説明

pH調整接着剤組成物

【課題】
歯科治療において、分子内に酸性基を有する(メタ)アクリレート系単量体および水を必須として含む接着剤組成物の製品寿命悪化による接着性の低下が問題となっており、これら接着剤組成物の棚寿命および接着性能を維持することが強く望まれている。
【解決手段】
分子内に酸性基を有する(メタ)アクリレート系単量体および水を必須として含む接着剤組成物に予めアルカリを添加するなどしてpH2.6〜3.5に調整されることを特徴とするpH調整接着剤組成物で上記課題を解決できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯質と歯科用修復材との接着における1液のセルフエッチングプライマーおよび1液の1ステップ型のボンディング材に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科臨床では、歯牙のう蝕部を除去して窩洞形成し、窩洞の歯科用接着剤処理後、コンポジットレジンを充填するう蝕治療がなされている。しかし、これらの材料の製品棚寿命が悪い場合、歯質接着性が不十分となり歯髄刺激や二次う蝕コンポジットの脱落などが問題となっている。
【0003】
歯科用接着剤では、特に、分子内に酸性基を有する(メタ)アクリレート系単量体および水を必須として含む1液性のセルフエッチングプライマーや1液性の1ステップボンディング材などは、製品棚寿命が悪く、術後の接着の不備が指摘されている。これは、酸性基を有する(メタ)アクリレート系単量体や共存する(メタ)アクリレート系単量体などのエステル結合が強い酸性溶液(pHが低すぎる)中で加水分解することに起因している。
【0004】
マクロモレキュール・ ケミストリー・フィジックス 200巻、1062−1067頁(1999年)には、エステル結合を有さないフォスフォン酸基含有モノマーが加水分解による接着劣化を防ぎ製品の棚寿命を改善するという報告がある。
【0005】
特開2003−89613号公報およびジャーナル・オブ・デンタル・リサーチ、83巻、特別号、演題No.#2661には、N−メタクリロイル−ω−アミノアルキルフォスフォン酸およびN−メタクリロイルグリシンを含むセルフエッチングプライマーが、加水分解による接着性能の劣化を改善すると報告している。
【0006】
しかし、強い酸性条件下で分子内にエステル基を有さない酸性のモノマー類が加水分解されない場合でも、エステル結合を有するラジカル重合性モノマー類が共存する場合は、これらが加水分解することで結局製品の棚寿命が低下する。
【0007】
特開2001−49199号公報には、(a)水不溶性の酸性基含有重合性単量体及び/又はその塩、並びに(b)水を含有してなり、pHが1.0〜6.0であることを特徴とする、実質的に透明な接着性の組成物が、エナメル質および象牙質に対して優れた接着性、特に水中での接着耐久性を示すことが報告されている。
【0008】
該公報によれば、水不溶性の酸性基含有モノマーは歯質への浸透性が悪いため接着強さにばらつきがある。そこで、「水不溶性の酸性基含有モノマーを水酸化ナトリウムやアミン類などの塩基性化合物を用いて水溶性の塩にすることによって、歯質への浸透性を向上させ、接着性を向上させることができた。」とある。
【0009】
また、該公報では、接着性組成物のpHが1.0〜6.0の範囲であることを提示している。接着性組成物のpHが1.0〜2.5では確かに高い接着強さを示すが、水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体を含む場合はやはり加水分解により接着性組成物の棚寿命が低下することが明らかになっている。
【0010】
すなわち、該公報では、塩基性化合物で予めあるいは水中で水不溶性の酸性基含有モノマーを水可溶化することによって接着性を向上させようとする狙いはあるが、塩基性化合物を添加して加水分解を避けて棚寿命を向上させることについては全く想定していない。
【0011】
このように、従来、水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体および水を必須として含む1液性のセルフエッチングプライマーや1液性の1ステップボンディング材における加水分解による製品棚寿命の悪化や接着性能が低下する問題に対する解決技術の提案は全く為されていない。
【0012】
【特許文献1】特開2001−49199号公報
【特許文献2】特開2003−89613号公報
【非特許文献1】マクロモレキュール・ ケミストリー・フィジックス 200巻、1062−1067頁(1999年)
【非特許文献2】ジャーナル・オブ・デンタル・リサーチ、83巻、特別号、演題No.#2661
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従来、水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体および水を必須として含み1液性のセルフエッチングプライマーや1液性の1ステップボンディング材は、棚寿命が悪く、酸性基を有するモノマーの加水分解などに起因して接着効果が著しく低下する問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(A)水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体および(B)水を必須として含む1液性のセルフエッチングプライマーや1液性の1ステップボンディング材などの接着剤組成物に予めアルカリを添加してpHを調整されたpH調整接着剤組成物の棚寿命を研究したところ、特にpH値2.6〜3.5に調整されたpH調整接着剤組成物が、棚寿命および接着性能を維持することを確認して本発明を完成させた。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように、水溶性の酸性基含有(メタ)アクリレート系単量体および水を必須として含む1液性のセルフエッチングプライマーや1液性の1ステップボンディング材であって、予めアルカリを添加するなどしてpH2.6〜3.5に調整された本発明のpH調整接着剤組成物は、従来の課題を解決し、接着剤組成物の棚寿命を維持し接着性能を維持するため、患者のう蝕の治療や歯の保存をより確実なものとするため、歯科医療に大きく貢献でき、歯科用接着剤として価値の高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明では、水に5%以上溶解する酸性基含有ラジカル重合性単量体モノマーを「(A)水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体」と定義する。
【0017】
本発明は、(A)水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体が、6−(メタ)アクリロキシヘキシルホスホノアセテート、6−(メタ)アクリロキシヘキシルホスホノプロピオネートであることが好ましい。これらの成分は他の水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体に比べ、特に接着性を維持しながら棚寿命が伸びた組成である。
【0018】
従来から歯科用接着性モノマーとして使用されているモノマーの中で、「水溶性の酸性モノマー」は全て使用でき、特に分子内にリン酸エステル基、フォスフォン酸基、ピロリン酸基などのリン酸基、カルボキシル基およびカルボキシル基の酸無水物基、スルホン酸基などを1以上有し、(メタ)アクリロイル基およびN−(メタ)アクリロイルアミド基などの重合性基を含むラジカル重合性単量体、およびこれら酸性基を有するラジカル重合性単量体のアルカリ金属塩類やアルカリ土類金属塩類アミン塩類から選択して使用できる。本発明における化合物の略字として、例えばメチル(メタ)アクリレートはメチルメタクリレートとメチルアクリレートを意味する。
【0019】
フォスフォン酸基含有ラジカル重合性単量体として、例えば、3−(メタ)アクリロキシプロピル−3−ホスホノプロピオネート、3−(メタ)アクリロキシプロピルホスホノアセテート、4−(メタ)アクリロキシブチル−3−ホスホノプロピオネート、4−(メタ)アクリロキシブチルホスホノアセテート、5−(メタ)アクリロキシペンチル−3−ホスホノプロピオネート、5−(メタ)アクリロキシペンチルホスホノアセテート、6−(メタ)アクリロキシヘキシル−3−ホスホノプロピオネート、6−(メタ)アクリロキシヘキシルホスホノアセテート、ビス[2−(メタ)アクリロキシエチル]ハイドロジェンフォスフェート、2−(メタ)アクリロイルオキシエチルジハイドロジェンホスフェート、3−(メタ)アクリロイルオキシプロピルジハイドロジェンホスフェート、4−(メタ)アクリロイルオキシブチルジハイドロジェンホスフェート、5−(メタ)アクリロイルオキシペンチルジハイドロジェンホスフェート、6−(メタ)アクリロイルオキシヘキシルジハイドロジェンホスフェート、N−(メタ)アクリロイル−ω−アミノプロピルフォスフォン酸、およびこれらのアルカリ金属塩類やアルカリ土類金属塩類アミン塩類等が挙げられる。
【0020】
スルホン酸基含有ラジカル重合性単量体としては、例えば、スチレンスルホン酸、2−スルホエチル(メタ)アクリレート、6−スルホヘキシル(メタ)アクリレート、10−スルホデシル(メタ)アクリレート、2−(メタ)アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸およびこれらのアルカリ金属塩類やアルカリ土類金属塩類アミン塩類等が挙げられる。
これらの水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体(A)以外の酸性基含有ラジカル重合性単量体は、単独または、適宜組み合わせて使用されるが、中でも10−(メタ)アクリロキシデシルハイドロジェンフォスフェート、4−(メタ)アクリロキシエチルトリメリット酸、4−(メタ)アクリロキシエチルトリメリット酸無水物などが好ましい。
【0021】
これらの水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体は1以上任意に選択して使用でき、本発明のpH調整接着剤組成物が不均一溶液でなる範囲内で組み合わせて使用できる。これらの水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体の配合量は、本発明のpH調整接着剤組成物の総量に対して、1重量%〜80重量%であり、好適には3重量%〜60重量%であり、特に好適には5重量%〜30重量%である。1重量%未満および80重量%を越えると接着性が低下する。
【0022】
これらの酸性基を有するラジカル重合性単量体は1以上任意に選択して、本発明のpH調整接着剤組成物に適宜加えて使用できる。その配合量は、本発明のpH調整接着剤組成物の総量に対して、1重量%〜80重量%であり、好適には3重量%〜60重量%であり、特に好適には5重量%〜30重量%である。1重量%未満および80重量%を越えると接着性が低下する。
【0023】
本発明の1液性接着剤組成物に使用される(B)水は、医療用に許容される水であり、イオン交換水、製精水などが使用される。これらの水は、本発明の水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体の酸基のイオン解離を促し、歯質の脱灰や象牙質内部への浸透性を高める効果が期待できる。その配合量は、本発明の1液性接着剤組成物の総量に対して、1重量%〜90重量%であり、好適には15重量%〜70重量%であり、特に好適には20重量%〜60重量%である。1重量%未満および90重量%を超えると接着性が低下する。
【0024】
本発明のpH調整接着剤組成物に予め添加されるアルカリは、酸性溶液のpHを調整することが可能なアルカリを全て使用できる。例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、炭酸リチウム、炭酸水素リチウム、などであり、この中でも水酸化ナトリウムが特に好ましい。
【0025】
本発明は、水酸化ナトリウムを予め添加して調整されたpH値がpH2.6〜3.5であり、特に好ましくはpH 2.8〜3.2であるpH調整接着剤組成物である。「均一溶液」または層分離していてもよい「不均一溶液」であるpH調整接着剤組成物である。
【0026】
本発明に加えてもよいラジカル重合性単量体が、脂肪族および芳香族の単官能または多官能のラジカル重合性単量体であり、歯科分野および一般工業界で使用されているラジカル重合性不飽和二重結合を有する、モノマー、オリゴマー、およびプレポリマー、から選択して使用できる。また、イオウ原子を分子内に有する重合性単量体、フルオロアルキル基を分子内に有する重合性単量体、フッ素イオン放出能を有する官能基を含むも使用できる。
これらのラジカル重合性単量体から任意に1以上選択して加えることができる。
【0027】
ラジカル重合性単量体の具体的例示としては、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ヘキサメチレングリコールジ(メタ)アクリレート、2, 2−ビス{4−(メタ)アクリロキシプロポキシフェニル}プロパン;ビスフェノールA−ジグリシジル(メタ)アクリレート、ジ(メタ)アクリロキシエチル−2, 2, 4−トリメチルヘキサメチレンジウレタン、である。
重合開始剤は、例えば、過酸化物類、α−ジケトン類、(ビス)アシルフォスフィンオキサイド類、クマリン化合物、およびチオキサントン誘導体などから任意に1以上選択して使用できる。
これらの触媒を複数利用することで、市販の歯科用光重合器に用いられているハロゲンランプ、LED、キセノンランプなどの光源を選ぶことなく、優れた硬化特性を得ることができる。
【0028】
過酸化物類が、ベンゾイルパーオキサイド、4,4’−ジクロロベンゾイルパーオキサイド、tert−ブチルパーオキシマレイックアシッドの中からから任意に1以上選択してなることが好ましい。α−ジケトン類が、D, L−カンファーキノンまたはベンジルであることが好ましい。(ビス)アシルホスフィンオキサイド類が、2, 4, 6−トリメチルベンゾイルメトキシフェニルフォスフィンオキサイド、ビス(2, 4, 6−トリメチルベンゾイル)アシルフォスフィンオキサイドであることが好ましい。クマリン化合物が3, 3’−カルボニルビス(7−ジエチルアミノクマリン)および3, 3’−カルボニルビス(7−ジブチルアミノクマリン)であることが好ましい。チオキサントン誘導体が2−クロルチオキサンセン−9−オンである1ステップ型であることが好ましい。
【0029】
その他光重合開始剤として、水溶性光重合開始剤である、2, 4, 6−トリメチルベンゾイルフェニルホスフィンオキサイド・ナトリウムおよび2−ヒドロキシ−3−(3, 4−ジメチル−9H−チオキサンテン−2−イルオキシ)−N, N, N−トリメチル−1−プロパンアミニウムクロライドを用いることもできる。
【0030】
本発明に加えてもよい重合促進剤が、N,N−ジ(2−ヒドロキシエチル)−p−トルイジン、4−N,N−ジメチルアミノ安息香酸エチルエステルなどのアミン類、5−ブチルバルビツール酸、1, 3, 5−トリメチルバルビツール酸、1−シクロヘキシル−5−エチルバルビツール酸、1−ベンジル−5−フェニルバルビツール酸などのバルビツール酸類、およびジ−n−オクチル錫ジラウレートおよびジ−n−ブチル錫ジラウレートなどの有機錫化合物および2, 4, 6−トリス(トリクロロメチル) −1,3,5−トリアジン、2−(p−メトキシフェニル)−4−ビス(トリクロロメチル)−1,3,5−トリアジンなどのトリハロメチル基置換−1,3,5−トリアジン化合物であることが好ましい。。
【0031】
本発明に加えてもよい有機溶剤がアセトンおよびエチルアルコールであることが好ましい。
【0032】
本発明に加えてもよいフィラーが超微粒子フィラー、フッ素徐放性フィラー、ポリマーおよびシリカフィラーであることが好ましい。
【0033】
本発明のpH調整接着剤組成物の機械的強度、操作性、塗布性、流動性の調整のため、適宜フィラーを配合してもよい。歯科で一般的に用いることができるフィラーであれば用いることができる。、超微粒子フィラー、およびフッ素徐放性フィラー、ポリマーおよびシリカフィラーが特に好適である。
【0034】
本発明のpH調整接着剤組成物のゲル化を防止して棚寿命の安定化のために含まれる重合防止剤としてはハイドロキノン、ハイドロキノンモノメチルエーテル、ブチル化ヒドロキシトルエン等が挙げられるが、ハイドロキノンモノメチルエーテルおよびブチル化ヒドロキシトルエンが適している。
【0035】
すなわち、本発明のpH調整接着剤組成物は、必要に応じて非水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体、分子内に酸性基を含有しないラジカル重合性単量体、重合開始剤、フィラー、有機溶剤、変性剤、増粘剤、染料、顔料から適宜選択して加えることができる。
これら剤は歯科分野および一般工業界で使用されている物を用いることができる。
【0036】
本発明のpH調整接着剤組成物は、実施する態様として、1液性セルエッチングプライマー、1液性1ステップ型のボンディング材として使用して、歯科用コンポジットレジン、低粘度コンポジットレン、レジンセメント、レジンモディファイドグラスアイオノマーセメント、フィッシャーシーラント、歯列矯正用接着剤、歯面コーテイング材、オペーク材などとセットにして使用することができる。
【実施例】
【0037】
次に実施例および比較例を挙げて本発明を具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0038】
本発明の実施例に使用した化合物の略号を以下に示す。
6-MHPA:6−メタクリロキシヘキシルホスホノアセテート
6-MHPP:6−メタクリロキシヘキシル−3−ホスホノプロピオネート
4-MET: 4−メタクリロキシエチルトリメリット酸
4-AET: 4−アクリロキシエチルトリメリット酸
Bis-GMA:ビスフェノールA−ジグリシジルメタクリレート、
UDMA:ジメタクリロキシエチル−2, 2, 4−トリメチルヘキサメチレンジウレタン
TEGDMA:トリエチレングリコールジメタクリレート
GDMA:2−ヒドロキシ−1,3−ジメタクリロイルオキシプロパン
CQ:カンファーキノン
TBPO: 2, 4, 6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド
4-MABE:4−ジメチルアミノ安息香酸エチル
BPBA: 1−ベンジル−5−フェニルバルビツール酸
R-972:超微粒子シリカフィラー (平均粒子径:0.18 μm)
MeHQ:ハイドロキノンモノメチルエーテル
【0039】
実施例1および比較例1〜3
本発明のpH調整接着剤組成物を1ステップ型の1液性歯科用ボンディング材の態様で実施するにあたり、6-MHPA(6.0重量部)、4-MET(6.0重量部)、蒸留水(34.0重量部)、Bis-GMA(12.8重量部)、TEGDMA(8.5重量部)、CQ(0.6重量部)、4-MABE(0.4重量部)、R-972(1.2重量部)、アセトン(6.0重量部)、およびMeHQをラジカル重合性単量体総量に対して2000ppm添加してミキサー混合して調製した。ここで、液の調製は酸性基を有するラジカル重合性単量体〜重合禁止剤からなる混合物に、0.1Nまたは1.0Nの水酸化ナトリウム水溶液をpH測定しながら適するpH値になるまで滴下し、最後に水と光重合開始剤および光重合促進剤を加えて暗室にて混合して、pH値3.0のpH調整接着剤組成物を調製した。比較として、pH値2.5および2.1の接着剤組成物を調製した。これらの接着剤組成物5gをポリエチレン製の黒色容器に充填した。
【0040】
上記のように調製された1液1ステップ型pH調整接着剤組成物の棚寿命を試験するにあたり、これら接着剤組成物を50℃恒温器に一定期間置いて、強制的寿命促進試験を行った。各期間でエージングされた接着剤組成物を使用して歯牙のエナメル質および象牙質とコンポジットレジンの剪断接着試験を実施した。
【0041】
[剪断接着試験]
歯質は人歯に換えて新鮮抜去牛前歯を用いその歯根部を削除して歯髄除去後、エポキシ樹脂包埋して用いた。同牛歯の唇面エナメル質および象牙質を耐水研磨紙80番で注水下研磨後、続いて600番で注水下研磨した。研磨した歯面を油分のない圧搾エアーで乾燥し、直径4mmの穴をあけた両面テープを貼りつけ接着面を規定した。次に1液1ステップ型pH調整接着剤組成物の入ったボトルを軽く振ったのち目皿に滴下し、マイクロブラシで接着規定面に塗布し、10秒間こするように処理した後、油分のない弱い圧搾エアーを5秒間ブローして揮発成分を蒸発させ、ボンディング材を歯面上に薄く広げた。続いて松風グリップライトII[株式会社 松風製]で10秒間光照射した。その後、直径4mm、高さ2mmのプラスティックモールドを接着規定面枠に固定し、モールド内に光重合型コンポジットレジン「ビューティフィル」[株式会社 松風社製]を填入した。次いでカバーガラスで空気を遮断し松風グリップライトIIで30秒間光照射しコンポジットレジンを光硬化後、モールドを除去して接着試験体を作製した。37℃蒸留水中24時間浸漬後、同試験体を剪断接着強さ用冶具にセットし、インストロン万能試験機(インストロン5567、インストロン社)を用い、クロスヘッドスピード1mm/minにて剪断接着強さを測定して、n=7の平均値を求めた。接着試験の結果を表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表1から明らかなように、本発明のpH3.0に調整されたpH整接着剤組成物(実施例1)の50℃42日後の接着強さは、大幅な接着低下もなく調製直後の接着強さを維持した。これに対し、pH2.5および2.1に調整された接着剤組成物(比較例1および2)では、直後接着強さは高いものの50℃42日後の接着強さは著しく低く、特にエナメル質接着では脱落(0 MPa)に至った。このように殆ど類似した接着剤組成物であってもpH2.5以下の接着剤組成物は棚寿命が著しく悪い結果を示した。
【0044】
実施例2および比較例3
本発明のpH調整接着剤組成物を1ステップ型の1液性歯科用ボンディング材の態様で実施するにあたり、6-MHPA(3.6重量部)、4-MET(6.0重量部)、蒸留水(34.0重量部)、Bis-GMA(12.8重量部)、TEGDMA(8.5重量部)、CQ(0.6重量部)、4-MABE(0.4重量部)、R-972(1.2重量部)、アセトン(6.0重量部)、およびMeHQをラジカル重合性単量体総量に対して2000ppm添加してミキサー混合して調製して、実施例と同様に水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpH値3.0のpH調整接着剤組成物を調製した。比較として、pH値2.1の接着剤組成物を調製した。両接着剤組成物5gをポリエチレン製の黒色容器に充填した。
【0045】
このように調製された1液1ステップ型pH調整接着剤組成物の棚寿命を試験するにあたり、実施例1に準じて50℃強制的寿命促進試験を行い、各期間でエージングされた接着剤組成物を使用して剪断接着試験を実施した。結果を表2に示す。
【0046】
【表2】

【0047】
表2から明らかなように、本発明のpH3.0に調整されたpH調整接着剤組成物(実施例2)の50℃42日後の接着強さは、大幅な接着低下もなく調製直後の接着強さを維持した。これに対し、pH2.1に調整された接着剤組成物(比較例3)では、直後接着強さは高いものの50℃42日後の接着強さは著しく低く、特にエナメル質接着では20.8 MPa →1.5 MPaに至った。このように殆ど類似した接着剤組成物であってもpH2.5以下の接着剤組成物は棚寿命が著しく悪い結果を示した。
【0048】
実施例3および比較例4
本発明のpH調整接着剤組成物を1ステップ型の1液性歯科用ボンディング材の態様で実施するにあたり、6-MHPP(3.6重量部)、4-MET(6.0重量部)、蒸留水(34.0重量部)、Bis-GMA(12.8重量部)、TEGDMA(8.5重量部)、TBPO(0.8重量部)、CQ(0.5重量部)、4-MABE(0.4重量部)、R-972(1.2重量部)、アセトン(6.0重量部)、およびMeHQをラジカル重合性単量体総量に対して2000ppm添加してミキサー混合して調製して、実施例と同様に水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpH値3.0のpH調整接着剤組成物を調製した。比較として、pH値2.1の接着剤組成物を調製した。両接着剤組成物5gをポリエチレン製の黒色容器に充填した。
【0049】
調製された1液1ステップ型pH調整接着剤組成物の棚寿命を試験するにあたり、実施例1に準じて50℃強制的寿命促進試験を行い、各期間でエージングされた接着剤組成物を使用して剪断接着試験を実施した。結果を表3に示す。
【0050】
【表3】

【0051】
本発明のpH3.0に調整されたpH調整接着剤組成物(実施例3)の50℃42日後までの接着強さは、大幅な接着低下もなく調製直後の接着強さを維持した。これに対し、pH2.1に調整された接着剤組成物(比較例4)では、直後接着強さは高いものの50℃42日後の接着強さは著しく低い値を示した。
【0052】
実施例4および比較例5
本発明のpH調整接着剤組成物を1液性セルフエッチングプライマーの態様で実施するにあたり、6-MHPA(6.0重量部)、4-AET(6.0重量部)、蒸留水(49.0重量部)、Bis-GMA(3.0重量部)、TEGDMA(2重量部)、GDMA(5重量部)、CQ(0.6重量部)、4-MABE(0.4重量部)、アセトン(35重量部)、およびMeHQをラジカル重合性単量体総量に対して2000ppm添加してミキサー混合して調製して、実施例と同様に水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpH値3.0の1液性セルフエッチングプライマーを調製した。比較として、pH値2.1の組成物を調製した。
【0053】
調製されたpH調整1液性セルフエッチングプライマーは、実施例1に準じて50℃強制的寿命促進された接着剤組成物を使用して剪断接着試験を実施した。ここで剪断接着試験は、実施例1の1液性接着剤組成物に置換して歯面を1液性セルフエッチングプライマーで10秒処理し、その後、インパーバフルオロボンドボンディング材(株式会社松風社製)を塗布して10秒間光重合する以外は実施例1と同様に実施した。
【0054】
その結果、実施例4として、pH3.0に調整されたpH調整1液性セルフエッチングプライマーは50℃42日保管後までの、(1)エナメル質への接着強さ(MPa)は、直後:22.5、21日後:18.8、42日後:17.2、(2)象牙質への接着強さ(MPa)は、直後:23.8、21日後:21.5、42日後:18.8を示し、大幅な接着低下もなく調製直後の接着強さを維持した。
一方、比較例5として、pH2.1の1液性セルフエッチングプライマーの50℃42日保管後までの(3)エナメル質への接着強さ(MPa)は、直後:21.7、21日後:14.6、42日後:8.2、(4)象牙質への接着強さ (MPa) は、直後:22.5、21日後:16.2、42日後:9.4、を示し、直後接着強さは高いものの50℃42日後の接着強さは著しく低い値を示した。
【0055】
実施例5および比較例6
実施例3および比較例4の接着剤組成物のBis-GMAをUDMAに置換する以外はすべて実施例3および比較例4と同様にして実施例5および比較例6の接着剤組成物を調製した。実施例3に準じて50℃42日後まで液を強制的寿命促進された両接着剤組成物を使用して、レジンセメントによる金属−歯質の剪断接着試験を実施した。実施例3に準じてエナメル質または象牙質の接着面に塗布後光重合して接着処理を行なった。さらに、ステンレス棒(直径5ミリ、長さ12ミリ)の接着面を酸化アルミニウム粉末を吹き付けてサンドブラスト処理を行った。続いて歯科用レジンセメントのインパーバデユアル (株式会社松風社製)を説明書に順じて粉材と液材をスパチュラで練和し、その練和泥を介在させて上記の接着処理済の歯面にステンレス棒を接合させ、荷重200gを負荷させて、接着界面からはみ出した練和泥をブレードで除去した。続いて接着界面に斜めから松風グリップライトII[(株)松風社製]で20秒間光照射した。その後、剪断接着強さ試験は同試験体を37℃蒸留水中24時間浸漬後、インストロン万能試験機(インストロン5567、インストロン社)を用い、クロスヘッドスピード1mm/minにて測定し、n=7の平均値を求めた。
【0056】
[結果] pH調整接着剤組成物の50℃42日後までの歯質−ステンレス棒の接着強さを下記に示す。
(1)エナメル質−ステンレス棒の接着強さ(MPa)
実施例5(pH3.0):直後:20.8、21日後:16.2、42日:14.6
比較例6(pH2.1):直後:20.1、21日後:13.2、42日:3.3
(2)象牙質−ステンレス棒の接着強さ(MPa)
実施例5(pH3.0):直後:19.5、21日後:15.3、42日:13.8
比較例6(pH2.1):直後:19.8、21日後:12.2、42日:8.5
以上の結果より、pH3.0に調整されたpH調整接着剤組成物では大幅な接着低下もなく調製直後の接着強さを維持したが、pH2.1の接着剤組成物では直後の接着強さは高いものの50℃42日後の接着強さは著しく低い値を示した。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明のpH調整接着剤組成物は、接着剤組成物の棚寿命を維持し接着性能を維持するため、一般産業分野の接着剤、塗料、ラッカー等の分野で使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体および(B)水を含む組成物であって、該組成物にアルカリ材を添加して、pH値2.6〜3.5に調整することを特徴とするpH調整接着剤組成物。
【請求項2】
(A)水溶性の酸性基含有ラジカル重合性単量体が、リン酸基、カルボキシル基又はカルボキシル基の無水物基を分子内に有するラジカル重合性単量体の内1以上を含む請求項1記載のpH調整接着剤組成物。