説明

CE−MS分析のための検体の調製方法

【課題】網羅的キャピラリー電気泳動−質量分析(CE−MS)のための検体として使用することができる生体試料の調製方法を提供する。
【解決手段】生体試料を液−液分配して得た水−メタノール相を限外ろ過して試料溶液を得た後、これを、さらに逆相型固相に流して固相に吸着した物質が除去された通過液を回収することにより、CE−MSでの連続分析に適した水溶性イオン性物質を高純度で含有する検体を調製することができ、高効率で網羅的な測定が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キャピラリー電気泳動−質量分析(CE−MS)多検体連続分析のための検体の調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体の機能を解明するためには、遺伝子やタンパク質の発現のみならず、その全代謝物を網羅的に測定すること(メタボローム解析)が必要であると考えられている。しかし、生体内には、膨大な数の代謝物が存在し、且つその多くは、イオン性が高い、UV吸収がない、不揮発性、低濃度などの様々に異なる特徴を有するため、網羅的測定は簡単ではない。さらに、網羅的解析においては、各代謝物について複数回の測定を行って代表的な値を得、これを代謝物質間で比較解析することが通常行われている。再現性のある解析を行うためには、個々の代謝物を同じ条件で測定することが望ましい。したがって、網羅的解析のためには、多くの検体を一度に測定できる測定系が望まれる。
【0003】
例えば、筋肉、肝臓、血漿、脂肪、脳といった生体試料中には、アミノ酸等の多種類のイオン性物質が含まれている。これらのイオン性物質の極性は、広範囲にわたって分布しており、低極性物質から高極性物質まで、極性の異なる種々のイオン性物質が共存しているのが一般的である。イオン性物質を網羅的に測定するためには、キャピラリー電気泳動/質量分析装置(CE−MS)を用いた多検体連続分析が有効である。
【0004】
CE−MSは、水溶性のイオン性物質を分析する手段であるため、あらかじめ生体試料から水溶性物質を分離して、その分離した水溶性物質のみを分析対象とすることが好ましい。生体試料からの水溶性物質の調製法としては、クロロホルム等の水と混じりあわない有機溶媒を用いた液−液分配が知られている。特許文献1では、肝臓や血清由来の代謝物質をCE−MS測定するため、肝臓や血清由来の試料をクロロホルムとメタノール水で液−液分配(ブライ&ダイヤー法)した後、水−メタノール相を限外ろ過して除タンパクすることにより、測定用試料(検体)を調製している。
【0005】
しかし、血漿および脂肪組織のようなタンパク質や脂質などを多量に含む生体試料を上述の調製法にて処理しても、連続的に多数の試料をCE−MS測定する場合、測定試料数が増すに従って、電気泳動に悪影響が出たり、測定感度が低下したり、ノイズが発生したりすることによって、測定されたデータの信頼性が低下する現象が認められる。よってタンパク質や脂質などを多量に含む生体試料の連続的CE−MS分析において、上述の液−液分配及び限外ろ過では不十分である。
【0006】
特許文献2には、非イオン性ポリマーからなる固相抽出剤に試料を吸着させ、酸を含む有機溶媒で溶出して得られた生成物を、液体クロマトグラフィー−質量分析で定量する方法が記載されている。しかし、上記方法は、化学的性質が類似した1〜数種類の標的物質を選択的に抽出するために用いられてきた方法であるため、数種の標的とそれ以外の物質を分離することができる一方で、網羅的測定用の試料の調製のため、特に極性が広範囲にわたる多種類のイオン性物質を生体試料から抽出するための方法としては、使用されていなかった。さらに、代謝物の化学的性質は多岐に渡るため、特許文献2のように酸性に偏った条件、又は塩基性に偏った条件下での調製は好ましくない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−192746号公報
【特許文献2】特開2007−147541号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、CE−MS多検体連続分析のための検体として使用することができる生体試料の調製方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、生体試料中の多種類のイオン性物質を損なうことなく抽出する方法を検討した結果、ブライ&ダイヤー法に従って、生体試料を液−液分配して得た水−メタノール相を限外ろ過して試料溶液を得た後、これを、さらに逆相型固相に流して固相に吸着した物質が除去された通過液を回収することにより、CE−MSでの連続分析に適した水溶性イオン性物質を高純度で含有する検体を調製することができることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は以下を提供する。
(1)生体由来の試料を液−液分配及び限外ろ過工程の後、逆相型固相による固相抽出にかけて該固相に吸着した物質を除去し、得られた生成物を網羅的キャピラリー電気泳動−質量分析(CE−MS)のための検体として取得することを特徴とする、網羅的CE−MSのための検体の調製方法。
(2)前記逆相型固相がシリカゲル又はポリマーを基材とする固相である(1)記載の方法。
(3)前記逆相型固相がC1〜C18アルキル基で修飾されたシリカゲル基材を備える固相である(1)記載の方法。
(4)試料が血漿又は脂肪組織である、(1)〜(3)いずれか1に記載の方法。
(5)生体由来の試料から(1)〜(4)いずれか1に記載の方法により調製された検体をキャピラリー電気泳動−質量分析装置を用いて連続分析することを特徴とする、生体由来の試料の網羅的測定方法。
(6)連続分析が20検体以上の連続分析である、(5)記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、生体試料から、CE−MSでの連続分析に適した水溶性イオン性物質を高純度で含有する検体を調製することができる。本発明によれば、従来CE−MSでの連続分析が困難であった血漿のようなタンパク質や脂質を多量に含む生体試料中の多種類の水溶性イオン性物質を、CE−MS多検体連続分析により、高効率で網羅的に測定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】固相未処理検体のCE−MS連続分析結果(トータルイオンエレクトロフェログラム:TIE)。a)1体目、b)15検体目、c)30検体目。
【図2】固相処理検体のCE−MS連続分析結果(TIE)。a)1検体目、b)15検体目、c)48検体目。
【図3】固相抽出処理による除去成分の薄層クロマトグラフィー像。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明によるキャピラリー電気泳動−質量分析(CE−MS)のための検体の調製方法においては、生体由来の試料を液-液分配及び限外ろ過工程の後、逆相型固相による固相抽出にかけて該固相に吸着した物質を除去し、得られた生成物を網羅的キャピラリー電気泳動−質量分析(CE−MS)のための検体として取得する。
生体由来の試料としては、生体から採取されたあらゆる細胞、組織、及び体液、例えば、皮膚、筋肉、骨、脂肪組織、脳神経系、心臓及び血管等の循環器系、肺、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓、消化器系、胸腺、リンパ、血液、血清、血漿、リンパ液、唾液、尿、腹水等、及びその培養物が挙げられる。血漿及び脂肪組織が好ましく、血漿がより好ましい。
【0014】
生体由来の試料は、逆相型固相による固相抽出にかける前に、標的とする水溶性イオン性物質以外の物質をある程度除去しておくことが好ましい。例えば、試料を、必要に応じてホモジナイズした後、遠心、ろ過等にかけ、細胞片や不溶性物質などの夾雑物を予め除去しておくとよい。あるいは/さらに、液−液分配や限外ろ過等の公知の方法により、予めある程度の除脂質、除タンパク処理を施しておいてもよい。例えば、従来公知のブライ&ダイヤー法に従って、試料をメタノール水に溶解させた後クロロホルムを加えて液−液分配し、得られた水−メタノール相を遠心限外ろ過することにより、試料中の脂質及びタンパク質をある程度除去することができる。
【0015】
固相抽出法は、一般に、夾雑物を吸着、保持させ測定対象物質を通過させる方法と測定対象物を吸着、保持させ夾雑物を通過させる方法に大別される。本発明の調製方法における逆相型固相による固相抽出では、逆相型固相に試料を通して該固相に吸着した物質を除去し、該固相からの通過液を回収する。試料を固相に通過させる方法は特に限定されないが、例えば、当該固相を充填したカラムに当該試料を投入すればよい。
【0016】
本発明の方法で使用される逆相型固相としては、特に限定はしないが、シリカゲルを基材とした固相又はポリマーを基材とした固相が好ましく、シリカゲルを基材とした固相がより好ましい。シリカゲル固相基材の修飾剤としては、アルキル基、シアノプロピル基、シクロヘキシル基等が挙げられるが、アルキル基が好ましい。アルキル基としてはC1〜C18が挙げられるが、C4、C8及びC18が好ましく、C8がより好ましい。
ポリマー固相基材としては、ジビニルベンゼンポリマー(疎水性)、ジビニルベンゼンとメタクリレート(親水性)の共重合ポリマー、ジビニルベンゼンとN−ビニルピロリドン(親水性)の共重合ポリマー等が挙げられるが、疎水性ポリマーと親水性ポリマーの共重合ポリマー基材が好ましく、ジビニルベンゼンとN−ビニルピロリドンの共重合ポリマーがより好ましい。
【0017】
必要に応じて、さらに固相に溶離液を通過させ、当該固相に残留している水溶性イオン性物質を溶出液として回収してもよい。
疎水性が高い物質は逆相型固相に保持されやすい。したがって、逆相型固相を使用する場合、固相量が多くなると、夾雑物をより多く除去できる一方で、疎水性の強い物質、例えばトリプトファンやフェニルアラニン等が固相に吸着されて通過液中に十分流出しないことがある。このような場合は、メタノールのように水と混和可能な有機溶媒を含む溶離液を用いることによって、固相に吸着された物質の中からこれらの疎水性の高いイオン性物質を選択的に溶出させることができる。
また、芳香環を有するポリマー基材や修飾剤は、疎水性でかつ芳香環を有する物質(例えば、トリプトファン等)との親和性が高い。そのため、このような基材又は修飾剤の固相を、疎水性でかつ芳香環を有する物質が含有されている可能性がある試料の処理のために使用する場合は、通過液を回収した後、極性の低い溶離液を用いた溶出をさらに行なってもよい。
【0018】
固相抽出に使用する逆相型固相の量は、固相基材の修飾剤の種類に応じて変化し得る。例えば、使用する固相の量としては、ポリマーを基材とする固相では、生体由来の試料10〜100mgに対して、ジビニルベンゼン−N−ビニルピロリドン重合体の場合、10〜100mg、好ましくは10〜50mgの量を使用すればよい。
シリカゲルを基材とする固相の場合、アルキル基修飾逆相型固相の使用量は、生体由来の試料10〜100mgに対して、C1では200mg〜10g、好ましくは500mg〜5gの量であればよく、C2では200mg〜10g、好ましくは200mg〜2gの量であればよくC4では100mg〜2g、好ましくは100mg〜1gの量であればよく、C8では50〜500mg、好ましくは100〜200mgの量であればよく、C18では50〜200mg、好ましくは50〜100mgの量であればよく、シアノプロピル基修飾逆相型固相の使用量は、50〜500mg、好ましくは100〜200mgの量であればよい。
上記アルキル基修飾逆相型固相の量は、その炭素数に応じて、当業者が適宜決定することができる。例えば、C8の100mgを基準として、それよりも炭素数が短いアルキル基を有する固相は、100mg以上の固相を用いる、もしくは試験例1よりも溶離液量を減らすことが好ましい。C8よりも炭素数が長いアルキル基を有する固相は、100mg以下の固相を用いるか、又は溶離液量を増やす、もしくは溶離液中の有機溶媒比率を高めることによって、対応することが可能である。
固相中の試料の通過速度は特に限定されないが、1mL/min以下が好ましい。
【0019】
溶離液は、夾雑物を溶離させず、水溶性イオン性物質を溶出させるものであればよい。例えば、溶離液としては、シリカゲルを基材とする固相の場合、C1およびC2、C4アルキル基修飾固相では5〜20%メタノール水溶液が好ましく、C8アルキル基修飾固相では5〜40%メタノール水溶液が好ましく、C18修飾固相では5〜60%メタノール水溶液が好ましく、シアノプロピル基修飾固相では5〜20%メタノール水溶液が好ましい。
ジビニルベンゼン−N−ビニルピロリドン重合体を基材とする固相の場合、10〜50mg固相を用いるときは溶離液として5〜40%メタノール水溶液が好ましく、50〜100mg固相を用いるときは40〜60%メタノール水溶液が好ましい。
溶離液の量や濃度は、試料や固相の種類によって最適化すれば良いが、固相に吸着した水溶性イオン性物質が回収される量であれば良く、一般的には固相体積の数倍〜20倍量使用すれば良い。溶離液の量が増すに従い溶出物が希釈されるので、2〜10倍量がより好ましい。
【0020】
あるいは、本発明の方法においては、必要に応じて、上記に挙げた逆相型固相抽出手順を複数組み合わせてもよい。当該組み合わせとしては、例えば、同じ量の異なる逆相型固相による処理の組み合わせ、異なる量の同じ逆相型固相による処理の組み合わせ、同じ量の同じ逆相型固相による処理の組み合わせ、等が挙げられる。
【0021】
本発明の方法において、使用する逆相型固相の量、種類、及びその他の処理条件は、試料の種類や量に合わせて最適化すればよい。
例えば、試料が血漿の場合、実施例にて後述するが、C8修飾のシリカゲルを基材とした場合、血漿100μlに対して固相100〜200mgを使用すればよい。あるいは、逆相型固相を2つ以上用いる方法もある。具体的には、1つ目の逆相型固相に試料をのせ、通過液を回収後、1つ目の固相を洗浄液(5%メタノール水溶液等、タンパク質や脂質が溶出しなければ、種類や濃度は限定されず、固相種と量によって決定される)で洗浄し、その洗浄で得られた通過液を2つ目の逆相型固相にのせ、通過液を回収する。その後、2つ目の固相を洗浄液(20〜40%メタノール水溶液等、タンパク質や脂質が溶出しなければ、種類や濃度は限定されず、固相種と量によって決定される)で洗浄し、得られた通過液を回収してもよい。肝臓、筋肉等についても同様である。
【0022】
脂肪組織では、例えば、C8修飾のシリカゲルを基材とした逆相型固相を2つ用いて、組織重量50mgに対して、1つ目の固相(100mg)の通過液を回収後、5%メタノール水溶液等の洗浄液で固相を洗浄し、その洗浄で得られた通過液を2つ目の固相(100mg)に供し、その通過液を回収後、2つ目の固相を20〜40%メタノール水溶液等の洗浄液で洗浄し、その洗浄で得られた通過液を回収すればよい。
また、ジビニルベンゼン−N−ビニルピロリドン重合体を基材する固相の場合では、例えば、用いる固相量は1つ目、2つ目ともに30mgとし、固相をそれぞれ40%、60%メタノール水溶液で洗浄すればよい。
洗浄液の種類や濃度は限定されず、固相種と量によって決定される。
【0023】
上記固相抽出処理により試料中の代謝物のうち、CE−MS分析の標的となる多種類のイオン性物質は、当該固相に結合できないかあるいは殆ど結合できないため、通過液及び必要に応じて溶出液として回収される一方、CE−MS分析の標的にならないタンパク質や脂質等は、当該固相に吸着されるため、通過液中には殆ど含有されない。よって、当該固相の通過液を回収することによって、CE−MS分析に適した、水溶性イオン性物質を含み、タンパク質や脂質を殆んど含まない検体を調製することができる。
【0024】
斯くして調製された検体は、生体試料由来の水溶性イオン性物質を高純度で含有するため、CE−MS分析の検体として有用である。特に、当該検体は、タンパク質や脂質を殆ど含まないため、CE−MSによる多検体連続分析を行っても、主にタンパク質や脂質からの悪影響を原因とする電気泳動の遅延や、測定感度の低下、ノイズの発生等の問題が生じにくい。よって、本発明の調製方法で調製された検体を用いることにより、20検体以上、好ましくは30検体以上、より好ましくは48検体以上を、高精度で、連続的にCE−MS分析することが可能となる。
【0025】
したがって、本発明はまた、生体試料から上記本発明の検体調製方法によって調製された検体を、CE−MSを用いて連続分析することを特徴とする、生体試料の網羅的測定方法を提供する。本発明に従って調製された検体を用いることによって、20検体以上、好ましくは30検体以上、より好ましくは48検体以上の高精度CE−MS連続分析が可能となるため、生体試料の網羅的測定を効率よく行うことが可能となる。
【0026】
上記本発明の網羅的測定方法において、CE−MSの条件は、検体の種類や、標的とするイオン性物質の種類等に依存して、当業者が通常の知識に基づいて適宜設定すればよい。
標的とするイオン性物質としては、陽イオン性物質、陰イオン性物質、ヌクレオチド類等が挙げられ、例えば、グリシン、プトレシン、ベータアラニン、アラニン、2−アミノ酪酸、ガンマーアミノ酪酸(GABA)、スペルミン、セリン、シトシン、ウラシル、カルノシン、クレアチニン、プロリン、バリン、トレオニン、ホモセリン、タウリン、ヒドロキシプロリン、イソロイシン、ロイシン、クレアチン、オルニチン、アスパラギン、オルニチン、アスパラギン酸、ヒポキサンチン、アントラニル酸、チラミン、スペルミジン、グルタミン、リシン、グルタミン酸、メチオニン、グアニン、ヒスチジン、カルニチン、フェニルアラニン、アルギニン、シトルリン、チロシン、トリプトファン、ウリジン、シチジン、アデノシン、イノシン、S-アデノシルメチオニン、S-アデノシルホモシステイン、グアノシン、乳酸、2−オキソ酪酸、3−ヒドロキシ酪酸、フマル酸、2−オキソイソ吉草酸、コハク酸、リンゴ酸、2−オキソグルタル酸、ホスホエノールピルビン酸、グリセロール3リン酸、グルコース1リン酸、フルクトース6リン酸、グルコース6リン酸、フルクトース1,6ビスリン酸、シスーアコニット酸、グルコン酸、AMP、IMP、GMP、ADP及びNAD+等が挙げられる。これらの物質は従来CE−MSで測定されており、その測定条件は知られている。
【0027】
例えば、キャピラリー電気泳動−飛行時間型質量分析計(CE−TOFMS)を用いる場合、特開2007−192746号公報に記載の条件に従って測定を行うことができる。
例えば、陽イオン性物質測定のための条件としては、
キャピラリー電気泳動(CE)の分析条件: フューズドシリカキャピラリー(内径50μm、外径350μm、全長100cm);キャピラリー温度 20℃;緩衝液 1Mギ酸(pH約1.8);印加電圧 +30kV;試料注入 加圧法(50mbar、3秒間)
飛行時間型質量分析計(TOFMS)の分析条件: 正イオンモード;イオン化電圧 4kV;フラグメンター電圧 75V;スキマー電圧 50V;OctRFV電圧 125V;乾燥ガス 窒素(温度300℃、圧力10psig);シース液 50%メタノール溶液。質量較正用にレゼルピン(m/z 609.2807)を0.5μMとなるよう混入し10μ/minで送液する。レゼルピン(m/z 609.2807)とメタノールのアダクトイオン(m/z83.0703)の質量数を用いて得られた全てのデータを自動較正する。
また例えば、陽イオン性物質測定のための条件としては、
キャピラリー電気泳動(CE)の分析条件: SMILE(+)キャピラリー(内径50μm、外径350μm、全長100cm);キャピラリー温度 20℃;緩衝液 50mM酢酸アンモニウム(pH8.5);印加電圧 −30kV;試料注入 加圧法(50mbarで30秒間)
飛行時間型質量分析計(TOFMS)の分析条件: 負イオンモード;イオン化電圧 3.5kV;フラグメンター電圧 100V;スキマー電圧 50V;OctRFV電圧 200V;乾燥ガス 窒素(温度300℃、圧力10psig);シース液 5mM酢酸アンモニウム−50%メタノール溶液。質量較正用に20μMPIPESおよび1μMレゼルピン(m/z 609.2807)を加え10μ/minで送液する。レゼルピン(m/z 609.2807)とPIPESの1価(m/z301.0534)と2価(m/z150.0230)の質量数を用いて得られた全てのデータを自動較正する。
【実施例】
【0028】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0029】
実施例1:固相抽出処理検体の調製
内部標準を含むメタノール0.9mLにヒト血漿100μLを滴下し、酵素を失活させ、代謝の亢進を止めた。溶液を十分攪拌させた後、クロロホルム1mL、超純水400μLを加え、遠心分離(4600g、10min、4℃)して液−液分配を行った。得られた水−メタノール相を450μLずつ限外ろ過フィルター(分画分子量3,000)2本に供し、遠心分離(9100g、4h、4℃)した。ろ液600μLを遠心エバポレーターによって遠心乾固させ、調製試料を得た。
メタノール水溶液を用いて固相(シリカゲル基材C8修飾逆相型固相:充填重量100mg)のコンディショニングを行った。上記調製試料を400μLの超純水に溶解させ、当該固相に添加し、通過液を回収した。次いで、5%メタノール水溶液を1mLを固相に添加し、溶出液を別途回収した。回収したこれらの水溶液を混合し、遠心エバポレーターによって溶媒除去して、検体を調製した。
【0030】
参考例:キャピラリー電気泳動−質量分析(CE−MS)条件
後述の試験例1〜5で使用したCE−MSの測定条件を以下に示す。

(A)陽イオン性物質測定条件(カチオンモード)
(i)キャピラリー電気泳動装置の測定条件
キャピラリーカラム :ヒューズドシリカ、内径50μm×全長100cm
緩衝液 :1Mギ酸水溶液
電圧 :+30kV
キャピラリー温度 :20℃
サンプル注入 :50mbar、3秒

(ii)飛行時間型質量分析装置の測定条件
極性 :ポジティブ
キャピラリー電圧 :4,000V
フラグメンター :75V
ドライングガス :N2
ドライングガス 温度 :300℃
噴霧器ガス圧 :10psig
シース液 :50% MeOH/Water
Flow rate :10μL/min

(B)陰イオン性物質測定条件(アニオンモード)
(i)キャピラリー電気泳動装置の測定条件
キャピラリーカラム :COSMO(+) 、内径50μm×全長110cm
緩衝液 :50mM 酢酸アンモニウム水溶液(pH8.5)
電圧 :-30kV
キャピラリー温度 :20℃
サンプル注入 :50mbar、30秒
(ii)飛行時間型質量分析装置の測定条件
極性 :ネガティブ
キャピラリー電圧 :3,500kV
フラグメンター :100V
ドライングガス :N2
ドライングガス 温度 :300℃
噴霧器ガス圧 :10psig
シース液 :5mM酢酸アンモニウム含有 50% MeOH/Water
Flow rate :10μL/min

(C)ヌクレオチド物質測定条件(ヌクレオチドモード)
(i)キャピラリー電気泳動装置の測定条件
キャピラリーカラム :ヒューズドシリカ、内径50μm×全長100cm
緩衝液 :50mM 酢酸アンモニウム水溶液(pH7.5)
電圧 :+30kV
キャピラリー温度 :20℃
サンプル注入 :50mbar、30秒
(ii)飛行時間型質量分析装置の測定条件
極性 :ネガティブ
キャピラリー電圧 :3,500kV
フラグメンター :100V
ドライングガス :N2
ドライングガス 温度 :300℃
噴霧器ガス圧 :10psig
シース液 :5mM酢酸アンモニウム含有 50% MeOH/Water
Flow rate :10μL/min
【0031】
試験例1:固相抽出処理検体のCE−MS連続分析
実施例1で調製した検体に超純水25μLを加え、キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析装置(CE−TOFMS)に供した。カチオンモードで検体中のイオン性物質測定を行った。対照としては、固相抽出処理を行わなかった検体を用いた。
固相抽出処理の条件は以下のとおりであった。
対照 固相:なし
実施例1 固相:シリカゲルを基材C8修飾逆相型固相(充填重量:100mg)
【0032】
固相未処理検体(対照)と固相抽出処理検体(実施例1)のCE−MS連続分析におけるトータルイオンエレクトロフェログラム(TIE)を、それぞれ図1及び図2に示す。血漿試料を固相抽出処理をせずにCE−MS連続分析にかけた場合、1検体目には通常の電気泳動時間で明瞭なピークが観察されたが(図1a)、連続分析が進むにつれて、電気移動時間の遅延、ピーク強度の低下及びピークスプリットが観測された(図1b、c)。一方、固相抽出処理を行った実施例1の検体をCE−MS連続分析にかけた場合、48検体の連続分析を行ってもなお、ピーク強度の低下も電気移動時間の遅延もなく、安定した分析結果が得られた(図2a、b、c)。
【0033】
試験例2:CE−MS分析の再現性評価
下記処理1〜5の各処理条件において、実施例1と同様の手順で検体を調製し、得られた検体を試験例1と同様の手順でカチオンモードでCE−MS分析を行い(各条件につきn=6)、分析の再現性を調べた。
【0034】
固相抽出処理の条件は以下のとおりであった。
処理1:シリカゲルを基材としたC8修飾逆相型固相(充填重量:100mg)
処理2:ジビニルベンゼン−N−ビニルピロリドン重合体ポリマーを基材とした
逆相型固相(充填重量:60mg)
処理3:ジビニルベンゼン−N−ビニルピロリドン重合体ポリマーを基材とした
修飾逆相型固相(充填重量:30mg)
処理4:ジビニルベンゼン−N−ビニルピロリドン重合体ポリマーを基材とした
逆相型固相(充填重量:10mg)
処理5:固相抽出処理なし(対照)
【0035】
結果を表1に示す。処理1〜5の条件全てにおいて、ほぼ全てのイオン性物質のRSD(相対標準偏差)値が10%以内という良好な結果が得られ、本方法により信頼性のあるCE−MS分析結果が得られることが示された。芳香環を有するポリマー基材を用いた場合、疎水性且つ芳香環を有する物質(Trp)の定量値が低い傾向があり(処理2)、基材と測定物質との吸着が示唆されたが、基材の量を調整することで定量値の低さを改善することができた(処理3及び4)。
【0036】
【表1】

【0037】
試験例3:前処理による検体回収率
処理1と処理3の条件下でのイオン性物質の回収率を調べた。実施例1に従って血漿試料を限外ろ過した後、ろ過液の一方には濃度既知の表2に記載のイオン性物質(標準物質混合品)を含む超純水(添加系)を、もう一方には超純水のみを加え(無添加系)、両者を実施例1と同様の手順で、試験例2に記載した処理1と処理3の条件下で固相抽出処理した。得られた検体を試験例1と同様の手順でカチオンモードでCE−MS分析して各物質の濃度を求め、下記式に従って回収率を計算した。

回収率(%) =
{固相処理試料(添加系)中の物質濃度−固相未処理試料(無添加系)中の物質濃度}÷ 標準物質混合品中の物質濃度 ×100
結果を表2に示す。何れの処理でも、ほぼ全ての物質の回収率が約80〜120%の範囲内に収まっていたが、Trpの回収率において処理1がより良好であった。
【0038】
【表2】

【0039】
試験例4:CE−MSアニオンモード分析
試験例1と同様の手順で、試験例2に記載した処理1及び5の条件下で試料を処理して、得られた検体をアニオンモードでCE−MS分析した。次いで、処理1の条件で処理して得られた検体について試験例3と同様の手順でアニオンモードでの回収率を計算した。
表3は分析の再現性を、表4は回収率を示す。
【0040】
【表3】

【0041】
【表4】

【0042】
試験例5:検体回収試験
実施例1と同様の手順でヒト血漿から調製試料を得、次いでこれを試験例2に記載した処理1、ならびに下記処理6及び7の各条件で固相抽出処理してCE−MS分析用検体を得た。
処理6:メタノール水溶液を用いて固相(シリカゲル基材C8修飾逆相型固相:充填重量200mg)のコンディショニングを行った。上記調製試料を400μLの超純水に溶解させ、当該固相に添加し、通過液を回収した。次いで、30%メタノール水溶液を2mLを固相に添加し、溶出液を別途回収した。回収したこれらの水溶液を混合し、遠心エバポレーターによって溶媒除去して、検体を調製した。
処理7:メタノール水溶液を用いて固相(ポリマーを基材としたジビニルベンゼン−N−ビニルピロリドン重合体修飾逆相型固相:充填重量30mg)のコンディショニングを行った。上記調製試料を400μLの超純水に溶解させ、当該固相に添加し、通過液を回収した。次いで、40%メタノール水溶液を2mLを固相に添加し、溶出液を別途回収した。回収したこれらの水溶液を混合し、遠心エバポレーターによって溶媒除去して、検体を調製した。
【0043】
得られた検体を試験例1と同様の手順でカチオンモード及びアニオンモードでCE−MS分析し、試験例3と同様の手順で回収率を計算した。
表5に回収率を示す。
【0044】
【表5】

【0045】
試験例6:固相抽出処理による除去成分回収
試験例5においてCE−MSにて測定する検体を回収した後の処理1、6及び7の固相にメタノールを添加し、溶出液を回収し、溶媒除去した。この回収物をそれぞれメタノール:クロロホルム=1:1の溶液で再溶解させ、薄層クロマトグラフィー(TLC)プレートにスポットした。その後、クロロホルム:メタノール:水=65:25:4混合溶媒にて15cm展開した。
図3に薄層クロマトグラフィーの結果を示す。何れの検体においても、CE−MSによるイオン性物質の連続測定に悪影響を与える脂肪酸や脂質、ペプチド等が同程度除去されていることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体由来の試料を液−液分配及び限外ろ過工程の後、逆相型固相による固相抽出にかけて該固相に吸着した物質を除去し、得られた生成物を網羅的キャピラリー電気泳動−質量分析(CE−MS)のための検体として取得することを特徴とする、網羅的CE−MSのための検体の調製方法。
【請求項2】
前記逆相型固相がシリカゲル又はポリマーを基材とする固相である請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記逆相型固相がC1〜C18アルキル基で修飾されたシリカゲル基材を備える固相である請求項1記載の方法。
【請求項4】
試料が血漿または脂肪組織である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
生体由来の試料から請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法により調製された検体をキャピラリー電気泳動−質量分析装置を用いて連続分析することを特徴とする、生体由来の試料の網羅的測定方法。
【請求項6】
連続分析が20検体以上の連続分析である、請求項5記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−145398(P2012−145398A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−2942(P2011−2942)
【出願日】平成23年1月11日(2011.1.11)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)