説明

高靭性耐高温腐食性合金および高温腐食環境下で使用される構造体

【課題】850℃程度の高温で且つ高イオウ濃度(約9wt%程度)の灰と接触する環境においても耐高温腐食性に優れ、且つ、該高温環境下において靭性の低下しにくい高靭性耐高温腐食性合金、および該高靭性耐高温腐食性合金で構成された高温腐食環境下で使用される構造体を提供すること。
【解決手段】本発明に係る高靭性耐高温腐食性合金は、Ni:33〜43wt%、Cr:23〜29wt%、Mo:1.0〜3.0wt%、Si:3.0〜4.0wt%、C:0.15〜0.25wt%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、都市ごみや産業廃棄物等の廃棄物の焼却処理を行う焼却処理設備における燃焼炉内に設置される熱交換器等の、高温腐食環境下で使用される構造体を構成する材料として用いられる高靭性耐高温腐食性合金、および該高靭性耐高温腐食性合金によって構成された熱交換器等の高温腐食環境下で使用される構造体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
都市ごみや産業廃棄物等の廃棄物の焼却処理を行う焼却処理設備には、前記廃棄物を熱分解させて熱分解ガスと熱分解残留物とを生成する熱分解反応装置と、前記熱分解ガスを高温燃焼させる燃焼炉とを備えたものがある。燃焼炉内には熱交換器が設置され、該熱交換器は500℃〜1300℃程度の高温排ガス雰囲気、且つ、腐食性のガス(HCl、SOx等)雰囲気に曝される。熱交換器によって排ガスより回収した熱は、前記熱分解反応装置等の熱源として利用される。このような炉内設置物を構成する材料には、該炉内の独特の高温腐食環境下で高い耐食性を発揮することが求められる。
【0003】
ここで、高温腐食環境下で高い耐食性を発揮する合金として、本出願人は本発明より先に、C:0.18〜0.28wt%、Si:3.00〜6.00wt%、Mn:0.10wt%以下、P:0.01wt%以下、S:0.01wt%以下、Cr:30.0〜35.0wt%、Ni:45.0〜50.0wt%、Mo:4.5〜5.5wt%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる耐高温腐食性Ni基合金を提案している(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2004−52107号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1の耐高温腐食性Ni基合金は、長時間にわたって650℃〜850℃程度となる条件で保持した後、金属組織を調査したところ、Cr、NiおよびSiからなる金属間化合物が析出しており、この金属間化合物が該合金を脆化させて靭性低下を引き起こすことが判った。
【0005】
更に、特許文献1の耐高温腐食性Ni基合金は、その使用される環境(条件)によっては、耐高温腐食性が大きく低下する問題が在ることが分かった。この「使用される環境」と「耐高温腐食性の低下」との関係について、以下説明する。
【0006】
前記燃焼炉で発生する灰中には、硫酸ナトリウムと硫酸カリウムとの混合塩である混合硫酸塩NaSO・KSOが存在する。この混合硫酸塩NaSO・KSOは、その融点が832℃である。前記耐高温腐食性Ni基合金材で作られた熱交換器等の構造体が832℃以上の高温、例えば850℃程度に昇温された状態で前記混合硫酸塩と接触すると、該混合硫酸塩は該構造体表面に溶融して付着する。灰中の混合硫酸塩の量が少なければ問題は顕在化しないが、灰中の混合硫酸塩の量が全イオウ(S)の濃度にして約9wt%程度になると、前記溶融塩の付着によって前記耐高温腐食性Ni基合金材の溶融塩腐食が支配的に進行することが、本願発明者によって確認された。
【0007】
この溶融塩腐食は以下のメカニズムによって生じていると推定される。すなわち、耐高温腐食性Ni基合金の表面で前記イオウ濃度の高い混合硫酸塩(溶融塩状態)を電解質とする電気化学反応が起こり、腐食生成物として硫化ニッケル(NiS)が生成する。更に、この硫化ニッケル(NiS)は合金中のNiとの共晶によって該合金の融点を下げる。これらによって、耐高温腐食性が低下する。なお、前記融点は645℃である。
【0008】
すなわち、前記耐高温腐食性Ni基合金は、耐高温腐食性に優れた材料ではあるが、該合金材の使用される環境が、850℃程度の高温で且つ高イオウ濃度(約9wt%程度)の灰と接触する場合であると、前記腐食メカニズム(「NiSの生成」と「共晶による融点降下」)によって合金中にNiが多く含まれていることで却って、腐食されやすくなっている。
【0009】
本発明の目的は、850℃程度の高温で且つ高イオウ濃度(約9wt%程度)の灰と接触する環境においても耐高温腐食性に優れ、且つ、該高温環境下において靭性の低下しにくい高靭性耐高温腐食性合金、および該高靭性耐高温腐食性合金で構成された高温腐食環境下で使用される構造体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明の第1の態様に係る高靭性耐高温腐食性合金は、Ni:33〜43wt%、Cr:23〜29wt%、Mo:1.0〜3.0wt%、Si:3.0〜4.0wt%、C:0.15〜0.25wt%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とするものである。
【0011】
[耐高温腐食性]
本発明に係る合金は、Niの含有量が33〜43wt%であって、従来の合金(Ni:45.0〜50.0wt%)より少なくしたので、850℃程度の高温で且つ高イオウ濃度(約9wt%程度)の灰と接触する環境において、前記腐食メカニズムによる溶融塩腐食をその影響が顕在化しない程度に低下させることが可能となり、以て高い耐高温腐食性を発現させることができる。
【0012】
[靱性]
耐高温腐食性向上の観点から、上記の如くNiの含有量を減少させると、σ相(母相中にCrが濃化し、Niが欠乏した相)の時効析出を増大する傾向が出るので時効後の母相の硬度が増して、母相の靱性が低下する傾向が出てくる。本発明では、σ相の時効析出を促進する元素であるSi及びMoの含有量を、いずれもそれらによる耐高温腐食性の向上作用が妨げられない範囲(Mo:1.0〜3.0wt%、Si:3.0〜4.0wt%)で減少させると共に、Ni含有量の下限値を33wt%とすることによって、σ相の時効析出の影響が実機で生じない靱性を具備させることができる。
【0013】
次に、各合金元素の含有率を上記の範囲に限定した理由について説明する。
(1)Niについて
Niは、母相の安定化、および耐高温腐食性の向上に有効な元素である。しかも、母相の靭性を向上させる作用があるため、廃棄物の焼却処理を行う焼却処理設備における燃焼炉等の炉内での加熱によりある程度の金属間化合物が析出しても十分な靭性が確保できるように、多く含まれることが好ましいが、上記850℃程度の高温で且つ高イオウ濃度(約9wt%程度)の灰と接触する環境においても耐高温腐食性を発現できるように、含有量の上限を43wt%とした。一方、母材の靱性低下を実機において問題ない程度に抑えるために、下限を33%とした。
【0014】
(2)Crについて
Crは、高温強度を向上させるのに有効なうえ、材料表面に酸化皮膜を形成して耐高温腐食性の向上に優れた効果を示す。そこで、廃棄物の焼却処理を行う焼却処理設備における燃焼炉等の炉内の腐食環境下で十分な耐食性を得られるように、含有量の下限を23wt%とした。しかし、過度に添加すると、金属間化合物の析出を促進して靭性を低下させる上、Cr炭化物の析出を促進して耐高温腐食性を却って低下させるので、上限を29wt%とした。
【0015】
(3)SiおよびMoについて
Siは、合金材料表面に酸化皮膜を形成して耐高温腐食性を向上させることが知られている。更に、Siは、耐高温腐食性向上に有効なCr酸化皮膜を安定させるという報告もある。一方、含有量が多くなるとσ相の時効析出を促進して材料の靭性を低下させる。
また、Moも、耐高温腐食性向上に有効な元素である。一方、過度に添加するとσ相の時効析出を促進する。
【0016】
Si及びMoの含有量を、前記Niの含有量の減少を考慮してσ相の時効析出に基づく靱性低下を防止する観点から、いずれも減少させるが、それらによる耐高温腐食性の向上作用が妨げられない範囲とした。すなわち、Siの含有量が3.0wt%以上4.0wt%以下であり、且つ、Moの含有量が1.0wt%以上3.0wt%以下となるようにした。
【0017】
(4)Cについて
Cは、耐熱鋼として必要な高温強度および耐クリープ性を向上させるのに有効な元素であり、0.15wt%以上含有することが好ましいが、含有量が多くなるとCr炭化物の析出を促進して耐食性を低下させるため、含有量の上限は0.25wt%とした。
【0018】
本発明の第2の態様に係る高温腐食環境下で使用される構造体は、高靭性耐高温腐食性合金によって構成されている高温腐食環境下で使用される構造体であって、前記高靭性耐高温腐食性合金は、Ni:33〜43wt%、Cr:23〜29wt%、Mo:1.0〜3.0wt%、Si:3.0〜4.0wt%、C:0.15〜0.25wt%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とするものである。本発明によれば、第1の態様と同様の作用効果を奏する高温腐食環境下で使用される構造体を実現することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、850℃程度の高温で且つ高イオウ濃度(約9wt%程度)の灰と接触する環境で使用されても、腐食メカニズム(「NiSの生成」と「共晶による融点降下」)による溶融塩腐食をその影響が顕在化しない程度に低下させることが可能となり、以て高い耐高温腐食性を発現させることができる。更に、σ相の時効析出を促進する元素であるSi及びMoの含有量を、いずれもそれらによる耐高温腐食性の向上作用が妨げられない範囲(Mo:1.0〜3.0wt%、Si:3.0〜4.0wt%)で減少させると共に、Ni含有量の下限値を33wt%とすることによって、σ相の時効析出に伴う靭性低下の問題を改善することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明に係る高靭性耐高温腐食性合金である実施例1〜実施例3の化学組成(wt%)、比較例1から比較例3(特許文献1に記載された合金)の化学組成(wt%)、靱性評価の為の硬度(HV)及び状態図計算ソフトを用いたσ相生成量の計算結果を表1に示す。表1において、実施例1から実施例3及び比較例1,比較例3の合金組成は分析値であり、比較例2の合金組成は目標値である。
【0021】
実施例1から実施例3の高靭性耐高温腐食性合金に対し、後述する耐高温腐食性評価(高温腐食試験)およびビッカース硬さ計測を行った。また、実施例1〜実施例3の比較例として、表1に示す比較例1から比較例3の化学組成(wt%)の合金についても、高温腐食試験、ビッカース硬さ計測を行った。
【0022】
【表1】

【0023】
《耐高温腐食性評価》
JIS Z2293「金属材料の塩浸漬及び塩埋没高温腐食試験法」に一部準じ、灰組成などについて変更した下記の条件の高温腐食試験を試験片について行った。該高温腐食試験を実施した後の試験片の脱スケールは、「3%過マンガン酸カリウム+5%水酸化ナトリウム水溶液」と、「5%クエン酸アンモニウム水溶液」の中で交互に煮沸することによって行った。脱スケール後、試薬塗布面積当たりの重量減少を算出し、この腐食減量(mg/cm)をもって耐高温腐食性評価の指標とした。前記高温腐食試験の条件を以下に示す。
【0024】
<高温腐食試験条件>
試験片形状/寸法: 板材で10mm×10mm×2mm
灰条件: 燃焼炉(溶融炉)で発生する灰(Sが9.43wt%)中に
3mm深さに埋没
試験温度/保持時間/雰囲気 850℃/200h/大気中
【0025】
《靭性評価》
大気中で750℃/170時間の時効材についてビッカース硬さを計測した。
【0026】
《安定相の量比および組成の推定》
多元系状態図計算ソフトのThermo-Calc.(Thermo-Calc.software AB社製)により、750℃における母相中のσ相の生成量を計算した。
【0027】
図1および表1に示されるように、実施例1〜実施例3の高靭性耐高温腐食性合金は、「850℃程度の高温」で且つ「高イオウ濃度(約9wt%程度)の灰」と接触する環境において、Ni含有量の多い比較例2および比較例3より顕著に耐高温腐食性が勝っていることが判る。比較例1はNi含有量が実施例より少ないので、当該腐食環境に対しては実施例よりも良い結果が出ている。しかし、後述するように、比較例1は靱性の低下が激しい。
【0028】
図2および表1に示されるように、実施例1〜実施例3の高靭性耐高温腐食性合金の硬度は、いずれの時効材においても比較例1及び比較例3(特許文献1に記載された合金)よりも低いため、靱性が勝っていると考えられる。比較例2はNi含有量が実施例よりも多く時効材の硬度が低いので、靱性に対しては実施例よりも良い結果が出ていると推定される。しかし、比較例2は既述の如く(図1)、耐高温腐食性が大きく劣っている。
【0029】
また、750℃時効材の硬度実測値の大小関係と、多元系状態図計算ソフト(Thermo-Calc.)により計算して求めた750℃における母相中のσ相の生成量の大小関係が、完全に対応していることが判る。すなわち、母相中のσ相の量が母材の靱性低下の原因であることが理解できる。
【0030】
このように、「850℃程度の高温」で且つ「高イオウ濃度(約9wt%程度)の灰」と接触する高温腐食環境下で耐高温耐食性を発揮するとともに靭性の低下しにくい高靭性耐高温腐食性合金を素材とする耐高温腐食部材を用い、焼却処理設備の燃焼炉等の炉内設置物を構成すれば、高温での耐食性と靱性に優れ、長期間安定して使用できる炉内設置物を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、都市ごみや産業廃棄物等の廃棄物の焼却処理を行う焼却処理設備における燃焼炉内に設置される熱交換器等の、高温腐食環境下で使用される構造体を構成する材料として用いられる高靭性耐高温腐食性合金として利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施例に係る高靭性耐高温腐食性合金と従来の合金についての850℃腐食減量測定結果を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例に係る高靭性耐高温腐食性合金と従来の合金について750℃時効後の硬度及びσ相生成量を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni:33〜43wt%、Cr:23〜29wt%、Mo:1.0〜3.0wt%、Si:3.0〜4.0wt%、C:0.15〜0.25wt%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする高靭性耐高温腐食性合金。
【請求項2】
高靭性耐高温腐食性合金によって構成されている高温腐食環境下で使用される構造体であって、前記高靭性耐高温腐食性合金は、Ni:33〜43wt%、Cr:23〜29wt%、Mo:1.0〜3.0wt%、Si:3.0〜4.0wt%、C:0.15〜0.25wt%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする高温腐食環境下で使用される構造体。

【図1】
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【図2】
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