説明

MAG溶接用ソリッドワイヤ

【課題】逆極性でMAG溶接を行うに際し、コストを上昇させることなく、スパッタ発生量を低減することのできるMAG溶接用ソリッドワイヤを提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.150%以下、Si:0.20〜1.00%、Mn:0.60〜2.00%、P:0.030%以下、S:0.030%以下を夫々含有する他、Tiおよび/またはZrを合計量で0.30%以下含有すると共にCuを含有し、残部が鉄および不可避的不純物よりなるMAG溶接用ソリッドワイヤであって、前記Cuの含有量が、ワイヤ全質量に対して、0.70〜6.00%の範囲にあることを特徴とするMAG溶接用ソリッドワイヤである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MAG溶接に使用されるソリッドワイヤに関し、特に溶接時に発生するスパッタを極力低減できるMAG溶接用ソリッドワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
MAG溶接(metal active gas welding)は、シールドガスとしてアルゴンガスとCO2ガスの混合ガス(例えばAr:80%、CO2:20%)を用いて行われており、ビード外観が良好な溶接として広く適用されている。近年では、溶接作業性や溶接効率を重視し、シールドガスとして100%のCO2ガスを用いたMAG溶接が実施されている。しかしながら、100%のCO2ガスを用いたMAG溶接では、スパッタが発生しやすくなるという問題がある。こうしたスパッタを低減する手段として、落下溶滴の微細化やアークを安定化させることが有効であり、これらの手段によって溶滴の移行が安定し、スパッタを低減することが可能である。
【0003】
従来、スパッタを低減させるために、溶接ワイヤ中に様々な元素を添加した技術が提案されている。例えば、非特許文献1、2では、溶接ワイヤ中にMn、Si、Tiを添加し、またC、Al量を抑制すればスパッタを低減できる旨が開示されている。また、特許文献1ではワイヤ中にSeを添加し、特許文献2ではSbを添加することがスパッタの低減に有効であることが示されている。Seは表面活性剤であり溶滴の表面張力を低下させる効果があるため落下溶滴を微細化することができ、Sbは旧オーステナイト粒界に偏析し酸素濃度を増加させる効果があるためアークを安定させることができるというものである。一方、ワイヤ表面にKを塗布したり(特許文献3)、ワイヤ表層部に内部酸化物を形成しその酸化物内にアルカリ金属を含有させる(特許文献4)ことによって、スパッタを低減させる技術も提案されている。Kなどのアルカリ金属は蒸気圧が非常に高く、電離しやすい傾向にあることからアークを安定させることができる。さらに、特許文献5、6にはREM元素の添加によってスパッタを低減する技術が提案されている。
【0004】
上記の元素は、溶滴を微細化し、アークを安定化させることができ、スパッタの低減が可能であるが、例えばSeは毒物であることから取り扱いが難しいという欠点がある。またKの表面塗布は数ppm程度の塗布量が限界であり、ワイヤ表層部に内部酸化物を形成してその酸化物内にアルカリ金属を含有させる場合でもアルカリ金属を20〜30ppm程度含有させることが限界であり、スパッタ低減効果は十分とはいえない。またアルカリ金属をワイヤ中に含有させるためには、窒素ガス雰囲気での焼鈍が必要となり、コストと時間がかかる。さらに、REM元素の添加についても、REMは高価な元素であるとともに、非常に活性な物質であるためにREMを添加した鋼を溶製する際の歩留まりが悪く、コストが上昇してしまう。またMAG溶接では溶滴移行を速めて溶接作業性を高めるために逆極性(ワイヤ電極が+、母材が−)で施行されるのが一般的であるが、REM添加ワイヤでは正極性(ワイヤ電極が−、母材が+)でなければスパッタ低減効果は発揮できず、MAG溶接で用いるソリッドワイヤとしては適用しにくいという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−256484号公報
【特許文献2】特開平5−293689号公報
【特許文献3】特開2006−95551号公報
【特許文献4】特開平8−1369号公報
【特許文献5】特開2005−46878号公報
【特許文献6】特開2003−225792号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】溶接学会誌、1981年、第50巻、第11号、p.1059
【非特許文献2】溶接学会論文集、1983年、第1巻、第2号、p.279
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は通常使用されている逆極性でMAG溶接を行うに際し、コストを上昇させることなく、スパッタ発生量を低減することのできるMAG溶接用ソリッドワイヤを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決することのできた本発明に係るMAG溶接用ソリッドワイヤとは、質量%で、C:0.150%以下、Si:0.20〜1.00%、Mn:0.60〜2.00%、P:0.030%以下、S:0.030%以下を夫々含有する他、Tiおよび/またはZrを合計量で0.30%以下を含有すると共にCuを含有し、残部が鉄および不可避的不純物よりなるMAG溶接用ソリッドワイヤであって、前記Cuの含有量が、ワイヤ全質量に対して、0.70〜6.00%の範囲にあることを特徴とするものである。
【0009】
本発明に係るMAG溶接用ソリッドワイヤは、ワイヤ表面にワイヤ全質量に対して、Cuメッキ量が0.10〜0.30%であるCuメッキ層を有するものも含まれ、ワイヤからCuメッキ層を除いた線材におけるCu含有量とCuメッキ量を合計して、0.70〜6.00%の範囲にあることを特徴とするものである。また、必要に応じて、更にMo:0.60%以下、および/またはAl:0.50%以下を含有するものである。
【0010】
なお、前記線材とは、メッキの施されていない、溶接用フラックスを内装しない鋼素線を主体とする溶接用の軟鋼ワイヤを指す。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、MAG溶接用ソリッドワイヤ中にCuを所定量含有させることによって、溶滴を微細化させ、かつ、アークを安定化させることができ、スパッタ量を低減することが可能となった。また、製造段階においてNガスなどの特殊雰囲気による焼鈍などの特殊な工程も必要とせず、容易に製造可能となり、製造コストが緩和する。こうしたソリッドワイヤは、シールドガスとして100%CO2を用いる場合や、比較的CO2ガスの混合量の多い混合ガス(アルゴンとCO2の混合ガス)を用いたMAG溶接用ソリッドワイヤとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】Feに添加する元素の添加量と溶滴の表面張力の関係を示したグラフである。
【図2】各試験ワイヤについての溶滴サイズの内訳を示したグラフである。
【図3】溶滴の離脱時間と離脱時の溶滴径の関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明では、MAG溶接用ソリッドワイヤにおいてCuを所定量含有させることによって、溶滴の微細化とアークの安定化が起こり、スパッタ量が低減できるという点に特徴を有する。Cuを含有させることによって、溶滴の微細化とアークの安定化を実現できるメカニズムは以下のように推定される。
【0014】
まず溶滴の微細化について説明する。図1は、Feに添加する元素の添加量と表面張力との関係を表したものである。International Materials Review 1988 Vol.33 No.1 p.1によれば、Fe−Cu二元系の場合、表面張力は下記(1)式で近似できることが示されている。
γFe-Cu=γFe−30×[at.%Cu] ・・・(1)
またその他の元素についても例えば、下記(2)〜(6)式のように近似できる。
γFe-Cr=γFe−7×[at.%Cr] ・・・(2)
γFe-C=γFe−4×[at.%C] ・・・(3)
γFe-Al=γFe−18×[at.%Al] ・・・(4)
γFe-Mn=γFe−50×[at.%Mn] ・・・(5)
γFe-B=γFe−25×[at.%B] ・・・(6)
但し、[at.%(元素名)]は各元素の含有量(原子%)を意味する。
【0015】
γFeを1800mN/mとしたとき、上記(1)〜(6)の近似式に基づけば、各元素の添加量と表面張力の関係は図1に示される通りである。表面張力を低下させる効果について、同じ添加量で比較した場合にCuよりも表面張力低下の効果が優れているものも存在しているが、Cu以外の他の元素についてはスラグ量や溶接金属の機械的性質等の観点から、多量に添加することは好ましくない。
【0016】
一方、Cuは比較的多量に含有させても他の特性(例えば靭性など)に悪影響を与えることがないため多量に含有させることが可能であり、一定以上含有させることで溶滴の表面張力を十分に低下させることができる。
【0017】
なお、本発明にはワイヤ表面にCuメッキ層を有するものも包含されるが、このような場合はメッキ層のCu量も含めて、ワイヤ全質量中のCu量が上記範囲となるように制御すればよい。因みに、通常ソリッドワイヤにおいてCuメッキを採用する場合には、ワイヤ全質量に対するCu含有量は、0.10〜0.30%の範囲内となっている。
【0018】
次に、アークの安定化についてであるが、Cuは溶鉄の表面に比較的吸着しやすく、溶滴表面中のCuの占有面積は大きいものとなる。CuはFeに比較して蒸気圧が低いため優先的に蒸発しやすく、溶滴近傍で発生したCu蒸気の影響でアークの電気伝導性や熱伝導が良好となり、アークの極点が安定化するものと考えられる。
【0019】
Cu以外の成分については、ソリッドワイヤとして、鉄骨建築、自動車の分野などの使用目的で成分範囲を想定し、下記理由により、成分範囲が調整されている。
【0020】
Cの添加は強度上昇、焼き入れ性向上に効果的であるが過剰添加は延性、靭性が劣化する。Si、Mnは脱酸元素として働き、溶着金属の酸素量を低下させて靭性が向上するが、過剰に添加すると溶着金属は脆化し、靭性、延性は劣化する。Tiは高電流でアークを安定させる元素であり、かつC、Nと親和力が高いことから、微細炭窒化物を析出し、強度、靭性が向上する。しかし、過剰に添加すると強脱酸元素であるため、スラグが多量に発生する。S、Pは不純物元素であり、高温割れを防止するうえで、極力低いことが好ましい。以上のように、添加元素は溶着金属の機械的性質、溶接作業性、溶接欠陥に対して特徴を発揮するものである。
【0021】
本発明において、このような範囲のソリッドワイヤを対象としたのは、Cuを適度に添加することで致命的な強度、靭性の劣化を起こすことなく、溶滴移行を安定させ、スパッタの低減効果が得られるという観点からである。本発明による各添加元素の限定範囲の詳細は以下のようになる。
【0022】
C(炭素):0.150質量%以下
Cは溶接金属の強度を確保するのに必要な元素である。このC量が微量であってもスパッタの発生には影響しないため下限は設定しないが、0.150質量%を超えて多量に含まれると、溶接中の酸素と反応しCOガスとして溶滴表面にバブルを発生させ、これがはじけてスパッタを発生させる等、溶接作業性を阻害する。このためCの含有量は0.150質量%以下の範囲と規定する。一方、C添加量が低すぎると強度の確保が困難なため、好ましくは0.010〜0.150質量%である。C量はより好ましくは0.02〜0.13質量%であり、さらに好ましくは0.03〜0.11質量%である。
【0023】
Si(珪素):0.20〜1.00質量%
Siは主要な脱酸元素の一つであり、溶接金属中の酸素を低減することで、溶接金属の強度、靭性を確保する。Si添加量はスパッタの発生に対しては大きく影響しないが、添加量が0.20質量%未満であると脱酸不足によりブローホールが発生する。一方、1.00質量%を超えて含有されるとスラグが大量発生する。このため、Si含有量は0.20〜1.00質量%の範囲と規定する。Si量は好ましくは0.3〜0.9質量%であり、より好ましくは0.4〜0.8質量%である。
【0024】
Mn(マンガン):0.60〜2.00質量%
MnはSiと同様に脱酸剤もしくは硫黄捕捉剤として溶接金属の強度、靭性を確保するものである。含有量が0.60質量%未満であると脱酸不足によりブローホールが発生し、2.00質量%を超えて含有すると強度の過剰増加による割れ、スパッタの増加やスラグの大量発生が起こる。このため、Mnの含有量は0.60〜2.00質量%の範囲と規定する。Mn量は好ましくは0.8〜1.8質量%であり、より好ましくは1.0〜1.7質量%である。
【0025】
Ti、Zr:合計量で0.30質量%以下
Ti(チタン),Zr(ジルコニウム)ともに強脱酸元素であり、炭化物や窒化物にもなりやすく、溶接金属中で核になり、結晶粒の微細化によって、溶接金属の強度、靭性が向上する。また、Tiは高電流でアーク安定させる元素であり、0質量%を超える実質量を含有する。ただし、0.30質量%を超えて含有すると、スラグが大量に発生する。このため、Ti,Zrの含有量は合計量で0.30質量%以下と規定する。TiとZrの合計含有量は、好ましくは0.05〜0.25質量%であり、より好ましくは0.10〜0.22質量%である。
【0026】
P:0.030質量%以下
P(リン)は不純物元素であり、多量に添加すると一般的に耐割れ性が助長する元素として知られている。含有量が少ないほど好ましく、そのため下限値は設定しない。0.030質量%を超えて含有すると割れが発生するため、上限を0.030質量%とし、0.030質量%以下と規定する。P量は、好ましくは0.02質量%以下であり、より好ましくは0.01質量%以下である。
【0027】
S:0.030%質量以下
S(硫黄)はPと同様に不純物元素であり、多量に添加すると一般的に耐割れ性が助長する元素として知られている。Sの含有量は少ないほど好ましく、そのため下限値は設定しない。0.030質量%を超えて含有すると割れが発生するため、上限を0.030質量%とし、0.030質量%以下と規定する。S量は、好ましくは0.02質量%以下であり、より好ましくは0.015質量%以下である。
【0028】
Cu:0.70〜6.00質量%
Cu(銅)は添加すると強度が向上する元素で、前記したようにCuは一定以上含有させることで溶滴の表面張力を十分に低下させる効果とアークを安定性させる効果があり、スパッタが減少する。Cu含有量が0.70質量%未満であると十分なスパッタ減少効果が得られないため、下限値を0.70質量%とする。また、好ましいCu量は1.20質量%以上、より好ましくは1.60質量%以上、特に2.00質量%以上である。溶滴の表面張力を低下させるという観点からはCu量は多いほど良いが、Cu量が過剰となるとワイヤの強度が上昇しすぎることにより、6.00質量%を超える含有量では伸線途中に脆性破壊が起こり断線してしまうため、これを上限値とする。靭性からCu量は好ましくは5.00質量%以下であり、より好ましくは4.50質量%以下である。
【0029】
さらに必要に応じて、上記の組成に加え、質量%で、Mo:0.60%以下および/またはAl:0.50%以下を添加しても、本発明の効果は損なわない。
【0030】
Mo:0.60質量%以下
Moは溶接金属の高強度化に用いられる元素であるが、0.60質量%を超える含有量となると強度過剰により、割れが発生する。このため、Moの含有量は高強度化のため、必要であれば0.60質量%以下と規定する。Mo量は、好ましくは0.5質量%以下であり、より好ましくは0.3質量%以下である。
【0031】
Al:0.50質量%以下
Alは強脱酸元素であり、溶接金属の強度を増加する元素である。しかし、含有量が0.50質量%を超えるとスパッタの増加、スラグが大量に発生する。このため、Alの含有量は高強度化のため、必要であれば0.50質量%以下と規定する。Al量は、好ましくは0.4質量%以下であり、より好ましくは0.3質量%以下である。
【0032】
さらに、ワイヤ表面にCuメッキ層を以下の範囲で施しても、線材含有量とメッキ量を合計して、前記Cu範囲量を満たせば同様の効果が得られる。
【0033】
Cuメッキ量:0.10〜0.30質量%
Cuメッキは通電性やワイヤの送給性の観点から施される。Cuメッキ量が0.10質量%未満であれば、メッキむらが生じて通電不安定になる。一方、0.30質量%を超えるCuメッキ量となるとメッキ密着性が悪くなり、生産性が劣るようになる。このように、全ワイヤ質量に対して、0.20質量%程度のCuメッキ量が適量であり、一般的に適用されている。したがって、0.20質量%前後となる0.10〜0.30質量%の範囲を規定する。
【0034】
なお、上述の各元素の含有量は、ワイヤ全質量に対する割合で上記範囲となるようにする。
【0035】
本発明においてMAG溶接とは、シールドガスとしてCO2ガスのみを用いる場合を想定したものであり、こうした場合にスパッタ発生量の低減効果が最も発揮されるものであるが、シールドガスとしてアルゴンガスとCO2ガスを混合したMAG溶接の場合でも、CO2ガスの混合量が多くなる場合(例えばCO2ガスの割合が30%以上)はスパッタ発生量が比較的多くなるため、前記効果が発揮される。
【0036】
本発明において、溶接条件は通常のMAG溶接で行われている条件に従えば良く特に限定されないが、例えば溶接電流:50〜550A、アーク電圧:10〜50V、溶接速度:20〜60cm/min、突き出し長さ:10〜30mm、極性:DCEP(直流逆極性)である。
【実施例】
【0037】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。表1、2に示されるソリッドワイヤは表面にメッキが施されていないものであり、表3はワイヤ全質量に対するCu含有量で、0.10〜0.30%範囲内のメッキを表面に施した場合の実施例となり、表中のCu量はメッキ分のCuを含む値となる。各ワイヤについて以下の溶接条件で溶接を行い、スパッタ量を測定し、割れ、スラグ性、ブローホールについて調査を行った。
【0038】
(1)溶接条件
溶接電流:300A
アーク電圧:36V
シールドガス:100%CO2
溶接速度:40cm/min
突き出し長さ:25mm
トーチ角度:垂直
極性:DCEP
溶接母材:SM490A
溶接形態:平板上に溶接
【0039】
(2)スパッタ量の測定
銅板製の箱状の容器中で、上記溶接条件で30秒間溶接を行い、発生したスパッタを採取した。採取したスパッタの総質量を測定するとともに、特にNo.1〜4、53については篩によって1.0mm超、0.5mm以上1.0mm以下、0.5mm未満のサイズに分別した。
【0040】
(3)割れの確認
溶接割れ試験はJIS Z3158に準拠したy型溶接割れ試験で行い、溶接部の表面割れの有無を目視で確認した。
【0041】
(4)スラグ性の確認
溶接直後のビード表面をデジタルカメラで撮影し、ビードに被覆しているスラグの面積を画像編集ソフトを用いて、算出し、ビード上のスラグ被覆率を出し、被覆率が10%を超えれば×、それ以下であれば○とした。
【0042】
(5)ブローホールの確認
割れ試験で得た溶着金属断面を観察しブローホールの有無を目視で確認した。
【0043】
結果を表1、表2、表3、図2に示す。アーク安定性は、○:アーク安定、△:たまに不安定になる、×:常に不安定として判定し、スパッタ低減性はNo.1の従来材と比較して○:スパッタ減少率10%以上、△:スパッタ減少率10%以下、×:従来材よりもスパッタ増加として判定した。尚、スパッタ測定の誤差は±10%程度であるので、スパッタ低減率10%以下はほぼ効果無とみて△と標記している。また、表2中には線材中のCu量、メッキ分のCu量、線材中とメッキ分の合計量としたCu量を記載している。
【0044】
【表1】

【0045】
【表2】

【0046】
No.2〜24は本実施例である。No.2〜5のようにワイヤ中のCu添加量が増加するにつれてスパッタ量が減少しており、従来材と比較して、十分スパッタの低減効果があると考えられる10%以上の低減効果が確認でき、割れ、スラグ性、ブローホールに対しても良好であった。No.6〜22に見られるようにC、Si、Mn、S、P量の変化、Ti,Zrの量を変化してもCuを添加することで、スパッタの低減が見られる。また、No.23,24のようにAl,Moを加えて添加してもその性能は変化がない。同様のスパッタ低減効果が知られているNo.53のK添加ワイヤと比較しても、No.2〜5のCu添加ワイヤでは十分なスパッタ低減効果が発揮されている。またアークの安定性について、目視による官能評価を行ったところ、Cu添加ワイヤはアークの安定性にも問題がないことが確認できた。
【0047】
また、図2は従来ワイヤ(No.1)、Cu添加ワイヤ(No.2〜4)とK添加ワイヤ(No.53)のスパッタをサイズ別に分類したものであるが、No.53のK添加ワイヤは、線材中にCuを含有しないNo.1と比較して溶滴径が1.0mm以上の粗大なスパッタのみ低減しているのに対し、No.2〜4のCu添加ワイヤではNo.1と比較して、粗大なスパッタのみならず、溶滴径が0.5mm未満、および0.5mm〜1.0mmのサイズのスパッタも低減している。
【0048】
一方、No.25〜54は比較例となる。No.25、26はCuが微量含有しているものの、スパッタの低減効果がほとんど無かった。No.27は、Cu添加量が少ないため、さらにスパッタが増大した。No.28〜30はMn量が過少のため、脱酸不足でブローホールが発生した。No.31はCが過多であるため、スパッタの低減効果がほとんど無かった。No.32はSi過多のため、スラグが過剰に発生し、No.33はSi量が過少なため、脱酸不足でブローホールが発生した。No.34はMn量過多により、スラグが過剰発生し、スパッタの低減効果もほとんど無かった。No.35はSの過多、No.36はPの過多により割れが発生した。No.37〜39はTi、Zrの強脱酸元素が過多であり、スラグが過剰発生した。No.40〜45はAlの過多により、スパッタが増大するか、またはスパッタの低減効果がほとんど無く、またスラグが過剰発生するものもあった。No.46〜49はCu含有量が微量でSi,Mn,Ti,Zrの含有量を変化させたものであるが、従来材とほとんど変化が無かった。No.50はCu含有量が微量でMoを加えたものであるが、従来材と変化がなかった。No.51,52はMoの含有量が過多であり、低温割れが発生した。No.53はスパッタを低減させると知られているKが塗布されているがスパッタ低減効果は小さい。No.54はCu量が過剰に含有されており、伸線が不可能で線材として、作成できなかった。
【0049】
(6)溶滴の離脱時間と離脱時の溶滴径の測定
上記表1に示したNo.1とNo.4のワイヤについて、上記溶接条件と同じ条件で溶接を行い、2000fps以上、赤外域の感度を持つハイスピードカメラを用いて、一つの溶滴が離脱するまでの時間と離脱時の溶滴径を画像から直接測定した。結果を図3に示す。
【0050】
Cu含有量が5.00質量%程度であるNo.4では、溶滴の離脱がほぼ20〜40msecの間に集中しており、溶滴径が小さい段階で離脱しており、溶滴移行が安定していることがわかる。
【0051】
【表3】

【0052】
No.55〜58は表面に0.10〜0.30質量%程度のCuメッキを施した場合の実施例であり、No. 59〜61は比較例となる。No.55ではメッキ層のCuを含めて0.70質量%以上で十分なスパッタ低減効果が見られ、No.56〜58のようにメッキを含めたワイヤ全質量中のCu量が前記範囲となるように制御すれば、スパッタの低減効果を得ることができる。No.59はメッキ層のみのCu含有量であり、No.59〜No.61のようにメッキを含めたCu含有量が0.70質量%未満の場合はスパッタの低減効果が現れない。
【0053】
(7)機械的特性の測定
上記表1に示した含有Cu量の異なるNo.1〜5のワイヤについて、JIS Z2201の9号試験片を作製して引張試験を行い、引張強度(TS)を測定した。また、上記の溶接条件にて溶接を行い、溶着金属を作製した。この溶着金属からJIS Z3111に準拠して、シャルピー衝撃試験片(JIS Z3111 A4号)を採取し、0℃におけるシャルピー吸収エネルギーvE0を測定した。結果を表4に示す。
【0054】
【表4】

【0055】
Cuの添加量が増すごとに強度上昇、靭性低下の影響は見られるものの、致命的な靭性の低下は起こらず、6.00質量%程度のCu含有量でも靭性は良好であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.150%以下、
Si:0.20〜1.00%、
Mn:0.60〜2.00%、
P :0.030%以下、
S :0.030%以下を夫々含有する他、
Tiおよび/またはZrを合計量で0.30%以下含有すると共にCuを含有し、残部が鉄および不可避的不純物よりなるMAG溶接用ソリッドワイヤであって、
前記Cuの含有量が、ワイヤ全質量に対して、0.70〜6.00%の範囲にあることを特徴とするMAG溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項2】
ワイヤ表面にワイヤ全質量に対して、Cuメッキ量が0.10〜0.30%であるCuメッキ層を有するMAG溶接用ソリッドワイヤであって、ワイヤからCuメッキ層を除いた線材におけるCu含有量とCuメッキ量を合計して、請求項1記載のCu含有量範囲を満たすMAG溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項3】
更に、Mo:0.60%以下、及び/またはAl:0.50%以下を含有するものである請求項1または2に記載のMAG溶接用ソリッドワイヤ。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−120083(P2010−120083A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−242804(P2009−242804)
【出願日】平成21年10月21日(2009.10.21)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)