説明

4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナートの製造方法とその合成中間体

【課題】抗菌活性を有する4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートのトランス体を優勢に合成すること。
【解決手段】天然抗菌活性物質として有用なトランス体の4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナート(I)を優勢に合成するために、まず、1,3-ジハロプロパンに炭素−炭素結合を一つ加えて、炭素数4の4-ハロゲノ-1-メチルスルフィニル-1-メチルチオブタンを生成し、この物質から一端にハロゲン、他端にメチルチオ基を有する不飽和中間体を生成する。続いて、前記不飽和中間体のハロゲン(X)が結合する炭素原子において、炭素−窒素結合を達成した後、脱保護してアミン化合物中間体を生成し、最後に、該アミン化合物中間体をイソチオシアナート化して、目的の4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートのトランス体を優勢に合成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイコンに含まれる天然抗菌活性物質である4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナートの製造技術に関する。より詳しくは、前記4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナートのトランス体を優先的に合成する方法とその過程で生成する中間体に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイコンの辛味成分は、ワサビと同様にイソチオシアナート類であり、その辛味の主成分は4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートのトランス体であることが知られている(非特許文献1)。そして、このトランス-4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートがダイコンから実際に抽出された例が、非特許文献2や非特許文献3に記載されている。
【0003】
さらに、前記非特許文献3には、トランス-4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートの抗菌性についての検証が行われている。その検証の結果、濃度依存的に大腸菌、黄色ブドウ球菌、酵母、カビの発育が抑制されること、該文献に記載された各種イソシアネートの中でも最も強い抗菌力を示し、アリルイソシアネートの数倍の抗菌力を有することが報告されている。また、この非特許文献3では、トランス−4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナートの抗菌性には、イソチオシアナート構造(−N=C=S)が不可欠であることが推定されている。この抗菌活性物質である4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナートの合成法としては、現在のところ、非特許文献4に報告されているのみである。
【0004】
また、特許文献1には、合成又はダイコン(ラディッシュ)から得られた天然の4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナートを保存料成分として使用する技術が提案されている。
【非特許文献1】Agic.Biol,Chem.,42,1715(1978)。
【非特許文献2】ACTA CHEMICA SCANDINAVICA. 20, 698(1966)。
【非特許文献3】「栄養と食料」Vol.35, No.3 207〜211(1982)。
【非特許文献4】Recueil 91,729(1972)。
【特許文献1】特表2003−513994号公報。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記非特許文献4に報告されている4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートの合成法は、液体アンモニア中カリウムアミドを使用し、還元剤として水素化アルミニウムを用いることなどから、実用的な工業的製法とは言い難い。
【0006】
また、ダイコンのイソチオシアナートの主成分である4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートはラディッシュ(Raphanus sativus L. var. esculentus Metzg.)を用いた実験では80%がトランス体であることが報告されているが(非特許文献2)、前記非特許文献4に開示された合成法では、トランス体:シス体が45:55の割合で生成するため、トランス体を優先的に合成する方法ではなかった。
【0007】
そこで、本発明は、ダイコンの辛味主成分であって、抗菌活性を有する4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートのトランス体を優勢に合成できる実用的な工業的製法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明では、天然抗菌活性物質であることが知られているトランス体の4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートを優勢に合成するために、まず、化学式1(請求項1参照)の1,3-ジハロプロパンに炭素−炭素結合を一つ加えて、炭素数4の化学式2(請求項1参照)の物質(4-ハロゲノ-1-メチルスルフィニル-1-メチルチオブタン)を生成する工程を行う。
【0009】
続いて、前記化学式2の物質を用いて、一端にハロゲン、他端にメチルチオ基を有する化学式3の不飽和中間体をトランス体優勢に生成させる工程を行う。続いて、(3)前記不飽和中間体のハロゲン(X)が結合する炭素原子において、炭素−窒素結合を達成した後、脱保護して化学式4(請求項1参照)のアミン化合物中間体を生成する工程を行う。最後に、(4)前記アミン化合物中間体をイソチオシアナート化して、化学式5(請求項1参照)の4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートを得る工程を行う。
【0010】
本発明の上記(1)の工程としては、化学式1(請求項1参照)で示される1,3-ジハロプロパンに、化学式6(請求項2参照)で示されるメチル(メチルスルフィニルメチル)スルフィド化合物を反応させることによって、本発明の合成中間体として有用な化学式2(請求項1参照)の4-ハロゲノ-1-メチルスルフィニル化合物(4-ハロゲノ-1-メチルスルフィニル-1-メチルチオブタン)を得る方法が好適である。
【0011】
また、この4-ハロゲノ-1-メチルスルフィニル化合物のメチルスルフィニル基を脱離させることによって、本発明の合成中間体として有用な化学式3の4‐ハロゲノ-1-メチルチオ不飽和化合物(4-ハロゲノ-1-メチルチオ-1−ブテン)を得ることができる。
【0012】
また、本製造方法の上記(3)の工程では、例えば、化学式3の不飽和中間体にフタルイミドカリウムを反応させることにより炭素-窒素結合を達成して(窒素原子の導入)、化学式7(請求項3参照)の物質を得た後、該物質の窒素原子を脱保護することによって、目的製造物の前駆体であるアミン化合物中間体(4-メチルチオ-3-ブテニルアミン)を得ることができる(いわゆるGabriel反応)。このアミン化合物中間体をイソチオシアナート化することによって、本発明の目的製造物である4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナートを、そのトランス体を優勢に合成できる。
【0013】
更に、本発明では、化学式2で表される4-ハロゲノ-1-メチルスルフィニル化合物、化学式3で表される4-ハロゲノ-1-メチルチオ不飽和化合物を提供する。これらの化合物は、4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートの合成中間体として有用であるばかりでなく、これら自身も抗菌性を有し、抗菌剤としても利用できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ダイコンに含まれる天然抗菌活性物質の主成分である4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナートのトランス体を、優勢に合成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための好適な形態について、添付図面を参照しながら説明する。なお、添付図面に示された各実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0016】
まず、本発明に係る製造方法において使用される溶媒は、反応に関与しなければ特に限定されないが、通常、ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素類、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類、石油エーテル、ヘキサン、メチルシクロヘキサン等の脂肪族炭化水素類、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリジノン等のアミド類、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサンのようなエーテル類、メタノール、エタノール等のアルコール類等が挙げられる。
【0017】
本発明で使用可能な他の溶媒としては、水、二硫化炭素、アセトニトリル、酢酸エチル、ピリジン、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。これらの溶媒は、2種類以上を混合して使用しても良い。本発明による方法の反応は、溶媒、または、溶媒混合物中で有利に行なわれる。また、互いに均一な層を形成することのない溶媒からなる溶媒組成物を用いることもできる。この場合、反応系に相間移動触媒、例えば、慣用の第4アンモニウム塩または、クラウンエーテルを添加した方が良い場合もある。
【0018】
ここで、図1は、本発明に係る製造方法の全体合成過程を示す工程フロー図である。
【0019】
この図1中の(I)は、本発明の製造目的物である4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナートを示している。本発明では、この4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナートのトランス体を、そのシス体よりも優勢に合成することを主題としている。
【0020】
以下、図1に基づいて、本発明に係る製造方法の好適例を工程順に具体的に説明する。まず、所定の塩基存在下、図1において(VIII)で示されている1,3-ジハロプロパン(化学式1)のハロゲン原子の結合した一つの炭素原子と、同図において(VII)で示されたメチル(メチルスルフィニルメチル)スルフィド化合物の二つの硫黄原子と結合した炭素原子(図1中*印で示す)を結合させて、炭素数を3から4へ増加させ、同図中(VI)で示される4-ハロゲノ-1-メチルスルフィニル化合物(4-ハロゲノ-1-メチルスルフィニル-1-メチルチオブタン)を得る。
【0021】
なお、図1中の(VI)や(VIII)で表された化合物の記号X、Xは、異種又は同種のハロゲン原子を示しており、例えば、塩素、臭素、ヨウ素等を挙げることができる(後述する(V)の化合物でも同様)。
【0022】
1,3-ジハロプロパン(化学式1参照)の一例として、1,3−ジブロモプロパン(X=Br,X=Br)を挙げることができる。この1,3−ジブロモプロパンと図1中(VII)で示されたメチル(メチルスルフィニルメチル)スルフィドの塩基性下の反応は、Tetrahedron Lett., 41, 3653 (1974)に記載されているが、この場合、環化反応が進行してしまい、ハロゲン原子Xが臭素原子である図1中(VI)で示す構造の化合物は生成しないと報告されている。
【0023】
しかしながら、本発明では、1-ブロモ-3-クロロプロパン(X=Cl, X=Br)を用いたところ、次の「化学式8」で示す4−クロロ−1−メチルスルフィニル化合物(4-クロロ-1-メチルスルフィニル-1-メチルチオブタン)を好収率で得られることを見出した。この化合物は、4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートの新規かつ有用な合成中間体と位置付けることができる。
【0024】
【化8】

【0025】
なお、本工程において使用される塩基としては、通常、リチウム、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属、水素化ナトリウム、水素化カリウム等のアルカリ金属水素化合物、ブチルリチウム、メチルリチウム、フェニルリチウム等のアルカリ金属の有機金属化合物、マグネシウム等のアルカリ土類金属類などが挙げられる。また、上述の試薬によって調整されたアルカリ金属の有機化合物やグリニャール試薬と一価の銅塩から調製した有機銅化合物なども使用することができる。好ましくは、ブチルリチウム、メチルリチウム等のアルカリ金属の有機金属化合物、水素化ナトリウム、水素化カリウム等のアルカリ金属水素化合物が挙げられ、より好ましくは、ブチルリチウム、メチルリチウム等のアルカリ金属の有機金属化合物である。
【0026】
塩基の使用量としては、通常、図1中の化合物(VII)に対し、0.5〜3.0モルであり、好ましくは、0.8〜1.5モルである。反応条件は、溶媒、塩基等により異なるが、反応温度としては、通常−100〜200℃であり、−20〜100℃が好ましい。反応時間は、通常0.1時間〜数日であり、好ましくは0.5時間〜2日である。
【0027】
また、図1の1,3-ジハロプロパン(VIII)の化合物(VII)に対する使用量としては、通常、0.5〜5.0モルであり、好ましくは0.8〜2.0モルである。なお、化合物(VIII)や化合物(VII)は、市販品を使用することができる。
【0028】
次に、図1中(VI)で示される4-ハロゲノ-1-メチルスルフィニル化合物(4-ハロゲノ-1-メチルスルフィニル-1-メチルチオブタン)のメチルスルフィニル基を脱離させることによって、メチルチオ基の結合した炭素原子と隣接する炭素原子間に炭素−炭素二重結合を有する不飽和化合物(4-ハロゲノ-1-メチルチオ-1−ブテン、図1中の(V)参照、請求項1の「化学式3」に対応)を得ることができる。
【0029】
メチルスルフィニル基を脱離させることによって、メチルチオ基の結合した炭素原子と隣接する炭素原子間に炭素−炭素二重結合を有する化合物を合成する方法については、例えば、Tetrahedron, 22, 2139 (1966)やTetrahedron, Suppl. 8, 33 (1966)に記載されているが、本発明に係る製造方法の過程で得られる化合物(V)それ自体は、文献未記載の新規化合物である。従って、この化合物(V)の製造法は、報告されていない。
【0030】
上記不飽和化合物(V)を得る反応は、溶媒中で加熱することによって進行するので、反応温度は通常50〜250℃であり、80〜200℃が好ましい。反応時間は、通常0.1時間〜数日であり、好ましくは0.5時間〜1日である。
【0031】
前記反応は、添加物を加えなくても進行するが、反応過程で生成するスルフェン酸を捕捉するために、炭酸カルシウム等の捕捉剤を添加した場合の方が、収率が良い場合もある。捕捉剤の使用量としては、通常、図1中の化合物(VI)に対し、0.1〜5.0モルであり、好ましくは0.5〜3.0モルである。
【0032】
続く工程は、例えば、次の「化学式9」で示されるフタルイミドカリウムを用いて行う炭素−窒素結合生成工程である。
【0033】
【化9】

【0034】
本工程は、このフタルイミドカリウムの窒素原子と図1中(V)で示された4-ハロゲノ-1-メチルチオ不飽和化合物(4-ハロゲノ-1-メチルチオ-1-ブテン)のハロゲン原子の結合した炭素原子との間で、窒素−炭素結合を生成させて、図1中に(III)で示された4-メチルチオ-3-ブテニルフタルイミドを得る。
【0035】
この反応工程は、通常有機溶媒中で行なわれ、化合物(V)に対するフタルイミドカリウム(化合物(IV))の使用量は、通常0.5〜3.0モルであり、好ましくは0.8〜2.0モルである。反応温度としては、通常0〜250℃であり、10〜200℃が好ましい。反応時間は、通常0.1時間〜数日であり、好ましくは0.5時間〜2日である。なお、化合物(IV)であるフタルイミドカリウムは、市販品を使用できる。また、合成法は異なるが、本工程の生成物である化合物(III)は、Tetrahedron, Suppl. 8, 33 (1966)に記載の化合物である。
【0036】
続く工程は、図1中に(III)で表された4-メチルチオ-3-ブテニルフタルイミド(請求項3の化学式7に対応)から、保護基であるフタル酸を脱離させることによって、図1中に(II)で示されるアミン化合物中間体(4-メチルチオ-3-ブテニルアミン)を生成する。なお、合成法は異なるが、この生成物である化合物(II)は、Recueil 91, 729 (1972)に記載の化合物である。
【0037】
この反応工程は、通常有機溶媒中で行なわれ、採用可能なフタル酸の脱離反応としては、ヒドラジンによる置換方法と加水分解による方法がある。ヒドラジンによる置換を行なう場合は、通常溶媒中で行なわれ、メタノールやエタノール等のアルコール類が特に好ましい。この場合、ヒドラジンの化合物(III)に対する使用量は、通常0.5〜3.0モルであり、好ましくは0.8〜1.5モルである。反応温度としては、通常0℃〜還流点であり、20℃〜還流点が好ましい。反応時間は、通常0.1時間〜数日であり、好ましくは0.2時間〜1日である。
【0038】
加水分解による方法を採用する場合は、酸性又は塩基性のいずれの条件下でも行なうことができる。加水分解を酸性条件下で行なう場合、触媒には、通常、塩酸、臭化水素酸、硫酸などの無機酸を使用する。溶媒には、通常、水中、若しくは、水に酢酸などの有機酸を加えて行なう。加水分解を塩基性で行なう場合、塩基には通常、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属塩基等を使用する。溶媒には、通常、水中、若しくは、水にエタノール等のアルコール類を加えて行なう。加水分解温度は、通常、20℃〜還流点の範囲であり、反応時間は、数分〜数時間である。
【0039】
次の最終工程は、前記工程から得られたアミン化合物中間体(4-メチルチオ-3-ブテニルアミン)のイソチオシアナート化によって、目的物である式(I)の4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートを得る工程である。
【0040】
アミン化合物中間体(1-アミノ-4−メチルチオ-3-ブテン)をイソチオシアナート化する反応は、既存の製造法を利用できる。例えば、チオホスゲンを使用する反応が、Recueil 91, 729 (1972)に記載されている。また、二硫化炭素と反応させた後、シアナミドを用いる反応が、Org. Prep. Proced. Int., 24, 346 (1992)に記載されている。また、アミンを二硫化炭素と反応させた後、クロロギ酸メチルと反応させてイソチオシナートを合成する方法が、Org. Synth., III, 599 (1955)等に記載されている。こららの方法やそれ以外の方法を、各方法の好適な条件の下で行うことが可能である。
【0041】
また、本発明に係る中間体、4−ハロゲノ−1−メチルスルフィニル化合物(4−ハロゲノ−1−メチルスルフィニル−1−メチルチオブタン)(化学式2、図1中の化合物(VI)参照)、及び、4−ハロゲノ−1−メチルチオ不飽和化合物(4−ハロゲノ−1−メチルチオ−1−ブテン)(化学式3、図1中の化合物(V)参照)は、文献未記載の新規化合物であり、本発明の検討過程で抗菌性を有することを見出した。すなわち、これらの化合物は、本製造法の中間体として有用であるばかりでなく、抗菌剤としても利用できる。
【実施例】
【0042】
以下、本発明に係る製造方法において利用可能な各工程の実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。なお、本発明はその要旨を越えない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0043】
(実施例1)。
1,3-ジハロプロパン(化学式1、図1中の化合物(VIII)参照)の代表例である1-ブロモ-3-クロロプロパン(化学式1、図1中の化合物(VIII)参照、X=Cl、X=Br)から4-クロロ-1-メチルスルフィニル-1-メチルチオブタン(化学式2、図1中の化合物(VI)参照、X=Cl)を合成する実施例。
【0044】
メチル(メチルスルフィニルメチル)スルフィド(化学式6、図1の化合物VIIを参照)30.0g(0.24mol)を、テトラヒドロフラン(280ml)に溶解し、アルゴン雰囲気下、氷冷下でブチルリチウム(93ml(2.71M in hexane), 0.24 x 1.05 mol)を加え、約30分間攪拌した。
【0045】
テトラヒドロフラン(20ml)に溶解させた1-ブロモ-3-クロロプロパン45.6g(0.24×1.2 mol)を加え、氷浴を除き、室温下、約24時間攪拌した。反応液に飽和重曹水(100ml)と水(100ml)を加え、分配した。水層を酢酸エチル(200ml×2)で抽出した後、有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した。有機層を濃縮後、シリカゲルカラム(溶離液;ヘキサン−酢酸エチル, 1 : 0〜1 : 1〜0 : 1)で精製して粗目的物を得た。このときの粗収量は42.18g、収率は87%(油状物)であった。
【0046】
なお、本精製物のNMR:δH(400MHz,CDCl3)の分析結果は、次の通りである。
【0047】
NMR:δH(400MHz,CDCl3):1.6 - 2.5 (4H, m), 2.18 (1.7 H, s), 2.30 (1.3 H, s), 2.58 (1.3 H, s), 2.74 (1.7 H, s), 3.45 (0.57 H, dd, J= 11.2, 4.0 Hz), 3.49 (0.43 H, dd, J= 10.8, 3.2 Hz), 3.55 - 3.70 (2 H, m)。
【0048】
(実施例2)。
合成中間体の一例である4-クロロ-1-メチルチオ-1−ブテン(化学式3、図1の化合物(V)参照。X=Cl)の合成例。
【0049】
4-クロロ-1-メチルスルフィニル-1-メチルチオブタン(化学式2、図1の化合物(VI)参照、X=Cl)29.36g(0.146 mol)を、o-キシレン(50ml)に溶解し、炭酸カルシウム (14.7 g, 0.146×1.0 mol)を加え、還流下、1時間攪拌した。
【0050】
この反応液を室温に戻した後、濾過し、少量のヘキサンで洗浄した。濾液と洗液を合わせ、シリカゲルカラム(溶離液;ヘキサン−ジエチルエーテル, 1:0〜20:1)で精製して、目的物をトランス体優勢の混合物として得ることができた。収量は16.18g、収率は81%(油状物)であった。
【0051】
得られたトランス体のNMR:δH(400MHz,CDCl3)の分析結果は、次の通りである。
【0052】
NMR:δH(400MHz,CDCl3):2.25 (3 H, s), 2.56 (2 H, app.qd, J= 6.8, 1.2 Hz), 3.52 (2 H, t, J= 6.9 Hz), 5.40 (1 H, dt, J= 15.0, 7.1 Hz), 6.15 (1 H, dt, J= 15.0, 1.2 Hz)。
【0053】
一方のシス体のNMR:δH(400MHz,CDCl3)の分析結果は、次の通りである。
【0054】
NMR:δH(400MHz,CDCl3):2.29 (3 H, s), 2.59 (2 H, app.qd, J= 7.0, 1.2 Hz), 3.56 (2 H, t, J= 6.9 Hz), 5.57 (1 H, dt, J= 9.5, 7.0 Hz), 6.06 (1 H, dt, J= 9.5, 1.2 Hz)。
【0055】
(実施例3)。
合成中間体の一例である4-メチルチオ-3-ブテニルフタルイミド(化学式7、図1の化合物(III)参照)の合成例。
【0056】
フタルイミドカリウム(図1中の化合物(IV))15.1g(0.068×1.2 mol)にジメチルホルムアミド(40ml)と4-クロロ-1-メチルチオ-1−ブテン(化学式3、図1中の化合物(V)参照、X=Cl)9.25g(0.068 mol)を加え、約90℃で7時間攪拌した。反応液を室温に戻した後、濾過し、ジエチルエーテルで洗浄した。
【0057】
濾液と洗液を合わせ、濃縮した後、シリカゲルカラム(溶離液;ヘキサン−酢酸エチル, 10 : 1〜5 : 1)で精製して目的物を、トランス体優勢の混合物として得た。収量は15.02g、収率は90%(固体)であった。本混合物は、クロロホルム−ヘキサン系による再結晶により、トランス体のみを単離することができる。
【0058】
単離されたトランス体は、白色固体状であり、その融点は、98℃(lit. 100 - 101℃、文献値はTetrahedron,Suppl.8,33(1966)より)であり、NMRδH(400MHz,CDCl3)の分析結果は、次の通りである。
【0059】
NMR:δH(400MHz,CDCl3):2.19 (3 H, s), 2.49 (2 H, q, J= 7.2 Hz), 3.74 (2 H, t, J= 7.2 Hz), 5.36 (1 H, dt, J= 14.8, 7.2 Hz), 6.06 (1 H, d, J= 15.2 Hz), 7.65 - 7.78 (2 H, m), 7.78 - 7.90 (2 H, m)。
【0060】
なお、一方のシス体のNMRδH(400MHz,CDCl3)の分析結果は、次の通りである。
【0061】
NMR:δH(400MHz,CDCl3):2.15 (3 H, s), 2.53 (2 H, app.q, J= 7.2 Hz), 3.56 (2 H, t, J= 6.8 Hz), 5.57(1 H, dt, J= 9.6, 7.2 Hz), 5.98 (1 H, d, J= 9.6 Hz), 7.65 - 7.78 (2 H, m), 7.78 - 7.90 (2 H, m)。
【0062】
(実施例4)。
4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナート(化学式5、図1中の化合物(I)参照)の合成例。
【0063】
4-メチルチオ-3-ブテニルフタルイミド(化学式7、図1中の化合物(III)参照)8.0g(0.032 mol)に、メタノール(30ml)とヒドラジン一水和物(1.78 g, 0.032 x 1.1 mol)を加え、還流下、約2時間攪拌した。
【0064】
反応液を室温に戻し、ベンゼン(40ml)を加え反応液を濃縮した、反応液を濾過し、ベンゼンで洗浄(50ml)した後、濾液と洗液を濃縮した。約20gまで濃縮した後、テトラヒドロフラン(50ml)を加え、氷浴で冷却した。続いて、二硫化炭素(3.68 g, 0.032 x 1.5 mol)を加え、氷冷下3時間攪拌した。シアナミド(2.03 g, 0.032×1.5 mol)とトリエチルアミン(0.45 ml, 0.032×0.1 mol)を添加した後、約40℃で3時間攪拌した。
【0065】
反応液を濃縮後、ジエチルエーテルで抽出した。抽出液を濃縮し、シリカゲルカラム(溶離液;ヘキサン−ジエチルエーテル, 25:1)で精製し、目的物としてトランス体:シス体=4.5:1の混合物を得た。収量は4.43g、収率は86%(油状物)であった。なお、本化合物はシリカゲルカラム(溶離液;ヘキサン−ジエチルエーテル, 25 : 1)で精製可能であり、トランス体とシス体の各々を単離することができる。
【0066】
単離されたトランス体のNMRの分析結果は、次の通りである。
【0067】
NMR:δH(400MHz,CDCl3): 2.27 (3 H, s), 2.49 (2 H, app.qd, J= 7.1, 1.2 Hz), 3.52 (2 H, t, J= 6.6 Hz), 5.35 (1 H, dt, J= 15.0, 7.2 Hz), 6.20 (1 H, dt, J= 15.0, 1.2 Hz)。
【0068】
NMR:δC(100MHz,CDCl3):14.7, 33.8, 45.1, 120.0, 129.0, 131.2.
【0069】
なお、質量分析結果は、MS: m/z (DI) 159 (M+, 76 %)。赤外分光分析結果は、IR:νmax(neat)/cm-1 :2928, 2192, 2112, 1620, 1438, 1348, 1010, 938, 820, 684である。
【0070】
一方の単離されたシス体のNMRの分析結果は、次の通りである。
【0071】
NMR:δH(400MHz,CDCl3):2.31 (3 H, s), 2.52 (2 H, app.qd, J= 6.9, 1.2 Hz), 3.56 (2 H, t, J= 6.7 Hz), 5.53(1 H, dt, J= 9.4, 7.2 Hz), 6.12 (1 H, dt, J= 9.4, 1.2 Hz)。
【0072】
トランス体の1H-NMRは、日本食品科学工学会誌, 46, 528 (1999)等に記載されており、また、シス体の1H-NMRはActa Chem. Scand. 20, 698 (1966)に報告されているが、本実施例の結果は、これらの値とよく一致していた。
【0073】
(実施例5)。
本発明に係る中間体4−クロロ−1−メチルスルフィニル−1−メチルチオブタン(化学式2、図1中の化合物(VI)参照、X=Cl)、及び、4−クロロ−1−メチルチオ−1−ブテン(化学式3、図1中の化合物(V)参照、X=Cl)の植物病原菌に対する抗菌性試験。
【0074】
<病原菌培地の調整>
まず、Septoria tritici(S.t)コムギ葉枯病菌と、Burkholderia gulmae(B.g)イネもみ枯細菌病菌を寒天培地上で培養した。そして、蒸留水を用いて、コムギ葉枯病菌(S.t)については菌糸懸濁液(菌糸濃度:血球計算盤視野×100あたり菌糸1〜3個)を、イネもみ枯細菌病菌(B.g)については胞子/菌体懸濁液(胞子/菌体濃度1×10個/ml)をそれぞれ調整した。
【0075】
上記で調整した懸濁液を、コムギ葉枯病菌(S.t)については25℃、ポテト−デキストロースブロス培地(市販品)で、イネもみ枯細菌病菌(B.g)については30℃、感受性ブイヨン培地(市販品)で、それぞれ10倍希釈した。
【0076】
<病原菌の培養>
平底96穴のマイクロプレートを準備し、所定の薬剤濃度の100倍となるようにジメチルスルフォキシド(DMSO)に溶解した薬液1μlをマイクロプレートに添加した。そして、上記で調整した病原菌培地100μlを加え、よく攪拌した(「薬剤処理接種区」と称する)。薬剤無処理区として、DMSO1μlに上記で調整した病原培地100μlを加え、よく攪拌した(「薬剤無処理接種区」と称する)。また、バックグラウンド区として、薬液1μlに培地100μlを加え、よく攪拌した(「薬剤処理無接種区」と称する)。それぞれ、マイクロプレートの周囲をビニールテープで封じ、所定の温度で静置培養を行った。
【0077】
<吸光度測定>
上記培養後、マイクロプレートリーダーによる595nmにおける吸光度(A595)の測定を行った。各区の吸光度A値を用い、下記の計算式により生育抑制率を求めた。R=生育抑制(%)、At=薬剤処理接種区の吸光度値、Ac=薬剤処理無接種区の吸光度値、Au=薬剤無処理接種区の吸光度値とする。
【数1】

【0078】
<結果>
【0079】
実施例5では、本試験に係る中間体である、文献未記載の新規化合物4−クロロ−1−メチルスルフィニル−1−メチルチオブタン(化学式2、図1中の化合物(VI)参照、X=Cl)、及び、4−クロロ−1−メチルチオ−1−ブテン(化学式3、図1中の化合物(V)参照、X=Cl)は、400μg/mlの濃度で、上記のいずれの病原菌に対しても、得られた生育抑制Rをもとに表1の基準に従って、2以上の効果が観察され、抗菌活性を有することが明らかとなった。
【表1】

【0080】
以上の実施例の結果からわかるように、本発明によれば、ダイコン由来の天然物質である4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナート(図1の化合物(I))のトランス体を、工業的に取扱困難な原料の使用を避けながらも好収率で優勢に製造することができる。
【0081】
また、本製造方法における合成中間体である4−ハロゲノ−1−メチルスルフィニル化合物(4−ハロゲノ−1−メチルスルフィニル−1−メチルチオブタン)(化学式2、図1中の化合物(VI)参照)、及び、4−ハロゲノ−1−メチルチオ不飽和化合物(4−ハロゲノ−1−メチルチオ−1−ブテン)(化学式3、図1中の化合物(V)参照)は、文献未記載の新規化合物であり、本製造法の中間体として有効であるばかりでなく、これら自身も抗菌性を有し、抗菌剤としても利用できる。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明は、ダイコン由来の天然物質であって、抗菌活性を示す4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナートのトランス体の実用的な工業的製法として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】本発明に係る製造方法の全体合成過程を示す工程フロー図である。
【符号の説明】
【0084】
(I)4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアナート。
(II)4−メチルチオ−3−ブテニルアミン(合成中間体)。
(III)4−メチルチオ−3−ブテニルフタルイミド(合成中間体)。
(IV)フタルイミドカリウム。
(V)4−ハロゲノ−1−メチルチオ−1−ブテン(合成中間体)。
(VI)4−ハロゲノ−1−メチルスルフィニル−1−メチルチオブタン(合成中間体)。
(VII)メチル(メチルスルフィニルメチル)スルフィド。
(VIII)1,3−ジハロプロパン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の(1)〜(4)の工程を経る4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートの製造方法。
(1)次の化学式1に示す1,3-ジハロプロパンに炭素−炭素結合を一つ加えて、炭素数4の化学式2の物質を生成する工程。
【化1】

(X、Xは、同種又は異種のハロゲン原子を示す。)
【化2】

(Meは、メチル基(−CH)を示す。以下同様。)
(2)前記化学式2の物質を用いて、一端にハロゲン、他端にメチルチオ基を有する化学式3の不飽和中間体を生成する工程。
【化3】


(3)前記不飽和中間体のハロゲン(X)が結合する炭素原子において、炭素−窒素結合を達成した後、脱保護して次の化学式4のアミン化合物を生成する工程。
【化4】

(4)前記アミン化合物をイソチオシアナート化して、次の化学式5の4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートを得る工程。
【化5】

【請求項2】
化学式1の1,3-ジハロプロパンに、次の化学式6の物質を反応させて前記化学式2の物質を得ることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【化6】

【請求項3】
(1)の工程で得られる前記化学式2の物質を用いて、メチルスルフィニル基の脱離反応により、一端にハロゲン、他端にメチルチオ基を有する前記化学式3の物質を得ることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項4】
(2)の工程で得られる不飽和中間体にフタルイミドカリウムを反応させることにより炭素-窒素結合を達成して次の化学式7の物質を得た後、脱保護することを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【化7】

【請求項5】
前記化学式1の1,3-ジハロプロパンは、1-ブロモ-3-クロロプロパンであることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項6】
上記化学式2で表される4-ハロゲノ-1-メチルスルフィニル化合物。
【請求項7】
上記化学式3で表される4-ハロゲノ-1-メチルチオ不飽和化合物。

【図1】
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【公開番号】特開2007−8921(P2007−8921A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−150833(P2006−150833)
【出願日】平成18年5月31日(2006.5.31)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】