説明

PDMS製シート

【課題】 恒久的な親水性を有するPDMS製マイクロ流体デバイス又はマイクロタイタープレートを提供すること及びそれらの製造方法を提供する。
【解決手段】 少なくとも一方の表面に凹状ウエル又は凹状チャネルなどの微細構造が配設されており、該微細構造配設面側が恒久的親水性を有することを特徴とするPDMS製シート。該PDMS製シートは、(a)上面に所定の微細構造を有するマスターを準備するステップと、(b)前記マスターの微細構造形成面側に、PDMSプレポリマーと硬化剤とポリエーテル変性界面活性剤とからなる混合物を注入するステップと、(c)成型されたPDMS製シートの微細構造形成面側を酸素プラズマ処理するステップと、(d)前記PDMS製シートの微細構造形成面側にオルガノシラン溶液を塗布するステップとからなる方法により製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリジメチルシロキサン(PDMS)から形成されたマイクロタイタープレートまたはマイクロ流体デバイスに関する。更に詳細には、本発明はPDMS製でありながら恒久的な親水性を有するマイクロタイタープレートまたはマイクロ流体デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
最近、マイクロスケール・トータル・アナリシス・システムズ(μTAS)又はラブ・オン・チップ(Lab-on-Chip)などの名称で知られるように、基板内に所定の形状の微細な流路を構成するマイクロチャネル及びポートなどの微細構造を設け、該微細構造内で物質の化学反応、合成、精製、抽出、生成及び/又は分析など各種の操作を行うことが提案され、一部実用化されている。このような目的のために製作された、基板内にマイクロチャネル及びポートなどの微細構造を有する構造物は総称して「マイクロ流体デバイス」と呼ばれる。また、上面に微細なウエル(マイクロウエル)が多数個形成されたマイクロタイタープレートなどもμTASのカテゴリーに含まれる。
【0003】
マイクロ流体デバイス及びマイクロタイタープレートなどは遺伝子解析、臨床診断、薬物スクリーニング及び環境モニタリングなどの幅広い用途に使用できる。常用サイズの同種の装置に比べて、マイクロ流体デバイス及びマイクロタイタープレートは(1)サンプル及び試薬の使用量が著しく少ない、(2)分析時間が短い、(3)感度が高い、(4)現場に携帯し、その場で分析できる、及び(5)使い捨てできるなどの利点を有する。
【0004】
従来のマイクロ流体デバイスの材質や構造は例えば、特許文献1などに提案されている。従来のマイクロ流体デバイス100は、例えば、図6(A)及び(B)に示されるように、ポリマーシート(例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS))などの基板101に少なくとも1本のマイクロチャネル(微細流路)102が形成されており、このマイクロチャネル102の両端には入出力ポート103,104が形成されており、基板101の下面側に透明又は不透明な素材(例えば、ガラス又は合成樹脂フィルム)からなる対面基板105が接着されている。この対面基板105の存在により、ポート103,104及びマイクロチャネル102の底部が封止される。
【0005】
入出力ポート103,104の主な用途は、(イ)薬液やサンプルの注入(分注)、(ロ)廃液や生成物の取り出し、(ハ)気体圧力の供給(主に、送液のための正圧や負圧の印加)、(ニ)大気開放(送液時に発生する内圧の分散や、反応で生じたガスの解放)、及び(ホ)密閉(液体の蒸発防止や故意に内圧を発生させる目的のため)などである。
【0006】
ガラスに比べて、PDMSは微細構造の加工が容易であるばかりか、化学試薬やDNA、タンパク質などのサンプル液体に対して極めて安定であるため、マイクロ流体デバイス及びマイクロタイタープレートなどの形成材料として一般的に広く使用されている。
【0007】
しかし、ガラスと異なり、PDMSは一般的に疎水性であるため液体との親和性は低い。そのため、PDMS製基板内のマイクロチャネルやマイクロウエルに液体を注入すると、液体は液滴状のままマイクロチャネル内に滞留してしまうことがあったり、高い表面張力によりマイクロウエル内に入らず液滴状のまま外部に流れ出してしまうことがあった。このため、必要に応じて、PDMSを親水性にする処理が行われてきた。
【0008】
PDMSを親水性化させる方法としては例えば、特許文献2に記載されているように、エキシマによる真空紫外光(エキシマUV光)をPDMS表面に照射することからなる方法が提案されている。エキシマUV光は放電性ガスの種類により様々な波長のもがあるが、例えば、放電性ガスがキセノン(Xe)の場合、中心波長が172nmのエキシマUV光が得られる。エキシマUV光を放射する照射ランプは例えばキセノンガスを封入した誘電体バリヤ放電ランプである。この誘電体バリヤ放電ランプは、キセノン原子が励起されたエキシマ状態となり(Xe)、このエキシマ状態から再びキセノン原子に解離するときに中心波長約172nmの光を放射する。この中心波長172nmの光を酸素に照射すると、従来の低圧水銀ランプから放射される中心波長185nmの光を酸素に照射する場合よりも高濃度のオゾンが得られ、更にまた、この高濃度のオゾンから活性酸化性分解物も得られる。これら高濃度オゾンと活性酸化性分解物との相乗作用によりPDMS表面が親水性化される。
【0009】
エキシマUV光によるPDMSの親水性化処理の欠点は、効果が一過性であり、時間の経過と共に親水性が失われていくことである。従って、製造直後は親水性であったものが、使用時には元の疎水性に戻ってしまうこともあり、信頼性に欠ける親水化処理方法であった。従って、PDMSを恒久的に親水性にする処理方法の開発が強く求められてきたが、未だに満足のいく親水化処理方法は得られていないのが現実である。
【0010】
【特許文献1】特開2001−157855号公報
【特許文献2】特許第2705023号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従って、本発明の目的は恒久的な親水性を有するPDMS製マイクロ流体デバイス又はマイクロタイタープレートを提供することである。
本発明の別の目的は恒久的な親水性を有するPDMS製マイクロ流体デバイスの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するための手段として請求項1に係る発明は、少なくとも一方の表面に凹状ウエル又は凹状チャネルなどの微細構造が配設されており、該微細構造配設面側が恒久的親水性を有することを特徴とするPDMS製シートである。
【0013】
従来のエキシマUV光などによる一過性の親水性処理と異なり、本発明のPDMS製シートは微細構造配設面側が恒久的親水性を有するので、シート作製から長時間経過した後でも、作製直後と同等の親水性を維持する。
【0014】
前記課題を解決するための手段として請求項2に係る発明は、前記PDMS製シートはポリエーテル変性界面活性剤を含有しており、前記微細構造形成面側にオルガノシラン被膜が塗布されていることを特徴とする請求項1記載のPDMS製シートである。
【0015】
シート内に含有されたポリエーテル変性界面活性剤と微細構造形成面側のオルガノシラン被膜との相乗効果により恒久的親水性が得られる。
【0016】
前記課題を解決するための手段として請求項3に係る発明は、前記シートの上面から隆起する複数個の柱状突起を有し、該柱状突起の上面から下方へ向かって凹陥する凹状ウエルを有し、前記柱状突起同士は空隙により互いに隔絶されていることを特徴とする請求項1又は2記載のPDMS製シートである。
【0017】
ウエルが互いに隔絶された柱状突起の上面に形成されているので、ウエル内に注入された液体が他のウエル内に侵入することが無い。そのため、ナノオーダーのような極微量の液滴をウエル内に注入する作業を容易に実施することができる。
【0018】
前記課題を解決するための手段として請求項4に係る発明は、(a)上面に所定の微細構造を有するマスターを準備するステップと、
(b)前記マスターの微細構造形成面側に、PDMSプレポリマーと硬化剤とポリエーテル変性界面活性剤とからなる混合物を注入するステップと、
(c)成型されたPDMS製シートの微細構造形成面側を酸素プラズマ又はエキシマUV光で表面改質処理するステップと、
(d)前記PDMS製シートの微細構造形成面側にオルガノシラン溶液を塗布するステップとからなることを特徴とする恒久的親水性を有するPDMS製シートの製造方法である。
【0019】
PDMSプレポリマーと硬化剤とからなる混合液にポリエーテル変性界面活性剤を配合して硬化させてPDMS製シートを作製した後、シートの微細構造形成面側を酸素プラズマ又はエキシマUV光で表面改質処理してから、該微細構造形成面側にオルガノシラン溶液を塗布することにより、これらポリエーテル変性界面活性剤と表面改質処理とオルガノシラン塗膜とが相乗してPDMS製シートに恒久的親水性を付与することができる。
【発明の効果】
【0020】
親水性のガラスを加工して同様な微細構造を有するシートを作製するよりも、PDMSから親水性シートを作製するほうが製造も容易でり、コスト的にも安価である。従来のエキシマUV光によるPDMS製シートの親水性化は効果が一過性であるのに対して、本発明によるPDMS製シートの親水性は恒久的であり、製造後長期間経過後であっても、製造直後と同じ親水性を維持することができる。しかも、サイズがマイクロレベルの凹部であっても、極めてスムーズに微量液体を凹部内に注入することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、図面を参照しながら本発明について具体的に説明する。図1は本発明による恒久的な親水性を有するPDMS製マイクロタイタープレートの製造方法の一例を例証する工程図である。ステップ(A)において、マイクロタイタープレートの形状の反転形を有するマスター(鋳型)1を準備する。このようなマスター1は常用の光リソグラフィー法により容易に成型することができる。例えば、所望のサイズを有するシリコンウエハ(例えば、4インチウエハ)3を準備する。シリコンウエハは予め乾燥させたり、表面処理などの所望の前処理を施すこともできる。その後、適当なレジスト材料(例えば、ネガティブフォトレジストSU−8など)を2000rpm〜5000rpmの回転速度で数秒間〜数十秒間にわたってスピン塗布し、オーブン中で乾燥させ、所望の厚さのレジスト膜を形成する。次いで、このレジスト膜上にマスクを載置し、該マスクを通して、適当な露光装置で露光する。マスクは、製造しようとしているマイクロタイタープレートのウエルに対応するレイアウトパターンを有する。その後、適当な現像液(例えば、1−メトキシ−2−プロピル酢酸)中で現像し、上面にマイクロタイタープレートのウエルに対応する微細構造5を有するマスター1を成型する。微細構造5は例えば、直径600μm、高さ100μmの円柱状突起である。言うまでもなく、その他の形状の微細構造も使用できる。所望により、このマスター1を有機溶媒(例えば、イソプロピルアルコール)及び蒸留水で洗浄することができる。更に、マスター1の表面をフルオロカーボン(CHF)の存在下で反応性イオンエッチングシステムにより処理することができる。このフルオロカーボン存在下の反応性イオンエッチング処理は、後のステップにおいて、マスター1からPDMS製マイクロタイタープレートを離型し易くする効果を有する。
【0022】
ステップ(B)において、PDMSプレポリマー混合液とポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤を適度な割合で均一に混合し、得られた混合物を脱気して気泡を除いてから前記マスター1の上面に流し込む。この際、型枠を使用し、鋳込み型とし、その中に前記混合物を流し込んで型取りすることが好ましい。注型後、常温で十分な時間放置するか、又は、例えばオーブン中で65℃で4時間加熱するか若しくは100℃で1時間加熱して硬化させ、PDMS製マイクロタイタープレート7を成形させる。
【0023】
PDMSプレポリマー混合液としては、例えば、米国のダウ・コーニング社製のSYLGARD 184 SILICONE ELASTOMERが好適に使用できる。これは液状のPDMSプレポリマーと硬化剤を10対1の割合で混合するものである。言うまでもなく、これ以外のPDMSプレポリマー混合液及び/又は混合比率も同様に使用することができる。本発明で使用できるポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤は例えば、ダウ・コーニング・アジア(株)からDK Q8-8011の製品名で市販されているシリコーン系界面活性剤などである。PDMSプレポリマー混合液に対するポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の配合量は、PDMSプレポリマー混合液の重量を基準にして、0.005wt%〜10wt%の範囲内である。ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の配合量が0.005wt%未満では、最終製品であるPDMS製マイクロタイタープレートを恒久的親水性にすることはできない。一方、ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤の配合量が10wt%超では、最終製品であるPDMS製マイクロタイタープレートが白濁してしまい、光学検出による測定分析を不可能にする。より好ましくは2wt%〜9wt%の範囲内である。
【0024】
ステップ(C)において、マスター1からPDMS製マイクロタイタープレート7を剥離し、ウエル9が形成された面側を表面改質処理する。表面改質処理はOプラズマ又はエキシマUV光により行うことが好ましい。その他の表面改質処理法も使用できる。PDMS表面に酸素プラズマ又はエキシマUV光を照射することによりPDMS表面が改質される。酸素プラズマ又はエキシマUV光照射によりPDMS表面に水酸基が形成され、その水酸基の作用によりマイクロタイタープレート7の恒久的親水性が達成されるものと思われる。
プラズマ処理は、例えば、(株)サムコインターナショナル研究所から市販されているコンパクト・エッチャー・モデルFA−1を用いて行うことができる。この装置の反応器は石英製であり、試料ステージは水冷式のアルミニウム製である。高周波電源は13.56MHz水晶発振で、最大出力は200Wである。エッチャー内をNパージした後、圧力0.01MPa、流量26mL/分、酸素濃度99.99995%以上、RF出力30Wの条件で、Oプラズマを1.7秒間放電させて処理する。
エキシマUV光を放射する照射ランプとしては例えば、(株)ウシオ電機から市販されているキセノンガス封入誘電体バリヤ放電ランプなどを使用できる。エキシマUV光の照射強度は一般的に、1mW/cm〜30mW/cmの範囲内が好ましい。照射強度が1mW/cm未満の場合、所望の表面改質効果が得られないか又は処理時間が長くなり過ぎ作業効率が低下する。一方、照射強度が30mW/cm超の場合、照射有効面積が小さく、処理対象物の大きさが限られる。また、ランプを複数本密着して並べるため照射強度がバラツキ、その結果、処理の程度の不均一が生じることもある。エキシマUV光の照射時間は一般的に、5秒間〜5分間の範囲内が好ましい。エキシマUV光の照射時間は照射強度と相反関係にあり、照射強度が高い場合、照射時間は短くなる。選択された照射ランプの有する照射強度に対する最適な照射時間は実験を繰り返すことにより当業者が容易に決定することができる。
【0025】
ステップ(D)において、表面改質処理されたPDMS製マイクロタイタープレート7のウエル9形成面側にオルガノシラン溶液11を塗布する。本発明で使用できるオルガノシランは例えば、ポリエーテル変性アルコキシシランである。このようなオルガノシランは信越化学工業(株)から市販されており容易に入手することができる。
オルガノシランとしては、主鎖がシロキサン単位で構成され、末端又は側鎖にポリオキシエチレン鎖及びアルコキシ基を含有するものが好適である。分子構造としては直鎖状、環状、一部分岐を有する直鎖状など任意の構造を採り得る。アルコキシ基は、アルキレン鎖又はアルキレンオキシアルキレン鎖を介して主鎖のシリコン原子に結合したアルコキシシリルでもよく、又はアルコキシ基が主鎖のシリコン原子に直接結合したものでもよい。アルキレン鎖又はアルキレンオキシアルキレン鎖を介して主鎖のシリコン原子に結合したアルコキシシリル基としては、トリアルコキシシリル基、メチレンジアルコキシシリル基などが、エチレン鎖、プロピレン鎖、エチレンオキシエチレン鎖、エチレンオキシプロピレン鎖などを介して主鎖のシリコン原子に結合した基などが挙げられる。アルコキシ基は例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、ブトキシ基などである。ポリオキシエチレン鎖は一般的に、アルキレン鎖を介して主鎖のシリコン原子に結合しているが、主鎖のシリコン原子に直接結合することもできる。オルガノシラン中、前記アルコキシ基及びポリオキシエチレン鎖の他に、シリコン原子に結合する基としては、例えば、メチル、エチル、ブチルなどのアルキル基、ビニル、アリル、ブテニルなどのアルケニル基、フェニルなどの芳香族炭化水素基などが挙げられる。
オルガノシラン溶液を生成するための溶媒としては水、アルコール類、ケトン類、エーテル類などの任意の溶媒を適宜使用することができる。オルガノシラン溶液の濃度は1wt%〜10wt%程度であることが好ましい。オルガノシラン溶液の濃度が1wt%未満の場合、目的とする親水性が得られない。一方、オルガノシラン溶液の濃度が10wt%超の場合、PDMSが白濁してしまい、光学的観察がし難くなるので好ましくない。2wt%程度の濃度が特に好ましい。
【0026】
オルガノシラン溶液の塗布方法は任意の方法を使用できる。例えば、ブラシコート、ディップコート、スプレーコート、ローラコート、ブレードコート、スピンコートなどの様々な塗布方法を使用できる。オルガノシラン溶液を塗布した後、PDMS製マイクロタイタープレート7を、80℃〜100℃の温度で1時間乾燥させる。80℃未満の温度ではシロキサン結合が生成されず、目的とする親水性が発揮されない。100℃の温度で乾燥することが好ましい。
【0027】
図2(A)は従来のPDMSプレポリマー混合液だけから作製されたPDMS製マイクロタイタープレート7Bのウエル9Bに液体の液滴13を垂らした状態を示す模式図である。PDMS自体は疎水性なので液体は液滴状のままウエルの上部に止まり、ウエル内部には充満されない。これに対して、図2(B)は本発明の方法により作製されたPDMS製マイクロタイタープレート7のウエル9に液体の液滴13を垂らした状態を示す模式図である。本発明の方法により製造されたPDMS製マイクロタイタープレート7は恒久的な親水性を有するので、ウエル9に液体の液滴13を垂らすと、液滴は即座にウエル9内に充満される。
【0028】
図3は本発明による別の形態の恒久的な親水性を有するPDMS製マイクロタイタープレートの概要断面図である。この形態のPDMS製マイクロタイタープレート15では、プレート上部表面から隆起する柱状突起17が複数個(例えば、96個)存在し、この柱状突起17の上部表面から凹陥するウエル19が形成されている。柱状突起17は円柱状又は角柱状の何れでも良い。従って、ウエル19の形状も円柱状又は角柱状など任意の形状であることができる。柱状突起17の外径は、一例として、1mmで、高さは350μmである。言うまでもなく、これ以外のサイズの柱状突起17も使用できる。ウエル19の深さは一例として、100μm、内径は600μmである。ウエル19の深さ及び内径はウエル19内に収容される液滴の容量を考慮して選択することができる。柱状突起17同士は空隙20により隔絶されている。空隙20の間隔は任意の値とすることができる。
【0029】
図3に示される形状のマイクロタイタープレート15の特徴は、空隙20の存在により、ウエル19同士が相互に完全に独立しており、互いに隔離されていることである。従って、図4に示されるように、ウエル19内に注入された液滴13はウエル19から溢れても、柱状突起17の外壁面を伝って、マイクロタイタープレート15の空隙20に流下してしまい、隣のウエル19には決して流れ込まない。図2(B)に示されたマイクロタイタープレート7の場合、ウエル9内に注入された液滴13の容量がウエル9よりも多い場合、溢れた液滴は隣のウエル9内に流れ込み、不都合な事態を引き起こすこともあり得る。従って、図2(B)に示されるマイクロタイタープレート7に比べて、図3に示される形状を有するマイクロタイタープレート15は液滴の注入作業に不必要に細心の注意を払わなくても実施できるという利点がある。この利点は、ウエル内に注入される液滴の容量がナノオーダーのように極微量の場合に特に有効である。
【0030】
図5は図3に示されるマイクロタイタープレート15の製造方法の一例を例証する工程図である。ステップ(a)において、半製鋳型21を準備する。一次鋳型21はその上面に、ウエル9に対応するレジスト突起23と、柱状突起17間の空隙20を形成するための半分のレジスト突起25を有する。次に、ステップ(b)において、前記半製鋳型21のレジスト突起25の上面に更に新たなレジスト層27を積層形成し、所望の完成鋳型29を得る。このような半製鋳型及び完成鋳型は前記図1に述べた方法と同じ方法で作製することができる。次に、ステップ(c)において、PDMSプレポリマー混合液とポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤を適度な割合で均一に混合し、得られた混合物を脱気して気泡を除いてから前記完成鋳型29の上面に流し込む。この注型混合物は図1のステップ(B)で使用された注型混合物と同じである。次に、ステップ(d)において、完成鋳型29からPDMS製マイクロタイタープレート15を剥離し、ウエル19が形成された面側を表面改質処理する。ここで使用される表面改質処理方法は、図1のステップ(C)で使用される表面改質処理方法と同じである。その後、ステップ(e)において、表面改質処理されたPDMS製マイクロタイタープレート15のウエル19形成面側にオルガノシラン溶液11を塗布し、乾燥させる。ここで使用されるオルガノシラン溶液11は図1のステップ(D)で使用されるオルガノシラン溶液11と同じである。斯くして、カルデラ型ウエルを有する恒久的に親水性なPDMS製マイクロタイタープレート15が得られる。
【0031】
本発明の方法により得られる親水性は、水との接触角で表現すれば、40゜以下であることが好ましい。水との接触角が40゜超では、微細なウエル9内に液滴をスムーズに充満させるのに必要な濡れ性が得られない。所定の濡れ性を達成するには、界面活性剤による一次親水化処理と、表面改質処理と、オルガノシラン溶液による二次親水化処理とを併用することが必要である。何れか一つが欠けても40゜以下の接触角の親水性は得られない。例えば、一次親水化処理と表面改質処理だけの場合、水との接触角が40゜以下の恒久的親水性は得られない。一時的に20゜以下の接触角になるが、時間の経過と共に接触角は50〜70゜に戻ってしまう。表面改質処理と二次親水化処理だけの場合、接触角は100゜〜110゜程度でしかない。また、一次親水化処理と二次親水化処理だけの場合、接触角は50〜70゜程度でしかない。ウエル9又は19の容量が小さいほど、恒久的で高度な親水性が必要である。
【実施例1】
【0032】
先ず、4インチウエハを準備した。プロセスの信頼性を得るために、レジストを使用する前に基板を洗浄・乾燥する必要があり、本実施例では、ピラニア・エッチング/クリーン(HSOおよびH)処理後、蒸留水でリンスした。その後、シリコンの表面酸化膜を除去するため、BHF(バッファード弗酸)に15分間浸し、蒸留水でリンスした。その後、表面の脱水のため、対流式のオーブン中で60℃、30分間程度ベークした。この表面処理済ウエハ上にSU−8ネガティブフォトレジストを1000rpmの回転速度で約25秒間塗布し、溶媒を蒸発させ、膜を高密度化するためにソフトベークを65℃で30分間(STEP1)、95℃で90分間(STEP2)処理した。クーリング後、このレジスト膜上に、直径600μm、穴と穴の間隔が1mmの96穴のパターンを有するマスクを被せ、露光装置(ユニオン光学製 PEM−800)で密着露光した。その後、レジスト膜の露光された部分の架橋を行うため65℃で15分間(STEP1)、95℃で25分間(STEP2)加温し、クーリング後、1−メトキシ−2−プロピル酢酸現像液で現像し、現像後、基板は短時間イソプロピルアルコール(IPA)でリンスした。その後、65℃で30分間乾燥後、150℃で5分間かけてハードベークし、表面上に直径600μm、高さ100μmの円柱状突起を96個有するマスターを完成させた。
【0033】
このマスターの表面をフルオロカーボン(CHF)の存在下で反応性イオンエッチングシステムにより処理し、表面にCHF剥離膜を形成した。マスターの剥離膜形成面上に、PDMSプレポリマー混合液として、米国のダウ・コーニング社製のSYLGARD 184 SILICONE ELASTOMERを使用し、このPDMSプレポリマー混合液にポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤(ダウ・コーニング・アジア(株)から市販されているDK Q8-8011)を、PDMSプレポリマー混合液の重量を基準にして8wt%添加して、全ての成分が均一になるまで混合した。その後、得られた混合物を厚さ約2mmになるように流し込み、脱気、加温(65℃、4時間)した。4時間経過後、オーブンから取り出し、PDMS製マイクロタイタープレートをマスターから剥離した。
【0034】
その後、PDMS製マイクロタイタープレートをプラズマ処理装置内に収容し、装置を密閉してから、エッチャー内をNパージした後、圧力0.01MPa、流量26mL/分、酸素濃度99.99995%以上、RF周波数13.56MHz、出力30Wの条件で、Oプラズマを1.7秒間放電させてPDMS製マイクロタイタープレートのウエル形成面側を表面改質処理した。
【0035】
プラズマ処理の済んだPDMS製マイクロタイタープレートをプラズマ処理装置から取り出し、このウエル形成面に2%ポリエーテル変性アルコキシシラン水溶液をディップコートし、余分な水溶液を払い除いた。その後、100℃のオーブンに入れ、1時間乾燥させた。このようにして、96穴のPDMS製マイクロタイタープレートを作製した。
【比較例1】
【0036】
PDMSプレポリマー混合液にポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤を添加しなかったこと以外は実施例1に述べた方法と同じ方法に従って96穴のPDMS製マイクロタイタープレートを作製した。
【比較例2】
【0037】
プラズマ処理を省いたこと以外は実施例1に述べた方法と同じ方法に従って96穴のPDMS製マイクロタイタープレートを作製した。
【比較例3】
【0038】
2%ポリエーテル変性アルコキシシラン水溶液を塗布しなかったこと以外は実施例1に述べた方法と同じ方法に従って96穴のPDMS製マイクロタイタープレートを作製した。
【実施例2】
【0039】
前記実施例1及び比較例1〜3でそれぞれ得られた各PDMS製マイクロタイタープレートのウエルに1μl(マイクロリットル)の水滴を滴下した。実施例1のPDMS製マイクロタイタープレートではウエル内に水が充満されたが、比較例1〜3のPDMS製マイクロタイタープレートの場合、水滴はウエル上部に留まり、ウエル内部に進入することはできなかった。
【実施例3】
【0040】
前記実施例1及び比較例1〜3でそれぞれ得られた各PDMS製マイクロタイタープレートの表面に水滴を滴下し、水との接触角を接触角計を用いて測定した。実施例1のPDMS製マイクロタイタープレートの場合、接触角は40゜以下であったのに対し、比較例1のPDMS製マイクロタイタープレートの場合、接触角は100〜110゜であり、比較例2及び3のPDMS製マイクロタイタープレートの場合、接触角は50〜70゜であった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
マイクロタイタープレートに限らず、マイクロチャネルなどの微細構造を有するPDMS製マイクロ流体デバイスであって、マイクロチャネルなどの微細構造について恒久的親水性を必要とするPDMS製マイクロ流体デバイスに対して本発明を適用することができる。また、マイクロ流体デバイス以外のものであって、恒久的親水性を必要とする全てのPDMS製デバイスに対しても本発明を適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明による恒久的な親水性を有するPDMS製マイクロタイタープレートの製造方法の一例を例証する工程図である。
【図2】(A)は従来の疎水性PDMS製マイクロタイタープレートのウエルに液滴を滴下した状態を示す模式図であり、(B)は本発明の恒久的親水性を有するPDMS製マイクロタイタープレートのウエルに液滴を滴下した状態を示す模式図である。
【図3】本発明による恒久的な親水性を有するPDMS製マイクロタイタープレートの別の形態の部分概要断面図である。
【図4】図3に示されるマイクロタイタープレートの使用状態を示す部分概要断面図である。
【図5】図3に示されるマイクロタイタープレートの製造方法の一例を例証する工程図である。
【図6】(A)は従来のマイクロ流体デバイスの一例の概要上面図であり、(B)は、(A)におけるB−B線に沿った概要断面図である。
【符号の説明】
【0043】
1 マスター
3 シリコンウエハ
5 微細構造
7 PDMS製マイクロタイタープレート
9 ウエル
11 オルガノシラン溶液
13 液滴
15 別の形態のPDMS製マイクロタイタープレート
17 柱状突起
19 ウエル
20 空隙
21 半製鋳型
23,25,27 レジスト層
29 完成鋳型
100 マイクロ流体デバイス
101 ポリマーシート基板
102 マイクロチャネル
103,104 ポート
105 対面基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一方の表面に凹状ウエル又は凹状チャネルなどの微細構造が配設されており、該微細構造配設面側が恒久的親水性を有することを特徴とするPDMS製シート。
【請求項2】
前記PDMS製シートはポリエーテル変性界面活性剤を含有しており、前記微細構造形成面側にオルガノシラン被膜が塗布されていることを特徴とする請求項1記載のPDMS製シート。
【請求項3】
前記シートの上面から隆起する複数個の柱状突起を有し、該柱状突起の上面から下方へ向かって凹陥する凹状ウエルを有し、前記柱状突起同士は空隙により互いに隔絶されていることを特徴とする請求項1又は2記載のPDMS製シート。
【請求項4】
(a)上面に所定の微細構造を有するマスターを準備するステップと、
(b)前記マスターの微細構造形成面側に、PDMSプレポリマーと硬化剤とポリエーテル変性界面活性剤とからなる混合物を注入するステップと、
(c)成型されたPDMS製シートの微細構造形成面側を酸素プラズマ処理するステップと、
(d)前記PDMS製シートの微細構造形成面側にオルガノシラン溶液を塗布するステップとからなることを特徴とする恒久的親水性を有するPDMS製シートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−181407(P2006−181407A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−375298(P2004−375298)
【出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【出願人】(000000527)ペンタックス株式会社 (1,878)
【出願人】(502338454)フルイドウェアテクノロジーズ株式会社 (11)
【Fターム(参考)】