PPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法
【課題】摺動の際の樹脂の磨耗量を充分に抑えることができ、より過酷な摺動条件まで、PPS摺動材の磨耗量の急激な上昇を抑えるための技術を提供する。
【解決手段】繊維強化されたポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を成形してなるPPS摺動材を用いる方法であり、相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、前記摺動面の表面改質による被膜を形成させ、当該被膜により、前記PPS摺動材の耐磨耗性を向上させる。PPS樹脂としては、p−フェニレンサルファイド基を70モル%以上有する実質的に直鎖状のポリフェニレンサルファイド樹脂を主体とするものが好ましい。
【解決手段】繊維強化されたポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を成形してなるPPS摺動材を用いる方法であり、相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、前記摺動面の表面改質による被膜を形成させ、当該被膜により、前記PPS摺動材の耐磨耗性を向上させる。PPS樹脂としては、p−フェニレンサルファイド基を70モル%以上有する実質的に直鎖状のポリフェニレンサルファイド樹脂を主体とするものが好ましい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維強化されたポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を成形してなるPPS摺動材の耐磨耗性向上方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンサルファイド樹脂(以下PPSと略す場合がある)は、優れた耐熱性、耐薬品性などの特徴を活かして、当初はエンジニアリングプラスチックや耐熱性フィルムなどで実用化がなされてきた。PPS樹脂は、特に、耐熱性、耐薬品性、剛性、難燃性に優れ、更に良好な成形加工性、寸法安定性を有するため、射出成形用エンジニアリングプラスチックとして電気・電子機器部品、自動車部品や精密機器部品として広く使用されている。
【0003】
ところがPPS樹脂を使用した材料もいくつかの欠点が指摘されている。指摘されている欠点としては、例えば、補強材を使用しないPPS樹脂組成物では、強度が足りず使用される範囲が限られること、補強材を用いると平面性が低下するため、潤滑剤を使用する必要があるが、潤滑剤の効果が切れると性能低下などの問題が発生すること、が挙げられる。このため、平面性、摺動性に優れ、かつ機械特性を向上させたPPS樹脂材料での部品供給が求められている。
【0004】
一般に、摺動性を与えるためにはガラス繊維で補強したポリフェニレンサルファイド樹脂組成物に黒鉛、二硫化モリブデンなどの潤滑剤を使用すること(特許文献1参照)が知られている。しかしながら、流体中で使用する場合には、表面に存在する潤滑剤が脱落し、潤滑効果が落ちるという問題があった。
【0005】
また、黒鉛やタルクを配合したポリフェニレンサルファイド樹脂組成物により潤滑効果を高める方法(特許文献2参照)が知られている。しかし、黒鉛やタルクなどの板状フィラーを用いた組成物は、その摩耗量が大きく、製品が摩滅しやすく、その性能が維持できないことや脱落した粉が詰まるなどの問題があることがわかった。
【0006】
さらに、平面性と摺動性さらには機械的特性に優れたPPS樹脂組成物として、PPS樹脂、非晶性樹脂、フッ素樹脂、繊維状補強材及び炭酸カルシウムを配合したPPS樹脂組成物が開示されている(特許文献3)。
【0007】
特許文献3に記載のPPS樹脂組成物を成形してなる成形品は、摺動性、機械的特性に優れ摺動部品に有用であるとされているが、摺動の際の樹脂の磨耗量が充分に抑えられているとは言えず、さらなる摺動特性の改善が求められている。
【0008】
特に、面圧又はすべり線速度を高い条件にしていくとある時点で磨耗量が急激に上昇することが知られており、より過酷な摺動条件まで、PPS摺動材の磨耗量の急激な上昇を抑えるための技術が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−132757号公報
【特許文献2】特開2003−14141号公報
【特許文献3】特開2006−273999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記の通り、従来から、PPS樹脂組成物の摺動特性等を向上させるための多くの検討が、材料を改良することにより行われている。しかしながら、摺動の際の樹脂の磨耗量を充分に抑えることができる技術は見出されていない。
【0011】
本発明は以上のような課題を解決するためになされたものであり、その目的は、摺動の際の樹脂の磨耗量を充分に抑えることができ、より過酷な摺動条件まで、PPS摺動材の磨耗量の急激な上昇を抑えるための技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、PPS摺動材の急激な磨耗量の上昇は摺動面温度がPPS樹脂のガラス転移点付近であることを見出し、さらに、相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、摺動面の表面改質による被膜を形成させることで、摺動面の耐熱性が高まり、耐磨耗性も向上することを見出し、本発明を完成するに至った。より具体的には本発明は以下のものを提供する。
【0013】
(1) 繊維強化されたポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を成形してなるPPS摺動材の耐磨耗性向上方法であって、相手材と相対的に摺動する前記PPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、前記摺動面の表面改質による被膜を形成させ、当該被膜により、摺動面温度が前記PPS樹脂のガラス転移点(Tg)以上における前記PPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【0014】
(2) 前記PPS樹脂が、p−フェニレンサルファイド基を70モル%以上有する実質的に直鎖状のポリフェニレンサルファイド樹脂を主体とするものである(1)に記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【0015】
(3) 前記所定の摺動条件が、前記摺動の際に前記摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件である(1)又は(2)に記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【0016】
(4) 前記被膜が、下記(A)の条件を満たす被膜である(1)から(3)のいずれかに記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
(A)1m/sから3m/sの範囲の所定のすべり線速度で、前記摺動の際に、前記摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件での摺動により、前記被膜が溶融する面圧を限界面圧として測定する限界面圧測定を、3以上の異なるすべり線速度で測定し、すべり線速度を横軸、限界面圧とすべり線速度との積を縦軸として表したグラフが正の傾きを持つ。
【0017】
(5) 前記相手材が、金属である(1)から(4)のいずれかに記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、摺動面の表面改質による被膜を形成させることで、摺動面の耐熱性が高まり、耐磨耗性も向上する。
【0019】
面圧又はすべり線速度を高い条件にしていくとある時点で磨耗量が急激に上昇することが知られているが、本発明によれば、上記被膜の効果により耐熱性等が高まるので、より過酷な条件まで上記磨耗量の急激な上昇を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】摺動磨耗評価方法を示す図である。
【図2】実施例2の比磨耗量と面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図3】比較例2の比磨耗量と面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図4】摺動面温度を測定しながら摺動磨耗を評価する試験方法を示す図である。
【図5】実施例3の摺動面温度と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰直線を示す図である。
【図6】実施例3の比磨耗量と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図7】比較例3の摺動面温度と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰直線を示す図である。
【図8】比較例3の比磨耗量と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図9】実施例4の比磨耗量と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図10】実施例5及び比較例4の限界PV値とすべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図11】実施例6の限界PV値とすべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図12】実施例7、8の比磨耗量と摺動時間との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明するが、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。
【0022】
本発明は、繊維強化されたポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を成形してなるPPS摺動材の耐磨耗性向上方法である。相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、摺動面の表面改質による被膜を形成させ、当該被膜により、PPS摺動材の耐磨耗性を向上させることができる。
【0023】
<PPS摺動材>
本発明の耐摩耗性を向上させる方法に用いるPPS摺動材は、繊維系充填剤を含むPPS樹脂を成形してなる。
【0024】
[PPS樹脂]
本発明で使用するPPS樹脂の種類、分子量、溶融粘度等は特に限定されない。また、本発明で使用するPPS樹脂は、直鎖型、架橋型、半架橋型等の重合方法により得られたものを使用することができる。しかし、本発明の効果を高めるためには以下のPPS樹脂を使用することが好ましい。
【0025】
本発明の耐摩耗性を向上させる方法は、相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、摺動面の表面改質による被膜を形成させることが特徴であり、上記被膜を形成するためには、特に直鎖型PPS樹脂であることが好ましい。直鎖型PPS樹脂が架橋することによって、優れた被膜を容易に形成することができるからである。
【0026】
直鎖型PPS樹脂の中でも特に、p−フェニレンサルファイド基を70モル%以上有する実質的に直鎖状のポリフェニレンサルファイド樹脂を主体とするものであることが好ましい。
【0027】
[繊維系充填剤]
繊維系充填剤としてはガラス繊維、アスベスト繊維、シリカ繊維、シリカ・アルミナ繊維、アルミナ繊維、ジルコニア繊維、窒化硼素繊維、窒化珪素繊維、硼素繊維、チタン酸カリ繊維、ウォラストナイトの如き珪酸塩の繊維、硫酸マグネシウム繊維、ホウ酸アルミニウム繊維、さらにステンレス、アルミニウム、チタン、銅、真鍮等の金属の繊維状物等の無機質繊維状物質が挙げられる。特に代表的な繊維系充填剤はガラス繊維である。なお、PPS樹脂より高融点の有機質繊維状物質も使用することができる。これらの繊維系充填剤は一種又は二種以上併用することが出来る。また、これらの繊維系充填剤の使用にあたっては必要ならば収束剤又は表面処理剤を使用することができる。PPS摺動材に含まれる繊維径充填剤の含有量は特に限定されず、用途に応じて通常配合される範囲であればよい。
【0028】
[PPS摺動材の成形]
上記繊維系充填剤を含むPPS樹脂を所望の形状に成形しPPS摺動材を作製する。成形方法は特に限定されないが、圧縮成形、トランスファー成形、射出成形、押出成形、ブロー成形など種々の成形方法を挙げることができる。
【0029】
<相手材>
上記PPS摺動材と相対的に摺動する相手材としては、特に限定されず様々な材料を相手材として用いることができる。例えば、上記PPS摺動材と同様に繊維系充填剤を含むPPS樹脂組成物を成形してなるPPS摺動材、金属等が挙げられる。
【0030】
相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、摺動面の表面改質により形成される被膜を、耐熱性が非常に高く耐磨耗性の非常に高いものにする相手材としては、例えば、炭素鋼、ステンレス等の金属が挙げられる。
【0031】
<摺動条件>
本発明は所定の摺動条件により摺動を行うことが特徴である。所定の摺動条件とは、後述する被膜を形成することが可能な摺動条件である。
【0032】
被膜を形成する条件としては、摺動の際に摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件であることが好ましい。摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件と摺動面にかかる面圧を当初から高い値にする条件とでは、摺動面が受ける熱履歴が異なり、前者の摺動条件で形成される被膜の方が、耐熱性等の耐磨耗性が高いからである。
【0033】
「摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる」とは、所定のすべり線速度で、摺動面にかかる面圧を徐々に上昇させていく条件である。面圧の上昇の程度は特に限定されないが、面圧を上げ過ぎない条件で、耐熱性等の耐磨耗特性を高める被膜を摺動面に形成することが重要である。
【0034】
すべり線速度の好ましい範囲は摺動相手材の種類等により異なるものの、1m/sから3m/sの範囲の所定のすべり線速度で、摺動の際に、摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件がさらに好ましい。上記すべり線速度と摺動面にかかる面圧を徐々に上昇させていく条件とを組み合わせることで、耐熱性等の耐磨耗特性を高める被膜を効果的に形成することができるからである。すべり線速度は、単位時間あたりのすべり距離で示される。
【0035】
摺動の際に、摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件での摺動により、被膜が溶融する面圧を限界面圧として測定する限界面圧測定を、3以上の異なるすべり線速度で測定し、すべり線速度を横軸、限界面圧とすべり線速度との積を縦軸として表したグラフが正の傾きを持つことが好ましい。上記グラフの傾きが正であることは、すべり線速度が高くなり磨耗しやすいにもかかわらず、高い面圧まで耐えることを意味しており、非常に優れた被膜が摺動面に形成されていることを意味するからである。
【0036】
通常、摺動面温度がガラス転移点(Tg)付近になると、PPS摺動材の磨耗量は急激に上昇してしまうが、本発明のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法を用いれば、摺動面の温度が、Tg付近の急激な磨耗量の上昇を抑えることができる。
【0037】
摺動面温度の測定は、摺動面にかかる面圧(P)と、すべり線速度(V)と、摺動面の摩擦係数(μ)と、の積(μPV)を縦軸にとり、横軸を温度として、所定のμPVでの摺動面温度の実測値をいくつかプロットした回帰直線から求めることができる。
【0038】
<被膜>
被膜は、相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、摺動面の表面改質により形成させるものをいう。この被膜が形成されることにより、PPS摺動材の耐磨耗性の向上、耐熱性の向上の効果がある。
【0039】
形成される被膜は、上記の通り摺動面の表面改質により表面にのみ形成されるものである。上記被膜の形成は、PPS摺動材に含まれるガラス繊維等の繊維系充填剤の影響により、その微小突起部での閃光温度が原因になっていると推測される。このように摺動面の微小領域での瞬間的な温度上昇により被膜は形成されると考えられるため、摺動面の全体的な温度に関係なく被膜は形成される。
【0040】
所定の摺動条件によって摺動面の表面改質により形成れるものであれば、表面にのみ形成されているといえる。摺動以外の条件で被膜を形成する方法として、PPS摺動材表面に熱負荷処理をかける方法が挙げられるが、このような方法では、PPS摺動材の内部まで負荷がかかり本発明の効果を得ることはできない。
【0041】
「摺動面の表面改質」とは、耐熱性等が向上するような表面改質であれば特に限定されないが、直鎖状PPS樹脂が架橋することによる改質であることが好ましい。耐熱性、耐磨耗性が極めて高まるからである。
【0042】
本発明の耐磨耗性向上方法では、被膜が摺動面に形成されることにより耐熱性が向上するのは、被膜の耐熱性が繊維系充填剤を含むPPS樹脂よりも高いからである。被膜の耐熱性が上記PPS樹脂よりどの程度高いかは特に限定されないが、被膜が形成されることで、摺動面の耐熱性は充分高まり、摺動の際の樹脂の磨耗量を充分に抑えることができ、より過酷な摺動条件まで、PPS摺動材の磨耗量の急激な上昇を抑えることができる。
【0043】
<PPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法>
本発明の耐磨耗性を向上させる摺動方法は、特に限定されないが、PPS摺動材の摺動面と相手材の摺動面とを突き合わせて、一方のみを回転させる方法や両方を回転させる方法が挙げられるが、条件の設定のしやすさから一方のみを回転させる方法が好ましい。面圧のかけ方もPPS摺動材又は相手材の一方から圧力をかける方法や、両側から圧力を加える方法がある。
【0044】
摺動面温度の測定を同時に行なう場合には、例えば、PPS摺動材又は相手材に切り欠きを設けて、PPS摺動材の摺動面の一部を露出させることにより、赤外線放射熱温度計等を用いることで摺動面の温度の測定を行うことができる。
【0045】
摺動の際の条件は上記の通りであり、摺動面の接触面積、摺動時の雰囲気温度、摺動させる時間等は特に限定されない。摺動部品を上記のような被膜が摺動面に形成するような摺動条件で用いることにより耐熱性向上等の高い効果を得ることができる。
【実施例】
【0046】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0047】
<材料>
ガラス繊維を40%含む直鎖状PPS樹脂1:フォートロン1140A6(ポリプラスチックス社製)
直鎖状PPS樹脂2:フォートロン0220A9(ポリプラスチックス社製)
ポリアセタール樹脂:ジュラコンM90−44(ポリプラスチックス社製)
【0048】
<実施例1>
[被膜の形成]
PPS樹脂1からなる樹脂組成物を成形した。得られたPPS摺動材は摺動面が内径20mm、外径25.6mm、高さ15mmであった。
【0049】
(成形条件)
シリンダー先端温度:320℃
金型温度:150℃
射出速度:17mm/s
保圧:83MPa
冷却時間:15s
【0050】
相手材としては、上記PPS摺動材と同じものを用いた。摺動は図1に示すようにPPS摺動材同士を突き合せるようにして、PPS摺動材から、摺動面に垂直方向(図中の白抜き矢印方向)に面圧を加え、PPS摺動材を固定し、相手材を回転させることで行った。より詳細な摺動条件は以下の通りである。
【0051】
(摺動条件)
面圧(P):0.2MPa
すべり線速度:10cm/s
接触面積:2.0cm2
雰囲気温度:23℃
走行時間:24時間
【0052】
実施例1の摺動面には黒色の被膜が形成されていた。黒色被膜及びPPS樹脂1の融点、結晶化温度、潜熱を示差走査熱量測定(DSC)により測定した。黒色被膜部には、350℃まで溶けない黒色物が含まれていることを確認した。
【0053】
<比較例1>
PPS樹脂1をPPS樹脂2に変更した以外は、実施例1と同様の方法で摺動を行った。摺動面に被膜は確認されなかった。
【0054】
<実施例2>
実施例1と同様のPPS摺動材及び相手材を用いて、面圧を0.05MPa、0.50MPaで他の摺動条件は下記の条件にて摺動を行い、図2に示すような縦軸を比磨耗量、横軸を面圧×すべり線速度として比磨耗量と面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を作成した。比磨耗量は、JIS K7218に記載されている単位荷重あたりの磨耗量のことである。
[摺動条件]
すべり線速度:図のプロットに対応するすべり線速度を適宜設定
接触面積:2.0cm2
雰囲気温度:23℃
走行時間:24時間
【0055】
<比較例2>
比較例1と同様のPPS摺動材及び相手材を用いて、実施例2と同様の摺動条件で摺動を行い、図3に示すような縦軸を比磨耗量、横軸を面圧×すべり線速度として比磨耗量と面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を作成した。
【0056】
実施例2と比較例2の結果から明らかなように、摺動面に被膜が形成される実施例2の方が、より高いPV値まで、比磨耗量の急激な上昇を抑えることができる。特に面圧が低い条件では、効果が高まることが確認された。
【0057】
<実施例3>
縦6mm、横6mmの切り欠きを設けたPPS摺動材を用い、相手材を、炭素の添加量が0.45質量%の炭素鋼(S45C)に変更し、面圧を0.1MPa、1.0MPa、5.0MPaで他の摺動条件は下記の条件にて摺動を行い、さらに、摺動面の温度を図4に示すような方法で測定した以外は実施例1と同様の方法で摺動を行った。先ず図5に示すような、摺動面温度と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰直線を作成し、次いで、図6に示すような、縦軸を比磨耗量、横軸を摩擦係数×面圧×すべり線速度として比磨耗量と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を作成した。図6の横軸には、図5から得られる摺動面温度を一部記載している。また、摺動後のPPS摺動材及び相手材の摺動面を観察すると黒色の被膜が観察された。
[摺動条件]
すべり線速度:図のプロットに対応するすべり線速度を適宜設定
接触面積:2.0cm2
雰囲気温度:23℃
走行時間:24時間
【0058】
<比較例3>
樹脂材料としてPPS樹脂2を用いた以外は実施例3と同様の方法で、先ず図7に示すような、摺動面温度と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰直線を作成し、次いで、図8に示すような、縦軸を比磨耗量、横軸を摩擦係数×面圧×すべり線速度として、比磨耗量と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を作成した。図8の横軸には、図7から得られる摺動面温度を一部記載している。また、摺動後のPPS摺動材及び相手材の摺動面を観察したところ被膜は観察されなかった。
【0059】
図6、図8から明らかなように、摺動面に被膜が形成される実施例3では、より高い摺動面温度まで比磨耗量の急激な上昇を抑えることができる。また、黒色の被膜が摺動面に形成することにより、耐熱性が向上していることが確認できる。
【0060】
実施例2、3と比較例2、3との結果から明らかなように、摺動面に形成する被膜の効果は、相手材が樹脂からなるPPS摺動材の場合よりも相手材が金属の場合の方が高いことが確認された。
【0061】
<実施例4>
相手材をSUS304に変更し、面圧を1.0MPaで行った以外は実施例3と同様にして摺動を行い、図9に示すような、縦軸を比磨耗量、横軸を摩擦係数×面圧×すべり線速度として比磨耗量と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を作成した。なお、参考のために実施例3にて測定した面圧1MPaでの結果も図9中に図示した。
【0062】
図9から明らかなように、相手材がステンレスであれば比磨耗量が低下し、さらに摺動特性が向上することが確認された。
【0063】
<実施例5>
相手材をS45Cに変更し、すべり線速度を0.3m/s、2.0m/s、4.0m/sに固定し、それぞれのすべり線速度で面圧を0.1MPaから10分間隔で段階的に上昇させる条件で、他の条件は実施例3と同様にして摺動を行い、磨耗量の急激な上昇につながる摺動面の溶融がおきる面圧の測定を行った。縦軸に限界PV値(MPa・cm/s)、横軸にすべり線速度(m/s)として測定結果を図10に図示した。
【0064】
<比較例4>
PPS樹脂1からポリアセタール樹脂に変更し、固定するすべり線速度を、0.2m/s、0.3m/s、0.4m/s、1.0m/s、2.0m/s、3.0m/s、4.0m/sとして、それぞれのすべり線速度で実施例5と同様の条件で摺動を行った。縦軸に限界PV値(MPa・cm/s)、横軸にすべり線速度(m/s)として測定結果を図10に図示した。
【0065】
通常は比較例4のように、すべり線速度が速い条件では、低い面圧でも摺動面が溶融し磨耗量の急激な上昇につながる。しかしながら、実施例5では、摺動面に被膜を形成することによりすべり線速度が高くなっても、高い面圧まで耐えられるようになる。したがって、被膜が形成されたPPS摺動材は、通常の場合とは異なり高い限界PV値を示すことで、耐磨耗性を大きく向上させることが確認された。
【0066】
<実施例6>
面圧を上昇させる条件を、設定のPV値における面圧値を摺動開始時より加える条件に変更した以外は、実施例5と同様の条件で摺動を行い、限界PV値を得て、縦軸に限界PV値(MPa・cm/s)、横軸にすべり線速度(m/s)として測定結果を図11に図示した。併せて実施例5の結果も図11に図示した。
【0067】
図11から明らかなように急に高い面圧を加えて摺動を行うよりも徐々に面圧を高くしていく方がより耐磨耗性が向上することが確認された。
【0068】
<実施例7>
面圧0.2MPa、すべり線速度30cm/sに固定した以外は、実施例1と同様の摺動条件で摺動を行い、比磨耗量と摺動時間との関係を図12に図示した。
【0069】
<実施例8>
摺動前にPPS摺動材の摺動面に200℃×250時間の条件で熱負荷処理を施し、事前に摺動面に対して黒色被膜形成させた以外は、実施例7と同様の条件で摺動を行い、比磨耗量と摺動時間との関係を図12に図示した。
【0070】
図12から明らかなように、予め摺動面に熱負荷処理を施し黒色被膜を形成させると磨耗量が増加し、摺動特性が低下する。摺動面に熱を加えることにより、PPS摺動材の内部まで負荷がかかり摺動特性が低下してしまうものと推定される。
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維強化されたポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を成形してなるPPS摺動材の耐磨耗性向上方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンサルファイド樹脂(以下PPSと略す場合がある)は、優れた耐熱性、耐薬品性などの特徴を活かして、当初はエンジニアリングプラスチックや耐熱性フィルムなどで実用化がなされてきた。PPS樹脂は、特に、耐熱性、耐薬品性、剛性、難燃性に優れ、更に良好な成形加工性、寸法安定性を有するため、射出成形用エンジニアリングプラスチックとして電気・電子機器部品、自動車部品や精密機器部品として広く使用されている。
【0003】
ところがPPS樹脂を使用した材料もいくつかの欠点が指摘されている。指摘されている欠点としては、例えば、補強材を使用しないPPS樹脂組成物では、強度が足りず使用される範囲が限られること、補強材を用いると平面性が低下するため、潤滑剤を使用する必要があるが、潤滑剤の効果が切れると性能低下などの問題が発生すること、が挙げられる。このため、平面性、摺動性に優れ、かつ機械特性を向上させたPPS樹脂材料での部品供給が求められている。
【0004】
一般に、摺動性を与えるためにはガラス繊維で補強したポリフェニレンサルファイド樹脂組成物に黒鉛、二硫化モリブデンなどの潤滑剤を使用すること(特許文献1参照)が知られている。しかしながら、流体中で使用する場合には、表面に存在する潤滑剤が脱落し、潤滑効果が落ちるという問題があった。
【0005】
また、黒鉛やタルクを配合したポリフェニレンサルファイド樹脂組成物により潤滑効果を高める方法(特許文献2参照)が知られている。しかし、黒鉛やタルクなどの板状フィラーを用いた組成物は、その摩耗量が大きく、製品が摩滅しやすく、その性能が維持できないことや脱落した粉が詰まるなどの問題があることがわかった。
【0006】
さらに、平面性と摺動性さらには機械的特性に優れたPPS樹脂組成物として、PPS樹脂、非晶性樹脂、フッ素樹脂、繊維状補強材及び炭酸カルシウムを配合したPPS樹脂組成物が開示されている(特許文献3)。
【0007】
特許文献3に記載のPPS樹脂組成物を成形してなる成形品は、摺動性、機械的特性に優れ摺動部品に有用であるとされているが、摺動の際の樹脂の磨耗量が充分に抑えられているとは言えず、さらなる摺動特性の改善が求められている。
【0008】
特に、面圧又はすべり線速度を高い条件にしていくとある時点で磨耗量が急激に上昇することが知られており、より過酷な摺動条件まで、PPS摺動材の磨耗量の急激な上昇を抑えるための技術が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−132757号公報
【特許文献2】特開2003−14141号公報
【特許文献3】特開2006−273999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記の通り、従来から、PPS樹脂組成物の摺動特性等を向上させるための多くの検討が、材料を改良することにより行われている。しかしながら、摺動の際の樹脂の磨耗量を充分に抑えることができる技術は見出されていない。
【0011】
本発明は以上のような課題を解決するためになされたものであり、その目的は、摺動の際の樹脂の磨耗量を充分に抑えることができ、より過酷な摺動条件まで、PPS摺動材の磨耗量の急激な上昇を抑えるための技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、PPS摺動材の急激な磨耗量の上昇は摺動面温度がPPS樹脂のガラス転移点付近であることを見出し、さらに、相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、摺動面の表面改質による被膜を形成させることで、摺動面の耐熱性が高まり、耐磨耗性も向上することを見出し、本発明を完成するに至った。より具体的には本発明は以下のものを提供する。
【0013】
(1) 繊維強化されたポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を成形してなるPPS摺動材の耐磨耗性向上方法であって、相手材と相対的に摺動する前記PPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、前記摺動面の表面改質による被膜を形成させ、当該被膜により、摺動面温度が前記PPS樹脂のガラス転移点(Tg)以上における前記PPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【0014】
(2) 前記PPS樹脂が、p−フェニレンサルファイド基を70モル%以上有する実質的に直鎖状のポリフェニレンサルファイド樹脂を主体とするものである(1)に記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【0015】
(3) 前記所定の摺動条件が、前記摺動の際に前記摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件である(1)又は(2)に記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【0016】
(4) 前記被膜が、下記(A)の条件を満たす被膜である(1)から(3)のいずれかに記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
(A)1m/sから3m/sの範囲の所定のすべり線速度で、前記摺動の際に、前記摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件での摺動により、前記被膜が溶融する面圧を限界面圧として測定する限界面圧測定を、3以上の異なるすべり線速度で測定し、すべり線速度を横軸、限界面圧とすべり線速度との積を縦軸として表したグラフが正の傾きを持つ。
【0017】
(5) 前記相手材が、金属である(1)から(4)のいずれかに記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、摺動面の表面改質による被膜を形成させることで、摺動面の耐熱性が高まり、耐磨耗性も向上する。
【0019】
面圧又はすべり線速度を高い条件にしていくとある時点で磨耗量が急激に上昇することが知られているが、本発明によれば、上記被膜の効果により耐熱性等が高まるので、より過酷な条件まで上記磨耗量の急激な上昇を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】摺動磨耗評価方法を示す図である。
【図2】実施例2の比磨耗量と面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図3】比較例2の比磨耗量と面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図4】摺動面温度を測定しながら摺動磨耗を評価する試験方法を示す図である。
【図5】実施例3の摺動面温度と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰直線を示す図である。
【図6】実施例3の比磨耗量と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図7】比較例3の摺動面温度と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰直線を示す図である。
【図8】比較例3の比磨耗量と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図9】実施例4の比磨耗量と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図10】実施例5及び比較例4の限界PV値とすべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図11】実施例6の限界PV値とすべり線速度との関係を表す回帰曲線を示す図である。
【図12】実施例7、8の比磨耗量と摺動時間との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明するが、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。
【0022】
本発明は、繊維強化されたポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を成形してなるPPS摺動材の耐磨耗性向上方法である。相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、摺動面の表面改質による被膜を形成させ、当該被膜により、PPS摺動材の耐磨耗性を向上させることができる。
【0023】
<PPS摺動材>
本発明の耐摩耗性を向上させる方法に用いるPPS摺動材は、繊維系充填剤を含むPPS樹脂を成形してなる。
【0024】
[PPS樹脂]
本発明で使用するPPS樹脂の種類、分子量、溶融粘度等は特に限定されない。また、本発明で使用するPPS樹脂は、直鎖型、架橋型、半架橋型等の重合方法により得られたものを使用することができる。しかし、本発明の効果を高めるためには以下のPPS樹脂を使用することが好ましい。
【0025】
本発明の耐摩耗性を向上させる方法は、相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、摺動面の表面改質による被膜を形成させることが特徴であり、上記被膜を形成するためには、特に直鎖型PPS樹脂であることが好ましい。直鎖型PPS樹脂が架橋することによって、優れた被膜を容易に形成することができるからである。
【0026】
直鎖型PPS樹脂の中でも特に、p−フェニレンサルファイド基を70モル%以上有する実質的に直鎖状のポリフェニレンサルファイド樹脂を主体とするものであることが好ましい。
【0027】
[繊維系充填剤]
繊維系充填剤としてはガラス繊維、アスベスト繊維、シリカ繊維、シリカ・アルミナ繊維、アルミナ繊維、ジルコニア繊維、窒化硼素繊維、窒化珪素繊維、硼素繊維、チタン酸カリ繊維、ウォラストナイトの如き珪酸塩の繊維、硫酸マグネシウム繊維、ホウ酸アルミニウム繊維、さらにステンレス、アルミニウム、チタン、銅、真鍮等の金属の繊維状物等の無機質繊維状物質が挙げられる。特に代表的な繊維系充填剤はガラス繊維である。なお、PPS樹脂より高融点の有機質繊維状物質も使用することができる。これらの繊維系充填剤は一種又は二種以上併用することが出来る。また、これらの繊維系充填剤の使用にあたっては必要ならば収束剤又は表面処理剤を使用することができる。PPS摺動材に含まれる繊維径充填剤の含有量は特に限定されず、用途に応じて通常配合される範囲であればよい。
【0028】
[PPS摺動材の成形]
上記繊維系充填剤を含むPPS樹脂を所望の形状に成形しPPS摺動材を作製する。成形方法は特に限定されないが、圧縮成形、トランスファー成形、射出成形、押出成形、ブロー成形など種々の成形方法を挙げることができる。
【0029】
<相手材>
上記PPS摺動材と相対的に摺動する相手材としては、特に限定されず様々な材料を相手材として用いることができる。例えば、上記PPS摺動材と同様に繊維系充填剤を含むPPS樹脂組成物を成形してなるPPS摺動材、金属等が挙げられる。
【0030】
相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、摺動面の表面改質により形成される被膜を、耐熱性が非常に高く耐磨耗性の非常に高いものにする相手材としては、例えば、炭素鋼、ステンレス等の金属が挙げられる。
【0031】
<摺動条件>
本発明は所定の摺動条件により摺動を行うことが特徴である。所定の摺動条件とは、後述する被膜を形成することが可能な摺動条件である。
【0032】
被膜を形成する条件としては、摺動の際に摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件であることが好ましい。摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件と摺動面にかかる面圧を当初から高い値にする条件とでは、摺動面が受ける熱履歴が異なり、前者の摺動条件で形成される被膜の方が、耐熱性等の耐磨耗性が高いからである。
【0033】
「摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる」とは、所定のすべり線速度で、摺動面にかかる面圧を徐々に上昇させていく条件である。面圧の上昇の程度は特に限定されないが、面圧を上げ過ぎない条件で、耐熱性等の耐磨耗特性を高める被膜を摺動面に形成することが重要である。
【0034】
すべり線速度の好ましい範囲は摺動相手材の種類等により異なるものの、1m/sから3m/sの範囲の所定のすべり線速度で、摺動の際に、摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件がさらに好ましい。上記すべり線速度と摺動面にかかる面圧を徐々に上昇させていく条件とを組み合わせることで、耐熱性等の耐磨耗特性を高める被膜を効果的に形成することができるからである。すべり線速度は、単位時間あたりのすべり距離で示される。
【0035】
摺動の際に、摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件での摺動により、被膜が溶融する面圧を限界面圧として測定する限界面圧測定を、3以上の異なるすべり線速度で測定し、すべり線速度を横軸、限界面圧とすべり線速度との積を縦軸として表したグラフが正の傾きを持つことが好ましい。上記グラフの傾きが正であることは、すべり線速度が高くなり磨耗しやすいにもかかわらず、高い面圧まで耐えることを意味しており、非常に優れた被膜が摺動面に形成されていることを意味するからである。
【0036】
通常、摺動面温度がガラス転移点(Tg)付近になると、PPS摺動材の磨耗量は急激に上昇してしまうが、本発明のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法を用いれば、摺動面の温度が、Tg付近の急激な磨耗量の上昇を抑えることができる。
【0037】
摺動面温度の測定は、摺動面にかかる面圧(P)と、すべり線速度(V)と、摺動面の摩擦係数(μ)と、の積(μPV)を縦軸にとり、横軸を温度として、所定のμPVでの摺動面温度の実測値をいくつかプロットした回帰直線から求めることができる。
【0038】
<被膜>
被膜は、相手材と相対的に摺動するPPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、摺動面の表面改質により形成させるものをいう。この被膜が形成されることにより、PPS摺動材の耐磨耗性の向上、耐熱性の向上の効果がある。
【0039】
形成される被膜は、上記の通り摺動面の表面改質により表面にのみ形成されるものである。上記被膜の形成は、PPS摺動材に含まれるガラス繊維等の繊維系充填剤の影響により、その微小突起部での閃光温度が原因になっていると推測される。このように摺動面の微小領域での瞬間的な温度上昇により被膜は形成されると考えられるため、摺動面の全体的な温度に関係なく被膜は形成される。
【0040】
所定の摺動条件によって摺動面の表面改質により形成れるものであれば、表面にのみ形成されているといえる。摺動以外の条件で被膜を形成する方法として、PPS摺動材表面に熱負荷処理をかける方法が挙げられるが、このような方法では、PPS摺動材の内部まで負荷がかかり本発明の効果を得ることはできない。
【0041】
「摺動面の表面改質」とは、耐熱性等が向上するような表面改質であれば特に限定されないが、直鎖状PPS樹脂が架橋することによる改質であることが好ましい。耐熱性、耐磨耗性が極めて高まるからである。
【0042】
本発明の耐磨耗性向上方法では、被膜が摺動面に形成されることにより耐熱性が向上するのは、被膜の耐熱性が繊維系充填剤を含むPPS樹脂よりも高いからである。被膜の耐熱性が上記PPS樹脂よりどの程度高いかは特に限定されないが、被膜が形成されることで、摺動面の耐熱性は充分高まり、摺動の際の樹脂の磨耗量を充分に抑えることができ、より過酷な摺動条件まで、PPS摺動材の磨耗量の急激な上昇を抑えることができる。
【0043】
<PPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法>
本発明の耐磨耗性を向上させる摺動方法は、特に限定されないが、PPS摺動材の摺動面と相手材の摺動面とを突き合わせて、一方のみを回転させる方法や両方を回転させる方法が挙げられるが、条件の設定のしやすさから一方のみを回転させる方法が好ましい。面圧のかけ方もPPS摺動材又は相手材の一方から圧力をかける方法や、両側から圧力を加える方法がある。
【0044】
摺動面温度の測定を同時に行なう場合には、例えば、PPS摺動材又は相手材に切り欠きを設けて、PPS摺動材の摺動面の一部を露出させることにより、赤外線放射熱温度計等を用いることで摺動面の温度の測定を行うことができる。
【0045】
摺動の際の条件は上記の通りであり、摺動面の接触面積、摺動時の雰囲気温度、摺動させる時間等は特に限定されない。摺動部品を上記のような被膜が摺動面に形成するような摺動条件で用いることにより耐熱性向上等の高い効果を得ることができる。
【実施例】
【0046】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0047】
<材料>
ガラス繊維を40%含む直鎖状PPS樹脂1:フォートロン1140A6(ポリプラスチックス社製)
直鎖状PPS樹脂2:フォートロン0220A9(ポリプラスチックス社製)
ポリアセタール樹脂:ジュラコンM90−44(ポリプラスチックス社製)
【0048】
<実施例1>
[被膜の形成]
PPS樹脂1からなる樹脂組成物を成形した。得られたPPS摺動材は摺動面が内径20mm、外径25.6mm、高さ15mmであった。
【0049】
(成形条件)
シリンダー先端温度:320℃
金型温度:150℃
射出速度:17mm/s
保圧:83MPa
冷却時間:15s
【0050】
相手材としては、上記PPS摺動材と同じものを用いた。摺動は図1に示すようにPPS摺動材同士を突き合せるようにして、PPS摺動材から、摺動面に垂直方向(図中の白抜き矢印方向)に面圧を加え、PPS摺動材を固定し、相手材を回転させることで行った。より詳細な摺動条件は以下の通りである。
【0051】
(摺動条件)
面圧(P):0.2MPa
すべり線速度:10cm/s
接触面積:2.0cm2
雰囲気温度:23℃
走行時間:24時間
【0052】
実施例1の摺動面には黒色の被膜が形成されていた。黒色被膜及びPPS樹脂1の融点、結晶化温度、潜熱を示差走査熱量測定(DSC)により測定した。黒色被膜部には、350℃まで溶けない黒色物が含まれていることを確認した。
【0053】
<比較例1>
PPS樹脂1をPPS樹脂2に変更した以外は、実施例1と同様の方法で摺動を行った。摺動面に被膜は確認されなかった。
【0054】
<実施例2>
実施例1と同様のPPS摺動材及び相手材を用いて、面圧を0.05MPa、0.50MPaで他の摺動条件は下記の条件にて摺動を行い、図2に示すような縦軸を比磨耗量、横軸を面圧×すべり線速度として比磨耗量と面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を作成した。比磨耗量は、JIS K7218に記載されている単位荷重あたりの磨耗量のことである。
[摺動条件]
すべり線速度:図のプロットに対応するすべり線速度を適宜設定
接触面積:2.0cm2
雰囲気温度:23℃
走行時間:24時間
【0055】
<比較例2>
比較例1と同様のPPS摺動材及び相手材を用いて、実施例2と同様の摺動条件で摺動を行い、図3に示すような縦軸を比磨耗量、横軸を面圧×すべり線速度として比磨耗量と面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を作成した。
【0056】
実施例2と比較例2の結果から明らかなように、摺動面に被膜が形成される実施例2の方が、より高いPV値まで、比磨耗量の急激な上昇を抑えることができる。特に面圧が低い条件では、効果が高まることが確認された。
【0057】
<実施例3>
縦6mm、横6mmの切り欠きを設けたPPS摺動材を用い、相手材を、炭素の添加量が0.45質量%の炭素鋼(S45C)に変更し、面圧を0.1MPa、1.0MPa、5.0MPaで他の摺動条件は下記の条件にて摺動を行い、さらに、摺動面の温度を図4に示すような方法で測定した以外は実施例1と同様の方法で摺動を行った。先ず図5に示すような、摺動面温度と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰直線を作成し、次いで、図6に示すような、縦軸を比磨耗量、横軸を摩擦係数×面圧×すべり線速度として比磨耗量と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を作成した。図6の横軸には、図5から得られる摺動面温度を一部記載している。また、摺動後のPPS摺動材及び相手材の摺動面を観察すると黒色の被膜が観察された。
[摺動条件]
すべり線速度:図のプロットに対応するすべり線速度を適宜設定
接触面積:2.0cm2
雰囲気温度:23℃
走行時間:24時間
【0058】
<比較例3>
樹脂材料としてPPS樹脂2を用いた以外は実施例3と同様の方法で、先ず図7に示すような、摺動面温度と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰直線を作成し、次いで、図8に示すような、縦軸を比磨耗量、横軸を摩擦係数×面圧×すべり線速度として、比磨耗量と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を作成した。図8の横軸には、図7から得られる摺動面温度を一部記載している。また、摺動後のPPS摺動材及び相手材の摺動面を観察したところ被膜は観察されなかった。
【0059】
図6、図8から明らかなように、摺動面に被膜が形成される実施例3では、より高い摺動面温度まで比磨耗量の急激な上昇を抑えることができる。また、黒色の被膜が摺動面に形成することにより、耐熱性が向上していることが確認できる。
【0060】
実施例2、3と比較例2、3との結果から明らかなように、摺動面に形成する被膜の効果は、相手材が樹脂からなるPPS摺動材の場合よりも相手材が金属の場合の方が高いことが確認された。
【0061】
<実施例4>
相手材をSUS304に変更し、面圧を1.0MPaで行った以外は実施例3と同様にして摺動を行い、図9に示すような、縦軸を比磨耗量、横軸を摩擦係数×面圧×すべり線速度として比磨耗量と摩擦係数×面圧×すべり線速度との関係を表す回帰曲線を作成した。なお、参考のために実施例3にて測定した面圧1MPaでの結果も図9中に図示した。
【0062】
図9から明らかなように、相手材がステンレスであれば比磨耗量が低下し、さらに摺動特性が向上することが確認された。
【0063】
<実施例5>
相手材をS45Cに変更し、すべり線速度を0.3m/s、2.0m/s、4.0m/sに固定し、それぞれのすべり線速度で面圧を0.1MPaから10分間隔で段階的に上昇させる条件で、他の条件は実施例3と同様にして摺動を行い、磨耗量の急激な上昇につながる摺動面の溶融がおきる面圧の測定を行った。縦軸に限界PV値(MPa・cm/s)、横軸にすべり線速度(m/s)として測定結果を図10に図示した。
【0064】
<比較例4>
PPS樹脂1からポリアセタール樹脂に変更し、固定するすべり線速度を、0.2m/s、0.3m/s、0.4m/s、1.0m/s、2.0m/s、3.0m/s、4.0m/sとして、それぞれのすべり線速度で実施例5と同様の条件で摺動を行った。縦軸に限界PV値(MPa・cm/s)、横軸にすべり線速度(m/s)として測定結果を図10に図示した。
【0065】
通常は比較例4のように、すべり線速度が速い条件では、低い面圧でも摺動面が溶融し磨耗量の急激な上昇につながる。しかしながら、実施例5では、摺動面に被膜を形成することによりすべり線速度が高くなっても、高い面圧まで耐えられるようになる。したがって、被膜が形成されたPPS摺動材は、通常の場合とは異なり高い限界PV値を示すことで、耐磨耗性を大きく向上させることが確認された。
【0066】
<実施例6>
面圧を上昇させる条件を、設定のPV値における面圧値を摺動開始時より加える条件に変更した以外は、実施例5と同様の条件で摺動を行い、限界PV値を得て、縦軸に限界PV値(MPa・cm/s)、横軸にすべり線速度(m/s)として測定結果を図11に図示した。併せて実施例5の結果も図11に図示した。
【0067】
図11から明らかなように急に高い面圧を加えて摺動を行うよりも徐々に面圧を高くしていく方がより耐磨耗性が向上することが確認された。
【0068】
<実施例7>
面圧0.2MPa、すべり線速度30cm/sに固定した以外は、実施例1と同様の摺動条件で摺動を行い、比磨耗量と摺動時間との関係を図12に図示した。
【0069】
<実施例8>
摺動前にPPS摺動材の摺動面に200℃×250時間の条件で熱負荷処理を施し、事前に摺動面に対して黒色被膜形成させた以外は、実施例7と同様の条件で摺動を行い、比磨耗量と摺動時間との関係を図12に図示した。
【0070】
図12から明らかなように、予め摺動面に熱負荷処理を施し黒色被膜を形成させると磨耗量が増加し、摺動特性が低下する。摺動面に熱を加えることにより、PPS摺動材の内部まで負荷がかかり摺動特性が低下してしまうものと推定される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維強化されたポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を成形してなるPPS摺動材の耐磨耗性向上方法であって、
相手材と相対的に摺動する前記PPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、前記摺動面の表面改質による被膜を形成させ、当該被膜により、摺動面温度が前記PPS樹脂のガラス転移点(Tg)以上における前記PPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【請求項2】
前記PPS樹脂が、p−フェニレンサルファイド基を70モル%以上有する実質的に直鎖状のポリフェニレンサルファイド樹脂を主体とするものである請求項1に記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【請求項3】
前記所定の摺動条件が、前記摺動の際に前記摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件である請求項1又は2に記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【請求項4】
前記被膜が、下記(A)の条件を満たす被膜である請求項1から3のいずれかに記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
(A)1m/sから3m/sの範囲の所定のすべり線速度で、前記摺動の際に、前記摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件での摺動により、前記被膜が溶融する面圧を限界面圧として測定する限界面圧測定を、3以上の異なるすべり線速度で測定し、すべり線速度を横軸、限界面圧とすべり線速度との積を縦軸として表したグラフが正の傾きを持つ。
【請求項5】
前記相手材が、金属である請求項1から4のいずれかに記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【請求項1】
繊維強化されたポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を成形してなるPPS摺動材の耐磨耗性向上方法であって、
相手材と相対的に摺動する前記PPS摺動材の摺動面において、所定の摺動条件によって、前記摺動面の表面改質による被膜を形成させ、当該被膜により、摺動面温度が前記PPS樹脂のガラス転移点(Tg)以上における前記PPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【請求項2】
前記PPS樹脂が、p−フェニレンサルファイド基を70モル%以上有する実質的に直鎖状のポリフェニレンサルファイド樹脂を主体とするものである請求項1に記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【請求項3】
前記所定の摺動条件が、前記摺動の際に前記摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件である請求項1又は2に記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【請求項4】
前記被膜が、下記(A)の条件を満たす被膜である請求項1から3のいずれかに記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
(A)1m/sから3m/sの範囲の所定のすべり線速度で、前記摺動の際に、前記摺動面にかかる面圧を段階的に又は連続的に上昇させる摺動条件での摺動により、前記被膜が溶融する面圧を限界面圧として測定する限界面圧測定を、3以上の異なるすべり線速度で測定し、すべり線速度を横軸、限界面圧とすべり線速度との積を縦軸として表したグラフが正の傾きを持つ。
【請求項5】
前記相手材が、金属である請求項1から4のいずれかに記載のPPS摺動材の耐磨耗性を向上させる方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2010−202834(P2010−202834A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−52328(P2009−52328)
【出願日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【出願人】(390006323)ポリプラスチックス株式会社 (302)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【出願人】(390006323)ポリプラスチックス株式会社 (302)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]