説明

DNA抽出剤およびそれを用いるDNA抽出方法

【課題】 農産物(穀類、野菜)、畜産物(肉類)、水産物(魚介類)、毛髪、体液、微生物等に含まれるDNAを迅速、簡便且つ安価に多数の検体からも抽出できる技術を提供する。
【解決手段】 緩衝液、SDSおよびプロテナーゼKを同時に添加、混合した水溶液から成るDNA抽出剤を用いる。このDNA抽出剤を検体に添加し加温処理した後、クロロホルム−イソアミルアルコール等を添加するという簡単な工程によりDNAを抽出できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種の検体(生物試料)からDNAを簡便且つ迅速に抽出することのできるDNA抽出剤およびそれを用いるDNA抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
DNA分析は、学問の分野においてのみならず、産業上または社会的ないろいろな要求からも益々重要になっている。例えば、食品産業の分野においては、食品の偽装表示問題などに因り食品の原材料のDNA分析の必要性が高まっており、この要求を満たすとともに食品の流通を妨げないために迅速な分析結果が求められている。DNAの分析は、大略、DNAの抽出、DNAの増幅、および解析の各工程から成り、このうち、DNAの抽出に特に時間を要する。
【0003】
DNAを抽出するための従来から知られている手法は、各種の酵素や試薬を用いる煩雑で多段階の工程から構成されている。例えば、米などの植物体からのDNA抽出には酵素法やCTAB法が知られている(非特許文献1:「DNA分析による稲品種の識別」独立行政法人食品総合研究所発行)が、このうち、酵素法は、DNAを抽出すべき検体を加熱処理する工程、その後に抽出バッファー(緩衝液)を加える工程、アミラーゼにより処理工程、更に、SDSとタンパク質分解酵素を加えて処理する工程を含む。また、CTAB法は、CTAB(臭化セチルトリメチルアンモニウム)を添加して処理する工程、抽出バッファーにより処理、除タンパク質処理工程等を複数回繰り返す煩雑な工程から成るものである。そして、これらの酵素法やCTAB法は、DNA抽出に6〜24時間以上必要であった。
【0004】
また、近年では磁気ビーズを使用した自動抽出装置(非特許文献2:「磁気ビーズを用いて行うDNA抽出」澤上 一美 Medical Technology, Vo.30, No.6, 623-624, 2002、非特許文献3:「磁性粒子を用いた小型自動核酸抽出装置」東條 百合子、小幡 公道 Medical
Science Digest, Vo.28(5), 48-51, 2002)が開発されている。約60分でDNAを抽出できるが、同時に処理できる検体数が6〜8検体と非常に少なく、多検体のDNA抽出を行う場合には、抽出時間が倍々に増えるという難点があった。さらに検体の種類によって試薬の変更が必要であり、汎用性に問題があった。
【非特許文献1】「DNA分析による稲品種の識別」独立行政法人食品総合研究所
【非特許文献2】「磁気ビーズを用いて行うDNA抽出」澤上 一美 Medical Technology, Vo.30, No.6, 623-624, 2002
【非特許文献3】「磁性粒子を用いた小型自動核酸抽出装置」東條 百合子、小幡 公道 Medical Science Digest, Vo.28(5), 48-51, 2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、上述したような問題を解決して、迅速、簡便且つ安価に多数の検体からDNAを抽出することのできる新しい技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に従えば、上記課題を解決するものとして、核酸抽出緩衝液に、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)およびプロテナーゼKを混合した水溶液から成ることを特徴とするDNA抽出剤が提供される。
【0007】
さらに、本発明は、DNAを抽出しようとする検体に前記DNA抽出剤を添加して50〜60℃の温度下で加温処理する工程、および前記加温処理後の検体からタンパク質を除去する工程を含むことを特徴とするDNAの抽出方法も提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、短時間で簡便かつ確実、安価に精製されたDNAの抽出が可能である。本発明のDNA抽出剤を用いて本発明のDNA抽出方法を実施すれば、例えば、20検体のDNA抽出を約80分、40検体のDNA抽出を約100分で行うことができる。また、大量の検体からDNAを抽出する場合においても、抽出工程が最小限であることから手間もかからず、検体の数に応じて抽出時間が倍々に増えるという難点も解消される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
背景技術の酵素法に関連した既述の説明から理解されるように、DNAを抽出するための従来の手法においては、緩衝液(抽出バッファー)、各種分解酵素、SDSを別々に順々に添加する作業を実施している。つまり緩衝液にDNAを溶出させて、不純物を順番に除去する手法である。
【0010】
これに対して、本発明のDNA抽出剤は、緩衝液、SDSおよびプロテナーゼKが同時に添加、混合されて成るこれまでにないユニークなDNA抽出剤である。すなわち、本発明のDNA抽出剤は、本来は不純物の除去に使用する分解酵素およびSDSを検体の細胞を破砕する目的で使用して、単一の工程で専らDNAの抽出収量および抽出速度が増加するよう構成されている。本発明に従うDNA抽出剤のこのような特徴は、緩衝液、分解酵素およびSDSの混合物が作用する最適温度と時間を検討することにより実現されたものである。
【0011】
上述したように、本発明のDNA抽出剤の特徴は、SDSおよび分解酵素(プロテナーゼK)を第一義的には細胞の破砕目的で使用することにある。かくして、本発明のDNA抽出剤を構成する水溶液中、安価で細胞の破砕能力の高いSDSは、濃度10%のSDSに換算して4〜8体積%含有される。これに対して、従来の手法におけるように主として不純物の除去に用いるSDSの使用量(濃度)は、一般に、濃度2%のSDSに換算して8体積%含有され、本発明における場合よりも低い。また、プロテナーゼKは、通常、RNaseフリーのものが使用されるが、細胞破砕を第一義的目的とする本発明のDNA抽出剤においては、安価でタンパク質分解能力の高いプロテナーゼK(RNase等の不純物が精製されていないもの)で十分である。そして、本発明のDNA抽出剤におけるプロテナーゼKは、一般に、濃度5mg/mlのプロテナーゼKに換算して1〜3体積%含有されるようにするのが好ましい。
【0012】
本発明のDNA抽出剤を構成する緩衝液については、特に限定されるものではなく、DNAの抽出や分離に従来より用いられている緩衝液(抽出バッファー)と同様のものが使用可能である。特に好ましい緩衝液としては、トリス塩酸バッファー、塩化ナトリウムおよびEDTAから構成されるものがあり、例えば、1M Tris−HCl(pH8.0)、NaClおよび0.5M EDTAから成る系が挙げられる。
【0013】
トリス塩酸バッファーの他に、トリシンバッファー等も使用可能であり、トリス塩酸バッファーに比べ、より生理的に近い環境を呈することができるが高価なことが難点である。NaCl(塩化ナトリウム)は、塩濃度や浸透圧を高めるのに使用されるものであり、KCl(塩化カリウム)で代用可能であるが、一般的にはNaClが好ましい。EDTAは、よく知られているように、重金属による影響を抑えたり酵素を不活化させたりする代表的なキレート試薬であるが、同様の作用をする他のキレート試薬で代用することも可能である。
【0014】
本発明に従えば、如上の本発明のDNA抽出剤を検体に添加して50〜60℃の温度下で加温処理した後、検体からタンパク質を除去するという簡単な工程によりDNAを抽出することができる。加温処理に要する時間は、一般に、10分〜15分と非常に短くてよい。
【0015】
本発明のDNA抽出剤を用いる加温処理後のタンパク質の除去は、親水性が低く、タンパク質溶解性のある試薬を添加することによって行われるのが好ましい。この条件に適い本発明において用いられるのに特に好ましい試薬は、クロロホルム−イソアミルアルコール(例えば24:1)である。このクロロホルム−イソアミルアルコール混合溶媒に更にフェノールを加えて、クロロホルム−イソアミルアルコール−フェノール(例えば、24:1:25)混合溶媒でも代用可能である。
上述したようなDNA抽出処理の後は、当該技術分野において知られた精製操作(例えば、遠心分離、アルコールによる沈澱)を行えばよい。
【0016】
本発明は、農産物(植物体、籾、玄米、精米、炊飯米、加工品)、畜産物(肉、加工品)、水産物(魚肉、加工品)、毛髪(毛根付き毛髪、毛幹)、さらには、体液(血液、精液など)、微生物(細菌など)等の各種検体(生物試料)からDNAを抽出するのに適用することができるが、これらに限定されるものではない。本発明のDNA抽出に従えば、分解酵素及びSDSにより細胞を破砕することにより農産物、畜産物、水産物、毛髪、体液、微生物のいずれの検体においても、試薬を変更することなく、その使用量を変更することによりDNA抽出が可能である。
以下、実施例により本発明を詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0017】
(試薬の調製)
抽出バッファーは、下記のi〜viに示す試薬を調合して本発明に従うDNA抽出剤の1例を調製した。
i 1M Tris−HCl 200ml
ii NaCl 14.6g
iii 0.5M EDTA 50ml
iv 10%SDS 50ml
v HO 650ml
vi 5mg/mlプロテナーゼK 10ml
また、DNA抽出後に添加するタンパク質除去を目的とする試薬としてクロロホルム−イソアミルアルコール(24:1)を調製した。
【実施例2】
【0018】
(精米のDNA抽出)
精米50gをミルサーにより粉砕し、粉砕物から1.5mlチューブにスパーテルにて検体として0.1g採取した。この検体に、実施例1で調製したDNA抽出バッファーを1000μl加えて攪拌後、60℃において10分加温した。その後、実施例1で調製したクロロホルム−イソアミルアルコールを500μl添加後、1分間転倒攪拌した。
次いで、遠心操作(16000g、10分)に供し、上澄み液を別の1.5mlチューブに300μl採取して2−プロパノールを200μl加えて攪拌した。5分静置後に遠心操作(16000g、20分)にかけ、上澄みを廃棄して沈殿物を乾燥した。これに70%エタノールを200μl添加後、すぐに廃棄した。エタノールを気化させた後、1×TE(Tris-EDTA)10μlを加えて冷蔵庫にて保管した。
その後、0.8%アガロースゲルによる電気泳動にてDNAを確認した。図1に電気泳動図を示しており、精米のDNAの存在が同定できた。
【実施例3】
【0019】
(毛髪のDNA抽出)
毛髪を解剖用ハサミにより1〜1.5cm程度に切断し、1.5mlチューブにピンセットにて検体として全量採取した。この検体に、実施例1で調製したDNA抽出バッファーを500μlとプロテナーゼKを追加で100μl加えた。さらに解剖用のハサミで5mm以下の切片に切断した。攪拌後、60℃において30分加温した。その後、実施例1で調製したクロロホルム−イソアミルアルコールを500μl添加後、5分間転倒攪拌した。
次いで、遠心操作(16000g、10分)に供し、上澄み液を別の1.5mlチューブに500μl採取して2−プロパノールを400μl加えて攪拌した。5分静置後に遠心操作(16000g、20分)にかけ、上澄みを廃棄して沈殿物を乾燥した。これに70%エタノールを200μl添加後、すぐに廃棄した。エタノールを気化させた後、1×TE(Tris-EDTA)20μlを加えて冷蔵庫にて保管した。
通常であれば0.8%アガロースゲルによる電気泳動にてDNAを確認するが、毛髪に含まれるDNA量は微量であり、DNAの存在を同定する為にDNAを使用してしまうと検査に必要な十分量が確保できないため、確認作業は行わないものとする。
【実施例4】
【0020】
(精肉のDNA抽出)
精肉50gを冷凍後にミルサーにより粉砕し、粉砕物から1.5mlチューブにスパーテルにて検体として0.1g採取した。この検体に、実施例1で調製したDNA抽出バッファーを1000μl加えて攪拌後、60℃において10分加温した。その後、実施例1で調製したクロロホルム−イソアミルアルコールを500μl添加後、5分間転倒攪拌した。その後、遠心操作(16000g、10分)に供し、上澄み液を別の1.5mlチューブに800μl採取して、再度クロロホルム−イソアミルアルコールを500μl添加後、5分間転倒攪拌した。次いで遠心操作(16000g、10分)に供し、上澄み液を別の1.5mlチューブに500μl採取して、2−プロパノールを400μl加えて攪拌した。5分静置後に遠心操作(16000g、20分)にかけ、上澄みを廃棄して沈殿物を乾燥した。これに70%エタノールを200μl添加後、すぐに廃棄した。エタノールを気化させた後、1×TE(Tris-EDTA)10μlを加えて冷蔵庫にて保管した。
その後、0.8%アガロースゲルによる電気泳動にてDNAを確認した。図2に電気泳動図を示しており、精肉のDNAの存在が同定できた。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に従って抽出された精米のDNAの存在を示す電気泳動図である。
【図2】本発明に従って抽出された精肉のDNAの存在を示す電気泳動図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
緩衝液に、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)およびプロテナーゼKを混合した水溶液から成ることを特徴とするDNA抽出剤。
【請求項2】
濃度10%のSDSに換算して4〜8体積%のSDSを含有し、濃度5mg/mlのプロテナーゼKに換算して1〜3体積%のプロテナーゼKを含有する水溶液から成ることを特徴とする請求項1に記載のDNA抽出剤。
【請求項3】
前記緩衝液が、トリス塩酸バッファー、塩化ナトリウムおよびEDTAから構成されるものであることを特徴とする請求項1または2に記載のDNA抽出剤。
【請求項4】
DNAを抽出しようとする検体に請求項1〜3のいずれかのDNA抽出剤を添加して50〜60℃の温度下で加温処理する工程、および前記加温処理後の検体からタンパク質を除去する工程を含むことを特徴とするDNAの抽出方法。
【請求項5】
前記タンパク質除去工程が、クロロホルム−イソアミルアルコールを添加することによって行われることを特徴とする請求項4に記載のDNAの抽出方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−124926(P2007−124926A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−318982(P2005−318982)
【出願日】平成17年11月2日(2005.11.2)
【出願人】(504305016)ビジョンバイオ株式会社 (4)
【Fターム(参考)】