説明

高速鉄道の車内振動評価装置及びそれを用いた高速鉄道の車内振動評価方法、ならびに乗り心地フィルタ

【課題】高速鉄道の車内振動評価を的確に、かつ迅速に行うことができる高速鉄道の車内振動評価装置及びそれを用いた高速鉄道の車内振動評価方法、ならびに乗り心地フィルタを提供する。
【解決手段】高速鉄道の車内振動評価装置は、加振範囲が1〜50Hzの動電型振動台と、この振動台に内蔵されこの振動台の前後・左右・上下方向の加速度を測定するサーボ加速度計と、20〜10kHzの低周波音を含む広帯域の音再生ができるスピーカ内蔵吸音防音壁5と、被験者の振動に対する主観評価を入力する評価スイッチとを備え、振動台への加振中にスピーカにより音を提示し、サーボ加速度計で得られた測定データとともに、被験者により入力された評価スイッチからの信号も同時に計測して、音と振動の複合的な影響に対する被験者の主観評価を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高速鉄道の車内振動評価装置及びそれを用いた高速鉄道の車内振動評価方法、ならびに乗り心地フィルタの補正に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、振動に対する人間の感性特性を調べるため、振動台に被験者を着座させて振動刺激を与え、それに対する主観評価を調べるようにしていた。
また、乗り心地の評価方法として、従来から乗り心地レベルが広く用いられている。この乗り心地レベルは、等感覚曲線に基づいて作られた乗り心地フィルタより算出されるものであるが、最近の高速鉄道の乗り心地を評価する際、このように算出された「乗り心地レベル」が体感と合わないという問題が生じていた。
【0003】
図10は従来の乗り心地フィルタと等感覚曲線を示す図である。
乗り心地レベルを算出するための乗り心地フィルタ〔図10 (a) 〕は、図10 (b) の等感覚曲線を元にしている。この等感覚曲線は、1974年に策定されたISO規格(1997年に改定)に準拠して1981年の国鉄時代に定められたもの(1Hz以下は国鉄が追加)だが、元となったISO2631の曲線は、建物・乗り物・産業機械(トラクターなど)全般における全身振動暴露の限界値を規定したもので、振動周波数ごとの同じ「大きさ」と感じる強度変化を示し、正確には「乗り心地における振動不快感」の程度を示すものではない。
【0004】
これまでの鉄道走行振動の主要成分であった低い周波数域では、「大きく」感じやすい振動と「不快」に感じる振動がほぼ同じであるため、この等感覚曲線を用いても問題は生じなかった。しかし、ビリビリとした高周波振動は「大きくなくても不快」、つまり「大きさの印象」と「不快度」が一致しないため、「大きさ」を尺度とする等感覚曲線を用いた乗り心地フィルタでは影響が過小評価され、算出された乗り心地レベルと実際に体感した乗り心地に乖離が生じてしまっていた。
【0005】
特に、最近の高速新幹線や浮上式鉄道では、低い周波数成分が様々な振動対策により低減される一方で、増加した高周波振動成分による体感乗り心地への影響が大きくなっている。
そこで、本願発明者らは、高速鉄道車両で生じやすい30Hz付近の高周波振動の影響を乗り心地レベルの算出に反映させるため、乗り心地フィルタの補正について既に提案している(下記非特許文献1参照)。
【0006】
非特許文献1では、通勤車両から高速車両に至るまで様々な鉄道車両を対象とした乗り心地評価法として、現在最も普及している乗り心地レベルの実用性・汎用性を活かしつつ、高周波成分の影響を正しく反映させる改良を提案している。具体的には、乗り心地レベルの算出方法および尺度は現行のものをそのまま用い、乗り心地フィルタの高周波域の重み付けを体感乗り心地との相関が高くなるよう変更することとした。
【0007】
ここで、乗り心地フィルタと等感覚曲線の関係、乗り心地レベルLT の算出方法について説明する。
乗り心地レベルは等感覚曲線に基づく乗り心地フィルタ(F)によって重み付けがされるが、両者の間には以下の関係がある。
F=−20log10 (A/A0) (dB) … (1)
A:等感覚曲線の値,A0 =0.315(8Hzでの等感覚曲線の値)
従来の乗り心地フィルタでは、高周波域(左右:2Hz以上、上下:8Hz以上)の傾きは周波数が倍になると6dB減少する−6dB/Octaveであったが、非特許文献1における考察により、上下振動に関しては、8Hz以上の傾きを−2.7dB/Octaveと補正することを提案している。
【0008】
なお、乗り心地レベルLT は、車両振動加速度に対し乗り心地フィルタによる周波数補正を行い、その実効値AW を求め、基準加速度A0(10-5m/s2)との比を対数表示したものである。
その関係式は、LT =20log10 (AW /Ao ) で表される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】中川千鶴,島宗亮平,白戸宏明,富岡隆弘,高見創,渡邉健,「高周波上下振動が乗り心地に及ぼす影響」,鉄道総研報告,Vol.23,No.9,pp.35−40,2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記した乗り心地フィルタの補正において、上下振動については改良を行ったが、高周波域の左右振動の影響については十分な検討がなされていなかった。
さらに、列車の高速化に伴い増加傾向にある高周波振動と、これに付随して生じる同帯域の低周波音を含む様々な帯域の音や走行スピードの増加による車窓風景の変化などの視覚刺激が乗客に及ぼす複合的な影響については検討が行われておらず、このような総合的な検討を行える装置も提案されていなかった。
【0011】
本発明は、上記状況に鑑みて、高速鉄道の車内振動評価を的確に、かつ迅速に行うことができる高速鉄道の車内振動評価装置及びそれを用いた高速鉄道の車内振動評価方法、ならびに乗り心地フィルタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕 高速鉄道の車内振動評価装置において、加振範囲が1〜50Hzの動電型振動台と、この振動台に内蔵されこの振動台の前後 (X) ・左右 (Y) ・上下 (Z) 方向の加速度を測定するサーボ加速度計と、20〜10kHzの低周波音を含む広帯域の音再生ができるスピーカ内蔵吸音防音壁と、被験者の振動に対する主観評価を入力する評価スイッチとを備え、前記振動台への加振中に前記スピーカにより音を提示し、前記サーボ加速度計で得られた測定データとともに、前記被験者により入力された前記評価スイッチからの信号も同時に計測して、音と振動の複合的な影響に対する前記被験者の主観評価を測定することを特徴とする。
【0013】
〔2〕上記〔1〕記載の高速鉄道の車内振動評価装置において、この装置がさらにヘッドマウントディスプレイ(HMD)を備え、前記振動台への加振中に前記HMDにより前記被験者に視覚情報を提示し、音と映像と振動の複合的な影響に対する前記被験者の主観評価を測定することを特徴とする。
〔3〕高速鉄道の車内振動評価方法において、加振範囲が1〜50Hzの動電型振動台に内蔵されたサーボ加速度計によりこの振動台の前後 (X) ・左右 (Y) ・上下 (Z) 方向の加速度を測定するとともに、この振動台の加振中にスピーカー内蔵防音壁のスピーカーにより20〜10kHzの低周波音を含む広帯域の音再生を行い、前記振動台から発生する音をマスクし、より正確な振動に対する感度調査を可能とし、前記サーボ加速度計で得られた測定データを記録するとともに、前記被験者により入力された前記評価スイッチからの信号も同時に計測して、音と振動の複合的な影響に対する前記被験者の主観評価を測定することを特徴とする。
【0014】
〔4〕上記〔3〕記載の高速鉄道の車内振動評価方法において、さらにヘッドマウントディスプレイ(HMD)を前記被験者に装着させ、前記振動台への加振中に前記HMDにより前記被験者に視覚情報を提示し、音と映像と振動の複合的な影響に対する前記被験者の主観評価を測定することを特徴とする。
〔5〕上記〔3〕記載の高速鉄道の車内振動評価方法において、刺激振動は全て正弦波振動で1〜80Hzとし、スイープ範囲は0.03〜1.5m/s2 (実効値)、提示時間は62秒、提示順序は提示効果を避けるため乱数により決定し、72dB(A)の走行模擬音を前記振動台から発生する音に対するマスク音としたことを特徴とする。
【0015】
〔6〕上記〔3〕又は〔4〕記載の高速鉄道の車内振動評価方法において、前記被験者は、二人用座席の片側に着座し、提示される振動が新幹線の乗り心地として許容できない大きさの間、前記評価スイッチを押し続けるようにしたことを特徴とする。
〔7〕高速鉄道の車内振動評価に用いられる乗り心地フィルタにおいて、現行の乗り心地フィルタの傾きを上下振動については8Hz以上で−2.70dB/オクターブとし、左右振動については2Hz以上で−2.70dB/オクターブとすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明の高速鉄道の車内振動評価装置によれば、高速鉄道の車内振動評価を的確に、かつ迅速に行うことができる。
また、本発明の乗り心地フィルタによれば、高速鉄道の旅客の主観評価とより高い相関を示す乗り心地レベルを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施例を示す高速鉄道の車内振動評価装置を示す図面代用写真である。
【図2】高速鉄道の車内振動・低周波音評価装置の振動刺激波形例(10Hz)と評価スイッチ信号の例を示す模式図である。
【図3】本発明の第2実施例としての評価実験に係る主な実験結果と等感覚曲線を示す図である。
【図4】本発明の第3実施例としての振動騒音評価実験に係る、振動と音の30〜100Hz成分が主観評価に及ぼす影響を示す図である。
【図5】本発明の第4実施例としての視覚情報影響評価実験に係る、速度感が振動評価に及ぼす影響を示す図である。
【図6】現行法と本発明の乗り心地フィルタを示す図である。
【図7】左右振動を評価対象とした19試番の分析結果(レベル値、主観評価との相関)を示す図である。
【図8】上下振動を評価対象とした21試番の分析結果(レベル値、主観評価との相関)を示す図である。
【図9】乗り心地レベル値と主観評価との相関を示す図である。
【図10】従来の乗り心地フィルタと等感覚曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の高速鉄道の車内振動評価装置は、加振範囲が1〜50Hzの動電型振動台と、この振動台に内蔵されこの振動台の前後 (X) ・左右 (Y) ・上下 (Z) 方向の加速度を測定するサーボ加速度計と、20〜10kHzの低周波音を含む広帯域の音再生ができるスピーカ内蔵吸音防音壁と、被験者の振動に対する主観評価を入力する評価スイッチとを備え、前記振動台への加振中に前記スピーカにより音を提示し、前記サーボ加速度計で得られた測定データを200Hzのローパスフィルタ処理後、サンプリング周波数500Hzでデータレコーダに記録するとともに、前記被験者により入力された前記評価スイッチからの信号も同時に計測して、音と振動の複合的な影響に対する前記被験者の主観評価を測定する。
【0019】
また、本発明の乗り心地フィルタは、現行の乗り心地フィルタの傾きを上下振動については8Hz以上で−2.70dB/オクターブとし、左右振動については2Hz以上で−2.70dB/オクターブとし、高速鉄道の旅客の主観評価とより高い相関を示す乗り心地レベルを提供する。
【実施例】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は本発明の実施例を示す高速鉄道の車内振動評価装置を示す図面代用写真であり、図2は本装置で用いられる振動刺激波形例(10Hz)と評価スイッチ信号の例を示す模式図である。
図1では、高速鉄道の車内振動評価装置が示されており、1はその動電型振動台、2はその左右加振装置、3はその前後加振装置、4は在来線特急普通車二人用座席、5はスピーカ内蔵吸音防音壁、6は評価スイッチである。
【0021】
より詳細には、低騒音化のため水冷方式を採用した動電型振動台(加振範囲:1〜50Hz)と20〜10kHzの低周波音を含む広帯域の音再生ができるスピーカー内蔵半無響室で構成されている。
動電型振動台1の前後 (X) ・左右 (Y) ・上下 (Z) 方向の加速度を測定するため、サーボ加速度計が振動台1に内蔵されており、測定データは200Hzのローパスフィルタ処理後、サンプリング周波数500Hzでデータレコーダに記録される。
【0022】
図1では、一例として、在来線特急普通車二人用座席4を示しているが、評価したい座席の種類に合わせて、適宜、座席種別の変更が可能である。また、被験者を動電型振動台1に直接立たせ、立位での車内振動評価を行うことも可能である。
被験者は評価スイッチ6を持ち、刺激振動に対する主観評価(体感乗り心地評価)を行う。
【0023】
一例として、本装置によって提示される振動が「新幹線の乗り心地として許容できない」大きさだと感じた間、この評価スイッチ6を押し続けるようにする。これにより、図2に示すような評価スイッチ信号を計測し、被験者の乗り心地に対する主観評価を得ることができる。典型的には、被験者により評価スイッチ6が押された瞬間と離した瞬間の動電型振動台1床面の振動加速度実効値の平均を、当該被験者のその振動における限界値とみなすことができる。
【0024】
あるいは、評価スイッチ6に複数のボタンを配置することで、不快感の強弱を段階的に評価するようにしてもよい。さらに、評価を求める内容に適するものであれば、評価スイッチ6を用いず、評価用紙などに直接評価を記載することも除外されない。
また、本装置では、吸音防音壁5に内蔵されたスピーカーより、低周波音(20〜10kHz)を含む広帯域の音の音再生ができるため、車内振動評価における音の複合的な影響を調べることができる。
【0025】
さらに、図1には示されていないが、本装置にはヘッドマウントディスプレイ(HMD)が備えられており、振動刺激中の被験者にHMDを装着させて視覚刺激を与えることにより、視覚情報が被験者の車内振動評価に与える影響を同時に調べることもできる。
次に、本発明の高速鉄道の車内振動評価装置の実施例としての、本装置を用いた評価実験例について説明する。
(1)第2実施例としての高周波域における振動の許容限界評価実験
本実施例では、高周波域における各振動周波数における被験者の許容限界値(許容できない体感乗り心地)の評価を行った。
【0026】
刺激振動は全て正弦波振動で、1〜80Hzの範囲で、1, 2, 4, 5,6.3, 8, 10.1, 12.7, 16, 20.2, 25.4, 32, 40.3, 50.8, 64, 80.6Hzの16種類の周波数(実験1のみ40Hzまでの13種類)での振動評価を行った。なお、振動台1の性能保証は50Hzまでのため、50Hz以上の加振試験結果は参考データとし、分析は主に50Hzまでとした。
【0027】
スイープ範囲は、0.03〜1.2m/s2 (実効値)、ただし、立位実験のみ10Hz以上で0.03〜1.5m/s2 (実効値)とした。また、提示時間は62秒〔増加30秒−最大2秒−減少30秒〕とし、提示順序は順序効果を避けるため乱数で決定した。
また、振動に伴う音の影響を避けるため、一部の実験では72dB (A) の走行模擬音をマスク音として用いた。
【0028】
被験者は二人用座席の片側(左側)に着座し、提示される振動が「新幹線の乗り心地として許容できない」大きさの間、手元の評価スイッチを押し続けた。
以上のような条件で行われた正弦波振動体感評価実験の一覧を表1に示す。
実験では、閉眼や背もたれのリクライニング、座席種別の影響についても検討した。特に座席種別の影響については、新幹線普通座席(幹普席)、新幹線グリーン座席(幹グ席)、在来線特急普通座席(在特席)、木製の背もたれのない箱状硬質座席(硬席) の4種類を用いて検討した。硬席を用いた理由は、人体振動研究では標準的であることとクッションや背もたれの影響比較を行うためである。
【0029】
【表1】

図3は本発明の上記評価実験に係る主な実験結果と等感覚曲線を示す図である。
この図は、評価スイッチで提示された全被験者における振動の許容限界値の平均をプロットしたものである。凡例は実験名、座席種別、その他の条件(特にない場合は空白)を示しており、最後の括弧内は被験者数である。その他の条件での「音」はマスク音あり、「肘掛」は肘掛に腕をのせた実験であったことを示す。太い一点鎖線は現行法の等感覚曲線を示し、灰色の太い実線は、後述する本発明による等感覚曲線の補正である。なお、この装置は性能上50Hzまでしか保証されていないため、ここでは50Hzまでの結果を示した。
【0030】
この図から分かるように、本発明の高速鉄道の車内振動評価装置を用いることで、異なる座席種別や音・肘掛の有無、立位など様々な条件に対応した車内振動の評価を行うことができる。
図4は本発明の振動評価装置によって得られた振動騒音評価実験の結果の一部、つまり振動と30〜100Hzの音成分が主観評価に及ぼす影響を示す図である。
【0031】
これは「振動乗り心地としての不快感」を尋ねたときの各条件での評価平均をプロットしたものである。なお、回答では9段階評価であったが、これまでの5段階尺度と対応させるため5段階評価に変換して示している。
この図から分かるように、30Hz以上の振動成分の増減により、最大で主観評価が1段階変化した。一方、音条件の違いを示す線種はグラフをみて分かるようにほぼ重なっており、上記した条件下では「振動乗り心地としての不快感」に走行音の低周波成分はほとんど影響しないことがわかった。
【0032】
このように、本発明の高速鉄道の車内振動評価装置を用いることで、車内振動と音(ここでは低周波音)の複合的な影響の評価を行うことができる。
(2)第2実施例としての視覚情報影響評価実験
本実施例では、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を用いて、視覚情報(被験者に走行感覚を与える車窓風景)の有無が振動評価に影響を与えるかどうかを調査した。
【0033】
本装置により、被験者2名を二人用座席に並んで着座させ、1人がHMDを装着して、もう1人がHMDなしの状態で評価を行った。
被験者は提示される振動に対し、「新幹線の乗り心地をイメージした5段階の不快感(1:問題ない〜5:非常に不快、を両端とする5段階尺度)」を、評価スイッチの5つのボタンで回答した。
【0034】
図5は上記条件によって得られた、視覚情報(視覚による速度感)が振動評価に及ぼす影響を示す図である。
この図から、HMDがあると全ての振動条件で評価がほぼ一定(約0.2ポイント)の割合で改善したことがわかる。このことより、走行感覚がない状態での振動評価は、走行感覚がある状態での走行試験より厳しい評価になりやすいことが分かる。一方、振動条件間の評価の差は、HMDの有無によらずほぼ一定であり、振動評価の相対関係は、視覚情報の影響を受けていないと考えられる。
【0035】
このように、本発明の高速鉄道の車内振動評価装置を用いることで、車内振動と視覚情報の複合的な影響の評価を行うことができる。
以上の実施例より、本発明の高速鉄道の車内振動評価装置によって、高周波振動と音や視覚情報が乗客に及ぼす複合的な影響について評価できることが示される。
次に、上記第2実施例で得られた評価実験結果(図3)を元に、被験者の体感乗り心地にかかる主観評価と乗り心地フィルタとの相関について説明する。
【0036】
上記図3で示した被験者の振動許容限界値と太い一点鎖線で示された現行法の等感覚曲線を比較すると、上下振動〔図3(a)〕では8Hz以上で、また左右振動〔図3(b)〕では2Hz以上で、実験結果と現行法の等感覚曲線の乖離が大きいことが見て取れる。
そこで、本実験結果から最小二乗法により傾きを求めた。これにより、本発明では高周波域である8〜32Hzにおける等感覚曲線を図3の灰色の太い実線のように補正し、8〜32Hzの乗り心地フィルタの傾きを−2.7dB/Octaveとする。これは上記非特許文献1で本願発明者らが提示した上下振動にかかる乗り心地フィルタの補正の提案とも一致するものである。よって、これらの結果から、本発明にかかる上下振動の乗り心地フィルタ補正は、8Hz以上を−2.7dB/Octaveの傾きとする。
【0037】
同様に、これまで提案されていなかった乗り心地フィルタの左右振動についても傾きを同様に算出した。この結果、等感覚曲線は図3の灰色の太い実線のように補正され、乗り心地フィルタの左右振動の2Hz以上の傾きは−2.7dB/Octaveとなった。よって、本発明にかかる左右振動の乗り心地フィルタ補正は、2Hz以上を−2.7dB/Octaveの傾きとする。
【0038】
現行法と本発明の乗り心地フィルタを図6に示す。以下、現行法による乗り心地レベルをLT 、本発明により補正された乗り心地フィルタによって算出される乗り心地レベルをLTAと表記する。
次に、本発明による補正された乗り心地フィルタの妥当性および汎用性について、説明する。
【0039】
本発明による乗り心地フィルタの補正の妥当性を検討するため、新幹線で乗り心地評価データの取得を実施した。
図7は左右振動を評価対象とした分析結果(主観評価との相関)を示す図、図8は上下振動を評価対象とした分析結果(主観評価との相関)を示す図である。
・上段:現行法による乗り心地レベル値LT および本発明の乗り心地フィルタより算出される乗り心地レベル値LTAと主観評価の相関
なお、横軸は試験番号、縦軸は相関係数を示す。
【0040】
これらの結果より、本発明の乗り心地フィルタの妥当性・汎用性が確認された。すなわち、左右振動、上下振動ともに、本発明の乗り心地フィルタによる乗り心地レベルLTAのほうが現行法による乗り心地レベルLT より主観との相関が高く、その効果は高周波振動が占める割合が高いケースで顕著であることがわかった。
図9は乗り心地レベル値と主観評価との相関を示す図である。さらに、振動台を用いて在来線と新幹線の乗り心地評価を行い、乗り心地レベル値と主観評価の相関について検討を行った。
【0041】
ここでは在来線と新幹線の走行振動を再現して被験者実験を実施し、体感乗り心地(主観評価)と、振動データから算出した乗り心地レベル値の一致度を調べた。この結果、図9に示すように、新幹線の走行振動では本発明の乗り心地フィルタより算出された心地レベル値LTAの方が主観評価との相関が高くなった。一方、在来線の走行振動では、本発明と現行法の乗り心地レベルの値はほぼ一致した。
【0042】
この結果から、高周波振動の成分をあまり含まない在来線にこの補正法を適用した場合、従来の乗り心地レベルとほぼ同じ値を出力することが確認された。
本発明の乗り心地フィルタによる乗り心地レベルは、現行法と比べ体感との相関を向上させた乗り心地評価法として、通勤車両から高速車両に至る様々な鉄道車両で適用が可能である。
【0043】
実用に際しては、現行の乗り心地レベルが用いているフィルタを差し替えるだけでよい。本発明の乗り心地フィルタにより算出される乗り心地レベルLTAは、これまでと同様の尺度で用いることが可能である。
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の高速鉄道の車内振動評価装置及びそれを用いた高速鉄道の車内振動評価方法、ならびに乗り心地フィルタは、高速鉄道の車内振動評価を的確に、かつ迅速に行うことができる高速鉄道の車内振動評価に利用することができる。
【符号の説明】
【0045】
1 動電型振動台
2 左右加振装置
3 前後加振装置
4 在来線特急普通車二人用座席
5 吸音防音壁(スピーカ内蔵)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加振範囲が1〜50Hzの動電型振動台と、該振動台に内蔵され該振動台の前後 (X) ・左右 (Y) ・上下 (Z) 方向の加速度を測定するサーボ加速度計と、20〜10kHzの低周波音を含む広帯域の音再生ができるスピーカ内蔵吸音防音壁と、被験者の振動に対する主観評価を入力する評価スイッチとを備え、前記振動台への加振中に前記スピーカにより音を提示し、前記サーボ加速度計で得られた測定データとともに、前記被験者により入力された前記評価スイッチからの信号も同時に計測して、音と振動の複合的な影響に対する前記被験者の主観評価を測定することを特徴とする高速鉄道の車内振動評価装置。
【請求項2】
請求項1記載の高速鉄道の車内振動評価装置において、該装置がさらにヘッドマウントディスプレイ(HMD)を備え、前記振動台への加振中に前記HMDにより前記被験者に視覚情報を提示し、音と映像と振動の複合的な影響に対する前記被験者の主観評価を測定することを特徴とする高速鉄道の車内振動評価装置。
【請求項3】
加振範囲が1〜50Hzの動電型振動台に内蔵されたサーボ加速度計により該振動台の前後 (X) ・左右 (Y) ・上下 (Z) 方向の加速度を測定するとともに、該振動台の加振中にスピーカー内蔵防音壁のスピーカーにより20〜10kHzの低周波音を含む広帯域の音再生を行い、前記振動台から発生する音をマスクし、より正確な振動に対する感度調査を可能とし、前記サーボ加速度計で得られた測定データを記録するとともに、前記被験者により入力された前記評価スイッチからの信号も同時に計測して、音と振動の複合的な影響に対する前記被験者の主観評価を測定することを特徴とする高速鉄道の車内振動評価方法。
【請求項4】
請求項3記載の高速鉄道の車内振動評価方法において、さらにヘッドマウントディスプレイ(HMD)を前記被験者に装着させ、前記振動台への加振中に前記HMDにより前記被験者に視覚情報を提示し、音と映像と振動の複合的な影響に対する前記被験者の主観評価を測定することを特徴とする高速鉄道の車内振動評価方法。
【請求項5】
請求項3記載の高速鉄道の車内振動評価方法において、刺激振動は全て正弦波振動で1〜80Hzとし、スイープ範囲は0.03〜1.5m/s2 (実効値)、提示時間は62秒、提示順序は提示効果を避けるため乱数により決定し、72dB(A)の走行模擬音を前記振動台から発生する音に対するマスク音としたことを特徴とする高速鉄道の車内振動評価方法。
【請求項6】
請求項3又は4記載の高速鉄道の車内振動評価方法において、前記被験者は、二人用座席の片側に着座し、提示される振動が新幹線の乗り心地として許容できない大きさの間、前記評価スイッチを押し続けるようにしたことを特徴とする高速鉄道の車内振動評価方法。
【請求項7】
高速鉄道の車内振動評価に用いられる乗り心地フィルタにおいて、現行の乗り心地フィルタの傾きを上下振動については8Hz以上で−2.70dB/オクターブとし、左右振動については2Hz以上で−2.70dB/オクターブとすることを特徴とする高速鉄道の車内振動評価に用いられる乗り心地フィルタ。

【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−36789(P2013−36789A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−171440(P2011−171440)
【出願日】平成23年8月5日(2011.8.5)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 公益財団法人鉄道総合技術研究所,「2010年度主要な研究開発成果」(平成23年5月)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)