説明

OsPIP1;3遺伝子を導入した耐冷性イネ

【課題】
植物体の生育に対する影響が少なく、かつ植物体に耐冷性を付与できる優れた遺伝子を見いだし、耐冷性を有する新規な形質転換植物および植物に耐冷性を付与する方法を提供する。
【解決手段】
イネにおいてOsPIP1;3遺伝子を過剰発現させることによって、イネに耐冷性を付与できるといった知見を見いだした。なお、イネのOsPIP1;3遺伝子は水透過性に関与するアクアポリンタンパク質をコードしているが、イネに耐冷性を付与できるといった知見は新規な発見である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定のアクアポリンをコードする遺伝子、この遺伝子の導入用ベクター、この遺伝子を導入した植物、この植物体の製造方法、及びこの植物体の増殖方法に関する技術分野に属する。
【背景技術】
【0002】
植物は、低温・乾燥・塩などの環境ストレスによって生育が大きく左右される。このことは作物の生産量と直結しており、作物への環境ストレス耐性付与は育種の大きな目標である。近年、遺伝子組換え等の手法により、外来遺伝子の過剰発現を行なう等の新しい品種改良の試みがなされている。
【0003】
例えば、遺伝子組換え等の新しい手法によって、アミノ酸の一種であるプロリン合成酵素遺伝子を導入し、乾燥や塩ストレスに対し耐性を示す植物(非特許文献1)、ストレス応答を制御する転写因子遺伝子を導入し、乾燥、塩、低温ストレスに対して耐性を示す植物(非特許文献2)、活性酸素を消去するカタラーゼ遺伝子を導入した耐冷性イネ(特許文献1)などの報告がある。
【0004】
乾燥、塩、低温ストレスの最初の傷害は浸透圧変化や脱水などによる水バランスの崩壊として現れる。これまでストレス耐性を付与する遺伝子について多くの研究がなされてきたが、水バランスの改善に注目した例はない。
【0005】
【非特許文献1】Kishor P, Hong Z, Miao GH, Hu C, Verma D. Plant Physiol. 1995 Aug;108(4):1387-1394.
【非特許文献2】Liu Q, Kasuga M, Sakuma Y, Abe H, Miura S, Yamaguchi-Shinozaki K, Shinozaki K. Plant Cell. 1998 Aug;10(8):1391-1406
【特許文献1】「カタラーゼ遺伝子を導入した耐冷性イネ及びこの耐冷性イネに由来する耐冷性カタラーゼ」,特開平10-179167,平成10年(1998)7月7日
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、植物体の水バランスの制御に関与するアクアポリン遺伝子の中から植物体に耐冷性を付与できる優れた遺伝子を見いだし、耐冷性を有する新規な形質転換植物及び植物に耐冷性を付与する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した目的を達成するため、本発明者が鋭意検討した結果、イネのアクアポリンOsPIP1;3遺伝子を過剰発現させることによって、植物に低温ストレス耐性を付与できるといった知見を見いだし、本発明を完成するに至った。なお、イネOsPIP1;3遺伝子については、乾燥耐性を示すことは報告したが(Lian H, Yu X, Ye Q, Ding X, Kitagawa Y, Kwak S, Su W, Tang Z. Plant Cell Physiol. 2004;45(4):481-489)、植物体の耐冷性に関係があり、過剰発現により植物体に耐冷性を付与できるといった知見は新規な発見である。
【0008】
本発明は以下を包含する。
(1) イネOsPIP1;3遺伝子が過剰発現するように改変された形質転換イネ。
(2) 上記遺伝子はアクアポリンタンパク質をコードすることを特徴とする(1)記載の形質転換イネ。
(3) 上記遺伝子は、以下の(a)〜(d)の少なくとも1つの遺伝子であることを特徴とする(1)記載の形質転換イネ。
(a)配列番号1に示す塩基配列からなるDNAからなる遺伝子
(b)配列番号1に示す塩基配列からなる水透過性が低いアクアポリンタンパク質をコードする遺伝子
(c)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(d)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなる水透過性が低いアクアポリンタンパク質をコードする遺伝子
(4) 上記遺伝子は過剰発現プロモーターに連結されていることを特徴とする(1)記載の形質転換イネ。
(5) イネOsPIP1;3遺伝子が過剰発現するように改変する、イネに耐冷性を付与する方法。
(6) 上記遺伝子はアクアポリンタンパク質をコードすることを特徴とする(5)記載の方法。
(7) 上記遺伝子は、以下の(a)〜(d)の少なくとも1つの遺伝子であることを特徴とする(5)記載の方法。
(a)配列番号1に示す塩基配列からなるDNAからなる遺伝子
(b)配列番号1に示す塩基配列からなる水透過性が低いアクアポリンタンパク質をコードする遺伝子
(c)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(d)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなる水透過性が低いアクアポリンタンパク質をコードする遺伝子
(8) 上記遺伝子は過剰発現プロモーターに連結されていることを特徴とする(5)記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明にかかる形質転換イネは、イネOsPIP1;3遺伝子が過剰発現しているため、耐冷性を有することとなる。また、本発明にかかるイネに耐冷性を付与する方法によれば、イネOsPIP1;3遺伝子を過剰発現させることにより、イネが矮小化などの変化をすることなく、優れた耐冷性を付与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を図面を参照して詳細に説明する。
本発明にかかる形質転換イネは、イネOsPIP1;3遺伝子が過剰発現するように改変されたものである。本発明においてイネOsPIP1;3遺伝子は、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質(以下OsPIP1;3と称する)をコードしている。イネの耐冷性獲得におけるイネアクアポリン遺伝子の機能解明を行なう過程(後述の実施例参照)で、OsPIP1;3遺伝子の発現変化がイネの耐冷性と密接に相関することが示された。この知見により、OsPIP1;3遺伝子の産物がイネにおける耐冷性の獲得に関係があることが示されている。
【0011】
形質転換イネにおいて過剰発現させる遺伝子
本発明にかかる形質転換イネにおいて、過剰発現させる遺伝子とは、イネOsPIP1;3遺伝子である。
【0012】
OsPIP1;3遺伝子は、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしている。
【0013】
本発明イネOsPIP1;3遺伝子のクローニングは、通常公知の方法により行なうことができる。例えば、イネのmRNAを分離し、このmRNAを鋳型として、逆転写酵素を用いてcDNAを合成し、このcDNAを基にして本発明OsPIP1;3遺伝子をクローニングすることができる。
【0014】
mRNAの分離は、通常公知の方法により行なうことができる。すなわち、先ずイネの細胞を分離して、この細胞から全RNAを抽出する。この全RNAの抽出は、例えばフェノール抽出,LiCl2沈澱法等の通常公知の方法により行なうことができる。次いで、この全RNAから、mRNAのみを分離することもできる。この分離法としては、オリゴdTセルロースを用いてpolyARNAとして所望のmRNAを分離する方法が代表的な方法である。
【0015】
cDNAの合成も、通常公知の方法を用いて行なうことができる。すなわち、得られた全RNAあるいはmRNAを鋳型とし、オリゴdTまたはランダムプライマーをプライマーとして、逆転写酵素を用いてcDNAを合成することができる。
【0016】
4種のイネ品種のOsPIP1;3遺伝子のDNAの塩基配列は公知である(Matsumoto T, Lian H-L, Su W-A, Tanaka D, Liu C-W, Iwasaki I, Kitagawa Y. Plant Cell Physiol. 27-Nov-2008)。この塩基配列を参考に、OsPIP1;3遺伝子の塩基配列の5’末端側と3’末端側の配列を含むDNA断片のプライマーを作ることができる。これらのプライマーと上記イネcDNAを用いたPCR法(Polymerase chain reaction)により本発明OsPIP1;3遺伝子を大量に増幅させて入手することができる。
【0017】
なお、プライマーの塩基配列を変更することで、前記の行程により調製した本発明OsPIP1;3遺伝子の5’末端あるいは3’末端の塩基配列を改変することも可能である。
【0018】
PCR法で増幅したOsPIP1;3遺伝子のDNA断片を増殖用プラスミドベクターに組込み増殖することができる。
【0019】
増殖用ベクターとしては、特に限定されず、例えばpT7T-vector,pUC19等の通常クローニングに用いられる公知の増殖用ベクターを用いることができる。ベクターに組込まれたDNA断片はPCR法で確認できる。
【0020】
また、このようにして得られたDNA断片を組込んだプラスミドから、サンガー(Sanger)法(F.Sanger,S.Nicklen,A.R.Coulson,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,74,5463(1977))の原理を応用した塩基配列自動解析装置〔例えばABI PRISMTM310 Genetic Analyzer,ABI Model 373A(両者共、パーキンエルマー(PERKIN ELMER)社製)、ALF DNA sequencer II(ファルマシア(Pharmacia)社製)等〕を用いて、塩基配列を決定することができる。
【0021】
組換えベクター及び形質転換植物の作製
(1)組換えベクターの作製
組換えベクターは、上述したOsPIP1;3遺伝子を適当なベクターに導入することにより構築することができる。ここで、ベクターとしては、アグロバクテリウムを介して植物に目的遺伝子を導入することができる、pBI系、pPZP系、pSMA系のベクターなどが好適に用いられる。特にpBI系のバイナリーベクター又は中間ベクター系が好適に用いられ、例えば、pBI121、pBI101、pBI101.2、pBI101.3等が挙げられる。バイナリーベクターとは大腸菌(Escherichia coli)及びアグロバクテリウムにおいて複製可能なシャトルベクターで、バイナリーベクターを保持するアグロバクテリウムを植物に感染させると、ベクター上にあるLB配列とRB配列よりなるボーダー配列で囲まれた部分のDNAを植物核DNAに組込むことが可能なベクターである(Mayerhoter R, Koncz-kalman Z, Nawrath C, Bakkeren G, Crameri A, Angelis K, Redei GP, Schell J, Hohn B, Koncz C. EMBO Journal, 10(3), 697-704 (1991))。
【0022】
バイナリーベクター系プラスミドを用いる場合、上記のバイナリーベクターの境界配列(LB,RB)間に、目的遺伝子を挿入し、この組換えベクターを大腸菌中で増幅する。次いで、増幅した組換えベクターをアグロバクテリウム・ツメファシエンスC58、LBA4404、EHA101、EHA105等に、エレクトロポレーション法等により導入し、該アグロバクテリウムを植物の形質導入に用いる。
【0023】
ベクターに目的遺伝子を挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。また、目的遺伝子は、導入対象の植物内において過剰発現されるようにベクターに組込まれることが必要である。そこで、ベクターには、上記遺伝子の上流、内部、あるいは下流に、プロモーター、エンハンサー、ターミネーター、ポリA付加シグナル、5’-UTR配列、選抜マーカー遺伝子などを連結することができる。
【0024】
「プロモーター」としては、植物細胞において下流の遺伝子の発現を制御する機能を有するものを使用する。例えば、プロモーターとしては、植物の特定の組織内あるいは特定の発育段階において発現を導くものであってもよいし、植物のすべての組織及びすべての発育段階において恒常的に発現を導くものであってもよい。プロモーターとしては、植物由来のものでもよいし、植物由来のものでなくてもよい。具体例としては、トウモロコシ由来ユビキチンプロモーター、カリフラワーモザイクウイルス (CaMV) 35Sプロモーター、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター (Pnos)、イネ由来のアクチンプロモーター、タバコ由来PRタンパク質プロモーター等が挙げられる。
【0025】
エンハンサーとしては、例えば、目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられ、CaMV35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサー領域などが挙げられる。ターミネーターとしては、プロモーターにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であればよく、例えば、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネーター、オクトピン合成酵素(OCS)遺伝子のターミネーター、CaMV 35S RNA遺伝子のターミネーター等が挙げられる。
【0026】
選抜マーカーとしては、例えば、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ビアラホス耐性遺伝子などが挙げられる。
【0027】
(2)形質転換植物の作製
本発明の形質転換植物は、上記(1)の組換えベクターを用いて、対象植物を形質転換することで調製できる。形質転換植物体を調製する際には、既に報告され、確立されている種々の方法を適宜利用することができ、その好ましい例として、アグロバクテリウム法、PEG-リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソーム法、パーティクルガン法、マイクロインジェクション法等が挙げられる。アグロバクテリウム法を用いる場合は、プロトプラストを用いる場合、組織片を用いる場合、及び植物体そのものを用いる場合(in planta法)がある。
【0028】
アグロバクテリウム感染法により目的遺伝子を導入する場合、目的遺伝子を含むプラスミドを保有するアグロバクテリウムを植物に感染させる行程が必須である。これは、例えば無菌培養カルスにアグロバクテリウムを感染させることにより行なうことができる。すなわちイネ種子の胚由来の培養細胞小塊を、目的遺伝子を含むプラスミドを含むアグロバクテリウムの培養液に直接浸し、これを室温に放置する。その後、培地でアグロバクテリウムを洗い流したカルスを培養する。目的遺伝子を保有するカルスを選択するために、適切な抗生物質を加えたMS寒天培地を用いる。この培地のホルモン量を変えて生育したイネ苗を鉢に移し、生育させることにより、目的遺伝子が導入された形質転換植物の種子を得ることができる。
【0029】
目的遺伝子が植物体に組込まれたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法、ウェスタンブロッティング法等により行なうことができる。例えば、形質転換植物体からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行なう。PCRを行なった後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動又はキャピラリー電気泳動等を行ない、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することにより、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素等により標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相に増幅産物を結合させ、蛍光又は酵素反応等により増幅産物を確認する方法でもよい。
【0030】
あるいは、種々のレポーター遺伝子、例えばベータグルクロニダーゼ(GUS)、ルシフェラーゼ(LUC)、Green fluorescent protein(GFP)、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)、ベータガラクトシダーゼ(LacZ)等の遺伝子を目的遺伝子の下流域に連結したベクターを作製し、該ベクター導入したアグロバクテリウムを用いて上記と同様にして植物を形質転換させ、該レポーター遺伝子の発現を測定することにより確認できる。
【0031】
先ず、本発明OsPIP1;3遺伝子を導入する対象となる植物は特に限定されず、例えばイネ科植物では、前出のイネ(水稲,陸稲),イタリアンライグラス,ソルガム等を、マメ科植物では、アカクローバー,シロクローバー,アズキ,ダイズ等を広く例示することができる。なお、本発明OsPIP1;3遺伝子を導入する目的が、専ら植物の耐冷性を向上させることにある場合は、元来耐冷性に乏しく、かつ実際に穀物植物として食用に供されているイネが、本発明OsPIP1;3遺伝子を導入する格好の対象植物である。
【0032】
本発明において、形質転換の対象とする植物材料としては、例えば、根、茎、葉、種子、胚、胚珠、子房、茎頂(植物の芽の先端の生長点)、葯、花粉等の植物組織やその切片、未分化のカルス、それを酵素処置して細胞壁を除いたプロトプラスト等の植物培養細胞が挙げられる。またin planta法適用の場合、吸水種子や植物体全体を利用し得る。
【0033】
また、本発明において形質転換植物体とは、植物体全体、植物器官(例えば根、茎、葉、花弁、種子、実等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束等)、植物培養細胞のいずれをも意味するものである。植物培養細胞を対象とする場合において、得られた形質転換細胞から形質転換体を再生させるためには既知の組織培養法により器官又は個体を再生させればよい。このような操作は、植物細胞から植物体への再生方法として一般的に知られている方法により、当業者であれば容易に行なうことができる。植物細胞から植物体への再生については、例えば、以下のように行なうことができる。
【0034】
先ず、形質転換の対象とする植物材料として植物組織を用いた場合、これらを無機要素、ビタミン、炭素源、エネルギー源としての糖類、植物生長調節物質(オーキシン、サイトカイニン等の植物ホルモン)当を加えて滅菌したカルス形成用培地中で培養し、不定形に増殖する脱分化したカルスを形成させる(以下「カルス誘導」という)。このように形成されたカルスをオーキシン等の植物生長調節物質を含む新しい培地に移し替えてさらに増殖(継代培養)させる。
【0035】
カルス誘導は寒天等の固形培地で行ない、継代培養は例えば液体培養で行なうと、それぞれの培養を効率良くかつ大量に行なうことができる。次に、上記の継代培養により増殖したカルスを適当な条件下で培養することにより器官の再分化を誘導し(以下「再分化誘導」という)、最終的に完全な植物体を再生させる。再分化誘導は、培地におけるオーキシンやサイトカイニン等の植物生長調節物質、炭素源等の各種成分の種類や量、光、温度等を適切に設定することにより行なうことができる。かかる再分化誘導により、不定胚、不定根、不定芽、不定茎葉等が形成され、更に完全な植物体へと育成させる。或いは、完全な植物体になる前の状態(例えばカプセル化された人工種子、乾燥胚、凍結乾燥細胞及び組織等)で貯蔵等を行なってもよい。
【0036】
本発明の形質転換植物体は、形質転換処理を施した再分化当代である「T1世代」のほか、その植物の種子から得られた後代である「T2世代」、薬剤選抜或いはサザン法等による解析により形質転換体であることが判明した「T2世代」植物の花を自家受粉して得られる次世代(T3世代)などの後代植物をも含む。
【0037】
上記のようにして得られる形質転換植物は、低温ストレスに対して耐性を獲得する。従って、当該形質転換植物は、低温ストレス耐性植物として使用することができる。ここで、「低温ストレス」とは、それぞれの生物種の生活至適温度よりも低い温度が持続的に負荷(例えばイネの場合、4℃の温度を継続的に24時間)されたときに起こるストレスをいう。
【0038】
形質転換植物の低温ストレスに対する耐性の評価
本発明の形質転換植物の低温ストレスに対する耐性は、Hoagland 培地を入れたプラスチックカップの上部にガーゼを張り、そこに種子を蒔き、25℃のインキュベーター(12時間明期,12時間暗期,光度30μE-2S-1)で3葉期まで育てたイネ等を用い、低温ストレスを負荷した場合の植物体の障害の状態を調べることによって評価することができる。ここで、低温ストレスの負荷条件は前項の通り行なうことができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0040】
1.cDNAの合成
イネ苗の葉よりLiCl法(Shirzadegan M, Christie P, Seemann JR, Nucleic Acid Res. 1991 Nov;19(21):6055)を用いてTotal RNA を抽出した。得られたRNAを用いて Takara PrimeScriptTM High Fidelity RT-PCR Kit(タカラバイオ社製)を利用してcDNAを合成した。
【0041】
2.cDNAからのOsPIP1;3遺伝子部分の単離
上記の通り合成されたcDNAを鋳型として、以下のフォワードプライマー及びリバースプライマーを用いてPCRを行なった。
フォワードプライマー:
5’-ACTCGAGATGGAGGGGAAGGAGGAG-3’ (下線部はXhoI部位:配列番号3)
リバースプライマー:
5’-GGAGCTCTTAGTCCCGGCTCTT-3’ (下線部はSacI部位:配列番号4)
これらのフォワードプライマー及びリバースプライマーは、既知のOsPIP1;3遺伝子の塩基配列(Genebankアクセッション番号AB029489)の5’UTRから終止コドンまでを増幅できるように設計したものである。PCRは50μlの反応系で行なった。
【0042】
Ex TaqDNA ポリメラーゼ(5 units/μl, タカラバイオ社製)を0.2μl、10×ポリメラーゼバッファー(MgCl2を含む)を5μl、2.5mM dNTP液(2.5mM)を2.5μl、上記の各プライマー(10pmol/μl)を0.1μl及び上記で合成したcDNA(約1μg/μl)を2μl混合し、さらに反応全量をミリQ水で50μlとした。PCRは 94℃-2分を1回、次いで 94℃-30秒, 55℃-30秒, 72℃-1分のサイクルを30回、さらに 72℃-5分を1回の条件で行なった。
【0043】
PCR反応後、電気泳動によりPCR産物の確認を行なったところ、予測された長さの核酸断片が(867塩基対)が増幅されていた。得られた断片をpT7 T-vector(タカラバイオ社製)を利用してクローニングし、複数の陽性クローンを得た。それらの陽性クローンに含まれるDNA挿入断片について、BigDye Terminator v1.1 cycle Sequencing kit(Amersham Bioscience社製)を用いて、ABI社製DNAシーケンサー(373 DNA sequencer)により塩基配列を決定し、さらに上述した既知のOsPIP1;3遺伝子との比較解析を行ない、クローニングしたDNA断片がOsPIP1;3遺伝子であることを確認した。
【0044】
3.アグロバクテリウムを用いたOsPIP1;3遺伝子のイネへの形質転換
以上のようにして、単離されたOsPIP1;3遺伝子をTi系ベクターである pBI 121ベクター(Clonetech社製)を改変した pBI 121 Hm のユビキチンプロモーターの下流にセンス鎖方向で導入した。pBI 121 Hm の模式図を図1に示す。
【0045】
先ず、上記で得られたpT7 T-vectorにOsPIP1;3遺伝子が挿入されたプラスミドを SpeI及び SacIで切り出したOsPIP1;3遺伝子含有断片を、Spe I 及び Sac I で切断したpIG 121 Hmベクターに、センス方向でライゲーションした。得られた核酸構築物をアグロバクテリウムにエレクトロポレーション法を利用して形質転換した。形質転換アグロバクテリウムを選抜するため、遺伝子導入したアグロバクテリウムをカナマイシン(50mg/L)、ゲンタマイシン(100mg/L)を含むYEP培地上でカナマイシン耐性、ゲンタマイシン耐性について選抜した。選抜したコロニーをカナマイシン、ゲンタマイシンを含む5mlのYEP培地で20〜24時間培養後、カナマイシン、ゲンタマイシンを含む100mlのYEP培地に植菌し、O.D.600=0.80になるまで培養した。培養した菌液は5000×gで10分間室温で遠心し、沈澱とした。
【0046】
イネ種子(品種中花)を有効塩素量5%の次亜塩素酸ナトリウム溶液で殺菌消毒後、胚を分離し、N6CI培地(横井修二、鳥山欽哉 細胞工学別冊植物細胞工学シリーズ4、1996 p93-98)で、29℃暗所で7日間、震盪培養した。7日後にN6CI培地を交換し、さらに、7〜10日間培養し、イネカルスを作成した。
【0047】
イネカルスをアセトシリゴン20μg/ml含むN6CO培地(横井修二、鳥山欽哉 細胞工学別冊植物細胞工学シリーズ4、1996 p93-98)に移し、そこに(0045)で用意したアクロバクテリウムの沈殿をスパーテルで少量掻き取って加えた。30 rpmで20分間震盪して、イネカルスにアグロバクテリウムを感染させた。次いで、感染イネカルスをN6CO培地に移し、25℃暗所で3日間培養した。
【0048】
感染イネカルスを滅菌水で洗浄後、100μg/mlのクラフォランを含むN6CI液体培地に移し、28℃暗所で、3日間旋回培養し、アグロバクテリウムを除去した。
【0049】
イネカルスをN6SE固形培地(横井修二、鳥山欽哉 細胞工学別冊植物細胞工学シリーズ4、1996 p93-98)に移し、28℃暗所で7日間培養した。大きくなったカルスを新しいN6SE固形培地に間隔をあけて移植し、さらに培養を続けた。
【0050】
大きくなったカルスを再分化用MSRE固形培地(横井修二、鳥山欽哉 細胞工学別冊植物細胞工学シリーズ4、1996 p93-98)に移植し、28℃明所で培養した。培地は10日間ごとに交換した。カルスから芽と根が出た幼植物を育て、T1およびT2世代の種子を採取した。
【0051】
4. OsPIP1;3遺伝子過剰発現の確認
以上のようにして、得られたOsPIP1;3形質転換イネ(OE)での遺伝子の発現をRT-PCR法で調べた。形質転換イネの根からRNAを抽出し、cDNA合成キット(タカラバイオ社製)でcDNAを合成した。このcDNAを鋳型にして、OsPIP1;3遺伝子に特異的なフォワードとリバースのプライマーとRT-PCRキット(タカラバイオ社製)を用いて反応を行い、リアルタイムPCR装置(Thermal Cycler DiceRReal Time System、タカラバイオ社製)で測定した。その結果を図2に示す。
【0052】
5.形質転換イネの耐冷性試験
この耐冷性試験は、“Takahashi, R., Joshiee, N. and Kitagawa, Y. PlrMol. Biol. 26: 339-352, 1994”に開示された幼苗の低温障害評価法により行った。すなわち、コントロール(イネ:中花)と本発明OsPIP1;3遺伝子で、前述の方法に準じた方法で形質転換した形質転換イネ(OE)の種籾20粒をHoagland培地で水耕栽培し、発芽後2週目(3葉期)の苗を4℃で24時間処理し、さらに、25℃で24時間回復させた時の傷害の程度を観察した。T1世代の形質転換イネを用いて行った結果を図3に示す。図3にはT1低温処理後回復させた時の傷害の程度の結果のみを示す。T2世代の形質転換イネOE1の低温処理および回復処理した時の傷害の程度の結果を図4に示す。さらに、コントロールおよびOE1を低温処理および回復処理した時のOsPIP1;3遺伝子の発現量をRT-PCRで調べた結果を図5に示す。また、OsPIP1;3タンパク質の発現量をウェスタンブロット法で調べた結果を図6に示す。これらの結果から、OsPIP1;3遺伝子を過剰発現したイネは耐冷性を獲得することが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明により、耐冷性にすぐれるアクアポリンをコードする遺伝子が見出され(請求項3)、この遺伝子を用いた植物に低温耐性を付与する手段が提供され(請求項4)、この遺伝子が組み込まれた耐冷性を有するイネの植物体が提供される(請求項5)。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】pIG121Hmプラスミドの構造を模式的に示す図である。
【図2】OsPIP1;3遺伝子を過剰発現したイネにおけるOsPIP1;3mRNAの発現量を示す図である。
【図3】OsPIP1;3遺伝子を過剰発現したイネ(T1世代)の低温処理実験の結果を示す写真である。
【図4】OsPIP1;3遺伝子を過剰発現したイネOE1(T2世代)の低温処理実験の結果を示す写真である
【図5】OsPIP1;3遺伝子を過剰発現したイネOE1(T2世代)のRT-PCR法でmRNAを測定した結果を示す特性図である
【図6】OsPIP1;3遺伝子を過剰発現したイネOE1(T2世代)のウェスタンブロット法でタンパク質を検出した結果を示す写真である

【特許請求の範囲】
【請求項1】
OsPIP1;3遺伝子が過剰発現するように改変された形質転換イネ。
【請求項2】
上記遺伝子はアクアポリンタンパク質をコードすることを特徴とする請求項1記載の形質転換イネ。
【請求項3】
上記遺伝子は、以下の(a)〜(d)の少なくとも1つの遺伝子であることを特徴とする請求項1記載の形質転換イネ。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAからなる遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなる水透過性が低いアクアポリンタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子
(c) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(d) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなる水透過性が低いアクアポリンタンパク質をコードする遺伝子
【請求項4】
上記遺伝子は過剰発現プロモーターに連結されていることを特徴とする請求項1記載の形質転換イネ。
【請求項5】
上記遺伝子が過剰発現するように改変する、イネに耐冷性を付与する方法。
【請求項6】
上記遺伝子は水透過性が低いアクアポリンタンパク質をコードすることを特徴とする請求項5記載の方法。
【請求項7】
上記遺伝子は、以下の(a)〜(d)の少なくとも1つの遺伝子であることを特徴とする請求項5記載の方法。
(a) 配列番号1に示す塩基配列からなるDNAからなる遺伝子
(b) 配列番号1に示す塩基配列からなる水透過性が低いアクアポリンタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子
(c) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(d) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなる水透過性が低いアクアポリンタンパク質をコードする遺伝子
【請求項8】
上記遺伝子は過剰発現プロモーターに連結されていることを特徴とする請求項5記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−142156(P2010−142156A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−322243(P2008−322243)
【出願日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【Fターム(参考)】