説明

FRETプローブ、発現ベクター、細胞、およびFRET測定方法

【課題】標的分子によって使用が制限されることなく高い蛍光共鳴エネルギー移動の効率を有するFRETプローブおよびFRET検出方法を提供する。
【解決手段】標的分子との特異的な結合に伴う構造変化により、蛍光共鳴エネルギー移動を発生させるFRETプローブであって、光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発するためのドナー領域と、励起エネルギーを受けて蛍光を発するためのアクセプター領域と、ドナー領域とアクセプター領域の間に連結され、標的分子との特異的な結合に伴って構造変化することによりドナー領域とアクセプター領域を近接させる構造変化領域とを有し、アクセプター領域は、互いに連続配置され、励起エネルギーを受けて蛍光を発するアクセプター分子が結合する複数のアクセプター結合配列または励起エネルギーを受けて蛍光を発する複数の蛍光タンパク質を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光共鳴エネルギー移動を発生させるFRETプローブおよび蛍光共鳴エネルギー移動の検出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞内のシグナル伝達に関する研究は、従来、試験管内でシグナル伝達に関わる分子の同定や機能解析が行われていた。しかし、細胞内におけるシグナル伝達は、複数の分子の相互作用によって行われる複雑な反応であるため、実際の細胞内におけるシグナル伝達のメカニズムとは大きな隔たりがあった。現在、細胞内のシグナル伝達の解明において、細胞内の反応を可視化する蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence resonance energy transfer;FRET)を利用したFRETプローブが注目されている。
【0003】
蛍光共鳴エネルギー移動とは、近接する2つの色素分子において励起された一方の色素分子(ドナー分子)から近接する他方の色素分子(アクセプター分子)へ励起エネルギーが共鳴により移動する現象であり、この現象によりアクセプター分子から蛍光が放出される。そこで、ドナー分子とアクセプター分子を有し、シグナル伝達を行う2つの分子が結合した時にドナー分子とアクセプター分子が蛍光共鳴エネルギー移動を発生する距離に近接するように設計されたものがFRETプローブである。
【0004】
このFRETプローブを用いて蛍光共鳴エネルギー移動を高感度に観察するためには、ドナー分子からアクセプター分子への励起エネルギーの移動効率を高める必要がある。すなわち、ドナー分子の励起エネルギーをアクセプター分子へ移動し易くする必要がある。
【0005】
ここで、従来、FRETプローブのRNA上のハイブリダイゼーション領域を精度よく設計することでエネルギー移動効率を高めることが提案されている(特許文献1)。
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示のFRETプローブは、RNAの高感度検出に特化した方法であり、タンパク質や化合物など幅広い分野に応用されるFRETプローブにおいて、汎用性が低いといった問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−37465
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、標的分子によって使用が制限されることなく高い蛍光共鳴エネルギー移動の効率を有するFRETプローブおよびFRET検出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明は、
標的分子との特異的な結合に伴う構造変化により、蛍光共鳴エネルギー移動を発生させるFRETプローブであって、
光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発するためのドナー領域と、
前記励起エネルギーを受けて蛍光を発するためのアクセプター領域と、
前記ドナー領域と前記アクセプター領域の間に連結され、前記標的分子との特異的な結合に伴って構造変化することにより前記ドナー領域と前記アクセプター領域を近接させる構造変化領域とを有し、
前記アクセプター領域は、互いに連続配置され、前記励起エネルギーを受けて蛍光を発するアクセプター分子が結合する複数のアクセプター結合配列または前記励起エネルギーを受けて蛍光を発する複数の蛍光タンパク質を有することを特徴とするFRETプローブを提供するものである。
【0010】
ここで、前記アクセプター領域の複数の前記アクセプター結合配列は、互いにリンカーで連結されていることが好ましい。
また、各アクセプター結合配列は、1つの前記アクセプター分子を結合することが好ましい。
また、前記ドナー領域は、前記光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発するドナー分子が結合する1つのドナー結合配列を有することが好ましい。
また、前記ドナー結合配列は、1つの前記ドナー分子を結合することが好ましい。
また、前記アクセプター領域に結合する1つの前記アクセプター分子は、前記標的分子の特異的な結合に伴う前記構造変化領域の構造変化により、前記ドナー領域の前記ドナー分子と対向することが好ましい。
また、前記アクセプター領域の複数の前記蛍光タンパク質は、互いにリンカーで連結されていることが好ましい。
また、前記ドナー領域は、前記光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発する蛍光タンパク質から構成されることが好ましい。
【0011】
また、本発明は、標的分子と結合分子との特異的な結合により、蛍光共鳴エネルギー移動を発生させる2分子からなるFRETプローブであって、
前記標的分子と連結し、光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発するためのドナー領域と、
前記結合分子と連結し、前記励起エネルギーを受けて蛍光を発するためのアクセプター領域とを有し、
前記アクセプター領域は、互いに連結配置され、前記励起エネルギーを受けて蛍光を発するアクセプター分子を結合する複数のアクセプター結合配列または前記励起エネルギーを受けて蛍光を発する複数の蛍光タンパク質を有することを特徴とするFRETプローブを提供するものである。
【0012】
ここで、前記アクセプター領域の複数の前記アクセプター結合配列は、互いにリンカーで連結されていることが好ましい。
また、前記アクセプター結合配列は、1つの前記アクセプター分子を結合することが好ましい。
また、前記ドナー領域は、前記光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発するドナー分子が結合する1つのドナー結合配列を有することが好ましい。
また、前記ドナー結合配列は、1つの前記ドナー分子を結合することが好ましい。
また、前記アクセプター領域に結合する1つの前記アクセプター分子は、前記標的分子と前記結合分子との特異的な結合により、前記ドナー領域のドナー分子と対向することが好ましい。
また、前記アクセプター領域は、互いにリンカーで連結される複数の前記蛍光タンパク質を有することが好ましい。
また、前記ドナー領域は、前記光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発する蛍光タンパク質から構成されることが好ましい。
【0013】
また、本発明は、上記のいずれかに記載のFRETプローブをコードする核酸を含む発現ベクターを提供するものである。
また、本発明は、上記に記載の発現ベクターを有する細胞を提供するものである。
また、本発明は、上記のいずれかに記載のFRETプローブを細胞に導入し、前記細胞に光ビームを照射し、前記ドナー領域から前記アクセプター領域への蛍光共鳴エネルギー移動を測定するFRET測定方法を提供するものである。
ここで、前記蛍光共鳴エネルギー移動の測定は、前記ドナー領域から発せられる蛍光の蛍光寿命の検出により行われることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、標的分子によって使用が制限されることなく高い蛍光共鳴エネルギー移動の効率を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態1にかかるFRETプローブの構成を表す図である。
【図2】標的分子と結合する際の実施形態1のFRETプローブを表す図である。
【図3】標的分子が結合した実施形態1のFRETプローブを表す図である。
【図4】図1に示すFRETプローブを用いてFRETを測定するフローサイトメータの構成を表す図である。
【図5】本発明の実施形態2にかかるFRETプローブの構成を表す図である。
【図6】標的分子と結合分子が結合する際の実施形態2のFRETプローブを表す図である。
【図7】標的分子と結合分子が結合した実施形態2のFRETプローブを表す図である。
【図8】本発明の実施形態3にかかるFRETプローブの構成を表す図である。
【図9】本発明の実施形態3の変形例にかかるFRETプローブの構成を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、添付の図面に示す好適実施形態に基づいて、本発明のFRETプローブおよびFRET測定方法を詳細に説明する。
【0017】
実施形態1
図1は、本発明の実施形態1に係るFRETプローブ10の模式図である。同図に示すFRETプローブ10は、図示しない標的分子との特異的な結合に伴う構造変化により蛍光共鳴エネルギーを発生させるものであって、光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発する蛍光色素を結合するためのドナー領域14と、標的分子との特異的な結合に伴って構造変化する構造変化領域16と、励起エネルギーを受けて蛍光を放出する蛍光色素を結合するためのアクセプター領域18と、これらの領域を互いに連結する複数のリンカー20とを有して構成される。
【0018】
ドナー領域14は、FRETプローブ10の一端側に配置されるアミノ酸配列であって、光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発する図示しない蛍光色素(ドナー分子)を結合するためのアミノ酸配列である1つのドナー結合配列24を有する。なお、1つのドナー結合配列24には1つのドナー分子が結合できる。
【0019】
構造変化領域16は、ドナー領域14に連結して配置されるアミノ酸配列であって、構造変化領域16の一部に標的分子と特異的に結合する標的分子結合部位26を有する。構造変化領域16は、標的分子結合部位26と標的分子との特異的な結合に伴って、構造変化領域16の両端に連結されるドナー領域14とアクセプター領域18を近接させるように構造変化する。
【0020】
アクセプター領域18は、構造変化領域16に連結することによりFRETプローブ10の他端側に配置されるアミノ酸配列であって、ドナー分子22からの励起エネルギーを受けて蛍光を放出する図示しない蛍光色素(アクセプター分子)を結合するためのアミノ酸配列である3つのアクセプター結合配列30a〜30cを順次連結して構成される。なお、アクセプター結合配列30a〜30cには、それぞれ1つのアクセプター分子が結合できる。また、アクセプター結合配列30a〜30cは、構造変化領域16の構造変化に伴いドナー領域14とアクセプター領域18とが近接する時に、アクセプター領域18に結合する少なくとも1つのアクセプター分子がドナー領域14に結合するドナー分子22と蛍光共鳴エネルギー移動の発生する距離に近接するように設計される。
【0021】
ドナー領域14と構造変化領域16の間およびアクセプター領域18と構造変化領域16の間がそれぞれアミノ酸配列からなるリンカー20によって連結されている。また、アクセプター領域18においても各アクセプター結合配列30a〜30cの間がリンカー20により連結されている。各リンカー20を構成するアミノ酸配列やその長さは、標的分子12と構造変化領域16の結合や蛍光共鳴エネルギー移動を阻害しないものであれば何ら限定されない。
【0022】
次に、図2および3に示す模式図を用いて、FRETプローブ10における蛍光共鳴エネルギー移動について説明する。図2に示すように、標的分子12との結合前のFRETプローブ10は、ドナー領域14に1つのドナー分子22を結合し、構造変化領域16を挟んでドナー領域14の他端側に配置されるアクセプター領域18に3つのアクセプター分子28を結合して存在する。なお、3つのアクセプター分子28は、アクセプター領域18に設けられた3つのアクセプター結合配列30a〜30cにそれぞれ結合する。
【0023】
FRETプローブ10の構造変化領域16と標的分子12が特異的に結合すると、図3に示すように、構造変化領域16がドナー領域14とアクセプター領域18とを近接させるように(構造変化領域16を曲げるように)構造変化する。この構造変化により、アクセプター領域18に結合する3つのアクセプター分子28のうち、少なくとも1つのアクセプター分子28とドナー領域14に結合するドナー分子22が、蛍光共鳴エネルギー移動が発生し得る距離に近接される。なお、図3に示すように、構造変化領域16は3つのアクセプター分子28全てにドナー分子22からの蛍光共鳴エネルギー移動が発生し得る距離にドナー領域14とアクセプター領域18を近接させ、3つのアクセプター結合配列30a〜30cのうち中央部に位置するアクセプター結合配列30bに結合するアクセプター分子28がドナー領域14に結合するドナー分子22と対向するように構造変化するのが好ましい。
【0024】
次に、ドナー分子22を励起する波長の光ビームをドナー分子22へ照射すると、ドナー分子22が励起され、励起エネルギーがドナー分子22から各アクセプター分子28へ移動する。また、ドナー分子22と最も近接するアクセプター分子28(アクセプター結合配列30bに結合するアクセプター分子28)には最も強度の大きい励起エネルギーの移動が生じる(図3の矢印M2)。このように、3つのアクセプター分子28を配列することで、ドナー分子22の励起エネルギーをアクセプター分子28へ移動し易くすることができる。すなわち、励起エネルギーの移動効率を高めることができる。また、構造変化領域16の構造変化の誤差等に起因してドナー分子22とアクセプター結合配列30bに結合するアクセプター分子28との距離にずれが生じた場合でも、少なくとも1つの他のアクセプター分子28(アクセプター結合配列30aおよびcに結合するアクセプター分子28)がこれを補って励起エネルギーの移動を生じさせるため、蛍光共鳴エネルギー移動を起こし易くすることができる。
【0025】
続いて、励起エネルギーにより励起された3つのアクセプター分子28は、励起状態から基底状態に戻るときに各々蛍光を放出する。ここで、アクセプター結合配列30bのドナー分子28が最も強度の大きい励起エネルギーを受けているので、各アクセプター分子28から放出される蛍光強度もアクセプター結合配列30bに結合するアクセプター分子28が最も大きくなる(図3の矢印N2)。また、光ビームが照射されドナー分子22からアクセプター分子28へ移動しなかった励起エネルギーにより、ドナー分子22自体からも蛍光を放出する。
ここで、蛍光共鳴エネルギー移動は光学的手法を用いて観察することができる。例えば、蛍光共鳴エネルギー移動に伴うアクセプター分子28からの蛍光強度並びに蛍光寿命および蛍光共鳴エネルギー移動に伴うドナー分子22の蛍光強度並びに蛍光寿命により観察することができる。
【0026】
なお、ドナー分子22とアクセプター分子28は、これら両分子間に蛍光共鳴エネルギー移動が発生する蛍光波長を有していれば特に限定されず、例えばFLAsH(インビトロジェン)などの市販の蛍光色素を用いて行うことができる。また、ドナー結合配列24とアクセプター結合配列30は、ドナー分子22またはアクセプター分子28に応じて変えることができ、例えばテトラシステインタグ(−Cys−Cys−Pro−Gly−Cys−Cys−)が利用できる。
【0027】
次に、FRETプローブ10の作成方法と、FRETプローブ10を用いて行われる蛍光共鳴エネルギー移動の測定方法について説明する。
【0028】
まず、FRETプローブ10をコードする核酸の作成を行う。FRETプローブ10をコードする核酸は、ドナー領域14、構造変化領域16、アクセプター領域18、および複数のリンカー20から成るFRETプローブ10をコードする遺伝子配列を、所定の順番で直鎖状に連結して調整する。なお、FRETプローブ10をコードする核酸は、公知の遺伝子工学的技術により取得でき、例えばPCRにより合成する方法や各遺伝子を発現している細胞32からcDNAライブラリーを調整してスクリーニングする方法などが利用できる。
調整されたFRETプローブ10をコードする核酸は、例えば制限酵素配列を利用してベクターに挿入することができる。なお、ベクターは蛍光共鳴エネルギー移動の測定に使用する細胞内でFRETプローブ10を発現できるものであれば特に限定されない。このようにして得られた発現ベクターは、公知の形質転換方法に従い細胞内に導入することができ、形質転換された細胞(FRETプローブ10が導入された細胞)をFRETプローブ10の発現可能な条件で培養する。このような方法により、FRETプローブ10が作成できる。
【0029】
なお、ドナー領域14およびアクセプター領域18に蛍光色素(ドナー分子22およびアクセプター分子28)を結合する方法は、用いる蛍光色素の種類に適する方法で行えばよい。
【0030】
細胞内で発現したFRETプローブ10は、蛍光分子を結合すると、細胞内に標的分子が存在する場合には標的分子と結合し、図3に示すような構造変化を行う。また、細胞内に標的分子が存在しない場合、FRETプローブ10は図3に示すような構造変化を起こさない。続いて、これら細胞をフローサイトメータ34に供する。
【0031】
フローサイトメータ34を用いて蛍光共鳴エネルギー移動の測定が開始されると、細胞32はフローセル36内を1列で間隔をあけて1つずつ流れると共に、光学ユニット38は照射部40からフローセル36へ向けてドナー分子22を励起させる特定波長のレーザ光の照射を開始する。フローセル36を1列で1つずつ流れる細胞32がレーザ光の照射域を通過すると、標的分子を有しない(蛍光共鳴エネルギー移動の発生していない)細胞32からは、レーザ光による、前方散乱光、側方散乱光、ドナー分子22からの蛍光、およびアクセプター分子28からの蛍光が生じる。また、標的分子を有する(図3に示すような蛍光共鳴エネルギー移動の発生する)細胞32からは、レーザ光による、前方散乱光、側方散乱光、ドナー分子22からの蛍光、およびアクセプター分子28からの蛍光が生じると共に、蛍光共鳴エネルギー移動によるアクセプター分子28からの蛍光が生じる。
ここで、FRETプローブ10のアクセプター領域18に3つのアクセプター分子28を配列したことで、標的分子を有する細胞32において、ドナー分子22の励起エネルギーがアクセプター分子28へ移動し易くなる。すなわち、励起エネルギーの移動効率が高くなる。また、構造変化領域16の構造変化の誤差等に起因してドナー分子22とアクセプター分子28との距離にずれが生じた場合でも、少なくとも1つの他のアクセプター分子28がこれを補って励起エネルギーの移動を生じさせるため、蛍光共鳴エネルギー移動を起こし易くすることができる。
【0032】
このように各細胞32がレーザ光照射域を通過すると、前方散乱光が受光部42aにより検出され、側方散乱光、ドナー分子22、およびアクセプター分子28からの蛍光が受光部42bにより検出され、それぞれの検出強度に応じたアナログ電気信号が解析部44に送信される。なお、受光部42aは、フローセル36を挟んで照射部40と対向するように配置され、受光部42bは、照射部40からのレーザ光の照射方向に対して垂直方向であって、かつ、フローセル36の中心軸に対して垂直方向に配置されている。
【0033】
アナログ電気信号を受信した解析部44は、それぞれの細胞32について前方散乱光の強度、側方散乱光の強度、ドナー分子22からの蛍光強度および蛍光寿命、アクセプター分子28からの蛍光強度および蛍光寿命の解析を行い、標的物質を有する細胞32であるか否かを判断する。
【0034】
ここで、ドナー分子22からアクセプター分子28への蛍光共鳴エネルギー移動の効率を高めたことにより、ドナー分子22およびアクセプター分子28からの蛍光強度を高感度に検出でき、より正確な解析を行うことができる。
なお、アクセプター分子28からの蛍光強度および蛍光寿命のみを基に解析を行うと、アクセプター分子28からの蛍光には、ドナー分子22からの励起エネルギーによる蛍光だけでなく光ビームによりアクセプター分子28が直接励起されたことによる蛍光も含まれるため、解析結果に誤差が生じるおそれがある。一方、ドナー分子22からの蛍光は、ドナー分子22からアクセプター分子28へ移動しなかった励起エネルギーによりドナー分子22から発せられる蛍光(励起エネルギーの移動量に応じて変化する蛍光)である。このように、ドナー分子22からの蛍光は、蛍光共鳴エネルギー移動に関係しないエネルギーによる蛍光を含むおそれが少ないため、ドナー分子22からの蛍光強度および蛍光寿命を基に解析を行うのが好ましい。
【0035】
解析部44は、それぞれの細胞32について解析が終了すると解析結果を出力し、所望の結果が得られた段階で蛍光共鳴エネルギー移動の測定を終了する。
【0036】
なお、蛍光共鳴エネルギー移動の測定方法の詳細は、例えば、特開2007−240424号公報等に開示されている。
【0037】
本実施形態のFRETプローブ10によれば、標的分子12や構造変化領域16の種類に関わらずアクセプター結合配列30を複数連結して配置すればよく汎用性が高い。
また、実験系の確立していない標的分子であってもその特性に縛られることなく柔軟なFRETプローブ10の設計ができる。すなわち、標的分子の構造等によりFRETプローブ10の設計が困難で、近接したドナー分子22とアクセプター分子28の位置にずれが生じる場合でも、他のアクセプター分子28がそれを補いドナー分子22からの励起エネルギーを受け取ることができるため、FRETプローブ10の柔軟な設計が可能である。
また、ドナー分子22からアクセプター分子28へのFRET効率が高まることにより、蛍光共鳴エネルギー移動を高感度に観察することができる。
また、遺伝子工学的手段によりアクセプター結合配列30a〜30cをそれぞれ連結して配置すればよく、簡便な作業により蛍光共鳴エネルギー移動の効率を高めることができる。
【0038】
実施形態2
図5は、本発明の実施形態2に係るFRETプローブ50の模式図である。同図に示すFRETプローブ50は、標的分子52と結合分子54との特異的な結合により、蛍光共鳴エネルギー移動を発生させる2分子からなるFRETプローブ50であって、光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発するためのドナープローブ部56と、励起エネルギーを受けて蛍光を発するためのアクセプタープローブ部58とを有して構成される。
ドナープローブ部56は、図示しないドナー分子を結合するためのアミノ酸配列である1つのドナー結合配列60を有するドナー領域62と、ドナー領域62に連結された標的分子52を有する。
アクセプタープローブ部58は、図示しないアクセプター分子を結合するためのアミノ酸配列である3つのアクセプター結合配列64a〜64cを順次連結して構成されるアクセプター領域66と、アクセプター領域66に連結され標的分子52と特異的に結合する結合分子54を有する。また、アクセプター結合配列64a〜64cは、標的分子52と結合分子54との特異的な結合に伴いドナー領域62とアクセプター領域66とが近接する時に、アクセプター領域66に結合する少なくとも1つのアクセプター分子がドナー領域62に結合するドナー分子と蛍光共鳴エネルギー移動を発生し得る距離に近接するように設計される。
【0039】
なお、ドナープローブ部56のドナー領域62と標的分子52の間およびアクセプタープローブ部58のアクセプター領域66と結合分子54との間がそれぞれアミノ酸配列からなるリンカー68により連結されている。また、アクセプター領域66においても各アクセプター結合配列64a〜64cの間がそれぞれリンカー68により連結されている。各リンカー68を構成するアミノ酸配列やその長さは、標的分子52と結合分子54の結合や蛍光共鳴エネルギー移動を阻害しないものであれば何ら限定されない。
【0040】
次に、図6および7に示す模式図を用いて、FRETプローブ50における蛍光共鳴エネルギー移動について説明する。図6に示すように、標的分子52と結合分子54の結合前のFRETプローブ50は、ドナープローブ部56のドナー領域62に1つのドナー分子70を結合し、アクセプタープローブ部58のアクセプター領域66に3つのアクセプター分子72を結合して存在する。なお、3つのアクセプター分子72は、アクセプター領域66に設けられた3つのアクセプター結合配列64a〜64cにそれぞれ結合している。
【0041】
ドナープローブ部56の標的分子52とアクセプタープローブ部58の結合分子54との特異的な結合に伴い、図7に示すようにドナー領域62とアクセプター領域66とが近接する。これにより、アクセプター領域66に結合する3つのアクセプター分子72のうち、少なくとも1つのアクセプター分子72とドナー領域62に結合するドナー分子70が、蛍光共鳴エネルギー移動が発生し得る距離に近接される。なお、図7に示すように、ドナー領域62とアクセプター領域66はドナー分子70から3つのアクセプター分子72全てに蛍光共鳴エネルギー移動が発生し得る距離に近接し、3つのアクセプター結合配列64a〜64cのうち中央部に位置するアクセプター結合配列64bに結合するアクセプター分子72がドナー領域62に結合するドナー分子70と対向するように近接するのが好ましい。
【0042】
次に、ドナー分子70を励起する波長の光ビームをドナー分子70へ照射すると、ドナー分子70が励起され、励起エネルギーがドナー分子70から各アクセプター分子72へ移動する。また、ドナー分子70と最も近接するアクセプター分子72(アクセプター結合配列64bに結合するアクセプター分子72)には最も強度の大きい励起エネルギーの移動が生じる(図7の矢印M2)。このように、3つのアクセプター分子72を配列することで、ドナー分子70の励起エネルギーをアクセプター分子72へ移動し易くすることができる。すなわち、励起エネルギーの移動効率を高めることができる。また、ドナー分子70とアクセプター結合配列64bに結合するアクセプター分子72との距離にずれが生じた場合でも、少なくとも1つの他のアクセプター分子72(アクセプター結合配列64aおよび64cに結合するアクセプター分子72)がこれを補って励起エネルギーの移動を生じさせるため、蛍光共鳴エネルギー移動を起こし易くすることができる。
【0043】
続いて、励起エネルギーにより励起された3つのアクセプター分子72は、励起状態から基底状態に戻るときに各々蛍光を放出する。ここで、アクセプター結合配列64bのアクセプター分子72が最も強度の大きい励起エネルギーを受けているので、各アクセプター分子72から放出される蛍光強度もアクセプター結合配列64bに結合するアクセプター分子72が最も大きくなる(図3の矢印N2)。
なお、光ビームが照射されドナー分子70からアクセプター分子72へ移動しなかった励起エネルギーにより、ドナー分子70も蛍光を放出する。また、アクセプター分子72は、直接アクセプター分子72に照射された光ビームによる蛍光も放出する。
【0044】
なお、本実施形態において、ドナープローブ部56が標的分子52を有しアクセプタープローブ部58が結合分子54を有していたが、ドナープローブ部56が結合分子54を有しアクセプタープローブ部58が標的分子52を有する構成でもよい。
また、実施形態1および2のドナー結合配列24および60は、それぞれ1つのドナー分子22および70を結合するためのアミノ酸配列であるが、複数のドナー分子22および70を結合するためのアミノ酸配列であってもよい。また、実施形態1および2のアクセプター結合配列30a〜30cおよび64a〜64cは、それぞれ1つのアクセプター分子28および72を結合するためのアミノ酸配列であるが、複数のアクセプター分子28および72を結合するためのアミノ酸配列であってもよい。また、実施形態1および2において、ドナー領域14および62は1つのドナー結合配列14および60から構成されているが、複数のドナー結合配列14および60から構成されてもよい。
【0045】
なお、本実施形態のドナー領域52およびアクセプター領域72は、実施形態1のドナー領域14およびアクセプター領域18と同様の構成である。また、本実施形態のFRETプローブ50は、実施形態1のFRETプローブ10と同様の方法で作成することができ、FRETプローブ50(ドナープローブ部56とアクセプタープローブ部58)をコードする核酸をベクターに挿入して作成された発現ベクターを細胞内に導入し、同じ細胞内でFRETプローブ50を発現することができる。このような実施形態2のFRETプローブ50を用いても実施形態1と同様に蛍光共鳴エネルギー移動の測定を行うことができる。
【0046】
実施形態3
また、実施形態1では、ドナー領域14およびアクセプター領域18にそれぞれ蛍光色素であるドナー分子22およびアクセプター分子30を結合していたが、図8に示すようにドナー領域14およびアクセプター領域18が蛍光タンパク質から構成されるようにしてもよい。例えば、構造変化領域16の両端に設けられたドナー領域14とアクセプター領域18において、ドナー領域14に1つのドナー蛍光タンパク質74を配置し、アクセプター領域18にそれぞれリンカー20で連結された3つのアクセプター蛍光タンパク質76を配置することができる。また、実施形態2においても同様であり、図9に示すようにドナー領域62およびアクセプター領域66が蛍光タンパク質から構成されるようにしてもよい。例えば、ドナープローブ部56の標的分子52に連結されたドナー領域62に1つのドナー蛍光タンパク質74を配置し、アクセプタープローブ部58の結合分子54に連結されたアクセプター領域66にそれぞれリンカー68で連結された3つのアクセプター蛍光タンパク質76を配置することができる。
【0047】
なお、ドナー領域14および62のドナー蛍光タンパク質74とアクセプター領域18および66のアクセプター蛍光タンパク質76は、両蛍光タンパク質間に蛍光共鳴エネルギー移動が発生する蛍光波長を有していれば特に限定されず、例えばCFP(Cyan Fluorescent Protein)およびYFP(Yellow Fluorescent Protein)が利用できる。
なお、本実施形態のドナー領域14、構造変化領域16、およびアクセプター領域18の配置、または、ドナー領域62、標的分子52、アクセプター領域66、および結合分子54の配置は、実施形態1または2と同様である。また、本実施形態のFRETプローブ10および50は、実施形態1および2のFRETプローブ10および50と同様の方法で作成することができ、このような実施形態3のFRETプローブ10および50を用いても実施形態1および2と同様に蛍光共鳴エネルギー移動の測定を行うことができる。
【0048】
なお、実施形態1および2のアクセプター領域18および66は、3つのアクセプター結合配列30a〜30cおよび3つのアクセプター結合配列64a〜64cが順次連結して構成され、また、実施形態3においても同様にアクセプター領域18および66は、3つのアクセプター蛍光タンパク質76が順次連結して構成されているが、これらは3つでなくともよく、複数であればよい。すなわち、アクセプター結合配列30a〜30c、アクセプター結合配列64a〜64c、およびアクセプター蛍光タンパク質76は、複数連結されていればよく2つまたは4つ以上が順次連結された構成であってもよい。また、実施形態1〜3のアクセプター結合配列30a〜30c、64a〜64c、およびアクセプター蛍光タンパク質76の連結は、リンカー20および68で順次連結されて構成されているが、リンカー20および68を介さずに複数連続して配置されていてもよい。
【0049】
また、実施形態1〜3のアクセプター領域18および66は、蛍光色素(アクセプター分子22および72)または蛍光タンパク質(アクセプター蛍光タンパク質76)によりドナー領域14および62から励起エネルギーを受けているが、ドナー領域14および62とアクセプター領域18および66との間で蛍光共鳴エネルギー移動が発生すれば蛍光を発しないアクセプター分子またはタンパク質であってもよい。この場合、蛍光共鳴エネルギー移動の測定は、ドナー分子22および70からの蛍光強度および蛍光寿命により行うことができる。
【0050】
以上、本発明について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更をしてもよいのはもちろんである。
【符号の説明】
【0051】
10、50 FRETプローブ
12、52 標的分子
14、62 ドナー領域
16 構造変化領域
18、66 アクセプター領域
20、68 リンカー
22、70 ドナー分子
24、60 ドナー結合配列
26 標的分子結合部位
28、72 アクセプター分子
30a〜30c、64a〜64c アクセプター結合配列
32 細胞
34 フローサイトメータ
36 フローセル
38 光学ユニット
40 照射部
42a、42b 受光部
44 解析部
54 結合分子
56 ドナープローブ部
58 アクセプタープローブ部
74 ドナー蛍光タンパク質
76 アクセプター蛍光タンパク質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的分子との特異的な結合に伴う構造変化により、蛍光共鳴エネルギー移動を発生させるFRETプローブであって、
光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発するためのドナー領域と、
前記励起エネルギーを受けて蛍光を発するためのアクセプター領域と、
前記ドナー領域と前記アクセプター領域の間に連結され、前記標的分子との特異的な結合に伴って構造変化することにより前記ドナー領域と前記アクセプター領域を近接させる構造変化領域とを有し、
前記アクセプター領域は、互いに連続配置され、前記励起エネルギーを受けて蛍光を発するアクセプター分子が結合する複数のアクセプター結合配列または前記励起エネルギーを受けて蛍光を発する複数の蛍光タンパク質を有することを特徴とするFRETプローブ。
【請求項2】
前記アクセプター領域の複数の前記アクセプター結合配列は、互いにリンカーで連結されていることを特徴とする請求項1に記載のFRETプローブ。
【請求項3】
各アクセプター結合配列は、1つの前記アクセプター分子を結合することを特徴とする請求項1または2に記載のFRETプローブ。
【請求項4】
前記ドナー領域は、前記光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発するドナー分子が結合する1つのドナー結合配列を有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のFRETプローブ。
【請求項5】
前記ドナー結合配列は、1つの前記ドナー分子を結合することを特徴とする請求項4に記載のFRETプローブ。
【請求項6】
前記アクセプター領域に結合する1つの前記アクセプター分子は、前記標的分子の特異的な結合に伴う前記構造変化領域の構造変化により、前記ドナー領域の前記ドナー分子と対向することを特徴とする請求項4または5に記載のFRETプローブ。
【請求項7】
前記アクセプター領域の複数の前記蛍光タンパク質は、互いにリンカーで連結されていることを特徴とする請求項1に記載のFRETプローブ。
【請求項8】
前記ドナー領域は、前記光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発する蛍光タンパク質から構成されることを特徴とする請求項1〜3および7のいずれかに記載のFRETプローブ。
【請求項9】
標的分子と結合分子との特異的な結合により、蛍光共鳴エネルギー移動を発生させる2分子からなるFRETプローブであって、
前記標的分子と連結し、光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発するためのドナー領域と、
前記結合分子と連結し、前記励起エネルギーを受けて蛍光を発するためのアクセプター領域とを有し、
前記アクセプター領域は、互いに連結配置され、前記励起エネルギーを受けて蛍光を発するアクセプター分子を結合する複数のアクセプター結合配列または前記励起エネルギーを受けて蛍光を発する複数の蛍光タンパク質を有することを特徴とするFRETプローブ。
【請求項10】
前記アクセプター領域の複数の前記アクセプター結合配列は、互いにリンカーで連結されていることを特徴とする請求項9にFRETプローブ。
【請求項11】
前記アクセプター結合配列は、1つの前記アクセプター分子を結合することを特徴とする請求項9または10に記載のFRETプローブ。
【請求項12】
前記ドナー領域は、前記光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発するドナー分子が結合する1つのドナー結合配列を有することを特徴とする請求項9〜11のいずれかに記載のFRETプローブ。
【請求項13】
前記ドナー結合配列は、1つの前記ドナー分子を結合することを特徴とする請求項12に記載のFRETプローブ。
【請求項14】
前記アクセプター領域に結合する1つの前記アクセプター分子は、前記標的分子と前記結合分子との特異的な結合により、前記ドナー領域のドナー分子と対向することを特徴とする請求項12または13に記載のFRETプローブ。
【請求項15】
前記アクセプター領域は、互いにリンカーで連結される複数の前記蛍光タンパク質を有することを特徴とする請求項9に記載のFRETプローブ。
【請求項16】
前記ドナー領域は、前記光ビームの照射を受けて励起エネルギーを発する蛍光タンパク質から構成されることを特徴とする請求項9〜11および15のいずれかに記載のFRETプローブ。
【請求項17】
請求項1〜16のいずれかに記載のFRETプローブをコードする核酸を含む発現ベクター。
【請求項18】
請求項17に記載の発現ベクターを有する細胞。
【請求項19】
請求項1〜16のいずれかに記載のFRETプローブを細胞に導入し、前記細胞に光ビームを照射し、前記ドナー領域から前記アクセプター領域への蛍光共鳴エネルギー移動を測定するFRET測定方法。
【請求項20】
前記蛍光共鳴エネルギー移動の測定は、前記ドナー領域から発せられる蛍光の蛍光寿命の検出により行われる請求項19に記載のFRET測定方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2010−233491(P2010−233491A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−84678(P2009−84678)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】