説明

X線顕微鏡用試料収容セルおよびX線顕微鏡像の観察方法

【課題】溶液中の生物試料の高分解能X線顕微鏡観察を可能とする技術の提供。
【解決手段】試料液15中の観察試料16は第1のX線透過膜14aの裏面に吸着等されて保持される。鏡体内では、圧力差によってX線放射膜13およびX線透過膜14a、14bは外側に向かって凸となるように湾曲するが、X線透過膜14cは、第2の空洞部11b内のガスの膨張により、X線透過膜14a側に凸に湾曲する。この湾曲により、第1と第2のX線透過膜14a、14bの中央部での間隔は端部間隔に比較して広がることとなるが、X線顕微鏡観察で主要な視野領域でのX線光路長は、X線透過膜14b、14c間において長くなるものの、X線透過膜14a、14c間においては殆ど変化がない。従って、鏡体内部でX線放射膜およびX線透過膜が湾曲しても、X線光路長が長くなるのはX線吸収が生じないガス部11bにおいてであり、試料液15によるX線の吸収は抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はX線顕微鏡像の観察技術に関し、特に、溶液中の生物試料を高分解能でX線顕微鏡観察するに好適な技術に関する。
【背景技術】
【0002】
X線顕微鏡は溶液中の試料の高分解能観察が可能であり、特に、観察対象試料が生物試料である場合に有用な手法として知られている。特に、一般に「水の窓」と呼ばれる2.3〜4.4nmの波長範囲(284〜540eVのエネルギ範囲に相当する)のX線(軟X線)は、生体を構成する物質間の吸収係数の差が大きく、水には吸収されずに透過する一方で炭素や窒素には吸収され易いため、タンパク質などを透過し難いという特性を有するため、軟X線を用いたX線顕微鏡観察は生物試料の観察に好適なものと言える。
【0003】
「水の窓」の波長領域の軟X線が有する上述の特性は、水分を含んだ観察対象物(生物試料や溶液中試料)をそのままの状態で観察することを可能とすることに加え、その波長が可視光よりも短いために光学顕微鏡観察よりも高分解能での観察が可能となる。このような理由により、「水の窓」の波長領域のX線を利用した顕微鏡(軟X線顕微鏡)の開発が進められている。
【0004】
なお、生物試料の観察には、炭素による吸収が少ない「炭素の窓」の波長領域(5.0〜4.5nm)の軟X線や更に短波長の領域(0.6〜2.3nm)の軟X線も有効である。
【0005】
X線顕微鏡は、主として、ゾーンプレート等の集光系を用いてX線ビームを細く絞って試料に照射する方法(集光系)と、点光源からのX線ビームを試料に照射する方法(点光源系)に分類される。
【0006】
集光系のX線顕微鏡は、照射透過型のものと走査透過型のものとに分類され、分解能はゾーンプレート等の加工精度に依存し、理論的な限界は10〜15nm程度と予想されている。
【0007】
一方、点光源系のX線顕微鏡は、レーザによりX線を発生させる方法と、電子線等の荷電粒子線の照射によりX線を発生させる方法とに分類される。荷電粒子線の照射によりX線を発生させる方法としては、試料支持膜の表面から電子線を入射させて試料支持膜中でX線を発生させ、このX線を、試料支持膜の裏面に付着させた試料に照射するという手法が提案されている(特許文献1:特開平8−43600号公報、特許文献2:特許第4565168号明細書、特許文献3:特開平2−138856号公報)。
【0008】
このような手法によれば、極めて細く絞った荷電粒子を試料支持膜に入射させて荷電粒子の拡散範囲を抑えることが可能となるため、高い分解能を達成することができる。また、試料支持膜の下側(裏面側)の様々な角度や位置にX線検出器を複数個設置することとすれば、その設置角度に依存した傾斜画像を得ることができるため、1回の荷電粒子線走査で、設置した検出器の数と同数の傾斜画像が得ら、これら傾斜画像に基づいて観察対象試料の3次元構造を再現することも可能となる(特許文献2)。
【0009】
こういった軟X線顕微鏡観察に用いられる試料支持部材(支持膜)としては、窒化シリコン膜が広く用いられてきた。窒化シリコン膜は耐圧性に優れているため、内部が大気圧にある試料収容セルの窓部に設けた場合でも、真空となる顕微鏡装置内での使用には何ら支障が生じないと考えられてきた。例えば、特開平6−180400号公報(特許文献4)に開示されている発明では、2枚の窒化シリコン膜を所定の間隔を有するように対向配置した試料セルを用い、X線透過窓の周辺に試料液を溜める窪みを設け、窒化シリコン膜間に溶液と一緒に観察試料を封入密閉してX線顕微鏡観察を行うこととしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平8−43600号公報
【特許文献2】特許第4565168号明細書
【特許文献3】特開平2−138856号公報
【特許文献4】特開平6−180400号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のとおり、窒化シリコン膜は耐圧性に優れており、このような膜を試料支持部材(支持膜)として用いた試料収容セルは、実用上、X線顕微鏡装置内での使用に何ら支障がないものと考えられてきた。しかし、本発明者は、従来構成の試料収容セルには、更なる改善の余地があるものと考えている。
【0012】
図1(A)〜(C)は、従来構成の試料収容セルをX線顕微鏡内で使用する際に生じる問題点を説明するための図である。図1(A)に示したように、試料収容セル100は、観察試料を溶液と一緒に収容するための空洞部11を有する容器部10を備えており、この容器部10には試料液を充填するための孔部12が設けられている。容器部10の中央部には、図中上側に、荷電粒子の照射を受けて軟X線を放射するX線放射膜13と当該軟X線を透過し且つ空洞部11内の気密を保持し得る第1のX線透過膜14aがこの順序で設けられており、図中下側には、第1のX線透過膜14aと同様に、X線放射膜13からの軟X線を透過し且つ空洞部11内の気密を保持し得る第2のX線透過膜14bが設けられている。
【0013】
このような試料収容セル100に試料液15を充填すると、当該試料液中の観察試料16はX線透過膜(図1(B)に示した例では第1のX線透過膜14aの裏面)に吸着等されて保持される。つまり、X線透過膜は試料支持膜としても機能する。試料液の充填後、孔部12を封止部材17で塞ぎ、X線顕微鏡の内部に試料収容セル100をセットする。
【0014】
X線顕微鏡観察する際には鏡体内部は真空状態とされるが、このとき、試料収容セル100の内圧とX線顕微鏡の鏡体内部の圧力とに差が生じる。X線放射膜13とX線透過膜14a、14bの厚みは一般にサブミクロンレベル(例えば、0.05〜0.1μm程度)と薄く、当該圧力差によってX線放射膜13およびX線透過膜14a、14bは外側に向かって凸となるように湾曲する(図1(C))。
【0015】
このような湾曲が生じると、試料支持膜としても機能する第1のX線透過膜14aと第2のX線透過膜14bの中央部での間隔dは、これらX線透過膜14a、14bの端部間隔d0に比較して広がることとなる。このことは、X線顕微鏡観察に意味をもつ領域内でX線の光路長が一様ではなくなることを意味するが、X線顕微鏡観察の主要な視野となる領域でX線の光路長が長くなると、当該光路長増加分に応じて試料液15によるX線の吸収が高まり、感度が低下して観察像の画質低下が生じるという問題が起こる。
【0016】
湾曲の程度はX線放射膜13とX線透過膜14a、14bの厚みや材質にもよるが、大気圧下では間隔d0が5μmであったものが、真空中では間隔dが20μm程度になることもある。このような現象が起こる原因としては、試料液15の何れかの場所に減圧による気泡が生成するなどして試料液15の体積が実質的に増大するなどが考えられ、これを抑制するためには、X線顕微鏡の内部に試料収容セル100をセットする前に試料液15を予め減圧脱泡しておくこと等が有効であると考えられるが、このような処理を行うと試料収容セル100内部の著しい減圧が生じる可能性があり、観察試料16が生体細胞などの比較的脆弱なものである場合には部分的な破損等が生じて形態観察に悪影響を及ぼす結果となり得る。
【0017】
本発明は、上述のような従来構造の試料収容セルが抱える問題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、特に、溶液中の生物試料の高分解能X線顕微鏡観察に寄与する試料収容セルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するために、本発明にかかる第1の態様の試料収容セルは、真空鏡体内でX線顕微鏡観察をおこなう際に用いられるX線顕微鏡用の試料収容セルであって、前記試料収容セルは、内部に試料液を収容するための空洞部を備え、前記試料収容セルの一方面には前記空洞部に荷電粒子を入射するための荷電粒子入射窓が設けられ、該荷電粒子入射部には前記荷電粒子の照射を受けて軟X線領域の特性X線を放射するX線放射膜と前記特性X線を透過するとともに観察試料支持膜としても機能する第1のX線透過膜とがこの順序で設けられており、前記試料収容セルの他方面にはX線透過窓が設けられ、該X線透過窓には前記特性X線を透過する第2のX線透過膜が設けられており、前記空洞部は、前記特性X線を透過する第3のX線透過膜により前記試料収容セルの一方面側の第1の空洞部と前記試料収容セルの他方面側の第2の空洞部とに分離されており、前記試料収容セルには、前記第1の空洞部に試料液を充填するための孔部が設けられている、ことを特徴とする。
【0019】
また、本発明にかかる第2の態様の試料収容セルは、真空鏡体内でX線顕微鏡観察をおこなう際に用いられるX線顕微鏡用の試料収容セルであって、前記試料収容セルは、内部に試料液を収容するための空洞部を備え、前記試料収容セルの一方面には前記空洞部に荷電粒子を入射するための荷電粒子入射窓が設けられ、該荷電粒子入射部には前記荷電粒子の照射を受けて軟X線領域の特性X線を放射するX線放射膜と前記特性X線を透過するとともに観察試料支持膜としても機能する第1のX線透過膜とがこの順序で設けられており、前記試料収容セルの他方面にはX線透過窓が設けられ、該X線透過窓には前記特性X線を透過する第2のX線透過膜が設けられており、前記試料収容セルには、前記空洞部に試料液を充填するための孔部と前記空洞部にガスを注入するためのガス注入部が設けられている、ことを特徴とする。
【0020】
さらに、本発明にかかる第3の態様の試料収容セルは、真空鏡体内でX線顕微鏡観察をおこなう際に用いられるX線顕微鏡用の試料収容セルであって、前記試料収容セルは、内部に試料液を収容するためのピストン仕様の試料導入部を備え、前記試料収容セルの一方面には前記試料導入部に荷電粒子を入射するための荷電粒子入射窓が設けられ、該荷電粒子入射部には前記荷電粒子の照射を受けて軟X線領域の特性X線を放射するX線放射膜と前記特性X線を透過するとともに観察試料支持膜としても機能する第1のX線透過膜とがこの順序で設けられており、前記試料収容セルの他方面にはX線透過窓が設けられ、該X線透過窓には前記特性X線を透過する第2のX線透過膜が設けられている、ことを特徴とする。
【0021】
これらX線顕微鏡用の試料収容セルは、前記X線放射膜と第1のX線透過膜との間に、前記特性X線は透過し荷電粒子線は遮断する荷電粒子吸収膜を備えていることが好ましい。
【0022】
本発明のX線顕微鏡像の観察方法は、上述の本発明にかかる試料収容セルを用いて行われる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、鏡体内部で内外圧力差によりX線放射膜およびX線透過膜が湾曲しても、試料液中でのX線光路長が長くなることがなく、試料液によるX線の吸収は抑制されるので、溶液中の生物試料を高分解能でX線顕微鏡観察することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】従来構成の試料収容セルをX線顕微鏡内で使用する際に生じる問題点を説明するための図である。
【図2】本発明に係る第1の態様の試料収容セルの基本構成を説明するための概略断面図である。
【図3】本発明に係る第2の態様の試料収容セルの基本構成を説明するための概略断面図である。
【図4】図3に示した構造の試料収容セルの利用法の一例を説明するための図である。
【図5】本発明に係る第3の態様の試料収容セルの基本構成を説明するための概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、図面を参照して、本発明にかかるX線顕微鏡用試料収容セルおよびこれを用いたX線顕微鏡像の観察方法について説明する。
【0026】
上述したように、従来構造の試料収容セルでは、真空状態にあるX線顕微鏡の鏡体内部では、内外圧力の差によってX線放射膜およびX線透過膜が外側に向かって凸状に湾曲し、X線顕微鏡観察で主要な視野領域でのX線光路長が長くなり、試料液によるX線の吸収により観察像の画質低下が生じる。
【0027】
本発明は、試料収容セルの内部に試料液を収容するための空洞部内に試料液収容部とガス収容部を設けることとし、内外圧力の差によるX線光路長の増加を、X線吸収が生じない上記ガス収容部に負わせ、試料液収容部におけるX線光路長の増加を抑制することによりこの問題を解決するものである。
【0028】
また、他の態様の試料収容セルでは、空洞部内に収容された試料液にガス泡(気泡)を導入し、内外圧力の差によるX線光路長の増加を、X線吸収が生じない上記気泡に負わせ、試料液内でX線光路長が増加するのを抑制することによりこの問題を解決するものである。
【0029】
つまり、本発明に係る試料収容セルでは、鏡体内部で内外圧力差によりX線放射膜およびX線透過膜が湾曲しても、X線光路長が長くなるのはX線吸収が生じないガス部においてであり、試料液によるX線の吸収は抑制され、観察像の画質低下が生じない。
【0030】
図2(A)〜(C)は、本発明に係る第1の態様の試料収容セルの基本構成を説明するための概略断面図である。図2(A)では、試料収容セル100の容器部10は上部10aと下部10bに分割可能に構成されているが、一体化されたものであってもよい(図2(B))。
【0031】
試料収容セル100には、容器部10内に形成されることとなる空洞部11に試料液が収容される。試料収容セル100の一方面には、空洞部に荷電粒子を入射するための荷電粒子入射窓が設けられており、この荷電粒子入射部には、荷電粒子の照射を受けて軟X線領域の特性X線を放射するX線放射膜13と特性X線を透過するとともに観察試料支持膜としても機能する第1のX線透過膜14aとがこの順序で設けられている。
【0032】
試料収容セル100の他方面には、空洞部11内から射出されるX線を透過させて外部からの観察を可能とする為の窓(X線透過窓)が設けられており、このX線透過窓には、上記特性X線を透過する第2のX線透過膜14bが設けられている。
【0033】
容器部10の上部10aの下側には、上記特性X線を透過する第3のX線透過膜14cが設けられており、容器部上部10aと容器部下部10bとが合体された状態では、第3のX線透過膜14cと第1のX線透過膜14aにより容器部上部10a側の空洞部(第1の空洞部11a)が密閉され、第3のX線透過膜14cと第2のX線透過膜14bにより容器部下部10b側の空洞部(第2の空洞部11b)が密閉される。
【0034】
つまり、空洞部11は、第3のX線透過膜14cにより、試料収容セル100の一方面側の第1の空洞部11aと他方面側の第2の空洞部11bとに分離され、第1の空洞部11a内には孔部12から試料液が充填される。
【0035】
試料液15中の観察試料16は第1のX線透過膜14aの裏面に吸着等されて保持され、試料液15の充填後に孔部12を封止部材17で塞ぎ、X線顕微鏡の内部に試料収容セル100をセットする。なお、第2の空洞部11b内には、観察試料充填環境にあるガス(一般には空気)が充填される結果となる。
【0036】
試料収容セル100をセットすると、上述したように、圧力差によってX線放射膜13およびX線透過膜14a、14bは外側に向かって凸となるように湾曲するが、このとき、X線透過膜14cは、第2の空洞部11b内のガスの膨張により、X線透過膜14a側に凸に湾曲する(図2(C))。
【0037】
このような湾曲が生じると、試料支持膜としても機能する第1のX線透過膜14aと第2のX線透過膜14bの中央部での間隔は、これらX線透過膜14a、14bの端部間隔に比較して広がることとなるが、X線顕微鏡観察で主要な視野領域でのX線光路長は、X線透過膜14b、14c間において長くなるものの、X線透過膜14a、14c間においては殆ど変化がない。
【0038】
従って、鏡体内部で内外圧力差によりX線放射膜およびX線透過膜が湾曲しても、X線光路長が長くなるのはX線吸収が生じないガス部11bにおいてであり、試料液15によるX線の吸収は抑制される。
【0039】
図3(A)〜(C)は、本発明に係る第2の態様の試料収容セルの基本構成を説明するための概略断面図である。
【0040】
試料収容セル100には、容器部10内に形成されることとなる空洞部11に試料液が収容される。試料収容セル100の一方面には、空洞部に荷電粒子を入射するための荷電粒子入射窓が設けられており、この荷電粒子入射部には、荷電粒子の照射を受けて軟X線領域の特性X線を放射するX線放射膜13と特性X線を透過するとともに観察試料支持膜としても機能する第1のX線透過膜14aとがこの順序で設けられている。
【0041】
試料収容セル100の他方面には、空洞部11内から射出されるX線を透過させて外部からの観察を可能とする為の窓(X線透過窓)が設けられており、このX線透過窓には、上記特性X線を透過する第2のX線透過膜14bが設けられている。
【0042】
空洞部11内には孔部12から試料液15が充填される。試料液15中の観察試料16は第1のX線透過膜14aの裏面に吸着等されて保持され、試料液15の充填後に孔部12を封止部材17で塞ぎ、X線顕微鏡の内部に試料収容セル100をセットする。
【0043】
試料収容セル100には、空洞部11にガスを注入するためのガス注入部18が設けられている。
【0044】
試料収容セル100をセットすると、上述したように、圧力差によってX線放射膜13およびX線透過膜14a、14bは外側に向かって凸となるように湾曲するが、ガス注入部18から空洞部11にガスを注入し(図3(C))、このガス泡19をX線透過膜14a、14b間に導く(図3(D))。
【0045】
X線放射膜13およびX線透過膜14a、14bの湾曲が生じると、試料支持膜としても機能する第1のX線透過膜14aと第2のX線透過膜14bの中央部での間隔は、これらX線透過膜14a、14bの端部間隔に比較して広がることとなるが、注入ガス量の制御により、X線顕微鏡観察で主要な視野領域でのX線光路長の増加分をガス泡19の厚みに等しくすると、試料液15によるX線の吸収は抑制される。
【0046】
上記注入ガスとしては、空気やヘリウムなどを例示することができる。X線のエネルギが300eVであるとすると、強度が1/eにまで減衰する厚みは、水が概ね2.3μmであるのに対し、空気は概ね1.5mm、ヘリウムは概ね10mmである。
【0047】
なお、ガス泡19の空洞部11内での移動のし易さを考慮すると、第1のX線透過膜と第2のX線透過膜が真空中で湾曲した状態でのこれらの膜間隔は、ガスが空気の場合は0.1〜0.5mmが好ましい。また、ガスがヘリウムの場合は0.1〜5mm、好ましくは0.1〜1mmである。
【0048】
ガスの注入法としては、鏡体内で生じる内外圧差に起因するセル内の減圧を利用してガスを空洞部11内に導く方法と、セル100の外部から加圧してガスを注入する方法がある。
【0049】
本来、液体の圧力膨張率は気体に比べて小さいから、真空下での膨張量は小さいため、セル内部は減圧状態となる。この減圧状態は生体細胞等の試料にとっては酷な環境だから、過度な減圧状態は避けなければならない。具体的にはセル内圧が1/2気圧以下となることは望ましくない。仮に、減圧によりセル内の空洞部の堆積膨張量を1とするとき、体積が2のガスを空洞部に注入すれば、セル内圧を概ね1/2気圧とすることができる。
【0050】
なお、図3に示した構造の試料収容セルを、下記のように利用することも有効である。
【0051】
図4は、図3に示した構造の試料収容セルの利用法の一例を説明するための図である。一旦、試料液15を空洞部11に充填し(図4(A))、第1の第1のX線透過膜14aに観察試料16を表面張力を利用する等により吸着等させて保持させる(図4(B))。その後、試料液15を空洞部11から外部に排出して孔部12を封止部材17で塞ぎ、X線顕微鏡の内部に試料収容セル100をセットする(図4(C))。
【0052】
試料収容セル100をセットすると、上述したように、圧力差によってX線放射膜13およびX線透過膜14a、14bは外側に向かって凸となるように湾曲するが、空洞部11内の試料液(溶液)は観察試料16の表面上に残存する微量なものに過ぎないから、顕微鏡観察の障害となるほどの試料液15によるX線の吸収は生じない(図4(D))。
【0053】
本発明に係る試料収容セルには、上記の構成の以外にも種々の態様があり得る。例えば、X線放射膜13と第1のX線透過膜14aとの間に、特性X線は透過し荷電粒子線は遮断する荷電粒子吸収膜を備えている構成とすると、荷電粒子線の照射による観察試料のダメージを軽減することができるため、好ましい。
【0054】
また、観察試料を第1のX線透過膜に支持させるに際しては、表面張力を利用する態様の他にも種々の手法があり得るが、例えば、第1のX線透過膜の試料支持面に極薄の吸着膜を設けたり、あるいは、電圧印加により静電的作用で観察試料を吸着させるようにしてもよい。
【0055】
空洞部にガス泡を注入するに際しては、予め予想される膨張量から算出された量のガスを注入する態様の他、例えば、X線透過窓の近傍にセンサを設けておきキャパシタンス測定や電気抵抗測定などの手法により適正注入ガス量を算出したり、或いは、鏡体内部でのセルの様子を観察しながら遠隔操作により注入ガス量を調節する等の手法によってもよい。
【0056】
さらに、図5に示すように、ピストン仕様のセルの試料導入管20を長尺のものとし、当該試料導入管20内に、ガスA(例えば酸素ガス)、試料液a(例えば溶媒液)、ガスB(例えば炭酸ガス)、試料液b(例えば蛋白質溶液)、ガスC(例えばアルゴンガス)、試料液c(例えば抗体液)、ガスD(例えばヘリウムガス)、試料液d(例えば薬品液)、といったように、異なるガス種および溶液種を区分させた状態で予め充填させておき、観察中に、これらを順次移動させて異なる条件下での観察を行うようにしてもよい。この図では、試料導入管20の一部を図示しているが、実際にはピストン長さを十分にとり、上述のガス部および試料液部の移動が支障なく行えるように設計される。
【0057】
なお、溶液中に溶存気体があると減圧下で発泡する場合があるから、予め減圧脱泡した溶液を使うことがより好ましい。ここで、減圧脱泡のための圧力は使用条件よりも低い値、具体的には、2/3気圧以下が望ましく、観察目的によっては、0.1気圧程度の低圧が有効である。
【0058】
このような1チャンネル方式での試料導入方法は、一度セットした試料収容セルを鏡体外に取り出すことなく、種々の異なる条件下での観察を短時間で行えるという利点がある。試料液部とガス部の移動には、例えば、与圧空気室弁のON/OFF切り替えや電磁振動式マイクロポンプなどの公知技術を用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、溶液中の生物試料を高分解能でX線顕微鏡観察することを可能とする。
【符号の説明】
【0060】
100 試料収容セル
10 容器部
10a 上部
10b 下部
11 空洞部
12 孔部
13 X線放射膜
14a 第1のX線透過膜
14b 第2のX線透過膜
14c 第3のX線透過膜
15 試料液
16 観察試料
17 封止部材
18 ガス注入部
19 ガス泡
20 試料導入管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空鏡体内でX線顕微鏡観察をおこなう際に用いられるX線顕微鏡用の試料収容セルであって、
前記試料収容セルは、内部に試料液を収容するための空洞部を備え、
前記試料収容セルの一方面には前記空洞部に荷電粒子を入射するための荷電粒子入射窓が設けられ、該荷電粒子入射部には前記荷電粒子の照射を受けて軟X線領域の特性X線を放射するX線放射膜と前記特性X線を透過するとともに観察試料支持膜としても機能する第1のX線透過膜とがこの順序で設けられており、
前記試料収容セルの他方面にはX線透過窓が設けられ、該X線透過窓には前記特性X線を透過する第2のX線透過膜が設けられており、
前記空洞部は、前記特性X線を透過する第3のX線透過膜により前記試料収容セルの一方面側の第1の空洞部と前記試料収容セルの他方面側の第2の空洞部とに分離されており、
前記試料収容セルには、前記第1の空洞部に試料液を充填するための孔部が設けられている、ことを特徴とするX線顕微鏡用試料収容セル。
【請求項2】
真空鏡体内でX線顕微鏡観察をおこなう際に用いられるX線顕微鏡用の試料収容セルであって、
前記試料収容セルは、内部に試料液を収容するための空洞部を備え、
前記試料収容セルの一方面には前記空洞部に荷電粒子を入射するための荷電粒子入射窓が設けられ、該荷電粒子入射部には前記荷電粒子の照射を受けて軟X線領域の特性X線を放射するX線放射膜と前記特性X線を透過するとともに観察試料支持膜としても機能する第1のX線透過膜とがこの順序で設けられており、
前記試料収容セルの他方面にはX線透過窓が設けられ、該X線透過窓には前記特性X線を透過する第2のX線透過膜が設けられており、
前記試料収容セルには、前記空洞部に試料液を充填するための孔部と前記空洞部にガスを注入するためのガス注入部が設けられている、ことを特徴とするX線顕微鏡用試料収容セル。
【請求項3】
真空鏡体内でX線顕微鏡観察をおこなう際に用いられるX線顕微鏡用の試料収容セルであって、
前記試料収容セルは、内部に試料液を収容するためのピストン仕様の試料導入部を備え、
前記試料収容セルの一方面には前記試料導入部に荷電粒子を入射するための荷電粒子入射窓が設けられ、該荷電粒子入射部には前記荷電粒子の照射を受けて軟X線領域の特性X線を放射するX線放射膜と前記特性X線を透過するとともに観察試料支持膜としても機能する第1のX線透過膜とがこの順序で設けられており、
前記試料収容セルの他方面にはX線透過窓が設けられ、該X線透過窓には前記特性X線を透過する第2のX線透過膜が設けられている、ことを特徴とするX線顕微鏡用試料収容セル。
【請求項4】
前記X線放射膜と第1のX線透過膜との間に、前記特性X線は透過し荷電粒子線は遮断する荷電粒子吸収膜を備えている、請求項1乃至3の何れか1項に記載のX線顕微鏡用試料収容セル。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか1項に記載のX線顕微鏡用試料収容セルを用いる、X線顕微鏡像の観察方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−57623(P2013−57623A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−197097(P2011−197097)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)