説明

Caco−2細胞を用いたエステル含有化合物の消化管吸収性の予測方法

【課題】 カルボキシエステラーゼの活性を阻害した条件下で膜透過性を予測し、プロドラックとしての挙動のみを正確に把握できるような評価系を確立すること。
【解決手段】 カルボキシルエステラーゼの阻害剤で前処理したCaco−2細胞を用いることを特徴とする、エステル含有化合物の消化管吸収性の予測方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Caco−2細胞を用いた、エステル含有化合物の消化管吸収性の予測方法及びエステル含有化合物の消化管吸収性を予測するための吸収性評価システムに関する。
【背景技術】
【0002】
Caco-2細胞は、ヒト結腸悪性腫瘍から単離された細胞で、フィルター上で培養すると単層膜を形成する。その単層膜表面には微絨毛(microvillus)突起を持った刷子縁、細胞間には密着帯(tight junction)が存在し、小腸の上皮細胞と同様の形態を有する。また、糖、アミノ酸、オリゴペプチド、胆汁酸等に対する各種の輸送担体が発現していることが明らかにされており、MDR1、MDR3、MRP1〜6等のABC(ATP-binding cassette) transporterの発現に関しては、Caco-2細胞とヒト空腸で、良好な相関を示すことが報告されている。さらに、薬物を経口投与したあとの吸収性とCaco-2細胞単層膜透過性は、良好な相関を示すことが報告されており、in vivoでの吸収をより簡便に予測するための腸管上皮細胞モデルとして繁用されている(非特許文献1)。しかしながら、酵素の発現に関しては、Caco-2細胞において小腸上皮細胞と同様の酵素が存在するものの、そのアイソザイムや発現量は異なることがわかっている。本発明においては、それらの酵素の中でもカルボキシルエステラーゼ(CES)に着目した。
【0003】
吸収性の低い薬物のプロドラッグ化の際には、エステル結合、アミド結合、チオエステル結合が導入されることが多い。これらの加水分解を担う酵素としてカルボキシルエステラーゼ(CES)が挙げられ、これはCaco-2細胞にも発現している。CESは多くの加水分解酵素の中でカルボン酸のエステルを水解する酵素の代表で、特徴として1)活性中心にセリン残基を有し、酵素活性が有機リン化合物により著しく阻害される、2)酵素のサブユニット分子量は60kDa前後であり、多くはアスパラギン(Asn)結合型の糖鎖を含む糖タンパク質である、3)C-末端にHXEL配列を持つアイソザイムは、小胞体膜にKDELレセプターを介して結合する、等が挙げられる。
【0004】
CESはアミノ酸の相同性によって、CES1からCES4ファミリーに分類され、主にCES1ファミリーとCES2ファミリーのアイソザイムが薬物代謝に重要な役割を果たしている(非特許文献2)。分子量はCES1CサブファミリーとCES4ファミリー以外のサブファミリーのアイソザイムに関しては約60kDaであり、3量体もしくは単量体として存在する。またCES2ファミリーのアイソザイムは、実験動物及びヒトにおいて小腸に常在的に発現するため、経口投与されたプロドラッグや肝のトランスポータを介して胆汁排泄された薬物の小腸における代謝において、重要な役割を果たすと考えられる。
【0005】
肝臓にはCES1ファミリーのhCE1が、小腸にはCES2ファミリーのhCE2が主に発現し、生体の防御システムを構築しているが、腸上皮細胞モデルとして用いられるCaco-2細胞にはヒト小腸とは異なり、hCE1が多く発現する。そのため、Caco-2細胞単層膜による透過性から、エステル含有薬物のヒト小腸における吸収性を予測することは危険である。
【0006】
【非特許文献1】Artursson P, Palm K and Luthman K (2001) Caco-2 monolayers in experimental and theoretical predictions of drug transport. Adv Drug Deliv Rev 46:27-43.
【非特許文献2】Satoh T, Taylor P, Bosron WF, Sanghani P, Hosokawa M and Du BN (2002) Current progress on esterases: from molecular structure to function. Drug Metab Dispos 30:488-493.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の通り、Caco-2細胞はヒト大腸癌由来のセルラインで、吸収性予測のためのモデル細胞としてハイスループットの評価系で繁用されている。Caco-2細胞はヒト大腸由来であるが、ヒト小腸に存在する酵素・トランスポーターを有していることも特徴の一つである。しかしながら、異物加水分解に係わるカルボキシエステラーゼの発現はヒト小腸と異なっており、プロドラッグ等のエステル含有化合物の吸収性において、間違った予測をすることがある。そこで、本発明は、カルボキシエステラーゼの活性を阻害した条件下で膜透過性を予測し、エステル含有化合物としての挙動のみを正確に把握できるような評価系を確立することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明では、Caco-2細胞単層膜透過過程において基質がCESによって加水分解されてしまうことが、透過性評価にどのような影響を及ぼすか検討するために、まず、エステル含有薬物であるTemocapril及びp-Nitrophenyl acetate(PNPA)の加水分解パラメータに及ぼすCaco-2細胞培養条件の影響と、培養日数によるCES発現量の変動を検討した。さらに、CESの影響を考えずに薬物の透過性のみを評価することを目的として、受動拡散されるButyryl- propranolol(BT-PL)を基質として不可逆的なCES阻害剤であるBis (p-nitrophenyl)-phosphate(BNPP)の前処理濃度の決定を行い、その条件下での他の化合物に対する透過性への影響を検討した。また、BNPP阻害条件下におけるエステル含有薬物であるTemocaprilの透過性の評価を行った。BT-PL及びBNPP、Temocapril、PNPAの構造を図1に示す。その結果、カルボキシルエステラーゼの阻害剤によって前処理したCaco−2細胞を用いることによって、エステル含有化合物の吸収性を正確に予測できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明によれば、カルボキシルエステラーゼの阻害剤で前処理したCaco−2細胞を用いることを特徴とする、エステル含有化合物の消化管吸収性の予測方法が提供される。
【0010】
本発明の別の側面によれば、カルボキシルエステラーゼの阻害剤で前処理したCaco−2細胞から構成される、エステル含有化合物の消化管吸収性を予測するための消化管吸収性評価システムが提供される。
【0011】
好ましくは、エステル含有化合物はエステル含有薬物である。
好ましくは、カルボキシルエステラーゼの阻害剤は、ビス(p−ニトロフェニル)ホスフェートである。
【発明の効果】
【0012】
カルボキシルエステラーゼの阻害剤でCaco−2細胞を前処理することにより、Caco−2細胞透過時の加水分解は約10%まで阻害された。また、細胞間隙透過への影響は全くなく、トランスポーターに対する影響も全くないことを種々の基質で確認した。ビス(p-ニトロフェニル)ホスフェート等のカルボキシルエステラーゼ阻害剤による処理という簡単な細胞の前処理により、これまで誤った膜透過性の判断を下していた可能性のある薬物の見直しが可能になる。即ち、本発明によるエステル含有化合物の吸収性の予測方法及びエステル含有化合物の吸収性を予測するための吸収性評価システムは、医薬品開発分野において、正確な医薬品の吸収性の予測に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本発明によるエステル含有化合物の消化管吸収性の予測方法は、カルボキシルエステラーゼの阻害剤でCaco−2細胞を前処理することを特徴とする。本発明の一例においては、Caco−2細胞を通常のように培養し、透過実験の前に、カルボキシルエステラーゼの不可逆的阻害薬であるビス(ニトロフェニル)ホスフェートを約40分間作用させ、その後、細胞を洗浄、短時間の培養をした後、通常の透過実験に供することができる。
【0014】
本発明で用いるCaco-2細胞は、ヒト大腸癌由来の細胞で、多孔性のメンブレンフィルター上に融合性単層膜を形成する。Caco-2細胞単層膜のapical(腸管)側には微繊毛を持つ刷子縁(brush border)を持ち、細胞間にはtight junctionが形成され小腸上皮の特徴に類似している。Caco-2細胞はその培養期間によってはトランスポーターやペプチダーゼなどの代謝酵素も発現することから小腸上皮細胞モデルとして繁用されている。透過性の測定は,膜を透過した供試化合物をHPLCなどで定量して行うことができる。
【0015】
本発明で用いるCaco-2細胞は、American Type Culture Collection (Rockville, MD, USA)から入手できる。具体的には、American Type Culture Collection社のカタログNo.HTB-37のCaco-2細胞を使用することができる。
【0016】
本発明で用いるエステル含有化合物の種類は特に限定されないが、好ましくはエステル含有薬物を使用することができる。エステル含有薬物は、生体内で加水分解酵素の作用により加水分解して活性体となる。また、エステル含有化合物としては、(1)プロドラッグ、(2)ソフトドラッグ、(3)アンテドラッグ、並びに(4)上記の特徴を有しないか、もしくは上記特徴を主張しない医薬品であってエステル結合を含有する化合物などが挙げられるが、本発明では、これらの何れを使用してもよい。
【0017】
本発明で用いるカルボキシルエステラーゼの阻害剤は特に限定されないが、好ましくは不可逆的な阻害剤であり、例えば、ビス(p−ニトロフェニル)ホスフェート(BNPP)などを使用することができる。
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0018】
A:実験方法
(1)試料
Butyryl-propranolol(BT-PL)は本研究室で合成したもの、Temocapril、Temocaprilatは三共株式会社から寄与されたものを用いた。Bis (p-nitrophenyl)phosphate(BNPP)、p-Nitrophenylacetate(PNPA)はナカライテスクより、ダルベッコ変法イーグル培地(Dulbecco's modified Eagle's medium: DMEM)、0.25%Trypsin-EDTA、Dulbecco's phosphate buffered saline (D-PBS)、Hank's balanced salt (HBS)、Ethylenediaminetetraacetic acid (EDTA)はSIGMA CHEMICAL Co.(USA)より購入した。D(+)-glucoseはWakoより、HEPESはDOJINDOより購入した。また、非必須アミノ酸(Non-essential amino acid:NEAA)、Penicillin-Streptomycin、L-glutamineはGIBCO製を、牛胎児血清(Fetal Bovine Serum:FBS)はCell Culture Technologies(CCT)より購入した。
その他、試薬はすべて市販特級品を、水はミリQ精製水を用いた。
【0019】
(2)Caco-2細胞の培養
Caco-2細胞は、カルチャーフラスコ(75cm2, TPP社製)を用いて37℃、5%CO2の条件で培養し、5〜7日毎に継代した。培地は、1%(v/v)非必須アミノ酸、10%(v/v)牛胎児血清、ベンジルペニシリンG(50Units/mL)及びストレプトマイシン(50μg/mL)、2mM L-グルタミンを含有するDulbecco's modified Eagle's medium(DMEM)を用いた。0.01%EDTAを含むDulbecco's phosphate buffered saline(PBS)を37℃、5分間処理後、適量の0.25%トリプシン/0.53mM EDTA溶液を添加し、細胞をフラスコの底からはぎ取り、DMEMに再懸濁した。血球計数盤にて懸濁液中の細胞数を計測したあと、透過実験に使用するTranswellポリカーボネートフィルター(3μm孔、Costar社製)の上部にDMEMで2.5×105cell/mLに希釈した細胞溶液1.5mLを播種し、フィルター下部にはDMEM 2.6mLを満たした。実験には28〜40継代のCaco-2細胞を使用した。
【0020】
21〜27日間培養してコンフルエントになった細胞を透過実験に用い、各操作後にTranswellの細胞上下間抵抗(transepithelial electrical resistance:TEER)をMillicell-ERSを用いて測定し、透過実験終了後に0.1%トリパンブルー染色によりCaco-2細胞の状態を確認した。
【0021】
(3)Caco-2細胞ホモジネートS9の作成
Transwellで3週間培養したCaco-2細胞をDulbecco's phosphate buffered saline(PBS(Ca, Mg free))で洗浄後、細胞をミクロスパーテルではぎ取り、SET buffer(0.29M sucrose, 1mM EDTA, 50mM Tris(hydroxymethyl) aminomethane)により再懸濁し、ポリトロン処理後(目盛:30000、5sec×1+3sec×1)、テフロン(登録商標)ガラスホモジナイザーを用いて粗ホモジネートを調製した。以上の操作はすべて氷冷下で行い、得られた粗ホモジネートを9000g、4℃、20min遠心分離後の上清(S9)を分取した。
【0022】
(4)Caco-2細胞の加水分解パラメータに及ぼす培養条件の影響
(i)Temocapril の酵素溶液中における加水分解実験
上記の方法で作成したCaco-2細胞S9を50mM HEPES緩衝液で適当な蛋白含量になるように希釈し、その酵素溶液175μLを37℃、5minプレインキュベーション後、DMSOに溶解し、HEPES緩衝液で希釈したTemocapril(0.4〜4mM)を25μL添加し、初濃度50〜500μMで反応を開始した。一定時間後、冷アセトニトリル200μLを添加し、反応を停止した。これを3000rpm、10min遠心し、上清100μLに2%リン酸を50μL添加したものをHPLCサンプルとし、Temocaprilatを定量した。
【0023】
(ii)PNPAの酵素溶液中における加水分解実験
同様のCaco-2細胞S9を50mM HEPES緩衝液で適当な蛋白含量になるように希釈した酵素溶液1mLを37℃、5minプレインキュベーション後、DMSOに溶解したPNPA(5〜100mM)を5μM添加し、初濃度25〜500μMで反応を開始した。p-Nitrophenolの生成量から、酵素溶液の活性を求めた。生成したp-Nitrophenolを分光光度計(JASCO, V-530)を用いて経時的に波長405nmの吸光度を測定し、定量した。
【0024】
(5)阻害剤前処理濃度の決定
まず、基質として選択したButyryl-propranolol(BT-PL)の安定性について、EBSS(pH=6.0)、EBSS(pH=6.5)、HBSS(pH=7.0)+3%BSA、HBSS(pH=7.4) +3%BSA中で1時間インキュベーション後に存在するBT-PL及びPLを定量し、加水分解率を算出した。その結果より、透過実験に用いるAP及びBL側のbufferを決定した。
【0025】
次に、CESの特異的阻害剤であるBNPPの濃度を0〜500μMの範囲でCaco-2細胞に処理した後、決定した条件下でBT-PLの透過実験を行った。BT-PLはDMSOで溶解し、20mMのものを調製後、EBSS(pH=6.0)で希釈してAP側に添加した。BNPPはHBSS(pH=7.4)で希釈した。その実験方法を以下に示す。各操作後、すなわちTEER(1)〜TEER (4)において、細胞上下間抵抗(TEER)を測定し、さらに、透過実験終了後に0.1%トリパンブルー処理を行って、細胞の障害性を確認した。
【0026】
(1)HBSS洗浄×2
↓ TEER(1)
(2)BNNP処理:37℃、40分

(3)DMEM洗浄×2
DMEM:37℃、40min
↓ TEER(2)
(4)AP:EBSS
BL:HBSS+BSA 37℃、10分
↓ TEER(3)
(5)透過実験
↓ TEER(4)
(6)0.1%トリパンブルー処理
【0027】
透過実験は、図2に示すようにTranswellのフィルター上で21〜27日間培養したCaco-2細胞を用いて行った。この時、Caco-2細胞は単層膜を形成しており、薬物添加側をdonor、受容側をreceptorとした。
【0028】
フィルター上部をapical(AP、管腔)側、下部をbasolateral(BL、血管)側といい、AP→BLは吸収(absorption)過程を、逆にBL→APは分泌(secretion)過程を反映している。
【0029】
なお、Samplingはdonor側からは10μLを氷冷アセトニトリル150μL及び100mMリン酸40μLの入ったチューブに採取しEBSS(pH=6.0)140μLを加え、またreceptor側からは150μLを氷冷アセトニトリル300μL及び100mMリン酸40μL入ったチューブに採取し、遠心(3000rpm、4℃、10min)して除蛋白を行った後の上清をHPLCで定量した。
【0030】
また、receptor側にはHBSS(pH=7.0)+3%BSA 150μLを加えて総容量が変化しないようにした。
見かけの透過係数(Papp)は時間(sec)に対する単位面積当たりの累積透過量(μmol/cm2)をプロットし、その初期直線の傾きより次式に従って求めた。
【0031】
Papp=dQ/dt/A/C0
Q:透過量(μmol)
A:細胞表面積(cm2)
C0:初濃度(μM)
Papp:見かけの透過係数(cm/sec)
【0032】
さらに、決定したBNPP処理濃度(200μM)における他化合物の透過性への影響を、Taxol及びPropranolol(PL)はAP→BL、BL→AP両方向への透過性について、またプロトン共輸送されるGly-SarはpH勾配差による透過性について検討した。
【0033】
(6)定量法
(i)Butyryl-propranolol及びPropranolol
蛍光検出器(JASCO、820-FP)、ポンプ(JASCO、PU-980)、データ処理装置(SHIMADZU、C-R4A)を装備したHPLC装置を用いて、以下の条件で同時に定量した。BT-PL及びPLの保持時間はそれぞれ11min及び5.5minであった。
カラム;RP-Select B(関東化学、Cat No.16355-1B、250-4φmm、7μm)
移動相;20mM KH2PO4:アセトニトリル=1:1
流速;1.0mL/min
波長; Ex :285nm、Em:340nm
注入量;100μL
【0034】
(ii)Temocapril及びTemocaprilat
UV検出器(JASCO、875-UV)、ポンプ(JASCO、880-PU)、データ処理装置(SHIMADZU、CHROMATOPAC、CR7A plus)を装備したHPLC装置を用いて、以下の条件で同時に定量した。Temocapril及びTemocaprilatの保持時間は、それぞれ17.6min及び6.4minであった。
【0035】
カラム;Mightysil RP-18(関東化学、Cat No.25398-96、250-4.6φmm、5μm)
移動相;A液 ミリQ:アセトニトリル=3:7(10mMリン酸含有)
B液 ミリQ(10mMリン酸含有)
プログラム;0〜10min A:B=45:55
10〜20min 直線グラジエントでA液を100%にする
20〜25min A:B=100:0
25〜26min 直線的にA:B=45:55に戻す
流速;0.8mL/min
波長;258nm
注入量;120μL
【0036】
(7)タンパク質定量
Bradford法に準じ、ウシ血清アルブミン(BSA)を標準タンパク質として定量した。
【0037】
(8)活性染色
ポリアクリルアミド電気泳動後のゲルに、α-Naphthylacetateを基質として添加し、加水分解生成したα-Naphtholをfast red TRで染色した。
【0038】
【化1】

【0039】
B:実験結果
(1)Caco-2細胞の加水分解パラメータに及ぼす培養条件の影響
Transwellで3週間及びFlaskで1週間培養したCaco-2細胞S9間のTemocapril及びp-Nitrophenylacetate(PNPA)に対する加水分解パラメータを比較したところ、図3に示すように、どちらの基質に対してもTranswellとFlaskという培養条件の違いによる影響は見られなかった。
【0040】
(2)Caco-2細胞のCES発現に及ぼす培養日数の影響
Transwellで培養したCaco-2細胞の培養日数(7, 14, 21, 28days)における CES発現量の変動を検討した結果を図4に示す。
【0041】
図4では、小腸ミクロソームにはCES2ファミリーであるhCE2が高発現しているのに対し、Caco-2細胞S9にはどの培養日数でもCES1ファミリーのhCE1が高発現し、これは肝臓と類似したパターンであることがわかっている。
【0042】
今回、Caco-2細胞のCES発現を培養日数毎に検討したところ、21日(3週目)まではCES1・CES2ともに発現量は増加しているが、28日(4週目)で発現量の減少が認められた。通常、透過実験にはTranswellで21〜27日培養した細胞を用い、この期間はCESの発現量が変動しているので、透過実験時の加水分解活性に実験日により差が生じる危険性が考えられた。
【0043】
(3)阻害剤処理濃度の決定
CES発現量の変動の影響を考えずに薬物の透過性のみを評価するため、阻害剤前処理によるエステル含有医薬品のための評価系構築に関する検討を行った。
(i)Butyryl-propranolol(BT-PL)の安定性
受動拡散され、透過時に酵素以外の影響を受けにくいBT-PLを基質として選択し、まずその各buffer中におけるBT-PLの1hr後の安定性を検討した。
【0044】
図5より、AP側bufferの候補としてのEBSS(pH=6.0)及びEBSS(pH=6.5)に関しては、pH=6.0の方がpH=6.5に比べ1時間後の加水分解率が顕著に低いので、AP側bufferをEBSS(pH=6.0)にした。また、BL側のbufferとしては、HBSS(pH=7.0)+3%BSA及びHBSS(pH=7.4)+3%BSA間での加水分解率に大きな差は見られなかったが、AP-BL間のpH差は小さいほうが受動拡散によって膜を透過するBT-PLの透過性へ及ぼす影響が少ないので、BL側bufferをHBSS (pH=7.0)+3%BSAに決定した。
【0045】
(ii)BNPP処理によるCaco-2細胞への影響
今回用いたBNPP濃度範囲によるCaco-2細胞への影響について、細胞上下間抵抗(TEER)及びトリパンブルー処理の結果をそれぞれ図6と図7に示す。
【0046】
上記からわかるように、各操作後に測定した細胞上下間抵抗(TEER)の測定値の変動はどのBNPP濃度でも同じような傾向を示し、また透過実験終了後のトリパンブルー処理の結果はすべて20%以下と低い値を示しているので、今回用いたBNPPの濃度範囲ではCaco-2細胞へ大きな影響を与えることはないと判断した。
【0047】
(iii)BNPP処理濃度の決定
Caco-2細胞への影響を確認したBNPP濃度範囲で、Butytyl-propranolol (BT-PL)を基質としてCaco-2細胞単層膜のapical(AP)側に添加し、経時的にサンプリングを行ってその代謝物であるPropranolol(PL)と共に定量し、見かけの透過係数及び透過実験終了時である35分後の加水分解率を算出した。図8及び図9にその結果を示す。
【0048】
BT-PL;100μM
BNPP;0〜500μM
Caco-2 cell;p.32(24days, 26days), p.33(23days, 24days, 26days)
【0049】
図8より、100μM以上のBNPP前処理でButyryl-propranolol(BT-PL)のPappはほぼ一定し、また図9では、200μM以上のBNPP前処理で加水分解率は約10%に一定した。これらの結果より、CESの特異的阻害剤であるBNPPのCaco-2細胞に対する前処理の濃度を200μMに決定した。
【0050】
BNPP非存在下及び今回決定したBNPP処理濃度(200μM)存在下におけるBT-PL透過実験時の各薬物の挙動を図10に示す。
【0051】
BNPP非存在下では、CESの働きにより、添加したBT-PLの多くは加水分解され、PLとして透過(BL)側に検出された。一方200μMのBNPP存在下では、CESが阻害されることにより、添加したBT-PLはほとんどがそのままの形で透過(BL)側に検出された。
【0052】
(4)他化合物の透過性に対するBNPPの影響
今回決定したCESの特異的阻害剤であるBNPP処理濃度において、他の輸送系へ影響を与える事がないことを確認するため、排出トランスポータであるP-gp(Taxol)及びジペプチドトランスポータであるPepT-1(Gly-Sar)を介した薬物輸送や、細胞間隙輸送(D-Mannitol)及び受動輸送(Propranolol:PL)に関して、Taxol及びPLはAP→BL・BL→AP両方向への透過性について、またプロトン共輸送されるGly-SarはpH勾配差による透過性について検討した。
【0053】
BNPP;0及び200μM
Caco-2 cell;Taxol・・・AP→BL/p.29(26days)
BL→AP/p.30(24days)
Gly-Sar・・・pH=6.0/p.39(23days)
pH=7.4/p.39(24days)
D-Mannitol・・・p.37(24days), p.38(25days)
Propranolol・・・p.32(25days), p.33(23days)
【0054】
図11に示すように、それぞれの化合物での透過性は、BNPP(+)とBNPP(-)で差は見られなかった。これらの結果より、今回決定したCaco-2細胞へのBNPP(200μM)前処理は、P-gp・PepT-1を介した薬物輸送や、受動輸送、細胞間隙輸送には影響を与えないことを確認した。
【0055】
(5)Caco-2細胞におけるTemocaprilの透過性評価
今回決定したCES阻害剤(BNPP)濃度におけるTemocaprilの透過性について、吸収(AP→BL)過程及び分泌(BL→AP)過程の両方向で検討を行った。
Temocapril;100μM
BNPP;0μM/p.34(24days)
200μM/p.37(24days)
Sampling time;0〜120min
【0056】
【表1】

【0057】
表1から、Temocaprilの見かけの透過係数(Papp)はBNPP(−)とBNPP(+)においてはBNPP(+)の方がAP→BL・BL→AP両方向ともその値が大きくなっており、BNPPがCESを阻害することによりプロドラッグであるTemocaprilの透過性が増加していることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】図1は、BT-PL、BNPP、Temocapril、及びPNPAの構造を示す。
【図2】図2は、Transwell中のCaco-2細胞を示す。
【図3】図3は、Caco-2細胞S9におけるTemocapril及びPNPAの加水分解を示す。
【図4】図4は、小腸ミクロソーム(5μg)及びCaco-2細胞S9(17.5μg)をポリアクリルアミドゲル電気泳動し、α−ナフチルアセテートを用いてエステラーゼ活性について染色した結果を示す。
【図5】図5は、各緩衝液中で1時間後の加水分解率を示す。
【図6】図6は、TEERに対するBNPP処理の効果を示す。
【図7】図7は、0.1%トリパンブルーに対するBNPP処理の効果を示す。
【図8】図8は、BT−PLの透過性に対するBNPP処理の効果を示す。
【図9】図9は、35分後の加水分解率(%)に対するBNPP処理の効果を示す。
【図10】図10は、BT−PLのAP→BL輸送に対するBNPP(又はコントロール)の効果を示す。
【図11】図11は、タキソール(Taxol)、プロプラノロール(Propranolol)、 Gly-Sar及びD−マンニトールの輸送に対するBNPP処理の効果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボキシルエステラーゼの阻害剤で前処理したCaco−2細胞を用いることを特徴とする、エステル含有化合物の消化管吸収性の予測方法。
【請求項2】
エステル含有化合物がエステル含有薬物である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
カルボキシルエステラーゼの阻害剤が、ビス(p−ニトロフェニル)ホスフェートである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
カルボキシルエステラーゼの阻害剤で前処理したCaco−2細胞から構成される、エステル含有化合物の消化管吸収性を予測するための吸収性評価システム。
【請求項5】
エステル含有化合物がエステル含有薬物である、請求項4に記載の消化管吸収性評価システム。
【請求項6】
カルボキシルエステラーゼの阻害剤が、ビス(p−ニトロフェニル)ホスフェートである、請求項4又は5に記載の消化管吸収性評価システム。





【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−304619(P2006−304619A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−127858(P2005−127858)
【出願日】平成17年4月26日(2005.4.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年11月25日 社団法人日本薬学会九州支部発行の「平成16年度 第21回日本薬学会九州支部大会講演要旨集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年2月1日 社団法人日本薬学会発行の「日本薬学会 第125年会Webページ(http://nenkai.pharm.or.jp/125/pc/ipdfview.asp?I=815)」にて発表
【出願人】(504159235)国立大学法人 熊本大学 (314)
【Fターム(参考)】