説明

FGFR2に対するsiRNAによるスキルス胃がん細胞の増殖阻害

【課題】FGFR2に対するsiRNAの核酸配列を検討し、スキルス胃がん細胞の増殖に対して阻害作用の強いsiRNAの核酸配列およびそれを有効成分として含む医薬組成物を提供する。
【解決手段】FGFR2たんぱく質の発現を阻害することによりスキルス胃がん細胞株の増殖を阻害するsiRNAであって、特定の配列で表されるいずれかのRNA配列の組からなる二本鎖で構成されるsiRNA、ならびにそれらを含むスキルス胃がん治療用医薬組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スキルス胃がん細胞の増殖を阻害するFGFR2に対するsiRNAおよびこれらを含む医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
日本における胃がん死亡者数は年間約5万人と多いが、早期胃がんでは約9割、胃がんでも約6割と治癒率(治療後5年間生存している割合)は向上している。しかし、胃がん全体の約10%を占めるスキルス胃がんは極めて悪性であり、ほとんど治療効果が認められない(非特許文献1)。その意味で、一刻も早くスキルスがんに有効な治療薬の開発が切望されている。そのために、これまで、インビトロ培養系で増殖可能な胃がん細胞の培養樹立細胞株を用いる研究が行われており、そのmRNAの発現解析から、FGFR2がスキルス胃がん細胞株であるKATO−III細胞株に強発現していることが報告されている(非特許文献2)。
【0003】
さて、たんぱく質の機能を解析する手段の一つとして、標的のたんぱく質を特異的に発現している細胞に対し、低分子干渉性RNA(以下、siRNAという)をトランスフェクションして、mRNAを特異的に分解することにより発現を阻害し、その機能を解析する手段がよく用いられている。実際に、Fibroblast Growth Factor receptor 2(以下、FGFR2という)に関しても、FGFR2に対するsiRNAをKATO−III細胞株にトランスフェクションし、KATO−III細胞株の増殖が阻害されることが報告されている(非特許文献3)。しかしながら、どの配列のsiRNAが強い阻害作用を発揮するか、および他のスキルス胃がん細胞株への阻害作用については明らかにされていない。
【非特許文献1】Hansen, K.C. et al, Mol. Cell Proteomics, 2:299-314, 2003
【非特許文献2】Matunobu T., Ishiwata T. et al, Int. J. Onco, 2:307-314,2006
【非特許文献3】Masayuki T, et al., Clin Cancer Res, 13:3051-3057, 2007
【非特許文献4】金子 勲:疾患関連たんぱく質解析研究 平成18年度 総括・分担研究報告書 p. 104-144
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
したがって、本発明の課題は、FGFR2に対するsiRNAの核酸配列を検討し、スキルス胃がん細胞の増殖に対して阻害作用の強いsiRNAの核酸配列およびそれを有効成分として含むスキルス胃がん治療用の医薬組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った。そして驚くべきことに、KATO−III細胞株にFGFR2に対するsiRNA、特に配列番号5および6で表される核酸配列からなるsiRNAをトランスフェクションすると細胞の増殖を著しく阻害することを見出した。
【0006】
すなわち、本発明は:
(1)FGFR2たんぱく質の発現を阻害することによりスキルス胃がん細胞株の増殖を阻害するsiRNAであって、配列番号1および2、3および4、5および6、または7および8で表されるいずれかのRNA配列の組からなる二本鎖で構成されるsiRNA、
(2)FGFR2たんぱく質の発現を阻害することによりスキルス胃がん細胞株の増殖を阻害するsiRNAであって、配列番号9および10、11および12、13および14、または15および16で表されるいずれかのRNA配列の組からなる二本鎖で構成されるsiRNA、
(3)配列番号5および6で表されるRNA配列の組からなるsiRNAであって、KATO−III細胞株およびNUGC−4細胞株の増殖を阻害するsiRNA、
(4)有効成分として(1)〜(3)のいずれか1つに記載の1種またはそれ以上のsiRNAを含む、スキルス胃がんの治療のための医薬組成物、
(5)有効成分として(3)に記載のsiRNAを含む、スキルス胃がんの治療のための医薬組成物
を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、スキルス胃がん細胞に由来する細胞株、特にKATO−III細胞株の細胞増殖を特異的に阻害することができる。これによりスキルス胃がんの細胞増殖に有効な成分を包含する医薬組成物を提供することも可能となり、スキルス胃がんを効果的に治療することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、スキルス胃がん細胞の増殖を阻害するsiRNAに関するものである。本発明では、FGFR2に対するsiRNAを提供する。ここで、FGFR2はFibroblast Growth Factor receptor 2の略称であり、線維芽増殖因子の膜受容体たんぱく質の一種であることを意味する。このたんぱく質はFGFシグナルを介在して線維芽細胞をはじめとするさまざまな細胞に対して増殖活性や分化誘導など多彩な作用を示すことが知られているため、スキルス胃がんの細胞増殖にも関連することが示唆される。
【0009】
本発明のsiRNAは、アンチセンス鎖とセンス鎖の1組からなる二本鎖で構成される。一般に、siRNAは、dsRNAがRNaseIIIファミリーに属するDicerと呼ばれる酵素によって分解された21〜25塩基の二本鎖RNAであり、複数のタンパク質で構成される複合体RNA Induced Silencing Complex(RISC)に取り込まれて活性型RISCを形成する。この活性型RISCは、取り込まれたsiRNAのRNA配列を利用して標的mRNAを特異的に認識・分解することにより遺伝子の発現を抑制し、たんぱく質の合成を阻害すること(この現象をRNAiという)が示されている。また、siRNAのアンチセンス鎖は標的mRNAと相補的である。本発明のsiRNAは、Target siRNA-17、Target siRNA-18、Target siRNA-19およびTarget siRNA-20と名付けた以下の新規RNA配列を含む。
Target siRNA-17のアンチセンス鎖(配列番号1):
5’−GAUUGAUGGACCCGUAUUCUU−3’
Target siRNA-17のセンス鎖(配列番号2):
5’−GAAUACGGGUCCAUCAAUCUU−3’
Target siRNA-18のアンチセンス鎖(配列番号3):
5’−UCAGAUGGGACCACACUUUUU−3’
Target siRNA-18のセンス鎖(配列番号4):
5’−AAAGUGUGGUCCCAUCUGAUU−3’
Target siRNA-19のアンチセンス鎖(配列番号5):
5’−UGUUGGUCCAGUAUGGUGCUU−3’
Target siRNA-19のセンス鎖(配列番号6):
5’−GCACCAUACUGGACCAACAUU−3’
Target siRNA-20のアンチセンス鎖(配列番号7):
5’−UUUCGUACCUUGUAGCCUCUU−3’
Target siRNA-20のセンス鎖(配列番号8):
5’−GAGGCUACAAGGUACGAAAUU−3’
【0010】
本発明のsiRNAの構成ヌクレオチド配列は上記配列番号1〜8に示す配列であるが、これらの配列において、1個、2個、または3個の塩基が付加、欠失、置換されていてもよい。さらに本発明のsiRNAには、安定性を高めるために、例えば、3’末端に2塩基、例えばUUなどのオーバーハングを付加しているが、それ以外の配列を付加してもよく、あるいは3’末端のUUを除いた配列であってもよい。従って、本発明のスキルス胃がん細胞株の増殖を阻害するsiRNAは、下記に示す配列番号9および10、11および12、13および14、または15および16で表されるいずれかのRNA配列の組からなる二本鎖で構成されるsiRNAであってもよい。
Target siRNA-17のアンチセンス鎖から3’末端のUUを除いた配列(配列番号9):
5’−GAUUGAUGGACCCGUAUUC−3’
Target siRNA-17のセンス鎖から3’末端のUUを除いた配列(配列番号10):
5’−GAAUACGGGUCCAUCAAUC−3’
Target siRNA-18のアンチセンス鎖から3’末端のUUを除いた配列(配列番号11):
5’−UCAGAUGGGACCACACUUU−3’
Target siRNA-18のセンス鎖から3’末端のUUを除いた配列(配列番号12):
5’−AAAGUGUGGUCCCAUCUGA−3’
Target siRNA-19のアンチセンス鎖から3’末端のUUを除いた配列(配列番号13):
5’−UGUUGGUCCAGUAUGGUGC−3’
Target siRNA-19のセンス鎖から3’末端のUUを除いた配列(配列番号14):
5’−GCACCAUACUGGACCAACA−3’
Target siRNA-20のアンチセンス鎖から3’末端のUUを除いた配列(配列番号15):
5’−UUUCGUACCUUGUAGCCUC−3’
Target siRNA-20のセンス鎖から3’末端のUUを除いた配列(配列番号16):
5’−GAGGCUACAAGGUACGAAA−3’
【0011】
本発明の上記siRNAは当業者間で一般的な方法により作成することができる。本発明のsiRNAを作成するのに最適な方法はsiRNAを化学的に合成することであり、これ以外にも、siRNA発現ベクターに目的のsiRNAヌクレオチド配列をクローン化して増幅すること、siRNAを酵素を使用してインビトロ転写すること、ならびにsiRNA発現カセットをPCRで合成することなどにより作成してもよいが、これらだけに限らない。
【0012】
本発明では、本発明のsiRNAを有効成分とする医薬組成物を提供する。本発明の医薬組成物には、配列番号1〜16で表される8種類のsiRNAのうち1種以上を含んでよく、好ましくは配列番号5および6で表される組のsiRNAを含むことである。さらに本発明の医薬組成物は、公知の抗がん剤を含んでいてもよい。
【0013】
本発明の医薬組成物ではまた、有効成分としてのsiRNAが製造業者から市販されているsiRNA発現ベクターなどの公知のsiRNA発現ベクターまたは使用の態様に合わせて適宜組み換えた公知のsiRNA発現ベクターにクローン化されていてもよい。
【0014】
本発明の医薬組成物は、医薬上許容されるキャリアを含んでもよい。本発明で用いることができる医薬上許容されるキャリアは、生理食塩水、蒸留水、リンゲル液、緩衝生理食塩水、ブドウ糖溶液、マルトブドウ糖溶液、グリセロール、エタノールおよびリポソームからなる群から選択される1種またはそれ以上の成分であってよいが、これらだけに限らない。さらに本発明の医薬組成物に抗酸化剤、緩衝水溶液、静菌剤などのごとき他の一般的な添加物を添加してもよい。また、注射用溶液、ピル、カプセル、顆粒もしくはタブレット錠剤を製造するために、希釈剤、噴霧剤、界面活性剤、結合剤および潤滑剤をさらに添加してもよい。
【0015】
本発明の医薬組成物を投与する形態は、経口投与または非経口投与(例えば、静脈内、皮下内、局所または腹膜の注射)であってもよく、患部である胃またはその近傍に効率的に有効成分を送達できればそれら以外の投与形態であってもよい。また、本発明の医薬組成物として投与される本発明のsiRNAの有効な量を、患者の状態、例えば患者の重量、年齢、性別、および健康状態など、ならびに食事量、投与の頻度、投与の方法、排泄量および病気の重症度などによって決定することができる。本発明の医薬組成物として投与される本発明のsiRNAの有効な量は、通常、1日あたり0.01−1mg/kgであり、好ましくは1日あたり0.02−0.1mg/kgである。
【0016】
以下の実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0017】
siRNAによるヒト胃がん培養細胞株の増殖阻害
各種ヒト胃がん細胞株(スキルス胃がん株KATO−III、低分化充実型腺癌株のMKN−45および中分化型腺癌株のMKN−74)を用いて、それらの発現たんぱく質をcleavable ICAT(cICAT)法で解析した結果、スキルス胃がん細胞株のKATO−III細胞株はFGFR2を選択的に強発現していることを確認した(非特許文献4)。このことは、KATO−IIIでのFGFR2 mRNAの選択的強発現を、たんぱく質レベルでも確認したことを示す。そこで、FGFR2のmRNAレベルでその発現を阻害するsiRNAを作成し、そのsiRNAのKATO−III以外のスキルス胃がん細胞株を含めた各種胃がん細胞の増殖に及ぼす効果を調べた。すなわち、FGFR2のsiRNA(DHARMACON)を、各胃がん細胞株(KATO−III、MKN−45、MKN−75、NUGC−4およびOCUM−1)に、トランスフェクション試薬DharmaFECT 1(DHARMACON)を用いてトランスフェクションを行い、トランスフェクション後1−7日目の細胞増殖阻害効果(10%牛胎児血清存在下)を、MTS法(Promega)を用いて測定した。なお、FGFR2のsiRNAとしては4種類(Target siRNA-17、Target siRNA-18、Target siRNA-19およびTarget siRNA-20(表1))を混合したもの(ON-TARGET plus SMART pool FGR2, DHARMACON)およびそれぞれ単独のTarget siRNAを、また、陰性コントロールとしてはNon-Target siRNAを使用し、各細胞株への最適濃度条件下でトランスフェクションを行った。
(表1)
FGFR2に対するsiRNAの種類と配列
【表1】

【0018】
その結果、siRNA4種類の混合物(ON-TARGET plus SMART pool FGFR2, DHARMACON)をトランスフェクションさせた場合、KATO−III細胞株が最も強い阻害効果を受け、また、NUGC−4株も弱いながら阻害効果を受けた。一方、低分化非充実型腺がん細胞株のMKN−45と中分化型腺がん細胞株のMKN−74は、ほとんど阻害効果を受けなかった(図1)。また、スキルス胃がん細胞株のOCUM−1は、FGFR2をKATO−III株の5%程度発現しているにも関わらず、ほとんど阻害効果を受けなかった。なお、増殖阻害実験において、MTS法の代わりに、BrdU法(Roche)で行ってもほぼ同様な結果が得られた(データ省略)。
【0019】
次に、4種のsiRNAのうち、どの配列を持つsiRNAが最も阻害効果が強いかを、KATO−III、NUGC−4細胞株を用いて調べた。表1に各siRNAのアンチセンス鎖のRNA配列とセンス鎖のRNA配列を示す。その結果、KATO−IIIの場合、いずれのsiRNAも陰性コントロールのNon-target siRNAより阻害効果は示したが、最も阻害効果の強いsiRNAはTarget siRNA-19であり、ついでTarget siRNA-20、Target siRNA-18の順であった(図2)。また、NUGC−4の場合では、Target siRNA-19のみが阻害効果を示した。従って、Target siRNA-19が本発明のうち最も阻害効果の強いsiRNAであると考えられる。
【0020】
以上のことより、FGFR2のsiRNAは少なくともスキルス胃がん細胞株のある種のものに対しては増殖阻害効果を示し、その中でも最も強い阻害作用を示し、KATO−III細胞株およびNUGC−4細胞株の両方に効果のあるsiRNAはTarget siRNA-19であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明は、がんの医薬分野およびがんの研究分野等において利用可能である。詳細には、スキルスがんの治療薬の製造分野およびスキルスがんの研究分野などにおいて利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】FGFR2のTarget siRNA4種混合物(ON-TARGET plus SMART pool FGFR2)による細胞増殖抑制実験の結果を示す。
【図2】各種FGFR2siRNA(Target siRNA-17、-18、-19および-20)による増殖阻害効果を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0023】
SEQ ID NO:1:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:2:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:3:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:4:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:5:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:6:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:7:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:8:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:9:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:10:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:11:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:12:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:13:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:14:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:15:FGFR2 siRNA
SEQ ID NO:16:FGFR2 siRNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
FGFR2たんぱく質の発現を阻害することによりスキルス胃がん細胞株の増殖を阻害するsiRNAであって、配列番号1および2、3および4、5および6、または7および8で表されるいずれかのRNA配列の組からなる二本鎖で構成されるsiRNA。
【請求項2】
FGFR2たんぱく質の発現を阻害することによりスキルス胃がん細胞株の増殖を阻害するsiRNAであって、配列番号9および10、11および12、13および14、または15および16で表されるいずれかのRNA配列の組からなる二本鎖で構成されるsiRNA。
【請求項3】
配列番号5および6で表されるRNA配列の組からなるsiRNAであって、KATO−III細胞株およびNUGC−4細胞株の増殖を阻害するsiRNA。
【請求項4】
有効成分として請求項1〜3のいずれか1項に記載の1種またはそれ以上のsiRNAを含む、スキルス胃がんの治療のための医薬組成物。
【請求項5】
有効成分として請求項3に記載のsiRNAを含む、スキルス胃がんの治療のための医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−225672(P2009−225672A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−71510(P2008−71510)
【出願日】平成20年3月19日(2008.3.19)
【出願人】(598001179)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (6)
【出願人】(505314022)独立行政法人医薬基盤研究所 (17)
【Fターム(参考)】