iPS細胞の樹立法
【課題】iPS細胞を安全かつ迅速に作製する方法の提供。
【解決手段】iPS細胞を作製するために分化誘導因子の少なくとも1つをタンパク質のまま体細胞に導入する方法。具体的には、分化誘導因子の少なくとも1つを膜透過ペプチドと融合させた状態で発現させ、精製を行った後、該精製融合タンパク質を目的の体細胞と共にインキュベートして細胞内に導入し、iPS細胞を作製する。本法は、全ての分化誘導因子をタンパク質のまま細胞内に導入してもよく、ベクターによる遺伝子導入法を併用しても実施することができる。
【解決手段】iPS細胞を作製するために分化誘導因子の少なくとも1つをタンパク質のまま体細胞に導入する方法。具体的には、分化誘導因子の少なくとも1つを膜透過ペプチドと融合させた状態で発現させ、精製を行った後、該精製融合タンパク質を目的の体細胞と共にインキュベートして細胞内に導入し、iPS細胞を作製する。本法は、全ての分化誘導因子をタンパク質のまま細胞内に導入してもよく、ベクターによる遺伝子導入法を併用しても実施することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、iPS細胞(induced pluripotent stem cells)の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
iPS細胞(induced pluripotent stem cells)は、人工多能性幹細胞若しくは誘導多能性幹細胞とも称され、線維芽細胞などの体細胞へ数種類の転写因子遺伝子を導入することにより、ES細胞と同等の分化多能性を獲得した細胞である。
分化多能性を有する細胞は、生体を構成する全ての臓器や組織へ分化する能力を保持していることから、何らかの疾患で損傷した臓器などを再生する上で極めて有効な手段として期待されている。従来は、ES細胞の利用による再生医療研究が中心に行われていたが、ES細胞は生命の起源となる胚から取得されるものであるため、その使用上、倫理的な問題に直面することになる。また、ES細胞から調製した組織などは、移植の段階で拒絶反応を引き起こすおそれがあり、このような免疫的な問題を克服する必要もある。
【0003】
ES細胞を用いた場合に生じ得る倫理上の問題と免疫学上の問題を解決することができる分化多能性細胞として、iPS細胞に多くの期待が寄せられている。
マウスのiPS細胞は、Yamanakaらによって、分化多能性の維持に重要なNanog遺伝子の発現を指標にし、マウス線維芽細胞へOct3/4、Sox2、Klf4、c−Mycの4つの遺伝子を導入することにより、初めて樹立された(非特許文献1、非特許文献2)。その後も同様の方法によるマウスiPS細胞の樹立が報告されている(非特許文献3、非特許文献4)。そして、iPS細胞の癌化の問題を克服するために、c−Myc遺伝子以外の3つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf4)のみでも、iPS細胞の樹立が可能であることも報告されている(非特許文献5、非特許文献6、非特許文献7)。
一方、ヒトのiPS細胞に関しては、Thomsonらが、ヒトの線維芽細胞に、OCT3/4、SOX2、Nanog、LIN28を導入してヒトiPS細胞を樹立し(非特許文献8)、また、Yamanakaらは、OCT3/4、SOX2、KLF4、C−MYCをヒトの線維芽細胞に導入して、同じくiPS細胞を樹立した(非特許文献9)。
【0004】
以上のように、iPS細胞の今後の利用可能性が注目される中で、いくつかの問題点が指摘されている。
まず、分化多能性を体細胞へ付与する因子(Oct、Soxなど。以下、分化多能性因子と称する)を体細胞へ導入するために、レトロウィルスベクターなどによる遺伝子導入法を用いると、細胞のゲノム中に遺伝子がランダムに導入され、その結果、遺伝子の挿入による突然変異(特に、内在性発癌遺伝子の活性化など)が引き起こされる可能性が指摘される。特に、癌遺伝子であるc−Myc遺伝子を導入すると、作製したiPS細胞の癌化が有意に高い確率で確認されている。c−Myc遺伝子を用いずにiPS細胞の作出に成功したことが報告されてはいるが(非特許文献5、非特許文献6、非特許文献7)、作出効率が極めて低いため、今後、臨床的な応用に利用することは難しいのではないかと考えられている。
最近、アデノウィルスベクター用いて、分化多能性因子の体細胞における発現を、一過的に大量に行うことでiPS細胞を作製する方法が報告された(非特許文献10)。この方法で作製されたiPS細胞をマウスの胚盤胞にインジェクトすると、生まれたマウスの組織中にインジェクトしたiPS細胞に由来する分化した細胞が確認され、また、少なくとも4〜12週齢のマウスにおいて癌化は認められなかった。この方法によれば、分化多能性因子の遺伝子導入に伴うiPS細胞の癌化の問題が解決される可能性がある。
【0005】
また、分化多能性因子を遺伝子として導入してiPS細胞を作製する方法は、多くの煩雑な工程を必要とし、スクリーニングなどに長い時間を要することから、効率性の問題が指摘される。タンパク質を細胞内で機能させるためには、その遺伝子を導入して目的の細胞内で発現させる他、タンパク質自体を細胞内に直接導入することも可能である。タンパク質自体を直接細胞へ導入する方法は、これまでに多くの方法が報告されているが、中でも、膜透過ペプチド(あるいは、タンパク導入ドメイン、細胞膜透過性ペプチド)との融合タンパク質を目的の細胞に接触させて、細胞内へ導入する方法が多く利用されている(例えば、特許文献1〜9など)。iPS細胞を樹立するために、分化多能性因子をタンパク質のまま体細胞へ導入する方法については、その可能性を示唆する文献(特許文献10)や、分化多能性因子のOct4タンパク質とSox2タンパク質を導入したとの報告はあるが(非特許文献11)、実際にiPS細胞を作製したとの報告はこれまでに存在しない。これは、タンパク質自体を導入することの指摘は可能であっても、実際に細胞内で機能するように分化多能性因子タンパク質を導入することは多くの困難が伴うためである。
【0006】
【非特許文献1】Takahashiら,Cell 2006,126:663−676.
【非特許文献2】Okitaら,Nature 2007,448:313−317.
【非特許文献3】Wernigら,Nature 2007,448:318−324.
【非特許文献4】Maheraliら,Cell Stem Cell 2007,1:55−70.
【非特許文献5】Parkら,Nature 2007,451:141−146.
【非特許文献6】Nakagawaら,Nat Biotechnol 2008,26:101−106.
【非特許文献7】Wernigら,Cell Stem Cell 2008,10:10−12.
【非特許文献8】Yuら,Science 2007,318:1917−1920.
【非特許文献9】Takahashiら,Cell 2007,131:861−872.
【非特許文献10】Stadtfeldら,Science 25 September 2008,オンライン公開版(www.sciencemag.org/cgi/content/full/1162494/DC1)
【非特許文献11】Bonsnali及びEdenhofer Biol.Chem.,2008,389:851−861.
【特許文献1】US5,804,604号
【特許文献2】US5,747,641号
【特許文献3】US5,674,980号
【特許文献4】US5,670,617号
【特許文献5】US5,652,122号
【特許文献6】WO2002/018572
【特許文献7】特開2005−52083
【特許文献8】特開2005−253408
【特許文献9】特開2001−199997
【特許文献10】WO2007/069666
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、上記事情に鑑み、鋭意研究を行ったところ、分化多能性因子タンパク質を体細胞に導入することによってiPS細胞を作製することに成功し、本発明を完成させるに至った。
よって、本発明は、従来のiPS細胞作製方法に生じ得る諸問題を解決するために、分化多能性因子タンパク質を直接体細胞へ導入し、安全なiPS細胞を効率的に作製する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、分化多能性因子タンパク質を膜透過性ペプチド融合させて体細胞内へ導入したところ、安全性の高いiPS細胞を効率的に作製することに成功した。
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(6)に関する。
(1)本発明の第1の形態は、「分化多能性因子の少なくとも1つをタンパク質のまま体細胞へ導入し、iPS細胞を作製する方法」である。
(2)本発明の第2の形態は、「前記分化多能性因子が、以下の(a)〜(c)に示す組合せのタンパク質であり、(a)〜(c)に示されるタンパク質の少なくとも1つをタンパク質のまま該体細胞へ導入し、その他のタンパク質はその遺伝子を該体細胞へ導入して細胞内で発現させる、上記(1)に記載のiPS細胞を作製する方法。
(a)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質及びKlfファミリータンパク質、
(b)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質、Klfファミリータンパク質及びMycファミリータンパク質、及び
(c)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質、Nanogタンパク質及びLIN28タンパク質」である。
(3)本発明の第3の形態は、「前記(a)〜(c)に示されるタンパク質の少なくとも1つを、タンパク質のまま体細胞に導入するために、該タンパク質に膜透過ペプチドを融合させることを特徴とする上記(2)に記載のiPS細胞を作製する方法」である。
(4)本発明の第4の形態は、「前記分化多能性因子の組合せが、Oct3/4、Sox2、c−Myc及びKlf4である上記(1)乃至(3)のいずれかに記載のiPS細胞を作製する方法」である。
(5)本発明の第5の形態は、「前記c−Mycをタンパク質のまま導入する上記(4)に記載のiPS細胞を作製する方法」である。
(6)本発明の第6の形態は、「前記体細胞がヒト由来である上記(1)乃至(5)のいずれかに記載のiPS細胞を作製する方法」である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、安全性の高い(特に、癌化しない)iPS細胞を効率的に作製することができる。
【0010】
また、発明の方法を用いると、細胞の種類に関係なく(従来は、iPS細胞のソースとして線維芽細胞が中心に使用されてきた)、多くの体細胞をiPS細胞のソースとして使用することができる。
【0011】
臨床応用を考慮するにあたり、ウィルスベクターの使用に関する制約は多く、臨床グレードの安全性の保証されたウィルス液の作製は現在まで国内ではほとんど行われていない。これに対し、GMP基準のタンパク質合成は国内にて比較的容易に可能であり、臨床応用の面からも本発明の方法に優位性を認めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の目的の1つは、iPS細胞の安全かつ効率的な作製方法を提供することである。
ここで、「iPS細胞」とは、人工多能性幹細胞若しくは誘導多能性幹細胞とも称される分化多能性を獲得した細胞のことで、体細胞へ分化多能性を付与する数種類の転写因子(以下、ここでは「分化多能性因子」と称する)遺伝子を導入することにより、ES細胞と同等の分化多能性を獲得した細胞である。「分化多能性因子」としては、すでに多くの因子が報告されており、限定はしないが、例えば、Octファミリー(例えば、Oct3/4(NCBIアクセッション番号:NM_013633(マウス)、NM_002701(ヒト)))、Soxファミリー(例えば、Sox2(NCBIアクセッション番号:NM_011443(マウス)、NM_003106(ヒト))、Sox1、Sox3、Sox15及びSox17など)、Klfファミリー(例えば、Klf4(NCBIアクセッション番号:NM_010637(マウス)、NM_004235(ヒト))、Klf2など)、Mycファミリー(例えば、c−Myc(NCBIアクセッション番号:NM_010849(マウス)、NM_002467(ヒト))、N−Myc、L−Mycなど)、Nanog(NCBIアクセッション番号:NM_024865(マウス)、NM_028016(ヒト))、LIN28(NCBIアクセッション番号:NM_145833(マウス)、NM_024674(ヒト))などを挙げることができる。また、分化多能性因子のスクリーニング方法に関する報告を参考に、当業者であれば適宜、所望の分化多能性因子を選択することができる(例えば、WO2005/80598を参照のこと)。
iPS細胞を作製するために導入される分化多能性因子の組合せとしては、限定はしないが、例えば、以下の(a)〜(c)の組合せを使用することができる。
(a)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質及びKlfファミリータンパク質、
(b)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質、Klfファミリータンパク質及びMycファミリータンパク質、及び
(c)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質、Nanogタンパク質及びLIN28タンパク質
【0013】
また、ヒト及び非ヒト動物細胞(例えば、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、サル、イヌ、ネコ、トリなど)に存在する上掲の分化多能性因子のホモログを用いて本発明を実施することにより、所望の動物由来のiPS細胞を容易に作製することができる。また、本発明において使用される分化多能性因子は、必ずしも野生型である必要はなく、野生型のアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含むタンパク質であってもよい。ここで、「実質的に同一のアミノ酸配列を含むタンパク質」とは、上掲の分化多能性因子タンパク質のアミノ酸配列と約60%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%,81%,82%,83%,84%,85%,86%,87%,88%,89%,90%,91%,92%,93%,94%,95%,96%,97%,98%,最も好ましくは約99%のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、体細胞の分化多能性の誘導を他の分化多能性因子と協働して惹起するタンパク質である。あるいは、上掲の分化多能性因子タンパク質のアミノ酸配列中の1又は数個(好ましくは、1〜30個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜5個)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、体細胞の分化多能性の誘導を他の分化多能性因子と協働して惹起するタンパク質である。
【0014】
分化多能性因子タンパク質と「実質的に同一のアミノ酸配列を含むタンパク質」には、野生型の分化多能性誘導能よりも優れた能力を発揮するものも含まれる。このようなより優れた能力を発揮するタンパク質は、野生型のタンパク質のアミノ酸配列中に欠失、置換若しくは付加などの改変を、当該技術分野で公知の手法により導入することで調製することが可能である。該改変は、例えば、特定のアミノ酸残基の置換は、市販のキット(例えば、MutanTM−G(TaKaRa社)、MutanTM−K(TaKaRa社))等を使用し、Guppedduplex法やKunkel法等の公知の方法あるいはそれらに準じる方法により、分化多能性因子の遺伝子に適当な塩基置換を導入して行うことができる。
【0015】
なお、本明細書において、「分化多能性因子」と記載する場合、特に、注記しなければ、タンパク質及び遺伝子の両方を指すものとする。特にタンパク質について議論する場合には、「分化多能性因子タンパク質」と、遺伝子について議論する場合には、「分化多能性因子遺伝子」と記載することとする。また、特定の分化多能性因子を記載する場合も、例えば、「Sox2」などと記載する場合、特に注記しなければ、Sox2タンパク質及びSox2遺伝子の両方を意味するものとする。
【0016】
本発明のある実施形態において、体細胞に導入する分化多能性因子の少なくとも1つ、又は全部をタンパク質のまま導入することができる。タンパク質を細胞内に導入する方法としては、例えば、「膜透過性ペプチド」、「タンパク質導入ドメイン」、あるいは「細胞膜透過性ペプチド」などと称されるペプチドを、細胞内へ導入するタンパク質に融合させる方法が容易に利用可能である。ここで、「膜透過性ペプチド」、「タンパク質導入ドメイン」、あるいは「細胞膜透過性ペプチド」とは、塩基性アミノ酸を多く含むことを特徴とする細胞膜透過性を有するペプチドのことで、例えば、HIV−1 TAT(配列番号1)、HIV−1 gp41(配列番号2)、HIV−1 Rev(配列番号3)、pAntp(配列番号4)、VP22ペプチド(配列番号5)、SV40NLS(配列番号6)、Pep−1(配列番号7)、Integrinβ3(配列番号8)、InfluenzaHA−2(配列番号9)、W/R(配列番号10)、Transportan(配列番号:11)、BMV−gag(配列番号12)、HTLV−IIRex(配列番号13)、Human cFOS(配列番号14)、Human cJUN(配列番号15)、FHVcoat(配列番号16)、Yeat GCN4(配列番号17)、R9(配列番号18)などを挙げることができるが、特に、これらのペプチドに限定されるものではなく、当業者によって容易に選択することができる細胞膜透過性を有するペプチドであれば、如何なるものでも使用することができる(より詳細には、Dietzら,Mol Cell Neurosci.2004 27:85−131及び特許文献1〜9を参照のこと)。
【0017】
体細胞へ導入する分化多能性因子タンパク質の調製は、多くの従来技術の中から当業者によって容易に選択し、実施することができる。通常は、適当な発現ベクターを用いて適当な細胞内で発現させる方法が利用される。この場合、発現ベクター上に、適当な発現プロモーターの下流に、膜透過性ペプチドをコードする核酸と所望の分化多能性因子をコードする核酸を発現可能に(つまり、両者が機能し得る形態で連結して発現するように)組込み、適当な宿主細胞(大腸菌、枯草菌などの原核生物の他、酵母、動物細胞、昆虫細胞などの真核生物由来の細胞)に形質導入し、該宿主細胞内で発現した分化多能性因子タンパク質を定法に従って抽出・精製することで、所望の分化多能性因子を調製することができる。
【0018】
本発明の実施に使用可能なベクターとしては、例えば、プラスミドDNA、ファージDNA等が挙げられる。プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19、pCBD−C等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5、pC194等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13、YEp24、YCp50、YIp30等)などが挙げられ、対象とする細胞の性質に応じて選択することができる。
【0019】
本発明の実施に使用可能なプロモーターとしては、対象タンパク質の発現を行う細胞に対応した適切なプロモーターであれば特に限定されない。
例えば、動物細胞を宿主として用いる場合は、SRαプロモーター、CMVプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、HSV−TKプロモーター、EF−1αプロモーター等が挙げられる。
宿主が大腸菌である場合には、tacプロモーター、trpプロモーター、lacプロモーター、recAプロモーター、λPLプロモーター、lppプロモーター等が、宿主が枯草菌である場合には、SPO1プロモーター、SPO2プロモーター、penPプロモーター等が挙げられる。
宿主が酵母である場合には、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター等が挙げられる。
宿主が昆虫細胞である場合は、ポリヘドリンプロモーター、P10プロモーターなどが好ましい。
【0020】
対象タンパク質の発現ベクターには対象タンパク質のコード化配列、プロモーター配列以外にも、選択マーカー、ターミネーター、エンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、リボソーム結合配列(SD配列)、SV40複製起点(SV40ori)などを連結することができる。
選択マーカーとしては、限定はしないが、ハイグロマイシン耐性マーカー(Hygr)、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子(dhfr)、アンピシリン耐性遺伝子(Ampr)、カナマイシン耐性遺伝子(Kanr)、ネオマイシン耐性遺伝子(Neor,G418)などが利用可能である。
【0021】
本発明のiPS細胞を作製する方法において、体細胞にタンパク質のまま導入する分化多能性因子以外の分化多能性因子は、その遺伝子を該体細胞中へ導入し、細胞中において発現させてもよい。この場合、導入する分化多能性因子の遺伝子は、目的の体細胞に適した発現ベクターに発現可能に挿入し、該ベクターを目的の体細胞へ形質導入し、該遺伝子の発現を体細胞中で行わせることができる。使用可能な発現ベクターは、当業者によって適宜選択することができるが、例えば、レトロウィルスベクターなどが好ましい。分化多能性因子を体細胞中で発現する方法の詳細は、前掲の非特許文献1〜10に詳細に記載されているので、参照されたい。
また、iPS細胞を調製するために体細胞を培養する培地についても、特に、限定されるものではなく、前掲の非特許文献1〜10に記載される培地、例えば、Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM,Invitrogen)などに適宜必要な因子を添加して使用することができる。
【0022】
本発明のiPS細胞を作製する方法においては、如何なる体細胞(例えば、線維芽細胞、上皮細胞、あるいは、動物検体由来の任意の細胞など)であっても使用することができ、特に、限定されるものではない。
以下に実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明は実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0023】
1.TAT−融合タンパク質の精製
pTAT−HA大腸菌発現ベクター(ワシントン医科大学Steven F.Dowdy博士より供与)に発現目的タンパク質(c−Mycなど)を挿入したもので、大腸菌BL21(DE3)株を形質転換し、1mM IPTG存在下、37℃で4時間培養し、タンパクの発現を誘導した。その後、細胞溶解バッファー中で細胞破砕を行い、遠心操作 (12,000回転、20分、4℃) により可溶化タンパクを含んだ細胞溶解液を得た。これをNi−NTAカラムに通し、洗浄後、結合タンパク質を500mMイミダゾール存在下にて溶出した。さらにPD−10 Sephadex G−25 M カラムによるバッファー交換で脱塩し、PBS又は培養メディウム(血清不含DMEM)に置換後、急速凍結して使用まで−80℃で保存した。
【0024】
2.膜透過ペプチド融合タンパク質を用いたiPS細胞作製
図1にTAT−融合c−Mycタンパク(TAT−mc−Myc)(NCBIアクセッション番号:NP_034979;配列番号1)を用いたMEF(mouse embryonic fibroblasts:マウス胎児線維芽細胞)からの高効率iPS細胞作製の模式図を示す。iPS細胞誘導の原法では4種の転写因子をレトロウイルスによって導入する(図の上側;c−Myc、Oct4、Sox2、Klf4)。c−Mycの導入は必須ではないものの、高いiPS細胞誘導効率を得るために必要となる。しかしながら、c−Mycウイルスのゲノムへの挿入は再活性化による細胞の癌化の原因となる。そこで、臨床研究の安全性の向上に寄与すべく、c−Mycをタンパクの形で導入することでiPS細胞の樹立を可能にすることを試みた(図の下側;TAT−融合c−Myc)。理論的には他の3因子も全てタンパクの形で導入し、ゲノムへの遺伝子挿入を伴わないiPS細胞作製法が可能である。
【0025】
3.TAT誘導タンパク質の調製
発現されるタンパク質の模式図を図2に示す。翻訳開始コドン(ATG)に始まり、ヒスチジンTag(6xHis:タンパク精製に必要)、TATペプチド配列と続き、ヘマグルチニン(HA:目的タンパクのTagとなり解析に利用される)に融合される形で目的タンパク質が発現される。マウスc−Myc(mc−Myc)(NCBIアクセッション番号:NM_010849;配列番号2)と蛍光マーカーhumanized Kusabira Orange(huKO)(MBL,カタログ番号:AM−V0045)を発現するベクターをそれぞれ構築し、研究に用いた(TAT−mc−Myc、TAT−huKO)。コントロールとして、それぞれにつきTATを含まないベクターを構築し、TATを含まない融合タンパク質を発現、精製して用いた(mc−Myc w/oTAT、huKO w/oTAT)。
【0026】
4.TAT−huKOのJurkat細胞への導入
精製TAT−融合タンパク質の機能性を確認する目的で、TAT−huKOを精製し、異なる濃度でJurkat細胞培養液(10%ウシ胎児血清含有RPMI1640)に加えた。60分後に細胞を洗浄し、フローサイトメトリー解析を行った。図3に示すように、用量依存性のタンパク導入が観察された。
5.TAT−huKOのMEF細胞への導入
iPS細胞作製の標的細胞であるMEFに対する導入キネティクスをTAT−huKOを用いて検討した。TAT−huKOは、5μMを用いてMEF細胞とインキュベートし、洗浄後、蛍光顕微鏡にて観察した(図4)。その結果、10分後に細胞膜表面に蛍光が認められ、30分後には細胞質内へのhuKOタンパクの導入が認められた。60分後では、一部、120分では、多くの細胞でhuKO蛍光が核(DAPIによる二重染色)に重複して観察され、核内へのタンパク導入が確認された。
次に、タンパク導入の濃度依存性を検討した。図5に示した濃度でTAT−huKOをMEF細胞と1時間インキュベートした結果を示す。TAT−huKOの使用量、2μMから導入細胞が観察されるようになり、5μMではほぼ100%の細胞にhuKO蛍光が認められた。一方、TATを融合していない精製huKOタンパク質については、5μM使用した場合でも、MEF細胞内に蛍光シグナルが検出されなかった。
【0027】
6.TAT−mc−MycのMEF細胞への導入
上記1に記載した手順によりTAT−融合C−Mycタンパク質(TAT−mc−Myc)を精製した。精製したTAT−融合C−Mycタンパク質のSDS−PAGEによる解析結果を図6に示す。フロースルー(素通し)中に夾雑タンパク質が多く認められるが、精製物は、ほぼ単一バンドとなっており、高純度のTAT−mc−Mycタンパク質を精製することができた。
精製したTAT−mc−Mycを2μMの濃度でMEF細胞とインキュベートし、洗浄後、ウェスタンブロット法により導入タンパク質の量を解析した(図7)。導入タンパク質の検出には、抗ポリ−ヒスチジン抗体を用いた。数分のインキュベーション(0hr)においても、わずかながら導入タンパク質のシグナルを認めることができ、0.5hrのインキュベーションから導入タンパク質量の明らかな増加が認められ、以後、漸増し、6hrのインキュベーションでほぼプラトーに達した。内在性のコントロールとしてα−チューブリンタンパク質の量を同時に解析した。
7.TAT−mc−Mycによる細胞毒性の評価
TAT−mc−Mycを異なる濃度でJurkat細胞と1時間インキュベートし、細胞毒性をCCK−8キット(MTT法に準じた細胞毒性アッセイ法、同仁化学研究所)を用いて解析した。5μM以上の濃度において、わずかな細胞毒性を反映した吸光度の低下が認められたが、有意な低下ではなかった。2μMでは吸光度の低下は見られず、細胞毒性はみられなかった(図8)。
【0028】
8.TAT−融合c−Mycタンパク質を用いたiPS細胞作製の実際
図9にiPS細胞誘導のタイムスケジュールを示す。従来法の「4因子レトロウィルスベクター法」は、図9の太実線の上側に示すように、day1(1日目)にウイルス感染を行い、day3(3日目)よりiPS細胞誘導メディウム(15%ウシ胎児血清含有DMEMにleukemia inhibitory factor 1,000 U/mlを加えたもの)に置換後、経過観察の後、day7(7日目)頃からES細胞様コロニーが出現する。そして、day15(15日目)前後に、その形態的特徴に基づいてES細胞様の細胞をピックアップする。
一方、本発明の1例である、「3因子レトロウィルスベクター+TAT−mc−Myc法」は、図9太実線の下側に示すように、day1(1日目)にc−Myc以外の3因子をウィルスベクターにより導入する。day2(2日目)より、1日1回、TAT−mc−Myc導入を繰り返し、day15(15日目)前後にES細胞様コロニーをピックアップした。「3因子レトロウィルスベクター+コントロールc−Myc」をコントロールとして用いたが、コロニーの出現は認められなかった。
上記スケジュールに従い、C57BL/6マウスMEFを用いてiPS細胞の誘導を行った。レトロウィルスによる4因子導入(R4iPS)と、3因子ウィルス導入+TAT−mc−Myc法(TMiPS)を行った結果、いずれの方法を用いてもES細胞様のコロニーを得ることができた。また、R4iPS細胞(図10、R4iPS)とTMiPS細胞(図10、TMiPS)との間に形態の差を認めなかった。
【0029】
9.樹立したiPS細胞のアルカリフォスファターゼ染色及び未分化マーカー発現の確認
樹立したiPS細胞についてアルカリフォスファターゼ染色を行った。R4iPS細胞、TMiPS細胞ともに染色され、細胞の未分化性の指標であるアルカリフォスファターゼ活性を有することが示された(図11)。さらに、R4iPS細胞、TMiPS細胞は、ともに未分化細胞マーカーSSEA−1、Nanogタンパクを発現することが、抗SSEA−1抗体及び抗Nanogタンパク質抗体による免疫染色によって示された(図12)。
以上の結果から、本発明の方法によってiPS細胞を作製することが可能であり、作製されたiPS細胞は、従来の方法によって作製されるiPS細胞と同様の特徴を有することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、iPS細胞を安全かつ迅速に調製する方法であるため、今後、iPS細胞を臨床上利用する上で、極めて有効な手段を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】膜透過ペプチド融合タンパク質を用いたiPS細胞作製法について模式的に説明した図である。
【図2】TAT−融合タンパクの構造模式図を示す。 翻訳開始コドン(ATG)に始まり、ヒスチジンタグ(6xHis:タンパク精製に必要)、TATペプチド配列と続き、ヘマグルチニン(HA:目的タンパクのTagとなり解析に利用される)に融合される形で目的タンパク質が発現される。huKO:humanized Kusabira Orange
【図3】フローサイトメトリーによるTAT−huKOのJurkat細胞への導入の確認。 精製TAT−融合タンパク質の機能性を確認する目的で、精製したTAT−huKOを、異なる濃度でJurkat細胞培養液に加え、60分後に細胞を洗浄し、フローサイトメトリー解析を行った。
【図4】TAT−huKOのMEF細胞への導入 iPS細胞作製の標的細胞であるMEFに対しての導入キネティクスをTAT−huKOを用いて検討した。TAT−huKO(5μM)を細胞に添加し、図に示した時間インキュベートし、洗浄後に蛍光顕微鏡にて観察した。
【図5】TAT−huKOのMEF細胞への導入 図に示した濃度でTAT−huKOをMEF細胞と1時間インキュベートし、蛍光顕微鏡観察を行った。
【図6】TAT−融合−Mycタンパク質の精製 精製したTAT−融合C−Mycタンパク質(TAT−mc−Myc)を、SDS−PAGEにより解析を行った結果を示す。
【図7】TAT−mc−MycのMEF細胞への導入 精製したTAT−mc−Myc(2μM)をMEF細胞と共に図に表示した時間インキュベートし、洗浄後、ウェスタンブロット法により導入したタンパク質の量を解析した。内在コントロールとしてa−チューブリンのタンパク量を同時に解析した。
【図8】TAT−mc−Mycによる細胞毒性の評価 TAT−mc−Mycを異なる濃度でJurkat細胞と1時間インキュベートし、細胞毒性をCCK−8キット(MTT法に準じた細胞毒性アッセイ法)を用いて解析した。グラフの縦軸は吸光度を示し、値が低くなるほど細胞への毒性の影響が強くなる。横軸の「Jurkat」は、TAT−mc−Mycを添加しないコントロールを示す。
【図9】iPS細胞誘導のタイムスケジュール 4因子レトロウィルスベクター法:太実線の上側に示す。 3因子レトロウィルスベクター+TAT−mc−Myc法:太実線の下側に示す。
【図10】TAT−融合c−Mycタンパク質を用いたiPS細胞作製の実際 図9に示した方法によりC57BL/6マウスMEFを用いてiPS細胞の誘導を行った。レトロウィルスによる4因子導入(R4iPS)と3因子ウィルス導入+TAT−mc−Myc法(TMiPS)を行い、両方法によって作製されるiPS細胞の位相差顕微鏡像を示す。
【図11】樹立したiPS細胞のアルカリフォスファターゼ染色 樹立したiPS細胞ついてアルカリフォスファターゼ染色を行った結果である。
【図12】樹立したiPS細胞の未分化マーカーの発現 R4iPS細胞及びTMiPS細胞を、各々、抗SSEA−1抗体(SSEA−1、各パネル左側)及び抗Nanogタンパク質抗体(Nanog、各パネル左側)で免疫染色を行い、蛍光顕微鏡で観察した観察像を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、iPS細胞(induced pluripotent stem cells)の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
iPS細胞(induced pluripotent stem cells)は、人工多能性幹細胞若しくは誘導多能性幹細胞とも称され、線維芽細胞などの体細胞へ数種類の転写因子遺伝子を導入することにより、ES細胞と同等の分化多能性を獲得した細胞である。
分化多能性を有する細胞は、生体を構成する全ての臓器や組織へ分化する能力を保持していることから、何らかの疾患で損傷した臓器などを再生する上で極めて有効な手段として期待されている。従来は、ES細胞の利用による再生医療研究が中心に行われていたが、ES細胞は生命の起源となる胚から取得されるものであるため、その使用上、倫理的な問題に直面することになる。また、ES細胞から調製した組織などは、移植の段階で拒絶反応を引き起こすおそれがあり、このような免疫的な問題を克服する必要もある。
【0003】
ES細胞を用いた場合に生じ得る倫理上の問題と免疫学上の問題を解決することができる分化多能性細胞として、iPS細胞に多くの期待が寄せられている。
マウスのiPS細胞は、Yamanakaらによって、分化多能性の維持に重要なNanog遺伝子の発現を指標にし、マウス線維芽細胞へOct3/4、Sox2、Klf4、c−Mycの4つの遺伝子を導入することにより、初めて樹立された(非特許文献1、非特許文献2)。その後も同様の方法によるマウスiPS細胞の樹立が報告されている(非特許文献3、非特許文献4)。そして、iPS細胞の癌化の問題を克服するために、c−Myc遺伝子以外の3つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf4)のみでも、iPS細胞の樹立が可能であることも報告されている(非特許文献5、非特許文献6、非特許文献7)。
一方、ヒトのiPS細胞に関しては、Thomsonらが、ヒトの線維芽細胞に、OCT3/4、SOX2、Nanog、LIN28を導入してヒトiPS細胞を樹立し(非特許文献8)、また、Yamanakaらは、OCT3/4、SOX2、KLF4、C−MYCをヒトの線維芽細胞に導入して、同じくiPS細胞を樹立した(非特許文献9)。
【0004】
以上のように、iPS細胞の今後の利用可能性が注目される中で、いくつかの問題点が指摘されている。
まず、分化多能性を体細胞へ付与する因子(Oct、Soxなど。以下、分化多能性因子と称する)を体細胞へ導入するために、レトロウィルスベクターなどによる遺伝子導入法を用いると、細胞のゲノム中に遺伝子がランダムに導入され、その結果、遺伝子の挿入による突然変異(特に、内在性発癌遺伝子の活性化など)が引き起こされる可能性が指摘される。特に、癌遺伝子であるc−Myc遺伝子を導入すると、作製したiPS細胞の癌化が有意に高い確率で確認されている。c−Myc遺伝子を用いずにiPS細胞の作出に成功したことが報告されてはいるが(非特許文献5、非特許文献6、非特許文献7)、作出効率が極めて低いため、今後、臨床的な応用に利用することは難しいのではないかと考えられている。
最近、アデノウィルスベクター用いて、分化多能性因子の体細胞における発現を、一過的に大量に行うことでiPS細胞を作製する方法が報告された(非特許文献10)。この方法で作製されたiPS細胞をマウスの胚盤胞にインジェクトすると、生まれたマウスの組織中にインジェクトしたiPS細胞に由来する分化した細胞が確認され、また、少なくとも4〜12週齢のマウスにおいて癌化は認められなかった。この方法によれば、分化多能性因子の遺伝子導入に伴うiPS細胞の癌化の問題が解決される可能性がある。
【0005】
また、分化多能性因子を遺伝子として導入してiPS細胞を作製する方法は、多くの煩雑な工程を必要とし、スクリーニングなどに長い時間を要することから、効率性の問題が指摘される。タンパク質を細胞内で機能させるためには、その遺伝子を導入して目的の細胞内で発現させる他、タンパク質自体を細胞内に直接導入することも可能である。タンパク質自体を直接細胞へ導入する方法は、これまでに多くの方法が報告されているが、中でも、膜透過ペプチド(あるいは、タンパク導入ドメイン、細胞膜透過性ペプチド)との融合タンパク質を目的の細胞に接触させて、細胞内へ導入する方法が多く利用されている(例えば、特許文献1〜9など)。iPS細胞を樹立するために、分化多能性因子をタンパク質のまま体細胞へ導入する方法については、その可能性を示唆する文献(特許文献10)や、分化多能性因子のOct4タンパク質とSox2タンパク質を導入したとの報告はあるが(非特許文献11)、実際にiPS細胞を作製したとの報告はこれまでに存在しない。これは、タンパク質自体を導入することの指摘は可能であっても、実際に細胞内で機能するように分化多能性因子タンパク質を導入することは多くの困難が伴うためである。
【0006】
【非特許文献1】Takahashiら,Cell 2006,126:663−676.
【非特許文献2】Okitaら,Nature 2007,448:313−317.
【非特許文献3】Wernigら,Nature 2007,448:318−324.
【非特許文献4】Maheraliら,Cell Stem Cell 2007,1:55−70.
【非特許文献5】Parkら,Nature 2007,451:141−146.
【非特許文献6】Nakagawaら,Nat Biotechnol 2008,26:101−106.
【非特許文献7】Wernigら,Cell Stem Cell 2008,10:10−12.
【非特許文献8】Yuら,Science 2007,318:1917−1920.
【非特許文献9】Takahashiら,Cell 2007,131:861−872.
【非特許文献10】Stadtfeldら,Science 25 September 2008,オンライン公開版(www.sciencemag.org/cgi/content/full/1162494/DC1)
【非特許文献11】Bonsnali及びEdenhofer Biol.Chem.,2008,389:851−861.
【特許文献1】US5,804,604号
【特許文献2】US5,747,641号
【特許文献3】US5,674,980号
【特許文献4】US5,670,617号
【特許文献5】US5,652,122号
【特許文献6】WO2002/018572
【特許文献7】特開2005−52083
【特許文献8】特開2005−253408
【特許文献9】特開2001−199997
【特許文献10】WO2007/069666
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、上記事情に鑑み、鋭意研究を行ったところ、分化多能性因子タンパク質を体細胞に導入することによってiPS細胞を作製することに成功し、本発明を完成させるに至った。
よって、本発明は、従来のiPS細胞作製方法に生じ得る諸問題を解決するために、分化多能性因子タンパク質を直接体細胞へ導入し、安全なiPS細胞を効率的に作製する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、分化多能性因子タンパク質を膜透過性ペプチド融合させて体細胞内へ導入したところ、安全性の高いiPS細胞を効率的に作製することに成功した。
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(6)に関する。
(1)本発明の第1の形態は、「分化多能性因子の少なくとも1つをタンパク質のまま体細胞へ導入し、iPS細胞を作製する方法」である。
(2)本発明の第2の形態は、「前記分化多能性因子が、以下の(a)〜(c)に示す組合せのタンパク質であり、(a)〜(c)に示されるタンパク質の少なくとも1つをタンパク質のまま該体細胞へ導入し、その他のタンパク質はその遺伝子を該体細胞へ導入して細胞内で発現させる、上記(1)に記載のiPS細胞を作製する方法。
(a)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質及びKlfファミリータンパク質、
(b)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質、Klfファミリータンパク質及びMycファミリータンパク質、及び
(c)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質、Nanogタンパク質及びLIN28タンパク質」である。
(3)本発明の第3の形態は、「前記(a)〜(c)に示されるタンパク質の少なくとも1つを、タンパク質のまま体細胞に導入するために、該タンパク質に膜透過ペプチドを融合させることを特徴とする上記(2)に記載のiPS細胞を作製する方法」である。
(4)本発明の第4の形態は、「前記分化多能性因子の組合せが、Oct3/4、Sox2、c−Myc及びKlf4である上記(1)乃至(3)のいずれかに記載のiPS細胞を作製する方法」である。
(5)本発明の第5の形態は、「前記c−Mycをタンパク質のまま導入する上記(4)に記載のiPS細胞を作製する方法」である。
(6)本発明の第6の形態は、「前記体細胞がヒト由来である上記(1)乃至(5)のいずれかに記載のiPS細胞を作製する方法」である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、安全性の高い(特に、癌化しない)iPS細胞を効率的に作製することができる。
【0010】
また、発明の方法を用いると、細胞の種類に関係なく(従来は、iPS細胞のソースとして線維芽細胞が中心に使用されてきた)、多くの体細胞をiPS細胞のソースとして使用することができる。
【0011】
臨床応用を考慮するにあたり、ウィルスベクターの使用に関する制約は多く、臨床グレードの安全性の保証されたウィルス液の作製は現在まで国内ではほとんど行われていない。これに対し、GMP基準のタンパク質合成は国内にて比較的容易に可能であり、臨床応用の面からも本発明の方法に優位性を認めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の目的の1つは、iPS細胞の安全かつ効率的な作製方法を提供することである。
ここで、「iPS細胞」とは、人工多能性幹細胞若しくは誘導多能性幹細胞とも称される分化多能性を獲得した細胞のことで、体細胞へ分化多能性を付与する数種類の転写因子(以下、ここでは「分化多能性因子」と称する)遺伝子を導入することにより、ES細胞と同等の分化多能性を獲得した細胞である。「分化多能性因子」としては、すでに多くの因子が報告されており、限定はしないが、例えば、Octファミリー(例えば、Oct3/4(NCBIアクセッション番号:NM_013633(マウス)、NM_002701(ヒト)))、Soxファミリー(例えば、Sox2(NCBIアクセッション番号:NM_011443(マウス)、NM_003106(ヒト))、Sox1、Sox3、Sox15及びSox17など)、Klfファミリー(例えば、Klf4(NCBIアクセッション番号:NM_010637(マウス)、NM_004235(ヒト))、Klf2など)、Mycファミリー(例えば、c−Myc(NCBIアクセッション番号:NM_010849(マウス)、NM_002467(ヒト))、N−Myc、L−Mycなど)、Nanog(NCBIアクセッション番号:NM_024865(マウス)、NM_028016(ヒト))、LIN28(NCBIアクセッション番号:NM_145833(マウス)、NM_024674(ヒト))などを挙げることができる。また、分化多能性因子のスクリーニング方法に関する報告を参考に、当業者であれば適宜、所望の分化多能性因子を選択することができる(例えば、WO2005/80598を参照のこと)。
iPS細胞を作製するために導入される分化多能性因子の組合せとしては、限定はしないが、例えば、以下の(a)〜(c)の組合せを使用することができる。
(a)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質及びKlfファミリータンパク質、
(b)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質、Klfファミリータンパク質及びMycファミリータンパク質、及び
(c)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質、Nanogタンパク質及びLIN28タンパク質
【0013】
また、ヒト及び非ヒト動物細胞(例えば、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、サル、イヌ、ネコ、トリなど)に存在する上掲の分化多能性因子のホモログを用いて本発明を実施することにより、所望の動物由来のiPS細胞を容易に作製することができる。また、本発明において使用される分化多能性因子は、必ずしも野生型である必要はなく、野生型のアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含むタンパク質であってもよい。ここで、「実質的に同一のアミノ酸配列を含むタンパク質」とは、上掲の分化多能性因子タンパク質のアミノ酸配列と約60%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%,81%,82%,83%,84%,85%,86%,87%,88%,89%,90%,91%,92%,93%,94%,95%,96%,97%,98%,最も好ましくは約99%のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、体細胞の分化多能性の誘導を他の分化多能性因子と協働して惹起するタンパク質である。あるいは、上掲の分化多能性因子タンパク質のアミノ酸配列中の1又は数個(好ましくは、1〜30個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜5個)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、体細胞の分化多能性の誘導を他の分化多能性因子と協働して惹起するタンパク質である。
【0014】
分化多能性因子タンパク質と「実質的に同一のアミノ酸配列を含むタンパク質」には、野生型の分化多能性誘導能よりも優れた能力を発揮するものも含まれる。このようなより優れた能力を発揮するタンパク質は、野生型のタンパク質のアミノ酸配列中に欠失、置換若しくは付加などの改変を、当該技術分野で公知の手法により導入することで調製することが可能である。該改変は、例えば、特定のアミノ酸残基の置換は、市販のキット(例えば、MutanTM−G(TaKaRa社)、MutanTM−K(TaKaRa社))等を使用し、Guppedduplex法やKunkel法等の公知の方法あるいはそれらに準じる方法により、分化多能性因子の遺伝子に適当な塩基置換を導入して行うことができる。
【0015】
なお、本明細書において、「分化多能性因子」と記載する場合、特に、注記しなければ、タンパク質及び遺伝子の両方を指すものとする。特にタンパク質について議論する場合には、「分化多能性因子タンパク質」と、遺伝子について議論する場合には、「分化多能性因子遺伝子」と記載することとする。また、特定の分化多能性因子を記載する場合も、例えば、「Sox2」などと記載する場合、特に注記しなければ、Sox2タンパク質及びSox2遺伝子の両方を意味するものとする。
【0016】
本発明のある実施形態において、体細胞に導入する分化多能性因子の少なくとも1つ、又は全部をタンパク質のまま導入することができる。タンパク質を細胞内に導入する方法としては、例えば、「膜透過性ペプチド」、「タンパク質導入ドメイン」、あるいは「細胞膜透過性ペプチド」などと称されるペプチドを、細胞内へ導入するタンパク質に融合させる方法が容易に利用可能である。ここで、「膜透過性ペプチド」、「タンパク質導入ドメイン」、あるいは「細胞膜透過性ペプチド」とは、塩基性アミノ酸を多く含むことを特徴とする細胞膜透過性を有するペプチドのことで、例えば、HIV−1 TAT(配列番号1)、HIV−1 gp41(配列番号2)、HIV−1 Rev(配列番号3)、pAntp(配列番号4)、VP22ペプチド(配列番号5)、SV40NLS(配列番号6)、Pep−1(配列番号7)、Integrinβ3(配列番号8)、InfluenzaHA−2(配列番号9)、W/R(配列番号10)、Transportan(配列番号:11)、BMV−gag(配列番号12)、HTLV−IIRex(配列番号13)、Human cFOS(配列番号14)、Human cJUN(配列番号15)、FHVcoat(配列番号16)、Yeat GCN4(配列番号17)、R9(配列番号18)などを挙げることができるが、特に、これらのペプチドに限定されるものではなく、当業者によって容易に選択することができる細胞膜透過性を有するペプチドであれば、如何なるものでも使用することができる(より詳細には、Dietzら,Mol Cell Neurosci.2004 27:85−131及び特許文献1〜9を参照のこと)。
【0017】
体細胞へ導入する分化多能性因子タンパク質の調製は、多くの従来技術の中から当業者によって容易に選択し、実施することができる。通常は、適当な発現ベクターを用いて適当な細胞内で発現させる方法が利用される。この場合、発現ベクター上に、適当な発現プロモーターの下流に、膜透過性ペプチドをコードする核酸と所望の分化多能性因子をコードする核酸を発現可能に(つまり、両者が機能し得る形態で連結して発現するように)組込み、適当な宿主細胞(大腸菌、枯草菌などの原核生物の他、酵母、動物細胞、昆虫細胞などの真核生物由来の細胞)に形質導入し、該宿主細胞内で発現した分化多能性因子タンパク質を定法に従って抽出・精製することで、所望の分化多能性因子を調製することができる。
【0018】
本発明の実施に使用可能なベクターとしては、例えば、プラスミドDNA、ファージDNA等が挙げられる。プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19、pCBD−C等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5、pC194等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13、YEp24、YCp50、YIp30等)などが挙げられ、対象とする細胞の性質に応じて選択することができる。
【0019】
本発明の実施に使用可能なプロモーターとしては、対象タンパク質の発現を行う細胞に対応した適切なプロモーターであれば特に限定されない。
例えば、動物細胞を宿主として用いる場合は、SRαプロモーター、CMVプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、HSV−TKプロモーター、EF−1αプロモーター等が挙げられる。
宿主が大腸菌である場合には、tacプロモーター、trpプロモーター、lacプロモーター、recAプロモーター、λPLプロモーター、lppプロモーター等が、宿主が枯草菌である場合には、SPO1プロモーター、SPO2プロモーター、penPプロモーター等が挙げられる。
宿主が酵母である場合には、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター等が挙げられる。
宿主が昆虫細胞である場合は、ポリヘドリンプロモーター、P10プロモーターなどが好ましい。
【0020】
対象タンパク質の発現ベクターには対象タンパク質のコード化配列、プロモーター配列以外にも、選択マーカー、ターミネーター、エンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、リボソーム結合配列(SD配列)、SV40複製起点(SV40ori)などを連結することができる。
選択マーカーとしては、限定はしないが、ハイグロマイシン耐性マーカー(Hygr)、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子(dhfr)、アンピシリン耐性遺伝子(Ampr)、カナマイシン耐性遺伝子(Kanr)、ネオマイシン耐性遺伝子(Neor,G418)などが利用可能である。
【0021】
本発明のiPS細胞を作製する方法において、体細胞にタンパク質のまま導入する分化多能性因子以外の分化多能性因子は、その遺伝子を該体細胞中へ導入し、細胞中において発現させてもよい。この場合、導入する分化多能性因子の遺伝子は、目的の体細胞に適した発現ベクターに発現可能に挿入し、該ベクターを目的の体細胞へ形質導入し、該遺伝子の発現を体細胞中で行わせることができる。使用可能な発現ベクターは、当業者によって適宜選択することができるが、例えば、レトロウィルスベクターなどが好ましい。分化多能性因子を体細胞中で発現する方法の詳細は、前掲の非特許文献1〜10に詳細に記載されているので、参照されたい。
また、iPS細胞を調製するために体細胞を培養する培地についても、特に、限定されるものではなく、前掲の非特許文献1〜10に記載される培地、例えば、Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM,Invitrogen)などに適宜必要な因子を添加して使用することができる。
【0022】
本発明のiPS細胞を作製する方法においては、如何なる体細胞(例えば、線維芽細胞、上皮細胞、あるいは、動物検体由来の任意の細胞など)であっても使用することができ、特に、限定されるものではない。
以下に実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明は実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0023】
1.TAT−融合タンパク質の精製
pTAT−HA大腸菌発現ベクター(ワシントン医科大学Steven F.Dowdy博士より供与)に発現目的タンパク質(c−Mycなど)を挿入したもので、大腸菌BL21(DE3)株を形質転換し、1mM IPTG存在下、37℃で4時間培養し、タンパクの発現を誘導した。その後、細胞溶解バッファー中で細胞破砕を行い、遠心操作 (12,000回転、20分、4℃) により可溶化タンパクを含んだ細胞溶解液を得た。これをNi−NTAカラムに通し、洗浄後、結合タンパク質を500mMイミダゾール存在下にて溶出した。さらにPD−10 Sephadex G−25 M カラムによるバッファー交換で脱塩し、PBS又は培養メディウム(血清不含DMEM)に置換後、急速凍結して使用まで−80℃で保存した。
【0024】
2.膜透過ペプチド融合タンパク質を用いたiPS細胞作製
図1にTAT−融合c−Mycタンパク(TAT−mc−Myc)(NCBIアクセッション番号:NP_034979;配列番号1)を用いたMEF(mouse embryonic fibroblasts:マウス胎児線維芽細胞)からの高効率iPS細胞作製の模式図を示す。iPS細胞誘導の原法では4種の転写因子をレトロウイルスによって導入する(図の上側;c−Myc、Oct4、Sox2、Klf4)。c−Mycの導入は必須ではないものの、高いiPS細胞誘導効率を得るために必要となる。しかしながら、c−Mycウイルスのゲノムへの挿入は再活性化による細胞の癌化の原因となる。そこで、臨床研究の安全性の向上に寄与すべく、c−Mycをタンパクの形で導入することでiPS細胞の樹立を可能にすることを試みた(図の下側;TAT−融合c−Myc)。理論的には他の3因子も全てタンパクの形で導入し、ゲノムへの遺伝子挿入を伴わないiPS細胞作製法が可能である。
【0025】
3.TAT誘導タンパク質の調製
発現されるタンパク質の模式図を図2に示す。翻訳開始コドン(ATG)に始まり、ヒスチジンTag(6xHis:タンパク精製に必要)、TATペプチド配列と続き、ヘマグルチニン(HA:目的タンパクのTagとなり解析に利用される)に融合される形で目的タンパク質が発現される。マウスc−Myc(mc−Myc)(NCBIアクセッション番号:NM_010849;配列番号2)と蛍光マーカーhumanized Kusabira Orange(huKO)(MBL,カタログ番号:AM−V0045)を発現するベクターをそれぞれ構築し、研究に用いた(TAT−mc−Myc、TAT−huKO)。コントロールとして、それぞれにつきTATを含まないベクターを構築し、TATを含まない融合タンパク質を発現、精製して用いた(mc−Myc w/oTAT、huKO w/oTAT)。
【0026】
4.TAT−huKOのJurkat細胞への導入
精製TAT−融合タンパク質の機能性を確認する目的で、TAT−huKOを精製し、異なる濃度でJurkat細胞培養液(10%ウシ胎児血清含有RPMI1640)に加えた。60分後に細胞を洗浄し、フローサイトメトリー解析を行った。図3に示すように、用量依存性のタンパク導入が観察された。
5.TAT−huKOのMEF細胞への導入
iPS細胞作製の標的細胞であるMEFに対する導入キネティクスをTAT−huKOを用いて検討した。TAT−huKOは、5μMを用いてMEF細胞とインキュベートし、洗浄後、蛍光顕微鏡にて観察した(図4)。その結果、10分後に細胞膜表面に蛍光が認められ、30分後には細胞質内へのhuKOタンパクの導入が認められた。60分後では、一部、120分では、多くの細胞でhuKO蛍光が核(DAPIによる二重染色)に重複して観察され、核内へのタンパク導入が確認された。
次に、タンパク導入の濃度依存性を検討した。図5に示した濃度でTAT−huKOをMEF細胞と1時間インキュベートした結果を示す。TAT−huKOの使用量、2μMから導入細胞が観察されるようになり、5μMではほぼ100%の細胞にhuKO蛍光が認められた。一方、TATを融合していない精製huKOタンパク質については、5μM使用した場合でも、MEF細胞内に蛍光シグナルが検出されなかった。
【0027】
6.TAT−mc−MycのMEF細胞への導入
上記1に記載した手順によりTAT−融合C−Mycタンパク質(TAT−mc−Myc)を精製した。精製したTAT−融合C−Mycタンパク質のSDS−PAGEによる解析結果を図6に示す。フロースルー(素通し)中に夾雑タンパク質が多く認められるが、精製物は、ほぼ単一バンドとなっており、高純度のTAT−mc−Mycタンパク質を精製することができた。
精製したTAT−mc−Mycを2μMの濃度でMEF細胞とインキュベートし、洗浄後、ウェスタンブロット法により導入タンパク質の量を解析した(図7)。導入タンパク質の検出には、抗ポリ−ヒスチジン抗体を用いた。数分のインキュベーション(0hr)においても、わずかながら導入タンパク質のシグナルを認めることができ、0.5hrのインキュベーションから導入タンパク質量の明らかな増加が認められ、以後、漸増し、6hrのインキュベーションでほぼプラトーに達した。内在性のコントロールとしてα−チューブリンタンパク質の量を同時に解析した。
7.TAT−mc−Mycによる細胞毒性の評価
TAT−mc−Mycを異なる濃度でJurkat細胞と1時間インキュベートし、細胞毒性をCCK−8キット(MTT法に準じた細胞毒性アッセイ法、同仁化学研究所)を用いて解析した。5μM以上の濃度において、わずかな細胞毒性を反映した吸光度の低下が認められたが、有意な低下ではなかった。2μMでは吸光度の低下は見られず、細胞毒性はみられなかった(図8)。
【0028】
8.TAT−融合c−Mycタンパク質を用いたiPS細胞作製の実際
図9にiPS細胞誘導のタイムスケジュールを示す。従来法の「4因子レトロウィルスベクター法」は、図9の太実線の上側に示すように、day1(1日目)にウイルス感染を行い、day3(3日目)よりiPS細胞誘導メディウム(15%ウシ胎児血清含有DMEMにleukemia inhibitory factor 1,000 U/mlを加えたもの)に置換後、経過観察の後、day7(7日目)頃からES細胞様コロニーが出現する。そして、day15(15日目)前後に、その形態的特徴に基づいてES細胞様の細胞をピックアップする。
一方、本発明の1例である、「3因子レトロウィルスベクター+TAT−mc−Myc法」は、図9太実線の下側に示すように、day1(1日目)にc−Myc以外の3因子をウィルスベクターにより導入する。day2(2日目)より、1日1回、TAT−mc−Myc導入を繰り返し、day15(15日目)前後にES細胞様コロニーをピックアップした。「3因子レトロウィルスベクター+コントロールc−Myc」をコントロールとして用いたが、コロニーの出現は認められなかった。
上記スケジュールに従い、C57BL/6マウスMEFを用いてiPS細胞の誘導を行った。レトロウィルスによる4因子導入(R4iPS)と、3因子ウィルス導入+TAT−mc−Myc法(TMiPS)を行った結果、いずれの方法を用いてもES細胞様のコロニーを得ることができた。また、R4iPS細胞(図10、R4iPS)とTMiPS細胞(図10、TMiPS)との間に形態の差を認めなかった。
【0029】
9.樹立したiPS細胞のアルカリフォスファターゼ染色及び未分化マーカー発現の確認
樹立したiPS細胞についてアルカリフォスファターゼ染色を行った。R4iPS細胞、TMiPS細胞ともに染色され、細胞の未分化性の指標であるアルカリフォスファターゼ活性を有することが示された(図11)。さらに、R4iPS細胞、TMiPS細胞は、ともに未分化細胞マーカーSSEA−1、Nanogタンパクを発現することが、抗SSEA−1抗体及び抗Nanogタンパク質抗体による免疫染色によって示された(図12)。
以上の結果から、本発明の方法によってiPS細胞を作製することが可能であり、作製されたiPS細胞は、従来の方法によって作製されるiPS細胞と同様の特徴を有することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、iPS細胞を安全かつ迅速に調製する方法であるため、今後、iPS細胞を臨床上利用する上で、極めて有効な手段を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】膜透過ペプチド融合タンパク質を用いたiPS細胞作製法について模式的に説明した図である。
【図2】TAT−融合タンパクの構造模式図を示す。 翻訳開始コドン(ATG)に始まり、ヒスチジンタグ(6xHis:タンパク精製に必要)、TATペプチド配列と続き、ヘマグルチニン(HA:目的タンパクのTagとなり解析に利用される)に融合される形で目的タンパク質が発現される。huKO:humanized Kusabira Orange
【図3】フローサイトメトリーによるTAT−huKOのJurkat細胞への導入の確認。 精製TAT−融合タンパク質の機能性を確認する目的で、精製したTAT−huKOを、異なる濃度でJurkat細胞培養液に加え、60分後に細胞を洗浄し、フローサイトメトリー解析を行った。
【図4】TAT−huKOのMEF細胞への導入 iPS細胞作製の標的細胞であるMEFに対しての導入キネティクスをTAT−huKOを用いて検討した。TAT−huKO(5μM)を細胞に添加し、図に示した時間インキュベートし、洗浄後に蛍光顕微鏡にて観察した。
【図5】TAT−huKOのMEF細胞への導入 図に示した濃度でTAT−huKOをMEF細胞と1時間インキュベートし、蛍光顕微鏡観察を行った。
【図6】TAT−融合−Mycタンパク質の精製 精製したTAT−融合C−Mycタンパク質(TAT−mc−Myc)を、SDS−PAGEにより解析を行った結果を示す。
【図7】TAT−mc−MycのMEF細胞への導入 精製したTAT−mc−Myc(2μM)をMEF細胞と共に図に表示した時間インキュベートし、洗浄後、ウェスタンブロット法により導入したタンパク質の量を解析した。内在コントロールとしてa−チューブリンのタンパク量を同時に解析した。
【図8】TAT−mc−Mycによる細胞毒性の評価 TAT−mc−Mycを異なる濃度でJurkat細胞と1時間インキュベートし、細胞毒性をCCK−8キット(MTT法に準じた細胞毒性アッセイ法)を用いて解析した。グラフの縦軸は吸光度を示し、値が低くなるほど細胞への毒性の影響が強くなる。横軸の「Jurkat」は、TAT−mc−Mycを添加しないコントロールを示す。
【図9】iPS細胞誘導のタイムスケジュール 4因子レトロウィルスベクター法:太実線の上側に示す。 3因子レトロウィルスベクター+TAT−mc−Myc法:太実線の下側に示す。
【図10】TAT−融合c−Mycタンパク質を用いたiPS細胞作製の実際 図9に示した方法によりC57BL/6マウスMEFを用いてiPS細胞の誘導を行った。レトロウィルスによる4因子導入(R4iPS)と3因子ウィルス導入+TAT−mc−Myc法(TMiPS)を行い、両方法によって作製されるiPS細胞の位相差顕微鏡像を示す。
【図11】樹立したiPS細胞のアルカリフォスファターゼ染色 樹立したiPS細胞ついてアルカリフォスファターゼ染色を行った結果である。
【図12】樹立したiPS細胞の未分化マーカーの発現 R4iPS細胞及びTMiPS細胞を、各々、抗SSEA−1抗体(SSEA−1、各パネル左側)及び抗Nanogタンパク質抗体(Nanog、各パネル左側)で免疫染色を行い、蛍光顕微鏡で観察した観察像を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分化多能性因子の少なくとも1つをタンパク質のまま体細胞へ導入し、iPS細胞を作製する方法。
【請求項2】
前記分化多能性因子が、以下の(a)〜(c)に示す組合せのタンパク質であり、(a)〜(c)に示されるタンパク質の少なくとも1つをタンパク質のまま該体細胞へ導入し、その他のタンパク質はその遺伝子を該体細胞へ導入して細胞内で発現させる、請求項1に記載のiPS細胞を作製する方法。
(a)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質及びKlfファミリータンパク質、
(b)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質、Klfファミリータンパク質及びMycファミリータンパク質、及び
(c)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質、Nanogタンパク質及びLIN28タンパク質
【請求項3】
前記(a)〜(c)に示されるタンパク質の少なくとも1つを、タンパク質のまま体細胞に導入するために、該タンパク質に膜透過ペプチドを融合させることを特徴とする請求項2に記載のiPS細胞を作製する方法。
【請求項4】
前記分化多能性因子の組合せが、Oct3/4、Sox2、c−Myc及びKlf4である請求項1乃至3のいずれかに記載のiPS細胞を作製する方法。
【請求項5】
前記c−Mycをタンパク質のまま導入する請求項4に記載のiPS細胞を作製する方法。
【請求項6】
前記体細胞がヒト由来である請求項1乃至5のいずれかに記載のiPS細胞を作製する方法。
【請求項1】
分化多能性因子の少なくとも1つをタンパク質のまま体細胞へ導入し、iPS細胞を作製する方法。
【請求項2】
前記分化多能性因子が、以下の(a)〜(c)に示す組合せのタンパク質であり、(a)〜(c)に示されるタンパク質の少なくとも1つをタンパク質のまま該体細胞へ導入し、その他のタンパク質はその遺伝子を該体細胞へ導入して細胞内で発現させる、請求項1に記載のiPS細胞を作製する方法。
(a)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質及びKlfファミリータンパク質、
(b)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質、Klfファミリータンパク質及びMycファミリータンパク質、及び
(c)Octファミリータンパク質、Soxファミリータンパク質、Nanogタンパク質及びLIN28タンパク質
【請求項3】
前記(a)〜(c)に示されるタンパク質の少なくとも1つを、タンパク質のまま体細胞に導入するために、該タンパク質に膜透過ペプチドを融合させることを特徴とする請求項2に記載のiPS細胞を作製する方法。
【請求項4】
前記分化多能性因子の組合せが、Oct3/4、Sox2、c−Myc及びKlf4である請求項1乃至3のいずれかに記載のiPS細胞を作製する方法。
【請求項5】
前記c−Mycをタンパク質のまま導入する請求項4に記載のiPS細胞を作製する方法。
【請求項6】
前記体細胞がヒト由来である請求項1乃至5のいずれかに記載のiPS細胞を作製する方法。
【図8】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2010−110289(P2010−110289A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−287311(P2008−287311)
【出願日】平成20年11月10日(2008.11.10)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度文部科学省、「科学技術試験研究委託事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年11月10日(2008.11.10)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度文部科学省、「科学技術試験研究委託事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
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