説明

MMP−1の部分ペプチドを用いた癌浸潤・転移阻害薬

【課題】癌細胞の浸潤、転移を抑制することができる、新しい作用メカニズムを有する医薬組成物を提供することである。具体的には、癌細胞の浸潤、転移に関わるMMP-1とエンプリンの新しい作用を解明し、これらの分子をターゲットとした新しいタイプ
の癌浸潤、転移阻害薬を提供することである。
【解決手段】癌細胞表面に発現するエンプリン分子と、細胞外マトリックスの分解を担うマトリックスメタロプロテアーゼMMP-1との結合を阻害することにより、癌細胞浸潤、転移を阻害することが可能であるオリゴペプチド及びその誘導体を提供する。本発明のオリゴペプチドは、MMP-1のヒンジ領域である262番目〜277番目のアミノ酸に相当する、配列番号:3に示すオリゴペプチド、ならびに、その断片、類似体および相同体を含むものである。また本発明は、MMP-1による細胞外マトリックスの分解が関与する癌以外の病理学的状態の治療薬に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌の浸潤、転移を阻害する活性を有するペプチドに関するものである。具体的には、癌細胞表面に発現するエンプリン分子と、細胞外マトリックスの分解を担うマトリックスメタロプロテアーゼ(Matrix Metalloproteinases ; 以下MMPという)−1との結合を阻害することにより、癌細胞浸潤、転移を阻害することが可能であるペプチド及びその誘導体を組成物として含む医薬品に関するものである。本発明のペプチドは、MMP-1のヒンジ領域である262番目〜277番目のアミノ酸に相当する、配列番号:3に示すペプチド、ならびに、その断片、類似体および相同体を含むものである。また本発明は、MMP-1による細胞外マトリックスの分解が関与する癌以外の病理学的状態の治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
癌浸潤・転移阻害薬について
早期診断と外科的手術を含む治療法の進歩によって、癌が原発巣に限局するときの治癒率は高まったものの、転移が起こると現在の治療法では対処しきれないことが多く、大きな問題となっている。転移は主に浸潤性の悪性の癌がリンパ行性あるいは血行性に体内を循環し、他臓器に生着して再び増殖を始めることである。転移には原発巣からの離脱と浸潤、脈管系への侵入、脈管系からの浸出、転移臓器への生着と増殖という多くの過程が含まれる。これらの過程それぞれに多数の分子が関与していることが明らかにされてきている。例えば細胞の浸潤初期には同種細胞の接着機構の喪失が必要とされ、細胞接着因子であるカドヘリンやカドヘリン調節因子であるカテニンの異常が浸潤性胃癌細胞で明らかにされている。また、同種細胞間の接着能を失った細胞が周辺組織を移動するためには、細胞外マトリックスとの接着機構を必要とし、各種インテグリンが細胞外マトリックス構成成分に対する受容体として機能している。それと同時にマトリックスメタロプロテアーゼ、セリンプロテアーゼなどの蛋白分解酵素やグリコシダーゼが細胞外マトリックスを分解し、生じた間隙を癌細胞が移動することも明らかになっている。これらの分子以外にも血行性転移ではFibroblast
Growth FactorやVascular Endothelial Growth Factorが血管新生因子として、また、癌細胞と血管内皮細胞との接着にシアリルLexを中心とする細胞表層の糖鎖構造やVCAM-1/VLA-4などが重要な役割を担っていることが知られている。また、癌細胞塊の形成には血小板やフィブリン等が関与すると考えられている。
【0003】
このように転移の分子機構の研究から、様々な分子間相互作用が転移成立に必須なステップとして解明されつつあり、転移の阻止技術開発による治療への貢献のために、多くの実験的試みがなされている。転移に関与するプロテアーゼ類、細胞接着機構、癌細胞のシグナル伝達系等のインヒビター、血管新生阻害剤、活性酸素消去剤などが開発され、実験的には転移抑制に成果をあげつつある(非特許文献1参照)。
【0004】
従来より多くの癌転移抑制剤が発明されてきた(特許文献1〜11参照)。しかし、従来の血管新生阻害剤やプロテアーゼ阻害剤は副作用の問題があり、また転移抑制のために抗癌剤を用いる化学療法では、それら薬物そのものの細胞毒性が強く、消化管障害や造血器障害等の副作用があり、十分満足のいくものとはいえない。このような状況から、新しい作用メカニズムを有する、副作用の少ない癌転移抑制剤が強く望まれていた。
【0005】
MMPとは
コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ラミニンなどの細胞外マトリックス(Extracellular Matrix : ECM)構成成分は、細胞間を充填するための基質としてのみならず、細胞に対する様々な生理活性を有し、その生理活性はECM代謝に深く関わっている。このECM代謝が異常をきたすと様々な疾病につながる。とりわけ、癌細胞の浸潤・転移、関節リュウマチ、変形性膝関節症、歯周炎、糖尿病網膜症、加齢黄斑変性症、などにおいては、ECMの分解亢進がその病態と密接に関わっており、ECMの分解を担うMMPの重要性が示唆されている。MMPとは、Zn2+イオンを活性中心にもつ一連の金属酵素で現在までにMMPファミリーに属する分子として25種類が知られている(非特許文献2、非特許文献3参照)。これらの多くは分泌型の可溶性酵素であり、サイトカイン、成長因子や発癌プロモーターなどの刺激により不活性型の前駆体(proMMP)として細胞から産生された後、プラスミンや他の活性型MMPにより活性化を受けECMを分解する。MMP産生組織では、同時に組織性MMPインヒビターのTIMP(Tissue Inhibitor of Metallo
Proteinases)も産生され、局所における両者のバランスが組織再生に重要である。さらに、最近では細胞膜結合型MMPやMMPを細胞膜上に捕捉する分子が同定され、細胞―ECMインターフェースにおけるECM分解の重要性が示唆されている。
【0006】
一般的にMMPは、N末端側からシステインスイッチモチーフ(PRCGXPD)を含むプロドメイン、活性中心となるZn2+結合ドメイン、ヒンジ領域およびヘモペキシン様ドメインという順序の共通の構造ユニットからなる。その構造と基質特異性から、コラゲナーゼ群、ゼラチナーゼ群、ストロムライシン群、細胞膜結合型MMP(MT-MMP)群、マトリライシン群、その他の群の計6種類に分類される。
【0007】
MMP-1とは
MMP-1はコラゲナーゼ群に分類されるMMPであり、コラーゲン分子を、その3本鎖へリックス部分のN末端から4分の3の部位で特異的に切断する酵素である。I型、II型、III型、VII型、X型コラーゲン、ゼラチン、アグリカン、エンタクチン、テイネシン、パールカンに対し分解活性を有する。その基質特異性にはヘモペキシン様ドメインが重要な役割を担っていると考えられている(非特許文献4参照)。同じ群に分類されるコラゲナーゼとしては、MMP-8、MMP-13、MMP-18があり、同様の機能を有するが、基質特異性に違いがある。
【0008】
エンプリンとは
エンプリンは、当初癌細胞の膜表層に発現し、周辺の正常細胞を刺激してMMPの産生を促進することにより、癌細胞の浸潤・転移能を高める糖蛋白質として発見された。実際非常に多くの上皮系癌細胞がエンプリンを発現していることが判明している。エンプリンは免疫グロブリンスーパーファミリーに属し、別名CD147またはbasignとも呼ばれる分子量約28kDaの膜貫通ドメインを有する蛋白質である(非特許文献5参照)。その細胞外領域には3本のN型糖鎖を有し、その糖鎖の違いにより43kDa〜66kDaと多様な分子量を示す。また、その糖鎖はエンプリンのMMP産生誘導活性に必須である。エンプリンの細胞外には2個の免疫グロブリン様ループ領域(EC1およびEC2)がある。エンプリンは細胞膜上でEC1を介してホモ二量体を形成し、このホモ二量体形成がMMP産生誘導活性に重要であると考えられている。
【0009】
さらにエンプリンは、MMP-1と結合することが、ファージディスプレイ、アフィニティクロマトグラフィー、免疫化学的な実験等により示されており(非特許文献6参照)、MMP産生誘導因子としてのみならず、細胞膜上のMMP-1捕捉因子として細胞機能の調節作用を併せ持つ可能性が示唆されていた。しかしその具体的な調節作用については全く明らかになっていなかった。
【0010】
【非特許文献1】癌転移の分子機構と転移の阻止、井川洋二他編、実験医学別冊vol.12、1994
【非特許文献2】Visse R , Nagase H :Circ Res ; vol. 92 ; 827-839, 2003
【非特許文献3】Woessner JF : MolBiotechnol ; vol. 22; 33-49, 2002
【非特許文献4】Chung L, Dinakarpandian D, Yoshida N et al : EMBO J ; vol. 23 :3020-3030 : 2004
【非特許文献5】Muramatsu T, Miyauchi T ; Histol Histopathol ; vol.18:981-987: 2003
【非特許文献6】Guo H, Li R, Zucker S,and Toole B. P: Cancer Res.: vol. 60: 888-891: 2000
【特許文献1】特開昭54−44011号公報、
【特許文献2】特開平2−308799号公報
【特許文献3】特開平3−31214号公報
【特許文献4】特開平3−56417号公報
【特許文献5】特開平4−77435号公報
【特許文献6】特開平4−312531号公報
【特許文献7】特開平6−72871号公報
【特許文献8】特開平6−107693号公報
【特許文献9】特開平6−116184号公報
【特許文献10】特開平6−107548号公報
【特許文献11】特開平6−87847号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、癌細胞の浸潤、転移を抑制することができる、新しい作用メカニズムを有する医薬組成物を提供することである。具体的には、癌細胞の浸潤、転移に関わるMMP-1とエンプリンの新しい作用を解明し、これらの分子をターゲットとした新しいタイプの癌浸潤、転移阻害薬を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
エンプリンは当初は癌細胞の膜表層に発現し、周辺の正常細胞を刺激してマトリックスメタロプロテアーゼの産生を促進することにより、癌細胞の浸潤、転移能を高める糖タンパク質として発見されたものであり、多くの上皮系癌細胞がエンプリンを発現していることが判明していたものの、これ以外の作用に関しては明らかになっていなかった。しかし、本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、癌細胞膜上のエンプリンにMMP-1が活性を保持したまま結合すること、それにより癌細胞の浸潤能が顕著に増加することを見出した。これにより、エンプリンにMMP-1が結合することの生理的意義が明かとなった。すなわちエンプリンはMMPの産生誘導因子としてのみならず、細胞膜上のMMP-1の補足因子として細胞機能の調節作用を併せもつことが明らかとなった。
さらに本発明者らは、MMP-1のキメラ蛋白を作成し、これらを用いることにより、MMP-1とエンプリンの結合に必須の領域を明らかにすることに成功した。さらにはこの領域のペプチドおよびペプチド誘導体がエンプリンとMMP-1との結合を阻害するとともに、癌細胞の浸潤活性を効率よく阻害することを見出した。これらのペプチドおよびペプチド誘導体は、エンプリンおよびMMP-1を分子標的とする新しいタイプの癌浸潤、転移阻害薬として極めて有用なものである。
【0013】
即ち、本願発明は以下の通りである。
(1)配列番号1:に記載のアミノ酸配列からなるMMP-1蛋白質の部分ペプチド、配列番号2:に記載のアミノ酸配列からなるエンプリン蛋白質の部分ペプチド、又はそれらの誘導体のいずれかであって、MMP-1蛋白質とエンプリン蛋白質の結合を阻害するオリゴペプチド、及び薬学的に許容され得る担体を含んでなる医薬組成物。
(2)配列番号:3に記載のアミノ酸配列をその一部に含むオリゴペプチドまたはその誘導体であって、MMP-1蛋白質とエンプリン蛋白質の結合を阻害する物質、及び薬学的に許容され得る担体を含んでなる医薬組成物。
(3)配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるオリゴペプチドまたはその誘導体、及び薬学的に許容され得る担体を含んでなる医薬組成物。
(4)癌細胞の浸潤、転移を抑制するための医薬組成物であって、上記(1)乃至(3)に記載の医薬組成物。
(5)該医薬組成物が、抗癌剤である上記(1)乃至(3)に記載の医薬組成物。
【0014】
【発明の効果】
【0015】
エンプリンが細胞表面に発現している癌細胞は多岐に渡り、例えば乳癌、肺癌、膀胱癌、グリオーマ、メラノーマなどの細胞には高い発現が認められている。癌細胞表面上のエンプリンとMMP-1との結合による癌細胞浸潤能の上昇は、転移への過程において重要な部分であると考えられる。エンプリンとMMP-1の結合を阻害することができる本発明のペプチドは、癌細胞浸潤、転移阻害薬として広く多種類の癌に対して有効である。さらに、本発明のペプチドはMMP-1のヒンジ領域を含むものであり、この領域がエンプリンとの結合に必須の部位であることから、MMP-1とエンプリンとの結合を阻害するに際して、極めて高い特異性を示すものである。このように既存の癌転移阻害薬とは異なったメカニズムを有するため、副作用の軽減も期待できる。
【0016】
さらには、エンプリンは性周期における子宮内膜組織におけるECMのリモデリングにおいて、MMP-1によるコラーゲン分解活性を局所的に発現するために重要な役割を担っていると考えられている。さらには、エンプリンは網膜の形成ならびに機能維持にも重要な役割を果たしていると考えられており、エンプリンを分子ターゲットとした本発明にかかる医薬組成物は、癌以外の疾患についても有効であると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、癌の浸潤、転移を阻害する活性を有するオリゴペプチドに関するものである。具体的には、癌細胞表面に発現するエンプリン分子と、細胞外マトリックスの分解を担うマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)−1との結合を阻害することにより、癌細胞浸潤、転移を阻害することが可能であるオリゴペプチド及びその誘導体を組成物として含む医薬品に関するものである。本発明のペプチドは、MMP-1のヒンジ領域である262番目〜277番目のアミノ酸に相当する、配列番号:3に示すオリゴペプチド、ならびに、その断片、類似体および相同体を含むものである。また本発明は、MMP-1による細胞外マトリックスの分解が関与する癌以外の病理学的状態の治療薬に関する。以下本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【0018】
(1)
蛋白質およびペプチド
本明細書で使用する用語「ペプチド」は、ペプチド結合によって共有結合された2つ以上のアミノ酸からなる有機化合物を指す。ペプチドとして、ジペプチド(2つのアミノ酸残基を含むもの)やトリペプチド(3つのアミノ酸)などを挙げることができる。
【0019】
本明細書で使用する用語「オリゴペプチド」は、典型的には長さが30残基未満のペプチドを指す。オリゴペプチドの長さは、正しいエピトープが維持される限り、本発明にとって重要ではない。大きいオリゴペプチドの生物学的活性をまだ実質上すべて維持していて、癌細胞の浸潤および転移の阻止に有効である限り、オリゴペプチドは、望ましくは、できるだけ小さくすることができる。本発明で使用するオリゴペプチドは「単離されている」が「生物学的に純粋な」合成ペプチドである。
【0020】
アミノ酸置換は典型的には単一残基の置換である。置換、欠失、挿入またはその任意の組合せを併用して、1つのオリゴペプチドを得ることができる。保存されたアミノ酸置換は、例えばグルタミン酸(E)からアスパラギン酸(D)へのアミノ酸置換などにみられるように、1つ以上のアミノ酸を類似する電荷、サイズおよび/または疎水性を持つアミノ酸で置換することからなる。非保存的置換は、例えばグルタミン酸(E)からバリン(V)への置換などにみられるように、1つ以上のアミノ酸を電荷、サイズおよび/または疎水性が似ていないアミノ酸で置き換えることからなる。本発明は、置換、欠失、挿入またはその任意の組合せに関して、癌細胞の浸潤および転移を阻止する効果が実質的に変化しない限り、オリゴペプチドの保存的変化を包含するものとする。
【0021】
MMP-1蛋白質のアミノ酸配列を配列番号:1に、エンプリンのアミノ酸配列を配列番号:2に示す。また、MMP-1のヒンジ領域のアミノ酸配列を配列番号:3に示す。本発明のMMP-1蛋白質の部分ペプチドとは、配列番号:1に記載のアミノ酸配列の一部からなるオリゴペプチドのことであり、MMP-1蛋白質とエンプリン蛋白質の結合を阻害することができるものであれば特に限定されるものではない。好ましくはその配列中に配列番号:3に記載のアミノ酸配列の一部または全部を含むものである。最も好ましくは配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるオリゴペプチドである。
【0022】
本発明においては、上記MMP-1蛋白質の部分ペプチドのN末端又はC末端に余分のアミノ酸等が追加されたものであっても良い。また、前記配列中、1若しくは複数個のアミノ酸が欠如されたものや前記配列中に1若しくは複数個のアミノ酸が挿入されたものであっても良い。ここで、「複数個」とは、好ましくは1−50個、より好ましくは1−20個、さらにより好ましくは1−10個、最も好ましくは1−5個である。
【0023】
このMMP-1蛋白質の部分ペプチドは、それをコードするDNA等を合成し、これを適当な宿主中で発現させることで調製できる。また、ペプチド合成装置を使用して、直接に合成することもできる。更には完全長のMMP-1を適当な酵素で消化することによっても調製することができる。
【0024】
本発明のエンプリン蛋白質の部分ペプチドとは、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の一部からなるオリゴペプチドのことであり、MMP-1蛋白質とエンプリン蛋白質の結合を阻害することができるものであれば特に限定されるものではない。好ましくは、MMP-1蛋白質のヒンジ領域の全部または一部と結合することができるオリゴペプチドである。最も好ましくはMMP-1蛋白質のヒンジ領域の全部と結合することができるオリゴペプチドである。
【0025】
本発明においては、上記エンプリン蛋白質の部分ペプチドのN末端又はC末端に余分のアミノ酸等が追加されたものであっても良い。また、前記配列中、1若しくは複数個のアミノ酸が欠如されたものや前記配列中に1若しくは複数個のアミノ酸が挿入されたものであっても良い。ここで、「複数個」とは、好ましくは1−50個、より好ましくは1−20個、さらにより好ましくは1−10個、最も好ましくは1−5個である。
【0026】
このエンプリン蛋白質の部分ペプチドは、それをコードするDNA等を合成し、これを適当な宿主中で発現させることで調製できる。また、ペプチド合成装置を使用して、直接に合成することもできる。更には完全長のエンプリン蛋白質を適当な酵素で消化することによっても調製することができる。
【0027】
本発明における蛋白質及びオリゴペプチドは末端のカルボキシル基が遊離のカルボキシル基の場合のみならず、その塩、エステル、アミド等を含む。蛋白質及びオリゴペプチドの塩は、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。このような塩としては例えば、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、あるいは有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、シュウ酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸)との塩などが用いられる。エステルとしてはエチルエステル、アミドとしては、CONHが挙げられる。
【0028】
なお、本発明のオリゴペプチドは、そのアミノ酸配列が上述した通りのものであり、前記酵素活性MMP-1蛋白質とエンプリン蛋白質の結合を阻害するものであれば、オリゴペプチドに糖鎖が結合していてもよい。
【0029】
(2)抗体
本発明は、本発明のオリゴペプチドに結合する抗体であって、MMP-1蛋白質とエンプリン蛋白質の結合を阻害する機能を有する抗体を提供することができる。ここで「抗体」には、ポリクローナルおよびモノクローナル抗体、キメラ抗体、一本鎖抗体、ヒト化抗体、さらにFabまたは他の免疫グロブリン発現ライブラリーの産物を含むFabフラグメントが含まれる。
【0030】
本発明のオリゴペプチドまたはその断片もしくは類似体、またはそれらを発現する細胞は、本発明のオリゴペプチドに結合する抗体を産生するための免疫原としても使用することができる。抗体は、好ましくは、本発明のオリゴペプチドに免疫特異的である。「免疫特異的」とは、その抗体が他のオリゴペプチドに対するその親和性よりも本発明のオリゴペプチドに対して実質的に高い親和性を有することを意味する。
【0031】
本発明のオリゴペプチドに結合する抗体は、当業者に公知の方法により調製することが可能である。ポリクローナル抗体であれば、例えば、次のようにして得ることができる。本発明のオリゴペプチドあるいはそのGSTとの融合タンパク質をウサギ等の小動物に免疫し血清を得る。これを、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、本発明のオリゴペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することにより調製する。また、モノクローナル抗体であれば、例えば、本発明のオリゴペプチドをマウスなどの小動物に免疫を行い、同マウスより脾臓を摘出し、これをすりつぶして細胞を分離し、マウスミエローマ細胞とポリエチレングリコールなどの試薬により融合させ、これによりできた融合細胞(ハイブリドーマ)の中から、本発明のペプチドに結合する抗体を産生するクローンを選択する。次いで、得られたハイブリドーマをマウス腹腔内に移植し、同マウスより腹水を回収し、得られたモノクローナル抗体を、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、本発明のオリゴペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することで、調製することが可能である。本発明の抗体は、本発明のオリゴペプチドやこれを発現する細胞の単離、同定、および精製にも利用することができる。
【0032】
(3)医薬組成物
本発明の「医薬組成物 」とは、前記で定義される本発明の「オリゴペプチド」と、薬学的に許容され得る担体とからなる医薬組成物 である。
【0033】
ここで「薬学的に許容され得る担体」とは、賦形剤、希釈剤、増量剤、崩壊剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、乳化剤、芳香剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味剤、溶解補助剤あるいはその他の添加剤等が挙げられる。そのような担体の一つ以上を用いることにより、錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、注射剤、液剤、カプセル剤、トロー剤、エリキシル剤、懸濁剤、乳剤あるいはシロップ剤等の形態の医薬
組成物 を調製することができる。これらの医薬 組成物 は、経口あるいは非経口的に投与することができる。非経口投与のためのその他の形態としては、一つまたはそれ以上の活性物質を含み、常法により処方される外用液剤、腸溶内投与のための坐剤およびペッサリーなどが含まれる。
【0034】
投与量は、患者の年齢、性別、体重及び症状、治療効果、投与方法、処理時間、あるいは該医薬
組成物 に含有される活性成分(前記ポリペプチドや抗体など)の種類などにより異なるが、通常成人一人当たり、一回につき10μgから1000mg(あるいは10μgから500mg)の範囲で投与することができる。しかしながら、投与量は種々の条件により変動するため、上記投与量より少ない量で十分な場合もあり、また上記の範囲を越える投与量が必要な場合もある。
【0035】
とりわけ注射剤の場合には、例えば生理食塩水あるいは市販の注射用蒸留水等の非毒性の薬学的に許容され得る担体中に0.1μg抗体/ml担体〜10mg抗体/ml担体の濃度となるように溶解または懸濁することにより製造することができる。このようにして製造された注射剤は、処置を必要とするヒト患者に対し、1回の投与において1kg体重あたり、1μg〜100mgの割合で、好ましくは50μg〜50mgの割合で、1日あたり1回〜数回投与することができる。投与の形態としては、静脈内注射、皮下注射、皮内注射、筋肉内注射あるいは腹腔内注射のような医療上適当な投与形態が例示できる。好ましくは静脈内注射である。
【0036】
また、注射剤は、場合により、非水性の希釈剤(例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、オリーブ油のような植物油、エタノールのようなアルコール類など)、懸濁剤あるいは乳濁剤として調製することもできる。そのような注射剤の無菌化は、バクテリア保留フィルターを通す濾過滅菌、殺菌剤の配合または照射により行うことができる。注射剤は、用時調製の形態として製造することができる。即ち、凍結乾燥法などによって無菌の固体組成物
とし、使用前に無菌の注射用蒸留水または他の溶媒に溶解して使用することができる。
【0037】
本発明の医薬組成物は、癌細胞表面に発現するエンプリン分子と、細胞外マトリックスの分解を担うMMP-1との結合を阻害することにより、癌細胞浸潤、転移を阻害することが可能であり、癌細胞周囲の局所における基質分解抑制に基づく新しいタイプの抗癌浸潤、転移薬として利用することが可能である。
【0038】
また、本発明の医薬組成物の種々疾患症状の治療効果については、常法に従って、既知の疾患モデル動物に投与することにより試験、検討することができる。
【0039】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【実施例1】
【0040】
エンプリン発現細胞株へのMMP-1分子の結合
ヒト子宮頸部がん細胞SKG-IIを播種し、24時間培養した。その後proMMP-1 (mutant)およびproMMP-1 (wild type)を4.8 nMとなるよう添加し、37℃にて6時間反応させた。一方では、あらかじめ抗EMMPRIN抗体を処理後、同様の操作を行った。その後、細胞を4%
(w/v)paraformaldehyde/PBS (-)により固定し、sheep anti-(human
proMMP-1)IgGを一次抗体とし、TRITC-conjugated goat anti-(sheep
IgG)を二次抗体として反応させ、proMMP-1 (mutant)およびproMMP-1 (wild type)の局在を観察した。
その結果を図1に示す。SKG-II細胞膜上に、proMMP-1が結合し、その結合は抗エンプリン抗体により阻害を受けることが確認された。SKG-II細胞表面へのproMMP-1の結合はエンプリンを介していること、さらにはproMMP-1(mutant)とproMMP-1(wild type)は同様にエンプリンに結合することが示された。
【実施例2】
【0041】
SKG-II細胞膜上へのMMP-1局在化による浸潤細胞数の変化
ヒト子宮頸部がん細胞SKG-IIを細胞懸濁液とし、これにproMMP-1あるいはAPMAにより活性化させたMMP-1を加え37℃にて30分間反応させた。SKG-II細胞を洗浄後、タイプIコラーゲンをコートしたインサートチャンバーに播種し、72時間培養した。チャンバーの裏側にある細胞数を任意の10視野においてカウントし、統計処理を行った。また、proMMP-1およびMMP-1のSKG-II細胞膜上への局在化を免疫染色法にて確認した。
その結果を図2に示す。活性化させたMMP-1が結合したSKG-II細胞は、proMMP-1が結合したものと比較して、顕著に浸潤活性の上昇が見られた。
【実施例3】
【0042】
MMP-1キメラタンパク質のSKG-II細胞膜上への局在性
ヒト子宮頸部がん細胞SKG-IIを播種し、24時間培養した。その後proMMP-1 (mutant)およびMMP-1キメラタンパク質proMMP-1-1-13, MMP-1-13-1 [MMP-(catalytic domain)-(hinge
domain)-(hemopexin-like domain)]を4.8 nMとなるよう添加し、37℃にて6時間反応させた。その後、細胞を4% (w/v)paraformaldehyde/PBS (-)により固定し、sheep
anti-(human proMMP-1)IgGを一次抗体とし、TRITC-conjugated goat
anti-(sheep IgG)を二次抗体として反応させ、proMMP-1 (mutant)およびキメラタンパク質の局在を観察した。
【0043】
その結果を図3に示す。MMP-1のヒンジ領域がMMP-13のものと置き換わった構造のキメラタンパク質(MMP-1-13-1)は、SKG-II細胞に結合しなかった。それに対してヘモペキシン領域のみをMMP-13 のものと置き換えた構造のキメラタンパク質(proMMP-1-1-13)はproMMP-1(mutant)と同様にSKG-II細胞に結合した。このことから、MMP-1のヒンジ領域が、MMP-1とSKG-II細胞上のエンプリンとの結合に必須であることが確認できた。
【実施例4】
【0044】
MMP-1
hinge domain peptideによるproMMP-1(mutant)のSKG-II細胞膜上局在への影響
ヒト子宮頸部がん細胞SKG-IIを播種し、24時間培養した。その後proMMP-1 (mutant)を4.8 nM、およびMMP-1 hinge domain peptideを480 nMとなるよう添加し、37℃にて6時間反応させた。その後、細胞を4% (w/v)paraformaldehyde/PBS (-)により固定し、sheep
anti-(human proMMP-1)IgGを一次抗体とし、TRITC-conjugated goat
anti-(sheep IgG)を二次抗体として反応させ、proMMP-1 (mutant)の局在を観察した
その結果を図4に示す。proMMP-1のSKG-II細胞表面への結合は、MMP-1 hinge domain peptideにより阻害された。すなわち、MMP-1
hinge domain peptideはMMP-1と細胞表面上のエンプリンとの結合を阻害することができた。
【実施例5】
【0045】
MMP-1結合SKG-II細胞の浸潤能に及ぼすproMMP-1およびMMP-1 hinge domain peptideの影響
ヒト子宮頸部がん細胞SKG-IIを細胞懸濁液とし、proMMP-1、APMAにより活性化させたMMP-1およびMMP-1 hinge domain peptideを添加し、37℃にて30分間反応させた。SKG-II細胞を洗浄後、タイプIコラーゲンをコートしたインサートチャンバーに播種し、72時間培養した。チャンバーの裏側にある細胞数を任意の10視野においてカウントし、統計処理を行った。
その結果を図5に示す。SKG-II細胞に活性化MMP-1が結合することにより浸潤能が増加するが、同時にMMP-1 hinge domain peptideを添加するとその増加が抑制された。この抑制の程度は、proMMP-1を添加した場合と同様であった。すなわちこの結果は、MMP-1 hinge
domain peptideがMMP-1とエンプリンとの結合を阻害することにより、癌細胞浸潤を抑制することができることを示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のオリゴペプチドおよびその誘導体は、癌細胞表面に発現するエンプリン分子と、細胞外マトリックスの分解を担うMMP-1との結合を阻害することにより、癌細胞浸潤、転移を阻害することが可能であり、癌細胞周囲の局所における基質分解抑制に基づく新しいタイプの抗癌浸潤、転移薬として利用することが可能である。特に、外科的手術時および手術後に、原発巣から他臓器への転移を予防する目的で効果的に利用できると考えられる。さらには、既存の抗癌剤と併用することも可能である。また本発明にかかるオリゴペプチドは、MMP-1による細胞外マトリックスの分解が関与する癌以外の病理学的状態の治療薬としても有効である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】SKG-II細胞膜へのproMMP-1の結合、および抗エンプリン抗体による結合阻害作用を示した図である。
【図2】SKG-II細胞へのMMP-1の結合により、浸潤能が増加することを示した図である。
【図3】MMP-1キメラタンパク質のSKG-II細胞膜上への局在性に関する図である。
【図4】MMP-1 hinge domain peptideによるproMMP-1(mutant)のSKG-II細胞膜上局在への影響を示した図である。
【図5】MMP-1結合SKG-II細胞の浸潤能に及ぼすproMMP-1およびMMP-1 hinge domain peptideの影響

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1:に記載のアミノ酸配列からなるMMP-1蛋白質の部分ペプチド、配列番号2:に記載のアミノ酸配列からなるエンプリン蛋白質の部分ペプチド、又はそれらの誘導体のいずれかであって、MMP-1蛋白質とエンプリン蛋白質の結合を阻害するオリゴペプチド、及び薬学的に許容され得る担体を含んでなる医薬組成物。
【請求項2】
配列番号:3に記載のアミノ酸配列をその一部に含むオリゴペプチドまたはその誘導体であって、MMP-1蛋白質とエンプリン蛋白質の結合を阻害する物質、及び薬学的に許容され得る担体を含んでなる医薬組成物。
【請求項3】
配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるペプチドまたはその誘導体、及び薬学的に許容され得る担体を含んでなる医薬組成物。
【請求項4】
癌細胞の浸潤、転移を抑制するための医薬組成物であって、請求項1乃至3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
該医薬組成物が、抗癌剤である請求項1乃至3に記載の医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−126418(P2007−126418A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−322279(P2005−322279)
【出願日】平成17年11月7日(2005.11.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 日本結合組織学会 刊行物名 第37回日本結合組織学会学術大会抄録集及びスライド 発行年月日 平成17年5月26日発行 平成17年5月27日発表 研究集会名 第37回日本結合組織学会学術大会 発表者 石田浩之、佐藤隆、太田智子、野口泰、野水基義、ヒデアキ ナガセ(Hideaki Nagase)、伊東晃 演題「Prevention of Cancer Cell Invasion By Targeting EMMPRIN (Extracellular Matrix Metalloproteinase Inducer)(マトリックスメタロプロテアーゼ産生促進因子EMMPRINを分子標的とした癌浸潤・転移抑制法の検討)」 開催日 平成17年5月26日、27日
【出願人】(592068200)学校法人東京薬科大学 (32)
【Fターム(参考)】