説明

麻疹及びニパウイルス感染症に対する2価ワクチンとして有用な組換え体麻疹ウイルス

【課題】
ニパウイルス感染症に対して安全かつ有効なワクチン、およびかかるワクチンの製造に使用するベクターを提供すること。さらに、麻疹およびニパウイルス感染症に対して優れた防御効果を発揮し、しかも接種時の煩雑さが解消された2価ワクチンを提供すること。
【解決手段】
本発明により、麻疹ウイルスゲルム中に、ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルスが提供される。ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質は、好ましくは膜蛋白質であるG蛋白質またはF蛋白質である。さらに、本発明は、上記組換え麻疹ウイルスを含む、麻疹およびニパウイルス感染症に対する2価ワクチン、上記組換え麻疹ウイルスを感染させた動物から採取される体液から得られる抗血清にも関する。また、ニパウイルス感染症に対するワクチンの製造において、麻疹ウイルスをワクチンベクターとして用いることを特徴とする、ニパウイルス感染症に対するワクチンの製造方法も提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、麻疹及びニパウイルス感染症に対するワクチン作用を持つ組み換え体麻疹ウイルス、それを含むワクチンおよびそれより得られる抗血清に関する。
【背景技術】
【0002】
ニパウイルス感染症は、1998年から1999年にかけてマレーシアにおいて初めて出現したエマージングウイルス感染症で、激しい呼吸器症状や脳炎等を示す265人の患者と107人の死者を出した。最初の流行は、養豚地帯で発生して豚から人に感染が広がったことが明らかにされた。自然宿主はオオコウモリ(フルーツバット)である。マレーシアではその後の再発生は見られていないが、2003年から2004年、バングラデシュにおいて致死率が70%以上にのぼる流行が起こり、50名余りの死者を出した。バングラデシュでは、現在までも散発的に発生しており、毎年一定数の患者が死亡している。しかも、バングラデシュでの流行ではブタは関与しておらず、自然宿主であるオオコウモリからヒトへの直接感染、またヒトからヒトへの伝播も起きたことが強く示唆されている。
【0003】
ヒトでの臨床症状は脳炎症状が主体である。潜伏期間は4〜18日で、発熱から始まり、頭痛、眠気が起こる。首の硬直、不安、麻痺、吐き気、めまいを訴える患者もいる。さらに方向感覚の喪失、混乱状態、異常行動、記憶喪失等の症状が出ることもあり、重症例では3〜30日後に昏睡に陥り死亡する。回復する場合は3日〜2週間程度で回復する。呼吸器症状はまれである。
【0004】
ニパウイルスは、パラミクソウイルス科のヘニパウイルス属に属するウイルスである。最も近縁なヘンドラウイルスとは、1994年にオーストラリアに出現したエマージングウイルス感染症の原因ウイルスであり、ウマが出血性肺炎で死亡し、ウマからヒトに感染して、ヒトも急性呼吸器症状と脳炎で計2名死亡した。ニパウイルスとヘニパウイルスは共に、Ephrin-B2という細胞質シグナル伝達ドメインを持つ膜貫通型のタンパク質を受容体として宿主細胞へ感染する。このEphrin-B2は、血管内皮細胞や脳神経細胞に発現していることが知られており、これによりニパウイルスの広い宿主域や全身性の感染症状を起こさせる理由の1つが説明できるようになった。
【0005】
治療は通常のウイルス性疾患の対症療法による。現在のところ有効な治療法はない。また抗ウイルス剤であるリバビリンも用いられたが、その有効性は明確ではない。重度になると致死率は高く、回復後も後遺症として神経症状を示す例も多い。ワクチンとしては、ニパウイルスのF蛋白とG蛋白を発現するワクシニアウイルスを用いた免疫により、一定の効果が得られたことが動物実験で示されている。ただしAIDS患者など免疫抑制状態のヒトに対する安全性が確認できていないため、ワクシニアウイルスを用いた組換えウイルスワクチンは実用化には至っていない。
【0006】
一方、麻疹は最近まで、一般の小児期疾患の中で最もよく知られたものであった。臨床的な特徴は発熱、鼻カゼ、結膜炎などの前駆症状のあと、頭部に発疹が出現し、ついで胸部、躯幹、四肢に広がって行く。中耳炎、クルップ、気管支炎、気管支肺炎などの合併症をよく起こす。低栄養の小児が麻疹で死亡する場合、通常、死因は細菌性肺炎である。しかし、最も危険な麻疹合併症は急性感染性脳症で、麻疹症例1,000 例につき1例の割合で発生し、死亡率約15%に及び、死を免れても多くの症例で生涯、神経系後遺症が残る。
【0007】
予防接種があまり行われていない国では、2、3 年毎に大きな流行を繰り返し、主に晩秋から春にかけて発生が多く見られる。米国では1963年に麻疹ワクチンが認可されたが、それ以前は2 、3 年毎に大きな流行を繰り返し、大きな流行の年には年間50万人の麻疹患者の報告と約 500人の麻疹による死亡があったと報告されている。1963年以降は麻疹患者の報告は激減し、2 、3 年毎の大きな流行も見られなくなり、1983年には年間1497人の麻疹患者の報告にまで少なくなった。
【0008】
しかし、発展途上国では、生後1 年以内の小児麻疹による死亡率が高く、世界保健機構(WHO)は、予防接種を最優先事項として拡大予防接種の一部として実施している。これらの地域では、母体からの抗体の低下も先進国の場合よりも速やかで、小児は早いうちから麻疹に感受性となるので、低栄養の小児の麻疹の死亡が、小児の死亡の主な原因の1 つである。
【0009】
麻疹は、パラミクソウイルス科(Paramyxoviridae)、モービリウイルス属(Morbillivirus)に分類される麻疹ウイルス(Measles Virus)により引き起こされる。ウイルス粒子は多型性の楕円形構造をもち、直径は100 〜250nm である。内部のカプシドには螺旋形のネガチブのRNA ゲノム、外部のエンベロプはマトリックス蛋白及び血球凝集素(H)蛋白、fusion(F) 蛋白の短い表面糖蛋白(M) 突起を持つ。HおよびF蛋白は、ウイルスの細胞吸着や細胞融合、M蛋白はウイルスの集合(assenmbly)に必要である。ウイルス蛋白としては6種の構造蛋白、および1種の非構造蛋白が存在する。
【0010】
麻疹に対するワクチンとしては、麻疹ウイルスを細胞培養で継代して弱毒化した生ワクチンが使用され、免疫の効果は長期間にわたる。
しかしながら、麻疹ウイルスをニパウイルス感染症のワクチンのベクターとして用いるとの発想はこれまで全く見られない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ニパウイルス感染症に対する効果的なワクチンは先に述べたように未だ実用化されていない。従って、本発明の目的は、ニパウイルス感染症に対して安全かつ有効なワクチン、およびかかるワクチンの製造に使用するベクターを提供することである。さらに、本発明の目的は、麻疹ウイルス及びニパウイルス感染症に対して優れた防御効果を発揮し、しかも接種時の煩雑さが解消された2価ワクチンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、有効なニパウイルスワクチンの開発を検討する中で、ウイルスワクチンベクターを用いたワクチンの作製に着目し、その過程で、麻疹ウイルスをベクターとして使用するという着想を得た。麻疹ウイルスは、生ワクチンとしてその安全性と効果は確立されているため、有効な免疫反応を誘導し終生免疫を賦与できるなどの点でウイルスワクチンベクターとして使用できるのではないかとの考えから、これにニパウイルスの感染防御抗原をコードする遺伝子を挿入して組換え体麻疹ウイルスの作出を試みた。鋭意検討の結果、本発明者等は、こうして得られた組換え体麻疹ウイルスは、挿入した外来遺伝子であるニパウイルスの感染防御抗原遺伝子を感染細胞内で安定的に発現させ、多価ワクチン用のウイルスベクターとして使用できることを見出した。即ち、麻疹およびニパウイルス感染症に対するワクチンとして有用な、組換え体麻疹ウイルスを得ることができた。
【0013】
従って、本発明の要旨は、麻疹ウイルスゲノム中に、ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルスにある。
また、本発明は、生体接種後にニパウイルス感染症の発症防御をもたらす蛋白質を感染細胞内で発現しうる伝播力を有する組換え体麻疹ウイルスである。
【0014】
さらに本発明は、1 以上の麻疹ウイルスゲノム遺伝子、特に麻疹ウイルス機能蛋白遺伝子が改変されていることを特徴とする、上記組換え体麻疹ウイルスにも関する。
上記組換え体麻疹ウイルスにおいては、ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子以外の外来遺伝子、例えば、癌特異的マーカー分子に対するモノクローナル抗体の抗原認識部位遺伝子などを含んでもよい。
【0015】
さらに本発明によれば、上記組換え体麻疹ウイルスに含まれる RNA、およびこの組換え体麻疹ウイルスゲノム RNAを転写しうる鋳型cDNAを含むDNA にも関する。このDNA は好ましくはプラスミドの形態である。
【0016】
また、本発明は、上記組換え体麻疹ウイルスを含む、麻疹及びニパウイルス感染症に対する2価ワクチンにも関する。さらに、上記組換え麻疹ウイルスを感染させた動物から採取される体液から得られる抗血清にも関する。また、ニパウイルス感染症に対するワクチンの製造において、麻疹ウイルスをワクチンベクターとして用いることを特徴とする、ニパウイルス感染症に対するワクチンの製造方法も提供される。
【発明の効果】
【0017】
以上説明したように、本発明によれば、これまで実用化に至っていないニパウイルス感染症に対するワクチンを提供することができ、しかも、麻疹およびニパウイルス感染症の防御が、単一の組換え体麻疹ウイルスワクチンの接種で可能になる。また、ニパウイルス感染症に対する抗血清によりニパウイルスの診断および治療が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明の組換え体麻疹ウイルスおよびこれを含むワクチンについて詳しく説明する。
本発明では、ニパウイルス感染症に対するワクチンの製造において、麻疹ウイルスをワクチンベクターとして用いることを特徴とする。即ち、麻疹ウイルスゲノム中にニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルスを製造して、これをワクチンとして用いる。
【0019】
本発明の組換え体麻疹ウイルスの作製には、例えば、特開2001-275684 号公報に記載のイヌジステンパーウイルスの再構成に用いた、リバースジェネティクス系を利用することができる。ウイルスゲノムの改変や外来遺伝子の導入などの遺伝子操作はDNA レベルで行われるので、(-) 鎖RNA ウイルスに属する麻疹ウイルスの遺伝子操作には、ウイルスゲノムのcDNAを得ることが必要である。即ち、cDNAを経由して、伝播力を有する組換え体麻疹ウイルス粒子を再構成する必要がある。より具体的には、麻疹ウイルスゲノム RNAのcDNAを得て、これに目的の外来遺伝子を組み込んで組換えcDNAを得る。このcDNAを、このcDNAを鋳型として細胞内でRNA を転写しうるユニットとともに、転写複製に関する遺伝子を発現している細胞内に導入することにより、麻疹ウイルス粒子を再構成することができる。
【0020】
組換え体麻疹ウイルスの作製に用いる麻疹ウイルスとしては、野外流行麻疹ウイルスに対して高い中和抗体を誘導することができる麻疹ウイルスであればよく、例えばHL株、ICB 株などがあげられる。またはワクチン株、例えばEdmonston 株やAIC株であっても該当する中和抗体の産生を誘導するように遺伝子工学的に改変がなされたものであれば利用することができる。
【0021】
麻疹ウイルスゲノムに外来遺伝子として挿入するニパウイルスの遺伝子としては、ニパウイルス感染症の発症防御をもたらす蛋白質をコードする遺伝子であればよく、ウイルス膜蛋白をコードするF遺伝子、G遺伝子などが例示できる。
【0022】
ニパウイルスの全遺伝子の塩基配列は決定されており、例えば、F遺伝子およびG遺伝子の塩基配列は、データベースGenBank のAF212302に記載され既知であるので、この既知配列に基づいて設計したプライマーを用いて、ニパウイルス感染細胞から抽出した RNAを用いて、F遺伝子やG遺伝子のcDNAを得ることができる。
【0023】
麻疹ウイルスのゲノムは、ウイルスの複製に関与するリーダー配列とトレーラー配列を両端にもち、その間にウイルスの構成蛋白質をコードするN、P、M、F、H、およびL遺伝子を有する。N蛋白質は3'末端から順にウイルスRNA に結合し包装する。P遺伝子からはP蛋白質、V蛋白質、C蛋白質の3 種類の蛋白質が生成され、P蛋白質はRNA ポリメラーゼの小サブユニットとしてウイルスの転写複製に関与していることが明らかになっている。L蛋白質はRNA ポリメラーゼの大サブユニットとして機能している。M蛋白質はウイルス粒子構造を内側から支え、F蛋白質およびH蛋白質は宿主細胞への侵入に関わる。
【0024】
本発明の組換え体麻疹ウイルスを作製するには、まず、上述のような麻疹ウイルスからゲノムRNA を調製し、そのcDNAを作製する。cDNAは特定のプロモーター下流に接続され、cDNAの接続する向きによって、ゲノムRNA またはcRNAが転写される。このcDNAに遺伝子工学的操作により、上述のニパウイルスの遺伝子のcDNAを挿入して組換えcDNAを作製する。
【0025】
本発明の組換え体麻疹ウイルスの作製において、麻疹ウイルスゲノム中の、ニパウイルスの感染防御抗原をコードする遺伝子を挿入する部位は、特に限定されないが、N、P、M、F、H、およびL遺伝子の各遺伝子間およびN遺伝子の上流に挿入することができる。
【0026】
麻疹ウイルスゲノムのcDNAを作製する際に、ウイルスを構成する蛋白質をコードするN、P、M、F、H、およびL遺伝子の各遺伝子間に適宜制限酵素認識配列を配置しておくと、目的の外来遺伝子の挿入を容易に行うことができ、最適な外来蛋白質の発現を示す部位を選ぶことができる。各遺伝子間に制限酵素認識配列を配置した具体例として、例えば実施例1において用いるプラスミドpMV(7 +) がある (図1参照) 。
【0027】
本発明の組換え体麻疹ウイルスは、ニパウイルスの感染防御に有効で伝播力を保持する限り、組換え体に含まれるRNA の任意の部位に他の任意の外来遺伝子が挿入されていても、またいかなるゲノム遺伝子が欠失または改変されていてもよい。挿入される他の外来遺伝子としては、宿主内で発現可能なウイルス、細菌および寄生虫内の病原性を惹起する各種蛋白質をコードする遺伝子や各種サイトカインをコードする遺伝子、各種ペプチドホルモンをコードする遺伝子、抗体分子内の抗原認識部位をコードする遺伝子等があげられる。例えば、インフルエンザウイルス、ムンプスウイルス、HIV、デング熱ウイルス、ジフテリア、リーシュマニアなどや、癌特異的マーカー分子に対するモノクローナル抗体の抗原認識部位遺伝子などがある。挿入した外来遺伝子の発現量は、遺伝子挿入の位置または遺伝子前後のRNA 塩基配列により調節しうる。また、例えば免疫原性に関与する遺伝子を不活化したり、RNA の転写効率や複製効率を高めたりするために、一部の麻疹ウイルスのRNA 複製に関与する遺伝子を改変してもよい。具体的には介在配列、リーダー部分の改変が挙げられる。
【0028】
上記のようにして遺伝子操作を施した麻疹ウイルスゲノムのcDNAを、このDNA を鋳型として細胞内でRNA を転写しうるユニットと共に、麻疹ウイルスまたは近縁種ウイルスの転写複製酵素群をすべて発現する宿主に導入することによって組換え体ウイルスを生成させることができる。RNA を転写しうるユニットとしては、例えば、特定のプロモーターに作用するDNA 依存性RNA ポリメラーゼを発現するDNA であり、上記遺伝子操作を施したcDNAがこの特定のプロモーター下流に接続されている。このユニットの具体例としては、例えばT7RNA ポリメラーゼを発現する組換えワクシニアウイルス、T7RNA ポリメラーゼ遺伝子を人工的に組み込んだ培養細胞などがある。
【0029】
このユニットと共にcDNAを導入する宿主は、麻疹ウイルスまたは近縁種ウイルスの転写複製酵素群をすべて発現する宿主、すなわちN蛋白質、P蛋白質およびL蛋白質、またはこれらと同等の活性を有する蛋白質を同時に発現する宿主であればよい。例えば、これらの蛋白質をコードする遺伝子を染色体上に有する細胞を用いるか、あるいは適宜細胞にN蛋白質、P蛋白質およびL蛋白質の各蛋白質をコードする遺伝子を有するプラスミドを導入したものでもよい。好適にはN遺伝子、P遺伝子およびL遺伝子を有する適宜プラスミドを導入した293 細胞またはB95a細胞などが使用できる。
【0030】
上記のようにして得られる本発明の組換え体麻疹ウイルスは、ニパウイルス感染症の発症防御をもたらす蛋白質をコードする遺伝子を含み、この遺伝子は以下の実施例で実証されるように、組換え体ウイルスの接種後にニパウイルス感染症の発症防御をもたらす蛋白質を感染細胞内で発現するので、ニパウイルスの増殖防御効果を発揮する。しかも、この組換え体ウイルスは麻疹ウイルスとしての機能は維持されているので、麻疹に対するワクチンとしても有効である。
【0031】
本発明のワクチンは、この分野で通常用いられる方法により、本発明の組換え体麻疹ウイルスを必要に応じ薬学的に許容しうる担体や適宜添加剤と混合して製造することができる。薬学的に許容しうる担体とは、投与対象に有害な生理学的反応を引き起こさず、かつワクチン組成物の他の成分と有害な相互作用を生じないような希釈剤、賦形剤、結合剤、溶媒などであり、例えば、水、生理食塩水、各種緩衝液、が用いられる。使用できる添加剤には、アジュバント、安定剤、等張化剤、緩衝剤、溶解補助剤、懸濁化剤、保存剤、凍害防止剤、凍結保護剤、凍結乾燥保護剤、静菌剤などが例示される。
【0032】
ワクチンの剤型は、液状、凍結または凍結乾燥のいずれでもよい。適宜培地や培養細胞等で培養して得られた培養液を採取し、安定剤等の添加剤を添加して小分瓶やアンプル等に分注後密栓して液状ワクチンを製造することができる。分注後、徐々に温度を下降させて凍結したものが凍結ワクチンであり、凍害防止剤や結凍保護剤を添加しておく。分注した容器を凍結乾燥機中で凍結、次いで真空乾燥し、そのままあるいは窒素ガスを充填し密栓すると凍結乾燥ワクチンが得られる。液状ワクチンはそのまま、あるいは生理食塩水などで希釈して用い、凍結および乾燥ワクチンでは使用時にワクチンを溶解するための溶解用液が用いられる。溶解用液は各種の緩衝液や生理食塩水である。
【0033】
免疫原性を高めるためのアジュバントとしては、この分野で慣用のものを使用でき、例えば、BCG 、Propionibacterium acnes などの菌体、細胞壁、トレハロースダイマイコレート(TDM) などの菌体成分、グラム陰性菌の内毒素であるリポ多糖類 (LPS)やリピドA画分、β- グルカン、N-アセチルムラミルジペプチド(MDP) ペスタチン、レバミゾールなどの合成化合物、胸腺ホルモン、胸腺因子、タフトシンなどの生体成分由来の蛋白、ペプチド性物質、フロインド不完全アジュバント、フロインド完全アジュバントなどが例示できる。
【0034】
ワクチンの投与は、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与、などにより行うことができる。投与量は、被験者の年齢、体重、性別、投与方法などにより異なり、特に限定されるものではないが、通常1回当たり10〜10TCID50の範囲が好ましく、少なくとも10TCID50とするのが特に好ましい。投与は麻疹ワクチンと同様に行なうことが好ましい。
【0035】
また上記組換え体麻疹ウイルスを動物に感染させ、体液より抗血清等を得て、治療や診断に用いることもできる。
【0036】
以下の実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0037】
ニパウイルスG蛋白遺伝子を持つ組換え麻疹ウイルス(MV-NiVG)の作出
組換えMVの作出に必要な感染性cDNAクローンは、麻疹ウイルスの野外株HL株の全ゲノム遺伝子配列をベースにし、ウイルスを構成する蛋白質をコードする6種類の遺伝子の両端に、人工的に制限酵素認識配列を配して作製されたpMV(7+)を用いた(図1)。
【0038】
ニパウイルスの膜蛋白の1つであるG蛋白遺伝子のcDNAは、ニパウイルス感染vero細胞から抽出した全RNAを用いて、RT-PCRによって得た。NiV-G cDNAはFseI制限酵素認識配列を付加したプライマーで再度増幅し、プラスミドベクターにクローニングして塩基配列を検査した。このプラスミドをFseIで切断して得られたNiV-G cDNA は、pMV(7+) のN遺伝子とP遺伝子間のFseI部位に挿入し、ニパウイルスのG遺伝子を持つ組換え麻疹ウイルスを作出させる感染性cDNAクローンpMV-NiVG を得た。
【0039】
組換え麻疹ウイルスの再構成実験は以下の通りに行なった。
6ウェルプレートに通常のトリプシン処理を施した293 細胞を1ウェル当たり1,000,000 個と5 %ウシ退治血清を含むDMEM培地2ml を添加し、5 %CO2 、37℃の条件下で24時間培養した。培養液を取り除き、多重感染度(moi, multiplicity of infection)が2 になるように調整したT7 RNAポリメラーゼを発現する組換えワクシニアウイルスMVA-T7を0.2ml のPBS に懸濁したものをウェルに添加した。10分間おきににウイルス液がウェル全体に行き渡るようにプレートを揺らし、1 時間感染させた。1時間後にウイルス液を除去し、各ウェルに2ml の培地を添加した後、100 μlのcDNA溶液を滴下した。cDNA溶液の調製は以下の通り行なった。
【0040】
麻疹ウイルスの複製に必要となるプラスミドpGEM-NP 、pGEM-P、pGEM-Lをそれぞれ1 μg 、1 μg、0.1 μgを1.5ml のサンプリングチューブにとり、さらにpMV(7+)- NiVGを1 μgと滅菌蒸留水を加えて核酸溶液10μlを調製した。別のサンプリングチューブにDMEM培地0.08mlを用意し、これに10μlのFugene 6(ロシュ・ダイアグノスティックス)を滴下混合後、この状態で室温に5 分間静置した。これを核酸溶液と調合し、さらに室温で15分間以上静置してcDNA溶液とした。
【0041】
前記ウェルを含むプレートを3 日間、5 %CO2 、37℃の条件下で培養した。3日目に培地を除去し、5%ウシ胎児血清を含むRPMI-1640 培地に懸濁したB95a細胞を1 ウェル当たり1,000,000 個になるように加え、293 細胞の上に重層した。このプレートをさらに5 %CO2 、37℃の条件下で、細胞障害性効果(CPE) が観察されるまで培養した。
【0042】
RT-PCRとシークエンスにより組換え麻疹ウイルス(MV-NiVG)の作成を確認した。
【実施例2】
【0043】
組換え麻疹ウイルス(MV-NiVG)感染細胞でのニパウイルスG蛋白発現の確認
B95a細胞にMV-NiVGを感染させ、48時間後に細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定し、0.2%TritonX-100で浸透化した。1000倍希釈した抗NiVG抗体(ウサギ血清)を加えて室温1時間反応させた。NiVG抗体を除去し、PBSで3回洗浄後、FITC標識抗ウサギIgG抗体を2000倍希釈して添加し、室温で30分反応させた。抗ウサギIgG抗体を除去し、PBSで5回洗浄したのち、共焦点レーザー顕微鏡を用いて感染細胞を観察した。その結果、MV-NiVG感染細胞でのみFITCの蛍光が認められ、NiVG抗原の発現が確認された(図2)。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】pMV−HL(7+)の作製の概略を示す図である。
【図2】組換え麻疹ウイルス(MV-NiVG)感染細胞におけるNiVGの発現を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
麻疹ウイルスゲノム中に、ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルス。
【請求項2】
生体接種後にニパウイルス感染症の発症防御をもたらす蛋白質を感染細胞内で発現しうる、伝播力を有する組換え体麻疹ウイルス。
【請求項3】
1以上の麻疹ウイルスゲノム遺伝子が改変されていることを特徴とする、請求項1または2記載の組換え体麻疹ウイルス。
【請求項4】
さらに、ニパウイルス感染症の発症防御に関するタンパク質をコードする遺伝子以外の外来遺伝子を含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかの項記載の組換え体麻疹ウイルス。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかの項記載の組換え体麻疹ウイルスに含まれる RNA。
【請求項6】
請求項5記載の組換え体麻疹ウイルスゲノムRNAを転写しうる鋳型cDNAを含むDNA 。
【請求項7】
プラスミドの形態である請求項6記載のDNA 。
【請求項8】
請求項1〜4のいずれかの項記載の組み換え体麻疹ウイルスおよび薬学的に許容される担体を含む、麻疹およびニパウイルス感染症に対する2価ワクチン。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれかの項記載の組換え体麻疹ウイルスを感染させた動物から採取される体液から得られる抗血清。
【請求項10】
ニパウイルス感染症に対するワクチンの製造において、麻疹ウイルスをワクチンベクターとして用いることを特徴とする、ニパウイルス感染症に対するワクチンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−115154(P2010−115154A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−290964(P2008−290964)
【出願日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【出願人】(501308753)アリジェン製薬株式会社 (8)
【Fターム(参考)】