説明

Mgドープp型Siの作製方法および熱電変換材料

【課題】シリコン基板やシリコン化合物半導体基板にマグネシウムを十分にドープさせる方法、並びに、低い電気抵抗と豊富なキャリア濃度を備えた熱電変換材料を提供する。
【解決手段】Mgの蒸気圧を約10Paと、同温度でのMg飽和蒸気圧(約10Pa)の1/10程度に制御して、安定相のMgSiを形成させずにSi基板中にMgをドープする。具体的には、アルミナルツボ1にMgB粉末3を入れ、上蓋にSi基板2を取り付ける。アルミナルツボ1内はAr雰囲気にし、MgBを熱分解させ、Mg蒸気4を発生させる。この状態で、Si基板2の温度を約1000℃に保持して、Si基板2にマグネシウムをドープする。得られたドーピング結晶は、優れたキャリア濃度を有するp型半導体の性質と、電気抵抗率が温度低下と共に減少する縮退半導体的挙動を示す性質を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Mgドープp型Siの作製方法およびそれを用いた熱電変換材料の技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、シリコン(Si)のマグネシウム(Mg)ドーピングは、Mgの融点以上の熱処理(約1000℃)のMg飽和蒸気圧の下で行われる。しかしながら、従来はこの条件下で、SiにMgを固溶反応させた場合、Si基板表面にSi−Mgの安定相のマグネシウムシリサイド(MgSi)が生成されてしまい、固溶反応が十分に行われず、Si基板表面にMgを十分にドーピングできない。むしろ、MgとSi粉末とを反応させて安定相の微細なMgSiを生成させて、それを分散させる方法が研究されている(例えば、特許文献1を参照。)
【0003】
また、従来、シリコン基板表面にMgをドープさせる方法としては、シリコン基板表面にMgを堆積させた2枚のシリコン基板を、Mg層が内側になるように挟みこみ、その後、熱処理を行って、Mgの拡散を利用してドープさせるものが知られている(非特許文献1を参照)。この場合は、マグネシウムシリサイド(MgSi)が生成される。また、熱処理で作製された試料はn型であり、そのキャリア濃度は、2.6×1015(cm−3)である。ここで、n型ということは、MgはSiと置換しているのではなく、シリコン格子の間隙に入っていることを示している。
【0004】
また、シリコン基板上にMg金属相を蒸着法またはイオン注入法で塗布して、その試料を真空またはアルゴンガスを充填したシリカアンプル中に封入、加熱して、Mgの拡散を利用してドープさせるものが知られている(非特許文献2を参照)。この場合は、熱処理で作製された試料はp型であるが、そのキャリア濃度は1015(cm−3)程度である。非特許文献2には、マグネシウムシリサイド(MgSi)の形成の明確な記述は見当たらないが、表面シリカ相を除去するためにフッ酸で処理したとの記載があることから、シリコン基板表面に何らかの不純物相が形成されていると推察する。
【0005】
また、超伝導物質として様々な所で研究されているボロン化マグネシウム(MgB,MgB)の物性特性について開示されている(非特許文献3を参照)。非特許文献3の中で、ボロン化マグネシウム(MgB,MgB)の熱分解に伴うMg蒸気の蒸気圧曲線が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開パンフレットWO2003/069001
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Alice L.Lin, Electricaland optical properties of magnesium-diffused silicon, p6989-6995, J. APPL. PHYS.53(10), OCTOBER 1982.
【非特許文献2】N. Baber et al, Evidence for a substitutional Mgacceptor level in silicon, p10483-10489, PHYSICAL REVIEW B, VOLUME 38,N UMBER IS, NOVEMBER1988-II.
【非特許文献3】S. Brutti et al, Vaporizationthermodynamics of MgB2 and MgB4,APPLIED PHYSICS LETTERS,VOLUME80, NUMBER 16,22 APRIL 2002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の如く、シリコン基板やシリコン化合物半導体基板のマグネシウムのドーピングは、1000℃程度のマグネシウム飽和蒸気圧下のシリコン基板等の熱処理によって行われていた。しかしながら、かかる条件下で、シリコン基板等にマグネシウムを固溶させようとすると、Si−Mgの安定相であるマグネシウムシリサイド(MgSi)が生成するため、十分にマグネシウムがシリコン基板等にドープできないといった問題があった。
【0009】
上記状況に鑑みて、本発明は、シリコン基板やシリコン化合物半導体基板にマグネシウムを十分にドープさせる方法を提供することを第1の目的とする。
また、本発明は、シリコン基板やシリコン化合物半導体基板にマグネシウムを十分にドープさせることにより、キャリア濃度が高く、電気抵抗率が小さく縮退半導体的特性を備える熱電変換材料を提供することを第2の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成すべく、本発明者は、鋭意研究の結果、熱処理温度(約1000℃)におけるMgの蒸気圧を約10Paと、同温度でのMg飽和蒸気圧(約10Pa)の1/10程度に制御して、安定相のマグネシウムシリサイド(MgSi)を形成させることなく、Si中にMgをドープ(置換固溶)できることの知見を得て、本発明を完成したものである。また、本発明者は、得られたドーピング結晶のp型キャリア濃度および電気抵抗率を測定し、ドーピング結晶がp型半導体の性質を示すこと、また電気抵抗率が温度低下と共に減少する縮退半導体的挙動を示すことの知見を得て、本発明を完成したものである。
【0011】
すなわち、本発明のアルカリ土類金属ドープ半導体の作製方法は、アルカリ土類金属の蒸気圧を飽和蒸気圧の1/10以下の所定圧力に制御して、シリコン基板もしくはシリコン化合物半導体基板を熱処理することにより、シリコン基板もしくはシリコン化合物半導体基板に該アルカリ土類金属をドープさせるものである。
かかる方法によれば、シリコン基板等に対して、マグネシウムやカルシウムなどのアルカリ土類金属をドープさせる場合に、シリコン基板等の表面に安定相を生成させることなく、十分な量をドープさせることができる。
なお、熱処理反応の雰囲気はアルゴンなどの不活性ガス雰囲気とする。
【0012】
シリコン基板は、単結晶シリコン基板に限らず、非単結晶シリコンや非晶質シリコンでも構わない。また、シリコン化合物半導体基板も、単結晶シリコン化合物半導体基板に限らず、非単結晶シリコン化合物半導体や非晶質シリコン化合物半導体でも構わない。ここで、シリコン化合物半導体とは、例えば、シリコンカーバイド(SiC),シリコンゲルマニウム(SiGe),水素化シリコン(Si:H),アモルファス水素化シリコン(a−Si:H),酸化シリコン(SiO)などが挙げられる。
【0013】
また、本発明のMgドープp型半導体の作製方法は、マグネシウム(Mg)の蒸気圧を飽和蒸気圧の1/10以下の所定圧力に制御して、シリコン基板もしくはシリコン化合物半導体基板を熱処理することにより、シリコン基板もしくはシリコン化合物半導体基板にマグネシウムをドープさせるものである。
かかる方法によれば、シリコン基板等の表面にマグネシウムシリサイド(MgSi)の安定相を形成させることなく、十分にマグネシウムをドープさせることができる。
【0014】
ここで、上記のMgドープp型半導体の作製方法における蒸気圧は、飽和蒸気圧の1/10〜1/10の所定圧力に制御されることが好ましい。
同じ温度でのMgの飽和蒸気圧(約10Pa)の1/10〜1/10程度に蒸気圧を制御することにより、シリコン基板等の表面にマグネシウムシリサイド(MgSi)の安定相を形成させることなく、十分にマグネシウムをドープさせることができる。
【0015】
また、上記のMgドープp型半導体の作製方法における熱処理温度は、800〜1400℃であることが好ましい。800℃より低温ではマグネシウムをドープさせることが困難であり、また、1400℃より高温ではドープされたマグネシウムが再び脱離する現象が生じるからである。
ここで、更に好ましくは、熱処理温度は、1000〜1100℃で行う。この温度範囲で熱処理を行うことで、十分にマグネシウムをドープさせることができる。
【0016】
また、上記のMgドープp型半導体の作製方法におけるMgの飽和蒸気圧の制御は、ボロン化マグネシウムの熱分解,窒化マグネシウムの熱分解,もしくは、マグネシウムと酸化ホウ素の混合物の熱分解のいずれかの反応により発生するMg蒸気を用いて行うことが好ましい。
ここで、ボロン化マグネシウムの熱分解により発生するMg蒸気とは、具体的には、下記式(1)および式(2)で示されるものである。
【0017】
(数1)
2MgB(固体)
−> Mg(気体)+MgB(固体) ・・・(式1)
【0018】
(数2)
7MgB(固体)−>
3Mg(気体)+4MgB(固体) ・・・(式2)
【0019】
また、窒化マグネシウムの熱分解により発生するMg蒸気とは、具体的には、下記式(3)で示されるものである。
【0020】
(数3)
Mg(固体)−>
3Mg(気体)+N(気体) ・・・(式3)
【0021】
また、マグネシウムと酸化ホウ素の混合物の熱分解により発生するMg蒸気とは、具体的には、下記式(4)で生成されるボロン化マグネシウム(MgB)が、上記式(1)の熱分解によって生成するものである。
【0022】
(数4)
4Mg+B
−> MgB+3MgO ・・・(式4)
【0023】
また、上記のMgドープp型半導体の作製方法により作製されたMgドープp型半導体は、好適に、熱電変換素子に用いられる。
後述の実施例に示すように、本発明のMgドープp型半導体の作製方法により作製されたMgドープp型半導体は、高いキャリア濃度と低い電気抵抗率を備え、p型熱電変換材料として用いることができるのである。
【0024】
また、上記のMgドープp型半導体の作製方法において、シリコン基板もしくはシリコン化合物半導体基板を予めn型にしたものを用いて行うことにより、熱電変換素子を容易に作製することができる。リン(P)などをドープして予めn型にしたシリコン基板等に、上記のMgドープp型半導体の作製方法を施すことにより、Mg蒸気と接する基板表面部分はp型となり、深層部がn型となる。従って、一つのシリコン基板等が、そのままp型熱電変換材料とn型の熱電変換材料を接合させた熱電変換素子として利用することができる。すなわち、この方法を用いることで、一体型の熱電変換素子を容易に作製することができるのである。
【0025】
次に、本発明のMgドープ半導体基板について説明する。本発明のMgドープ半導体基板は、マグネシウムをドープさせたシリコン基板もしくはシリコン化合物基板であって、X線回折において少なくとも2つの回折角にシリコンのピークを有し、かつ、逆格子マッピングにおいて面方向に異方性を有することを特徴とするものである。
【0026】
冒頭に述べたように、従来は、マグネシウムをシリコン基板にドープさせようとしても、シリコン基板の表面にマグネシウムシリサイド(MgSi)の安定相が形成され、十分にマグネシウムをドープさせることは困難であった。そのため、リンやホウ素をシリコン基板にドープさせた場合に観測される単結晶Siの格子定数の分離を観測することはできなかった。
【0027】
今回、発明者が知る限りにおいて、マグネシウムをシリコン基板にドープさせて、後述の実施例で示すように、単結晶Siの格子定数の分離を初めて観測することができたのである。マグネシウムのイオン半径が、シリコンのイオン半径と近似していることから、リンやホウ素をドープしたシリコンの場合のような大きな分離幅ではないが、単結晶Siの格子定数が明確に分離していることが確認できた。このことは、シリコン格子中に、マグネシウムが置換固溶され、2つの異なる格子定数を有する結晶面が現れたことを示している。
【0028】
また、後述の実施例で示すように、逆格子マッピングにおいて面方向に異方性を有することも確認できている。面方向の異方性は、フォノンの散乱を生じさせ、熱伝導度を低下させる一因となる。
【0029】
上記Mgドープ半導体基板は、好適に、p型熱電変換材料として用いられて熱電変換素子として利用できる。上述した如く、上記Mgドープ半導体基板は、面方向の異方性を有し、低い熱伝導度であることが推測されるからである。
また、上記の熱電変換素子は、300K(絶対温度)で、1×10−3(Ωcm)以下の電気抵抗率を有し、電気抵抗率が温度の低下とともに減少する縮退半導体的特性を有する。
また、上記の熱電変換素子は、300K(絶対温度)で、1×1018〜1×1021(cm−3)のキャリア濃度を有する。なお、従来方法にようにマグネシウムの拡散を利用してシリコン基板にドープさせた場合、キャリア濃度は1×1015程度である。
【0030】
さらに、上記の熱電変換素子は、シリコン基板の表面領域において、シリコン格子中にマグネシウムを1〜30%置換固溶させたことを特徴とする。ここで、シリコン基板の表面領域とは、表面から深さ数μm程度の領域をいう。また、置換固溶させたとは、シリコンとマグネシウムが互いに溶け合い、全体が均一の固相(固体)となっている状態をいう。なお、シリコン格子中にマグネシウムを置換固溶させた場合、p型シリコンとなる。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、シリコン基板やシリコン化合物半導体基板にマグネシウムを十分にドープできるといった効果を有する。
また、本発明によれば、シリコン基板やシリコン化合物半導体基板にマグネシウムを十分にドープさせることにより、キャリア濃度が高く、電気抵抗率が小さく縮退半導体的特性を備える熱電変換材料を生成できるといった効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】Mgドープp型シリコンの作製装置の構造模式図
【図2】Mgドープp型シリコンの作製フロー図
【図3】作製したMgドープp型シリコンの横断面のXRDパターン
【図4】作製したMgドープp型シリコンのEPMAの結果を示す図
【図5】処理前のオリジナルのSiウェハのXRDパターン
【図6】作製したMgドープp型シリコンのXRDパターン
【図7】作製したMgドープp型シリコンの逆格子マッピングの測定結果を示す図
【図8】作製したMgドープp型シリコンの電気抵抗率の測定結果を示すグラフ
【図9】ボロン化マグネシウムの熱分解により発生するMg蒸気の蒸気圧曲線
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明していく。なお、本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【実施例1】
【0034】
実施例1では、マグネシウムの蒸気圧を飽和蒸気圧の1/10程度の圧力に制御してシリコン基板を熱処理することにより、Mgドープp型シリコンが作製できることについて、その作製方法、作製装置、作製した試料の物性データを示しながら、詳細に説明する。
【0035】
図1は、Mgドープp型シリコンの作製装置の構造模式図を示している。図1に示すように、Mgドープp型シリコンの作製は、アルミナルツボにボロン化マグネシウム(MgB)の粉末を入れ、上蓋にシリコン基板を取り付けたもので行った。アルミナルツボ内はアルゴン(Ar)雰囲気にした。アルミナルツボをヒータで加熱し、MgBを熱分解させ、Mg蒸気を発生させた。この状態で、シリコン基板の温度を約1000℃に保持して、シリコン基板にマグネシウムをドープした。
【0036】
MgBを熱分解させ、Mg蒸気を発生させることにより、蒸気圧の制御が可能となる。図9に、MgBの熱分解によるMg蒸気の蒸気圧曲線を示す。図9の横軸は1/T(絶対温度の逆数)であり、縦軸はlog対数をとっている。図9において、ラインAはMgが固相・液相から気相に変化する場合の飽和蒸気圧を示している。また、ラインBはMgBの熱分解により発生したMg蒸気の蒸気圧曲線を示している。ラインCはMgBの熱分解により発生したMg蒸気の蒸気圧曲線を示している。
【0037】
図9において、1000℃の場合、10×1/1000=10であり、横軸で10の値を読み取る。1000℃の場合、通常のMgの飽和蒸気圧は約1×10Paであるが、MgBの熱分解によるMg蒸気圧は約100Paであり、1/10程度に制御できることがわかる。また、MgBの熱分解によるMg蒸気圧は約10Paであり、1/10程度に制御できることがわかる。
なお、図9において、横軸の12.5は800℃を示しており、横軸の8の値は1250℃を示している。図9から、MgBの熱分解またはMgBの熱分解を利用し、さらに、熱処理温度を800〜1400℃の範囲で調整することにより、Mg蒸気圧の制御が容易に行えることになる。
【0038】
Mgドープp型シリコンの作製手順(ステップ1〜ステップ5)について、図2のフロー図を参照して説明する。
(ステップ1)単結晶シリコン基板とボロン化マグネシウム(MgB)をアルミナルツボ内に配置する(図2のS1)。
(ステップ2)アルミナルツボ内をアルゴン雰囲気にする(図2のS2)。
(ステップ3)アルミナルツボを加熱し、ボロン化マグネシウム(MgB)を熱分解してMg蒸気を発生させる(図2のS3)。この場合、発生するMg蒸気の蒸気圧は約100Paに保持されることになる。
(ステップ4)単結晶シリコン基板を約1000℃に保持する(図2のS4)。
(ステップ5)単結晶シリコン基板にマグネシウムがドープされる(図2のS5)。
【0039】
図3は、作製したMgドープp型シリコンの横断面のXRDパターンを示す図である。
このXRD測定は、15μmのモノクロのエックス線ビームがMgドープp型シリコンの試料断面で照射されたものの回折ピーク強度を測定したものである。
図3のXRDパターンから、Siの立方体フェーズの回折ピークとMgOの回折ピークのみから成ることが確認できた。また、多結晶Siの粉の回折像に関する場合のように、Siの立方体フェーズのすべての回折ピークが観察された。一方で、MgSi,MgB,Mgのいずれの回折ピークも確認できなかった。
このことから、作製したMgドープp型シリコンには、マグネシウムシリサイド(MgSi)の安定相は形成されておらず、Siの立方体フェーズとMgO層から構成されていることがわかる。
【0040】
図4は、作製したMgドープp型シリコンのEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)の結果を示している。EPMAは、物質の拡大象のどの部分にどんな元素がどのくらい存在するかを分析できるものであり、図4の結果は、作製したMgドープp型シリコンの組成物の含有量を示している。図4から、シリコン基板表面から深さ6μmまでの領域において、マグネシウム(Mg)と酸素(O)の両方が観測され、ホウ素(B)は断面全体を通して観測されなかったことがわかる。
図4によれば、マグネシウム濃度は、最高が表面であり、表面から深くなると共に減少していることが確認できた。また、マグネシウム濃度は、シリコン基板表面から深さ4μmまでの領域において、酸素濃度を超えている傾向がある。これは、マグネシウムの一部がシリコン基板の表面領域に生成するMgOとは異なる形態で存在していることを示しているのである。
【0041】
また、図4から、作製したMgドープp型シリコンは、シリコン基板の表面領域において、マグネシウム(Mg)が約46%含有されており、酸素(O)が約18%含有されているので、MgOとは異なる形態のマグネシウムは、約28%含有されていることになる。そして、シリコン基板表面から深さ4μmまでの領域において、深さが深くなれば、MgOとは異なる形態のマグネシウムの含有率は低下していく。
【0042】
作製したMgドープp型シリコンは、シリコン基板の表面領域において、シリコン格子中にマグネシウムを1〜約30%置換固溶させたものである。すわなち、シリコンとマグネシウムが互いに溶け合い、全体が均一の固相(固体)となっている状態になっている。シリコン格子中にマグネシウムを置換固溶させた場合、作製したMgドープシリコンは、p型となる。なお、n型は、マグネシウムがシリコンと置換しているのではなく、単にシリコン格子間隙に入っている状態である。
【0043】
図5,図6は、(001)配向したSiウェハのXRDパターンのうち,2θが69°付近の回折指数(004)に関する回折ピークのみを拡大した図である。
図5は、処理前のオリジナルのSiウェハのXRDパターンである。図5に示すように、オリジナルのSiウェハのXRDパターンは、2つのSi(004)のピーク、すなわち、2θ=69.18°,69.37°の2つのピークを有することが確認できた。この2つのピークは、それぞれ、CuKα1(λ=1.5406オングストローム)とCuKα2(λ=1.5444オングストローム)に対応するものである。これから、オリジナルのSiウェハのXRDパターンの格子定数を求めると、格子定数d004は、1.3569オングストロームとなった。
【0044】
一方、図6は、処理後のSiウェハ、すなわち、作製したMgドープp型シリコン試料のXRDパターンである。図6に示すように、作製したMgドープp型シリコン試料は69.16°,69.23°,69.36°,69.42°に4つのピークを有することが確認できた。ここで、1番目(69.17°)と3番目(69.36°)のピークは、オリジナルのSiウェハの格子定数(d004=1.3570オングストローム)のCuKα1とCuKα2のラインに対応するものである。そして、2番目(69.23°)と4番目(69.42°)のピークが、他のセットのCuKα1とCuKα2のラインに対応するものである。この2番目(69.23°)と4番目(69.42°)のピークは、オリジナルのSiウェハの格子定数(d004=1.3570オングストローム)より、わずかに格子収縮した値(d004=1.3561オングストローム)となった。
【0045】
格子収縮に関する詳細を得るために、処理後のSiウェハ、すなわち、作製したMgドープp型シリコン試料の逆格子マッピングを測定した。図7は、(001)面のSiウェハに作製したMgドープp型シリコンの逆格子マッピングの測定結果を示している。図7に示す逆格子マッピングは、逆格子座標qと逆格子座標qに対して回折強度を等高線図としてプロットものである。qとqは格子面間隔の逆数に相当し,qは(001)面と平行方向,qは(001)面と垂直方向となるようにとっている。
図7の逆格子マッピングから、qが約0.7366と約0.7372(d=1.357オングストローム,1.356オングストローム)に、2つのピークが確認できた。これらのピークは、それぞれ、オリジナルのSi格子と格子収縮されたものに対応するものである。
【0046】
さらに、図7の逆格子マッピングから、両方のピークはq方向に沿ってブロードに広がっていることがわかる。このことは、作製したMgドープp型シリコン試料が(001)面内に異方性を有している、すなわち,(001)面内でモザイク状構造を形成していることを示している。作製したMgドープp型シリコン試料では、マグネシウムの拡散プロセスは、格子収縮だけではなく、(001)面内における結晶方位の異方性を誘起することがわかる。
【0047】
図8は、作製したMgドープp型シリコンの電気抵抗率の測定結果を示すグラフである。
作製したMgドープp型シリコンにおいて、室温でのシート抵抗とシートキャリア濃度は、31.9(cm/Vs)の正孔の移動度を用いて、それぞれ5.8×10−1(Ωsq−1)と4.5×1017cmであった。従って、シリコン基板の表面から6μmの厚さのところまで、マグネシウムイオンが一様に分布しているとすると、室温での電気抵抗率と正孔のキャリア濃度は、それぞれ、3×1014(Ωcm)と7×1020(cm−3)になる。この電気抵抗率の値は、ホウ素をドープさせたシリコン基板の電気抵抗率の最低値に匹敵する値であり、低い電気抵抗率の特性を有していることが確認できた。また、正孔のキャリア濃度は約1021cm−3であり、優れたキャリア濃度の特性を有していることが確認できた。シリコン基板の表面領域には、MgOといった絶縁体が存在することを加味すれば、かかるキャリア濃度は非常に優れていることが理解できよう。
【0048】
また、作製したMgドープp型シリコンの電気抵抗率は、図8に示すように、室温(300K)から7Kまで単調に減少しており、シリコン基板にホウ素やリンなどを大量にドープさせた場合と同様な特性である金属のような伝導特性、すなわち、縮退半導体的性質を示すことが確認できた。
【0049】
以上説明したように、マグネシウムの蒸気圧を飽和蒸気圧の1/10程度の圧力に制御してシリコン基板を熱処理することにより、シリコンとマグネシウムが互いに溶け合い、全体が均一の固相(固体)となる。シリコン格子中にマグネシウムを置換固溶させたMgドープシリコンはp型となる。作製したMgドープp型シリコンは、キャリア濃度が高く、電気抵抗率が低く、好適にp型熱電変換材料として利用できることが理解できる。
【0050】
(その他の実施例)
(1)上記の実施例1では、シリコン基板に対して約1000℃の熱処理を行ったが、熱処理温度は、500℃,600℃,700℃,800℃,900℃,1000℃,1100℃,1200℃に対して行ったところ、500℃,600℃,700℃ではマグネシウムをシリコン基板にドープさせることはできなかった。800℃,900℃では、マグネシウムをシリコン基板に少しドープさせることができた。さらに、1000℃,1100℃,1200℃では、マグネシウムをシリコン基板に十分にドープさせることができた。1300℃以上の実験は実験装置の制約から実施していないが、1300〜1400℃でもマグネシウムをシリコン基板にドープさせることができると予想できる。但し、1400℃より高温ではドープされたマグネシウムが再び脱離する現象が生じると予想され、マグネシウムをシリコン基板にドープさせることが困難であると予想される。
【0051】
(2)上記の実施例1では、シリコン基板に対してマグネシウムをドープしたが、シリコン基板の代わりにシリコン化合物基板を用いても構わない。例えば、シリコンカーバイド(SiC)の場合、Si−Mg−Cの3元素の間で安定相の生成が予想される。この場合も、ドープされるMgの蒸気圧を所定圧力に制御することで、十分にSiC基板にマグネシウムをドープさせることができる。
【0052】
(3)上記の実施例1では、シリコン基板に対してマグネシウムをドープしたが、マグネシウムの代わりに他のアルカリ土類金属のカルシウムをドープさせることができる。従来、カルシウムをシリコン基板にドープさせることも困難であり、本発明の方法も用いて、カルシウム蒸気の蒸気圧を所定圧力に制御することで、シリコン基板にカルシウムをドープさせることができる。
【0053】
(4)上記の実施例1では、シリコン基板に対してマグネシウムをドープしたが、リン(P)などをドープして予めn型にしたシリコン基板に対してマグネシウムをドープさせることでも構わない。予めn型にしたシリコン基板に実施例1の作製方法を施すことにより、Mg蒸気と接するシリコン基板表面部分はp型となり、深層部がn型となる。従って、一つのシリコン基板が、そのままp型熱電変換材料とn型の熱電変換材料を接合させた熱電変換素子として利用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明により生成される半導体は、低い電気抵抗と豊富なキャリア濃度を備え、熱電変換材料として利用できる。
【符号の説明】
【0055】
1 アルミナルツボ
2 Si基板
3 MgB粉末
4 Mg蒸気


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ土類金属の蒸気圧を飽和蒸気圧の1/10以下の所定圧力に制御して、シリコン基板もしくはシリコン化合物基板を熱処理することにより、シリコン基板もしくはシリコン化合物基板に該アルカリ土類金属をドープさせることを特徴とするアルカリ土類金属ドープ半導体の作製方法。
【請求項2】
マグネシウム(Mg)の蒸気圧を飽和蒸気圧の1/10以下の所定圧力に制御して、シリコン基板もしくはシリコン化合物基板を熱処理することにより、シリコン基板もしくはシリコン化合物基板にマグネシウムをドープさせることを特徴とするMgドープp型半導体の作製方法。
【請求項3】
前記蒸気圧は、飽和蒸気圧の1/10〜1/10の所定圧力に制御されたことを特徴とする請求項2に記載のMgドープp型半導体の作製方法。
【請求項4】
熱処理温度は、800〜1400℃であることを特徴とする請求項2に記載のMgドープp型半導体の作製方法。
【請求項5】
Mgの飽和蒸気圧の制御は、ボロン化マグネシウムの熱分解,窒化マグネシウムの熱分解,もしくは、マグネシウムと酸化ホウ素の混合物の熱分解のいずれかの反応により発生するMg蒸気を用いて行うことを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載のMgドープp型半導体の作製方法。
【請求項6】
請求項2〜5のいずれかのMgドープp型半導体の作製方法により作製されたMgドープp型半導体を用いた熱電変換素子。
【請求項7】
請求項2〜5のいずれかのMgドープp型半導体の作製方法において、前記シリコン基板もしくは前記シリコン化合物基板を予めn型にしたものを用いて行うことを特徴とする熱電変換素子。
【請求項8】
マグネシウムをドープさせたシリコン基板もしくはシリコン化合物基板であって、X線回折において少なくとも2つの回折角にシリコンのピークを有し、かつ、逆格子マッピングにおいて面方向に異方性を有することを特徴とするMgドープ半導体基板。
【請求項9】
請求項8に記載のMgドープ半導体基板をp型熱電変換材料として用いたことを特徴とする熱電変換素子。
【請求項10】
300K(絶対温度)で、1×10−3(Ωcm)以下の電気抵抗率を有し、電気抵抗率が温度の低下とともに減少する縮退半導体的特性を有することを特徴とする請求項9に記載の熱電変換素子。
【請求項11】
300K(絶対温度)で、1×1018〜1×1021(cm−3)のキャリア濃度を有することを特徴とする請求項9に記載の熱電変換素子。
【請求項12】
前記シリコン基板の表面領域において、シリコン格子中にマグネシウムを1〜30%置換固溶させたことを特徴とする請求項9に記載の熱電変換素子。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−104596(P2012−104596A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−250974(P2010−250974)
【出願日】平成22年11月9日(2010.11.9)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)