説明

3−アセトキシシクロヘキセンの製造方法

【課題】 有機工業化学品の原料として有用な3−アセトキシシクロヘキセンを廃棄処理を要する高沸点状化合物の副生を低減し、高い選択率で、かつ反応混合物成分の分離が容易である簡便な方法を用いて、工業的に有利に製造する。
【解決手段】 シクロヘキセンを出発原料として以下の工程を含む3−アセトキシシクロヘキセンの製造方法。
1)シクロヘキセンと酢酸及び酸素を液相下でパラジウム系担持固体触媒と反応させて、3−アセトキシシクロヘキセンとシクロヘキセン及びベンゼンを含む混合物を得る工程。
2)1)の工程で得られた混合物からシクロヘキセンとベンゼンを混合物として分離する工程。
3)2)の工程で得られたシクロヘキセンとベンゼンの混合物を抽出蒸留操作により分離し、シクロヘキセンを1)の工程に再循環する工程。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、シクロヘキセンを出発原料として3−アセトキシシクロヘキセンを製造する方法に関するものである。更に詳しくは、製造工程が以下の1)〜3)の工程を含むことを特徴とする3−アセトキシシクロヘキセンの製造方法に関するものである。
1)シクロヘキセンと酢酸及び酸素を液相下でパラジウム系担持固体触媒と反応させて、3−アセトキシシクロヘキセンとシクロヘキセン及びベンゼンを含む混合物を得る工程。
2)1)の工程で得られた混合物からシクロヘキセンとベンゼンを混合物として分離する工程。
3)2)の工程で得られたシクロヘキセンとベンゼンの混合物を抽出蒸留操作により分離し、シクロヘキセンを1)の工程に再循環する工程。
3−アセトキシシクロヘキセンは、香料、医薬、農薬など有機工業化学の原料として有用な化合物である。さらに通常の方法により加水分解すると3−ヒドロキシシクロヘキセンが得られ、これも有機合成反応の原料として極めて有用な化合物である。
【0002】
【従来の技術】従来、シクロヘキセンと酢酸及び分子状酸素とを液相下で反応させて3−アセトキシシクロヘキセンを製造する方法としては、■パラジウム化合物、塩化リチウム及び硝酸リチウムからなる触媒の存在下に反応させる方法(特開昭51−8245号公報に記載の方法)、■酢酸パラジウム、p−キノン及びヘテロポリ酸から成る触媒の存在下に反応させる方法(J.Mol. Catal.A:Chem.,114,113−122(1996))、■酢酸パラジウム、p−キノン及び遷移金属錯体から成る触媒の存在下に反応させる方法(J.Am.Chem.Soc.,112(13),5160−66(1990))などが開示されており、■及び■の方法では90%以上の高い収率で3−アセトキシシクロヘキセンが得られている。しかしながら、上記■、■及び■の方法では均一系触媒で反応を行うこと、同時に目的生成物である3−アセトキシシクロヘキセンは、シクロヘキセン及び酢酸に対して高い沸点を有することにより反応後、液中に溶解している触媒成分の分離回収、生成物の分離精製工程が煩雑になる等の問題があった。
【0003】一方、■C3 〜C6 のオレフィンを低級脂肪酸の存在下にパラジウム、白金のうちの少なくとも一つとテルルまたはビスマスを含有する固体触媒を使用して酸素により酸化してカルボン酸アルケニルエステルを製造する方法(特開昭53−90212号公報に記載の方法)が開示されている。この方法は、不均一系触媒を用いることにより触媒成分の分離回収が容易になる利点を有するが、シクロヘキセンと酢酸を用いた際に目的生成物である3−アセトキシシクロヘキセン以外には、他の副生成物に関する記載がない。本発明者らの検討によれば、シクロヘキセンと酢酸を酸素の存在下にパラジウム系固体触媒と反応させると、酸化脱水素反応によるベンゼンの副生が避けられないことが分かった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】以上のごとく、上記■〜■の方法では反応液中に溶解する触媒成分の分離回収、生成物の分離精製工程が煩雑になる等の問題があった。上記■の方法は、触媒成分の分離回収が容易となる点では工業的に優れた方法であるが、本発明者らの検討によれば副生成物としてベンゼンが必ず副生する。また、原料シクロヘキセンの高い転化率を発現させる条件においては廃棄処理を必要とする高沸点状化合物の副生率が急激に増加する。つまり、原料シクロヘキセンの転化率をある一定のレベル以下に保持し、未反応シクロヘキセンは反応液より分離回収後、再循環させて使用することが工業的に有利となる。しかしながら、反応液中に含有される未反応シクロヘキセンと副生ベンゼンの沸点は極めて近く、更にシクロヘキセンとベンゼンとは共沸混合物を作ることにより通常工業的に用いられる単純な方法にて蒸留分離することは実質的に不可能であり、これらの分離方法も併せて考慮された簡便な製造方法が望まれるところであった。
【0005】以上のごとく、シクロヘキセンと酢酸及び酸素を液相下でパラジウム系担持固体触媒と反応させて、3−アセトキシシクロヘキセンを製造する方法は、反応液と触媒成分の分離が容易となる点では工業的に有利な方法であるが、廃棄を必要とする高沸点状化合物の副生率を抑制し、同時に未反応シクロヘキセンと副生ベンゼンを分離し、未反応シクロヘキセンを有効に循環使用できる3−アセトキシシクロヘキセンの簡便な製造方法は知られていなかった。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意、検討を重ねた結果、シクロヘキセンと酢酸及び酸素をパラジウム系担持固体触媒と反応させる際、シクロヘキセンの転化率を一定のレベル以下に保持し未反応シクロヘキセンを含有する反応混合物を得た後、反応液から未反応シクロヘキセンとベンゼンを混合物として分離する。次にシクロヘキセンとベンゼンの混合物を抽出蒸留操作により分離することによって、廃棄処理を必要とする高沸点状化合物の副生率を抑制すると同時に、未反応シクロヘキセンと副生ベンゼンを簡便に分離でき、未反応シクロヘキセンが有効に循環使用できることを見い出し、本発明を完成するに至った。即ち、本発明はシクロヘキセンを出発原料として3−アセトキシシクロヘキセンを得る方法において、製造工程が以下の1)〜3)の工程を含むことを特徴とする3−アセトキシシクロヘキセンの製造方法である。
1)シクロヘキセンと酢酸及び酸素を液相下でパラジウム系担持固体触媒と反応させて、3−アセトキシシクロヘキセンとシクロヘキセン及びベンゼンを含む混合物を得る工程。
2)1)の工程で得られた混合物からシクロヘキセンとベンゼンを混合物として分離する工程。
3)2)の工程で得られたシクロヘキセンとベンゼンの混合物を抽出蒸留操作により分離し、シクロヘキセンを1)の工程に再循環する工程。
【0007】本発明によれば、触媒成分の分離回収操作が容易となる不均一系固体触媒を用いて通常60%以上、好適には70%以上の高い選択率で3−アセトキシシクロヘキセンを製造することができ、同時に廃棄処理を必要とする高沸点状化合物の副生量を極めて低減できる。副生成を抑制できないベンゼンと未反応シクロヘキセンは簡便な方法で、かつ高純度にて分離回収することができる。分離回収されたシクロヘキセンは本反応の原料として循環再使用されると同時に、回収されたベンゼンも基礎化学原料として任意の用途に用いることができ、例えば、部分水素化反応を実施すれば本反応の原料であるシクロヘキセンへと誘導することができる。
【0008】以下に本発明を詳細に説明する。本発明の1)の工程において、シクロヘキセンと酢酸及び酸素を液相下で反応させる際のパラジウム系担持固体触媒は、パラジウム及びその他の少なくとも一種の異種元素を活性成分として担体に担持した固体触媒である。この際の異種元素としてはHg、Tl、Pb、Bi、Te、Sb、Se、Cu、As、P、S等が挙げられる。パラジウムとこれら少なくとも一種の異種元素が合金、金属間化合物を形成してもよい。好ましくは、パラジウム及びその他の少なくとも一種の異種元素としてテルルを担体に担持した固体触媒を用いるとよい。パラジウム及びテルルを活性成分として担持した固体触媒は、反応条件下において活性成分の液中溶出を顕著に抑制することができる。
【0009】本発明の1)の工程に好ましく用いられるパラジウム及びその他の少なくとも一種の異種元素を活性成分として担体に担持した固体触媒の調製法は特に限定されるものではなく、担体付き金属触媒調製のためによく知られている方法を用いることができる。特に、適当なパラジウム化合物及びその他の少なくとも一種の異種元素化合物を担体に担持させ、周知の適当な方法により還元して調製することができる。例えば、パラジウム及び異種元素の金属、酸化物、水酸化物、塩酸塩、硝酸塩、カルボン酸塩、錯塩等から選ばれる化合物を適当な溶媒に溶解して固体担体を浸漬し、公知の含浸法、吸着法、共沈法等の担持法により触媒成分を担体に担持させた後、気相下にて水素気流中もしくは還元性化合物を含む気流中で、または液相下にて公知の還元剤、例えば、ホルマリン、ヒドラジン等で還元して調製される。触媒調製の為に用いられるパラジウム化合物としては金属パラジウム、酸化パラジウム、塩化パラジウム、硝酸パラジウム、酢酸パラジウム及びパラジウムアンミン錯体等が挙げられる。また、例えばその他の少なくとも一種の異種元素としてテルルを用いる際は、テルル化合物としては金属テルル、酸化テルル、塩化テルル、テルル酸、オルソテルル酸等が挙げられる。パラジウム及びその他の少なくとも一種の異種元素は同時にまたは順次に担体上に担持、還元せしめることができる。つまり、パラジウムを予め担持、還元せしめた固体触媒を用いて、その他の少なくとも一種の異種元素を後から担持、還元せしめる調製方法を用いてもよい。
【0010】触媒調製のために用いられる担体としては、活性炭、シリカ、アルミナ、シリカ−アルミナ、チタニア、マグネシア、ゼオライト、珪藻土等を用いることができるが、中でも安定性に優れた活性炭をを用いることが好ましい。活性炭は市販のものをそのまま使用してもよいが、硝酸等の酸を用いる通常の洗浄処理を施したものを使用することができる。担体へのパラジウム及びその他の少なくとも一種の異種元素の担持量は、特に限定されず、広い範囲で変化し得るが、パラジウムと該異種元素の合計量が0.1〜20重量%の範囲が適当であり、より好ましくは0.5〜10重量%の範囲である。担体に担持される該異種元素は、触媒中のパラジウムに対する該異種元素の担持比率で、通常パラジウム1グラム原子に対して0.02〜1グラム原子の範囲である。
【0011】本発明の1)の工程の反応において用いる原料酢酸とシクロヘキセンの割合は、固体触媒が存在する反応場に供給される初期濃度の比率として、シクロヘキセン1モル当たり原料酢酸が5〜500モルの範囲が適当であり、より好ましくは6〜300モルの範囲である。シクロヘキセンに対して酢酸の量が少なくなると、反応速度が低下すると同時に、酸化脱水素反応によるベンゼンの生成比が増加し3−アセトキシシクロヘキセンの選択率が低下するので好ましくない。また、シクロヘキセンに対して酢酸の量が過剰になると単位反応器容量当たりの3−アセトキシシクロヘキセンの生産性が低下し工業的製法としては実用的でない。本反応の原料であるシクロヘキセンはその製法に限定されず用いることができる。シクロヘキセンの品質に特に制限は無いが、本発明においては原料シクロヘキセンの少なくとも一部として3)の工程によりベンゼンと分離された未反応シクロヘキセンを再循環使用できることを特徴とし、少量のベンゼンを含有するシクロヘキセンを反応原料として用いてもよい。この際、反応に供給されるシクロヘキセン中のベンゼン濃度は10%以下であることが好ましく、更に好ましくは5%以下である。
【0012】本発明の1)の工程では、上述の原料を酸素の存在下に液相下で、パラジウム系担持固体触媒と反応させる。本工程で使用する酸素は分子状酸素、すなわち純酸素気体または酸素気体を反応に不活性な希釈剤、例えば窒素、アルゴン、ヘリウム、炭酸ガス等で希釈した混合気体の形とすることができ、空気を用いることもできる。酸素はこれら不活性気体と任意の混合比率にて、加圧状態として反応系に供給することができるが、酸素濃度は反応系内で気体が爆発組成とならない範囲が好ましい。酸素と不活性気体の混合気体の供給圧力は、任意の反応温度条件下にて反応器内部で反応液が液相を形成し得る反応器内の操作圧力と同一、あるいは以上の圧力であることが好ましい。
【0013】本発明の方法では、反応は通常20〜150℃、好ましくは30〜130℃、より好ましくは40〜120℃の範囲で行われる。150℃を越えて高温になると酸化脱水素反応によるベンゼンの生成比率及び高沸点状化合物の生成比率が増加し、3−アセトキシシクロヘキセンへの反応選択性を低下せしめるので好ましくない。また20℃未満の低温では、反応速度が極度に低下して好ましくない。本発明の1)の工程の反応は、酸素の存在下に、シクロヘキセンと酢酸を液相下で、パラジウム系担持固体触媒、特に好ましくはパラジウム及びテルルを活性成分として担持する固体触媒と反応させることにより、3−アセトキシシクロヘキセンを高選択率にて安定的に製造できる。本反応におけるシクロヘキセンの転化率は、各反応条件によって変えることができるが、本工程においてシクロヘキセンの転化率を高め、生成物中の3−アセトキシシクロヘキセンの濃度が、シクロヘキセン濃度に対してより高過ぎると、3−アセトキシシクロヘキセンが更に酸化された高沸点状化合物が急激に多量に副生するので好ましくない。よって、1)の工程の反応におけるシクロヘキセンの転化率は90%以下、好ましくは80%以下、さらに好ましくは70%以下の範囲に保つことが好ましく、未反応シクロヘキセンを含有したまま、つまり3−アセトキシシクロヘキセンとシクロヘキセン及びベンゼンを含む混合物として反応液を得ることが重要である。
【0014】本発明の1)の工程において、反応系における触媒の状態は不均一であって、反応系の状態は液相であるが、反応を行うにあたっては、上述した如く酸素を含有する気体を用いて反応系に酸素を供給する必要があり、反応系内は実質上、液相と触媒成分である固相及び酸素を含有する気相より構成される。また、反応方式は特に制限はなく回分式、半回分式、連続式等のいずれでもよい。また、用いる固体触媒は実施する反応形態、例えば固定床方式、流動床方式、懸濁触媒方式等に応じて粉末状担体、破砕状担体、粒子状担体及び柱状担体等に活性成分を担持したものを使用することができる。この際、担体の大きさについて特に制限はない。また、該固体触媒の使用量は、実施する反応形態、用いる担体の形状、固体触媒中の活性成分の担持量等によって任意に選ぶことができる。
【0015】本発明の2)の工程は、1)の工程で得られた混合物から、未反応シクロヘキセンとベンゼンを混合物として分離する工程である。更に詳しくは1)の工程の反応後に得られる未反応酢酸、未反応シクロヘキセン、生成3−アセトキシシクロヘキセン、生成ベンゼン、生成水及び微量の高沸点状化合物を含有する混合物から、蒸留操作によってシクロヘキセンとベンゼンをシクロヘキセンと水、及びベンゼンと水の最低共沸組成物の混合物として蒸留塔の塔頂部より回収する工程である。これら1)の工程で得られる混合物の各成分の標準沸点あるいは各成分間の共沸混合物の共沸点の内、最も低沸点であるのは、ベンゼンと水の共沸混合物(沸点69.3℃)及びシクロヘキセンと水の共沸混合物(沸点70.8℃)である。つまりシクロヘキセンと水、及びベンゼンと水が最低共沸混合物を作ることを利用した共沸蒸留を行うことで反応混合物中から、より効率的にシクロヘキセンとベンゼンを分離回収することができる。
【0016】ベンゼンと水及びシクロヘキセンと水の共沸組成は、ベンゼン100重量部に対して水9.8重量部、シクロヘキセン100重量部に対して水10.5重量部であり、効率的にシクロヘキセンとベンゼンを分離するためには、2)の工程に供する蒸留原料、つまり1)の工程の反応液中の水の含有量は、シクロヘキセン及びベンゼンとの共沸組成以上の量であることが好ましい。本発明の1)の工程の反応では、生成する3−アセトキシシクロヘキセンに対して等モル量、また副生成するベンゼンに対して2倍モル量の水が生成し反応液中に含有される。水の生成量はシクロヘキセンの反応率、反応選択率によって変化する。例えば3−アセトキシシクロヘキセンの選択率を50〜80%の範囲に、残りの副生物がベンゼンとなるように1)の工程の触媒、反応条件を設定した場合、シクロヘキセン転化率が30%以上であれば生成水の量は、未反応シクロヘキセン及び生成ベンゼンとの共沸組成以上の量となり、直接2)の工程に供給すればよいが、転化率が30%未満である場合は、含有されるシクロヘキセンとベンゼンの全てが共沸組成を形成する必要量以上の水は生成しない。
【0017】この場合、1)の工程の反応液の混合物組成に応じて、予め1)の工程より得られる反応液に所定量の水を加えて2)の工程に供給することができる。また、1)工程の反応において、シクロヘキセンの転化率が30%を越えてより高くなる程、生成水の量はシクロヘキセン及びベンゼンとの共沸組成を形成する必要量に対してより過剰となる。このような混合物を蒸留する際、シクロヘキセン及びベンゼンと共沸混合物を形成する量の水は塔頂より分離回収できるが、共沸混合物形成量より過剰の水は蒸留塔内に分布滞留し、連続蒸留を行う場合は、蒸留塔の缶出液として酢酸及び3−アセトキシシクロヘキセンとの混合物として回収される。目的生成物である3−アセトキシシクロヘキセンは、この缶出液混合物を通常の蒸留分離を実施することにより酢酸と分離されるが、この際過剰の水は酢酸との混合留分として塔頂より回収されることになる。
【0018】この酢酸留分を本発明の1)の工程の反応に循環して連続的に使用する際、1)の工程の反応条件によっては回収される酢酸留分中の含水量は経時的に増加し、循環使用するためには、含水酢酸留分をさらに蒸留精製し過剰の水を分離除去する必要が生ずる。このように、1)の工程の反応において生成水の量が未反応シクロヘキセン及び生成ベンゼンとの共沸組成を形成する必要量に対してより過剰となる場合は、2)の工程の共沸蒸留を実施する際、塔頂より分離回収されるシクロヘキセンとベンゼン及び水の混合物からシクロヘキセンとベンゼンの混合物の一部を蒸留塔に供給される原料中、あるいは蒸留塔内に再供給させることができる。この方法によれば、シクロヘキセンとベンゼンを混合物として分離回収すると同時に、1)の工程の反応で得られる反応混合物中の生成水も、所望の割合で塔頂留分として分離回収することができ、特に酢酸を循環使用する際には好ましく用いることができる。また、共沸蒸留によって回収される留分はシクロヘキセンとベンゼンより成る油層と水層に分離するため、油層の一部を取り出すことにより容易に再供給できる。
【0019】本発明の3)の工程は、2)の工程で得られたシクロヘキセンとベンゼンの混合物を抽出蒸留操作により分離し、シクロヘキセンを1)の工程の反応原料として再循環する工程である。本発明の3)の工程に供給されるシクロヘキセンとベンゼンの混合物は、2)の工程で分離回収されるシクロヘキセンとベンゼン及び水の混合物から、油水層分離によってシクロヘキセンとベンゼンを含有する油層を取り出した後、直接用いることができるが、例えばアルミナ、モレキュラシーブ等の吸着剤を用いて水、酢酸等の微量含有物を除去すべく前処理を行った後に用いることもできる。
【0020】シクロヘキセンとベンゼンの混合物を工業的に通常用いられる蒸留により分離しようとする場合、両者の沸点が近似しており、実質的に困難である。即ち、シクロヘキセン、ベンゼンの標準沸点は83.0℃、80.1℃であり非常に近接していること、更に、ベンゼンとシクロヘキセンとは78.9℃の共沸混合物を作ることが単純な蒸留による分離を困難にしている原因である。これらの沸点の近接する物質の混合物を分離する方法として抽出蒸留法が有望である。本発明の3)の工程の抽出蒸留によりシクロヘキセンを分離する方法としては、抽出溶剤としてジメチルアセトアミドを用いる方法(特公平03−30575号公報に記載の方法)、抽出溶剤としてグルタルニトリル、2−メチルグルタルニトリルまたはアジポニトリルを用いる方法(特公平03−30576号公報に記載の方法)等が挙げられる。中でも抽出溶剤としてジメチルアセトアミドを用いる特公平03−30575号公報記載の方法を用いることが好ましい。
【0021】抽剤としてジメチルアセトアミドを用い蒸留塔の塔内抽剤濃度を限定することにより、極めて高い純度と高い回収率で、効率良くシクロヘキセンを分離することができる。更にジメチルアセトアミドは、シクロヘキセン、ベンゼンの何れとも共沸組成を持たないことから抽剤の流出による損失が非常に少ないこと、そして、熱安定性が良好であり、分解物質の生成量が少ないことが利点である。本抽出蒸留によって分離されたシクロヘキセンを本発明の1)の工程に再循環使用する際、直接反応原料として用いることができるが、1)の工程の反応に用いるパラジウム系担持触媒によっては触媒の被毒劣化を考慮して、例えば吸着、洗浄等の任意の精製処理を行った後に用いるとよい。本発明の3)の工程では抽出蒸留操作により高い純度でシクロヘキセンを分離することができ1)の工程の反応原料として再循環使用できる。ベンゼンは抽出蒸留後、抽剤との混合物として回収されるが、この混合物は通常の蒸留により容易にベンゼンと抽剤とに分離することができ、高い純度にてベンゼンを回収することができる。回収されたベンゼンも基礎化学原料として任意の用途に有効に用いることができ、例えば、部分水素化反応を実施すれば本反応の原料であるシクロヘキセンへと誘導することができる。本発明によれば、触媒成分の分離回収操作が容易となる不均一系固体触媒を用いて通常60%以上、好適には70%以上の高い選択率で3−アセトキシシクロヘキセンを製造することができ、同時に廃棄処理を必要とする高沸点状化合物の副生量を極めて低減できる。副生成を抑制できないベンゼンと未反応シクロヘキセンは簡便な方法で、かつ高純度にて分離回収することができる。分離回収されたシクロヘキセンは本反応の原料として循環再使用することができる。
【0022】
【実施例】以下実施例をもって、本発明を更に詳述する。
(1)本発明の1)の工程であるパラジウム系担持固体触媒を用いた不均一系反応を実施した例を示す。
【0023】(実施例1)SUS316材質の内容積3000mlのオートクレーブを反応器とした槽型流通反応装置を用い、パラジウム2.63重量%、テルル0.31重量%をヤシガラ活性炭(破砕片)に担持した固体触媒24gを反応器内部に固定、シクロヘキセンを2重量%含有する酢酸溶液750gを仕込み、7%の酸素を含有する窒素の混合ガスを用いて、系内圧力を60kg/cm2 Gに保持し、撹拌下に90℃にて1.5時間回分反応を行った。この後、シクロヘキセンを2重量%含有する酢酸溶液を150g/時で供給すると同時に、気相部から連続的にガスパージを行い、排気容量分に相当する7%の酸素を含有する窒素の混合ガスを供給して、20時間連続的に反応を実施した。反応液は、液面制御抜き出し弁より連続的に取り出した。得られた混合物をガスクロマトグラフィーより分析した。結果を表1に示す。
【0024】(実施例2)実施例1と同じ固体触媒を用いて、原料として用いるシクロヘキセン含有酢酸溶液のシクロヘキセン濃度を4重量%とした他は、実施例1と同様の方法にて連続的に反応を行った。結果を表1に示す。
(実施例3)実施例1と同じ固体触媒を用いて、原料として用いるシクロヘキセン含有酢酸溶液のシクロヘキセン濃度を6重量%とした他は、実施例1と同様の方法にて連続的に反応を行った。結果を表1に示す。
【0025】(実施例4)実施例1と同じ固体触媒を用いて、反応器内部に固定する触媒量を30gとした他は、実施例1と同様の方法にて連続的に反応を行った。結果を表1に示す。
(比較例1)実施例1と同じ固体触媒を用いて、反応器内部に固定する触媒量を35gとした他は、実施例1と同様の方法にて連続的に反応を行った。結果を表1に示す。
(比較例2)実施例1と同じ固体触媒を用いて、反応器内部に固定する触媒量を30gとした事及び反応温度を110℃とした他は、実施例1と同様の方法にて連続的に反応を行った。結果を表1に示す。
【0026】実施例1〜4に示すように、シクロヘキセンと触媒の比率を変えて反応率を変化させたところ、90%以下の転化率では、いずれも60%以上の高い選択率にて3−アセトキシシクロヘキセンが得られ、同時に廃棄処理を必要とする高沸点状化合物の副生量を極めて低減することができた。しかしながらベンゼンの副生を抑制することはできなかった。一方、比較例1及び2に示すように、シクロヘキセンに対する触媒比率、あるいは反応温度を高め、90%を越える高いシクロヘキセン転化率領域にすると、3−アセトキシシクヘキセンの選択率は低下し、同時に廃棄処理を必要とする高沸点状化合物の副生量が急増した。
(2)以下、本発明の2)の工程である1)の工程で得られる混合物からシクロヘキセンとベンゼンを混合物として分離する操作を実施した例を示す。
【0027】(実施例5)SUS316材質の内容積5000mlのオートクレーブを反応器とした槽型流通反応装置を用い、実施例1と同じ固体触媒を40g用いて、シクロヘキセンを5重量%含有する酢酸溶液を250g/時で供給して、実施例1と同じ反応温度及び圧力下に50時間連続的に反応を実施した。同一条件の流通反応操作を2回繰り返し、得られた反応液をすべて混合した。ガスクロマトグラフィー及び水分計により混合物の組成を分析したところ、シクロヘキセン3.36重量%、3−アセトキシシクロヘキセン1.96重量%、ベンゼン0.44重量%、水0.46重量%、高沸点状化合物0.03重量%を含有する酢酸溶液であった。上記の組成の混合液を、濃縮段25段、回収段15段相当のカラム充填型の蒸留塔に100重量部/時で連続的に供給し、シクロヘキセンとベンゼンの混合物としての分離を行った。塔頂部圧力を常圧とし、留分蒸気の温度が約70℃に保持されるように還流比を調整し塔頂から約4.2重量部/時で留出液を連続的に抜き出した。油水相分離状態で回収された混合物の組成を分析したところ、シクロヘキセン79.9重量%、ベンゼン10.5重量%及び水9.6重量%であり、酢酸及び3−アセトキシシクロヘキセンはほとんど検出されなかった。この時、蒸留塔の塔底から連続的に採取される液は、水0.06重量%、3−アセトキシシクロヘキセン2.04重量%、高沸点状化合物0.03重量%を含有する酢酸溶液であり、シクロヘキセンとベンゼンを混合物として分離回収することができた。
(3)以下、本発明の3)の工程である2)の工程で得られたシクロヘキセンとベンゼンの混合物を抽出蒸留操作により分離し、シクロヘキセンを1)の工程の反応に再循環使用した例を示す。
【0028】(実施例6)実施例5の蒸留操作により連続的に回収された油水相分離状の留分からデカンテーション操作により油相のみを採取した。この油相はシクロヘキセン88.3重量%及びベンゼン11.6重量%より成る混合物であった。実段数50段のシーブトレイ型蒸留塔を用い、下から25段目に該シクロヘキセンとベンゼンの混合液を100重量部/時にて供給した。一方、抽出溶媒としてジメチルアセトアミドを800重量部/時にて下から46段目に供給し、還流比1.7で抽出蒸留操作を実施したところ、塔頂よりベンゼン1.0重量%を含有するシクロヘキセン留分を88.5重量部/時(回収率99.2%)にて分離回収することができた。次に、実施例1と同じ固体触媒を用いて、原料として用いるシクロヘキセンを該抽出蒸留操作により回収したベンゼン1.0重量%含有するシクロヘキセンとした他は、実施例1と同様の方法にて連続的に反応を行った。結果を表1に示す。本発明の方法の1)の工程の反応後の混合物中のシクロヘキセンは2)及び3)の工程を経た後、高い回収率にて回収され、再び1)の工程の反応原料として有効に循環使用することができた。
【0029】
【表1】


【0030】
【発明の効果】本発明により、触媒成分の分離回収操作が容易となる不均一系固体触媒を用いて通常60%以上、好適には70%以上の高い選択率で3−アセトキシシクロヘキセンを製造することができ、同時に廃棄処理を必要とする高沸点状化合物の副生量を極めて低減できる。副生成を抑制できないベンゼンと未反応シクロヘキセンは簡便な方法で、かつ高純度にて分離回収することができる。分離回収されたシクロヘキセンは本反応の原料として有効に循環再使用することができる。これらの実現は3−アセトキシシシクロヘキセンの製造を工業的に実施する上で極めて有用となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 シクロヘキセンを出発原料として3−アセトキシシクロヘキセンを得る方法において、製造工程が以下の1)〜3)の工程を含むことを特徴とする3−アセトキシシクロヘキセンの製造方法。
1)シクロヘキセンと酢酸及び酸素を液相下でパラジウム系担持固体触媒と90%以下のシクロヘキセンの転化率で反応させて、3−アセトキシシクロヘキセンとシクロヘキセン及びベンゼンを含む混合物を得る工程。
2)1)の工程で得られた混合物からシクロヘキセンとベンゼンを混合物として分離する工程。
3)2)の工程で得られたシクロヘキセンとベンゼンの混合物を抽出蒸留操作により分離し、シクロヘキセンを1)の工程に再循環する工程。
【請求項2】 上記1)工程のパラジウム系固体触媒としてパラジウム及びテルルを活性成分として担持した固体触媒を用いることを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の製造方法。
【請求項3】 上記2)工程で分離する混合物がシクロヘキセンと水、及びベンゼンと水の最低共沸組成物の混合物であることを特徴とする特許請求の範囲第1項または第2項に記載の製造方法。
【請求項4】 上記3)の抽出蒸留操作に用いる抽出溶剤がジメチルアセトアミドであることを特徴とする特許請求の範囲第1〜3項のいずれか1項に記載の製造方法。