説明

CdSe量子ドット及びその製造方法

【課題】単一反応において均一サイズのCdSe量子ドットを多数種合成でき、更に望む大きさの量子ドット分画を高度に再現性良く合成できるCdSe量子ドットの製造方法を提供すること。
【解決手段】Cd前駆体溶液とSe前駆体溶液を混合し、前記混合物を、110℃〜250℃の温度範囲で、0.20℃/分〜0.55℃/分の連続上昇温度勾配で7時間まで加熱することにより、単一反応において、サイズが5nm以下であり、サイズ分布が5%以下(2.55〜3.95%)であり、かつ量子収率が50〜70%である、目的のサイズを有するCdSe量子ドット分画を多数種(2〜10種類)合成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工業技術およびライフサイエンス技術で広範に応用に付されているCdSe量子ドット(ナノ結晶)及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工業技術およびライフサイエンス技術で広範に応用に付されているCdSe量子ドット(ナノ結晶)は大規模に生産することが必要である。ライフサイエンス実験で使われる量子ドットにはいくつかの要求項目があり、高品質(例えばドットサイズの分散が非常に小さいことや高量子収率であること)、形成プロセスの精度や再現性、すなわち異なるバッチでも同じ大きさ、同じスペクトル特性をもつ量子ドット分画を形成できなければならない。
【0003】
従来、CdSe量子ドットの製造方法として、数多くの文献で様々な方法が報告されてきた。初期の1986年頃には、非常に毒性の強いCdとSe含有物質を用いる方法が報告された(非特許文献1,2参照)。より安全な「グリーン」ケミストリアプローチによる高品質でほぼ均一なサイズのCdSe量子ドット合成法が、過去数年の間に発表されてきた(非特許文献3〜9参照)。
【0004】
これらの方法では基本的に「ホットインジェクション」法が用いられ、Cd前駆体とSe前駆体がミリ秒スケールという高速で280〜320℃の反応混合物に加えられる。ナノ結晶の形成は非常に速く、2〜3分以内に形成され、その後10分程度で遅れた成長と停止が生ずる。所望の大きさのナノ結晶を得るには、所望の時刻に反応を止める必要がある(例えば、「ホットインジェクション」開始の5、20、30秒後など)。反応の停止は急速冷却と有機溶媒中(クロロフォルム、メタノール、ブタノール、ヘキサン、トルエン)への投入によって行われる。しかし、このような一定の高温下では、非常に高速に反応が進むため、反応停止の正確な制御が困難である。
【0005】
また、高い一定温度での合成では、反応混合物中のナノ結晶の成長率は非常に高いので(非特許文献6)(図7)、異なるサイズの量子ドットが同時に反応混合物中にできてしまう。の文献の報告では量子ドットサイズ分画の分散は5〜10%であり、最も良好なものでも5%程度である(非特許文献6)。CdSe量子ドットの最も低いサイズ分布はタラピンらにより報告されている(非特許文献11参照)。非特許文献11には、サイズ4nmの直径を有する量子ドットのサイズ分布が約4%であったことが開示されているが、他のサイズあるいはサイズ分布については開示も示唆もされていない。また前記量子ドットの量子収率は10〜25%程度であり非常に低いものであった。
図7は高い一定温度(例えば290℃)において合成されたCdSeナノ結晶の典型的な成長飽和曲線であり、これはQu,L.とPeng,X.により確立された方法である(非特許文献6参照)。非常に迅速な成長が「ホットインジェクション」後150秒で観測され、その後遅れた成長と飽和に至る。
この時間内(150秒以内)でいくつかの異なる時刻で反応を止めること、および一つの反応混合物からいくつかの大きさの量子ドット分画に分離することは非常に難しい。さらに、分離された反応混合物から望む大きさの量子ドットのみを分離することは非常に困難である。
【0006】
「ホットインジェクション」法の一つのバリエーションとして、合成を約320〜340℃の高温で開始し、その後温度を降下させ、360〜290℃に固定する方法が報告されている(非特許文献10参照)。この場合にはいくつかの大きさの量子ドットに分けることが可能である。ただし、非特許文献10にはこれらの分画における、大きさの分散について報告されておらず、非特許文献10における15分後の量子ドットの吸収スペクトルは、明らかに10%以上の分散を示している。更に、すべてのCdSe量子ドットは低品質であり、蛍光スペクトルの半値全幅は約60〜70nmである(文献10の図2参照)。この方法では反応が非常に早く進行するので、大きさの制御を正確に行うこと、および一つの容器から複数の望む大きさの単一分散の量子ドットを得ることが難しい。しかも、更なる温度下降(240〜260℃以下へ)は結晶成長を止めてしまう。
非常に速い結晶成長では、単一反応において均一サイズのCdSe量子ドットの再現性を大きく低下させることが広く認識されている。再現性の劣る従来の方法では、望む大きさ、望むスペクトル特性、及び望む品質のナノ結晶を得るためには数回の合成反応を繰り返すことが必要である。従って、環境に排出される毒性の添加物の量は数倍にもなるという問題もある。
【0007】
【非特許文献1】Trindade,T.et al.Chem.Mater.1997,9(2):523−530.
【非特許文献2】Foos,E.E.et al.Chem.Mater.2006,18(12):2886−2894.
【非特許文献3】Epifani,M.et al.Chem.Mater.2007,19(20):4919−4924.
【非特許文献4】Peng,X.et al.J.Am.Chem.Soc.1997,119(30):7019−7029.
【非特許文献5】Peng,Z.A.&Peng,X.J.Am.Chem.Soc.2001,123:183−184.
【非特許文献6】Qu,L.&Peng,X.J.Am.Chem.Soc.2002,124(9):2049−2055.
【非特許文献7】Peng,Z.A.&Peng,X.J.Am.Chem.Soc.2001,123:1389−1395.
【非特許文献8】Peng,Z.A.&Peng,X.J.Am.Chem.Soc.2002,124(13):3343−3353.
【非特許文献9】Li,J.J.et al.J.Am.Chem.Soc.2003,125(41):12567−12575.
【非特許文献10】Xie,R.et al.J.Am.Chem.Soc.2005,127(20):7480−7488.
【非特許文献11】Talapin.et al.Nano Lett.2001,1:207−211.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記従来の技術における問題を解決することを目的とする。すなわち、本発明の目的は、単一反応において均一サイズのCdSe量子ドットを高度に再現性良くかつ容易なコントロールにより多数種合成できるCdSe量子ドットの製造方法を提供することである。
本発明の他の目的は、望む大きさとスペクトル特性を有し、高い均一サイズを有する量子ドット分画を高度に再現性良く合成できるCdSe量子ドットの製造方法を提供することである。
また、本発明の更なる目的は、Cd前駆体あるいはSe前駆体の利用率を高めて(収率の向上)、環境にやさしいCdSe量子ドットの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、下記に示す方法により、一つの反応から、複数のサイズのCdSe量子ドットを得ることができ、更に各分画中のCdSe量子ドットのサイズにおいて高い均一性を達成することを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、CdSe量子ドットを合成する方法であって、Cd前駆体溶液とSe前駆体溶液を混合し、前記混合物を0.10℃/分〜0.80℃/分の上昇温度勾配で、好ましくは0.20℃/分〜0.55℃/分の上昇温度勾配で、更に好ましくは0.20℃/分〜0.50℃/分の上昇温度勾配で加熱することを特徴とする方法、を提供する。
上記方法において、混合物を加熱は110℃〜250℃の温度範囲で行うことが好ましい。
上記方法において、Cd前駆体溶液中のCdとSe前駆体溶液中のSeの原子は、0.85:1〜1.10:1であることが好ましく、0.9:1〜1:1であることが更に好ましい。
また、上記方法において、Cd前駆体溶液が、炭素数10〜18の脂肪酸を含むことが好ましく、炭素数18の脂肪酸を含むことが更に好ましい。
【0010】
また、上記方法により製造される本発明の量子ドット分画は、サイズが5nm以下、好ましくは4nm以下でかつサイズ分布が5%以下である量子ドットからなり、量子収率が40〜80%、好ましくは50〜70%である、という従来に無い、狭いサイズ分布と高い量子収率を示す新規な量子ドット分画である。
また、上記量子ドット分画の発光スペクトル(ホトルミネセンス)の半値全幅(FWHM)は40nm以下であり、更に好ましくは27〜30nmである。
【0011】
上記方法は、反応において、(1)目的の大きさのCdSe量子ドットを成長させ、(2)各時点において新規量子ドットの成長のほぼ完全な抑制を行うものであり、これにより、サイズにおいて高い均一性を有し、かつ目的のサイズのCdSe量子ドットの分画を得ることを可能にしたものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の効果として以下が挙げられる。
1.正確で制御しやすいCdSe量子ドットの製造方法を提供する。例えば、2〜3nmの波長精度で、望む正確な放射波長のCdSe量子ドットを得ることが可能である。
2.非常に再現性の高いCdSe量子ドットの製造方法を提供する。従って、目的のサイズの量子ドットを容易に得ることができる。
3.複数の均一サイズのCdSe量子ドット分画を一つの反応混合物から精製することなく製造することができるCdSe量子ドットの製造方法を提供する。すなわち、一つの反応混合物中に2種類以上(例えば5種類以上、更に6〜10種類)の均一サイズのCdSe量子ドット分画が、経時的に順次合成されるため、順次分画を得ることにより、加熱を停止せず、かつそれぞれ精製せずに均一サイズの分画を得ることができる。更なるサイズ選択工程は、量子ドットの凝集を促進させ、最終の非凝集生成物の生成収率を低下させる。本発明の量子ドットフラクションは初期には非凝集体であり、高い透明性を有し、サイズ選択及び精製が不要である。
4.ほとんど完全にCd前駆体やSe前駆体を使用することが可能であり、環境にやさしいCdSe量子ドットの製造方法を提供する。
5.量子収率が非常に高いCdSe量子ドット分画を提供する。いうまでもなく量子収率が非常に高いCdSe量子ドット分画は、CdSe量子ドットを利用する全ての工業技術及びライフサイエンス技術分野において有利に用いることができる。
6.サイズ分布は非常に狭いCdSe量子ドット分画を提供する。サイズ分布が非常に狭いCdSe量子ドット分画は、特にライフサイエンス技術分野において有利に用いることができる。
7.発光スペクトルの半値全幅(FWHM)が非常に狭い(すなわちシャープなスペクトルである)CdSe量子ドット分画を提供する。発光スペクトルの半値全幅(FWHM)が非常に狭いCdSe量子ドット分画は、多重ラベリング及びイメージング、多重検知(multiple sensing)、2D及び3Dディスプレイ、蛍光標準において有利に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の方法は、Cd前駆体溶液及びSe前駆体溶液の混合物を0.20℃/分〜0.55℃/分の温度勾配上昇率で温度を上昇させて加熱することにより量子ドットを成長させる方法である。本発明の方法について以下詳述する。
【0014】
本明細書において、Cd前駆体とは、CdSeナノ粒子あるいはナノ結晶を形成するためのCd供給源となる物質(化合物、あるいは単体元素)を意味する。Cd前駆体の例としては、酸化カドミウム(CdO)、ジメチルカドミウム((CH32Cd)、カドミウムアセテート((CH3COO)2Cd)、カドミウムクロリド(CdCl2)、カドミウムナイトライト(Cd(NO32)が挙げられる。これらの中で、ジメチルカドミウム、酸化カドミウムが好ましい。ジメチルカドミウムの毒性を考慮すれば、酸化カドミウムが最も好ましい。
【0015】
本明細書において、Se前駆体とは、CdSeナノ粒子またはナノ結晶を形成するためのSe供給源となる物質(化合物、あるいは単体元素)を意味する。Se前駆体の例としては、セレンショット(Se−shot)、粉末状Se(Se−powder)、酸化セレン(SeO2)、セレノウレア(Selenourea)、ジエチルセレニウム(Diethylselenium)、ジエチルセレノカルバメート(Diethylselenocarbamate)が挙げられる。これらの中でセレンショット及び粉末状Seが好ましく、粉末状セレンが最も好ましい。
【0016】
本明細書において、Cd前駆体溶液とは、上記Cd前駆体を溶媒と混合した溶液であるが、Cd前駆体、溶媒の種類によっては完全な溶液ではなく、分散液である場合も含む。
Cd前駆体溶液中のCd前駆体濃度は、前駆体溶液の重量に対して、1.0〜2.0質量%程度であることが好ましい。例えば、脂肪酸8g、TOPO8g及びHDA12gに対して、Cd前駆体を0.45〜0.50g程度使用することが好ましい。
【0017】
Cd前駆体溶液を調整するための溶媒としては、炭素数10〜18の脂肪酸を用いることが好ましく、炭素数18の脂肪酸を用いることが更に好ましい。これらの脂肪酸の存在により、量子ドットを狭い範囲にサイズ分布を保つことが可能である。好ましい脂肪酸の例として、オレイン酸、ステアリン酸、パルミチン酸が挙げられる。これらの中では、オレイン酸またはステアリン酸が好ましく、ステアリン酸が最も好ましい。
脂肪酸の使用量は、前駆体溶液の重量に対して、20〜40質量%程度であることが好ましい。
【0018】
Cd前駆体溶液を調整するために更に、配位性溶媒を添加することが好ましい。本明細書において配位性溶媒とは、配位結合において金属原子を中心に配位できる溶媒である。
配位性溶媒の例としては、トリオクチルホスフィンオキサイド(TOPO)、トリオクチルホスフィン(TOP)、ヘキサデシルアミン(HDA)、テトラデシルホスホン酸(TDPA)、ドデシルアミン(DDA)、ジオクチルアミン(DOA)、トリオクチルアミン(TOA)、トリブチルホスフィン(TBP)、ヘキシルホスホン酸(HPA)、オクタデシルホスホン酸(ODPA)、オクタデシルアミン(ODA)、オクタデセン(ODE)、トリエチルオルトホルメート(TEOF)が挙げられる2種類以上の配位性溶媒を用いてもよい。上記配位性溶媒の中では、Cdの溶媒としてTOPO、HDA及びODAが最も好ましい。
また、TOPO及びHDAを組み合わせて用いることが好ましいが、この場合にはHDAを過剰に用いることが好ましい(例、TOPO:HDA=2:3〜2:5(質量比))。
配位性溶媒の使用量は、前駆体溶液の重量に対して、50〜98質量%程度であることが好ましい。
【0019】
Cd前駆体を、上記脂肪酸及び/または配位性溶媒に室温で添加し、次に少なくとも150℃まで加熱して溶解してCd前駆体を溶解し、Cd前駆体溶液を製造する。Cd前駆体溶液は必要に応じて、その後温度を低下させてもよい。一度溶液となったCd前駆体溶液は安定であり、温度を下げても固体の沈殿等は生じない。
【0020】
本明細書において、Se前駆体溶液とは、上記Se前駆体を上記配位性溶媒と混合した溶液であるが、Se前駆体、配位性溶媒の種類によっては完全な溶液ではなく、分散液である場合も含む。配位性溶媒は、Cd前駆体溶液に関して述べたものと同じものを用いることができる。
Se前駆体溶液中のSe濃度は、前駆体溶液の重量に対して、5〜15質量%程度であることが好ましく、8〜12質量%であることが更に好ましい。例えば、TOP7gに対して、0.71g〜0.79gの粉末状Seを使用することが好ましい。
【0021】
Se前駆体を、上記配位性溶媒に室温で添加し、次に少なくとも150℃まで加熱してSe前駆体を溶解し、Se前駆体溶液を製造する。Se前駆体溶液は必要に応じて、その後温度を低下させてもよい。一度溶液となったSe前駆体溶液は安定であり、温度を下げても固体の沈殿等は生じない。
【0022】
本発明の方法において、Cd前駆体溶液中のCdとSe前駆体溶液中のSeの原子比は0.85:1〜1.10:1が好ましく、更に0.9:1〜1:1であることが好ましい。
上記に示した以上の比でSe前駆体を用いると、定温状態で成長が完全に飽和せず、量子ドットが成長し続ける。すなわち、図1aは、2種類のCd:Se比(1:1及び1:5)における210℃でのCdSe量子ドットの成長曲線を示しているが、1:5の比の場合には、新規な量子ドットの成長が持続する。Se前駆体が過剰な状態では量子ドットは新規に連続的に形成され、このことはいくつかの異なるサイズの量子ドットが反応混合物中にそれぞれの時刻に同時に存在する結果となる。図1bは、Cd:Se=1:5におけるCdSe量子ドットの発光スペクトルであり、左側の点線が200℃で10分後、右側の黒色線が210℃で2時間後のスペクトルを表しているが、この図から、新たに成長した小さな量子ドットが存在することが明らかに示されている。Cd:Se前駆体比が1:1、もしくはわずかにCd前駆体が多い状態では、新たな量子ドットの成長開始(核形成)が抑制され、2時間後においても単一のスペクトルを示している(図1c)。この抑制はすでに形成されている「古い」量子ドットの成長抑制より強力である。従って、反応混合物中ではすでに形成済の「古い」量子ドットと同時に、新規量子ドットの形成が完全に止まる(図1a、図1c)。一方、過剰なCd前駆体を使用すると(Cd:Se前駆体比が1:1超)、合成の第一混合物中で量子ドットが凝集する。
【0023】
本発明の方法では、上述したCd前駆体溶液と、Se前駆体溶液を混合する。
混合する前に、Cd前駆体溶液を十分に溶解するため、少なくとも150℃で少なくとも30分加熱することが好ましい。
またSe前駆体溶液も、十分な溶解を達成させるために少なくとも150℃で少なくとも30分間加熱することが好ましい。
Cd前駆体溶液あるいはSe前駆体溶液の温度を適宜調整し、両者を混合する。各溶液の温度は、混合後の温度が、核形成を開始するための初期温度となるように調整することが好ましい。具体的には、例えば、一方の前駆体溶液の温度を150℃に調整し、一方の前駆体溶液の温度を室温程度まで冷却して、両前駆体溶液をすばやく混合することにより、約110℃の初期温度に調整することができる。
CdSeの核形成は、両前駆体溶液が混合されるとすぐに形成が始まる。110℃付近で良好な核形成が観察されるため、初期温度を110℃〜120℃、好ましくは110℃付近に設定することが好ましい。
【0024】
また、本発明の方法において、上昇温度勾配で加熱する前に一定温度(例えば110℃)で一定時間(少なくとも30分)加熱することにより、最初の量子ドットフラクションを得てもよい。
その後、0.10℃/分〜0.80℃/分の上昇温度勾配で加熱することにより、他のフラクションを得ることができる。
その後、初期温度から0.10℃/分〜0.80℃/分で、好ましくは0.20℃/分〜0.55℃/分で、更に好ましくは0.20℃/分〜0.50℃/分の上昇温度勾配で、混合物を加熱する。
なお、本明細書において、「上昇温度勾配で加熱する」とは、漸次的に反応混合物の温度が上昇するように、加熱装置を制御する態様をいうが、行う反応の規模、攪拌方法、加熱制御方法の種類等により、反応混合物の温度が多少上下する場合も含むことは当然である。
反応混合物の温度を上昇温度勾配で加熱する方法としては、油浴等の加熱浴と、投げ込みヒーター、マントルヒーター、ホットスターラー等の加熱手段及びこれを制御するコントローラーとの組合わせなど、当業者に公知の方法が挙げられる。
なお、本明細書において混合物の温度とは、混合物自体の温度をいい、油浴等の加熱装置の温度を意味しない。
上記加熱は、110℃〜250℃の温度範囲内で行うことが好ましい。より低い温度で加熱を行う場合には、核形成が停止し、低い品質の量子ドットが生成する(例えば、<10%の量子収率、ブロードなホトルミネセンススペクトル、大きなサイズ分布)。250℃より高い温度では、直径が>5nmの量子ドットが得られ、生成収率も非常に低い。
また、量子ドットの結晶性を良好にし、量子収率が高いCdSe量子ドットが得られるという観点から、本発明の反応の全工程を通して、不活性雰囲気下、例えば窒素気流下あるいはアルゴン気流下で行うことが好ましい。
【0025】
本発明の方法は、同時的でしかも再現性高く2種以上(6〜10種)の均一サイズCdSe量子ドットを単一反応において合成することを可能にするのである。この合成は緩慢な上昇温度勾配により達成され、上述の技術的仕様を守った場合にだけ可能となる。これは下記の状況によって可能となる。
−ある設定温度において、新たに合成された量子ドットの属性(主に狭いサイズ分布)を比較的長い時間、一定に(変化させずに)保つ条件の発見。
−反応混合物中のフリーCdとSe前駆体の存在下で、新規量子ドット形成を完全に停止させる条件の発見。
【0026】
本発明の方法における、0.10℃/分〜0.80℃/分の上昇温度勾配は、図2に示されるように、得られる量子ドットの合成プロセスにおける結晶成長曲線が時間に対して直線的に上昇するような温度勾配となるように制御することが好ましい。このような温度勾配を達成することにより、ワンポットで、複数の、目的サイズの単分散CdSe量子ドットを、正確なサイズ制御と高い再現性をもって、製造することができる。
本発明の方法において上昇温度勾配は0.10℃/分〜0.80℃/分、好ましくは0.20℃/分〜0.55℃/分、更に好ましくは0.20℃/分〜0.50℃/分である。
上昇温度勾配が、0.20℃/分より高い場合には、サイズ分布が狭くなり好ましい。また、上昇温度勾配が0.50℃/分より低い場合にも、サイズ分布が狭くなり好ましい。
【0027】
上記の方法により得られた量子ドット分画は、サイズが5nm以下であり、サイズ分布が5%以下であり、かつ量子収率が50〜70%である。より具体的には、例えば、〜3nmの直径を有し、サイズ分布が2.58%の量子ドット分画が得られる。
図4は、実施例の単一反応法で得られた4色のCdSe量子ドットのHR−TEM像を表している。それぞれ、2.38±0.10 nm、3.04±0.12 nm、3.66±0.14 nm、4.25±0.11 nmのサイズに相当する。
また、上記量子ドット分画の発光スペクトルの半値全幅(FWHM)は40nm以下であり、更に詳細には35nm以下である。図5は、実施例で得られた6つの異なるサイズのCdSe量子ドットの規格化蛍光発光スペクトルを表す。半値全幅は全てのスペクトルにおいて27〜30nm程度であり、これは得られたCdSe量子ドット分画が非常に狭いサイズ分布であることを示している。
【0028】
粒子サイズの測定は、透過型電子顕微鏡の画像等を用いた画像解析法、動的光散乱法、レーザ回折/散乱式測定法などを使用することができる。本明細書において特に述べない限り、粒子サイズは、HR−TEM(高分解能透過電子顕微鏡)法及び吸収スペクトルにより測定した粒子の直径を意味する。
量子収率は、Reiss et alに記載の方法により測定することができる。すなわち、365nmの発光波長における、クロロホルム(またはヘキサン)中の量子ドットのスペクトル積算発光を、同じ光学密度(<0.05)のローダミン6Gのエタノール溶液の発光に対する比をみたものである。本明細書において特に述べない限り、量子収率は、上記Reiss et al の方法により測定されたものを意味する。
【実施例】
【0029】
<実施例1>
以下の方法により、CdSe量子ドット分画を製造した。
(a)第一分画
Se粉末(0.7896g)を、トリオクチルホスフィン(TOP、7.4g)へ添加し、混合物を150℃まで加熱して(窒素気流下)、TOP−Seストック溶液を作成した。
別途、CdO(0.450g)及びステアリン酸(8g)をアルゴン雰囲気下、三口フラスコ中で150℃まで加熱した。CdOが溶解した後、溶液を室温まで冷却した。前記溶液に、トリオクチルホスフィンオキサイド(TOPO、8g)、及び1−ヘプタデシル−オクタデシルアミン(HDA、12g)を添加し、混合物を再び150℃まで加熱した。この温度において、4mLのTOP−Seストック溶液をすばやく反応チャンバー(カドミウム前駆体を含む)に注入し、核生成を開始した。
CdSe量子ドットが更に成長することを防ぐために、チャンバーの温度を110℃に40分間維持して、第一の色(青蛍光色)の分画を得た。2mLを反応混合物からシリンジにより抜き取り、20mLのクロロホルム中に加えた。
【0030】
更に、下記のようにして、直径が均一である5種類のCdSe量子ドット分画を得た。なお、各分画は、第一分画と同様に、反応混合物からシリンジにより抜き取り、クロロホルム中に加えて処理を行った。なお、下記の実験においてフラスコ中の反応混合物の加熱は、油浴にフラスコを浸漬し、油浴の温度を、温度勾配可変装置(PC−4200、アズワン製)が備えられたヒーターで温度制御して、下記に述べる速度で漸次上昇させた。
(b)第二分画
上記混合物の温度(110℃)を、一定の速度で、50分かけて120℃まで上昇させ(0.20℃/分)、第二の色(ダークグリーン蛍光色)の分画を得た。
(c)第三分画
上記混合物の温度(120℃)を、一定の速度で、60分かけて150℃まで上昇させ(0.50℃/分)、第三の色(黄緑蛍光色)の分画を得た。
(d)第四分画
上記混合物の温度(150℃)を、一定の速度で、80分かけて190℃まで上昇させ(0.50℃/分)、第四の色(黄蛍光色)の分画を得た。
(e)第五分画
上記混合物の温度(190℃)を、一定の速度で、100分かけて220℃まで上昇させ(0.30℃/分)、第五の色(オレンジ蛍光色)の分画を得た。
(f)第六分画
上記混合物の温度(220℃)を、一定の速度で、120分かけて250℃まで上昇させ(0.25℃/分)、第五の色(赤蛍光色)の分画を得た。
上記の温度上昇プロセスにより、図2に示される時間依存的な直線状あるいは線形の量子ドットの成長曲線が得られ、長時間において成長の各時刻におけるCdSe量子ドットサイズ分布を均一に保つことが可能となった。緩慢上昇温度勾配法によって量子ドットの成長曲線は7時間にわたって線形であり(図2)、この線形性により成長プロセスの厳密な制御が可能になったものである。
【0031】
得られた量子ドット分画を、高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)、DLS(Dynamic Light Scattering(動的光散乱法))、分光測光法及び分光蛍光分析法により特徴付けを行った。
UV/VIS吸収スペクトル法は、島津製作所製分光光度計を用いて測定した。ホトルミネセンス(PL)スペクトルは島津製作所製分光蛍光光度計を用いて測定した。HRTEM画像は、JEOL透過型電子顕微鏡を300kVで作動させることにより得た。
上記の方法により、下記表に示す6種類の直径が均一な分画を得た。
平均±標準偏差は、3回の異なる合成によって得られた各量子ドット分画の吸収スペクトルから、下記式に従って計算して得た(Yu,W.W.,Qu,L.,Guo,W.,Peng,X.Chem.Mater.2003,15,2854)。
【0032】
計算式:
D = (1.6122×10-9)λ4−(2.6575×10-6)λ3+(1.6242×10-3)λ2−(0.4277)λ+41.57
【0033】

*1:ローダミン6Gを標準物質(吸収を100%)としてクロロホルム中の積算発光比から得た。
【0034】
各分画の吸収波長を図3に示す。
4つの異なるサイズの量子ドットのHR−TEM像を図4に示す。HR−TEM像から計算された大きさは、吸収スペクトルから計算された大きさに厳密に一致した。量子ドットの蛍光スペクトルは非常にシャープで半値全幅が30nm程度であった(図5)。
【0035】
<実施例2>
Se粉末(0.7896g)を、トリオクチルホスフィン(TOP、7.4g)へ添加し、混合物を150℃まで加熱して(窒素気流下)、TOP−Seストック溶液を作成した。
別途、CdO(0.450g)及びステアリン酸(8g)をアルゴン雰囲気下、三口フラスコ中で150℃まで加熱した。CdOが溶解した後、溶液を室温まで冷却した。前記溶液に、トリオクチルホスフィンオキサイド(TOPO、8g)、及び1−ヘプタデシル−オクタデシルアミン(HDA、12g)を添加し、混合物を再び150℃まで加熱した。この温度において、4mLのTOP−Seストック溶液をすばやく反応チャンバー(カドミウム前駆体を含む)に注入し、核生成を開始した。
上記混合物の温度(110℃)を、一定の速度で、700分かけて180℃まで上昇させ(0.10℃/分)、分画Aを得た。
分画Aの量子ドットの、平均サイズは、約3nmであり、サイズ分布は約12%であり、量子収率は約28%であった。
【0036】
<実施例3>
Se粉末(0.7896g)を、トリオクチルホスフィン(TOP、7.4g)へ添加し、混合物を150℃まで加熱して(窒素気流下)、TOP−Seストック溶液を作成した。
別途、CdO(0.450g)及びステアリン酸(8g)をアルゴン雰囲気下、三口フラスコ中で150℃まで加熱した。CdOが溶解した後、溶液を室温まで冷却した。前記溶液に、トリオクチルホスフィンオキサイド(TOPO、8g)、及び1−ヘプタデシル−オクタデシルアミン(HDA、12g)を添加し、混合物を再び150℃まで加熱した。この温度において、4mLのTOP−Seストック溶液をすばやく反応チャンバー(カドミウム前駆体を含む)に注入し、核生成を開始した。
上記混合物の温度(110℃)を、一定の速度で、200分かけて270℃まで上昇させ(0.80℃/分)、分画Bを得た。 分画Bの量子ドットの、平均サイズは約3.5nmであり、サイズ分布は約9%であり、量子収率は約40%であった。
【0037】
<実施例4>
実施例1において得られた量子ドットの成長曲線を利用して、目的(サイズ3.5nm)のCdSe量子ドット分画の合成を試みた。
実施例1と同様のプロトコールで実験を開始し、4時間20分後に分画を得た。得られた分画は、サイズ3.55±0.09nmを有しており、本発明の高い再現性が示された。
更に2回、同様のプロトコールで実験を行い、4時間20分後に分画を得たところ、3.48±0.11nm及び3.52±0.10nmのサイズの分画がそれぞれ得られ、本発明の高い再現性を支持する結果となった。
図6aは、上記実験(3回のうちの1回)で得られた分画のHR−TEM像を、図6bは、吸収スペクトル(λmax=568nm)を、また図6cは蛍光スペクトル(λmax=585nm)を表す。
【0038】
以上のとおり、本発明の緩慢上昇温度勾配法によるCdSe量子ドットの合成法は、まさしく望むサイズと望むスペクトルを有する単分散量子ドット分画の分離を正確に制御することを可能にし、反応混合物中に存在する既存の量子ドットの成長が次の分画の分離に影響を与えることがない。得られた量子ドットは非常に高品質であり(最も良好なもので95%〜97%の均一分散という非常に良好なサイズ分布)、高い蛍光を示し(量子収率が80%に至る)、高い透過性を示す(粒子の凝集が無い)。しかも、すでに報告されている他の方法のように、300℃近辺での速い核形成に必要な「ホットインジェクション」(この操作は高温において非常に高速(ミリ秒レンジ)で正確な操作を必要とするので反応が再現性をさらに低くするリスクがあるのだが)を必要としない。本発明の方法では、量子ドットのサイズ分布は非常に狭い。その上、サイズ分布が合成プロセスにおいて改善される。
【産業上の利用可能性】
【0039】
量子ドットは二つの主要な分野において広範に応用されている。
(1)工業技術分野としては、LED、太陽電池の増感、波長キャリブレーションのための蛍光標準、繊維光センサー、UVコーティング及び硬化技術が挙げられる。
(2)ライフサイエンス技術としては、インビトロ及びインシツにおける分子及び細胞の光学的画像化、インビボにおける深部組織光学的画像化、多様な画像プローブの開発と、光学及びMRI、光学及びPET、光学及びX線の組み合わせを用いた多様な応用、最近、トキシン、爆発物及びその他の検知、腫瘍細胞の光増感化、時間分解スペクトル画像化、等が挙げられる。
本発明の方法により製造された量子ドットは、上記分野において使用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1a】2種類のCd:Se比における210℃でのCdSe量子ドットの成長曲線である。
【図1b】Cd:Se=1:5におけるCdSe量子ドットの蛍光スペクトルである。
【図1c】Cd:Se=1:1におけるCdSe量子ドットの蛍光スペクトルである。
【図2】制御した緩慢上昇温度勾配の条件下におけるCdSe量子ドットの成長曲線である。
【図3】6つの異なるサイズのCdSe量子ドットに対する規格化吸収スペクトルである。
【図4】単一反応法で得られた4色のCdSe量子ドットのHR−TEM像である。
【図5】6つの異なるサイズのCdSe量子ドットの規格化発光スペクトルである。
【図6a】緩慢上昇温度勾配法による設計サイズ(サイズ3.5 nm)のCdSe量子ドットのHR−TEM像を示す。
【図6b】緩慢上昇温度勾配法による設計サイズ(サイズ3.5 nm)のCdSe量子ドットの吸収スペクトル(λmax=568 nm)を示す。
【図6c】緩慢上昇温度勾配法による設計サイズ(サイズ3.5 nm)のCdSe量子ドットの− 蛍光スペクトル(λmax=585 nm)を示す。
【図7】一定の合成温度(290℃)におけるCdSe量子ドット成長の飽和曲線である(従来法)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CdSe量子ドットを合成する方法であって、Cd前駆体溶液とSe前駆体溶液を混合し、前記混合物を0.10℃/分〜0.80℃/分の上昇温度勾配で加熱することを特徴とする方法。
【請求項2】
110℃〜250℃の温度範囲で加熱することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
Cd前駆体溶液中のCdとSe前駆体溶液中のSeの原子比が、0.85:1〜1.10:1であることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
Cd前駆体溶液が、炭素数10〜18の脂肪酸を含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
110℃から120℃まで0.20℃/分〜0.5℃/分の上昇温度勾配で加熱することを含む、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
120℃から150℃まで0.20℃/分〜0.50℃/分の上昇温度勾配で加熱することを含む、請求項1〜5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
150℃から190℃まで0.20℃/分〜0.50℃/分の上昇温度勾配で加熱することを含む、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
190℃から220℃まで0.20℃/分〜0.5℃/分の上昇温度勾配で加熱することを含む、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
220℃から250℃まで0.20℃/分〜0.5℃/分の上昇温度勾配で加熱することを含む、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
CdSe量子ドットの結晶成長曲線が線形である、請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
サイズが5nm以下でかつサイズ分布が5%以下であり、量子収率が40〜80%(ローダミン6Gを標準物質とする)である、CdSe量子ドット。
【請求項12】
半値全幅(FWHM)が40nm以下の発光スペクトルを有する、請求項11に記載のCdSe量子ドット。

【図1a】
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【図1b】
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【図1c】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6b】
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【図6c】
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【図7】
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【図4】
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【図6a】
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【公開番号】特開2009−161372(P2009−161372A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−339936(P2007−339936)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年6月30日 http://pubs.acs.org/cgi−bin/abstract.cgi/inocaj/2007/46/i16/abs/ic062045s.htmlにおける発表
【出願人】(301032942)独立行政法人放射線医学総合研究所 (149)
【Fターム(参考)】