説明

α1,6−フコシル化糖特異的レクチン

【課題】 糖鎖中のα1,6−フコシル化糖を特異的に識別できるプローブ、α1,6−フコシル化糖をマーカーとする疾患の高精度な診断薬、及びα1,6−フコシル化糖をマーカーとする疾患の高精度な検出方法を提供する。
【解決手段】 アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログを含むα1,6−フコシル化糖のプローブ、又はα1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患の診断薬。アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログを用いて、サンプル中の、疾患のマーカーとなるようなα1,6−フコシル化糖を検出する第1工程と、検出されたα1,6−フコシル化糖を基準と比較して、その疾患であるか否かを判定する第2工程とを含むα1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α1,6−フコシル化糖を特異的に検出できるプローブ、α1,6−フコシル化糖の検出方法、α1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患の診断薬、及びこのような疾患の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
α−L−フコース残基は細胞表面の糖鎖に広く分布しており、生物学的現象に重要な役割を果たしている。これらの残基は、例えば血液型H抗原や、段階特異的な胚芽抗原のような抗原の重要な部分を構成している。種々のフコシルトランスフェラーゼの発現レベルの変化に伴うフコース残基の増加やフコシル化パターンの変化は、例えば炎症過程やガンにおける優位抗原の特異的なマーカーとして機能する。例えば、悪性肝臓疾患ではフコシルトランスフェラーゼ8(以下、「FUT8」と呼ぶ)の活性が増大するために、肝臓及び血清の糖タンパク質におけるα1,6−フコシル化された糖鎖の量は、悪性肝臓疾患の進行中に増大する。
【0003】
ここで、αフェトプロテイン(以下、「AFP」と呼ぶ)は、胎児血清の主なタンパク質であるが、成人では肝細胞ガンや奇形ガンのような侵襲性状態のシグナルとなる。このように血清AFPは肝臓ガンの場合に特異的に発現する糖タンパク質であるために、肝臓ガンのマーカーとして用いられている。肝細胞ガンでは、AFPの糖鎖還元末端にα1,6結合でフコース残基が付加することから、総AFP中に占めるAFP−L3の比率(AFP−L3%)は、肝細胞ガンのマーカーとして使用されている。
【0004】
このα1,6−フコシル化糖に特異的なレクチンとして、レンズ豆レクチン(LCA)及びヒイロチャワンダケレクチン(AAL)が知られている。レンズ豆レクチンはマンノース特異的レクチンで、糖鎖の根元にα1,6−結合でフコース単糖が結合するとマンノース糖鎖に対する結合活性が強くなるものであり、α1,6−フコシル化糖全般に対する特異性が高いわけではない。また、ヒイロチャワンタケレクチンは、α1,6−フコシル化糖に最も特異性が高いレクチンであるが、α1,2−フコシル化糖、α1,3−フコシル化糖、α1,4−フコシル化糖にも結合活性を示す。
【0005】
このように、α1,6−フコシル化糖に対する特異性が低いと、例えば、肝細胞ガンのマーカーとしてα1,6−フコシル化糖を検出しようとするときに、肝細胞ガンの前段階である肝炎や肝硬変などの場合に陽性を示す、あるいは肝細胞ガンであるのに擬陰性を示すなど判定の精度が下がり、誤診に繋がる。特に、α1,2−フコシル化された糖鎖としては例えば赤血球上に多量に存在するH抗原があり、α1,2−フコシル化糖にも結合活性を有することはレクチンを用いた血液検査を行う上で大きな欠点となる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、糖鎖中のα1,6−フコシル化糖を特異的に識別できるプローブ、α1,6−フコシル化糖の高精度な検出方法、α1,6−フコシル化糖をマーカーとする疾患の高精度な診断薬、及びα1,6−フコシル化糖をマーカーとする疾患の高精度な検出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明者は研究を重ね、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)から単離されたレクチンは、α1,6−フコシル化糖に特異的に結合するレクチンであり、レンズ豆レクチンやヒイロチャワンタケレクチンに比べてα1,6−結合したフコース残基に対する特異性が高いことを見出した。
【0008】
また、糖タンパク質であるAFPは肝臓ガンの進行中にその糖鎖がα1,6−フコシル化されることが知られており、アスペルギルス・オリゼのレクチンの肝細胞ガンの患者の血清から単離したAFPに対する結合活性は、健常人の血清から単離したAFPに対する結合活性より明らかに高いことを見出した。
【0009】
本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、以下のプローブ、診断薬、及び検出方法を提供する。
【0010】
項1. アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログを含むα1,6−フコシル化糖のプローブ。
【0011】
項2. アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログが、アスペルギルス・オリゼのレクチンである項1に記載のプローブ。
【0012】
項3. アスペルギルス・オリゼのレクチンが、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるレクチンである項2に記載のプローブ。
【0013】
項4. α1,6−フコシル化糖が、αフェトプロテインのα1,6−フコシル化糖である項1〜3のいずれかに記載のプローブ。
項5. アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログを含む、α1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患の診断薬。
【0014】
項6. アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログが、アスペルギルス・オリゼのレクチンである項5に記載の診断薬。
【0015】
項7. アスペルギルス・オリゼのレクチンが、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるレクチンである項6に記載の診断薬。
【0016】
項8. α1,6−フコシル化糖が、αフェトプロテインのα1,6−フコシル化糖である項5〜7のいずれかに記載の診断薬。
【0017】
項9. α1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患が肝臓ガンである項5〜8のいずれかに記載の診断薬。
【0018】
項10. アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログを用いて、サンプル中の、疾患のマーカーとなるようなα1,6−フコシル化糖を検出する第1工程と、
検出されたα1,6−フコシル化糖を基準と比較して、その疾患であるか否かを判定する第2工程と
を含むα1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患の検出方法。
【0019】
項11. アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログが、アスペルギルス・オリゼのレクチンである項10に記載の方法。
【0020】
項12. アスペルギルス・オリゼのレクチンが、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるレクチンである項11に記載の方法。
【0021】
項13. α1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患が肝臓ガンである項10〜12のいずれかに記載の方法。
【0022】
項14. 第1工程において、α1,6−フコシル化糖を有するαフェトプロテインのL3分画量を検出し、
第2工程において、総αフェトプロテイン量に占めるL3分画量の比率を基準値と比較し、基準値以上である場合に肝臓ガンであると判定する項13に記載の方法。
【0023】
項15. アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログを用いて、サンプル中のα1,6−フコシル化糖タンパク質を検出するα1,6−フコシル化糖の検出方法。
【0024】
項16. アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログが、アスペルギルス・オリゼのレクチンである項15に記載の方法。
【0025】
項17. アスペルギルス・オリゼのレクチンが、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるレクチンである項16に記載の方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、アスペルギルス・オリゼ由来のレクチン(AOL)がα1,6−フコシル化糖に特異的に結合することが見出された。AOLはα1,2−フコシル化糖やα1,3−フコシル化糖に対する結合活性は低く、α1,6−フコシル化糖に対する特異性が極めて高い。従って、AOLはα1,6−フコシル化糖の精度のよいプローブとして使用できる。
【0027】
このため、AOLをプローブとして用いれば、α1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患、例えば肝臓ガンを精度よく検出することができる。即ち、AOLは、このような疾患の診断薬として好適に使用できる。肝臓ガンの検出は、主に、超音波検査やCT検査により行われているが、発生部位や症例によっては肝臓ガンを画像で捉え難い。従って、肝炎や肝硬変の段階で、これらの検査とともに腫瘍マーカーを用いた肝臓ガンの検査を併せて行う必要がある。従って、肝細胞ガンのマーカーであるα1,6−フコシル化糖を精度よく検出できる本発明の診断薬の意義は大きい。
【0028】
また、α1,6−フコシル化糖は、例えば細胞間認識において一定の役割を果たしている。従って、α1,6−フコシル化糖のプローブは、研究用試薬としても好適に使用できる。
【0029】
さらに、アスペルギルス・オリゼのレクチンは、実用に必要な量を簡単な方法で生産できるというメリットもある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明を詳細に説明する。
(I)プローブ・診断薬
本発明のプローブは、アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログを含むα1,6−フコシル化糖ないしは糖鎖中のα1,6−フコース残基のプローブである。
【0031】
プローブとは、疾病、病変の予兆となるマーカー、例えば肝ガンマーカーなどを特異的に検出する探査子となりうるものである。このプローブは、レクチン又はそのホモログからなるものであってもよく、あるいはレクチンと他成分例えば培地成分等とを含むものであってもよい。
【0032】
アスペルギルス・オリゼのレクチンとしては、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるレクチンが挙げられる。また、そのホモログは同族体や誘導体であり、例えばアスペルギルス属に属する他菌種のレクチンがこれに含まれる。ホモログとしては、レクチン活性を有するタンパク質であり、かつ配列番号2において1個又は数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつα1,6−フコシル化糖を特異的に識別ないしは検出できるレクチンが挙げられる。「数個」は、例えば1〜5個程度、特に1〜3個程度である。
【0033】
アスペルギルス・オリゼのレクチンは、後述する実施例1に記載した通り、配列番号1に示す塩基配列からなるfleA遺伝子を保持する形質転換体を培養した培養物の中から、例えばフェリクリシンに結合するタンパク質を回収し、その中から赤血球凝集反応を示す画分を分取することにより得られる。
【0034】
このレクチンは、また、Aspergillus oryzae O−1018株(FERM P−15834)として産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託済み)を鉄濃度50ppb以下の鉄制限条件下で培養した培養物中にも比較的大量に存在する。この培養物から上記と同様にして分離することができる。
【0035】
レクチンは、完全に精製されていてもよいが、α1,6−フコシル化糖との結合活性に影響を与えない範囲で夾雑物質が混じっていてもよい。
【0036】
このレクチンは、α1,6−フコシル化糖を特異的に識別ないしは検出できるプローブである。細胞表面の糖鎖中のα1,6−フコース残基の量は細胞の状態や細胞間認識能力と関係することから、このプローブは研究用試薬として好適に使用できる。
【0037】
また、本発明のプローブは、α1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患の診断薬として好適に使用できる。α1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患とは、その疾患の羅患ないしは進行と糖鎖のα1,6−フコシル化との間に相関がある結果、糖鎖がα1,6−フコシル化されることがその疾患の羅患ないしは進行を示すような疾患をいう。このような疾患として、肝臓ガン、中でも肝臓ガンの約90%を占める肝細胞ガンが挙げられる。
【0038】
現在、実用されている肝臓ガンのマーカーの一つにAFPがある。AFPの糖鎖を以下に示す。
【0039】
【化1】

【0040】
肝臓ガンになるとこの糖鎖にα1,6−フコースが結合して以下のα1,6−フコシル化AFP糖鎖の量が増加する。
【0041】
【化2】

【0042】
このことから、血清中のAFPのα1,6−フコシル化率(AFP−L3%)は、肝細胞ガンの指標として使用されている。従って、α1,6−フコシル化糖に特異的に結合するアスペルギルス・オリゼのレクチンは、肝臓ガン、特に肝細胞ガンの診断薬として好適に使用できる。
(II)検出方法
本発明の、α1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患の検出方法は、アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログを用いて、サンプル中の疾患のマーカーとなるようなα1,6−フコシル化糖を検出する第1工程と;検出されたα1,6−フコシル化糖を基準と比較して、その特定疾患であるか否かを判定する第2工程とを含む方法である。
【0043】
サンプルとしては、ヒトの体液、組織のうち、採取可能なものを使用すればよい。例えば、血液、血清、尿、腹水、唾液、生検で採取された肝臓などが挙げられる。また、サンプル中の上記マーカーα1,6−フコシル化糖鎖を有する糖タンパク質を単離、又はさらに精製したものを使用すれば、夾雑物の影響を受けず、検出精度や検出感度が高くなる。
【0044】
第1工程では、サンプル中の、疾患のマーカーとなるようなα1,6−フコシル化糖であって、レクチンと特異的に結合するものを検出する。検出は定量であってもよく定性であってもよい。第2工程で基準と比較して判定できる方法で検出すればよい。
【0045】
α1,6−フコシル化糖が糖タンパク質の糖鎖である場合は、この糖タンパク質を検出すればよい。レクチンと特異的に結合する糖タンパク質の検出方法は、特に限定されず、公知の方法を制限なく使用できる。このような公知の方法として、酵素免疫測定法、放射免疫測定法、ラテックス凝集免疫測定法、レクチン電気泳動法と抗体親和転写法とを組み合わせた方法(レクチン親和電気泳動法)、液相中で測定対象である抗原と標識抗体との反応を行った後、遊離の標識抗体と抗原抗体複合物とをカラムを用いてB/F分離を行うLBA(Liquid-phasebindingassay)法などの免疫測定法;表面プラズモン共鳴(SPR)法などが挙げられる。また、免疫測定法の1態様として、組織染色法が挙げられる。中でも、定量性に優れる点で、LBA(Liquid-phasebindingassay)法が好ましい。
【0046】
現在、AFPのα1,6−フコシル化率の測定方法として主に採用されている方法は、以下のレクチン親和電気泳動法である。アガロース電気泳動ゲル中にレクチンを共存させておき、このゲルを用いてサンプル(又はサンプルから分離したAFP)を電気泳動することにより、サンプル中の糖タンパク質がレクチンとの親和性(結合力)に応じて分離される。これを、ニトロセルロースフィルターに転写し、フィルター中のAFPをそれに対する抗体と反応させて検出する。α1,6−フコシル化AFPのバンド濃度を全バンド濃度と比較することによりAFPのα1,6−フコシル化率を定量できる。
【0047】
第2工程では、検出されたα1,6−フコシル化糖を基準と比較する。この比較は、α1,6−フコシル化糖タンパク質又はα1,6−フコシル化糖鎖を定量した上で、基準値と比較してもよいが、検出されたα1,6−フコシル化糖タンパク質量又はα1,6−フコシル化糖鎖を目視などにより直接、基準と比較することもできる。
【0048】
定量値が基準値以上であれば、α1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患であると判定することができる。血清AFPのα1,6−フコシル化を検出する場合は、現在採用されている基準では、レクチンと結合する分画の比率、即ちAFP−L3%が、例えば10%以上、特に15%以上であれば、肝臓ガンであることが疑われる(カットオフ値)。
【0049】
また、直接比較による判定方法として、例えば、後述する実施例に記載の組織染色によりレクチンとα1,6−フコシル化糖との結合量を観察する場合は、サンプルの染色像を、そのα1,6−フコシル化糖を発現している基準サンプルの染色像、又は/及びそのα1,6−フコシル化糖を発現していない基準サンプルの染色像と直接比較して、その糖鎖がα1,6−フコシル化されている場合は、特定疾患であると判定することができる。
【0050】
また本発明のレクチンプローブを用いれば、ヒトサンプルを用いた特定疾患の検出ないしは診断だけでなく、あらゆる生物サンプルについてα1,6−フコシル化糖を定量したり、検出したりすることができる。
実施例
以下、本発明を実施例及び試験例を示してより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例1】
【0051】
アスペルギルス・オリゼのレクチンの調製
アスペルギルス・オリゼのレクチンを、Biosci.Biotechnol.Biochem.66,1002−1008(2002)に記載の方法に準拠して調製した。
【0052】
先ず、アスペルギルス・オリゼのα1,6−フコース特異的レクチン遺伝子fleAを高発現するアスペルギルス・オリゼ形質転換株を得た。即ち、高発現プロモーターであるmelOプロモーター(Appl. Microbiol. Biotechnol., 57, 131−137 (2001))の下流に、グルコアミラーゼ遺伝子glaB(特開平11−243965)中のシグナルペプチド配列、及び配列番号1に示すfleA遺伝子をこの順に連結した。この融合遺伝子を麹菌発現ベクターであるpIN93のPstIサイトに挿入したレクチン発現プラスミドpMFL2を構築した。プラスミドpMFL2を、アスペルギルス・オリゼのniaD変異株(産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM P−17707として寄託済み)に常法に従い導入し、硝酸資化能が回復した株を上記融合遺伝子が導入された株として選択した。
【0053】
次に、この形質転換株の培養物中から、α1,6−フコース特異的レクチンを単離した。即ち、上記形質転換株をツァペックドックス培地 (0.3% NaNO3, 0.2% KCl, 0.1% KH2PO4, 0.05% MgSO4・7H2O, 0.002% FeSO4・7H2O ,6% glucose, pH 6.0) 中で30°Cで7日間培養した。菌糸を回収し、1.0 mM PMSFを含む20 mMリン酸ナトリウムバッファー (pH 7.0)中で海砂を用いて磨り潰し、細胞抽出液を得た。このホモジネートを10,000×g で10分間遠心し、上清を分離した。
【0054】
上清からα1,6−フコース特異的レクチンを精製した。即ち、硫酸アンモニウムで塩析し、0.30〜0.75飽和で沈殿する赤血球凝集活性分画を20 mMリン酸ナトリウムバッファー(pH 6.0)に再懸濁した。この懸濁液を同バッファーで終夜透析し、次いで50 mM リン酸ナトリウムバッファー(pH 6.0)で平衡化したCM Toyoperl 650Mカラム( 1.6 cm x 10 cm )(TOSO社)にアプライした。50 mM リン酸ナトリウムバッファー(pH 6.0)中に0-500 mM塩化ナトリウムの直線的勾配を付けてα1,6−フコース特異的レクチン(AOL)を溶出させ、赤血球凝集活性のピーク分画を分取した。
【0055】
精製AOL分画はSDS−PAGEにおいて単一バンドを与えた(図1,レーン1)。SDS−PAGEにより得られるAOLの分子量は35,000であった。
【0056】
また、以後の実験に用いるレンズ豆レクチン(LCA)及びヒイロチャワンタケレクチン(AAL)は共に生化学工業社から購入したが、これもSDS−PAGEに供した。レーン2がAALであり、レーン3がLCAである。SDS−PAGEにより得られたAAL及びLCAの分子量及びサブユニット構成は報告されたものと一致していた(J.Biochem.107,190−196(1990)、Pro.Natl.Acad.Sci.80,4604−4608(1983))。
【実施例2】
【0057】
SPR解析による種々のフコシル化糖タンパク質との結合活性の検討
<フコシル化糖タンパク質の調製>
フコシル化糖タンパク質を卵黄から得たシアル酸糖タンパク質から、Biochim.Biophys.Acta1335,23−32(1997)に記載の方法により調製した。簡単に説明すると、シアル酸糖タンパク質(2.5 mg)を0.2 mlの50 mMクエン酸ナトリウムバッファー(pH 5.0)に溶解し、ノイラミニダーゼ (3 unit;ナカライテスク)とともに 37℃で24時間インキュベートした。この混合物を沸水中で5分間加熱し、10,000 × gで5分間遠心し、上清をCellulose Cartridge Glycan preparation kit (Takara Bio)にアプライしてアシアロ-糖タンパク質を得た。
【0058】
このアシアロ-糖タンパク質の1.28 mgを200μlの50 mMクエン酸ナトリウムバッファー(pH 5.0)に溶解させ、βガラクトシダーゼ (5 units)を用いて 37 ℃で48時間消化した。Cellulose Cartridge Glycan preparation kit (タカラバイオ)で精製した後、この糖タンパク質を0.2 mlの200 mM MESバッファー(pH 7.0)に溶解させて、α1,6-フコシルトランスフェラーゼ (5 mU;生化学工業) と37℃で24時間インキュベートした。インキュベート産物をN-[2-(2-ピリジルアミノ)エチル]スクシン酸5-ノルボルネン-2,3-ジカルボキシイミドエステル (WAKO)で蛍光ラベルし、J.Biol.Chem.279,2337−2340に記載の方法でHPLCにより精製した。フコシル化糖タンパク質の構造はマトリクス支援脱イオン化質量分析法MALDI/TOFMS(マトリックス支援レーザ脱離イオン化/飛行時間型質量分析法)により確認した。
<SPR分析>
ビアコア2000装置、BIA評価ソフトウェア3.0、センサーチップCM5,及びアミノ酸カップリングキットはBiacore ABから購入したものを用いた。リサーチグレードCM5センサーチップの表面にN-ヒドロキシスクシンイミドとN-エチル-N'-(ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドの1:1混合溶液を流量 5 μl/分間で20分間流すことにより、これを活性化した。
【0059】
被験レクチン(AOL、AAL、LCA)の10 mM酢酸ナトリウムバッファー(pH 5.0)溶液であって100μg/ml濃度のものを調製した。このレクチン溶液を活性化したCM5センサーチップに20分間注入し、さらに残存するN-ヒドロキシスクシンイミドエステルを1 Mエタノールアミンで20分間ブロックした。AOL、AAL、及びLCAは、CM5センサーチップ表面に、それぞれ268 fmol/mm2、344 fmol/mm2、及び 451 fmol/mm2密度で固定された。
【0060】
試験したピリジルアミノ-糖鎖及びフコシル化糖タンパク質の構造を以下の表1に示す。
【0061】
【表1】

【0062】
ピリジルアミノ-糖鎖及びフコシル化糖タンパク質の溶液濃度は、100 μlのHBSバッファー中でそれぞれ1.0及び7.0 nmol/mlであった。被験物質は2分間注入し、3分間の解離期間の後、センサーチップの表面を100 mMグリシンバッファー(pH 3.0)を用いて1分間洗浄して再生した。
【0063】
レゾナンスユニット(センサーチップ表面での質量変化)の測定は、AOL、AAL、LCA、及び対照について同時に行った。対照は、CM5センサーチップについてレクチンを注入しない他は同様の処理を行ったものである。解析は、25℃のHBSバッファー (0.01% Tween 20を含む10 mM Hepesバッファー, pH 7.4 )を用いて流速50 μl/分間で行った。
【0064】
経過時間に対してレゾナンスユニットをプロットしたグラフを図2に示す。図2AはAOLの結果であり、図2BはAALの結果である。AOL及びAALともに、α1,6−フコシル化糖に特異的に結合することが分かる。また、2分間糖を流した後、3分間の解離期間においてバッファーでセンサーチップを洗うことにより可逆的にレクチンに結合している糖は解離し、最終的には不可逆的にレクチンに結合している糖のみ残るが、この不可逆的結合量はAOLの方がAALより少なかった。
【0065】
また、ピリジルアミノ−糖の不可逆的な結合量を比較したグラフを図3に示す。図AはAOLの結果であり、図BはAALの結果である。図Aから、AOLはα1,6−フコシル化糖に対する特異性が極めて高いことが分かる。一方、AALは、α1,6−フコシル化糖の他、α1,2−フコシル化糖にも結合活性を示していた。α1,2−フコースを有する糖鎖としては赤血球表面に多く存在するH抗原(O型抗原)がある。従って、α1,2−フコースに結合しないAOLは、血液を用いた検査に使用する場合や血液から調製したサンプルにおいて、高精度にα1,6−レクチンを検出できることが分かる。
【0066】
図2及び図3には示さないが、LCAはここで試験したピリジルアミノ糖には結合を示さなかった。
【0067】
また、in vivoでのレクチンのα1,6−フコシル化糖への結合、即ちアミノピリジル化されていないα1,6−フコシル化糖への結合を調べるため、アミノピリジル化していないα1,6−フコシル化糖ペプチドとAOL、AAL、及びLCAとの結合性を上記と同様にしてSPR分析により測定した。経過時間に対してレゾナンスユニットをプロットしたグラフを図4に示す。レゾナンスユニットの時間経過は、図2と図4とで同じであった。このことから、糖タンパク質をピリジルアミノ化しても各レクチンとの結合様式には影響を与えず、各レクチンのフコシル化糖タンパク質への結合の特異性を正確に比較できていることが分かる。
【0068】
また、LCAはアミノピリジル化していないα1,6−フコシル糖タンパク質に対しては結合活性を示したが、これはアミノピリジル化によるN-結合型糖鎖の還元末端側GlcNAcの開環がLCAとの結合を消失させたためと考えられる。
【実施例3】
【0069】
ヒト肝細胞ガンの検出
<ヒトAFPの調製>
Immunol.Immunopathol.47,25−33(1995)に記載の方法を応用してヒトAFPを調製した。簡単に説明すると、肝細胞ガンの患者から得た腹水から、硫酸アンモニウム沈殿、DEAE陰イオンカラムクロマトグラフィー、及び抗AFP抗体カラムクロマトグラフィーによりヒトAFPを精製した。AFP分画を回収し、濃縮したものをSDS−PAGEに供したところ単一バンドを与えた。また、AFP用のRIAキット(αFETO-RIABEAD; ダイナボット)を用いたウェスタンブロッティングにより免疫学的活性を確認した。
【0070】
なお、以下の実験に使用した健常人の胎盤由来のヒトAFPは和光純薬工業から購入した。
<レクチンのビオチン化>
ビオチンラベル用のキット(ロシュダイアグノスティック)を用いてAOL、AAL、及びLCAをビオチン化した。即ち、 2 mg/ml濃度のD-ビオチニル-ε-アミノカプロン酸-N-フドロキシスクシンイミドエステルのジメチルフォルムアミド溶液の15 μlを、1.0 mg/ml濃度の各レクチンのリン酸バッファー−生理食塩水溶液の1.0 ml中に滴下し、ボルテクスミキサーで攪拌した。室温で2時間穏やかにインキュベートした後、ラベルされたレクチンをSephadex G-25カラムクロマトグラフィーで回収した。
<ELISA>
Current microtiter plates (ELISA PLATE; イワキ)を、コーティングバッファー(15 mM Na2CO3, 35 mM NaHCO3, 0.2 g/l NaN3, pH 9.6)で希釈した0.032-500 μg/ml濃度のAFP溶液の50μlで覆い、4℃で12時間静置した。プレートを0.05% (v/v) Tween 20を含む0.15 M NaCl / 5 mMリン酸ナトリウムバッファー(pH 7.4)(洗浄溶液)で洗った後、未結合部位を、上記洗浄溶液で調製した5.0% (w/v)濃度の牛胎児血清の20μlで1時間ブロックした。
【0071】
ウェルを50μlのブロッキング溶液(5.0% (w/v)濃度の牛胎児血清)で調整した濃度2.0 μg/mlのビオチン化AOLとともに4℃で12時間インキュベートした。さらに洗浄後、西洋ワサビ由来ペルキシダーゼ(HRP)でラベルしたストレプトアビジンとともに20℃で1時間インキュベートし、ウェルを繰り返し洗浄した。基質として、1.0 mg/ml濃度のo-フェニレンジアミンを添加し、ELISA光度計で450nmにおける吸光度を測定することにより、AOLと結合したAFP量を検出した。
【0072】
結果を図5のAに示す。AOLのAFPとの結合量は、健常人から分離したAFPより肝細胞ガン患者から単離したAFPの方が明らかに多かった。この結果、血清から単離したAFPとAOLとの結合量をELISAで測定することにより、肝細胞ガンの診断を行えることが分かる。
<レクチンブロッティンング>
2.0 μgのAFPを還元条件下で10% SDS-PAGEに供した。SDS-PAGEの後、ゲルを分子量マーカーについてはクマシーブリリアントブルーR-250染色した。AOLレクチンブロットを行うためにAFPについては80 mA/40-50 Vで4℃、2時間ニトロセルロースメンブレン (孔径0.45μm,バイオラド社)に移した。非特異的なレクチン結合を抑制するためこのメンブレンをブロッキングバッファー(3% BSA及び0.05% Tween 20を含む0.01 M リン酸バッファー−生理食塩水, pH 7.2) 中で終夜インキュベートした。次いで、ブロッキングバッファー(但し、上記ブロッキングバッファーにおいてTween 20濃度を0.1%にしたもの)に溶解した2.0μg/ml濃度のビオチン化AOLに20℃で2時間インキュベートした。洗浄し、HRPラベルしたストレプトアビジンと20℃で1時間インキュベートした後、メンブレンを繰り返し洗浄した。HRP反応はenhanced chemiluminescence (アマシャム)を用いて添付マニュアルに従い可視化し、発光を写真フィルムに記録した。
【0073】
結果を図5のBに示す。肝細胞ガン患者由来のAFPのみレクチンとの結合が検出された。但し、レクチンブロッティングで検出された分子量は49,000であり、図1から得られる成熟ヒトAFPの分子量である約70,000より小さかった。これは、腹水内でAFPが分解しているためと考えられる。
【実施例4】
【0074】
組織染色による肝臓ガンの検出
AOL、AAL、及びLCAの間での1,6−フコース認識特異性を比較するため、野生型マウス及びFUT8ノックアウトマウスのそれぞれに由来する14.5日の全身胚の中央部を4%パラホルムアミドを含む0.1Mのリン酸バッファー中で固定し、パラフィンに包埋した。組織染色を行うために、脱パラフィンした部分をアビジン−ビオチンブロッキング、ハイドロオキシゲンブロッキング(DAKO)で37℃、10分間予備処理し、次いでAOL (25 μg/ml), AAL (5 μg/ml) 又は LCA (5 μg/ml) とそれぞれ室温で1時間インキュベートした。
【0075】
レクチンの存在を、市販のキット(Vectastain Elite ABCTM; Vector Laboratories)を用い、添付マニュアルに従ってアビジン−ビオチンカップリングイムノペルオキシダーゼ法で可視化した。組織学的染色は、microscope system (Microphot F-XA; ニコン)及び関連機器(Photograb-250; 富士フィルム)を用いて形態測定分析により行った。
【0076】
染色結果を図6に示す。茶色部分がAOL、AAL、LCAの存在により染色された部分である。AOLを使用した場合、FUT8ノックアウトマウスでは全く染色が観察されず、野生型マウスでは部分的に染色が観察された。一方、AALを使用した場合、野生型マウスの染色部分がAOLで染色した場合よりも多かったものの、ノックアウトマウスでも染色が観察された。また、LCAでは、野生型マウスでもノックアウトマウスでも薄い染色が観察された。
【0077】
このことから、AOLをプローブとして用いることにより、α1,6−フコースの有無を精度よく、且つ高感度に検出できることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】実施例1で調製したアスペルギルス・オリゼ由来のレクチンのSDS−PAGEのゲル写真である。
【図2】各アミノピリジルフコシル化糖と各レクチンとの間のSPR分析の結果を示す図である。図AはAOLの結果であり、図BはAALの結果である。
【図3】SPR分析により得られた各アミノピリジルフコシル化糖と各レクチンとの間の不可逆的結合を比較した図である。
【図4】α1,6−フコシル化糖ペプチドとAOLとの間のSPR分析の結果を示す図である。
【図5】AOLと肝細胞ガン患者由来のAFPとの結合量が、AOLと健常人由来のAFPとの結合量より多いことを示す図である。図AはELISAの結果であり、図Bはレクチンブロッティングの結果である。
【図6】AOL、AAL、及びLCAを用いた組織染色の結果を、野生型マウスとFUT8ノックアウトマウスとの間で比較した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログを含むα1,6−フコシル化糖のプローブ。
【請求項2】
アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログが、アスペルギルス・オリゼのレクチンである請求項1に記載のプローブ。
【請求項3】
アスペルギルス・オリゼのレクチンが、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるレクチンである請求項2に記載のプローブ。
【請求項4】
α1,6−フコシル化糖が、αフェトプロテインのα1,6−フコシル化糖である請求項1〜3のいずれかに記載のプローブ。
【請求項5】
アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログを含む、α1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患の診断薬。
【請求項6】
アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログが、アスペルギルス・オリゼのレクチンである請求項5に記載の診断薬。
【請求項7】
アスペルギルス・オリゼのレクチンが、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるレクチンである請求項6に記載の診断薬。
【請求項8】
α1,6−フコシル化糖が、αフェトプロテインのα1,6−フコシル化糖である請求項5〜7のいずれかに記載の診断薬。
【請求項9】
α1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患が肝臓ガンである請求項5〜8のいずれかに記載の診断薬。
【請求項10】
アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログを用いて、サンプル中の、疾患のマーカーとなるようなα1,6−フコシル化糖を検出する第1工程と、
検出されたα1,6−フコシル化糖を基準と比較して、その疾患であるか否かを判定する第2工程と
を含むα1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患の検出方法。
【請求項11】
アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログが、アスペルギルス・オリゼのレクチンである請求項10に記載の方法。
【請求項12】
アスペルギルス・オリゼのレクチンが、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるレクチンである請求項11に記載の方法。
【請求項13】
α1,6−フコシル化糖がマーカーとなる疾患が肝臓ガンである請求項10〜12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
第1工程において、α1,6−フコシル化糖を有するαフェトプロテインのL3分画量を検出し、
第2工程において、総αフェトプロテイン量に占めるL3分画量の比率を基準値と比較し、基準値以上である場合に肝臓ガンであると判定する請求項13に記載の方法。
【請求項15】
アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログを用いて、サンプル中のα1,6−フコシル化糖タンパク質を検出するα1,6−フコシル化糖の検出方法。
【請求項16】
アスペルギルス・オリゼのレクチン、又はそのホモログが、アスペルギルス・オリゼのレクチンである請求項15に記載の方法。
【請求項17】
アスペルギルス・オリゼのレクチンが、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるレクチンである請求項16に記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−161633(P2007−161633A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−358545(P2005−358545)
【出願日】平成17年12月13日(2005.12.13)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】