説明

X線分光方法及びX線分光装置

【課題】 2種類の波長を切り換えてX線を分光するときに、試料もX線源も移動させる必要がなく、かつ、1種類の多層膜ミラーだけで足りるようにする。
【解決手段】 第1波長のX線と第2波長のX線が同じ焦点Fから取り出されるX線源を使う。多層膜ミラー102の曲率を変更可能にする。第1波長を平行X線ビームとして取り出すには、多層膜ミラー102の反射面を第1放物線98に沿うように湾曲させ、その焦点位置にX線源の焦点Fを配置する。第2波長を取り出すには、多層膜ミラー102の反射面を第2放物線100に沿うように湾曲させ、その焦点位置にX線源の焦点Fを配置する。上述の2種類の分光段階において、X線源の位置及び姿勢は同じであり、多層膜ミラー102の位置と姿勢は変化するが出射スリット104の位置は同じである。これにより、二つの分光段階で、同じ位置と方向に平行X線ビームが取り出される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は湾曲反射面を有する多層膜ミラーを用いて平行X線ビームを取り出すX線分光方法に関し、また、そのためのX線分光装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図15(a)は2種類の波長のX線ビームを用いて薄膜試料のX線回折測定をするための従来のX線分光方法を示す平面図である。1台のゴニオメータ10に対して、第1のX線分光装置12と第2のX線分光装置14を準備している。第1のX線分光装置12は、第1波長の平行X線ビームを取り出すものであり、第1波長のX線を発生する第1X線源16と、湾曲反射面を有する第1の多層膜ミラー18とを備えている。湾曲反射面は傾斜格子面間隔の多層膜で形成されていて、その断面形状は第1放物線に沿う形状をしている。この第1放物線の焦点位置に第1X線源16が配置されている。第1X線源16で発生した第1波長のX線20は第1の多層膜ミラー18の湾曲反射面で反射して、互いに平行なX線束からなる第1の平行X線ビーム22となる。この第1の平行X線ビーム22を薄膜試料24に低角度で入射して、そこからの回折X線をソーラースリット26を通してX線検出器28で検出する。薄膜試料24を静止させたままで、X線検出器28を薄膜試料24の周りに回転させながら回折X線の強度を測定すると薄膜試料24の回折パターンを得ることができる。
【0003】
次に、第2波長のX線で薄膜試料24のX線回折測定をするには、ゴニオメータ10を第2のX線分光装置14のところまで平行移動する。そして、第2X線源30で発生する第2波長のX線を第2の多層膜ミラー32で反射させて第2の平行X線ビーム34を得て、これを薄膜試料24に照射する。
【0004】
例えば、第1のX線分光装置12では、第1X線源16のターゲット材質としてCu(銅)を用いて、その特性X線のCuKαを回折測定に用いることができる。一方、第2のX線分光装置14では、第2X線源30のターゲット材質としてCr(クロム)を用いて、その特性X線のCrKαを回折測定に用いることができる。このような場合に、第1の多層膜ミラー18はCuKα用に作られた専用のものである必要があり、第2の多層膜ミラー32はCrKα用に作られた専用のものである必要がある。
【0005】
図15(b)は2種類の波長のX線ビームを用いて薄膜試料のX線回折測定をするための従来の別のX線分光方法を示す平面図である。この従来例では、2種類の波長のX線を発生することのできるX線源36を用いる。そして、2種類の波長に応じて2種類の多層膜ミラー18、32のいずれかを選択する。いずれの波長を用いる場合でも、ゴニオメータ10は同じ位置のままでよい。2種類の波長のX線を発生するX線源36としては、例えば、円筒状のターゲットの外周面に2種類の金属を交互に配置した回転対陰極(いわゆる、ゼブラ型のターゲット)を有するX線管を用いることができる。このX線源を用いると、2種類の金属に起因する特性X線が同時に発生するが、取り出したい波長に応じて2種類の多層膜ミラー18、32のいずれかを選択することにより、所望の波長の特性X線だけを取り出すことができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
図15(a)に示す従来のX線分光方法は、測定に使うX線の波長を切り換えるためにはゴニオメータを平行移動させる必要があり、また、X線分光装置を2セット準備しなければならない。一方、図15(b)に示すX線分光方法は、ゴニオメータは平行移動させなくてもよいが、測定に使う2種類の波長に応じて、その波長専用に作られた多層膜ミラーを別個に準備しなければならない。
【0007】
この発明は上述の問題点を解決するためになされたものであり、その目的は、2種類の波長を切り換えるときに試料もX線源も移動させる必要がなく、かつ、1種類の多層膜ミラーだけで足りるようなX線分光方法を提供することにあり、また、その方法を実施するX線分光装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1の発明のX線分光方法は、単焦点型のX線源を使うものであって、次の(a)〜(d)の各段階を備えている。(a)第1波長のX線と第2波長のX線が同じ焦点から取り出されるX線源を準備する段階。(b)傾斜格子面間隔の多層膜からなる湾曲反射面を有する多層膜ミラーを準備する段階。(c)前記第1波長に基づく第1放物線の焦点位置に前記X線源の焦点を配置するとともに、この第1放物線に沿うように前記湾曲反射面を配置して、前記X線源で発生した第1波長のX線を前記湾曲反射面で反射させて平行X線ビームを作り、この平行X線ビームを出射スリットから取り出す第1分光段階。(d)前記第2波長に基づく第2放物線の焦点位置に前記X線源の焦点を配置するとともに、この第2放物線に沿うように前記湾曲反射面を配置して、前記X線源で発生した第2波長のX線を前記湾曲反射面で反射させて平行X線ビームを作り、この平行X線ビームを出射スリットから取り出す第2分光段階であって、前記X線源の位置及び姿勢が前記第1分光段階と同じであり、前記湾曲反射面の位置と姿勢と曲率が前記第1分光段階から変化していて、前記出射スリットの位置が第1分光段階と同じであり、前記第1分光段階と同じ位置及び方向に平行X線ビームが取り出される第2分光段階。このX線分光方法は、2種類の波長が接近している場合に有効な方法である。2種類の波長が比較的離れていると、共通の出射スリットから2種類の波長を取り出すことができなくなるので、適用不可能になる。
【0009】
第2の発明のX線分光方法は、第1の発明における多層膜ミラーを具体化したものである。すなわち、前記多層膜ミラーは、ミラーを構成する基板の一端を固定して先端を自由端とする形式のものであり、前記自由端に荷重をかけて基板を湾曲させることで前記湾曲反射面の曲率を変えることができて、かつ、前記基板の外形曲線は、前記自由端に荷重をかけることで前記基板の少なくとも反射領域が前記第1放物線に沿うように湾曲するような形状に定められている。
【0010】
第3の発明のX線分光装置は、第1の発明のX線分光方法を実施するための装置であって、次の(a)〜(d)を備えている。(a)第1波長のX線と第2波長のX線が同じ焦点から取り出されるX線源。(b)傾斜格子面間隔の多層膜からなる湾曲反射面を有する多層膜ミラーであって、前記第1波長に基づき前記第1焦点を焦点位置とする第1放物線に沿う第1位置及び第1姿勢と、前記第2波長に基づき前記第2焦点を焦点位置とする第2放物線に沿う第2位置及び第2姿勢とに選択的に配置可能な多層膜ミラー。(c)前記湾曲反射面の曲率を変更するための曲率変更手段。(d)前記湾曲反射面から出てくる平行X線ビームの取り出し範囲を制限する出射スリットであって、前記第1波長の平行X線ビームと前記第2波長の平行X線ビームとを同じ位置で取り出すようにした出射スリット。
【0011】
第2の発明のX線分光方法は、第1の発明における多層膜ミラーを具体化したものである。すなわち、前記多層膜ミラーは、ミラーを構成する基板の一端を固定して先端を自由端とする形式のものであり、前記自由端に荷重をかけて基板を湾曲させることで前記湾曲反射面の曲率を変えることができて、かつ、前記基板の外形曲線は、前記自由端に荷重をかけることで前記基板の少なくとも反射領域が前記第1放物線に沿うように湾曲するような形状に定められている。
【発明の効果】
【0012】
この発明のX線分光方法及び装置は、2種類の波長を切り換えるときに試料もX線源も移動させる必要がなく、かつ、1種類の多層膜ミラーだけで足りる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1はこの発明で使用する多層膜ミラーの断面図である。
【図2】図2は二つの波長のX線を選別して取り出すためのX線光学系を示す説明図である。
【図3】図3は複焦点型のX線源を使って二つの波長のX線を別個に取り出すためのX線分光方法を示す説明図である。
【図4】図4は図10に示す多層膜ミラーを所望の放物線に沿わせるように湾曲させる作業を示す説明図である。
【図5】図5は従来のゼブラ型の回転対陰極の斜視図である。
【図6】図6は外周面に環状の溝を複数個並列に設けた回転対陰極の一部を破断して示した斜視図である。
【図7】図7は外周面にらせん状の溝を設けた回転対陰極の一部を破断して示した斜視図である。
【図8】図8の(a)は図6の回転対陰極の部分断面側面図、(b)は図6の回転対陰極の焦点形状、(c)は図7の回転対陰極の部分断面側面図、(d)は図7の回転対陰極の焦点形状である。
【図9】図9は複焦点型の回転対陰極の別の例の平面断面図、側面断面図及び焦点形状である。
【図10】図10はこの発明で使用する多層膜ミラーの平面図である。
【図11】図11は多層膜ミラーの曲率を変更するための機構の一例を示す斜視図である。
【図12】図12は二つの波長に対して同一の多層膜ミラーを使う場合の角度誤差を示すグラフである。
【図13】図13は単焦点型のX線源を使うタイプのX線分光方法の原理を示す説明図である。
【図14】図14は図13のX線分光装置の分光特性を示すグラフである。
【図15】図15は2種類の波長のX線ビームを用いて薄膜試料のX線回折測定をするための従来のX線分光方法を示す平面図である。
【図16】図16は多層膜ミラーの外形曲線を示す数式と曲率半径を求める数式である。
【図17】図17は(a)はCuKα線とCrKα線の組み合わせを用いるときに使用する回転対陰極の部分断面側面図、(b)は(a)のS部の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
まず、この発明で使用する多層膜ミラーについて説明する。図1(a)は多層膜ミラー38の断面図である。この多層膜ミラー38は、厚さが0.5mmのSi(シリコン)基板40の表面に多層膜42を積層したものである。図1(b)は多層膜42を模式的に示す断面図である。この多層膜42は重元素であるW(タングステン)44と軽元素であるSi(シリコン)46とを交互に200層ずつ積層したものである。この多層膜42は1周期の厚さdが場所によって変化しており、例えばA点における1周期の厚さはd1であり、B点における1周期の厚さはd2である。X線回折の観点から言えば、多層膜42の1周期の厚さdは結晶の格子面間隔に相当し、上述のように1周期の厚さdが場所によって変化する多層膜は「傾斜格子面間隔」の多層膜と呼ばれる。放物線形状の湾曲反射面を用いて平行X線ビームを取り出すときには、このような傾斜格子面間隔の多層膜が必要になる。
【0015】
この発明で使う多層膜は、一般的に言えば、次のような条件で作ることができる。重元素としてはW(タングステン)が代表的である。軽元素としてはSi(シリコン)、C(炭素)、B4C(炭化ホウ素)などが考えられる。重元素と軽元素の積層数(周期数)は100〜200層程度とすることができる。1周期の厚さdは3〜12nm程度である。
【0016】
次に、この発明のX線分光方法の原理を説明する。図2は二つの波長のX線を選別して取り出すためのX線光学系を示す説明図である。第1放物線48の焦点位置FにCuターゲットのX線源の焦点が配置されている。この第1放物線48に沿って第1の多層膜ミラー50が配置されている。この第1の多層膜ミラー50の湾曲反射面は、第1放物線48の一部分を第1放物線48の軸49に垂直な方向(紙面に垂直な方向)に平行移動したときにできる軌跡からなる放物面である。この湾曲反射面は図1(b)に示すような傾斜格子面間隔の多層膜で形成されている。第1放物線48はCuの特性X線であるCuKα線を回折させるための放物線となっている。
【0017】
焦点位置Fと軸とを共通にする放物線は無数に存在するが、CuKα線を回折させるような放物線は、次のようにして求めることができる。図1(b)に示すような多層膜ミラーを使用する場合を考えると、多層膜の周期dとX線の波長λ(CuKα線の波長)が決まると、ブラッグの法則に基づいて、回折現象が生じるX線入射角θが決まる。そして、多層膜ミラーの最近端(X線源に一番近い端部。これをC点とする)をX線源から約80mmのところに配置すると定めれば、C点の空間位置が決まる。焦点位置Fと軸とC点が定まると、第1放物線48が一義的に定まる。この放物線上におけるX線入射角θは距離X(放物線の頂点からの軸方向の距離)に応じて変化するので、この入射角θの変化に応じて、多層膜ミラー50の周期dを連続的に変化させ、これによって、放物線上のどの位置でもブラッグの法則を満足できるようにする。この実施形態では、多層膜ミラー50の長さは約40mmである。
【0018】
次に、CrターゲットのX線源を上述のCuターゲットと同じ焦点位置Fに置くことを考える。この場合、Crの特定X線であるCrKα線の波長は上述のCuKα線の波長とは異なっている。したがって、ブラッグの法則を満足するX線入射角が異なるので、第1の放物線48とは異なる第2の放物線52を使う必要がある。この第2の放物線52はCrKα線を回折させるような放物線である。この第2の放物線52に沿うように第2の多層膜ミラー54が湾曲している。当然ながら、第1の多層膜ミラー50と第2の多層膜ミラー54ではその曲率が異なっている。
【0019】
図2においてハッチングで示してある領域は、多層膜ミラーへの入射X線及び多層膜ミラーからの出射X線が占める領域である。出射X線は互いに平行なX線束からなる平行ビームである。
【0020】
次に、二つの多層膜ミラー50、54を同じ位置に配置するための条件を考える。第1の放物線48及び第1の多層膜ミラー50を、C点とD点の間の距離G(この実施形態ではG=2.25mm)だけ上方に移動させると、第1の多層膜ミラー50の最近端C点が第2の多層膜ミラー54の最近端D点に重なる。移動後の状態を図3に示す。第1放物線48とその軸49は破線で示してある。
【0021】
例えば、第1放物線48の焦点位置F1にCuターゲットのX線源を配置して、かつ、第1放物線48に沿うように第1の多層膜ミラー50を配置することで、Y方向の幅が1.19mmの平行X線ビームが得られる。また、第2放物線52の焦点位置F2にCrターゲットのX線源を配置して、かつ、第2放物線52に沿うように第2の多層膜ミラー54を配置することで、Y方向の幅が1.69mmの平行X線ビームが得られる。
【0022】
次に、二つの多層膜ミラー50、54を共通にすることを考える。図3において、第1の多層膜ミラー50を曲率可変のミラーとすれば、これを第1の放物線48に沿うように湾曲させることも、第2の放物線52に沿って湾曲させることもできる。しかし、第1の多層膜ミラー50の多層膜の周期dは、CuKα線を反射させるように連続的に変化しているので、曲率だけを第2の放物線52に沿って変化させても、周期dがCrKα線を反射するようには変化していないので、厳密には多層膜ミラー50のすべての地点においてCrKα線についてのブラッグの法則を満足することにはならない。そこで、その誤差を検討する。
【0023】
第2の放物線52に沿って理想的な周期dとなっているような第2の多層膜ミラー54における各地点でのX線入射角をθ1とする。一方、第1の多層膜ミラー50を第2の放物線52に沿うように湾曲させて、この第1の多層膜ミラー50の各地点の周期dに応じてCrKα線が回折するようなX線入射角をθ2とする。このθ1とθ2の角度誤差の計算結果を図12に示す。多層膜ミラーの最近端(距離X=80mm)から最遠端(距離X=120mm)までの範囲での角度誤差は0.0086〜0.0077度となった。すなわち、角度誤差は0.01度未満である。一方で、多層膜ミラーによる反射ピークの半価幅は約0.05度である。したがって、理想的な入射角度に対して0.01度未満の角度ずれがあっても、これは多層膜ミラーの半価幅よりもかなり小さいので、この多層膜ミラーによって問題なく反射して、出射ビームを得ることができる。X線強度についても理想状態に対して90%程度であって、強度低下もそれほど大きくなく、十分使用可能範囲である。以上のような検討結果に基づいて、CuKα線用に設計された傾斜周期dを有する多層膜ミラーを、曲率を変えるだけで、CrKα線の多層膜ミラーとしても兼用できることがわかった。
【0024】
次に、残る問題は、図3に示すように近接した二つの焦点F1、F2からCuとCrの特性X線を別個に発生させるようなX線源を準備することである。以下に、このような複焦点型のX線源について説明する。
【0025】
まず、異なる特性X線を発生させることのできる従来のX線管を説明する。図5は従来のゼブラ型の回転対陰極である。Cuターゲット56とCrターゲット58を円周方向に沿って交互に配置している。フィラメント60から電子ビーム62が回転対陰極64に照射されると、Cuターゲット56からのX線とCrターゲット58からのX線が混じった状態でX線ビーム66として取り出される。この場合は、X線取り出し方向から見れば同じ焦点位置からCuターゲット56からのX線とCrターゲット58からのX線が発生していることになる。これでは、図3のような用途には使えない。
【0026】
次に、参考例で使用する複焦点型の回転対陰極X線管を説明する。図6は回転対陰極68の外周面に環状の溝70を複数個並列に設けたものである。この回転対陰極68はカップ状のCr製のベース71(内部は水冷される)の外周面にCu製の外層72を被覆したものである。そして、外層72の厚さよりも深く溝70を加工することで、溝70の底面にベース71の材質のCrが露出している。外層72の被覆方法としては拡散接合や蒸着などを用いる。
【0027】
図8(a)は図6の回転対陰極68の側面図(左半分を断面図にしたもの)である。円筒状の回転対陰極68の外径は100mmである。溝70の深さは図3の距離Gと同じにしてあり、2.25mmである。溝70の幅は2mmである。図8(b)はX線の取り出し方向から見た焦点の形状である。外層72の表面(Cu)から発生するX線74と、溝70の底面(Cr)から発生するX線76は、距離Gだけ離れている。ところで、溝70は環状になっているので、X線74、76は、その断面の縦方向において、X線が全く発生しない部分78が生じてしまう。
【0028】
そこで、このような欠点をなくすために、図7の回転対陰極68aでは溝70aをらせん状に形成している。図8(c)は図7の回転対陰極68aの側面図(左半分を断面図にしたもの)である。溝70aの深さGは2.25mm、幅は2mmである。図8(d)はその場合のX線取り出し方向から見た焦点の形状である。この場合は、回転対陰極68aが回転することによって、X線74a、76aは、その断面の縦方向において一様なX線強度が得られる。
【0029】
別の製造方法として、図8(c)のような形状に回転対陰極の全体をCuで製造し、その後、溝70aの底面だけにCrを蒸着してもよい。
【0030】
図9は複焦点型の回転対陰極の別の例である。図9(a)は回転対陰極の製造途中の状態を示す横断面図(回転軸に垂直な断面図)である。この回転対陰極は、まず、カップ状のCr製のベース71bの外周面にCu製の外層72bを被覆する。次に、図9(b)に示すように、周方向の3個所において外周面を加工してCrを露出させる。これによって、大径部分78と小径部分80が周方向に交互に配置された状態になる。なお、小径部分80からのX線を矢印82の方向に取り出すときに大径部分78が邪魔にならないように、大径部分78の裾84を接線方向にカットしている。大径部分78に電子ビームが当たるときはCuの特性X線が発生し、小径部分80に電子ビームが当たるときはCrの特性X線が発生する。図9(c)は図9(b)の回転対陰極の側面断面図である。大径部分78と小径部分80の半径の差はGであり、これは図8における溝の深さGと同じである。図9(d)はX線の取り出し方向から見た焦点の形状である。図8(d)と同様の焦点形状となる。なお、3等分以外のn等分(n=正の整数)にしても構わない。
【0031】
図8(c)や図9(c)に示したような複焦点型の回転対陰極X線管を使うことによって、X線管の位置及び姿勢を全く変えずに、図3のように、異なる焦点位置から2種類の波長のX線を取り出すことが可能となる。
【0032】
次に、図3で使用している多層膜ミラー50について詳しく説明する。図10は多層膜ミラー50の外形曲線を示す平面図である。この多層膜ミラーは、ミラーを構成する基板の一端(図の左端)を壁面に固定して、先端のH点(図の右端)を自由端として、ここに荷重をかけて基板を湾曲させるものである。Uは壁(図10の左端)からの距離、Vは基板の幅方向の中心からの距離(幅の2分の1)である。基板の外形曲線86を図16の(1)式のようにすると(この点は後述する)、先端に荷重Wをかけたときに基板の湾曲面がCuKα線を反射するような放物面となる。
【0033】
次に、外形曲線86を求める手順を説明する。まず、CuKα線を反射させる第1放物線48(図2を参照)を求めて、その曲率半径R1(図2の距離Xに依存して変化する)を計算する。次に、図16の(2)式を用いて基板(片持ち梁)の曲率半径を計算する。すなわち、図16の(2)式において、パラメータa、b、Wを変えて、使用予定の反射領域(40mm×20mm。図10のハッチングで示した領域)の各位置での曲率半径を計算する。この曲率半径が上述の曲率半径R1にできるだけ一致するように、最適なa、b、Wを求める。これにより、各距離Uにおけるaの数値が得られる。このaの数値(図10のVに相当する)を距離Uの5次式の関数で近似すると、図16の(1)式が得られる。この数式をNC制御の工作機械にセットすれば外形曲線86を加工することができる。この多層膜ミラーの先端に荷重Wをかけると、少なくとも反射領域(40mm×20mm)の部分は、第1放物線48に沿うように湾曲する。そのときの平面状態からの先端の変位量は0.25mmとなる。
【0034】
なお、上述の曲率R1をCrKα線用の曲率R2に変えて、図16の(1)式に相当する数式を求めれば、CrKα線用の多層膜ミラーの外形曲線が得られる。これをCuKα線用の外形曲線86と比較すると、その誤差は最大で約10μmであり、これは加工誤差の範囲内である。したがって、CuKα線用の多層膜ミラーとCrKα線用の多層膜ミラーとで、同じ外形曲線を用いても、実用上の差異はない。
【0035】
図11は多層膜ミラーの曲率を変更するための機構の一例を示す斜視図である。多層膜ミラー50の基端は固定台88に固定されている。多層膜ミラー50の先端は押し棒90で押し上げられるようになっている。押し棒90に与える荷重を調整する(実際には押し棒90の変位を調整する)ことで、多層膜ミラー50の湾曲面(放物面となる)の曲率を変えることができる。図11において、ミラー50が湾曲する側(図11の上側)に多層膜が形成されている。押し棒90の移動機構と固定台88は回転台92に取り付けられている。回転台92をその中心線94の周りに回転させると、多層膜ミラー50のX線源に対する姿勢(取り付け角度)を変えることができる。
【0036】
多層膜ミラーの曲率を変えるための機構は図11に示すものに限られない。例えば、多層膜ミラーをその長手方向の両端から中心に向かって互いに押して湾曲させる方式や、多層膜ミラーの上面を4本の棒で支持して多層膜ミラーの両端を下から押し棒で押し上げて湾曲させる方式(4点ベンディング法)などを採用してもよい。
【0037】
図4は図10に示す多層膜ミラーを所望の放物線96に沿わせるように湾曲させる作業を示す説明図である。多層膜ミラー50を放物線96に沿わせるには、まず、多層膜ミラー50の基端のJ点を放物線96の位置に載せる。次に、図11の回転台92を回転させることで、多層膜ミラー50のJ点における傾斜を放物線96の傾斜に一致させる。次に、多層膜ミラー50の先端のH点を矢印82の方向に押して、先端のH点が放物線96の上に来るようにする。これで、多層膜ミラー50の湾曲面は放物線96に沿うような放物面となる。多層膜ミラー50の長さは65mmであるが、実際に使用する範囲は、X線源からの距離Xが約80〜120mmの範囲である。
【0038】
次に、このX線分光装置の使用方法の一例(参考例)を説明する。図3において、X線源としては図8(c)に示す複焦点型の回転対陰極68aを有するX線管を使用する。また、第1の多層膜ミラー50としては図10に示す多層膜ミラーを用いる。まず、回転対陰極のCu焦点が焦点位置F1になるように、かつ、Cr焦点が焦点位置F2になるように、X線管を位置決めする。次に、図4に示した作業手順で、第1の多層膜ミラー50を第1放物線48に沿うように湾曲させる。この状態でX線管からX線を発生させると、焦点位置F1から発生したCuKα線が第1の多層膜ミラー50で反射して、平行X線ビームとなって図3の右方向に取り出される。このCuKα線を用いて、例えば薄膜試料のX線回折測定を実施する。焦点位置F2から発生したCrKα線は第1の多層膜ミラー50に当たってもブラッグの法則を満足しないので、CrKα線はこのX線分光装置からは出ていかない。
【0039】
次に、CrKα線を取り出すようにX線分光装置を変更する。X線管はそのままの位置及び姿勢でよく、第1の多層膜ミラー50の姿勢(傾斜角)と曲率だけを変更する。すなわち、第1の多層膜ミラー50を第2放物線52に沿うように傾斜させ、かつ、湾曲させる。この場合、CrKα線用の第2の多層膜ミラー54を使うのではなくて、第1の多層膜ミラー50をそのまま使って、その傾斜と曲率を第2放物線52に沿うように変更する。このとき、第1の多層膜ミラー50の先端(図10のH点)における平面状態からの変位量は0.28mmである。ところで、CuKα線用に湾曲させたときは先端における平面状態からの変位量は上述のように0.25mmであったので、CuKα線からCrKα線に変更するときに、多層膜ミラーの先端の変位量を0.03mmだけ増加させることになる。
【0040】
この場合、本来の第2の多層膜ミラー54を使う場合と比較して、図12に示すような角度誤差が生じるが、この角度誤差は上述のように許容範囲内である。この状態でX線管からX線を発生させると、焦点位置F2から発生したCrKα線が、第2放物線52に沿うように湾曲した多層膜ミラーで反射して、平行X線ビームとなって図3の右方向に取り出される。最初のCuKα線の取り出し位置及び取り出し方向と、次のCrKα線の取り出し位置及び取り出し方向は、試料から見てほぼ同じであるから、試料の位置を変えずに2種類の波長のX線を使って測定ができる。
【0041】
上述の説明では、2種類の波長としてCuKα線とCrKα線の組み合わせを用いているが、別の組み合わせでもかまわない。例えば、CuKα線とCuKβ線の組み合わせでも適用できる。その場合は、材質をCuだけにして複焦点型の回転対陰極を作ればよい。この場合に使用する回転対陰極を図17に示す。図17(a)はそのような回転対陰極の側面図(左半分を断面図にしたもの)である。溝の幅Qは6mmであり、山の幅Pも6mmである。図17(b)は図17(a)のS部の拡大図である。溝の深さGは0.45mmである。CuKα線とCrKα線の組み合わせの場合は、図3における距離Gを0.45mmにすることで多層膜ミラーの位置を同じにすることができる。この回転対陰極では、対陰極の厚さtを、図17(b)に示すように、山の部分でも溝の部分でも均一にしている。すなわち、どの部分でも厚さtが2mmになるようにしている。これによって、肉厚をできる限り薄く、かつ、均一にできて、回転対陰極の冷却効率を高めることができる。
【0042】
また、上述の説明では、CuKα線用の周期dを有する多層膜ミラーを作って、これをCrKα線用の多層膜ミラーとして兼用させているが、CuKα線用の周期dとCrKα線用の周期dの中間の周期dを有するような多層膜ミラーを作って、これをCuKα線とCrKα線に兼用してもよい。
【0043】
次に、この発明(単焦点型のX線源を使うタイプ)のX線分光方法を説明する。図13は単焦点型のX線源を使うタイプのX線分光方法の原理を示す説明図である。図3のX線分光方法と大きく異なる点は、次の2点である。第1の相違点は、二つの波長のX線は同じ焦点位置Fから発生することである。第2の相違点は、波長を変更するときに、多層膜ミラーの姿勢(傾斜角)と曲率を変えることに加えて、取り付け位置もシフトさせることである。二つの波長に対して同じ多層膜ミラーを用いる点は図3の場合と同じである。このタイプのX線分光方法は、二つの波長が非常に接近している場合に有効である。二つの波長が離れていると、多層膜ミラーから取り出す二つの波長のX線ビームの取り出し位置が離れてしまうので、適用することができない。二つの波長が比較的離れている場合は、図3のX線分光方法を使うことになる。
【0044】
図13において、第1放物線98はCuターゲットの特性X線のひとつであるCuKα線を反射するような放物線である。第2放物線100はCuターゲットの別の特性X線であるCuKβ線を反射するような放物線である。多層膜ミラー102はCuKα線を反射するように設計されたミラー(図10に示すもの)であり、これをCuKβ線に対しても共通に使用する。
【0045】
図13において、CuKα線を取り出す場合は、第1放物線98に沿うように多層膜ミラー102を湾曲させる。そして、多層膜ミラー102から取り出される平行X線ビームを出射スリット104で絞ってから最終的に取り出すようにする。すなわち、多層膜ミラー102から出てくる平行X線ビームは幅Mの範囲となるが、これを出射スリット104の開口幅で絞って最終的に取り出すことになる。
【0046】
次に、CuKβ線を取り出す場合には、第2放物線100に載るように多層膜ミラー102の最近端をD点からC点にシフトしてから、この多層膜ミラー102を第2放物線100に沿うように回転させ、かつ、湾曲させる。この場合は、多層膜ミラー102から取り出される平行X線ビームは幅Nの範囲となるが、やはり、出射スリット104の開口幅で絞って最終的に取り出す。したがって、出射スリット104は、CuKα線の平行X線ビームとCuKβ線の平行X線ビームとが互いに重なり合う領域を取り出すように設計されている。この実施形態では出射スリット104の開口幅は0.5mmである。この出射スリット104を使うことにより、CuKα線とCuKβ線は、試料から見て、同じ取り出し位置と取り出し方向で取り出されることになる。ゆえに、試料の位置を同じにしたままで、CuKα線とCuKβ線の両方で別個に測定できる。
【0047】
図13において、CuKα線とCuKβ線を別個に取り出す場合に、X線源の焦点位置は同じでよいので、通常のCuターゲットのX線管を用いることができる。このX線管の位置と姿勢は常に同じままでよい。
【0048】
図14は図13のX線分光装置の分光特性を示すグラフである。このグラフは、図13のX線分光装置を使って取り出した平行X線ビームを、Si(004)からなる結晶モノクロメータを使って角度分光した回折パターンである。横軸がSi(004)モノクロメータによる回折角度(2θ)であり、縦軸が回折X線の強度(単位はcps)である。実線で示す曲線は、図13のX線分光装置で取り出したCuKβ線の分光パターンであり、破線で示す曲線はCuKα線の分光パターンである。実線で示す曲線においては、CuKβ線のピークほかに、わずかにCuKα1、CuKα2が出ているが、これは実用上無視してもよい程度の強度である。このように、この分光方法によれば、同一の多層膜ミラーを使ってCuKα線とCuKβ線を別個に取り出すことが可能になった。
【0049】
CuKα線とCuKβ線を用いてX線分析を行う例としては、次のような場合が考えられる。CuKα線を用いて試料の格子定数を精密に求める場合に、低角反射の測定が必要となるような試料では、CuKα1線とCuKα2線の波長が重なり合って、その比率が測定角度範囲内で変化する。そのような場合に、正確な格子定数を求めようとすると、高度な技術を要する。このような試料に対しては、低角反射についてはCuKβ線で測定することにより、正確な格子定数の測定が可能になる。この発明によれば、X線源を移動することなく、かつ、試料の位置も動かすことなく、同一の多層膜ミラーの曲率等を変更するだけで、X線の波長を切り換えることができるので、迅速に測定ができる。
【符号の説明】
【0050】
48 第1放物線
50 第1の多層膜ミラー
52 第2放物線
54 第2の多層膜ミラー
68 回転対陰極
70 溝
71 ベース
72 外層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の(a)〜(d)の各段階を備えるX線分光方法。
(a)第1波長のX線と第2波長のX線が同じ焦点から取り出されるX線源を準備する段階。
(b)傾斜格子面間隔の多層膜からなる湾曲反射面を有する多層膜ミラーを準備する段階。
(c)前記第1波長に基づく第1放物線の焦点位置に前記X線源の焦点を配置するとともに、この第1放物線に沿うように前記湾曲反射面を配置して、前記X線源で発生した第1波長のX線を前記湾曲反射面で反射させて平行X線ビームを作り、この平行X線ビームを出射スリットから取り出す第1分光段階。
(d)前記第2波長に基づく第2放物線の焦点位置に前記X線源の焦点を配置するとともに、この第2放物線に沿うように前記湾曲反射面を配置して、前記X線源で発生した第2波長のX線を前記湾曲反射面で反射させて平行X線ビームを作り、この平行X線ビームを前記出射スリットから取り出す第2分光段階であって、前記X線源の位置及び姿勢が前記第1分光段階と同じであり、前記湾曲反射面の位置と姿勢と曲率が前記第1分光段階から変化していて、前記出射スリットの位置が第1分光段階と同じであり、前記第1分光段階と同じ位置及び方向に平行X線ビームが取り出される第2分光段階。
【請求項2】
請求項1に記載のX線分光方法において、前記多層膜ミラーは、ミラーを構成する基板の一端を固定して先端を自由端とする形式のものであり、前記自由端に荷重をかけて基板を湾曲させることで前記湾曲反射面の曲率を変えることができて、かつ、前記基板の外形曲線は、前記自由端に荷重をかけることで前記基板の少なくとも反射領域が前記第1放物線に沿うように湾曲するような形状に定められていることを特徴とするX線分光方法。
【請求項3】
次の(a)〜(d)を備えるX線分光装置。
(a)第1波長のX線と第2波長のX線が同じ焦点から取り出されるX線源。
(b)傾斜格子面間隔の多層膜からなる湾曲反射面を有する多層膜ミラーであって、前記第1波長に基づき前記第1焦点を焦点位置とする第1放物線に沿う第1位置及び第1姿勢と、前記第2波長に基づき前記第2焦点を焦点位置とする第2放物線に沿う第2位置及び第2姿勢とに選択的に配置可能な多層膜ミラー。
(c)前記湾曲反射面の曲率を変更するための曲率変更手段。
(d)前記湾曲反射面から出てくる平行X線ビームの取り出し範囲を制限する出射スリットであって、前記第1波長の平行X線ビームと前記第2波長の平行X線ビームとを同じ位置で取り出すようにした出射スリット。
【請求項4】
請求項3に記載のX線分光装置において、前記多層膜ミラーは、ミラーを構成する基板の一端を固定して先端を自由端とする形式のものであり、前記自由端に荷重をかけて基板を湾曲させることで前記湾曲反射面の曲率を変えることができて、かつ、前記基板の外形曲線は、前記自由端に荷重をかけることで前記基板の少なくとも反射領域が前記第1放物線に沿うように湾曲するような形状に定められていることを特徴とするX線分光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2010−117369(P2010−117369A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−35484(P2010−35484)
【出願日】平成22年2月21日(2010.2.21)
【分割の表示】特願2001−195448(P2001−195448)の分割
【原出願日】平成13年6月27日(2001.6.27)
【出願人】(000250339)株式会社リガク (206)