説明

B細胞悪性リンパ腫治療薬

【課題】本発明は、B細胞悪性リンパ腫に対する治療効果を有し且つ副作用の少ない薬剤を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明に係るB細胞悪性リンパ腫治療薬は、抗HMGB1モノクローナル抗体を有効成分とすることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、B細胞悪性リンパ腫を治療するための薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各国、特に先進国において悪性腫瘍は死亡原因の上位を占めているが、その根本的な治療法はいまだ確立していないのが現状である。悪性腫瘍の治療方法としては、主として外科的手術、放射線治療、および抗腫瘍薬の投与といった化学療法が挙げられ、それぞれに一長一短がある。
【0003】
悪性腫瘍の中でも悪性リンパ腫はリンパ系に生じ、上皮細胞由来の癌などとは異なり、リンパ系自体が全身組織であることから外科的手術による切除は不可能である。よって、治療手段としては一般的に放射線療法と化学療法が採用される。
【0004】
化学療法は全身に作用させることができるので、微小腫瘍組織や転移能を有する進行性悪性腫瘍に効果を示す。腫瘍細胞はもともと患者自身の細胞が正常な制御に反して無秩序に増殖したものであるので、放射線や抗腫瘍薬は腫瘍に対して治療効果を示すが、正常な細胞にもダメージを与えるという欠点がある。そこで、腫瘍に対する治療効果に優れ且つ副作用が少ないといった、より良い抗腫瘍薬の登場が期待されている。
【0005】
しかし、悪性リンパ腫は全身に発生するという性質上、腫瘍細胞が完全に消失したことを証明することはできない。それどころか、いったん治療した後にも再発する例が多いため、治療が困難であると考えられる。
【0006】
悪性リンパ腫は様々な分類がされており、その発生比率は人種、国や地域などにより異なる。例えば、リンパ球にはB細胞、T細胞とNK細胞があり、我が国では70〜80%がB細胞悪性リンパ腫、20〜30%がT細胞悪性リンパ腫で、NK細胞悪性リンパ腫は5%以下に過ぎないというデータがある。この様に、B細胞悪性リンパ腫は悪性リンパ腫の中でも高い比率で発生することがあるので、有効な治療手段が求められている。
【0007】
ところで、HMGB1(High Mobility Group box 1)は、げっ歯類からヒトまで95%以上のアミノ酸配列が等しいタンパク質である。このHMGB1は正常細胞にも存在するが、敗血症(全身性炎症反応症候群)において放出される菌体内毒素であるLPS(リポ多糖)による刺激によって血中濃度が上昇し、最終的な組織障害をもたらす。よって、特許文献1記載の技術では、炎症性サイトカインカスケードの活性化を特徴とする症状を治療するためにHMGB1アンタゴニストを投与しており、治療対象としてリンパ腫も例示されている。しかし当該特許文献1には、致死量のLPSを投与した敗血症モデルマウスの死亡率が抗HMGB1抗体の投与により低下した実験例が開示されているものの、他の疾患に対する抗HMGB1抗体の効果は実証されていない。
【0008】
特許文献2には、壊死組織により誘導される副作用の治療のための組成物として、HMGB1抗体等を含む組成物が開示されている。しかし、当該副作用としては、近傍の生存細胞の活性化、骨髄細胞の動員および活性化、内皮のバリア機能の喪失、浮腫のみが例示されており、B細胞悪性リンパ腫については記載されていない。
【0009】
また、本発明者らは従前より抗HMGB1抗体について研究を継続しており、特許文献3と4の通り、これまで抗HMGB1抗体の脳梗塞と脳血管攣縮に対する抑制効果を見出している。
【特許文献1】特表2003−520763号公報
【特許文献2】特表2005−537253号公報
【特許文献3】特開2007−119347号公報
【特許文献4】特許第3882090号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述した様に、抗腫瘍薬は一般的に腫瘍細胞のみならず正常細胞にもダメージを与え得るものである。また、B細胞悪性リンパ腫は悪性リンパ腫の中でも発生比率が比較的高いものであるので、より良い治療手段が求められている。
【0011】
そこで、本発明が解決すべき課題は、B細胞悪性リンパ腫に対する治療効果を有し且つ副作用の少ない薬剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、B細胞悪性リンパ腫の治療に有効な薬剤につき種々検討を進めた。その結果、抗HMGB1モノクローナル抗体が非常に優れた効果を有することを見出して、本発明を完成した。
【0013】
本発明のB細胞悪性リンパ腫治療薬は、抗HMGB1モノクローナル抗体を有効成分とすることを特徴とする。
【0014】
抗HMGB1モノクローナル抗体の投与量としては、後述する実験結果より、1回当たり0.2〜5mg/(kg体重)が好適であると考えられる。また、本発明のB細胞悪性リンパ腫治療薬の主成分は抗体であることから、投与形態としては静脈投与が好適である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の治療薬は、悪性リンパ腫の中でも比較的高い発生比率を示すB細胞悪性リンパ腫を効果的に抑制することができる。また、現在使用されている抗体薬剤を考慮すれば、重篤な副作用を生じる可能性は極めて少ないと考えられる。従って、本発明のB細胞悪性リンパ腫治療薬は、より良い治療手段が切望されているB細胞悪性リンパ腫を副作用なく効果的に治療できるものとして、極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明のB細胞悪性リンパ腫は、抗HMGB1モノクローナル抗体を有効成分とする。
【0017】
B細胞悪性リンパ腫は非ホジキン悪性リンパ腫の一種である。非ホジキン悪性リンパ腫にはB細胞悪性リンパ腫とT細胞悪性リンパ腫があるが、人種や地域などによってはT細胞悪性リンパ腫よりもB細胞悪性リンパ腫の発生比率の方が圧倒的に高い場合がある。その症状としてはリンパ節の腫大が見られるが、一般的には無痛であるために自覚症状がないままに悪化することから問題である。B細胞悪性リンパ腫は全身性であることから、その治療手段としては、患者の年齢や重篤度などにもよるが、一般的には多剤併用化学療法が採用される。よって、抗がん剤の副作用による患者への負担が大きいことから、B細胞悪性リンパ腫に対しては副作用のより少ない抗がん剤が求められていた。
【0018】
本発明者らは、先ずHMGB1がB細胞悪性リンパ腫の増殖を濃度依存的に高めることを見出した上で、さらに抗HMGB1モノクローナル抗体がB細胞悪性リンパ腫の増殖を有意に抑制することを確認した。なお、T細胞悪性リンパ腫についても同様の実験を行ったが、抗HMGB1抗体によりかえって増殖する場合があった。よって、現段階における本発明者らの知見によれば、抗HMGB1抗体による細胞増殖の抑制効果は、B細胞悪性リンパ腫に特異的なものであると考えられる。
【0019】
抗HMGB1モノクローナル抗体は、炎症反応などに関与すると考えられているHMGB1へ選択的に作用し、その作用機序は明らかではないが、B細胞悪性リンパ腫の増殖を抑制する。その一方で、基本的に他のケミカルメディエーター等には作用しない。よって、副作用が生じる可能性はないか、極めて少ないと考えられる。
【0020】
抗HMGB1モノクローナル抗体の調製は、常法に従えばよい。例えば、市販のHMGB1を用いてマウスやラット等を免疫し、その抗体産生細胞や脾細胞と骨髄腫細胞とを融合させてハイブリドーマを得る。このハイブリドーマをクローニングし、HMGB1へ特異的に反応する抗体を産生しているクローンをスクリーニングする。このクローンを培養し、分泌されるモノクローナル抗体を精製すればよい。
【0021】
本発明で使用する抗HMGB1モノクローナル抗体の種類は、特に制限されない。例えば、ヒト型抗体や完全ヒト抗体を用いることができる。
【0022】
本発明に係るB細胞悪性リンパ腫治療薬の剤形は特に問わないが、有効成分である抗HMGB1モノクローナル抗体がペプチドであることを考慮すれば、注射剤としての投与を志向して、溶液やエマルション製剤などの液状製剤とすることが好ましい。
【0023】
液状製剤の溶媒としては、pHを調整した生理食塩水やグルコース水溶液など、血漿の等張液を用いることができる。また、抗体を塩類等と共に凍結乾燥した場合には、純水、蒸留水、滅菌水等も使用できる。その濃度も通常の抗体製剤のものとすればよく、一般的には0.1〜1mg/mL程度、点滴用では0.02〜0.2mg/mL程度とすることができる。但し、注射剤の浸透圧は、血漿と同等にする必要がある。
【0024】
本発明のB細胞悪性リンパ腫治療薬は、単独で或いは他の抗腫瘍薬や治療手段と併用して使用する。他の抗腫瘍薬と併用する場合には、他の抗腫瘍薬の通常の使用量を抑制することができ、結果としてその副作用を軽減できると考えられる。
【0025】
本発明に係るB細胞悪性リンパ腫治療薬の投与頻度や投与量は、患者の重篤度や年齢などにより適宜調整すればよい。後述する実施例で示す通り、抗HMGB1モノクローナル抗体の濃度が1μg/mLの培地でも十分なB細胞悪性リンパ腫の増殖抑制効果が観察される。よって、投与すべき製剤の濃度や抗HMGB1モノクローナル抗体の投与量は適宜調整すればよいが、例えば1回当たり0.2〜5mg/(kg体重)投与することができる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0027】
実施例1 抗HMGB1モノクローナル抗体の調製
(a)ラットの免疫
市販のウシ胸腺由来HMGB1とHMGB2との混合物(和光純薬工業社製、コード番号:080−070741)1mg/mLを2mLガラス製注射筒にとり、別の2mLガラス製注射筒にとった等容量のフロイント完全アジュバンドと連結管を通じて徐々に混和することによって、エマルションとした。セボフルレンにより麻酔したラットの後肢足蹠に、得られたエマルションを0.1mLずつ、計0.2mL注射投与した。2週間後、頚静脈から試験採血し、抗体価の上昇を確認した。次いで、腫大した腸骨リンパ節を前記注射投与から5週間後に無菌的に取り出した。得られた2個のリンパ節から、約6×107個の細胞を回収することができた。
【0028】
(b)細胞融合とクローニング
上記腸骨リンパ節細胞とマウスミエローマSP2/O−Ag14(SP2)細胞を、ポリエチレングリコールを用いて融合させ、得られた融合細胞を96穴マイクロプレートに蒔いた。1週間後、最初のELISAスクリーニングを行ない、陽性ウェルについて、ウェスタンブロットにより二次スクリーニングを行なった。陽性を示すウェル細胞を24穴マイクロプレートに移し、細胞をほぼコンフルエントな状態(約2×105個)に殖やしてから、0.5mLの凍結培地(GIT培地にウシ胎児血清を10%とジメチルスルホキシドを10%添加したもの)を用いて、液体窒素中で凍結保存した。この凍結保存細胞を解凍した後、96穴マイクロプレートでクローニングした。
【0029】
(c)抗体の精製
回転培養装置(Vivascience社製)により上記陽性細胞を2週間大量培養し、濃度2〜3mg/mLの抗体液を得た。この抗体液をアフィニティゲル(インビトロジェン社製、MEP−HyperCel)と中性pH下で混和し、抗HMGB1抗体をゲルへ特異的に結合させた。特異的にゲルに結合した抗体を、グリシン−塩酸バッファー(pH4)により溶出した。溶出液を限外濾過装置により濃縮した後、セファロースCL6Bゲル濾過カラム(直径2cm×長さ97cm)によって、さらに精製した。
【0030】
得られたモノクローナル抗体は、HMGB1タンパク質のC末端配列である208EEEDDDDE215(Eはグルタミン酸を示し、Dはアスパラギン酸を示す)をエピトープとして特異的に認識する抗体である。例えば、HMGB1に類似するタンパク質としてHMGB2があるが、HMGB2には211以下のDDDDEの配列が存在しないため、本発明に係るモノクローナル抗体はHMGB2に結合せず、HMGB1のみを特異的に認識して結合することができる。
【0031】
実施例2 HMGB1による細胞増殖実験
液体培地(ニッスイ社製、製品名「RPMI 1640」)に、別途調製したヒトHMGB1を1×10-10〜1×10-6g/mLの濃度で溶解した。また、比較のためにHMGB1を添加しない培地も用意した。これら培地(1mL)を直径2cmのシャーレに加え、さらにB細胞悪性リンパ腫株であるFL18とFL218(医仁会武田総合病院の大野仁嗣先生より入手)をそれぞれ約20万個/mLの割合で添加した。なお、FL18はヒトB細胞悪性リンパ腫株であり、FL218は、アポトーシスの抑制作用を有するBcl−2遺伝子が欠損したFL18である。これらB細胞悪性リンパ腫株を37℃で48時間培養した後、各培地における細胞の濃度を顕微鏡で観察することにより測定した。FL18の結果を図1(1)に、FL218の結果を図1(2)に示す。なお、図1中の「*」は、得られた結果をDunnet’sテストにおいて検定した場合にp<0.05で有意差がある場合を示し、「**」はp<0.01で有意差がある場合を示す。
【0032】
図1の通り、HMGB1は濃度依存的にB細胞悪性リンパ腫Bの増殖を促進し、特に1×10-7〜1×10-6g/mLの濃度で増殖速度を有意に高めることが分かった。
【0033】
実施例3 抗HMGB1モノクローナル抗体による細胞増殖抑制実験
実施例1で得た抗HMGB1モノクローナル抗体を1μg/mLの濃度で液体培地に溶解した以外は上記実施例2と同様にして、2種のB細胞悪性リンパ腫株を37℃で48時間培養した。培養開始直後、並びに培養開始から2時間後、6時間後、18時間後、24時間後および48時間後における各培地の細胞の濃度を、上記実施例2と同様に測定した。FL18の結果を図2(1)に、FL218の結果を図2(2)に示す。
【0034】
図2の通り、抗HMGB1モノクローナル抗体はB細胞悪性リンパ腫の増殖を経時的に抑制している。よって、本発明に係る抗HMGB1モノクローナル抗体は、B細胞悪性リンパ腫の治療効果を有することが実証された。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】HMGB1によるB細胞悪性リンパ腫の増殖実験の結果を示すグラフである。(1)はFL18の結果を示し、(2)はFL218の結果を示す。
【図2】抗HMGB1モノクローナル抗体によるB細胞悪性リンパ腫の増殖抑制実験の結果を示すグラフである。(1)はFL18の結果を示し、(2)はFL218の結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗HMGB1モノクローナル抗体を有効成分とすることを特徴とするB細胞悪性リンパ腫治療薬。
【請求項2】
抗HMGB1モノクローナル抗体を、1回当たり0.2〜5mg/(kg体重)投与するものである請求項1に記載のB細胞悪性リンパ腫治療薬。
【請求項3】
静脈注射投与するものである請求項1または2に記載のB細胞悪性リンパ腫治療薬。

【図1】
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【図2】
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