説明

α,β−ジアミノ酸誘導体の製法

【課題】 α,β−ジアミノ酸誘導体を製造する方法を提供する。
【解決手段】 ルイス酸触媒の存在下で、エナミンから誘導されたイミニウムイオン(C=N二重結合種)をグリシン誘導体と反応させることによりα,β−ジアミノ酸誘導体を製造する。本発明は、グリシン誘導体のエナミンへの直接付加反応を行うことを可能とするものであり、エナミンをイミン同等物として用いたマンニッヒ反応の最初の例である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、α,β−ジアミノ酸誘導体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エナミンは有機合成化学の分野では有用な中間体である。その強い求核性により、エナミンはカルボニル化合物のα−アルキル化反応やα−アシル化反応のためのエノレート同等物として広く用いられている(非特許文献1、2)。これらの反応において、エナミンは求電子試薬と結合してイミニウムイオンを生成し、このイミニウムイオンはその後加水分解されて、α−アルキル化カルボニル化合物やα−アシル化カルボニル化合物を生成する。
イミニウムイオン中間体は反応性のC=N二重結合種であり、種々の求核試薬と反応すると考えられるが、エナミンから誘導されたイミニウムイオン中間体はこのような反応はしないことが知られている(非特許文献3,4)。
一方、グリシン単位とイミンを用いて、ルイス酸と三級アミンの組み合わせ触媒(非特許文献5)又は相間移動触媒(非特許文献6)によるマンニッヒ型反応が報告されている。
【0003】
【非特許文献1】J. Am. Chem. Soc., 85, 207 (1963)
【非特許文献2】Synthesis, 1983, 517
【非特許文献3】J. Org. Chem. 28, 1462 (1963)
【非特許文献4】Chem. Eur. J., 9, 2797 (2003)
【非特許文献5】J. Org. Chem., 68, 2583 (2003)
【非特許文献6】Org. lett., 6, 2397 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、グリシン誘導体をエナミンへ直接付加反応させてα,β−ジアミノ酸誘導体を製造する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の方法においては、ルイス酸触媒の存在下で、エナミンから誘導されたイミニウムイオン(C=N二重結合種)をグリシン誘導体と反応させることにより、α,β−ジアミノ酸誘導体を製造することを可能とした。
本発明のグリシン誘導体のエナミンへの直接付加反応は、下式(化4)に示すように、触媒量のルイス酸(LA)の存在下で進み、対応するα,β−ジアミノ酸誘導体を高収率で生成する。この反応において、エナミンは最初塩基として機能するが、その後C=N求電子試薬として機能すると考えられる。
【0006】
【化4】

【0007】
即ち、本発明は、下式(化1)
【化1】

(式中、R及びRは、それぞれ同じであっても異なってもよく、置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基又はアラルキル基を表し、R及びRは、それぞれ同じであっても異なってもよく、置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基又はアラルキル基であって、更に、R及びRのいずれか一方が、アシル基(−COR)、スルホニル基(−SO)、ホスホリル基(−PO(OR)、アルコキシカルボニル基(−COOR)、アシルアミノ基(−NHCOR)又はホスフィニル基(−POR)であってもよく(式中、Rは上記R及びRと同様に定義される。)、R及びR又はR及びRは、共に環を形成してもよい。)で表されるエナミンと下式(化2)
【化2】

(式中、R〜Rは、上記R及びRと同様に定義され、XはO、S又はNHを表す。)で表されるグリシン誘導体をルイス酸の存在下で反応させることから成るα,β−ジアミノ酸誘導体の製法である。
【0008】
また本発明は、この製法により製造される下式(化3)
【化3】

(式中、R〜R及びXは上記と同様に定義される。)で表されるα,β−ジアミノ酸誘導体である。
【発明の効果】
【0009】
ルイス酸触媒と3級アミンとの組み合わせや、相間移動触媒を用いることによる、グリシン単位とイミンとのマンニッヒ型反応が報告されているが、本発明における反応は外部塩基を用いないため、より無駄のない効率的なプロセスである。この原子効率の高いブロセスは、エナミンの塩基性と求電子性に基づくものである。
また、本発明はグリシン誘導体のエナミンヘの直接的付加反応を可能にした点で、エナミンをイミン等価体としてとして用いたマンニッヒ型反応の最初の例である。これにより一般的に不安定で取り扱いが難しい脂肪族イミンに替えて、安定なエナミンが利用可能となった。
本発明により、温和な条件下、簡便な操作、高収率のα、β−ジアミノ酸誘導体製造法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明で用いるエナミンは下式(化1)で表される。
【化1】

及びRは、それぞれ同じであっても異なってもよく、置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基又はアラルキル基を表す。
アルキル基、アルケニル基及びアルキニル基は、直鎖状でも分枝状でもよく、炭素数は10以下が好ましい。
アリール基としては、通常炭素数6〜10、好ましくは6のものが挙げられ、具体的には、例えばフェニル基、ナフチル基等が挙げられる。
アラルキル基としては、通常炭素数7〜10、好ましくは7〜8のものが挙げられ、具体的には、例えばベンジル基、フェニルエチル基等が挙げられる。
置換基としては、炭素数1〜4のアルキル基、アルコキシ基、ハロゲン化アルキル基、及びフェニル基等が挙げられる。
また、R及びRは、共に環、好ましくは5員環又は6員環を形成してもよい。
【0011】
及びRは、それぞれ同じであっても異なってもよく、置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基又はアラルキル基であって、更に、R及びRのいずれか一方が、アシル基(−COR)、スルホニル基(−SO)、ホスホリル基(−PO(OR)、アルコキシカルボニル基(−COOR)、アシルアミノ基(−NHCOR)又はホスフィニル基(−POR)であってもよい(式中、Rは上記R及びRと同様に定義される。)。置換基も上記と同様に定義される。
また、R及びRは、共に環、好ましくは5員環又は6員環を形成してもよい。
【0012】
本発明で用いるグリシン誘導体は下式(化2)で表される。
【化2】

〜Rは、上記R及びRと同様に定義され、XはO、S又はNH、好ましくはOを表す。
【0013】
本発明のルイス酸金属はMYで表されることが好ましい。
MはZn(2価)、Cu(1価)、Cu(2価)、Ag(1価)、Fe(2又は3価)、Sc(3価)又はランタノイド元素(57La〜71Lu)(3価)、好ましくはAg(1価)、Cu(1価)、Cu(2価)及びZn(2価)を表す。
nはMの原子価に相当する整数であり、1〜3を表す。
Yはハロゲン原子、OAc、OCOCF、ClO、SbF、BF,PF又はOSOCF(OTf)、好ましくはOTfを表す。
【0014】
本発明の方法は、液相で行われる。
溶媒としては、炭化水素、ハロゲン系炭化水素、エーテル類、ケトン類、アミド類などの非プロトン性溶媒を用いることができる。
溶媒中のグリシンの濃度は、通常0.05〜1.0M、好ましくは0.1〜0.4M、エナミンの濃度は、通常0.05〜1.5M、好ましくは0.15〜0.6M、ルイス酸の濃度は、通常0.0001〜0.1M、好ましくは0.01〜0.04Mである。
反応系には、上記成分以外に、モレキュラーシーブなどのゼオライトや硫酸マグネシウムなどの無機塩類などの添加剤を本発明の効果を損ねない範囲で加えてもよい。
ゼオライトは、通常溶媒1mlあたり50〜500mg用いる。
反応温度は、約−78〜50℃、好ましくは約−20℃〜室温であり、反応時間は、約1〜72時間、好ましくは約4〜24時間である。

以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
【実施例1】
【0015】
この実施例では、触媒であるルイス酸を評価した。この反応式を下式(化5)に示す。
【化5】

【0016】
なお、本実施例で用いたグリシン由来のイミンは既報(Martin J. O'Donnell, Robin L. Polt J. Org. Chem. 1982, 47, 2663-2666.)に順じて合成し、エナミンは既報(Gilbert Stork, A. Brizzolara, H. Landesman, J. Azmuszkovicz, R. Terrell J. Am. Chem. Soc. 1963, 85, 207-222.)に順じて合成した。
【0017】
トルエン(0.4ml)に種々のルイス酸(Sc(OTf)3、Cu(OTf)2、CuOTf、AgOTf、Zn(OTf)2及びIn(OTf)3)(0.04ミリモル)を含む懸濁液に、3−フェニルプロパナールとジアリルアミンから誘導されるエナミン(1a)(0.6ミリモル)とベンゾフェノンイミングリシンメチルエステル(2a)(0.4ミリモル)を0℃で加えた。
この反応混合液を同じ温度で18時間攪拌し、NaHCOの飽和水溶液を加えた。この混合液をセライトで濾過し、ジクロロメタンで水相を抽出した。有機相抽出物を食塩水で洗浄し、NaSOで乾燥した。これを濾過し減圧下で濃縮した後、粗成生物をアルミナカラムクロマトグラフィーで精製して、対応するα,β−ジアミノエステル誘導体(3aa)を2つのジアステレオマーの混合物として得た。
その結果、Zn(OTf)3、Cu(OTf)2、CuOTf、AgOTfが特に有効であることが分かった。
【実施例2】
【0018】
次に、実施例1で有効であることを確認したZn(OTf)2を10モル%用いて、溶媒及びモレキュラーシーブの効果の評価を行った。
反応は、実施例1と同様に行ったが、モレキュラーシーブ(アルドリッチ社製MS4A)を用いた場合には、懸濁液としてトルエン(0.4ml)にZn(OTf)2(0.04ミリモル)とMS4A(150mg)を含む懸濁液を用いた。
【0019】
その結果を表1にまとめる。
【表1】

注)a:単離収率、b:HNMRで決定したジアステレオマー比は43/57〜63/37であった。但し、立体配置の評価はしていない。
【0020】
その結果、MS4Aの存在下で10モル%のZn(OTf)2を用いて反応を行うと、所望の生成物が極めて高収率(96%)で得られた。
この段階で、有効な溶媒を検討した。THF、CH2Cl2、CH3CN及びDMFのような極性の高い溶媒を用いると、トルエンを用いた場合よりも若干低いが、高収率で生成物を得ることが出来る。これらの結果は、この反応経路が用いる溶媒に対してかなり寛容であることを示している。
【実施例3】
【0021】
次に、種々の基質(エナミン及びグリシン誘導体)を用いて実施例2と同様の反応を行った。触媒にZn(OTf)2(10モル%)を用い、モレキュラーシーブ4A(MS4A)を用いた。その反応式を以下(化6)に示す。
【化6】

【0022】
その結果を表2に示す。
【表2】

注)All:アリル基、nPr:n-プロピル基、Bn:ベンジル基、Ph:フェニル基、Me:メチル基、quant: 定量的
【0023】
エナミンの窒素上の置換基(R、R)としては、ジアリルアミン、ジ−n−プロピルアミンなど同じ鎖状アルキル基を有する2級アミン由来(entry 1〜4)、ビペリジンなどの環状アミン由来(entry 5)、異なる置換基を持つ2級アミン由来(entry 6,8)のいずれからも、またエナミンのオレフィン部分の置換基(R,R)としては、1置換(entry 1〜9)、2置換(entry 10)のいずれからも目的とするα、β−ジアミノ酸誘導体が高収率で得られた。
さらに、グリシン誘導体としては、立体障害が大きいと思われるグリシンのエチルエステル及びt−ブチルエステル由来のイミンからでも高収率で目的物が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明の方法は、医薬品又はその中間体などのファインケミカルの製法として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下式(化1)
【化1】

(式中、R及びRは、それぞれ同じであっても異なってもよく、置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基又はアラルキル基を表し、R及びRは、それぞれ同じであっても異なってもよく、置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基又はアラルキル基であって、更に、R及びRのいずれか一方が、アシル基(−COR)、スルホニル基(−SO)、ホスホリル基(−PO(OR)、アルコキシカルボニル基(−COOR)、アシルアミノ基(−NHCOR)又はホスフィニル基(−POR)であってもよく(式中、Rは上記R及びRと同様に定義される。)、R及びR又はR及びRは、共に環を形成してもよい。)で表されるエナミンと下式(化2)
【化2】

(式中、R〜Rは、上記R及びRと同様に定義され、XはO、S又はNHを表す。)で表されるグリシン誘導体をルイス酸の存在下で反応させることから成るα,β−ジアミノ酸誘導体の製法。
【請求項2】
請求項1に記載の製法により製造される下式(化3)
【化3】

(式中、R〜R及びXは上記と同様に定義される。)で表されるα,β−ジアミノ酸誘導体。

【公開番号】特開2006−169150(P2006−169150A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−362316(P2004−362316)
【出願日】平成16年12月15日(2004.12.15)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】