回数分布の広がりを評価することができる。パス回数分布はs(t)/K(t)が小さいほどシャープであり、液体のホモミクサーでの処理の均一性の観点から5以下が好ましく、2以下にすることがより好ましい。
【0085】
因みに、図8に示したパス回数分布では、g(t)=1.13 である。
g(t)は1より小さい値も取り得て、小さければ小さいほどよいが、少なくとも完全混合槽の状態である1に近ければ、良好な流動状態であるといえる。
【0086】
パス回数分布の広がりは、ホモミクサーにおける流体の処理のばらつきの程度と関係するため、なるべくパス回数分布の広がりが狭くなるように撹拌条件を定めるべきである。ここで、パス回数分布はホモミクサーの回転数、パドルの回転数、撹拌時間といった撹拌条件や、液体の粘度等の性状によって変わる。そこで、本発明の流動状態の制御方法では、パス回数分布が望ましいシャープさとなるように、撹拌条件や液体の性状を適宜変更し、流動状態を制御する。
【0087】
次に、液体の粘度特性や撹拌条件によってパス回数分布が変わる例を示す。
【0088】
実施例2
本実施例では、液体の粘度特性によってパス回数分布が変わる例を示す。ここで、撹拌槽としては、実施例1と同様に図1の液体の体積2Lのアヂホモミクサーを想定し、対象とする液体としては図9の粘度特性を有する乳化物を想定した。なお、図9のプロットはレオメータによる測定データで、実線は粘性モデルを用いて粘度カーブをモデル化したものである。粘度カーブのモデル化にあたっては、前述の図3の場合と同様にCarreauモデルを用いた。図9の実線は、
η0 =1.0×105(Pa・s),η =0.02(Pa・s),λ=1.3×105(s),ν=0.27
のときのものである。なお、流体の密度ρは1000 (kg/m3) である。
【0089】
図4の流体解析と同様にして得た、ホモミクサーの回転数7000rpm、パドルの回転数80rpmのときの流体解析結果は図10のようになる。
【0090】
図11は、図8と同様にして求めたパス回数分布である。ここで、撹拌条件は、ホモミクサーの回転数7000rpm、パドルの回転数80rpm、撹拌時間20分である。
【0091】
図11のパス回数分布は、図8のパス回数分布と撹拌条件は同じで、平均パス回数もほぼ等しいが、液体の粘度特性の違いを反映して、図11のパス回数分布は図8のパス回数分布に比して著しく広くなっている。これはホモミクサーでの液体の処理が不均一になっていることを意味する。このことは、配合条件の変更により液体の粘度特性を変えることができれば、パス回数分布をより望ましい分布に制御できることを意味する。
【0092】
実施例3
本実施例では、液体の撹拌条件によってパス回数分布が変わる例を示す。
図12は、図9の粘度特性を有する液体に対し、撹拌条件を、ホモミクサーの回転数8500rpm、パドルの回転数80rpm、撹拌時間17分とした場合のパス回数分布である。なお、この撹拌条件は、ホモミクサーの回転数を図11の場合に比して高くするが、平均パス回数は図11の場合とほぼ一致するように撹拌時間を短縮したものである。図12のパス回数分布は図8の場合ほどシャープではないが、図11に比べると著しくシャープに改善していることが分かる。
【0093】
なお、パス回数分布の広がりの指標となるg(t)は、図8のg(t)=1.13 に対し、図11の場合にはg(t)=5.16、図12の場合にはg(t)=2.01 である。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明の解析方法は、高速回転剪断型撹拌機を備えた撹拌槽において、流動状態を制御する方法として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】複合型撹拌槽の模式図である。
【図2】パス回数分布の算出方法の説明図である。
【図3】実施例1で対象とした液体の粘度特性図である。
【図4】実施例1でのアヂホモミクサーの流体解析結果である。
【図5】実施例1で解析した循環時間分布である。
【図6】逆関数法による乱数生成方法の概略説明図である。
【図7】循環時間分布に従う乱数の生成例である。
【図8】実施例1でのパス回数分布図である。
【図9】実施例2、実施例3で対象とした液体の粘度特性図である。
【図10】実施例2でのアヂホモミクサーの流体解析結果である。
【図11】実施例2でのパス回数分布図である。
【図12】実施例3でのパス回数分布図である。
【符号の説明】
【0096】
1 複合型撹拌槽
2 槽本体
3 シャフト
4 タービン
5 ステーター
6 高速回転剪断型撹拌機(ホモミクサー)
6a 上面
6b 下面
7 回転パドル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高速回転剪断型撹拌機を備えた撹拌槽において、流体が、所定の撹拌時間内に高速回転剪断型撹拌機を通過する回数の分布(以下、パス回数分布という)の算出方法であって、流体が高速回転剪断型撹拌機の通過に要する循環時間の分布(以下、循環時間分布という)を取得し、循環時間分布に基づいてパス回数分布を算出する方法。
【請求項2】
前記撹拌槽が、低速回転型撹拌機を備えている請求項1記載の算出方法。
【請求項3】
前記撹拌槽が、高速回転剪断型撹拌機と低速回転型撹拌機を同軸に備えている請求項2記載の算出方法。
【請求項4】
循環時間分布に基づき、モンテカルロ法によりパス回数分布を算出する請求項1〜3のいずれかに記載の算出方法。
【請求項5】
流体の循環時間分布関数をE(τ)としたとき、時刻tにおけるパス回数kの分布関数p(k,t)を次の積分方程式
【数1】

によって算出する請求項1〜3のいずれかに記載の算出方法。
【請求項6】
時刻tにおけるパス回数kの分布関数p(k,t)を次の正規分布
【数2】

(式中、K(t) :平均パス回数、s(t):パス回数分布の標準偏差)
で近似し、その平均である平均パス回数K(t) と標準偏差s(t)を次式
【数3】

(式中、T:平均循環時間、σ:循環時間分布の標準偏差)
で算出する請求項5記載の算出方法。
【請求項7】
循環時間分布を、流体解析によって求めた流動場のもとで、濃度の移流方程式を解くことにより求める請求項1〜6のいずれかに記載の算出方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の方法で算出したパス回数分布に基づき、高速回転剪断型撹拌機を備えた撹拌槽における流体の流動状態を制御する流動状態の制御方法。
【請求項9】
平均パス回数K(t)、パス回数分布の標準偏差s(t)より、関数g(t)を次式
【数4】

で定義し、g(t)の値を用いてパス回数分布のシャープさを評価する請求項8記載の流動状態の制御方法。

【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図11】
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【図12】
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【図2】
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【図4】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−42359(P2010−42359A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−208486(P2008−208486)
【出願日】平成20年8月13日(2008.8.13)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】