説明

魚類のインスリン濃度の免疫学的測定法

【課題】ビオチン化インスリンを用いるアジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法の提供。
【解決手段】ビオチン化したアジ科またはタイ科の魚類のインスリンを新規に作成し、これを用いることで、アジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度が測定を可能とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は時間分解蛍光免疫測定法等の免疫学的検定によって、アジ科またはタイ科の魚類において、インスリン濃度の測定方法に関する。さらに、ビオチン化インスリンを用いる当該インスリン濃度の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アジ科やタイ科の魚は、国内の養殖対象魚種の中で市場規模が1位と2位を占めるなど、生産金額が最も高い魚種である。ブリ(アジ科)とマダイ(タイ科)を合せると、1800−2000億円の市場となる。そのため、これらの養殖にあたり、成長に有効な環境の検討が重要となる。
【0003】
この環境の検討にあたり、様々な環境で養殖を行い、魚類の体長の変化をノギス等で測定して比較するという数週間の飼育実験が従来行われてきた。
また、近年では、成長誘導を仲介するいくつかのホルモンにおいて、その血中における濃度が、魚類の成長と高い相関があることが確認されたことから(例えば、非特許文献1参照)、魚類の血中における成長ホルモンの濃度を測定する方法が開発され、用いられるようになってきた。
【0004】
しかし、魚類の血中における成長ホルモンの濃度を測定する方法は、放射性同位元素を用いて測定するものが主であり、使用済みの試験管類の処理コスト、測定者の健康への影響の問題、放射性同位元素測定のための専用施設や放射性元素取扱主任者資格の必要性等から、その利用が限定的であり容易ではなかった。
【0005】
そこで、本発明者らは、放射性同位元素を用いず、ビオチンとアビジンまたはストレプトアビジンの特異的かつ強力な結合を利用することで、安全かつ容易に実施できる魚類の血中における成長活性をモニタリングできるホルモンの濃度を測定する方法を開発した。本発明者らは、この方法によって、魚類の成長活性をモニタリングできるホルモンのひとつであるIGF−I(インスリン様成長因子−1)について、その標識ホルモンとしてビオチン化IGF−Iを用いることで、時間分解免疫測定法または酵素免疫測定法のいずれの測定方法についても実用的な感度で魚類のIGF−I濃度が測定できることを確認している(例えば、特許文献1参照)。
しかし、この測定方法はIGF−Iを測定するためのものであり、インスリンは測定できない。
【0006】
インスリン濃度の測定方法としては、マツカワ(カレイ科)用の測定方法が開発されている(例えば、非特許文献2参照)。しかし、マツカワのインスリンとアジ科またはタイ科の魚のインスリンとのアミノ酸配列(構造)が異なるため、マツカワ(カレイ科)用の測定方法を用いても、十分な感度でアジ科やタイ科の魚のインスリン濃度を測定することができない。
【0007】
魚類においてインスリンとIGF−Iはいずれも成長の制御や様々な生理的現象に深く関わるホルモンであり、各個体の生理的状態のインディケーターとして知られている。しかし、これらは分泌のピークが異なる。インスリンは、給餌後の数時間に血中濃度がピークに達するが、IGF−Iの血中濃度はこのような短期的な生理的状況の変化では変動せず、給餌後の時間にも関係なく比較的一定である。従って、インスリンは短時間での成長のインディケーターとなり得るが、IGF−Iは反応が遅く、数日から1−2週間程度のインディケーターとなる。また、インスリンの分泌は、IGF−Iとは異なっており給餌後に起こる。そのため、インスリン濃度の測定によって、対象魚を開腹せずとも摂餌の状況をモニタリングできる。
さらにインスリンはストレスがかかると分泌されにくくなるため(例えば、非特許文献3参照)飼育魚のストレスマーカーとしての使用も期待できる。
【0008】
このように、アジ科またはタイ科の魚類のインスリン濃度の測定が可能となれば、IGF−I濃度の測定とは別の方法で成長活性や摂餌の状態の把握が可能となる。また、魚類におけるストレスの有無やその程度の把握が可能となることから、養殖における成長に有効な環境の検討に有用であり、効率的な育成法の開発に繋がる。そこで、アジ科またはタイ科の魚類を対象とする、新たなインスリン濃度の測定方法の提供が望まれている。
【特許文献1】特開2006−258673号公報
【非特許文献1】Beckman,B.R., Shearer,K.D., Cooper,K.A.,and Dickhoff,W.W.(2001)Comparative Biochemistry and Physiology A,129,585−593.
【非特許文献2】Andoh,T.(2007)Amino acids are more important insulinotropins than glucose in a teleost fish, barfin flounder (Verasper moseri). Gen.Comp.Endocrinol.151,308−317.
【非特許文献3】安藤忠、超高級カレイ「マツカワ」養殖の今後の展開、第4回国際水産養殖技術展2007
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、ビオチン化インスリンを用いるアジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、ビオチン化したアジ科の魚類のインスリンを新規に作製し、これを用いてビオチンとアビジンまたはストレプトアビジンの特異的かつ強力な結合を利用することで、アジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度が測定できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明は次の(1)〜(9)の測定方法、ビオチン化インスリン等に関する。
(1)ビオチン化インスリンを用いるアジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法。
(2)ビオチン化インスリンをHPLC(高速液体クロマトグラフィー)で分離し、抗体と結合させた状態で最も高い蛍光強度が得られる分画を用いる上記(1)に記載の測定方法。
(3)測定方法が時間分解蛍光免疫測定法である上記(1)または(2)に記載の測定方法。
(4)ビオチン化インスリンにユーロピウム−アビジン複合体を作用させて、ユーロピウムの時間分解蛍光強度を測定することによる時間分解蛍光免疫測定法を用いる上記(3)に記載の測定方法。
(5)さらに、サンプルを塩酸―エタノール処理(抽出)する工程を含む上記(1)〜(4)のいずれかに記載の測定方法。
(6)アジ科またはタイ科の魚類がブリ、カンパチまたはマダイのいずれかである上記(1)〜(5)のいずれかに記載の測定方法。
(7)上記(1)〜(6)のいずれかに記載の測定方法に用いるビオチン化インスリン。
(8)上記(1)〜(6)のいずれかに記載の測定方法に用いるビオチン化ブリインスリン。
(9)上記(1)〜(6)のいずれかに記載の測定方法に用いるビオチン化インスリンを含むアジ科またはタイ科の魚類のインスリン濃度の測定キット。
【発明の効果】
【0012】
本発明のビオチン化インスリンを用いることを特徴とする、アジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法は、放射性同位元素を用いないため、時間分解蛍光測定装置あるいは蛍光プレートリーダーさえあれば、特別な制限なく、容易に魚類のインスリン濃度の測定が可能となる。本発明により、魚類のインスリン濃度を測定することで、魚類の成長の度合いの調査を容易に行うことができる。
また本発明で作製されたビオチン化インスリンは、放射性同位元素標識インスリンと異なり、かなり安定的であるため、冷蔵すれば数年間は使用可能であり、冷凍状態では半永久的に保存できる。従って、本発明の方法によって、魚類のインスリン濃度を低コストかつ低労力で測定することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の「ビオチン化インスリン」とは、ビオチンを結合させたインスリンのことをいう。特に、アジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法に用いる「ビオチン化インスリン」は、アジ科またはタイ科の魚類由来のインスリンにビオチンを結合させたものであることが好ましく、特にブリ由来のインスリンであることが特に好ましい。
これらのビオチン化インスリンはユーロピウム−アビジン複合体に結合するものであることが好ましい。
ビオチンを結合させるインスリンはアジ科またはタイ科の魚類から抽出した天然のインスリンでも、これらインスリンのアミノ配列に基いて、通常用いられている方法によって化学合成されたインスリンでも用いることができる。
【0014】
本発明の「ビオチン化インスリン」は、従来知られているいずれの方法でも作製することができる。例えばPierce社製のEZ−link Sulfo−LC−LC−biotinのような市販のビオチン化試薬を用いて作製することができる。
本発明の「抗体と結合させた状態で最も高い蛍光強度が得られる分画」とは、ビオチン化インスリンの作製において、抗体と結合させた状態で最も高い蛍光強度が得られる分画のことをいい、このような分画は、高い検出感度を有するビオチン化インスリンとして用いることができる。
【0015】
本発明の「ビオチン化インスリン」の作製において、インスリンの1分子あたりビオチンが0−3個結合した混合物が得られる。この混合物は、そのまま測定に用いることもできるが、高い検出感度を安定して得るためには、さらにHPLC(高速液体クロマトグラフィー)により精製することが好ましい。
精製によりインスリンの1分子あたりビオチンが1−3個結合したビオチン化インスリンを分離し、それぞれの分画について抗体と結合させ、この状態で最も高い蛍光強度が得られる分画を選別し、その分画を高い検出感度を有するビオチン化インスリンとして、測定に用いることが好ましい。
【0016】
本発明の「測定方法」は、アジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度が測定できる方法であれば酵素免疫測定法などにも用いることができるが、時間分解蛍光免疫測定法を用いることが特に好ましい。
本発明の「時間分解蛍光免疫測定法」は、ビオチン化インスリンを用い、さらにビオチンと特異的かつ強力に結合するアビジンにユーロピウムを結合させたユーロピウム−アビジン複合体を用い、両者を結合させ、洗浄操作の後、ユーロピウムを時間分解蛍光測定法で測定することにより、ビオチン化インスリンの抗体との結合量を測定し、サンプル中のインスリン濃度を決定する方法である。
本発明は、免疫測定法の分類では競合法と呼ばれる測定原理に基づいたものであり、本発明の測定方法においてユーロピウムの時間分解蛍光強度はサンプル中のインスリン濃度上昇に依存して減少する。これにより、サンプル中のインスリン濃度を容易に調べることができる。なお、サンプル中のインスリン濃度が測定可能上限を超える場合にはサンプルを希釈して測定することができる。
【0017】
本発明の「時間分解蛍光免疫測定法」に用いる「ユーロピウム−アビジン複合体」は、ビオチン化インスリンを検出できる程度のユーロピウムがアビジンやストレプトアビジンに結合して複合体を形成しているもののことであり、例えば、パーキンエルマー社製のユーロピウム−ストレプトアビジン複合体等を用いることができる。
ユーロピウムは希土類元素の一つで紫外線をあてると赤い蛍光を長時間にわたって発することが知られており、高感度で特異的な測定が可能となる。この方法は、非放射性でありかつ毒性もないことから、人体および環境に対して安全であり、使用・廃棄にあたり制限がない。
【0018】
さらに、本発明の「測定方法」は、測定対象のサンプルを塩酸―エタノール処理(以下、抽出とする)する工程を含むことが好ましい。この工程によって、サンプルに含まれるインスリン濃度の測定を阻害する物質等を除去することで、インスリン濃度の測定の精度を高めることができる。例えば血液、血漿、血清またはこれらの派生物等のインスリン濃度の測定を阻害する物質等を含むサンプルを測定対象とする場合に、この工程を用いることが特に有効である。
この「サンプルを塩酸―エタノール処理(抽出)する工程」によって行われる処理は、サンプルに含まれるインスリン濃度の測定を阻害する物質が除去できる工程であれば、いずれの処理工程であってもよい。
例えばアジ科またはタイ科の魚類由来の血漿をエチルアルコールと塩酸の混合物と混合し、一定時間放置した後、遠心分離し、上清のみを得る工程が挙げられる。このような工程によって、血漿中のインスリン濃度の測定を阻害する物質が除去され、血漿中のインスリン濃度の測定にあたり、測定値の正確性を増すことができる。
なお、本発明の「測定方法」において、検出感度を高めるために、「時間分解蛍光免疫測定法」における競合的抗原抗体反応ステップ、例えば実施例1、2.インスリン濃度の測定における(2)〜(4)の工程を室温ではなく氷冷することで測定値の正確性を増すことも可能である。
【0019】
本発明の「測定方法」において、アジ科またはタイ科の魚類のインスリン濃度を測定するために、これらの魚類由来のインスリンに対する抗インスリン抗体を用いることが好ましい。
抗インスリン抗体は、市販されている抗体や、測定の対象魚に合わせて作製された抗インスリン抗血清、抗インスリン抗体を用いることができる。例えば、抗インスリン抗血清は、ブリの内分泌膵臓から抽出したインスリンをマウス、モルモット等の動物に免疫することで得ることができる。
【0020】
本発明の測定対象であるアジ科またはタイ科の魚類は、本発明の測定方法によってサンプル中のインスリン濃度が測定できる、これらの科に属するいずれの魚種も対象とできる。例えば、ブリ、カンパチまたはマダイなどが挙げられる。
【0021】
本発明に作製されたビオチン化インスリンと、ユーロピウムが結合したアビジン複合体、測定に最適な試薬や抗体、洗浄液、マイクロウェルプレート等を組み合わせることによりキットとすることもできる。洗浄液は例えば、パーキンエルマー社製の市販のものを用いても良いが、20mM Tris−HCl(pH7.8,0.05% Tween20および150mM NaClを含む)等を用いても良い。
以下、本発明の詳細を参考例、試験例および実施例によって示すが、本発明はこれらによって制限されない。
【0022】
[参考例]
<ブリまたはマダイのインスリン配列の決定>
参考文献1に記載の方法に従って、ブリ、カンパチまたはマダイのブロックマン小体(内分泌膵臓)からインスリンをそれぞれ精製した。これを還元カルボキシメチル化し、逆相HPLCでA鎖およびB鎖をいずれも分離・脱塩した後、プロテインシーケンサー(島津製作所 PPSQ−21)によって配列を決定した。決定したブリ、カンパチおよびマダイのアミノ酸配列と、比較としてマツカワのインスリン−Iおよびインスリン−IIのアミノ酸配列を配列表配列番号1〜10および表1に示した。表1においては、ブリインスリンと比べて配列が異なる箇所をアンダーラインで示した。
参考文献1:Andoh,T.,and Nagasawa,H.(1998)Purification and structural determination of insulins, glucagons and somatostatin from stone flounder, Kareius bicoloratus. Zoological Science,15,939−943.
【0023】
【表1】

【実施例1】
【0024】
<アジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法>
1.インスリン濃度測定用試薬の調製
1)抗インスリン抗血清の作製
参考文献1に記載の方法に従って、ブリの内分泌膵臓からインスリンを抽出しモルモットに下記の方法で免疫し、得られた抗血清を抗インスリン抗血清として用いた。
免疫方法
上記で抽出したブリインスリン(各回30μg)をリン酸緩衝液(pH7.5、150mM)に溶解し、一回目はフロイントの完全アジュバントを加えて500μlとし、2回目以降はフロイントの不完全アジュバントを加えて500μlとして混合し、計5回の皮下注射を行った。免疫間隔は2週間とし、最終免疫から1週間後に全採血を行い、抗血清を得た。
【0025】
2)ビオチン化インスリンの作製
次の(1)〜(4)の工程を経て、ビオチン化インスリンを作製した。
(1)上記1.1)と同様の方法によって抽出した53μgのブリインスリンと160μgのEZ−link NHS−LC−LC−biotin(Pierce社製)を250μlのリン酸緩衝液(pH7.8、150mM NaClを含む)で一晩、室温で反応させた。
(2)10mgのグリシンを加え、過剰のEZ−link Sulfo−LC−LC−biotinをグリシンと3時間以上反応させ、不活性化した。
(3)1μlのトリフルオロ酢酸を加えて酸性化し、0.1%トリフルオロ酢酸と50%アセトニトリルを使用した高速液体クロマトグラフィーでビオチン化ブリインスリンを分離した。カラムは逆相液体クロマトグラフィー用C18担体を充填したもの(ワイエムシー社製、ODS−AM 粒子径3μm、2.1mm×150mmなど)を使用し、カラム温度を30℃に設定して行った。
(4)分離したビオチン化ブリインスリンの抗体交差性を以下の方法で確認し、最も交差活性が高い分画(図1、斜線部分)をインスリン測定法に使用した。
【0026】
2.インスリン濃度の測定
次の(1)〜(7)の工程を経て、インスリン濃度を測定した。
なお、洗浄液には150mM NaClおよび0.01%Tween20を含む20mM Tris−HCl緩衝液(pH7.8)を使用した。
(1)マイクロプレート(Nalge Nunc社製、Maxisorp処理済み)にアフィニティー精製した抗モルモットIgG溶液(Anti−guinea pig (H+L) Rockland社(USA))を10μg/mlの濃度で200μl分注し、2時間以上、室温で放置した。
この際、抗モルモットIgG希釈液として50mM Tris−HCl緩衝液(pH7.8、150mM NaCl、0.01% NaN含む)を使用した。
(2)3回洗浄後、上記1.2)で作製したビオチン化ブリインスリンを200μlずつマイクロプレートの各ウェル(穴)に分注した。なお、ビオチン化インスリンは400pg/mlになるようにTris−HCl緩衝液(150mM NaCl、10mM エチレンジアミン4酢酸、0.01% NaNを含む100mM pH7.8)で25%に希釈したブロックエース(大日本製薬社製)溶液に溶解した。
(3)次に10μlの測定用サンプルまたはコントロール(濃度既知のブリインスリン溶液)を各ウェルに分注した。
(4)上記(3)の各ウェルに、50mM Tris−HCl緩衝液(pH7.8、150mM NaCl、0.01% NaN含む)で13000倍に希釈した抗ブリインスリン抗血清を8μl分注し、十分に撹拌した。そして、マイクロプレートの上面をプラスティックテープでシールした後、チャック付きポリ袋(ユニパックF−4)に入れ、発泡スチロール箱に入れた砕氷中で一晩静置した。
(5)3回洗浄後、ユーロピウム−アビジン複合体(パーキンエルマー社製、品番1244−360)をアッセイ緩衝液(パーキンエルマー社製、品番1244−106)で0.04%に希釈し、各ウェルに200μlずつ分注した後、1−2時間室温で静置した。
(6)4回洗浄後、増強試薬(パーキンエルマー社製、品番1244−104)を各ウェルに100μlずつ分注し、5分間、撹拌した。
(7)時間分解蛍光測定装置で蛍光強度を測定することによりユーロピウム濃度を計算し、濃度既知の標準品系列から計算される標準曲線からインスリン濃度を決定した。
【実施例2】
【0027】
<アジ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法>
上記実施例1の方法によって、アジ科の魚類としてブリのインスリン濃度を測定した。
測定用にブリの血漿を下記の方法で抽出したものを測定用サンプルとして用いた。
測定用サンプルの調製
ブリの血漿を1.5mlマイクロチューブ等に20−100μl分注し、ミキサー(タイテック社製マイクロミキサーE−36)上で攪拌しながら、等量のエタノール―塩酸(5% 1N HCl、95%エタノール)を分注した。
分注後、エタノールが蒸発しないようにできるだけ早くチューブのふたを閉め、数分間、十分に攪拌した後、室温で1時間放置した。これを遠心操作(15000xg、10分間、4度)した後に沈殿を除去し、上清を測定用サンプルとして使用した。
【実施例3】
【0028】
<タイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法>
上記実施例1の方法によって、タイ科の魚類としてマダイのインスリン濃度を測定した。マダイの血漿を抽出は行わず、そのまま測定用サンプルとして用いた。
【0029】
[試験例1]
参考文献1に記載の方法に従ってブリまたはマダイのブロックマン小体(内分泌膵臓)から精製したブリインスリンまたはマダイインスリンを、Tris−HCl緩衝液(150mM NaCl、0.01% NaNを含む100mM pH7.8)で25%に希釈したブロックエース(大日本製薬社製)に溶解したものをそれぞれ用いて、実施例1の測定方法によってインスリン濃度の測定を行った。
その結果、図2に示すように、ブリインスリンおよびマダイインスリンの標準曲線はほとんど重なっており、実用上は同一のものとして測定できることが示された。この結果より、本発明のインスリン濃度の測定方法は、アジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定に有用であることが示された。
【0030】
[試験例2]
<アジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法の精度の検討>
参考文献1に記載の方法に従って、ブリ、カンパチおよびマダイのブロックマン小体(内分泌膵臓)から精製したブリインスリンと、比較としてブリインスリンと構造が類似するペプチド(ヒトIGF−I、ウシインスリン)や、インスリンと共に膵臓に存在するペプチド(ソマトスタチン−14、ヒト膵ポリペプチド、ヒトグルカゴンのペプチド(いずれもシグマ社製))を用いて、実施例1の測定方法の精度を検討した。
各ペプチドはTris−HCl緩衝液(150mM NaCl、0.01% NaNを含む100mM pH7.8)で25%に希釈したブロックエース(大日本製薬社製)に溶解したものを測定用サンプルとした。
その結果、図3に示すように、各種ペプチドは、本発明のインスリン抗血清中の抗体と結合活性を殆ど示さず、本発明の測定方法がアジ科またはタイ科の魚類のインスリンに高い特異性を有することが示された。
【0031】
[試験例3]
<アジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法の測定値の正確性の検討>
ブリの血漿を実施例2に記載した方法で抽出し、調整した測定用サンプルを用いて、実施例1の測定方法によって、ブリインスリン濃度を測定した。測定値の正確性を一回のアッセイ内および異なるアッセイ間における変動係数を調べた。その結果、表2、3に示したように、他の測定法に比較して変動係数が十分に小さいものであることが確認された。
【0032】
【表2】

【0033】
【表3】

【0034】
[試験例4]
<アジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法を用いた添加回収試験>
ブリの血漿に濃度既知のブリインスリンを加え、加えたインスリンに応じた測定値が得られるかどうかを試験した。これは血漿に含まるインスリン以外の物質によって、インスリン濃度の測定値が変化するか否かを試す方法である。
参考文献1に記載の方法に従ってブリのブロックマン小体(内分泌膵臓)から精製したブリインスリンをTris−HCl緩衝液(150mM NaCl、0.01% NaNを含む100mM pH7.8)で25%に希釈したブロックエース(大日本製薬社製)にインスリン濃度が10μg/mlになるように溶解し、さらにこの溶液を目標のインスリン濃度になるように血漿に添加した。そして、これを実施例2に記載した方法で抽出し、調整した測定用サンプルを用いて、実施例1に記載したインスリン濃度の測定方法により、インスリン濃度を調べた。
その結果、表4に示すように、100%に近い回収率が得られ、本発明の測定方法によって、アジ科またはタイ科の魚類において、血漿中のインスリンを特異的に測定できることが示された。
【0035】
【表4】

【0036】
[試験例5]
<給餌によるブリ血漿中のインスリン濃度の変動>
実施例1および2に記載した方法により、給餌によるブリ血漿中のインスリン濃度の変動を調べた。
8個体ずつブリを収容した12水槽を、6台ずつ2実験区に分割し、それぞれを給餌群および絶食群として、血漿インスリン濃度を測定した。各ブリは48時間絶食した後、絶食群は特に処理せず、実験群はニッスイまだいEP4を飽食給餌した。採血を水槽ごとに1―2時間間隔で行い血漿を得た。これを実施例2に記載した方法によって抽出し、調整した測定用サンプルを用い、実施例1に記載したインスリン濃度の測定方法により、給餌によるブリ血漿中のインスリン濃度の変動を調べた。なお、実験中の水温は22度、使用魚の体重は100−200gだった。
その結果図4に示したように、血漿インスリン濃度は給餌によって上昇することが知られているが、本発明によってもブリの給餌後の血漿インスリン濃度を測定できることが把握できた。また、絶食時には血漿インスリン濃度は低下するが、本発明は絶食時低濃度のインスリンを測定することも可能であることが示された。
従って、本発明のインスリン濃度の測定方法によって測定されるインスリンン濃度の範囲が、魚類におけるインスリンの生理的変化をとらえるのに十分であることが示された。
【0037】
[試験例6]
<ブリ血漿の塩酸―エタノール処理の有無によるインスリン濃度への影響>
実施例2におけるブリ血漿の塩酸―エタノール処理(抽出)の有無による、測定されるインスリン濃度の違いを調べた。
8個体のブリを24時間絶食した後採血を行い、血漿を得て、これをサンプルとした。このサンプルを実施例2に記載した方法で抽出したものと、抽出しない場合のものにわけて、実施例1に記載したインスリン濃度の測定方法により、インスリン濃度を調べた。
その結果、図5に示したように、血漿を―抽出したものは、インスリン濃度が1.8−3.4ng/mlと狭い範囲(実線の矢印の範囲)だったが、抽出しないものは、検出限界以下−7.3ng/mlに分散した(点線の矢印の範囲)。
【0038】
図5で示されたように、魚類の血漿インスリン濃度は絶食すると数ng/mlに低下する。そして、本発明で抽出に使用する塩酸−エタノールはタンパク質性の夾雑物を変性・沈殿させる一方、インスリンのようなペプチドには影響しない。つまり、哺乳類の血漿で存在が確認されているインスリン分解酵素やタンパク質性夾雑物の変性・除去には有効と考えられる。抽出しない場合での測定値が広い理由は、分解酵素や夾雑物の影響が出ているものと考えられる。したがって、この結果より、実施例2に示したような本発明の抽出方法が測定値の正確性を高める上で有効であることが確認された。
また、表2と3で示したアッセイ内およびアッセイ間での測定値の正確性と添加回収試験の結果は、抽出を行った血漿の測定値であることから、本発明の信頼性が高く、血漿等の血液由来のサンプルについて塩酸―エタノール処理(抽出)をすることが有効であることが示された。ちなみに、マツカワのインスリン測定法でマツカワ血漿を測定する場合には塩酸−エタノール処理を実施しなくとも、高い正確性が確認されていることから、魚種ごとに血漿の性質が異なることが考えられた。
【0039】
[比較例]
<マツカワのインスリン濃度の測定方法を用いたブリのインスリン濃度の測定>
マツカワのインスリン濃度の測定方法(非特許文献2)により、参考文献1に記載の方法に従ってブリまたはマツカワのブロックマン小体(内分泌膵臓)から精製した濃度既知のブリまたはマツカワのインスリンを用いてインスリン濃度を測定した。ブリのインスリンは、血液由来の不純物を含んでいないため、この試験により測定に使用したマツカワのインスリンーIIの抗血清の結合特性が反映されると考えられた。
マツカワのインスリン濃度の測定方法として、マツカワから精製したインスリンーIIをモルモットに注射して抗血清を得た。この抗血清と、標識インスリンとしてLC―ビオチン(ピアス社製)をB鎖のN末端のみに結合させた化学合成マツカワインスリンーIと、ユーロピウムーストレプトアビジンを用いてユーロピウムを検出する時間分解蛍光免疫測定法に基づいてインスリン濃度を測定した。
その結果、表5に示したように、ブリのインスリンではマツカワのインスリンと比較して蛍光強度が上昇したことから、実際の濃度よりも低い濃度として測定され、実際の濃度としての反応を示さなかった。この結果より、ブリのインスリンはマツカワのインスリンに比較して抗マツカワインスリン抗体に対する結合が2−4倍程度弱いことを示され、マツカワのインスリン濃度の測定方法では、ブリのインスリン濃度を正確に測定できないことが確認された。
【0040】
【表5】

【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明のアジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法によって、容易かつ安全にインスリン濃度を測定することで、アジ科またはタイ科の魚類における成長に有効な環境を検討することが可能となり、効率的な育成法の開発に繋がる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】高速液体クロマトグラフィーで分離したビオチン化ブリインスリンの溶出を示した図である(実施例1)。
【図2】ブリインスリンとタイインスリンの標準曲線を示した図である(試験例1)。
【図3】アジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法の精度を示した図である(試験例2)。
【図4】ブリに給餌した際の血漿インスリンの変動状況を示した図である(試験例5)。
【図5】ブリ血漿の塩酸―エタノール処理(抽出)の有無によるインスリン濃度への影響を示した図である(試験例6)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビオチン化インスリンを用いるアジ科またはタイ科の魚類におけるインスリン濃度の測定方法。
【請求項2】
ビオチン化インスリンをHPLC(高速液体クロマトグラフィー)で分離し、抗体と結合させた状態で最も高い蛍光強度が得られる分画を用いる請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
測定方法が時間分解蛍光免疫測定法である請求項1または2に記載の測定方法。
【請求項4】
ビオチン化インスリンにユーロピウム−アビジン複合体を作用させて、ユーロピウムの時間分解蛍光強度を測定することによる時間分解蛍光免疫測定法を用いる請求項3に記載の測定方法。
【請求項5】
さらに、サンプルを塩酸―エタノール処理(抽出)する工程を含む請求項1〜4のいずれかに記載の測定方法。
【請求項6】
アジ科またはタイ科の魚類がブリ、カンパチまたはマダイのいずれかである請求項1〜5のいずれかに記載の測定方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の測定方法に用いるビオチン化インスリン。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載の測定方法に用いるビオチン化ブリインスリン。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれかに記載の測定方法に用いるビオチン化インスリンを含むアジ科またはタイ科の魚類のインスリン濃度の測定キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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