説明

Zr基金属ガラス合金

【課題】アモルファス相の形成能が高く、高強度、低ヤング率を有し、経済的に製造することができるZr基金属ガラス合金を提供する。
【解決手段】原子割合で、50%以上70%以下のジルコニウム(Zr)、15%以上30%以下の銅(Cu)、5%以上15%以下のアルミニウム(Al)、2%以上20%以下の鉄(Fe)、および0.01%を超え0.2%以下の窒素(N)を主要成分とし、水素(H)、酸素(O)、炭素(C)のいずれか1種以上を不可避不純物として含有する原料からなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アモルファス(非晶質)相の形成能が高く、高強度、低ヤング率を有するZr基金属ガラス合金に関する。
【背景技術】
【0002】
金属ガラス合金とは、溶融状態の合金を急冷することにより得られるもので、ガラスのように元素の配列に規則性がなく、広い過冷却液体領域を示す非晶質金属のことをいう。金属ガラス合金は、高い反発係数、高い強度、優れた鋳造性、および優れた耐腐食性といった特徴を有しており、ゴルフクラブ、携帯電話のフレーム、腕時計のケーシング、圧力センサ、バネ材、および歯車などにその用途範囲が広がっている。
【0003】
ところで、現在、上記用途開発が進んでいる金属ガラス合金として、Zr−Cu−Al−Niの四元金属ガラス合金(Zr基金属ガラス合金)を挙げることができるが、かかる合金は高価なNiを使用していることから、更に用途開発を進めるためには、より低いコストで当該合金と同等以上の物性の金属ガラス合金を製造できる新たな合金組成が求められている。
【0004】
このようなニーズを満たす金属ガラス合金組成としてZr−Cu−Al−Feの四元金属ガラス合金が提案されている(例えば、特許文献1参照)。係る合金組成によれば、高価なNiを安価なFeに置換しているので、より低コストでZr基金属ガラス合金を提供することができる。
【特許文献1】特開平9−20968号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、アモルファス形成能が高いNiをアモルファス形成能が劣るFeに置換したZr基合金組成では、合金全体のアモルファス相の形成能(すなわち、金属ガラス形成能)が低下するようになることから、工業的には、合金形状として冷却効率の高い微粒子状のものやリボン状のものしか得ることができず、用途開発を推進する上で重要となる太径(例えば20mmを超える直径)のバルクをダイレクトに製造することができなかった。
【0006】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、その主たる課題は、アモルファス相の形成能が高く、高強度、低ヤング率を有し、経済的に製造することのできるZr基金属ガラス合金を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1に記載した発明は、「原子割合で、50%以上70%以下のジルコニウム(Zr)、15%以上30%以下の銅(Cu)、5%以上15%以下のアルミニウム(Al)、2%以上20%以下の鉄(Fe)、および0.01%を超え0.2%以下の窒素(N)を主要成分とし、水素(H)、酸素(O)、炭素(C)のいずれか1種以上を不可避不純物として含有する原料からなるZr基金属ガラス合金」である。
【0008】
また、請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のZr基金属ガラス合金を更に限定したもので、「原子割合で、50%以上70%以下のジルコニウム(Zr)、15%以上30%以下の銅(Cu)、5%以上15%以下のアルミニウム(Al)、2%以上20%以下の鉄(Fe)、および0.01%を超え0.2%以下の窒素(N)を主要成分とし、水素(H)、酸素(O)、炭素(C)のいずれか1種以上を不可避不純物として含有する原料からなり、アモルファス相を体積率で50%以上含有することを特徴とするZr基金属ガラス合金」である。
【0009】
これらの発明では、主要成分として所定量のZr,Cu,Al及びFeといった金属元素に加え、0.01%を超え0.2%以下のNを添加することにより、合金組成物のアモルファス形成能を向上させることができる。
【0010】
なお、このように所定量のNを配合することにより、合金組成物のアモルファス形成能が向上するメカニズムについては定かではないが、おそらくマトリクス(母材)であるZrとの親和力が高いNが、HやOやCなどの結晶化促進原子よりも先にZrと結合し、これら結晶化促進原子とZrとが結合して結晶化の核となるのを阻害しているためと考えられる。
【0011】
また、合金組成として、高価なNiを用いず、安価なFeを使用しているので、より低コストでZr基金属ガラス合金を提供することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、Zr−Cu−Al−Feの四元合金組成物に主要成分として所定量のNを加えることにより、アモルファス相の形成能が高く、高強度、低ヤング率を有し、経済的に製造することができるZr基金属ガラス合金を提供することができる。又、かかる合金組成を用いれば、溶融した合金組成物の冷却スピードが比較的遅い場合であっても金属ガラスを形成することができ、直径20mm以上で且つ30mm程度までの太径のバルクをダイレクトに得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明にかかるZr基金属ガラス合金は、原子割合で、50%以上70%以下のZr、15%以上30%以下のCu、5%以上15%以下のAl、2%以上20%以下のFe、および0.01%を超え0.2%以下のNを主要成分とし、H、O、Cのいずれか1種以上を不可避不純物として含有する原料を溶融した後、臨界冷却速度以上で冷却することによって得られる。
【0014】
本発明のZr基金属ガラス合金において、前記割合で配合された各元素群は一体となって優れたアモルファス形成能(すなわち、金属ガラス形成能)を有し、かつ50K以上の過冷却液体領域を示す合金を形成しているが、それぞれの各元素は下記の特性に寄与していると考えられる。
【0015】
なお、過冷却液体領域とは、毎分40℃の加熱速度で示差走査熱量測定(DSC)を行うことにより得られる合金のガラス転移点と結晶化開始温度の差で定義されるもので、その温度幅ΔTxは、ΔTx=Tx−Tg(式中、Txは結晶化開始温度、Tgはガラス転移点)の式で表される。
【0016】
1)Zr:合金の基となる元素で、過冷却液体領域の温度幅ΔTxを拡大する効果があり、アモルファス相を形成し易くする。又、空気中で酸化皮膜を形成することにより合金に耐食性を与える元素である。
【0017】
2)Cu:合金の機械的特性を向上させる効果がある。上記の通り本発明合金全体におけるCuの配合割合は、15原子%以上で且つ30原子%以下であることが必要である。Cuの含有量が15原子%未満の場合、或いは30原子%を超える場合には、合金のアモルファス形成能が低下すると共に、合金の強度を実用上必要とされる1400MPa以上に高めることができないからである。
【0018】
3)Al:合金の耐食性を向上させる効果がある。上記の通り本発明合金全体におけるAlの配合割合は、5原子%以上で且つ15原子%以下であることが必要である。Alの配合割合が5原子%未満の場合、或いは15原子%を超える場合には、合金のアモルファス形成能が低下するようになるからである。
【0019】
4)Fe:Zrと同様に過冷却液体領域の温度幅ΔTxを拡大する効果を有する。上記の通り合金全体におけるFeの配合割合を2原子%以上で且つ20原子%以下の範囲とすることにより、過冷却液体領域の温度幅ΔTxを広くすることができる。
【0020】
5)N:合金組成物のアモルファス形成能を向上させる効果がある。合金組成物のアモルファス形成能が向上するメカニズムについては定かではないが、おそらくマトリクス(母材)であるZrとの親和力が高いNが、後述するHやOやCなどの結晶化促進原子よりも先にZrと結合し、これら結晶化促進原子とZrとが結合して結晶化の核となるのを阻害しているためと考えられる。なお、かかる効果を発揮させるためには、上記の通り本発明合金全体におけるNの配合割合は、0.01原子%を超え且つ0.2原子%以下であることが必要であり、より好ましくは0.05原子%以上で且つ0.15原子%以下である。この点について詳しくは後述する。
【0021】
6)H、O、C:これらの元素は、合金の結晶化を促進させる「結晶化促進原子」であることから、合金中に含まれないことが好ましいが、商用的に入手可能な原料に含まれるこれら結晶化促進原子を完全に除外することは実質的に困難である。したがって、本発明合金では、これらの元素を不可避不純物として合金中に含まれることを許容した。
【0022】
上記元素組成で構成された合金組成物(母合金)は、過冷却液体領域の温度幅ΔTxが50K以上のものとなる。このように過冷却液体領域の温度幅ΔTxが50K以上の合金組成物は、溶融状態から冷却するとき、結晶化開始温度Txの低温側に50K以上の広い過冷却液体領域を有し、結晶化することなく温度の低下に伴ってこの過冷却液体領域の温度幅ΔTxを経過した後に、ガラス転移点Tgに至って非結晶質のいわゆる金属ガラス合金を形成する。過冷却液体領域の温度幅ΔTxが50K以上と広いために、従来知られている非晶質合金のように急冷しなくても非晶質の固体が得られ、従って鋳造法などの方法により厚みのあるブロック体を成形することができるようになる。
【0023】
なお、かかる合金組成物を用いて、金属ガラス合金を形成する際には、合金全体に対するアモルファス相の割合が体積率で50%以上となるようにするのが好ましい。こうすることで、合金の引張強度や弾性特性などの力学的性質を飛躍的に向上させることができるからである。
【0024】
本発明のZr基金属ガラス合金を製造する際には、前記元素からなる組成物(母合金)の溶融物を過冷却液体状態を保ったまま冷却し固化する必要がある。金属ガラス合金の製造方法には、溶融物の冷却速度が異なる2つの方法、すなわち急冷法と徐冷法とがある。急冷法の具体例としては、例えば、薄帯状のものが得られる単ロール法や双ロール法、フィラメント状のものが得られる回転液中紡糸法、粉粒体状のものが得られるアトマイズ法などが挙げられる。
【0025】
このうち単ロール法は、先ず各成分の元素単体粉末を前記の組成割合となるように混合し、次いでこの混合粉末をArガス雰囲気中において坩堝等の溶解装置で溶解して合金の溶湯とする。次にこの溶湯を回転している冷却用金属ロールに吹き付けて臨界冷却速度以上で急冷することにより、薄帯状の金属ガラス合金を得る方法である。
【0026】
一方、徐冷法の具体例としては、溶融金属を押圧して所定形状にする鍛造法、溶融金属を圧延して所定形状にする圧延法、溶融金属を鋳込んで所定形状にする鋳造法などが挙げられる。
【0027】
このうち、鋳造法は、水冷銅ハースに各成分の元素単体粉末を前記の組成割合となるように混合して設置し、Arガス雰囲気中においてアーク放電などで金属材料を溶解した後、金型に溶融金属を鋳込み、溶融金属を臨界冷却速度以上で冷却して金属ガラス合金を所定形状に成形する方法である。
【0028】
ここで、本発明の金属ガラス合金では、所定量のNを必須の主要成分としている。このため、急冷法及び徐冷法の何れにおいても溶解金属中にNを配合する工程が必要となる。具体的には、金属材料溶融時のArガス雰囲気を形成するArガスに所定量のNを混合し、このNを溶融金属に接触させて配合する方法や溶融金属中にNガスを直接吹き込んで配合する方法などが挙げられる。
【0029】
以上述べたように、本発明のZr基金属ガラス合金は、Zr−Cu−Al−Feの四元合金組成物に主要成分として所定量のNを加えているので、アモルファス相の形成能が高く、高強度、低ヤング率を有する金属ガラス合金を経済的に製造することができる。又、かかる合金組成を用いれば、溶融した合金組成物の冷却スピードが比較的遅い場合であっても金属ガラスを形成することができ、直径20mm以上で且つ30mm程度までの太径のバルクをダイレクトに得ることが可能となる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例として、本発明において所定量のNを必須の主要成分とした理由を裏付ける実験結果について説明するが、本発明はこの例に限定されるものではない。
【0031】
1.母合金へのN配合割合と金属ガラス形成能及び機械的強度との関係
実験に供する金属ガラス合金を得るため、Zrを60原子%、Cuを25原子%、Alを10原子%、およびFeを5原子%の組成割合に調整した金属材料にNの配合割合を0〜0.30原子%まで変化させた多数種類(表1参照)の母合金を準備し、銅鋳型傾斜鋳造法を用いてこの母合金を直径20mm、長さ50mm以上のバルク材に成形した。
【0032】
そして、得られたバルク材の金属ガラス形成能及び機械的強度を以下の方法で判定した。
【0033】
a)金属ガラス形成能:上述のようにして得た直径20mmのバルク材の成形開始側先端(この部分が最も冷却速度が早い)から30mm離間したところを、軸方向と直交する面で切断し、当該切断面の結晶部分の面積を計測し、下式に基づいて結晶分量係数kを求めた。この結晶分量係数kが10以上(k≧10)であれば、金属ガラス形成能は良好であると判断できる。
k=1/(結晶部分の面積/314)
【0034】
b)破断脆性:上述のようにして得たバルク材を自由落下させたハンマーで打撃し、衝撃力に対する強さや破断面の模様の状態を相対評価し、破断脆性を「◎=衝撃力に対する抵抗性が極めて高い」、「○=衝撃力に対する抵抗性は高い」、「△=衝撃力に対する抵抗性がやや低い」、「×=衝撃力に対する抵抗性が低い」の4水準に分類して機械的強度の指標とした。
【0035】
表1に、Nの配合割合をそれぞれ変化させた金属ガラス合金における金属ガラス形成能及び破断脆性の判定結果を示す。なお、表1の合金組成における各数字は原子%である。
【0036】
【表1】

【0037】
表1に示すとおり、金属ガラス母合金におけるNの配合割合が0.01原子%未満及び0.20原子%を超えるものでは、金属ガラス形成能が劣るようになるが、Nの配合割合が0.01原子%以上で且つ0.2原子%以下のものでは、良好な金属ガラス形成能を有することが窺える。特に、金属ガラス合金におけるNの配合割合が0.05原子%以上で且つ0.15原子%以下のものでは、金属ガラス形成能が極めて良好であることが窺える。
【0038】
また、金属ガラス母合金におけるNの配合割合が0.01原子%以下及び0.25原子%以上のものでは、機械的強度(破断脆性)が劣るようになるが、Nの配合割合が0.01原子%を超え且つ0.2原子%以下のものでは、良好な機械的強度を有することが窺える。
【0039】
したがって、これらの結果から、母合金全体に対するNの配合割合が、0.01原子%を超え且つ0.2原子%以下である場合には、合金組成物のアモルファス形成能を向上させることができ、機械的強度に優れたZr基金属ガラス合金を提供することができる結果を得た。
【0040】
2.母合金へのN配合の有無による物性の変化
上記1.で得たバルク材のうち、N無配合のものとNを0.1原子%配合したものとについて毎分40℃の加熱速度で示差走査熱量測定(DSC)を行った。結果を図1に示す。
【0041】
図1に示すとおり、両合金ともガラス転移点(Tg)について差は認められないが、結晶化開始温度(Tx)については、Nを0.1原子%配合したものは、無配合のものに比べて若干高温側へとシフトしているような傾向が窺える。このことは、母合金に所定量のNを配合することによって過冷却液体領域の温度幅ΔTxが拡がり、金属ガラス形成能が向上することを示唆するものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明合金(N添加)及び比較例合金(N無添加)の示差走査熱量測定(DSC)結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子割合で、50%以上70%以下のジルコニウム(Zr)、15%以上30%以下の銅(Cu)、5%以上15%以下のアルミニウム(Al)、2%以上20%以下の鉄(Fe)、および0.01%を超え0.2%以下の窒素(N)を主要成分とし、
水素(H)、酸素(O)、炭素(C)のいずれか1種以上を不可避不純物として含有する原料からなるZr基金属ガラス合金。
【請求項2】
原子割合で、50%以上70%以下のジルコニウム(Zr)、15%以上30%以下の銅(Cu)、5%以上15%以下のアルミニウム(Al)、2%以上20%以下の鉄(Fe)、および0.01%を超え0.2%以下の窒素(N)を主要成分とし、
水素(H)、酸素(O)、炭素(C)のいずれか1種以上を不可避不純物として含有する原料からなり、
アモルファス相を体積率で50%以上含有することを特徴とするZr基金属ガラス合金。




【図1】
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【公開番号】特開2010−144245(P2010−144245A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−325910(P2008−325910)
【出願日】平成20年12月22日(2008.12.22)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(592200338)日本素材株式会社 (29)