説明

L−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンの製造法

【課 題】 3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンから優先的にL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンを工業的有利に生産すること。
【解決手段】 リゾビウム(Rhizobium)属、メソリゾビウム(Mesorhizobium)属、オクロバクトラム(Ochrobactrum)属、シュードアミノバクター(Pseudaminobacter)属およびエンシファー属(Ensifer)から選択される属に属し、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンからL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンを生産する能力を有する微生物またはその調製物を、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンを含有する液と接触せしめ、前記液中にL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンを生成蓄積せしめ、これを採取することを特徴とするL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンの製造法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は医薬品として有用なことが知られている光学活性L−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリン(以下L−スレオ−DOPSと略記する。)を製造する方法に関する。さらに詳しくは、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンからL−スレオ−DOPSを生産することのできる酵素を産生する微生物菌体あるいはその調製物により、L−スレオ−DOPSを選択的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、L−スレオ−DOPSの合成は、以下の方法により行なわれていた。即ち、ベンズアルデヒド誘導体とグリシンを強アルカリ存在下で縮合させることによりラセミ−スレオ/エリスロ−フェニルセリン誘導体を得た後、スレオ/エリスロ体の相互分離処理を行い、得られたラセミ−スレオ−フェニルセリン誘導体のアミノ基部分に置換基を導入した後、キニン、ブルシン等の光学分割剤を用いて光学分割を行い、最後にアミノ基部分の置換基を除去する方法である(化学合成法)。
しかし、上記ベンズアルデヒド誘導体とグリシンからの化学合成法では、高立体選択的な合成が困難なため、スレオ/エリスロ体、D/L体の4種類の異性体が生成し、目的のL−スレオ−DOPSを得るためには繁雑な分離工程が必要となるばかりでなく、D/L体の光学分割にはキニン、ブルシン等の非常に高価な光学分割剤を用いなければならない等の問題点がある。
【0003】
また、エシェリヒア属に属する微生物等により得られるL−スレオニンアルドラーゼや、バチルス属に属する微生物により得られるフェニルセリンアルドラーゼにアルデヒド誘導体とグリシンを作用させてL−スレオ−フェニルセリン誘導体を得る方法が知られている(特許文献1〜特許文献5、非特許文献1)。しかし、これらの酵素を用いた場合も、L−スレオ−フェニルセリン誘導体ばかりではなく、L−エリスロ−フェニルセリン誘導体がかなりの割合で副生し、これらのL−エリスロ体を除去しなければならないという問題点があった。非特許文献1によるとエシェリシア・コリ(Escherichia coli)由来のL−スレオニンアルドラーゼを用いて、ベンズアルデヒド誘導体とグリシンからL−スレオ−フェニルセリン誘導体を合成する場合の選択性は、−50〜46%d.e.であった。
【0004】
さらに、シュードモナス属に属する微生物により得られるL−スレオニンアルドラーゼにアルデヒド誘導体とグリシンを作用させてL−スレオ−フェニルセリン誘導体を、選択性57.5〜100%d.e.で(非特許文献2参照)、アエロモナス属に属する微生物により得られるL−アロ−スレオニンアルドラーゼにベンズアルデヒドとグリシンを作用させてL−スレオ−フェニルセリンを選択性73.2%d.e.で(非特許文献3参照)で得る方法が知られているが、その他の微生物での報告はなかった。
尚、選択性を表わす指標過剰率(%d.e.)は次の計算式により算出される。L−スレオ体過剰率(%d.e.)={(L−スレオ体−L−エリスロ体)÷(L−スレオ体+L−エリスロ体)}×100
【特許文献1】特公昭52−46313号公報
【特許文献2】特公昭51−6239号公報
【特許文献3】特公昭54−3952号公報
【特許文献4】特公昭54−12554号公報
【特許文献5】特開平9−238680号公報
【非特許文献1】キムラ・ティー(Kimura,T.)他3名、ジヤーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエテイー(J.Am.Chem.Soc.),1997年、第119巻、p.11734−11742
【非特許文献2】リウ・ジェイ・キュー(Liu,J.Q)他5名、アプライド・マイクロバイオロジー・アンド・バイオテクノロジー(Appl Microbiol Biotechnol)、1998年、第49巻、p.702−708
【非特許文献3】日本農芸化学会誌、1998年、第72(5)巻、p.746−747
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記問題を解決し、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンから、高選択的にL−スレオ−DOPSを得ることのできる新たな微生物を用いたL−スレオ−DOPSの製造法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンから高選択的にL−スレオ−DOPSを合成する菌株のスクリーニングを行なった結果、リゾビウム属、メソリゾビウム属、オクロバクトラム属、シュードアミノバクター属またはエンシファー属に属す微生物が、高選択的にL−スレオ−DOPSを合成することを見出し、本発明に到達した。
【0007】
すなわち、本発明は、
[1]リゾビウム(Rhizobium)属、メソリゾビウム(Mesorhizobium)属、オクロバクトラム(Ochrobactrum)属、シュードアミノバクター(Pseudaminobacter)属およびエンシファー属(Ensifer)から選択される属に属し、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンからL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンを生産する能力を有する微生物またはその調製物を、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンを含有する液と接触せしめ、前記液中にL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンを生成蓄積せしめ、これを採取することを特徴とするL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンの製造法、
[2]微生物がリゾビウム・ラジオバクター(Rizobium radiobacter)、リゾビウム・リゾゲネス(Rizobium rhizogenes)、エンシファー・アドヘレンス(Ensifer adhaerens)、エンシファー・アルボリス(Ensifer arboris)、エンシファー・メディカ(Ensifer medicae)およびエンシファー・メリロティ(Ensifer meliloti)から選択される種に属することを特徴とする前項[1]記載のL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンの製造法、および
[3]微生物がリゾビウム・ラジオバクター(Rizobium radiobacter){独立行政法人製品評価技術基盤機構、生物遺伝資源部門保存カタログ番号(NBRC生物資源カタログ):NBRC15296}、リゾビウム・リゾゲネス(Rizobium rhizogenes)(同カタログ番号:NBRC14793、NBRC15196、NBRC15198、NBRC15199、NBRC15200またはNBRC15201)、エンシファー・アドヘレンス(Ensifer adhaerens)(同カタログ番号:NBRC100387)、エンシファー・アルボリス(Ensifer arboris)(同カタログ番号:NBRC100383)、エンシファー・メディカ(Ensifer medicae)(同カタログ番号:NBRC100384)およびエンシファー・メリロティ(Ensifer meliloti)(同カタログ番号:NBRC14782)から選択される微生物の菌株であることを特徴とする前項[1]記載のL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンの製造法、
に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明により見出されたリゾビウム属、メソリゾビウム属、オクロバクトラム属、シュードアミノバクター属またはエンシファー属に属す微生物は、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンから選択的にL−スレオ−DOPSを合成する能力を有していることから、これらに属する微生物種を使用することにより、医薬品として有用なことが知られているL−スレオ−DOPSを効率良く安価に製造する事が出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明に用いる微生物は、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンからL−スレオ−DOPSを合成する為の酵素であるL−スレオニンアルドラーゼを菌体内に有する。L−スレオニンアルドラーゼは主としてL−スレオニンからグリシンとアセトアルデヒドを生成する反応を触媒する酵素である。また、L−スレオニンアルドラーゼは、前記の逆反応でグリシンとアセトアルデヒドからL−スレオニンを生成する反応も触媒する酵素である。さらにまた、該酵素はアセトアルデヒドばかりではなく、他のアルデヒドでも上記触媒反応を進行させる。従って、該酵素による上記の逆反応を利用し、アルデヒド化合物として3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンとの反応によりL−スレオ−DOPSを効率良く合成することができると考えられる。
【0010】
本発明に使用される微生物としては、リゾビウム属、メソリゾビウム属、オクロバクトラム属、シュードアミノバクター属またはエンシファー属等に属する微生物であって、L−スレオニンアルドラーゼを産生しうる微生物が好ましく挙げられる。
リゾビウム属に属す微生物としては、例えばリゾビウム・ラジオバクター(Rhizobium radiobacter)種に属する独立行政法人製品評価技術基盤機構(以下、同機構と略記することもある。)、生物遺伝資源部門生物資源カタログ番号NBRC3058,NBRC12607,NBRC12664,NBRC12665,NBRC13532,NBRC13533,NBRC14554,NBRC14555,NBRC15188,NBRC15189,NBRC15190,NBRC15191,NBRC15192,NBRC15193,NBRC15194,NBRC15195,NBRC15292,NBRC15293,NBRC15294,NBRC15295,NBRC15296またはNBRC15297等や,リゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)種に属する同機構保存菌株番号NBRC14793,NBRC15196,NBRC15197,NBRC15198,NBRC15199,NBRC15200,NBRC15201またはNBRC15202等が好ましく挙げられる。
【0011】
メソリゾビウム属に属す微生物としては、例えばメソリゾビウム・シセリ(Mesorhizobium ciceri)種に属する同機構保存菌株番号NBRC100389等,メソリゾビウム・フワクイ(Mesorhizobium huakuii)種に属す同機構保存菌株番号NBRC15243またはNBRC15244等,あるいはメソリゾビウム・ロティ(Mesorhizobium loti)種に属する同機構保存菌株番号NBRC13336,NBRC14996,NBRC14997,NBRC14998,NBRC14999またはNBRC15000等が好ましく挙げられる。
オクロバクトラム属に属す微生物としては、例えばオクロバクトラム・アントロピ(Ochrobactrum anthropi)種に属する同機構保存菌株番号NBRC15819等,オクロバクトラム・インターメディウム(Ochrobactrum intermedium)種に属する同機構保存菌株番号NBRC12951,NBRC13694またはNBRC15820等,あるいはオクロバクトラム・エスピー(Ochrobactrum sp.)種に属する同機構保存菌株番号NBRC12950,NBRC12952またはNBRC12953等が好ましく挙げられる。
シュードアミノバクター属に属す微生物としては、例えばシュードアミノバクター・デフルビ(Pseudaminobacter defluvii)種に属する同機構保存菌株番号NBRC14570等が好ましく挙げられる。
エンシファー属に属す微生物としては、例えばエンシファー・アドヘレンス(Ensifer adhaerens)種に属する同機構保存菌株番号NBRC100387またはNBRC100388等,エンシファー・アルボリス(Ensifer arboris)種に属する同機構保存菌株番号NBRC100383等,エンシファー・フレディ(Ensifer fredii)種に属する同機構保存菌株番号NBRC14780等,エンシファー・コスティエンシス(Ensifer kostiensis)種に属する同機構保存菌株番号NBRC100382等,エンシファー・メディカ(Ensifer medicae)種に属する同機構保存菌株番号NBRC100384等,エンシファー・メリロティ(Ensifer meliloti)種に属する同機構保存菌株番号NBRC14782等,エンシファー・サヘリ(Ensifer saheli)種に属する同機構保存菌株番号NBRC100386等,またはエンシファー・キシンジアンエンシス(Ensifer xinjiangensis)種に属する同機構保存菌株番号NBRC100018等が好ましく挙げられる。
これらの微生物の中でもリゾビウム・ラジオバクター、リゾビウム・リゾゲネス、エンシファー・アドヘレンス、エンシファー・アルボリス、エンシファー・メディカまたはエンシファー・メリロティがより好ましく、NBRC15296、NBRC14793、NBRC15196、NBRC15198、NBRC15199、NBRC15200、NBRC15201、NBRC100387、NBRC100383、NBRC100384またはNBRC14782が特に好ましい。
また、これら微生物は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を一緒に使用してもよい。
尚、これらの微生物は独立行政法人製品評価技術基盤機構(日本、木更津)に保存されている菌株であり、誰にでも容易に入手することができる。
【0012】
本発明に用いられるリゾビウム属、メソリゾビウム属、オクロバクトラム属、シュードアミノバクター属またはエンシファー属に属する菌株(微生物)は、紫外線、エックス線または薬品等を用いる人工的な変異手段で変異させられる場合があるが、このような変異株(変異微生物)であっても本発明の対象とする3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンからL−スレオ−DOPSを合成する能力を有するかぎり、全て本発明に使用することが出来る。
【0013】
微生物は下記する微生物培養培地等で、培養温度約20〜40℃、培養時間約1〜7日間、培地のpH約5.0〜8.0程度で培養されることが好ましい。
【0014】
微生物の調製物としては、例えば凍結乾燥やアセトン処理等による乾燥菌体、微生物から分離、精製して調製した酵素(L−スレオニンアルドラーゼ)、担体に微生物または酵素を結合させた固定化微生物または固定化酵素等が挙げられる。酵素の精製法は、菌体(微生物)を超音波やガラスビーズで破砕した後、例えば硫安沈殿、イオン交換またはゲルろ過カラムクロマトグラフィー等といった通常酵素精製に用いられる精製法を組み合わせて行なうことができる。
【0015】
担体としては、通常微生物や酵素の固定化に使用される担体、例えばセライト、ケイソウ土、カオリナイト、シリカゲル、モレキュラーシーブス、多孔質ガラス、活性炭、炭酸カルシウム、セラミックス等の無機担体 、セラミックスパウダー、ポリビニルアルコール、ポリプロピレン、アクリルアミド、カラギーナン、キトサン、イオン交換樹脂、疎水吸着樹脂、キレート樹脂、合成吸着樹脂等の有機高分子等が挙げられ、公知の方法、例えば吸着法、イオン結合法、共有結合法または生化学的特異結合法等により前記担体に、微生物や酵素等の微生物調製物を固定化できる。
【0016】
3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンを含有する液(以下、反応液と略記する。)の基礎となる溶液としては、本発明に使用される微生物の生育やL−スレオニンアルドラーゼの酵素の働きを阻害しない溶液であれば特に制限はなく、例えば微生物培養培地または緩衝液等が好ましく挙げられる。
【0017】
微生物培養培地は、通常の微生物の培養に使用される培地であれば好ましく用いることができ、例えば炭素源、窒素源、無機塩類およびその他の栄養物質等を含有する天然培地または合成培地等が用いられる。
炭素源としては、例えばグルコース、フルクトース、シュークロース、マンノース、マルトース、マンニトール、キシロース、ガラクトース、澱粉、糖蜜、ソルビトールまたはグリセリン等の糖質および糖アルコール、酢酸、クエン酸、乳酸、フマル酸、マレイン酸またはグルコン酸等の有機酸、エタノールまたはプロパノール等のアルコール等が挙げられる。また、所望によりノルマルパラフィン等の炭化水素等も用いることができる。炭素源は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を混合して使用してもよい。
これら炭素源の培地における濃度は通常約0.1〜10%(wt)程度である。
【0018】
窒素源としては、窒素化合物、例えば塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等の無機もしくは有機アンモニウム化合物、尿素、アンモニア水、硝酸ナトリウムまたは硝酸カリウム等が挙げられるが、これらに限定されない。また、コーンスティープリカー、肉エキス、ペプトン、NZ−アミン、蛋白質加水分解物またはアミノ酸等の含窒素有機化合物等も使用可能である。窒素源は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を混合して使用してもよい。
窒素源の培地濃度は、使用する窒素化合物によっても異なるが、通常約0.1〜10%(wt)程度である。
【0019】
無機塩類としては、例えばリン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硝酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸コバルトまたは炭酸カルシウム等が挙げられる。これら無機塩は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を混合して使用してもよい。
無機塩類の培地濃度は、使用する無機塩によっても異なるが、通常約0.01〜1.0%(wt)程度である。
【0020】
栄養物質としては、例えば肉エキス、ペプトン、ポリペプトン、酵母エキス、乾燥酵母、コーンスティープリカー、脱脂粉乳、脱脂大豆塩酸加水分解物または動植物若しくは微生物菌体のエキスやそれらの分解物等が挙げられる。
栄養物質の培地濃度は、使用する栄養物質によっても異なるが、通常約0.1〜10%(wt)程度である。
【0021】
培地のpHは約5.0〜8.0程度が好ましい。
【0022】
緩衝液としては、例えばリン酸バッファー、トリスバッファー、リン酸緩衝食塩水、酢酸緩衝液等が挙げられる。緩衝液のpHは、通常約5〜10、さらに約6.5〜8.5が好ましい。
【0023】
反応液中に含まれる3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドはL−スレオニンアルドラーゼの酵素活性を阻害しない程度の濃度で用いられ、通常反応液の0.1〜10%(wt)程度である。またその供給方法としては、反応液へ分割添加や連続的に添加する方法等で行うことが出来る。
【0024】
反応液中に含まれる他方の反応基質であるグリシンは、通常約0.1〜30%(wt)程度を反応液中に存在せしめて使用されるが、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドに対しては等モル以上で使用することが好ましい。グリシンは、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドと同様に反応液に添加できる。
【0025】
尚、本発明の3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンからL−スレオ−DOPSを合成する反応(以下、単に反応ということもある)を触媒する酵素(L−スレオニンアルドラーゼ)は構成酵素と考えられるので、反応液中に必ずしもスレオニンあるいは本発明の目的物質(L−スレオ−DOPS)等を添加する必要がないが、場合によりスレオニンやその類似物質を添加してもよい。これらを添加することにより、より触媒活性が高められることがある。
【0026】
反応液と微生物との接触は、例えば培養した微生物を遠心分離機やろ過等で集め、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンを含有する反応液に加えて接触せしめてもよく、また集めた微生物を例えば水媒体中で超音波やガラスビーズ等で破砕した後のL−スレオニンアルドラーゼを含む遠心分離上清または該上清から精製したL−スレオニンアルドラーゼを反応液に加える方法であってもよい。また、固定化微生物や固定化酵素を反応液と接触させても良い。
反応液と微生物またはその調製物との接触方法は、公知の方法、例えばバッチ方式または連続方式(例えば、カラム法、固定化微生物、固定化酵素法等)など、いずれの方法も用いることができる。また、反応液と微生物をフィルターなどにより分離し、微生物を連続的に回収し、繰り返し再使用することもできる。
【0027】
本発明の反応は、pH約5〜10、特に好ましくは約6.5〜8.5において、温度約5〜60℃、特に約10〜50℃で静置若しくは攪拌下に反応を進行せしめる。反応時間としては、通常約1〜48時間の範囲で実施できる。
また、本発明の反応は、好気、嫌気いずれの条件でも行なうことができる。また、反応液と微生物の反応は、微生物が生存できる条件、例えば上記微生物の培養における条件と同様の条件で実施することが好ましい。
【0028】
本酵素系には補酵素としてビタミンB6が要求されるため、反応液には、例えばピリドキシン、ピリドキサールまたはピリドキサール−5’−リン酸等を添加することが好ましい。該補酵素を添加することにより反応が高められ得る。
また。反応液には、所望により例えば2−メルカプトエタノールのような還元剤を添加することもできる。
【0029】
かくして反応せしめた反応液中には、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンから両化合物の反応生成物であるL−スレオ−DOPSが高選択的にかつ高収率(反応条件により一概にはいえないが、約15%d.e.以上、好ましくは約20%d.e.以上、より好ましくは約20〜80%d.e.程度である。)に生成し得る。
反応液中から合成されたL−スレオ−DOPSの採取および精製は、イオン交換樹脂、吸着樹脂やシリカゲル等のクロマト分離、酢酸エチルやトルエン等の有機溶媒を用いた溶媒抽出、溶解度の差を利用した分別結晶化等を組み合わせて行なうことができる。
【0030】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに特に限定されることはない。
【実施例1】
【0031】
表1に示した微生物をそれぞれ下記の培地Aまたは培地B10mLで、30℃、1〜4日間(表1に詳記)振とう培養した。培養液から遠心分離により菌体を集め、生理食塩水で3回洗浄後、0.1Mトリス塩酸緩衝液(pH7.5)1mLに懸濁し、直径0.1mmのガラスビーズ1mLを加え、ビーズホモジナイザー(モデルBC−20,セントラル科学貿易社製)で2,000rpm、3分間の細胞粉砕処理を二回繰り返した後、遠心分離により無細胞抽出液を得た。
培地A:
ポリペプトン1.0%,酵母エキス0.2%,硫酸マグネシウム0.1%,ビリドキシン0.05%,pH7.0
培地B:
グルコース1.0%,ポリペプトン1.0%,酵母エキス0.2%,硫酸マグネシウム0.1%,ビリドキシン0.05%,pH7.0
反応は以下の条件で行なった。
反応液組成:
30mg/mL 3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒド
と300mg/mL グリシン混合溶液 333μL
0.6mg/mL ビリドキサール−6−リン酸 25μL
2−メルカプトエタノール 1μL
無細胞抽出液 141μL
反応温度: 37℃
反応時間: 3時間
反応終了後、反応液に1.5mLのメタノールを添加し攪拌混合し反応を停止させ、遠心分離により沈殿を除去した上清の反応混合物中に存在するL−スレオ/エリスロ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンは高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により分析・定量した。
HPLCの分析条件は以下の通りである。
カラム:コスモシル5C18−MS(Φ4.6×150mm)
カラム温度:30℃
移動相:0.1%1−ヘプタンスルホン酸(リン酸でpH2.5に調整)/メタノール/1,4−ジオキサン=500/50/15
流速:0.75mL/分
検出器:UV220nm
【0032】
結果を表1に表示する。尚、立体選択性は以下の計算式により算出した。
【数1】

表1の結果から、本発明の方法に使用される微生物を用いて3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンから、両化合物の反応生成物として、L−スレオ−DOPSが、エリスロ体に比べて高選択的に生成されることが明らかとなった。
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0033】
医薬品として有用なL−スレオ−DOPSの製造を煩雑な分離精製工程を行うこともなく工業的に有利に実施できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リゾビウム(Rhizobium)属、メソリゾビウム(Mesorhizobium)属、オクロバクトラム(Ochrobactrum)属、シュードアミノバクター(Pseudaminobacter)属およびエンシファー属(Ensifer)から選択される属に属し、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンからL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンを生産する能力を有する微生物またはその調製物を、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒドとグリシンを含有する液と接触せしめ、前記液中にL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンを生成蓄積せしめ、これを採取することを特徴とするL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンの製造法。
【請求項2】
微生物がリゾビウム・ラジオバクター(Rizobium radiobacter)、リゾビウム・リゾゲネス(Rizobium rhizogenes)、エンシファー・アドヘレンス(Ensifer adhaerens)、エンシファー・アルボリス(Ensifer arboris)、エンシファー・メディカ(Ensifer medicae)およびエンシファー・メリロティ(Ensifer meliloti)から選択される種に属することを特徴とする請求項1記載のL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンの製造法。
【請求項3】
微生物がリゾビウム・ラジオバクター(Rizobium radiobacter){独立行政法人製品評価技術基盤機構、生物遺伝資源部門保存カタログ番号(NBRC生物資源カタログ):NBRC15296}、リゾビウム・リゾゲネス(Rizobium rhizogenes)(同カタログ番号:NBRC14793、NBRC15196、NBRC15198、NBRC15199、NBRC15200またはNBRC15201)、エンシファー・アドヘレンス(Ensifer adhaerens)(同カタログ番号:NBRC100387)、エンシファー・アルボリス(Ensifer arboris)(同カタログ番号:NBRC100383)、エンシファー・メディカ(Ensifer medicae)(同カタログ番号:NBRC100384)およびエンシファー・メリロティ(Ensifer meliloti)(同カタログ番号:NBRC14782)から選択される微生物の菌株であることを特徴とする請求項1記載のL−スレオ−3,4−ジヒドロキシフェニルセリンの製造法。

【公開番号】特開2007−54011(P2007−54011A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−245865(P2005−245865)
【出願日】平成17年8月26日(2005.8.26)
【出願人】(591178012)財団法人地球環境産業技術研究機構 (153)
【出願人】(301037213)独立行政法人製品評価技術基盤機構 (25)
【Fターム(参考)】