説明

VEGF結合タンパク質素子

【課題】血管内皮細胞増殖因子検出に有用な血管内皮細胞増殖因子結合タンパク質を提供する。
【解決手段】血管内皮細胞増殖因子受容体1のイムノグロブリンドメイン2と膜貫通領域とを融合させたタンパク質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば血管内皮細胞増殖因子(以下、「VEGF」と称する)の検出に使用できるVEGF結合タンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
VEGFは二量体を形成する糖タンパク質であり、血管内皮細胞増殖因子受容体(以下、「VEGFR」と称する)1及びVEGFR2に結合し、血管内皮細胞の増殖を刺激することで、血管新生の開始を誘導する(非特許文献1)。
【0003】
また、VEGFは、糖尿病性網膜症、リューマチ関節炎、腫瘍等の疾患による血管新生に対して重要な役割を果たすことが分かっており(非特許文献2)、VEGFの血中濃度を調べることは、これらの疾患を早期発見する上で非常に重要である。特に、腫瘍においては、VEGFの血中濃度が増加することから腫瘍マーカーとなっており、主に抗体により検出されている。
【0004】
一方、VEGFR1及びVEGFR2は、細胞外領域に7つ存在するイムノグロブリン様ドメインのうちN末端から2番目及び3番目のイムノグロブリン2及びイムノグロブリン3を中心に、VEGFに結合することが知られている。VEGFR1のVEGFに対する親和性は、VEGFR2よりも50倍ほど高い(非特許文献3)。
【0005】
また、特許文献1は、VEGFR1であるFLT-1の細胞外領域の第1イムノグロブリン様ドメイン及び第2イムノグロブリン様ドメインを含むポリペプチドがVEGFに特異的且つ高親和性で結合し、VEGF活性を阻害できることを開示する。
【0006】
ところで、従来において、生体分子とデバイスを融合させることで、生体分子の高機能性を持つデバイスが作製されている。特に、リポソームに膜タンパク質等を組み込み、膜タンパク質の機能を持ったプロテオリポソームを作製し、脂質膜を張ったデバイス等に組み込む研究が進んでいる(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006-094861号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Carmeliet, P.ら, 「Nature」, 1996年, 第380巻, pp. 435-439
【非特許文献2】Aiello, L. P.ら, 「N. Engl. J. Med.」, 1994年, 第331巻, pp. 1480-1487
【非特許文献3】Waltenberger, J.ら, 「J. Biol. Chem」, 1994年, 第269巻, pp. 26988-26995
【非特許文献4】Zagnoni, M.ら, 「Lab Chip」, 2007年, 第7巻, pp. 1176-1183
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一般に、VEGFR等の膜タンパク質の機能性は高く、これら膜タンパク質を自由に利用することができれば、バイオセンシング、ドラッグスクリーニング等といった応用範囲は広い。しかしながら、VEGFR1は分子量が大きい膜タンパク質であるため、全ての領域を含むタンパク質をVEGF検出のためのタンパク質素子として利用することは難しい。
【0010】
そこで、上述した実情に鑑み、本発明は、VEGF検出に有用なVEGF結合タンパク質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、ヒトVEGFR1(以下、単に「VEGFR1」と称する)のイムノグロブリンドメイン2(全長タンパク質におけるアミノ酸位置129-229)と膜貫通領域(全長タンパク質におけるアミノ酸位置758-780)とを融合させたタンパク質を作製し、当該融合タンパク質がVEGFに良好に結合し、VEGFの検出に使用できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明は、以下を包含する。
(1)以下の(a)〜(c)のいずれか1つのVEGF結合タンパク質。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るタンパク質
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つVEGF結合活性を示すタンパク質
(c)外来タンパク質又はペプチドと前記(a)又は(b)記載のタンパク質とが連結された融合タンパク質
(2)(1)記載のVEGF結合タンパク質をコードする遺伝子。
(3)(2)記載の遺伝子を含む組換えベクター。
(4)(3)記載の組換えベクターを有する形質転換体。
(5)(1)記載のVEGF結合タンパク質とリポソームとから成るプロテオリポソーム。
(6)(1)記載のVEGF結合タンパク質又は(5)記載のプロテオリポソームを含有するVEGF検出キット。
(7)(1)記載のVEGF結合タンパク質又は(5)記載のプロテオリポソームを生物学的サンプル中のVEGFと接触させる工程を含む、VEGF検出方法。
(8)(1)記載のVEGF結合タンパク質又は(5)記載のプロテオリポソームを患者由来の生物学的サンプル中のVEGFと接触させる工程を含む、VEGF関連疾患検査方法。
(9)VEGF関連疾患が、網膜症、関節リウマチ及び腫瘍から成る群より選択される疾患である、(8)記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、VEGFを良好に検出することができる。また、本発明によれば、患者に由来する生物学的サンプル中のVEGFを検出することで、VEGFに関連する疾患を検査することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例におけるVEGF結合タンパク質含有溶出画分をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供した結果を示す写真である。
【図2】実施例における抗MBP抗体へのVEGF結合タンパク質含有プロテオリポソームの結合活性を示すセンサーグラムである。
【図3】実施例におけるVEGFへのVEGF結合タンパク質含有プロテオリポソームの結合活性を示すセンサーグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係るVEGF結合タンパク質は、以下の(a)〜(c)のいずれか1つのタンパク質である:
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るタンパク質;
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つVEGF結合活性を示すタンパク質;
(c)外来タンパク質又はペプチドと前記(a)又は(b)記載のタンパク質とが連結された融合タンパク質。
【0016】
上記(a)記載のタンパク質は、VEGFR1のイムノグロブリンドメイン2(全長VEGFR1タンパク質におけるアミノ酸位置129-229)と膜貫通領域(全長VEGFR1タンパク質におけるアミノ酸位置758-780)とを融合させたタンパク質である。具体的には、配列番号2に示されるアミノ酸配列において、アミノ酸位置1〜101のアミノ酸配列がVEGFR1のイムノグロブリンドメイン2に相当し、またアミノ酸位置102〜124のアミノ酸配列がVEGFR1の膜貫通領域に相当する。従来において、VEGFR1は分子量が大きい膜タンパク質であり、大腸菌等の宿主で、VEGF結合活性を有し、且つ全ての領域を含むタンパク質を発現させることは非常に困難であった。しかしながら、上記(a)に記載のタンパク質によれば、コードする遺伝子を大腸菌等の宿主で容易に発現させることができ、また発現させたタンパク質はVEGF結合活性を有するものとすることができる。
【0017】
上記(b)記載のタンパク質は、配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1又は数個(例えば1〜10個、好ましくは1〜5個、特に好ましくは1〜3個)のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つVEGF結合活性を示すタンパク質である。当該欠失、置換又は付加の位置としては、例えばVEGFR1の膜貫通領域(すなわち、配列番号2におけるアミノ酸位置102〜124)が挙げられる。
【0018】
上記(c)記載のタンパク質は、外来タンパク質又はペプチドと上記(a)又は(b)記載のタンパク質とが連結された融合タンパク質である。ここで、「外来タンパク質又はペプチド」とは、VEGFR1に対して外因的なタンパク質又はペプチドを意味する。外来タンパク質又はペプチドとしては、例えばタンパク質精製に使用されるタンパク質又はペプチド(グルタチオンS-トランスフェラーゼ、マルトース結合タンパク質(MBP)、チオレドキシン、セルロース結合ドメイン、ストレプトアビジン結合ペプチド、ヒスチジンタグ等)が挙げられる。外来タンパク質又はペプチドを連結する位置は、上記(a)又は(b)記載のタンパク質と外来タンパク質又はペプチドとがそれぞれの機能又は活性を有するように適宜選択することができる。例えば、外来タンパク質又はペプチドは、上記(a)又は(b)記載のタンパク質のN末端側又はC末端側に連結することができる。
【0019】
なお、配列番号2に示されるアミノ酸配列に対して、80%以上、好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つVEGF結合活性を示すタンパク質も本発明に係るVEGF結合タンパク質に含まれる。
【0020】
本発明に係るVEGF結合タンパク質は、例えば本発明に係るVEGF結合タンパク質とVEGFタンパク質とを接触させ、当該VEGF結合タンパク質とVEGFタンパク質との複合体を測定し、有意に当該複合体が検出された場合に、VEGF結合活性を有すると判断することができる。本発明に係るVEGF結合タンパク質が結合するVEGFとしては、VEGFR1と結合するVEGFファミリーのいずれのメンバーであって良いが、例えばVEGF-AのスプライシングバリアントであるVEGF121、VEGF165、VEGF189、VEGF206等が挙げられる。
【0021】
本発明に係る遺伝子は、本発明に係るVEGF結合タンパク質をコードする遺伝子である。当該遺伝子を宿主に導入することで、本発明に係るVEGF結合タンパク質を発現させることができる。本発明に係る遺伝子としては、例えば
上記(a)記載のタンパク質をコードする配列番号1に示される塩基(ヌクレオチド)配列から成る遺伝子;
配列番号1に示される塩基配列において、1又は数個(例えば1〜10個、好ましくは1〜5個、特に好ましくは1〜3個)の塩基が欠失、置換又は付加された塩基配列から成り、且つVEGF結合活性を示すタンパク質をコードする遺伝子;
配列番号1に示される塩基配列に対して、80%以上、好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上のヌクレオチド同一性を有する塩基配列から成り、且つVEGF結合活性を示すタンパク質をコードする遺伝子;
配列番号1に示される塩基配列と相補的な塩基配列から成るDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つVEGF結合活性を示すタンパク質をコードする遺伝子;
が挙げられる。ここで、「ストリンジェントな条件」とは、例えば、ナトリウム濃度が25〜500mM、好ましくは25〜300mMであり、温度が42〜68℃、好ましくは42〜65℃の条件をいう。より具体的には、5×SSC(83mM NaCl、83mMクエン酸ナトリウム)、温度42℃である。なお、これら遺伝子は、例えば開始コドン、終止コドン、プロモーター等を適宜含むことができる。
【0022】
さらに、これら遺伝子に外来タンパク質又はペプチドをコードする遺伝子を機能的に連結したDNAは、上記(c)記載のタンパク質をコードする遺伝子であり、本発明に係る遺伝子に含まれる。
【0023】
例えば、本発明に係る遺伝子を宿主に形質転換することで、本発明に係るVEGF結合タンパク質を発現させることができる。宿主としては、特に限定されるものではないが、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Shizosaccharomyces pombe)、ピチア・パストリス(Pichia pastoris)、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)、ハンセヌラ・ポリモルファ(Hansenula polymorpha)等の酵母;大腸菌(Escherichia coli)等のエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属又はシュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属等に属する細菌;COS細胞等の動物細胞;Sf9等の昆虫細胞;アブラナ科等に属する植物が挙げられる。
【0024】
先ず本発明に係る遺伝子を準備する。本発明に係る遺伝子は、例えば、VEGFR1が由来するヒト等のゲノムDNA等を鋳型として用いたPCRによって容易に得ることができる。
【0025】
一旦、塩基配列が確定されると、その後は化学合成によって、又はクローニングされたプローブを鋳型としたPCRによって、あるいは該塩基配列を有するDNA断片をプローブとしてハイブリダイズさせることによって、本発明に係る遺伝子を得ることができる。さらに、部位特異的突然変異誘発法等によって本発明に係る遺伝子の変異型であって変異前と同等の機能を有するものを合成することができる。なお、本発明に係る遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法、Gapped duplex法、メガプライマーPCR法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用することができる。
【0026】
本発明に係る遺伝子として、外来タンパク質又はペプチドを含む融合タンパク質をコードする遺伝子を作製する場合には、上記(a)又は(b)記載のタンパク質をコードする遺伝子に外来タンパク質又はペプチドをコードする遺伝子を連結したDNAを準備する。このようなDNAは、連結したDNA自体であってもよく、当該DNAを含むベクター等であってよい。上記(a)又は(b)記載のタンパク質をコードする遺伝子に外来タンパク質又はペプチドをコードする遺伝子を連結する方法は、それぞれ精製された上記(a)又は(b)記載のタンパク質をコードする遺伝子及び外来タンパク質又はペプチドをコードする遺伝子を適当な制限酵素で切断し、連結する方法が採用される。また、上記(a)又は(b)記載のタンパク質をコードする遺伝子と外来タンパク質又はペプチドをコードする遺伝子のそれぞれ一部に相同な領域を持たせることにより、PCR等を用いたin vitro法又は酵母等を用いたin vivo法によって両者を連結する方法であってもよい。
【0027】
本発明に係る遺伝子を含む組換えベクターは、適当なベクターに本発明に係る遺伝子を挿入することにより得ることができる。使用するベクターは、宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、例えばプラスミド、シャトルベクター、ヘルパープラスミド等が挙げられる。また該ベクター自体に複製能がない場合には、宿主の染色体に挿入すること等によって複製可能となるDNA断片であってもよい。
【0028】
プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えば、pET16b、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19、pBluescript、pMAL-c5x等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13等のYEp系、YCp50等のYCp系等)等が挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ等が挙げられる。さらに、レトロウイルス又はワクシニアウイルス等の動物ウイルスやバキュロウイルス等の昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
【0029】
ベクターに本発明に係る遺伝子を挿入する方法は、上述のように、上記(a)又は(b)記載のタンパク質をコードする遺伝子に外来タンパク質又はペプチドをコードする遺伝子を連結する方法に準じて行うことができる。
【0030】
さらに、本発明に係る遺伝子を含む組換えベクター(以下、「本発明に係る組換えベクター」と称する)を宿主中に導入することにより形質転換体を作製する。
【0031】
酵母への本発明に係る組換えベクターの導入方法は、酵母にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えば電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等が挙げられる。また、YIp系等のベクターあるいは染色体中の任意の領域と相同なDNA配列を用いた染色体への置換・挿入型の酵母の形質転換法であっても良い。
【0032】
細菌への本発明に係る組換えベクターの導入方法は、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0033】
動物細胞を宿主とする場合は、サル細胞COS-7、Vero、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、マウスL細胞等が用いられる。動物細胞への本発明に係る組換えベクターの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等が挙げられる。
【0034】
昆虫細胞を宿主とする場合は、Sf9細胞等が用いられる。昆虫細胞への本発明に係る組換えベクターの導入方法としては、例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0035】
植物を宿主とする場合は、植物体全体、植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束等)、植物培養細胞等が用いられる。植物への本発明に係る組換えベクターの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、PEG法等が挙げられる。
【0036】
本発明に係る組換えベクターが宿主に組み込まれたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法等により行うことができる。例えば、形質転換体からDNAを調製し、本発明に係る遺伝子に特異的なプライマーを設計してPCRを行う。その後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動等を行い、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして増幅産物をバンドとして検出することにより、形質転換されたことを確認する。また、予め蛍光色素等により標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相に増幅産物を結合させ、蛍光、酵素反応等により増幅産物を確認する方法も採用してもよい。
以上のようにして、本発明に係るVEGF結合タンパク質を上述の形質転換体より得ることができる。
【0037】
一方、本発明に係るVEGF結合タンパク質はVEGFR1の膜貫通領域を有するので、リポソームの脂質膜中に埋め込むことで、プロテオリポソームとすることができる(以下、「本発明に係るプロテオリポソーム」と称する)。例えば、リポソームを、E.coli polar extract(Avanti polar lipid)を用いて作製する。具体的には、脂質をOG(オクチルグリコシド)に溶解させ、透析し、液体窒素を用いて凍結融解を行うことで、リポソームを作製する。次いで、作製したリポソーム、本発明に係るVEGF結合タンパク質及びOGを混合し、室温で所定の時間放置し、透析に供する。透析後、溶液を回収し、遠心分離に供し、沈殿を除去し、得られた上清をプロテオリポソームとして得ることができる。
【0038】
また、本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームを用いて、生物学的サンプル中のVEGFを検出することができる(以下、「本発明に係るVEGF検出方法」と称する)。生物学的サンプルとしては、例えば、被験者由来の細胞、組織や器官、血液(血清や血漿等)や唾液等の体液、排出物が挙げられる。
【0039】
本発明に係るVEGF検出方法では、先ず本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームと生物学的サンプル中のVEGFとを接触させ、結合させる。本発明に係るプロテオリポソームは、脂質膜上に本発明に係るVEGF結合タンパク質を担持するので、当該接触によれば、VEGFと結合することとなる。
【0040】
次いで、結合反応後、得られた本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームとVEGFとの複合体を検出することで、例えば生物学的サンプル中のVEGFの量を測定する、あるいは当該VEGFの存在を検出することができる。測定又は検出方法としては、例えば表面プラズモン共鳴(SPR)法、蛍光色素を使用した検出法、抗体を使用するウェスタンブロット法やELISA等が挙げられる。
【0041】
表面プラズモン共鳴(SPR)法を使用する場合には、例えば本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームを固定化した支持体(例えば、チップ)に対して、生物学的サンプルを流し、表面プラズモン共鳴測定装置を用いて測定を行い、センサーグラムにより本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームと生物学的サンプル中のVEGFとの結合を検出することができる。
【0042】
蛍光色素を使用した検出法では、例えば蛍光色素を付加した本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームと生物学的サンプルとを接触させ、溶出し、蛍光色素に由来する蛍光強度を指標として、本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームと生物学的サンプル中のVEGFとの複合体を検出することができる。
【0043】
ウェスタンブロット法では、本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームと生物学的サンプルとを接触させ、結合反応を行う。次いで、反応液をSDS-ポリアクリルアミド電気泳動で分離させた後、ニトロセルロース膜等に転写し、VEGFに特異的な抗体(又は、VEGFR1のイムノグロブリンドメイン2に特異的な抗体等)を用いて本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームと生物学的サンプル中のVEGFとの複合体を検出することができる。
【0044】
ELISA法では、例えばマルチウェルプレートに本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームを固定化し、次いで生物学的サンプルを反応させる。その後、VEGFに特異的な抗体を用いて、本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームと生物学的サンプル中のVEGFとの複合体を検出することができる。抗体は、アルカリフォスファターゼ、ペルオキシダーゼ結合抗IgG抗体等を用いて二次的に検出することもできる。
【0045】
また、本発明に係るVEGF検出方法に準じて、本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームは、VEGF検出キットとすることもできる。当該キットには、本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームの他に、試薬や取り扱い説明書等を含有させることができる。
【0046】
一方、本発明に係るVEGF検出方法に準じて、本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームを用いて、患者由来の生物学的サンプル中のVEGFを検出することで、患者におけるVEGF関連疾患を検査(又は評価若しくは診断)することができる。ここで、「VEGF関連疾患」とはVEGFの異常な発現が関連する疾患を意味し、例えば網膜症(糖尿病性網膜症、増殖性網膜症等)、関節リウマチ、腫瘍(癌)(胃癌、結腸直腸癌等)が挙げられる。糖尿病性網膜症については、眼に由来する体液サンプルにおいて非糖尿病性網膜症患者等と比較して糖尿病性網膜症患者において有意にVEGF濃度が高いことが知られている(非特許文献2)。増殖性網膜症については、血漿サンプルにおいて健常者と比較して増殖性網膜症患者において有意にVEGF濃度が高いことが知られている(Lip PLら, 「Invest. Ophthalmol. Vis. Sci.」, 2000年, 第41巻, pp. 2115-2119)。関節リウマチについては、血清サンプルにおいて健常者と比較して関節リウマチ患者において有意にVEGF濃度が高いことが知られている(Ballara Sら, 「Arthritis Rheum.」, 2001年, 第44巻, pp. 2055-2064)。胃癌や結腸直腸癌については、血漿サンプルにおいて健常者と比較して胃癌患者や結腸直腸癌患者において有意にVEGF濃度が高いことが知られている(Hyodo Iら, 「Eur J Cancer.」, 1998年, 第34巻, pp. 2041-2045)。また、一般的な健常者の血漿中のVEGF濃度は、26±8.2 pg/ml((Hyodo Iら, 「Eur J Cancer」, 1998年, 第34巻, pp. 2041-2045)又は38.3 pg/ml以下(三菱化学メディエンス株式会社ホームページ:http://data.medience.co.jp/compendium/main.asp?field=15&m_class=03&s_class=0001)と報告されている。
【0047】
従って、本発明に係るVEGF検出方法に準じて、本発明に係るVEGF結合タンパク質又はプロテオリポソームを用いて、患者由来の生物学的サンプル中のVEGF濃度を測定し、健常者等に由来する生物学的サンプル(陰性対照サンプル)中のVEGF濃度と比較して、有意に高い場合には、生物学的サンプルが由来する患者がVEGF関連疾患に罹患しているか、又は罹患するリスクを有すると判断することができる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0049】
VEGFへのVEGF結合タンパク質含有プロテオリポソームの結合活性評価
1. VEGF結合タンパク質の作製
Human placenta cDNA(Clontech)を鋳型として、VEGFと結合するヒトVEGFR1のイムノグロブリンドメインのサブクローニングを行った。ヒトVEGFR1イムノグロブリンドメイン2(全長タンパク質におけるアミノ酸位置129-229:以下、「VEGFR1(129-229)」と称する)をコードするDNAについて、Human placenta cDNA(Clontech)を鋳型として、以下のプライマー:
forward:GCGAATTCCATATGAGTGATACAGGTAGACCTTTCGTAG(配列番号3);及び
reverse:GCTGGATCCTCAGATTGTATTGGTTTGTCGATGTGTGAG(配列番号4)
を用いてPCRを行った。PCRのサイクル条件は、初期変性:94℃ 2min、変性94℃ 15sec: アニーリング56℃〜50.5℃(56℃、55℃、52.5℃、50.5℃) 30sec:伸長反応68℃ 35sec(サイクル数:アニーリング温度56℃、55℃、52.5℃で3回、50.5℃で17回)であった。
【0050】
次いで、PCR産物を精製し、NdeI及びBamHIを用いて制限酵素処理を行った後、精製を行った。その後、得られたDNA断片を、同様にNdeI及びBamHIを用いて制限酵素処理を行ったpET16bベクターに挿入した。
【0051】
さらに、pET16bベクター内のVEGFR1(129-229)をコードするDNA配列について、以下のプライマー:
forward:GCGAATTCCATATGAGTGATACAGGTAGACCTTTCGTAG(配列番号3);
reverse1:CGTAAGTAGTGACACTTTGTACTCGACTAGTGAGATTGTACGTG(配列番号5);
reverse2:GACTAGTGAGATTGTACGTGGACACACCGACGCTGAGAGAAGACC(配列番号6);
reverse3:GACGCTGAGAGAAGACCGAGGATAATTGGGAGAAATAGACTCCTAGGAGG(配列番号7)
を用いてPCRを行い、ヒトVEGFR1膜貫通領域(全長タンパク質におけるアミノ酸位置758-780:以下、「VEGFR1膜貫通領域(758-780)」と称する)をコードするDNA配列を、VEGFR1(129-229)をコードするDNA配列の3’端側に伸長させ、VEGFR1(129-229)とVEGFR1膜貫通領域(758-780)とを融合させたタンパク質(配列番号2)をコードするDNA断片(配列番号1)を増幅した。PCRのサイクル条件は、初期変性:94℃ 2min、変性98℃ 15sec:アニーリング47℃〜56℃(47℃、49℃、56℃、55℃、54℃) 30sec:伸長反応 68℃ 45sec(サイクル数:アニーリング温度47℃、49℃で4回、56℃、55℃で3回、54℃で17回)であった。
【0052】
次いで、PCR産物を精製し、NdeI及びBamHIを用いて制限酵素処理を行った後、精製を行った。その後、得られたDNA断片を、同様にNdeI及びBamHIを用いて制限酵素処理を行ったpET16bベクターに挿入した。
【0053】
さらに、VEGFR1(129-229)とVEGFR1膜貫通領域(758-780)とを融合させたタンパク質をコードするDNA断片を挿入したpET16bベクターについて、NcoI及びBamHIを用いて制限酵素処理を行い、そのDNA断片を回収した。
【0054】
その結果、回収したDNA断片の配列は、VEGFR1(129-229)とVEGFR1膜貫通領域(758-780)とを融合させたタンパク質をコードするDNA断片とその5'末端にpET16bベクター由来アミノ酸配列MGHHHHHHHHHHSSGHIEGRHM(配列番号9)(以下、「pET16b由来ペプチド」と称する)をコードするDNA配列(配列番号8)が付与されている配列である。その後、当該DNA断片を、NcoI及びBamHIを用いて制限酵素処理を行ったpMAL-c5xベクターに挿入した。pMAL-c5xベクターは、マルトース結合タンパク質(MBP)をコードするDNAを含有する。従って、当該挿入により、pMAL-c5xベクターは、N末端よりMBP、pET16b由来ペプチド、VEGFR1(129-229)及びVEGFR1膜貫通領域(758-780)から成る融合タンパク質(以下、「MBP-VEGFR1(129-229)-TM(Transmembrane)」と称する)をコードするDNAを含有することとなる。
【0055】
得られたベクターを用いて、大腸菌Rosetta-gami B(DE3)株について形質転換を行った。得られた形質転換体をLB培地で培養し、OD600=0.5の時に終濃度が0.2mMになるようにIPTGを添加し、20℃で一晩培養を行った。
【0056】
一晩培養後、菌体を回収した。回収した菌体に破砕バッファー(50mM Tris-HCl, 150mM NaCl, pH 7.5)を加え、Bioraptor(コスモバイオ)で超音波破砕(Power H, 30 sec on 30 sec off, 15 min)を行った。
【0057】
超音波破砕後、得られた細胞破砕液を遠心分離(14000 rpm, 4℃, 10 min)に供し、さらに得られた上清を超遠心分離(100000 g, 4℃, 1 h)に供し、沈殿画分を膜画分として回収した。
【0058】
得られた沈殿画分を可溶化バッファー(50mM Tris HCl, 150mM NaCl, 1% DM(デシルマルトシド), pH 7.5)で可溶化した後、遠心分離(14000 rpm, 4℃, 10 min)に供し、沈殿を除去した。その上清画分をアミロースレジンに通し、洗浄バッファー(50mM Tris-HCl, 150mM NaCl, 0.1% DM, pH 7.5)で洗浄を行い、溶出バッファー(50mM Tris-HCl, 150mM NaCl, 0.1%DM, 20mMマルトース,pH 7.5)で溶出した。
【0059】
溶出画分をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供した結果を図1に示す。図1において、各サンプルは、以下の通りである。「溶出」:溶出画分、「アミロースレジン」:アミロースレジン結合タンパク質、「WASH」:洗浄画分、「Flow through」:アミロースレジン素通り画分、「精製前」:精製前画分。なお、図1において矢印で示すバンドがMBP-VEGFR1(129-229)-TMタンパク質を示す。
【0060】
2. リポソームの作製
リポソームを、E.coli polar extract(Avanti polar lipid)を用いて作製した。脂質を3% OG(オクチルグリコシド)に溶解させ、10mM HEPES/150mM NaCl(pH 7.4)で一晩透析を行った。透析後、液体窒素を用いて5回凍結融解を行った。
【0061】
3. プロテオリポソームの作製
上記第2節で作製したリポソーム、MBP-VEGFR1(129-229)-TMタンパク質及び10% OGをそれぞれ混合し、室温で15分間放置した。その後、10mM HEPES/150mM NaCl(pH 7.4)を用いて、4℃で24時間透析を行った。透析後、溶液を回収し、遠心分離 (14000 rpm, 4℃, 10 min)に供し、沈殿を除去し、得られた上清をプロテオリポソームとした。
【0062】
4. 表面プラズモン共鳴(SPR)法を利用したBIACOREによるMBP-VEGFR1(129-229)-TMタンパク質の活性評価
4-1. プロテオリポソームのBIACORE L1チップへの固定
先ず、BIACORE L1チップに対して、10mM HEPES/150mM NaCl/20mM CHAPS(pH 7.4)を流速10μl/分で5分間流すことにより洗浄した。
【0063】
次いで、上記第3節で得られたMBP-VEGFR1(129-229)-TMタンパク質含有プロテオリポソーム又はリポソーム(陰性対照)を流速1μl/分で50分間流すことで、洗浄したBIACORE L1チップに固定化した。
【0064】
当該プロテオリポソーム又はリポソームの固定化後、チップに対して100μg/ml BSAを流速1μl/分で5分間流した。
【0065】
4-2. プロテオリポソームへの結合活性
上記第4-1節で作製したBIACORE L1チップに固定されたプロテオリポソームについて、抗MBP抗体(MBL)及びVEGF165(和光純薬工業)に対する結合活性を、それぞれ10mM HEPES/150mM NaCl(pH7.4)中で25℃の条件下でSPR法により測定した。
結果を図2及び3に示す。
【0066】
図2は、抗MBP抗体へのMBP-VEGFR1(129-229)-TMタンパク質含有プロテオリポソームの結合活性を示すセンサーグラムである。図2において、縦軸は、レスポンス(Resounance Unit:RU)を示し、横軸は時間(秒:s)を示す。図2は、示される各濃度の抗MBP抗体をMBP-VEGFR1(129-229)-TMタンパク質含有プロテオリポソームを固定化したチップ及び陰性対照であるリポソームを固定化させたチップに対して反応させ、当該プロテオリポソームを固定化したチップにおけるレスポンスからリポソームを固定化させたチップにおけるレスポンスを差し引いた結果である。
【0067】
一方、図3は、VEGF165へのMBP-VEGFR1(129-229)-TMタンパク質含有プロテオリポソームの結合活性を示すセンサーグラムである。図3において、縦軸は、レスポンス(RU)を示し、横軸は時間(s)を示す。図3は、示される各濃度のVEGF165をMBP-VEGFR1(129-229)-TMタンパク質含有プロテオリポソームを固定化したチップ及び陰性対照であるリポソームを固定化させたチップに対して反応させ、当該プロテオリポソームを固定化したチップにおけるレスポンスからリポソームを固定化させたチップにおけるレスポンスを差し引いた結果である。
【0068】
図3から判るように、BIACORE L1チップ上のMBP-VEGFR1(129-229)-TMタンパク質含有プロテオリポソームはVEGFに対する結合活性を有することを見出すことができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)のいずれか1つの血管内皮細胞増殖因子結合タンパク質。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るタンパク質
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つ血管内皮細胞増殖因子結合活性を示すタンパク質
(c)外来タンパク質又はペプチドと前記(a)又は(b)記載のタンパク質とが連結された融合タンパク質
【請求項2】
請求項1記載の血管内皮細胞増殖因子結合タンパク質をコードする遺伝子。
【請求項3】
請求項2記載の遺伝子を含む組換えベクター。
【請求項4】
請求項3記載の組換えベクターを有する形質転換体。
【請求項5】
請求項1記載の血管内皮細胞増殖因子結合タンパク質とリポソームとから成るプロテオリポソーム。
【請求項6】
請求項1記載の血管内皮細胞増殖因子結合タンパク質又は請求項5記載のプロテオリポソームを含有する血管内皮細胞増殖因子検出キット。
【請求項7】
請求項1記載の血管内皮細胞増殖因子結合タンパク質又は請求項5記載のプロテオリポソームを生物学的サンプル中の血管内皮細胞増殖因子と接触させる工程を含む、血管内皮細胞増殖因子検出方法。
【請求項8】
請求項1記載の血管内皮細胞増殖因子結合タンパク質又は請求項5記載のプロテオリポソームを患者由来の生物学的サンプル中の血管内皮細胞増殖因子と接触させる工程を含む、血管内皮細胞増殖因子関連疾患検査方法。
【請求項9】
血管内皮細胞増殖因子関連疾患が、網膜症、関節リウマチ及び腫瘍から成る群より選択される疾患である、請求項8記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−244690(P2011−244690A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−117489(P2010−117489)
【出願日】平成22年5月21日(2010.5.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(ロボット・新技術イノベーションプログラム)「異分野融合型次世代デバイス製造技術開発プロジェクト」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】