説明

(2R)−2−プロピルオクタン酸の製造方法

【課題】99.3%e.e.以上の光学純度を有する(2R)−2−プロピルオクタン酸は副作用を招く不純物の混在のない安全な医薬品原料として使用できる。99.3%e.e.以上の光学純度を有する(2R)−2−プロピルオクタン酸の提供する。
【解決手段】このような(2R)−2−プロピルオクタン酸は、(2S)−2−(2−プロピニル)オクタン酸または(2S)−2−(2−プロペニル)オクタン酸を白金カーボンを用いて還元反応に付すことにより得ることができる。医薬品としては、アストロサイトの機能異常による神経変性疾患の予防および/または治療剤が挙げられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(2R)−2−プロピルオクタン酸の製造方法に関する。さらに詳しく言えば、本発明は白金カーボンを触媒として用いて(2S)−2−(2−プロピニル)オクタン酸または(2S)−2−(2−プロペニル)オクタン酸を還元反応に付すことを特徴とする(2R)−2−プロピルオクタン酸の製造方法に関する。
【0002】
本発明の方法により製造される光学活性な(2R)−2−プロピルオクタン酸(以下、目的化合物と略記する。)は、医薬品として有用である。
【背景技術】
【0003】
医薬品においては、対象化合物の光学純度は重要な問題である。光学異性体間の生理活性において、一方の光学異性体が他方に比べ著しく主作用が強力であったり、一方の光学異性体は毒性を有さないが、他方は重篤な毒性を有しているということが、これまでいくつかの医薬品で報告されている。極微量の光学不純物の混在が、思わぬ副作用を招く恐れがある。
【0004】
従って、より安全な医薬品を開発するためには、ラセミ体よりも光学活性体が求められ、しかもその光学純度が限りなく100%に近いことが求められている。
【0005】
本発明の目的化合物は医薬品として有用な化合物である。例えば、(2R)−2−プロピルオクタン酸のラセミ体は、アストロサイトの機能異常による神経性疾患の治療または予防剤として、特開平7−316092号明細書(EP632008号)の実施例7(33)に記載されている。
【0006】
その後の研究の結果、そのR体が特に作用が強く、毒性も低いことが見出され、そのため光学活性なR体を効率よく得る方法について種々検討が行なわれた。
【0007】
(2R)−2−プロピルオクタン酸の製造方法として、例えば、特開平8−291106号明細書には、ラセミ体の2−(2−プロピニル)オクタン酸と光学活性なアミンの塩から光学分割により光学活性な塩を分離し、酸処理後、得られた光学活性な(2S)−2−(2−プロピニル)オクタン酸を還元する方法が記載されている。また、WO99/58513号明細書には、2S−(2−プロペニル)オクタン酸、または2S−(2−プロピニル)オクタン酸を還元することによって得る方法が記載されている。
【0008】
上記した両明細書には還元反応として接触還元法が好適に用いられること、詳しくは、有機溶媒中、水素雰囲気下、触媒(パラジウムカーボン、パラジウム、白金、酸化白金、ニッケル等)を用いて、0〜60℃で行なわれることが記載されている。その具体例として、パラジウムカーボン触媒を用いた実施例がそれぞれに記載されてる。
【0009】
しかし、この還元方法では反応中に異性化が起こり、目的化合物以外に、どうしても数%の光学異性体であるS体が副成することが明らかになった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平7−316092号公報
【特許文献2】特開平8−291106号公報
【特許文献3】国際公開第99/58513号パンフレット
【発明の概要】
【0011】
そこでS体副成の問題を解決するため、本発明者らは鋭意検討を行なった結果、還元反応の触媒として、パラジウムカーボンの代わりに白金カーボンを用いると殆ど異性化が起こらず、光学純度の高い目的化合物を得られることを見出し本発明を完成した。すなわち、本発明の方法によれば化合物の異性化が起こらず純度の高いより安全な医薬品を提供することができる。
【0012】
白金カーボンを用いるとことにより異性化が起こらずに光学純度の高い目的化合物が得られるとう事実はこれまで全く知られておらず、今回の検討により初めて判明したことである。
【0013】
出発物質の(2S)−2−(2−プロピニル)オクタン酸、および(2S)−2−(2−プロペニル)オクタン酸は公知の化合物であり、例えば、WO99/58513号明細書に記載されている。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の方法では、出発物質の還元は、有機溶媒(例えば、酢酸エチル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチルエーテル、ビフェニルエーテル、メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、ベンゼン、トルエン、キシレン、HMPA、ジメチルホルムアミド、ジメチルイミダゾリジン、これらの混合溶媒等)中で白金カーボン触媒を使用し水素雰囲気下で、温度0〜60℃で行なわれる。
【0015】
白金カーボン触媒は、市販品を入手することができ、本発明ではこの市販品を使用する。
その使用量は、原料に対し、好ましくは0.1〜20%、より好ましくは0.1〜10%である。
本発明の方法によれば異性化が起こらず、従来の方法(触媒としてパラジウムカーボンを用いる還元方法)に比べて、光学純度の高い(2R)−2−プロピルオクタン酸を得ることができる。
【0016】
すなわち、従来の方法で目的化合物を得ようとすると、一部異性化するため、光学純度が低下するが、本発明の方法によれば異性化が殆ど起こらず目的化合物を高純度に得ることができる。
【0017】
以下の表は、本発明の方法および従来の方法(後記の比較例1および比較例2に記載の方法)によって得られた、目的化合物の光学純度の結果である。
【0018】
【表1】

【0019】
表から明らかなように、本発明の方法によって得られた目的化合物の光学純度は高いまま保持されているのに対し、比較例の方法によって得られたその光学純度は大きく低下している。
【0020】
具体的には、比較例の方法による目的化合物の光学純度は、それぞれの出発原料において3.8%および2.8%も低下するのに対して、本発明の方法によるその光学純度は、わずか0.4%および0.6%しか低下せず、目的化合物の光学純度は高いまま保持されている。
【0021】
前述したように、医薬品においては副生成物の含有率は非常に大きな意味を有している。このような観点から、生成する副生成物の比率が低く抑えられ、光学純度を高いまま保持できたことは画期的なことである。本発明の方法により、このような効果が得られることは全く予測できなかった。
【0022】
従って、本発明の方法によれば目的化合物が異性化を起こすことなく、より光学純度が高い化合物を得ることができ、大変優れた製造方法であることがわかる。
【実施例】
【0023】
以下に、実施例および比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0024】
参考例1
(2S)−2−(2−プロペニル)オクタン酸 シクロヘキシルアミン塩
【化1】

N−(2S−(2−プロペニル)オクタノイル)−(1S)−(−)−2,10−カンファースルタム(WO99/58513号明細書に記載の化合物)(300g)のジメトキシエタン(DME)(3L)溶液に、−5〜−10℃で、2−メチル−2−ブテン(165g)および過酸化水素水(30%;177g)を加えた。この溶液に、−10〜0℃で水酸化テトラ−n−ブチルアンモニウム(40%;1015g)のDME(749ml)溶液を、30分かけて滴下した。混合溶液を、0℃に昇温し、3時間撹拌した。反応溶液に亜硫酸ナトリウム水溶液(198.5g/1050ml)を10分かけて滴下し、室温まで昇温後、30分間撹拌した。反応溶液に、塩酸水溶液(1.5L/水3L)を加え、t−ブチルメチルエーテル(3L)で抽出した。有機層をシュウ酸水溶液(151g/水1.5L)、水(1.5L×3回)および飽和食塩水(2L)で洗浄後、濃縮した。残渣にヘプタン(300ml)を加え、再び濃縮した。残渣にヘプタン(600ml)を加え、不溶物をろ過した。ろ液を濃縮し、残渣に酢酸エチル(1L)とシクロヘキシルアミン(70.2g)を加え加熱し、一晩放冷した。溶液を氷水で1時間冷却し、結晶をろ取し、乾燥して、標題化合物(145g;収率65%)を得た。
【0025】
参考例2
(2S)−2−(2−プロペニル)オクタン酸
【化2】

参考例1で製造した化合物(140g)に、n−ヘキサン/酢酸エチル(4/1;2790ml)および2N塩酸(270ml)を加え、30分間撹拌した。水層を除去し、有機層を水(690ml×3回)で洗浄し、2.6N水酸化ナトリウム(750ml)で抽出した。水層をn−ヘキサン/酢酸エチル(4/1;2790ml×2回)で洗浄した。水層に、2N塩酸(990ml)を加え、n−ヘキサン/酢酸エチル(4/1;2790ml)で抽出した。有機層を水(690ml×3回)、飽和食塩水で洗浄後、濃縮して、標題化合物(89g;収率98%)を得た。
光学純度(ガスクロマトグラフィにより測定):99.8%e.e.。
【0026】
実施例1
白金カーボン触媒による(2R)−2−プロピルオクタン酸の製造
【化3】

5%白金カーボン(44wet%)(9.91g)に、参考例2で製造した化合物(87g)の、イソプロピルアルコール(2.17L)溶液を加え、水素加圧下(5kg/cm2)、30℃で4時間接触還元を行なった。反応液をろ過し、ろ液を濃縮した。残渣にn−ヘキサン/酢酸エチル(5/1;1.7L)を加え、2N水酸化ナトリウム(511ml)で抽出した。水層に濃塩酸(86ml)を加え、n−ヘキサン/酢酸エチル(5/1;1.7L)で抽出後、有機層を精製水(430ml×3回)、飽和食塩水で洗浄し、乾燥後、濃縮した。残渣を蒸留精製して、次の物性値を有する標題化合物(75.0g;収率85%)を得た。
光学純度(HPLCにより測定):99.4%e.e.。
【0027】
実施例2
白金カーボン触媒による(2R)−2−プロピルオクタン酸の製造
【化4】

(2S)−2−(2−プロピニル)オクタン酸(特開平8-291106号明細書に記載の化合物)(43.0kg;99.90%e.e.)のイソプロピルアルコール(344L)溶液に、5%白金カーボンwet(270g)を加え、水素加圧下(3.9〜15.0kg/cm2)、内温20〜30℃で8時間接触還元を行なった。また同様に、(2S)−2−(2−プロピニル)オクタン酸(23.7kg;99.90%e.e.)のイソプロピルアルコール(190L)溶液に、5%白金カーボンwet(149g)を加え、水素加圧下(2.6〜15.0kg/cm2)、内温16〜30℃で5時間接触還元を行なった。上記2つの反応溶液からそれぞれ触媒を除去した。2つのろ液を合わせて濃縮した。残留物を蒸留し、本留より以下の物性値を有する標題化合物(56.48kg;収率82.8%)を得た。
光学純度(HPLCにより測定):99.34%e.e.。
【0028】
比較例1
パラジウム炭素触媒による(2R)−2−プロピルオクタン酸の製造
【化5】

(2S)−2−(2−プロピニル)オクタン酸(168mg;99.0%e.e.(ガスクロマトグラフィにより測定))のメタノール(1.2ml)および酢酸エチル(1.2ml)の混合溶液に、10%パラジウム炭素(17mg)を加えた。反応混合物を水素雰囲気下、室温、常圧で1時間撹拌した。反応混合物をセライト(商品名)を通してろ過し、ろ液を濃縮した。残渣をシリカゲルカラムグラフィ(ヘキサン:酢酸エチル=9:1→4:1)によって精製し、下記の物性値を有する標題化合物(109mg;収率65%)を得た。
光学純度(HPLCにより測定):95.2%e.e.。
【0029】
比較例2
パラジウム炭素触媒による(2R)−2−プロピルオクタン酸の製造
【化6】

(2S)−2−(2−プロピニル)オクタン酸(13.0kg;99.88%e.e.)のDME(23.0kg)溶液に、5%パラジウム炭素wet(2.60kg)とDME(250kg)を加え、水素加圧下(5.1m3)、内温20〜30℃で、19時間接触還元を行なった。反応溶液をろ過し、DME(40L)で洗浄した。合わせたろ液と洗液を濃縮した。残留物をn−ヘキサン/酢酸エチル(215L/43L)に溶解し、2N水酸化ナトリウム(72L)を加え、抽出した。抽出した水相にn−ヘキサン/酢酸エチル(215L/43L)を加え、撹拌した。混合溶液に濃塩酸(13L)を加えた。有機層を水で3回、飽和食塩水で1回洗浄し、無水硫酸マグネシウムで乾燥し、濃縮し、粗製標題化合物(12.25kg)を得た。粗製物を蒸留し、本留から下記の物性値を有する標題化合物(8399.7g;収率63.2%)を得た。
光学純度(HPLCにより測定):97.14%e.e.。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明の方法によれば、医薬品として有用な(2R)−2−プロピルオクタン酸を高い光学純度で得ることができ、副作用を招く不純物の混在のない安全な医薬品を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
99.3%e.e.以上の光学純度を有する(2R)−2−プロピルオクタン酸。
【請求項2】
(2S)−2−(2−プロピニル)オクタン酸または(2S)−2−(2−プロペニル)オクタン酸を白金−カーボン触媒を用いて還元反応に付すことにより得られる、99.3%e.e.以上の光学純度を有する(2R)−2−プロピルオクタン酸。
【請求項3】
99.3%e.e.以上の光学純度を有する(2R)−2−プロピルオクタン酸を含有してなる、アストロサイトの機能異常による神経変性疾患の予防および/または治療剤。

【公開番号】特開2010−248198(P2010−248198A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−116000(P2010−116000)
【出願日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【分割の表示】特願2000−599723(P2000−599723)の分割
【原出願日】平成12年2月17日(2000.2.17)
【出願人】(000185983)小野薬品工業株式会社 (180)
【Fターム(参考)】