説明

βキチンを主体とする物質及びその製造方法

【課題】 イカの腱を原料とした、脱アセチル化反応を伴わない脱タンパク処理方法を開発し、βキチン及びアモルフアスキチンなどのβ性キチン(X線回折による相対結晶化度10〜80%)を含む新しい用途への出発物質を提供する。
【解決手段】 マイルドな条件下でのアルカリ処理による方法を使用し、2段階の脱タンパク工程を経て、脱アセチル化反応を抑制して、キチンのキトサンへの転化を生ずることなくβ性キチンを製造可能とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特異な生体機能を有するバイオマスとして注目されるキチン・キトサンに関し、種種の応用のための出発物質としてのβキチンを含む物質とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
キチン・キトサンはセルロースに類似の分子構造をもつ直鎖多糖類であり、量的にもセルロースに匹敵する天然資源として、その特異な生体機能と共に多くの注目を集めている。キチンの主要な供給源は海洋生物由来のものであって、現時点ではカニ・エビ等の甲殻、イカの貝殻(通称イカの甲)・腱等が多く利用されており、キトサンはキチンを脱アセチル化することによって製造されている。天然キチンにはα及びβの2種の結晶形が知られており、αキチンは例えばカニ・エビ等の甲殻としてβキチンに比べて豊富に存在し、分子鎖が分子間水素結合によって3次元的に結合した安定な構造を有する。これに対し、βキチンでは分子間水素結合はある一定の面内にしか存在せず、この面においては水素結合で結びついた分子鎖は平面状の強固な分子層を形成するが、各分子層間には強い結合力が無く、一種の層状凝集体としての構造を取る。このため、βキチンでは分子層間に種種の物質を取り込ませることが可能であり、αキチンには無い新しい材料・用途の開発が期待される。(例えば「キチン・キトサンの開発と応用」:平野茂博監修、CMC出版、2004年) βキチンの資源として現在最も有望と思われるものは、アカイカ科等のイカの腱である。
【0003】
天然に存在するキチンは、通常カルシウム塩等の無機塩及びタンパク質と結合して甲殻等の硬質固体を形成しているので、工業原料としてのキチンを得るためには、脱塩及び脱タンパク処理が必要である。該処理方法として古くから行われて来ているのは希塩酸による脱塩とアルカリ水溶液による脱タンパクとであるが、アルカリ処理は同時にキチンを脱アセチルさせてキトサンとしてしまうこと、反応速度を向上させようとすると処理温度・アルカリ濃度を上げる必要があり、装置・操業上の困難を伴うことのため、アルカリ処理に代えて界面活性剤・酵素等を使用する方法(例えば特開平5−310804、特開平5−252997、滝口他:発酵工学雑誌No.67p.23,1989)、爆砕処理(谷口他:キチン・キトサン研究vol.8no.1p.7,2002)等が提案されているが、未だ実用性に乏しく、実際には種種の改良を加えつつアルカリ処理による生産が続けられている。
【0004】
この結果、例えば比較的低濃度のアルカリを用い、常温で一定時間浸漬後加熱して脱アルカリを行う等の方法が開発されているが、現時点では何れも脱タンパクに連続して脱アセチル化までを行い、キトサンを得るプロセスとして実用化され、キチンの製造方法としては考慮されていない。これは、一つにはαキチンが安定な物質であって誘導体製造の出発物質としては扱いにくいため、殆どの場合、より反応性に富むキトサンの形態としての利用のみが考えられて来たことに拠るものである。
【0005】
しかしながらβキチンにおいては、その特異な構造から、キチンとしての新しい応用が期待されるものであり、従って脱アセチルを起こさない経済性・操業性に優れた脱タンパク処理が必要とされる。
【参考文献】
【特許文献1】特開平5−310804
【特許文献2】特開平5−252997
【非特許文献1】キチン・キトサンの開発と応用:平野監修、CMC出版、2004
【非特許文献2】滝口他:発酵工学雑誌No.67p.23,1989
【非特許文献3】谷口他:キチン・キトサン研究vol.8no.1p.7,2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明においては、上記の如き問題点を踏まえて、βキチン原料(主としてイカの腱)について、確実にキチンの段階で終了するような脱タンパク処理方法を開発し、βキチンを含む有用な物質を製造する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、経済的及び早急な実用化の見地から、従来のアルカリ処理を基本とする方向で検討の結果、以下の如き発明を行った。
(1)βキチン及びアモルファスキチンを含む物質(X線回折による相対結晶化度10〜80%。以下β性キチンと言う)又は該β性キチンを主体とする物質。
(2)粒径が40μm以下で且つ粒径5〜15μmのものが80%以上である、β性キチン粉末。
(3)粒径が40μm以下で且つ粒径5〜15μmのものが80%以上であり、β性キチンを95%以上含む粉末。
(4)ツツイカ目のイカの腱を原料として製造される、(1)〜(3)の何れかに記載の物質。
(5)アカイカ科及び/又はソデイカ科及び/又はジンドウイカ科のイカの腱を原料として製造される、(1)〜(3)の何れかに記載の物質。
(6)(4)若しくは(5)記載のイカの腱を、温度120℃以下、濃度5N以下のアルカリ水溶液を用いて脱タンパクを行い、脱アセチル化反応を抑制してキトサンへの転化を生ずることなくβ性キチンを得ることを特徴とする、(1)〜(3)の何れかに記載の物質の製造方法。
(7)(4)若しくは(5)記載のイカの腱を、温度120℃以下、濃度5N以下のアルカリ水溶液を用いて処理した後一且腱をアルカリ水溶液から分離し、再度温度120℃以下、濃度5N以下のアルカリ水溶液を用いて該腱を処理し、脱タンパクを2段階で行うことを特徴とする、(1)〜(3)の何れかに記載の物質の製造方法。
(8)(4)若しくは(5)記載のイカの腱を、粒径が40μm以下で且つ粒径5〜15μmのものが80%以上の粉末として、1〜5N(好ましくは2〜3N)の苛性ソーダ水溶液中に均一に分散させ、該分散液を液温80℃〜100℃で必要時間(好ましくは120分〜180分)保持した後、該粉末を苛性ソーダ水溶液から分離し、冷却・水洗・乾燥することを特徴とする、(2)若しくは(3)記載の粉末の製造方法。
(9)(8)記載の製造方法において、(4)若しくは(5)記載のイカの腱を、粒径が40μm以下で且つ粒径5〜15μmのものが80%以上の粉末として、1〜5N(好ましくは2〜3N)の苛性ソーダ水溶液中に均一に分散させ、該分散液を高周波加熱等により急速加熱して沸騰状態とし、次いで液温80℃〜100℃(好ましくは90℃〜95℃)で必要時間(好ましくは15分〜60分)保持した後、該粉末を苛性ソーダ水溶液から分離し、冷却・水洗・乾燥することを特徴とする粉末の製造方法。
(10)(8)記載の製造方法において、(4)若しくは(5)記載のイカの腱を、粒径が40μm以下で且つ粒径5〜15μmのものが80%以上の粉末として、1〜5N(好ましくは2〜3N)の苛性ソーダ水溶液中に均一に分散させ、該分散液を高周波加熱等により急速加熱して沸騰状態とした後、遠心分離等により粉末と苛性ソーダ水溶液とを分離し、該粉末を再び1〜5N(好ましくは2〜3N)の苛性ソーダ水溶液中に均一に分散させ、該分散液を液温80℃〜95℃で必要時間(好ましくは10分〜30分)保持した後、該粉末を苛性ソーダ水溶液から分離し、冷却・水洗・乾燥することを特徴とする粉末の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、新しい用途を持つ物質への出発点となるβ性キチンを、簡易な方法により確実に製造することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
従来イカの腱を原料とするキチンの利用にあたっては、βキチンのみが対象とされて来ているが、本発明にかかるβ性キチン若しくはその粉末にあっては、解決手段(1)に述べた如く、βキチンとアモルファスキチンとを同時に利用することを特徴とする。通常イカの腱から得られるキチンは、明確な結晶構造を有するβキチンと、一定の構造を持たないアモルフアスな部分とが混在し、これからβキチンのみを分離するか、又はアモルフアス部分をβ型に結晶させるかしてβキチンのみの物質とすることには相当の困難を伴う。一方、新材料・新用途への出発物質として見れば、アモルファス部分の共存は、βキチンの濃度を減少させる面はあるが、反面新しい応用への可能性を拡大するものであり、本発明はその意味で大きな意義を有する。
【0010】
本発明における課題を解決するための手段(以下解決手段と言う)(2)又は(3)に述べた微細粉末を得るための粉砕方法は特に限定されないが、自粉砕方式特に相互に平行に同方向又は逆方向に回転する2枚の回転翼または回転板の間に被粉砕物を導入し、翼間又は板間に生ずる気流に乗った被粉砕物の相互衝撃により粉砕を行う自粉砕方式の粉砕機(例えば特開平11−300224、特開2001−321684、特開2002−79183)の使用は本発明の目的に適しており、容易に所要の粒径・粒径分布を持つ粉末を得ることが出来る。粉砕は通常原料段階で行われるが、必要に応じ最終目標よりも粗い段階でとめ、処理後所要の微細粉末まで再度粉砕を行ってもよい。
【0011】
β性キチンの原料としては、解決手段(4)に述べた如く、ツツイカ目のイカの腱を用いることが出来るが、実際製造の面からは可及的大型で漁獲量の多いものが望ましく、現時点では解決手段(5)に記載したアカイカ科の大型種が最も好ましいものである。
【0012】
アルカリ処理によって、βキチンの脱アセチル化を抑制して脱タンパクを行うことは、解決手段(6)、(8)に述べた一段階処理又は解決手段(7)に述べた2段階処理の何れによっても可能であるが、脱タンパクを完全に行う見地からは2段階処理が望ましく、処理時間の面からは解決手段(9)に述べた高周波等による急速加熱が好ましい。より具体的には、解決手段(10)に述べた如く、粒径が40μm以下で且つ粒径5〜15μmのものが80%以上の粉末とした原料を、2〜3Nの苛性ソーダ水溶液中に均一に分散させ、該分散液を高周波加熱により急速加熱して沸騰状態とした後、遠心分離により粉末と苛性ソーダ水溶液とを分離し、該粉末を再び2〜3Nの苛性ソーダ水溶液中に均一に分散させ、該分散液を液温80℃〜95℃で10分〜30分保持した後、該粉末を苛性ソーダ水溶液から分離し、冷却・水洗・乾燥する方法が最も好ましいものである。
【0013】
この際、第2段階に入る前の粉末と苛性ソーダ水溶液との遠心分離は、十分な時間を掛けて出来るだけ完全に行うことが必要である。
【0014】
原料を微細粉末として処理することは、反応時間の短縮の点から有利であ り、製品としても本発明に示された範囲の微細粉末であることが爾後の用途において扱い易いが、装置等の面から微細粉末が処理しにくい場合には、必要に応じ原料を粗粉砕の段階に留め、処理が終了してから再度粉砕して所要の微細粉末とする。
【0015】
本発明においては、原料とするイカの腱の脱塩処理は、希塩酸を使用する既存の方法によって行う。該処理の実施段階は脱タンパク処理の前であっても、脱タンパク処理の後であってもよいが、脱タンパク処理の後の場合は、アルカリの中和処理に連続して行うことが出来、より望ましいものである。
【実施例】
【0016】
ペルー産アカイカの腱を粉砕して粒径が40μm以下で且つ粒径5〜15μmのものが80%以上の粉末としたものを試料とし、その2gを2Nの苛性ソーダ水溶液50ccに均一に分散させ、分散液を800w電子レンジで45sec加熱して沸騰状態とした後50ccの遠心管に入れ、2000rpmで15min遠心分離を行った。上澄み液を除去し、残った試料にイオン交換水40ccを加えて攪拌後再び同条件で遠心分離を行い、この操作を液が透明になるまで3回繰り返した。試料を取り出し、再度2Nの苛性ソーダ水溶液50ccに均一に分散させ、オイルバスにより液温90℃の状態に15min保持した後試料を冷却・水洗・乾燥して白色粉末約1gを得た。該粉末のX線回折図を図1に示す。この結果はβキチンの結晶を示し、相対結晶化度は16%(5〜41度のX線回折による)であった。結晶化度の低いβキチンのX線回折図はαキチンのものに類似であるので、該粉末の湿潤状態でのX線回折図(図2)を求め、結晶構造が水和型に変わることを確認した。(αキチンは水和構造をとらない。) また、該粉末のCHNコーターを用いた元素分析から得られるC/N比から求めた脱アセチル化度は2〜6%で、本発明にかかる脱タンパク処理による原試料の脱アセチル化は、βキチン部分及びアモルファスキチン部分の両者とも、ほぼ抑制されたと考えられる。(原試料においても若干の脱アセチル化が生じている可能性があるが、多量のタンパクが存在するため、測定出来ない。)
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明にかかるβ性キチンは、αキチンよりも種種の物質との組み合わせが容易なβキチン及びアモルファスキチンを含み、新材料・新用途への出発物質として期待されるものであり、本発明に示した製造方法は容易に実用化が出来、今後広く使用される可能性を持つものである。
【図面の簡単な説明】
【00018】
【図1】本発明にかかる製造方法で得られたβ性キチンのX線回折図である。
【図2】該β性キチンの湿潤状態でのX線回折図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
βキチンとアモルファスキチンとを含む物質(X線回折による相対結晶化度10〜80%。以下β性キチンと言う)又は該β性キチンを主体とする物質。
【請求項2】
粒径が40μm以下で且つ粒径5〜15μmのものが80%以上である、β性キチン粉末。
【請求項3】
粒径が40μm以下で且つ粒径5〜15μmのものが80%以上であり、β性キチンを95%以上含む粉末。
【請求項4】
ツツイカ目のイカの腱を原料として製造される、請求項1〜請求項3の何れかに記載の物質。
【請求項5】
アカイカ科及び/又はソデイカ科及び/又はジンドウイカ科のイカの腱を原料として製造される、請求項1〜請求項3の何れかに記載の物質。
【請求項6】
温度120℃以下、濃度5N以下のアルカリ水溶液を用いて請求項4若しくは請求項5記載のイカの腱を処理して脱タンパクを行い、脱アセチル化反応を抑制してキトサンへの転化を生ずることなくβ性キチンを得ることを特徴とする、請求項1〜請求項3記載の物質の製造方法。
【請求項7】
請求項4若しくは請求項5記載のイカの腱を、温度120℃以下、濃度5N以下のアルカリ水溶液を用いて処理した後一旦腱をアルカリ水溶液から分離し、再度温度120℃以下、濃度5N以下のアルカリ水溶液を用いて該腱を処理し、脱タンパクを2段階で行うことを特徴とする、請求項1〜請求項3記載の物質の製造方法。
【請求項8】
請求項4若しくは請求項5記載のイカの腱を、粒径が40μm以下で且つ粒径5〜15μmのものが80%以上の粉末として、1〜5N(好ましくは2〜3N)の苛性ソーダ水溶液中に均一に分散させ、該分散液を液温80℃〜100℃で必要時間(好ましくは120分〜180分)保持した後、該粉末を苛性ソーダ水溶液から分離し、冷却・水洗・乾燥することを特徴とする、請求項2若しくは請求項3記載の粉末の製造方法。
【請求項9】
請求項8記載の製造方法において、1〜5N(好ましくは2〜3N)の苛性ソーダ水溶液中に均一に分散させ、該分散液を高周波加熱等により急速加熱して沸騰状態とし、次いで液温80℃〜100℃(好ましくは90℃〜95℃)で必要時間(好ましくは15分〜60分)保持した後、該粉末を苛性ソーダ水溶液から分離し、冷却・水洗・乾燥することを特徴とする粉末の製造方法。
【請求項10】
請求項8記載の製造方法において、請求項4若しくは請求項5記載のイカの腱を、粒径が40μm以下で且つ粒径5〜15μmのものが80%以上の粉末として、1〜5N(好ましくは2〜3N)の苛性ソーダ水溶液中に均一に分散させ、該混合液を高周波加熱等により急速加熱して沸騰状態とした後、遠心分離等により粉末と苛性ソーダ水溶液とを分離し、該粉末を再び1〜5N(好ましくは2〜3N)の苛性ソーダ水溶液中に均一に分散させ、該分散液を液温80℃〜95℃で必要時間(好ましくは10分〜30分)保持した後、該粉末を苛性ソーダ水溶液から分離し、冷却・水洗・乾燥することを特徴とする粉末の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−321961(P2006−321961A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−174218(P2005−174218)
【出願日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【出願人】(000100757)アイシーエス株式会社 (26)
【Fターム(参考)】