説明

黄銅材及びその製造方法

【課題】冷間引抜材の強度を同等以上に維持しつつ、残留応力を緩和できる加工方法による黄銅材の製造方法及び、それにより得られる黄銅材の提供を目的とする。
【解決手段】黄銅合金からなる素材を用いて、冷間加工工程を経た後に実質的に熱処理することなく、ねじり及びねじり戻し加工することを特徴とする。
好ましくは、黄銅合金をビレットに鋳造したものを押出加工して押出材を製造し、この押出材を冷間加工にて引抜材を製造し、実質的に熱処理することなく、この引抜材をねじり及びねじり戻し加工することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷間加工による高強度を同等以上に維持しつつ、残留応力、特に引張り方向の内部応力に起因する割れを抑えた黄銅材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
黄銅材は、合金組成を調整後にビレットに鋳造し、このビレットを押出加工して押出材を得る方法が採用されている。
しかし、押出材は一般に熱間押出を採用しているので寸法精度が比較的低い。
そこで、冷間引抜き加工による引抜材として使用に供する場合も多い。
特に棒材として使用する場合には、冷間引抜きでコイル線材を製造する伸線加工や、冷間引抜きで棒材を製造する抽伸加工を行う場合が多い。
【0003】
冷間引抜き加工すると加工硬化により高強度化するが、引抜きによる引張り方向の残留応力(内部応力)が内在することになり、経時的に時期割れと称されるクラックが発生するという技術的課題があった。
そこで、せっかく引抜き加工にて高強度材が得られたにもかかわらず、この内部応力を除去するために熱処理にて焼なまし処理を実施せざるを得なかった。
これでは耐時期割れ性に優れた高強度材が得られないことになる。
【0004】
なお、これまで直径が16mmを越えるような棒材は焼なまし処理にてほとんどがO材として、あるいはO材相当のF材として使用に供しているか、直径が16mm以下のものは1/2H調質材あるいはH相当のF材として使用に供されている場合がある。
直径が16mm以下の小径のものであれば、1/2H調質材であっても表面矯正工程を経ることにより、ある程度引張り内部応力が緩和するからである。
しかし、この場合であってもJIS H 3250に規定するアンモニア法による時期割れ試験2時間はクリアーするものの、24〜48時間経過すると端面にクラックが入るレベルであり、表面部のみが応力緩和しているに過ぎず、内部までは残留応力が緩和されていない問題があった。
【0005】
特開平11−269582号公報には、耐応力腐食割れ性を改善する観点から内部応力の少ない材料に関する技術を開示するが、何らかの熱処理が必要である点では従来材と同様の問題がある。
【0006】
【特許文献1】特開平11−269582号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、冷間引抜材の強度を同等以上に維持しつつ、残留応力を緩和できる黄銅材の製造方法及び、それにより得られる黄銅材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の特徴は、黄銅材に冷間加工を施した後に熱処理によらないで残留応力を緩和する方法を見出した点にある。
即ち、黄銅合金からなる素材を用いて冷間加工工程を経た後に実質的に熱処理することなく、ねじり及びねじり戻し加工することを特徴とする。
【0009】
好ましい製造方法を例に挙げると、黄銅合金をビレットに鋳造したものを押出加工して押出材を製造し、この押出材を冷間加工にて引抜材を製造し、実質的に熱処理することなくこの引抜材をねじり及びねじり戻し加工することを特徴とする黄銅材の製造方法である。
【0010】
具体的に説明すると、黄銅合金は溶解炉等で所定の組成に調整した後にビレットを鋳造し、この鋳造ビレットを用いて用途に応じて熱間押出、冷間抽線、冷間抽伸等が行われるが、各工程の間に必要に応じて焼なまし工程を経てもよいが、本発明の技術的要旨は、最後の冷間加工工程後に熱処理でなく、ねじり及びねじり戻し加工にて引張り方向の残留応力を低減又は除去した点にある。
ここで、実質的に熱処理することなくとしたのは、機械的特性に影響を与えない程度の加熱冷却は除く意味である。
また、ねじり及びねじり戻し加工とは、例えば、棒材に回転方向のねじりを入れ、その後に戻し方向に回転ねじりを加えることをいう。
ねじり量とねじり戻し量は必ずしも一致しなくてよいが、復元する目的からは、ねじり量とねじり戻し量は概ね一致させた方がよい。
ねじり加工により材料に、せん断歪みを与えることが予想されるが、本発明者が詳細に調査した結果、引抜き加工のみでは残留応力の値が大きく、特に引張り方向の内部応力が大きいが、ねじり及びねじり戻し加工により残留応力が緩和され、ねじり回数を増していくと大きい値ではないが圧縮方向の応力に変わることが明らかになった。
【0011】
このような冷間引抜材をねじり及びねじり戻し加工することで得られた黄銅材を用いて、切削等の後加工を必要に応じて施すことにより、製造した黄銅製品は高強度であり、優れた耐時期割れ特性を示し、少なくとも引張り内部応力に起因する割れを防止できる。
【発明の効果】
【0012】
本発明において冷間加工した引抜材は、F材に比較して高強度になるが、ねじり及びねじり戻し加工によりその高強度を同等以上に、少なくとも強度を大きく低下させることなく残留応力を緩和することができる。
これにより、熱処理(焼なまし)することなく耐時期割れ性に優れた黄銅材となり、高強度化可能になった分だけ肉厚を減らすことも可能になり、製品の軽量化が期待できる。
また、熱処理が不要になり省エネルギー化を図ることもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に係る黄銅材は、銅を基合金とする亜鉛系合金一般に適用できる。
例えば、銅及び黄銅棒の規格であるJIS H 3250にて例を挙げると、黄銅(C2600、C2700、C2800)、快削黄銅(C3601、C3602、C2603、C3604、C3605)、鍛造用黄銅(C3712、C3771)、ネーバル黄銅(C4622、C4641)、高力黄銅(C6782、C6783)、また、鉛レス快削黄銅棒の規格であるJCBA T 204にては、ビスマス系鉛レス快削黄銅(C6801、C6802、C6803、C6804)等である。
【0014】
上記に示した成分範囲に成分調整した溶湯をビレットに鋳造する。
この鋳造ビレットを予熱し、510〜820℃の範囲にて熱間押出する。
ねじり加工ができれば断面形状及び断面サイズに特に制限はないが、直径6〜150mm程度の丸棒が好ましい。
この押出棒を減面率(リダクション)3〜45%程度冷間抽伸した直径2〜90mmの引抜棒を製造する。
この引抜棒にねじりとねじり戻し加工をする。
ねじり加工は、棒材の両端をチャックして端部を回転ねじりすることで、作用、反作用が働き、均一に回転ねじりが生じ、逆方向に回転することでねじり戻し加工する。
なお、ねじり及びねじり戻し加工条件は、棒材の断面サイズ、長さ等により適宜設定するが、長さ20cm〜500cmが取扱いやすく、ねじり回転速度は1〜100rpm程度で、ねじり量は100cm当たり1〜8回程度である。
【0015】
(実施例1)
図1の表に示した成分からなる直径22mm、24mm、25mmの黄銅棒を製造した。
引抜きのままのもの(引抜材と表示)、ねじり及びねじり戻し加工したもの(ねじり材と表示)、焼なまししたもの(O材と表示)をJIS H 3250アンモニア法による時期割れ試験評価及び断面硬度分布を調査した。
なお、ねじり及びねじり戻し加工は100cmの長さで実施し、それから75mmの試験片を切り出した。
例えば、ねじり材n=±2とは長さ100cm当たり2回転ねじり、その後に逆方向に2回転ねじりを入れて、ねじり戻し加工したことを示す。
その結果を図2〜図4に示す。
引抜材は、いずれも割れが発生しやすく、サイズ25mmにおいては24時間以内に大きい割れが生じている。
これに対して、ねじり材は、O材とともに試験時間72時間でも割れが発生していなかった。
また、強度を硬度にて代用評価すると、ねじり及びねじり戻し加工すると引抜材に比較して硬度が低下するどころか、むしろ、上昇していることが明らかになった。
なお、硬度は荷重0.98N、15秒保持のビッカース硬度を測定した。
これにより、ねじり材は、硬度(強度)を同等以上に維持しつつ、時期割れ性が大きく改善した。
【0016】
次に、ねじり及びねじり戻し加工による残留応力の変化を調査した(日本伸銅協会技術標準 T305:1999に従う)。
図6に示すように試験片1に40mmの切込みをワイヤ放電加工にて入れ、切断前の寸法dと切断後の寸法dとを測定し、その変化(開き量)から残留応力を計算した。
なお、ヤング率を96,000N/mmとした。
その測定結果を図5の表に示す。
表中、±2.5回転とは、長さ100cm当たり2.5回転ねじり、その後に逆方向に2.5回転ねじり戻したことを意味する。
引抜材(抽伸のみのもの)は残留応力、特に引張り方向の内部応力が大きく、ねじり及びねじり戻し加工により残留応力が緩和し、ねじり及びねじり戻し加工の回転数を増すと圧縮方向の内部応力に変化するがそれでもその値は小さい。
【産業上の利用可能性】
【0017】
引抜き加工により高強度化した材料を、従来は時期割れを防止するためにやむを得ず、焼なまししなければならなかったのに対して、本発明においては、ねじり及びねじり戻し加工により強度を維持するというよりも、さらに高強度化しつつ残留応力を緩和することができる。
従って、その利用分野は広く各種機械部品のみならず、電気電子機器部品、水栓機器部品、ガス機器部品、空調機器部品、サーモスタット部品、タイヤチューブバルブ、ボルト、ナット、スピンドル、歯車、バルブ、ライター部品、時計部品、精密加工部品、カメラ部品等の適用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】評価に用いた供試材を示す。
【図2】サイズφ22の時期割れ試験結果及び硬度分布を示す。
【図3】サイズφ24の時期割れ試験結果及び硬度分布を示す。
【図4】サイズφ25の時期割れ試験結果及び硬度分布を示す。
【図5】残留応力測定結果を示す。
【図6】残留応力測定方法を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
黄銅合金からなる素材を用いて、冷間加工工程を経た後に実質的に熱処理することなく、ねじり及びねじり戻し加工することを特徴とする黄銅材の製造方法。
【請求項2】
黄銅合金をビレットに鋳造したものを押出加工して押出材を製造し、この押出材を冷間加工にて引抜材を製造し、実質的に熱処理することなく、この引抜材をねじり及びねじり戻し加工することを特徴とする黄銅材の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載した製造方法にて得られた黄銅材を用いて製造されたものであることを特徴とする引張り方向の残留応力に起因する割れを防止した黄銅製品。

【図1】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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