説明

リン酸の精製方法および高純度ポリリン酸

【課題】硫化物沈殿法のようにろ過や脱気工程を必要とせず、多量のナトリウムが残留せず、また高濃度のリン酸、特にポリリン酸にも適用可能であり、低コストで実施できる全く新しいリン酸のヒ素除去方法を提供し、また、従来にはなかったヒ素含有量が低く、かつ重金属、シリカ、ナトリウム等の含有量の低い高純度ポリリン酸、即ち、鉄(Fe)含有量が20ppm以下、ナトリウム(Na)含有量が100ppm以下、シリカ(SiO)含有量が50ppm以下、かつヒ素(As)含有量が1ppm以下である高純度ポリリン酸、さらに、クロム(Cr)含有量が5ppm以下、ニッケル(Ni)含有量が5ppm以下、かつモリブデン(Mo)含有量が5ppm以下の上記高純度ポリリン酸を提供すること。
【解決手段】本発明は、ヒ素を含有するリン酸とハロゲン化水素とを接触させ、当該リン酸中からヒ素を除去することを特徴とするリン酸の精製方法であり、また酸性下でハロゲン化水素を発生し得る化合物の存在下で、ヒ素を含有するリン酸とハロゲン化水素とを接触させるリン酸の精製方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有害な重金属、特にヒ素含有量を効率的に低くできるリン酸の精製方法、及びそれによって得られ、食品、医薬、電子材料分野等への使用拡大が期待される高純度ポリリン酸に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リン酸の製造方法としては、湿式法と乾式法が知られており、いずれかの方法で工業的に製造されている。湿式法では、リン鉱石を硫酸で溶解し、石膏成分をろ去し、まず希薄な濃度のリン酸を製造し、ついで所望の濃度まで濃縮することで、リン酸を得る。一方、乾式法は、リン鉱石を電気炉で還元して得られた黄リンを燃焼させて無水リン酸とし、これを水和することでリン酸を得る方法である。一般的には、湿式法は還元や燃焼を伴わないため製造コスト的には有利であり、乾式法は無水リン酸を経由し製造するためリン鉱石由来の不純物混入が少なく品質面で有利と言われている。しかし、いずれの製造方法においても、得られたリン酸には、リン鉱石や無水リン酸由来の人体に有害なヒ素が通常数十ppm程度含まれており、用途に応じ、硫化物沈殿法などのヒ素除去が行われている。しかし、後述のように、従来のヒ素除去方法の適用範囲はP濃度で約60%までが限界であった。
【0003】
また、高濃度のリン酸、特にポリリン酸(P濃度で72.4%以上)も、前述の湿式法や乾式法リン酸と同様の方法で製造されている。乾式法から得られたポリリン酸は、無水リン酸を経由するため、重金属、シリカ、ナトリウム含有量は一般的に低いが、高濃度リン酸では従来のヒ素除去方法の適用が不可能であるため、無水リン酸由来のヒ素を5〜100ppm程度含んでいる。一方、湿式法から得られたポリリン酸は、濃縮の前段階で従来のヒ素除去方法を適用できるために、ヒ素含有量は1ppm未満と低いが、リン鉱石由来の重金属、シリカ、ナトリウムの含有量が高いという特徴がある。このように、ヒ素含有量が低く、かつ重金属、シリカ、ナトリウムの含有量も低いという特徴を兼ね備えた高濃度のリン酸、特にポリリン酸は得られていなかった。
【0004】
またP濃度が約60%までの乾式法リン酸を、従来の硫化物沈殿法などで脱ヒ素し、濃縮すれば、ヒ素、重金属、シリカ、ナトリウムの含有量の低いポリリン酸が得られると考えられるが、このような製造法は実際には実施されていない。これは、黄リン燃焼水和設備と高濃縮設備の両方を有することは設備コスト、運転コストがかかりすぎ、極めて不経済であるためと推察されるためである。
【0005】
リン酸、ポリリン酸に含有されるヒ素は、食品、医薬、電子材料分野など高純度が要求される用途では、特に問題となる。さらに近年では、環境問題の高まりから、金属表面処理、染色加工等に使用する工業用リン酸においても、ヒ素含有量の低いリン酸、ポリリン酸が要求されており、低コストで効率よく実施できるヒ素除去方法が求められている。
【0006】
リン酸からヒ素を除去する方法としては、1)硫化物沈殿法、2)溶媒抽出法、3)イオン交換法、が知られている。このうち硫化物沈殿法は、工程と装置が比較的簡素、かつ低コストで実施できるため最も一般的である。この方法は、硫化水素、あるいはリン酸に溶解すると硫化水素を発生する硫化ナトリウム、水硫化ナトリウム等とリン酸とを接触させ、ヒ素を硫化ヒ素として沈殿させ、分離により除去するものである。一方、溶媒抽出法やイオン交換法は、工程と装置が複雑になり、コストが高くなるため一般的でない。
【0007】
しかし、硫化物沈殿法においても、真空ろ過機、プレスろ過機、遠心分離機等のろ過設備は必要であり、さらに沈殿する硫化ヒ素が膠質状になりやすく、リン酸からの分離除去が困難になるという問題点があった。このため分離を容易にするために、活性炭塔を流通させる方法(特開平6−48712号公報)、キレート樹脂(特開平6−100307号公報)を添加する方法、等が開示されているが、これらはいずれも設備、処理コスト等の上昇を招くので好ましくない。
【0008】
また硫化水素がリン酸中に残留するとリン酸の腐食性が高まるため、空気または窒素で過剰の硫化水素を脱気する必要もあり、工程の煩雑化を招いていた。さらに硫化ナトリウム、水硫化ナトリウム等の化合物を使用する場合には、ナトリウムが多量にリン酸中に残留するため、ナトリウム含量が問題となる用途には適用できないという制限もあった。
【0009】
さらに硫化物沈殿法では、リン酸の濃度が高い場合、特にポリリン酸の場合には、リン酸自身の粘性の上昇により、硫化ヒ素の分離除去が一層困難となるため、適用できるリン酸濃度は、P濃度で約60%までが限界であった。
【0010】
なお、より高い濃度のリン酸からヒ素を除去する方法としては、特公昭53−128595号公報に湿式法によるリン酸の精製方法として開示されている。この方法はP濃度約82%までのリン酸に塩化ナトリウムを添加し、リン酸中のヒ素を塩素と反応させ、分離除去する方法である。しかしながら、この方法においても1000〜2000ppmもの塩化ナトリウムを使用するため、ヒ素除去後のリン酸中にナトリウムが大量に残留するという問題点があった。
【0011】
以上のように、従来のヒ素除去方法では、濾過工程や脱気工程が必要で設備にコストがかかり、リン酸中に多量のナトリウムが残留し、またP濃度で60%以上の高濃度リン酸、特にポリリン酸には適用できないという問題点があった。また、これまで、低コストの方法により、ヒ素含有量が低く、かつ重金属、シリカ、ナトリウムの含有量も低いという特徴を兼ね備えた高濃度のリン酸、特にポリリン酸は得られていなかった。従って、これまでのポリリン酸の用途は高純度を要求されない分野に限定されていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、硫化物沈殿法のように濾過工程や脱気工程を必要とせず、多量のナトリウムが残留せず、また高濃度のリン酸、特にポリリン酸にも適用可能であり、低コストで実施できる全く新しいリン酸のヒ素除去方法を提供するとともに、従来にはなかった、ヒ素含有量が低く、かつ重金属、シリカ、ナトリウムの含有量も低い高純度のポリリン酸を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、本発明者らは、鋭意、研究、検討した結果、高濃度リン酸中で塩化水素の発生を伴う有機合成反応を実施中、リン酸のヒ素含有量が反応前後で大きく低下していることを見出し、さらに詳細に検討を進めた結果、前記有機合成反応自体はヒ素除去効果には無関係であり、リン酸とハロゲン化水素を接触させるのみで、リン酸中のヒ素含有量を約1ppm以下まで除去できることがわかり、またこの接触を、酸性下でハロゲン化水素を発生し得る化合物の存在下で行うと、一層、ヒ素の除去効果が高まることを見出し、さらに、当該方法は特にポリリン酸のヒ素除去に有用であることを見出して、遂に本発明を完成するに到った。
【0014】
すなわち本発明は、以下の通りである。
(1)ヒ素を含有するリン酸とハロゲン化水素とを接触させ、当該リン酸中からヒ素を除去することを特徴とするリン酸の精製方法。
(2)酸性下でハロゲン化水素を発生し得る化合物の存在下で、ヒ素を含有するリン酸とハロゲン化水素とを接触させる、上記(1)記載のリン酸の精製方法。
(3)酸性下でハロゲン化水素を発生し得る化合物が、リン酸重量に対し1重量%未満の範囲で添加される、上記(2)記載のリン酸の精製方法。
(4)酸性下でハロゲン化水素を発生し得る化合物が、鉄(II)、銅(I)またはスズ(II)の塩化物である、上記(2)記載のリン酸の精製方法。
(5)ハロゲン化水素が塩化水素である、上記(1)に記載のリン酸の精製方法。
(6)リン酸のP濃度が72.4%以上である、上記(1)に記載のリン酸の精製方法。
(7)鉄(Fe)含有量が20ppm以下、ナトリウム(Na)含有量が100ppm以下、シリカ(SiO)含有量が50ppm以下、かつヒ素(As)含有量が1ppm以下であることを特徴とする高純度ポリリン酸。
(8)鉄(Fe)含有量が10ppm以下、ナトリウム(Na)含有量が5ppm以下、シリカ(SiO)含有量が5ppm以下、かつヒ素(As)含有量が1ppm以下である、上記(7)記載の高純度ポリリン酸。
(9)さらに、クロム(Cr)含有量が5ppm以下、ニッケル(Ni)含有量が5ppm以下、かつモリブデン(Mo)含有量が5ppm以下である、上記(7)記載の高純度ポリリン酸。
(10)さらに、クロム(Cr)含有量が2ppm以下、ニッケル(Ni)含有量が2ppm以下、かつモリブデン(Mo)含有量が2ppm以下である、上記(8)記載の高純度ポリリン酸。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する前に、リン酸濃度の表示について説明する。
本発明において、リン酸とは、オルソリン酸(正リン酸とも呼ばれる)の重縮合体であり、その濃度は、通常、オルソリン酸換算あるいはP換算で表示される。オルソリン酸濃度100%のリン酸は、P濃度72.4%のリン酸に相当し、両濃度は次式の関係にある。
濃度%=オルソリン酸濃度%×0.724
濃度72.4%未満のリン酸は、オルソリン酸重縮合体と水とが平衡状態で混合したリン酸水溶液であり、一方、P濃度72.4%以上のリン酸は、オルソリン酸重縮合体のみから成り、ポリリン酸、強リン酸、スーパーリン酸とも呼ばれる。本発明においては、リン酸濃度はすべてP濃度で記載している。
【0016】
本発明のリン酸の精製方法における第1の実施形態は、ヒ素を含有するリン酸とハロゲン化水素のみを接触させ、当該リン酸中からヒ素を除去するものである。このような方法でヒ素の除去効果が発現する理由は定かではないが、ハロゲン化水素により、リン酸中のヒ素が、ハロゲン化ヒ素や水素化ヒ素のような揮発性の高いヒ素化合物に変化し、これらの化合物は、本発明の精製方法の処理温度において揮発して、ハロゲン化水素と共に、系外に排出されるものと考えられる。なお、リン酸中のヒ素がどのような化学形態であるかについても不明であるが、例えばヒ酸、亜ヒ酸、五酸化ヒ素、三酸化ヒ素が考えられる。
【0017】
第1の実施形態において、適用できるリン酸濃度は特に限定されないが、低濃度のリン酸に適用すると、水分にハロゲン化水素が溶解してリン酸の腐食性が高まり、かつ処理後にハロゲン化水素が残留しやすくなるため、水分量の比較的低い、即ち、より高濃度のリン酸に適用する方が有利である。特にポリリン酸に適用すると、完全に無水であるため、ハロゲン化水素はポリリン酸中には残留せず、腐食性を回避できる。また、使用するリン酸がポリリン酸である場合には、凝固点を持たない領域、すなわちP濃度で75〜77%あるいは80%以上が好ましい。またハンドリング性を考慮すると、その上限はP濃度で90%が好ましい。
【0018】
本発明のリン酸の精製方法における第2の実施形態は、酸性下でハロゲン化水素を発生し得る化合物の存在下で、ヒ素を含有するリン酸とハロゲン化水素を接触させ、当該リン酸中からヒ素を除去するものである。当該実施形態では、より効率よくヒ素を除去できる。酸性下でハロゲン化水素を発生し得る化合物としては、有機、無機化合物のいずれでも良いが、特に還元作用を有する金属ハロゲン化物が好ましく、より好ましくは鉄(II)、銅(I)またはスズ(II)のハロゲン化物、さらに好ましくはこれらの金属の塩化物、特に好ましくは鉄(II)またはスズ(II)の塩化物である。
【0019】
酸性下でハロゲン化水素を発生し得る化合物の存在下で、ヒ素を含有するリン酸とハロゲン化水素を接触させることにより、さらにヒ素の除去効果が促進される理由は不明であるが、特に還元剤として作用する金属ハロゲン化物を添加した場合にその効果が著しいことから、ヒ素自身が還元されやすくなって、ハロゲン化ヒ素や水素化ヒ素のような揮発性のヒ素化合物となりやすくなり、本発明の精製方法の処理温度において揮発しやすくなっていると推測される。
【0020】
第2の実施形態における、酸性下でハロゲン化水素を発生し得る化合物の使用量は微量でよく、リン酸重量に対し、好ましくは1重量%未満、より好ましくは0.5重量%未満である。当該化合物の使用量が多いと、ヒ素の除去効果はさらに高まると予想されるが、特に当該化合物が金属ハロゲン化物である場合には、金属ハロゲン化物中の金属由来の不純物が残留するので、好ましくない。このため、当該不純物の残留を避けたい場合、即ち、高純度リン酸、特に高純度ポリリン酸を望む場合には、第2の実施形態ではなく、ヒ素を含有するリン酸にハロゲン化水素のみを接触させる第1の実施形態をとることが好ましい。
【0021】
第1および第2の実施形態において、リン酸とハロゲン化水素との接触には、通常の気液混合装置のいずれでも使用可能であり、またバッチ式、連続式のいずれでもよい。例えば、バッチ反応缶を用い、リン酸中にハロゲン化水素を直接吹き込みながら激しく攪拌する方法、スタティックミキサーやエゼクターなどを用い、リン酸とハロゲン化水素を連続的に混合する方法、あるいは両者を組み合わせた方法等が採用できる。本発明で使用するハロゲン化水素としては、塩化水素、臭化水素等いずれでもよいが、最も入手しやすく、また安価である塩化水素が好ましい。
【0022】
第1および第2の実施形態において、リン酸に対するハロゲン化水素の所要量は、用いる装置の気液混合効率に大きく依存すると考えられ、範囲を限定することは困難であるが、リン酸中のヒ素は三価、五価であると考えられるため、ヒ素含有量に対して、少なくとも3〜5倍モル当量以上のハロゲン化水素が必要であると推定される。例えば、最も簡便な方法である、バッチ反応缶を用い、リン酸にハロゲン化水素を吹き込み激しく攪拌する方法の場合、ヒ素含有量50ppmのポリリン酸(P濃度85%)500mlに対しては、好ましくは1〜100ml/分、より好ましくは10〜80ml/分の吹き込み速度で、好ましくは30分以上、より好ましくは60分以上塩化水素を吹き込むとよい。
【0023】
第1および第2の実施形態において、処理温度としては、リン酸濃度と反応器の材質にもよるが、およそ50℃〜200℃の範囲で任意に設定できる。工業的に反応器等に使用されるステンレス材のリン酸への腐食性を考えると150℃以下が望ましく、生成するヒ素化合物の揮発を促進するためには、少なくとも50℃以上、より好ましくは100℃以上が望ましい。また圧力は、特に限定されず、任意に設定でき、常圧下でも十分な脱ヒ素効果が得られる。
【0024】
なお、第1および第2の実施形態においては、ヒ素化合物は、ハロゲン化水素とともに系外に排出されるが、これらは、水に吸収させた後中和処理を行うか、または水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ水溶液中に吸収させる等の方法により処理するのが好ましい。
【0025】
このような本発明のリン酸の精製方法は、簡便な方法により、ヒ素含有量が約1ppm以下と低いリン酸を得ることができる。特に、酸性下でハロゲン化水素を発生し得る化合物の存在下で行うと、ヒ素含有量が約0.1ppm以下と低いリン酸を得ることができる。また、従来の方法のような、濾過工程や脱気工程が必要で設備にコストがかかるということはなく、また硫化ナトリウム、水硫化ナトリウム等のナトリウム化合物を使用しないので、リン酸中に多量のナトリウムが残留するということがない。さらに、乾式法により得られた重金属、ナトリウム、シリカの含有量が低いリン酸に本発明の精製方法を適用することにより、ヒ素含有量が低く、かつ重金属、シリカ、ナトリウムの含有量も低いリン酸を得ることができる。
【0026】
また、本発明のリン酸の精製方法は、従来のような濾過工程が不要であるため、高濃度のリン酸、特にポリリン酸にも適用可能である。重金属、シリカ、ナトリウムの含有量は低いが、ヒ素含有量は高い乾式法から得られるポリリン酸に対して、本発明の精製法を適用することで、これまでに得られたことがなかった、ヒ素含有量が低く、かつ重金属、シリカ、ナトリウムの含有量も低い高純度のポリリン酸を得ることが可能となる。
【0027】
具体的には、工業用リン酸に無水リン酸を添加溶解し調製したポリリン酸に本発明の精製法を適用すれば、鉄(Fe)含有量が20ppm以下、ナトリウム(Na)含有量が100ppm以下、シリカ(SiO)含有量が50ppm以下、かつヒ素(As)含有量が1ppm以下であるポリリン酸を得ることが可能になり、さらには、クロム(Cr)含有量が5ppm以下、ニッケル(Ni)含有量が5ppm以下、かつモリブデン(Mo)含有量が5ppm以下である高純度ポリリン酸を得ることが可能となる。
【0028】
また、試薬用リン酸や食品添加物用リン酸に無水リン酸を添加溶解し調製したポリリン酸に本発明の精製方法を適用すれば、鉄(Fe)含有量が10ppm以下、ナトリウム(Na)含有量が5ppm以下、シリカ(SiO)含有量が5ppm以下、かつヒ素(As)含有量が1ppm以下であるポリリン酸、さらには、クロム(Cr)含有量が2ppm以下、ニッケル(Ni)含有量が2ppm以下、かつモリブデン(Mo)含有量が2ppm以下であるポリリン酸を得ることが可能となる。
【0029】
なお本発明において、ポリリン酸中の各元素含有量は以下の測定方法で定量したものである。
ヒ素は、JIS−K 0102(1993)に準じて測定した。この際、ポリリン酸サンプルには有機物は含まれていないと考えられるため、JIS記載中の硫酸/硝酸による有機物分解操作は省略した。鉄、クロム、ニッケル、モリブデン、シリカは高周波プラズマ発光(ICP)分析法により、定量を行った。ICPの試料溶液は、ポリリン酸に塩酸を加え、1.2M塩酸溶液とすることで調製した。また、検量線は試料溶液と同濃度のリン酸溶液となるよう調整した。ナトリウムは、原子吸光法により定量した。原子吸光の試料溶液は、ICPの場合と同様である。ポリリン酸のP濃度は1M水酸化ナトリウム水溶液による滴定により求めた。
【実施例】
【0030】
以下に実施例を用いて、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0031】
実施例1
ヒ素含有量が58ppmの市販の乾式ポリリン酸(P濃度84.9%)500mlを、130℃で加熱攪拌しながら、ガラスボールフィルター付きガラス管を挿入し、塩化水素ガスを20ml/分の通気速度で約2時間吹き込み、高純度ポリリン酸を得た。なお排出される塩化水素ガスは、水酸化ナトリウム水溶液でトラップした。得られた高純度ポリリン酸の分析結果を表1に示す。
【0032】
実施例2
ヒ素含有量が8ppmの市販の乾式ポリリン酸(P濃度84.2%)500mlを、1リットル三つ口ガラスフラスコに投入し、150℃で加熱攪拌しながら、ガラスボールフィルター付きガラス管を挿入し、塩化水素ガスを50ml/分の通気速度で約2時間吹き込み、高純度ポリリン酸を得た。排出される塩化水素ガスは、水酸化ナトリウム水溶液でトラップした。得られた高純度ポリリン酸の分析結果を表1に示す。
【0033】
実施例3
ヒ素含有量が25ppmの無水リン酸200gを、ヒ素含有量が0.1ppmの試薬用リン酸(P濃度61.5%)422gに添加した。均一液体となるまで120℃で加熱攪拌し、ヒ素含有量が8ppmのポリリン酸(P濃度84.0%)を調製した。ついで150℃で加熱攪拌しながら、ガラスボールフィルター付きガラス管を挿入し、塩化水素ガスを20ml/分の通気速度で約3時間吹き込み、高純度ポリリン酸を得た。排出される塩化水素ガスは、水酸化ナトリウム水溶液でトラップした。得られた高純度ポリリン酸の分析結果を表1に示す。
【0034】
実施例4
ヒ素含有量が25ppmの無水リン酸170gを、ヒ素含有量が5ppmの市販の乾式ポリリン酸(P濃度76.0%)330gに添加した。均一液体となるまで120℃で加熱攪拌し、ヒ素含有量が11ppmのポリリン酸(P濃度84.2%)を調製した。ついで150℃で加熱攪拌しながら、ガラスボールフィルター付きガラス管を挿入し、塩化水素ガスを20ml/分の通気速度で約3時間吹き込み、高純度ポリリン酸を得た。排出される塩化水素ガスは、水酸化ナトリウム水溶液でトラップした。得られた高純度ポリリン酸の分析結果を表1に示す。
【0035】
実施例5
ヒ素含有量が15ppmの工業用リン酸(P濃度65%)500mlを、1リットル三つ口ガラスフラスコに投入し、130℃で加熱攪拌しながら、ガラスボールフィルター付きガラス管を挿入し、塩化水素ガスを50ml/分の通気速度で吹き込んだ。排出される塩化水素ガスは、水酸化ナトリウム水溶液でトラップした。その結果、吹き込み開始から180分後のリン酸中のヒ素濃度は、0.8ppmであった。
【0036】
実施例6
塩化水素吹き込み前に塩化鉄(II)0.1g添加する以外は、実施例5と同様の操作を行った。その結果、吹き込み開始から120分後のリン酸中のヒ素濃度は、0.07ppmであった。
【0037】
実施例7
塩化水素吹き込み前に塩化スズ(II)二水和物0.5g添加する以外は、実施例5と同様の操作を行った。その結果、吹き込み開始から120分後のリン酸中のヒ素濃度は、0.08ppmであった。
【0038】
実施例1〜4で得られた高純度ポリリン酸に含まれる各元素の分析値を表1に示すが、比較のため、乾式法により得られたポリリン酸である市販品A、湿式法により得られたポリリン酸である市販品Bの分析値も併記する。
【0039】
【表1】

【0040】
また表1より明らかなように、乾式法により得られたポリリン酸市販品Aの場合は、重金属、シリカ、ナトリウムの含有量は低いがヒ素含有量が高く、また湿式法により得られたポリリン酸市販品Bの場合は、ヒ素含有量は低いものの重金属、ナトリウム、シリカの含有量は高い。一方、実施例1〜4の高純度ポリリン酸は、ヒ素含有量、重金属、ナトリウム、シリカの含有量はいずれにおいても低いことがわかる。また、実施例6、7より、塩化鉄(II)、塩化スズ(II)等のような、酸性下でハロゲン化水素を発生し得る化合物の存在下で、ヒ素を含有するリン酸とハロゲン化水素とを接触させると、リン酸中のヒ素除去効果がさらに高まることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
以上の説明から明らかなように、本発明のリン酸の精製方法によれば、リン酸とハロゲン化水素とを接触させるという簡便な操作を施すだけで、人体に有害なヒ素をリン酸中から効果的に除去できる。具体的には、一般的な工業用リン酸のヒ素含有量数十ppmを、およそ1ppm以下まで除去でき、さらに酸性下でハロゲン化水素を発生し得る化合物の存在下で上記の操作を行うと、およそ0.1ppm以下まで除去することができる。
【0042】
また、当該方法は、処理工程が単純で、特別な装置も必要としないため、処理にかかるトータルコストが安上がりであり、また従来のようなナトリウム化合物を使用しないので、リン酸中に多量のナトリウムが残留するということがない。
【0043】
さらに、本発明のリン酸の精製方法は、従来の精製方法のように濾過工程を必要としないので、高濃度のリン酸、特にポリリン酸に適用可能である。特に、重金属、ナトリウム、シリカの含有量は低いが、ヒ素含有量が高い乾式法で得られたポリリン酸を、本発明の精製方法に適用することにより、これまでに得られたことがなかった、ヒ素含有量、および重金属、シリカ、ナトリウムの含有量が低い高純度ポリリン酸が得られる。このような高純度ポリリン酸は、安全性が高く、環境に与える負荷も軽減できるので、食品、医薬、電子材料等広範な分野に使用でき、産業界に寄与すること大である。
【0044】
本発明は、日本で出願された平成10年特許願第373696号および平成11年特許願第230628号を基礎としており、それらの内容は本明細書に全て包含されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒ素を含有し、かつP濃度が80〜90%のポリリン酸とハロゲン化水素とを接触させ、当該ポリリン酸中からヒ素を除去することを特徴とするポリリン酸の精製方法。
【請求項2】
ハロゲン化水素が塩化水素である、請求項1記載のポリリン酸の精製方法。
【請求項3】
鉄(Fe)含有量が20ppm以下、ナトリウム(Na)含有量が100ppm以下、シリカ(SiO)含有量が50ppm以下、かつヒ素(As)含有量が1ppm以下であることを特徴とする高純度ポリリン酸。
【請求項4】
鉄(Fe)含有量が10ppm以下、ナトリウム(Na)含有量が5ppm以下、シリカ(SiO)含有量が5ppm以下、かつヒ素(As)含有量が1ppm以下である、請求項3記載の高純度ポリリン酸。
【請求項5】
さらに、クロム(Cr)含有量が5ppm以下、ニッケル(Ni)含有量が5ppm以下、かつモリブデン(Mo)含有量が5ppm以下である、請求項3記載の高純度ポリリン酸。
【請求項6】
さらに、クロム(Cr)含有量が2ppm以下、ニッケル(Ni)含有量が2ppm以下、かつモリブデン(Mo)含有量が2ppm以下である、請求項4記載の高純度ポリリン酸。

【公開番号】特開2009−209041(P2009−209041A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−152991(P2009−152991)
【出願日】平成21年6月26日(2009.6.26)
【分割の表示】特願2000−592223(P2000−592223)の分割
【原出願日】平成11年12月24日(1999.12.24)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)