説明

β−PbO2皮膜を有する鉛合金電極の製造方法

【課題】α-PbO2を主要酸化物とする酸化物皮膜の生成により、電解電圧の上昇や酸化物皮膜の脱落による製品品位の低下が問題であったため、β-PbO2を主要酸化物とする酸化物皮膜を優先的に生成することで電解電圧の抑制、皮膜脱落防止を行い、操業における電力コスト削減、製品品質の向上を目的とする。また、脱離が少なく、かつ電解電圧の上昇を抑制するβ-PbO2を電極表面に生成する簡便な技術が求められていた。
【解決手段】鉛合金電極のアノードを酸溶液中に配設し、該液中に配設されたカソードとの間で電流の通電と遮断とを繰り返す操作により前記電極の表面にβ−PbO2皮膜を生成する。
これまで、電極表面への酸化物生成は定電流で行っていたが、通電と遮断(通電流0 A、通電圧0 Vの無通電を言う。)を繰り返し行うことで定電流電解を行い酸化物を生成した時よりもβ-PbO2の生成を促進することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は亜鉛電解採取における鉛合金電極表面の耐食性向上、電解電圧の低減による省電力化および製品品質の向上を目的とした鉛合金電極の改善に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛製錬の電解採取工程において使用する鉛合金電極はその表面に酸化物皮膜が生成することで耐食性を有している。二酸化鉛の形態としてα-PbO2とβ-PbO2があるが、通常、アノード表面に生成される主要酸化物はα-PbO2である。
α-PbO2を主要酸化物とする鉛酸化物皮膜が生成されると電解電圧が高くなり、電力消費量が多くなる。また、α-PbO2を主要酸化物とする皮膜が脱落し、脱落した皮膜が製品純度を下げるといった問題点がある。
【0003】
Pb−Ag合金にCaを添加することで電解電圧が低下することが知られているため、Pb−Ag−Ca合金の電極を作製し、電解試験が行われた。電解は500A/m2で20日間行った。その結果、Pb−Ag合金よりPb−Ag−Ca合金の方が電解電圧は低下した。また、電解終了後、アノード表面のX線回折を行ったところ、Pb−Ag合金の表面にはα-PbO2、Pb−Ag−Ca合金の表面にはβ-PbO2が生成した。つまり、Caを添加することで表面にβ-PbO2を主要酸化物とする皮膜ができやすい。その一方で、Caの添加量が多すぎると酸化物皮膜に亀裂が多くなるといった問題点がある。亀裂が多いと酸化物皮膜の密着性が悪くなり、酸化物皮膜脱落の要因となる。短期間であれば問題はないかもしれないが、長期間の電解にはCaを添加した電極は不向きといえる。
【0004】
β-PbO2はα-PbO2よりも構造が緻密であるため脱落しにくい。また、結晶粒も大きいため浮遊スライムになりにくいと考えられるため、製品純度に悪影響を与えにくい。したがって、α-PbO2よりもβ-PbO2を主要酸化物とした皮膜を生成することで電解電圧は低くなるため電力コストの削減、製品品質の向上が期待できる。
【0005】
β-PbO2は硫酸鉛からの酸化反応により生成されることが一般に知られているが、その生成には時間を要する。また、実際の電解工程液にはMnが含まれている。Mnを含有した硫酸溶液中では酸化物皮膜は生成されにくいという問題点があった。
また、下記の文献1に、酸化鉛を電極表面に没入させる技術が開示されているが、電極表面に上記のようなβ-PbO2を生成する技術は限られ、この文献1の電極では、電極表面に鉛が露出しているため、上記α-PbO2が生成されてしまう。また、この方法では、別にβ-PbO2粉末を作製し、表面に没入するための製造工程があり、コストがかかる。また、電極からのβ-PbO2の脱落を防止するためさらなる改善を要する。
【特許文献1】実開平4−40769号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
α-PbO2を主要酸化物とする酸化物皮膜の生成により、電解電圧の上昇や酸化物皮膜の脱落による製品品位の低下が問題であったため、β-PbO2を主要酸化物とする酸化物皮膜を優先的に生成することで電解電圧の抑制、皮膜脱落防止を行い、操業における電力コスト削減、製品品質の向上を目的とする。
また、脱離が少なく、かつ電解電圧の上昇を抑制するβ-PbO2を電極表面に生成する簡便な技術が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、鉛合金電極のアノードを電解液中に配設し、該液中に配設されたカソードとの間で電流の通電と遮断とを繰り返す操作により前記電極の表面にβ−PbO2皮膜を生成する電極製造方法である。
これまで、電極表面への酸化物生成は定電流で行っていたが、通電と遮断(通電流0 A、通電圧0 Vの無通電を言う。)を繰り返し行うことで定電流電解を行い酸化物を生成した時よりもβ-PbO2の生成を促進することができる。
【発明の効果】
【0008】
通電と遮断を繰り返すことによりβ-PbO2の生成を促進することが可能となった。また、β-PbO2はα-PbO2よりも電解電圧が低く電力コストを削減することができる。さらに、β-PbO2はその構造が緻密であるため、電極表面から脱落しにくく、脱落しても結晶粒が大きいため浮遊スライムになりにくいのでα-PbO2と比較しても製品の品位は高いと考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
なお、本発明において、鉛合金電極は亜鉛電解採取用の鉛合金電極とすることができ、鉛合金は銀を含有する鉛合金が、カソードはアルミニウム製カソードが、電解液は硫酸溶液が、それぞれ好ましい。
また、本発明は硫酸溶液だけでなくMnを含有する工程液にも応用可能と考えられる。今回Mnを添加した硫酸溶液を用いて通電と遮断を繰り返す酸化物生成のための電解を24時間行ったところ、β-PbO2の皮膜を生成することができた。
上記の酸溶液中に鉛合金電極をアノードとし、アルミニウム製カソードをカソードとして配設して、通電と遮断の操作を行う。通電と遮断の操作は、手動でも良いし、電流制御をプログラム等により行っても良い。
【実施例】
【0010】
[共通]図1に示す鉛合金電極の作製方法に従って、Pb−1%Ag合金を作製する。すなわち、Agが1質量%となるように純鉛と純銀を精秤し、電気炉を用いて溶解(850〜900℃)する。鋳型(10mm×10mm×100mmの金型)は予め予熱(約300℃)しておく。鋳込み後に、室温で放冷する。ICPで合金の組成を確認し、Agが1質量%となっているもののみ配線、樹脂埋めを行い、図2に示す電極の形状に加工する。次いで、耐水研磨紙で表面を研磨後、酢酸:過酸化水素水=3:1(体積比)の混合液でエッチングを行い、蒸留水で2分間超音波洗浄してアノード電極として使用する。カソードには純Alを使用し、アノードと同形状に作製する。
【0011】
電解装置の概略を図3に示す。すなわち、アノードにPb−1.0質量%Ag合金、カソードに純アルミニウムを用い、電極間距離は30mmとする。また、電解液量は500mlとし、40℃に保温する。定電流電源にはガルバノスタットを使用し、電流密度は500A/m2とする。
【0012】
[実施例1]表1に試験条件、表2に各種通電条件および結果を示す。表2に示した通電条件で24時間電解を行い、アノード表面に酸化物皮膜を生成させる。その後、酸化物皮膜を生成させたそれぞれのアノードを用いて電流密度500A/m2で1週間の定電流電解を行い、電解電圧を測定する。電解終了後、アノードを電解液中から取り出し、アノードを蒸留水で洗浄し、乾燥させた後、アノード表面のX線回折、SEM観察および電解液中に脱落した物質の質量測定を行った。
【0013】
【表1】

【0014】
【表2】

【0015】
図4に各種通電条件で24時間の電解を行い、酸化物を生成させたアノード表面のSEM像を示す。24時間定電流で電解を行ったアノード表面にはα-PbO2が生成し、通電と遮断を繰り返す電解を行ったアノード表面にはβ-PbO2が生成した。この電極を使用して電流密度500A/m2で1週間の定電流電解を行った。
【0016】
図5に1週間の定電流電解後のアノード表面のX線回折結果、図6にSEM観察結果を示す。すなわち、α-PbO2が生成されたアノードを用いて1週間の定電流電解を行ったアノードの表面の主要酸化物はα-PbO2であり、通電と遮断を繰り返す電解方法で酸化物を生成したアノード表面の主要酸化物はβ-PbO2である。
【0017】
図7に1週間定電流電解を行った際の電解電圧の推移を示す。24時間定電流で酸化物皮膜の生成を行ったアノードよりも通電と遮断を繰り返す電解方法で酸化物を生成させたアノードで電解電圧は低くなる傾向がある。すなわち、アノード表面に生成された主要酸化物がβ-PbO2であることで電解電圧が低くなる。
【0018】
電解液中の脱落物の質量測定については、通電と遮断を繰り返す電解を24時間行い酸化物皮膜を生成し、1週間の定電流電解を行った試験での脱落物の量は0.0023gである(β-PbO2生成時)。一方、定電流で酸化物を生成した後、1週間の定電流電解を行った条件の脱落物の重量は0.0179gである(α-PbO2生成時)。つまり、β-PbO2が生成された方が脱落物量が少ないことが明確である。脱落物量が多いとカソードの品位が低下するためβ-PbO2を主要酸化物とする皮膜を生成し脱落物量を減らすことでカソード品位の向上につながる。
【0019】
[補足例1]
表3に示す条件で電極表面に酸化物皮膜を生成させるための電解を24時間行った。また試験条件は表4の通りである。電解終了後、電極を電解液中から取り上げ、蒸留水で洗浄・乾燥させた後、アノード表面のX線回折とSEM観察を行った。
【0020】
【表3】

【0021】
【表4】

【0022】
図8に24時間の電解を行ったアノード表面のX線回折結果を示す。すなわち、電流の通電と遮断を行わずに24時間定電流で電解を行ったアノード表面はα-PbO2、電流の通電と遮断を行ったアノード表面はβ-PbO2が生成した。
また、通電、遮断の間隔が等間隔でなくてもβ-PbO2は生成される。ただし、1−11のように電流の遮断時間が長すぎるとPbSO4が生成されてしまうためOFF(電流遮断)の時間が長すぎるのはよくないと考えられる。
なお、今回、電解時間を24時間としたが電流の通電と遮断を行った場合、24時間未満でもβ-PbO2が生成される。
【0023】
図9に電解後のアノード表面のSEM像を示す。すなわち、α-PbO2は微細な結晶であるのに対し、β-PbO2は結晶粒である。
酸化物皮膜生成のための電解を行う際、電流の通電と遮断を繰り返す電解方法を行うことでアノード表面にβ-PbO2を主要酸化物とする皮膜の生成を促進できる。
本補足例により、電流の通電、遮断時間を変更することで、酸化膜の生成に影響を与えることがわかったが、この時間の調整は、液特性、電極面積、組成等によって考慮すればよい。
【0024】
[補足例2]
硫酸溶液にMnを添加(Mn添加量:2 g/L)し、表5、6に示す条件で酸化物を生成するための電解を24時間行った。
図10に24時間電解を行い酸化物を生成させたアノード表面のX線回折結果を示す。通電と遮断の電解方法を行って生成した酸化物皮膜はβ-PbO2であったが、酸化物皮膜の厚みは無い。そのためアノードの母材である金属Pbが同定されたと考えられる。
図11に24時間電解を行い酸化物を生成させたアノード表面のSEM像を示す。PbO2の他にMnO2が存在することが確認できた(EDS)。すなわち、Mnが溶液中に存在しても、電極表面にβ-PbO2が生成されることは確認できた。
【0025】
【表5】

【0026】
【表6】

【0027】
[補足例3]
硫酸溶液にMnを添加(Mn添加量:2 g/L)し、表7、8に示す通電条件で酸化物を生成するための電解を24時間行った。その後、酸化物を生成させたアノードを用いて500A/m2で1週間の定電流電解を行った。
図12に1週間定電流で電解を行った際の電解電圧の推移を示す。硫酸溶液の試験と同様に、24時間定電流で酸化物生成の電解を行ったアノードより、電流の通電と遮断の電解方法を行ったアノードにおいて低い電解電圧を示した。
なお、図12において途中電圧が極端に下降、上昇している箇所は電解液の交換点である。
【0028】
【表7】

【0029】
【表8】

【0030】
実施例1及び補足例1〜3に示すように、通電と遮断を繰り返すことにより鉛合金電極の表面に効率的にβ-PbO2の生成を促進することが可能となった。β-PbO2はα-PbO2よりも電解電圧が低く電力コストを削減することができる。さらに、β-PbO2はその構造が緻密であるため、電極表面から脱落しにくく、脱落しても結晶粒が大きいため浮遊スライムになりにくいのでα-PbO2と比較しても製品の品位は高いと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】電極作製フロー
【図2】電極概略図
【図3】電解装置概略図
【図4】24時間予備電解を行ったアノード表面のSEM像
【図5】予備電解後、1週間の定電流電解を行ったアノード表面のX線回折結果
【図6】予備電解後、1週間の定電流電解を行ったアノード表面のSEM像
【図7】予備電解後、1週間の定電流電解を行った際の電解電圧推移図
【図8】24時間予備電解を行ったアノード表面のX線回折結果
【図9】24時間予備電解を行ったアノード表面のSEM像
【図10】Mn添加の硫酸溶液を用いて24時間予備電解を行ったアノード表面のX線回折結果
【図11】Mn添加の硫酸溶液を用いて24時間予備電解を行ったアノード表面のSEM像
【図12】Mn添加の硫酸溶液を用いて24時間予備電解を行った後、1週間電解を行った際の電解電圧推移図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉛合金電極のアノードを酸溶液中に配設し、該液中に配設されたカソードとの間で電流の通電と遮断とを繰り返す操作により前記電極の表面にβ−PbO2皮膜を生成する電極製造方法。
【請求項2】
前記鉛合金電極は亜鉛電解採取用の鉛合金電極である、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記鉛合金は銀を含有する鉛合金である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記カソードはアルミニウム製カソードである、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記酸溶液は硫酸溶液である、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記酸溶液はマンガンを溶解した硫酸溶液である、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図12】
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【図4】
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【図6】
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【図9】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−228112(P2009−228112A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−78433(P2008−78433)
【出願日】平成20年3月25日(2008.3.25)
【出願人】(591094572)秋田製錬株式会社 (1)
【出願人】(504409543)国立大学法人秋田大学 (210)
【Fターム(参考)】