説明

πスタックを形成したイオン伝導性を有する高分子電解質とこれを用いた高分子電解質膜、膜電極接合体および燃料電池

【課題】高いIECと高い耐水性、耐溶剤性を兼ね備えたイオン伝導性高分子電解質およびそれを用いた膜電極接合体および膜電極接合体、およびこれらを備えた固体高分子形燃料電池の提供。
【解決手段】下記一般式(1)で表される、線状で交互に並んだ電子供与性ユニット(ドナー:D)と電子受容性ユニット(アクセプタ:A)から構成される高分子がその主鎖間で交互に重なってπスタックを形成した積層構造を備えた高分子電解質であって、前記電子供与性ユニットか前記電子受容性ユニットの少なくとも一方にイオン解離性基を有することを特徴とする高分子電解質により課題を解決できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はπスタックを形成したイオン伝導性を有する高分子電解質と、これを用いた膜電極接合体および膜電極接合体を用いた電解質固体高分子形燃料電池(以下、PEFCと略す場合がある)などの電気化学装置とその製造方法に関する。
【0002】
近年、環境問題やエネルギー問題の有効な解決策として、燃料電池が注目を浴びている。燃料電池とは、水素などの燃料を酸素などの酸化剤を用いて酸化し、これに伴う化学エネルギーを電気エネルギーに変換するクリーンなエネルギーシステムである。
PEFCは、車載用電源や、家庭据置用電源などへの使用が期待されている。特に車載用では、高温かつ低加湿条件下で高いプロトン伝導度を示す高分子電解質が望まれる。
【0003】
PEFCの電解質としては、実用的な安定性を有するナフィオン(Nafion,デュポン社の登録商標。以下同様)に代表されるパーフルオロ系電解質が多く用いられている。しかし、これらの電解質は高いプロトン伝導性を示すが、コストが高いという課題がある。加えて、上記車載用電源として用いるには、ガラス転移温度が低いという欠点がある。
【0004】
上記欠点を解決するために、安価でかつガラス転移温度の高い炭化水素系電解質の検討がなされている。しかしながら、炭化水素系電解質は低加湿条件下でのプロトン伝導度が低いため、これを改善する必要がある。
【0005】
炭化水素系高分子電解質のプロトン伝導性を向上させるためには、高分子電解質のイオン交換容量(以下、IECと称す)を上げる必要がある。その方法の一つとして、高分子電解質をスルホン化させて直接スルホン酸基を導入する手法がこれまで提案されてきた(特許文献1を参照)。
しかしながら、IECを向上させることによりプロトン伝導性は向上するものの、逆に電解質中にプロトン酸基が高密度で存在し、水との親和性が高まるため、高分子電解質の耐水性が低下することが知られている。そのため、高いプロトン伝導性を保持したまま、高い耐水性を有する高分子電解質が望まれていた。
高いプロトン伝導性と耐水性を兼ね備えた炭化水素系高分子電解質を得るという観点から、高分子電解質を架橋する方法が提案されている。
その一つに、高分子電解質に放射線を照射する方法がある(特許文献2)。しかしながら、放射線照射により高分子電解質が劣化してしまうことや、放射線で架橋を行うためには大規模な設備を必要とすることが、この手法の問題点である。
【0006】
また、脱水剤を用いることにより高分子電解質中のスルホン酸基で架橋する方法(特許文献3)や、アミン成分を用いて同様にスルホン酸基をスルホンアミド化することで架橋を行うなどの方法(特許文献4)などもある。しかしながら、これらの反応は架橋反応がプロトン伝導性高分子に結合しているプロトン酸基を介して進行するため、架橋密度を向上させると、架橋電解質のIECが低下して、プロトン伝導性が低下するという問題点がある。
【0007】
プロトン酸基を介さずに架橋をする方法も、幾つか報告例がある。例えば、高分子電解質の主鎖と、架橋剤との間でエステル結合を作り架橋する方法がある(非特許文献1、2参照)。しかしながら、エステル結合は加水分解を受けやすいことや、架橋剤の導入によりIECが低下してしまうことが問題であった。
【0008】
高分子化合物がπスタックを行う場合のπスタックの距離としては、例えば3.8〜3.4Åの距離が報告されている(たとえば、非特許文献3参照)。
生体高分子であるDNA中の芳香環の間のπスタックの距離は約3.4Åと報告されている(たとえば、非特許文献4参照)。
カップリング反応により多様な高分子の合成が可能になることが知られている(たとえば、非特許文献5参照)。
ポリパラフェニレンの合成については、たとえば非特許文献6に報告されている。
ポリ(ピリジン−2,5−ジイル)の合成については、たとえば非特許文献7に報告されている。
Braggの式については、たとえば非特許文献8に報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10−45913号公報
【特許文献2】特開2004−269599号公報
【特許文献3】特開2007−70563号公報
【特許文献4】特開平6−93114号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】J. Mater. Chem., 18, 4675-4682 (2008)
【非特許文献2】Macromolecules, 39,755-764 (2006)
【非特許文献3】T. Yamamoto 等、Bull. Chem. Soc. Jpn, 82 巻、896 (2009)
【非特許文献4】C. K. Mathews 等、Biochemistry, Benjamin/Cummings Publishing: Redwood City (1990)
【非特許文献5】Y.-J. Cheng 等、J. Organomet. Chem., 689 巻、4137 (2004)
【非特許文献6】T. Yamamoto 等、Bull. Chem. Soc. Jpn., 51 巻、10389 (1978)
【非特許文献7】T. Yamamoto 等、J. Am. Chem. Soc, 116 巻、4832 (1994)
【非特許文献8】P.W.Atkins等、アトキンス物理化学要論(第4版):Oxford University Press
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の第1の目的は、上記問題を解決するものであって、高いIECを有し、かつ強い分子間相互作用による耐水性、耐溶剤性を有した高分子電解質を提供することである。
本発明の第2の目的は、本発明の高分子電解質を用いた高分子電解質膜を提供することである。
本発明の第3の目的は、本発明の高分子電解質あるいは高分子電解質膜を用いた膜電極接合体を提供することである。
本発明の第4の目的は、本発明の高分子電解質あるいは高分子電解質膜あるいは膜電極接合体を用いた燃料電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成するべく鋭意研究を行った結果、高分子がその主鎖間で強い分子間相互作用により交互に重なってπスタックを形成した積層構造を備えた高分子電解質が高いIECを有し、かつ耐水性、耐溶剤性を有することを見出して、本発明を成すに到った。
【0013】
すなわち、前記課題を解決するための本発明の請求項1記載の発明は、下記一般式(1)で表される、線状で交互に並んだ電子供与性ユニット(ドナー:D)と電子受容性ユニット(アクセプタ:A)から構成される高分子がその主鎖間で交互に重なってπスタックを形成した積層構造を備えた高分子電解質であって、前記電子供与性ユニットか前記電子受容性ユニットの少なくとも一方にイオン解離性基を有することを特徴とする高分子電解質である。
【0014】
【化1】

【0015】
本発明の請求項2記載の発明は、請求項1記載の高分子電解質において、X線回折強度曲線のパラメータ2θ(CuKα)が22〜28°の範囲で回折ピークが観測されることを特徴とする。
【0016】
請求項3記載の発明は、請求項1あるいは請求項2記載の高分子電解質において、前記イオン解離性基が、プロトン解離性基であることを特徴とする。
【0017】
請求項4記載の発明は、請求項3記載の高分子電解質において、前記プロトン解離性基が、スルホン酸基(−SOH)、ホスホン酸基(−PO(OH))、スルホンアミド基(−SONH)、カルボキシル基(−COOH)からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする。
【0018】
請求項5記載の発明は、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の高分子電解質において、プロトン交換容量(酸価)が1〜10ミリ当量/gであることを特徴とする。
【0019】
請求項6記載の発明は、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の高分子電解質において、前記電子受容性ユニットが前記プロトン解離性基を有することを特徴とする。
【0020】
請求項7記載の発明は、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の高分子電解質から構成されることを特徴とする高分子電解質膜である。
【0021】
請求項8記載の発明は、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の高分子電解質あるいは、請求項7に記載の高分子電解質膜の内の少なくとも1つを用いたことを特徴とする膜電極接合体である。
【0022】
請求項9記載の発明は、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の高分子電解質あるいは、請求項7に記載の高分子電解質膜、あるいは請求項8記載の膜電極接合体の内の少なくとも1つを用いたことを特徴とする燃料電池である。
【発明の効果】
【0023】
本発明の請求項1記載の発明は、上記一般式(1)で表される、線状で交互に並んだ電子供与性ユニット(ドナー:D)と電子受容性ユニット(アクセプタ:A)から構成される高分子がその主鎖間で交互に重なってπスタックを形成した積層構造を備えた高分子電解質であって、前記電子供与性ユニットか前記電子受容性ユニットの少なくとも一方にイオン解離性基を有することを特徴とする高分子電解質であり、
水素ガスなどの気体燃料やメタノールなどの液体燃料を用いるPEFCやダイレクトメタノール燃料電池(DMFC)などに用いることができる、IECが高く、かつ耐水性、耐溶剤性が高い高分子電解質を提供できるという顕著な効果を奏する。
【0024】
本発明の請求項2記載の発明は、請求項1記載の高分子電解質において、X線回折強度曲線のパラメータ2θ(CuKα)が22〜28°の範囲で回折ピークが観測されることを特徴とするものであり、強い分子間相互作用が起こるため、高いIECを有していても、耐水性、耐溶剤性が高い高分子電解質を提供できるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0025】
本発明の請求項3記載の発明は、請求項1あるいは請求項2記載の高分子電解質において、前記イオン解離性基が、プロトン解離性基であることを特徴とするものであり、耐水性、耐溶剤性の高いプロトン伝導性高分子電解質を提供できるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0026】
本発明の請求項4記載の発明は、請求項3記載の高分子電解質において、前記プロトン解離性基が、スルホン酸基(−SOH)、ホスホン酸基(−PO(OH))、スルホンアミド基(−SONH)、カルボキシル基(−COOH)からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とするものであり、プロトンの解離を促進させ、プロトン伝導度を向上できるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0027】
本発明の請求項5記載の発明は、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の高分子電解質において、プロトン交換容量(酸価)が1〜10ミリ当量/gであることを特徴とするものであり、高いプロトン酸基密度により、プロトン伝導度を向上できるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0028】
本発明の請求項6記載の発明は、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の高分子電解質において、前記電子受容性ユニットが前記プロトン解離性基を有することを特徴とするものであり、プロトン解離性基の化学的安定性を向上できるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0029】
本発明の請求項7記載の発明は、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の高分子電解質から構成されることを特徴とする高分子電解質膜であり、高いIEC、耐水性、耐溶剤性を兼ね備えた高分子電解質膜を提供できるという顕著な効果を奏する。
【0030】
本発明の請求項8記載の発明は、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の高分子電解質あるいは、請求項7に記載の高分子電解質膜の内の少なくとも1つを用いたことを特徴とする膜電極接合体であり、高いIEC、耐水性、耐溶剤性を兼ね備えた膜電極接合体を提供できるという顕著な効果を奏する。
【0031】
本発明の請求項9記載の発明は、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の高分子電解質あるいは、請求項7に記載の高分子電解質膜、あるいは請求項8記載の膜電極接合体の内の少なくとも1つを用いたことを特徴とする燃料電池であり、高いIEC、耐水性、耐溶剤性を兼ね備えた燃料電池を提供できるという顕著な効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】ベンゼン環同士のπスタックの一例を概念的に説明する説明図である。
【図2】芳香環(ベンゼン環)同士の回転した配座とずれた配座を示す概念図である。
【図3】ほぼ平面状の高分子の主鎖間で交互に重なってπスタックを形成した3つの積層構造を備える本発明のイオン伝導性高分子電解質の一例を概念的に説明する説明図である。
【図4】本発明の高分子電解質膜の両面に電極触媒層を形成した本発明の膜電極接合体を装着した燃料電池の単セルの構成を示す分解断面説明図である。
【図5】化合物1のIRスペクトルである。
【図6】高分子化合物P1のIRスペクトルである。
【図7】高分子化合物P1の粉末X線回折のチャートである。
【図8】(イ)は高分子化合物P1、(ロ)はポリパラフェニレン、および(ハ)はポリ(ピリジン−2,5−ジイル)の紫外・可視拡散反射スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下に、本発明の高分子電解質および本発明の高分子電解質を用いた高分子電解質膜、膜電極接合体および燃料電池について説明する。
なお、本発明は、以下に記載する各実施の形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて設計の変更等の変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうるものである。
【0034】
本発明の高分子電解質は、前記のように上記一般式(1)で表される、線状で交互に並んだ電子供与性ユニット(ドナー:D)と電子受容性ユニット(アクセプタ:A)から構成される高分子がその主鎖間で交互に重なってπスタックを形成した積層構造を備えた高分子電解質である。
すなわち、交互に繰り返される電子供与性ユニットと電子受容性ユニットが、分子間で強く相互作用することにより、耐水性や耐溶剤性を向上するとともに、イオン解離性基を備えるのでイオン伝導性に優れているといった特徴を有している。
一般式(1)中のnは整数であり、本発明の新規高分子電解質が機械的強度を有するためには約5〜10,000が好ましく、5〜1000がさらに好ましいが、これに制限されるものではない。
nが5未満では強度を有する高分子が得られない恐れがあり、10,000を超えると合成および取り扱いが困難となる恐れがある。
【0035】
前記の電子供与性ユニットや電子受容性ユニットはそれぞれ、2価の芳香族化合物(本発明においては、芳香族化合物とは複素環式芳香族化合物や縮合環芳香族化合物を含む)であることが好ましい。
【0036】
芳香族化合物は、一般的に芳香環上に非局在化したπ電子同士が相互作用することで、図1に示されるように芳香環の面と面を重ね合わせるように分子間でのスタック(πスタック)を形成することが知られている。
この図1では上下のベンゼン環の炭素原子同士が互いに重なり合う配座の例を示しているが、上下のベンゼン環の配座はこのような場合に限定されるものではない。
例えば、図2に示すように、上下の芳香環を形成する元素が互いに回転した配座であってもよく、また上下の芳香環が互いにある程度ずれていてもよい。さらに、これが芳香族高分子になると、たとえばポリ(3−アルキルチオフェン)は、高分子主鎖間で強いπスタックを形成するため、溶液中であっても凝集体を形成することが知られている。
【0037】
さらに、電子供与性の芳香環と電子受容性の芳香環の間には、π電子同士の相互作用に加え、静電的な相互作用が加わり、より強いπスタックを形成する。すなわち、電子供与性の芳香環と電子受容性の芳香環が交互に繰り返される直線状高分子は、その高分子主鎖間で電子供与性芳香環と電子受容性芳香環の間で交互に重なって、より強いπスタックを形成する。
具体的には、図2に示すように、それぞれの高分子主鎖中の電子供与性芳香環と電子受容性芳香環が、交互に重なるようπスタックを形成するため、3次元的に強固な結晶構造を有する。これにより、水や溶剤による溶媒和が起こりにくくなる。その結果、本発明の新規高分子電解質は、耐水性、対溶剤性が向上する。
電子供与性の芳香環の電子供与性と、電子受容性の芳香環の電子受容性は、それぞれ高いものほど好ましい。そうすることにより、より強いπスタックが形成される。その結果、本発明の新規高分子電解質は、溶媒和が起こりづらくなるため、耐水性・耐溶剤性に優れたイオン伝導性高分子電解質となる。
【0038】
電子供与性の芳香環としては電子供与性を有するベンゼンやチオフェンのように、イオン化エネルギーが約9.2eV と同程度か、それ以下であるものが望ましい。
電子供与性ユニットは、たとえば、以下に示される2価の芳香環に基づくユニットであることが好ましい。
【0039】
【化2】

【0040】
電子受容性の芳香環としては、電子吸引性イミン基−C=N−を環構造に有しているものが望ましく、ピリジンの電子親和力約−0.6eV と同程度かそれよりも大きな電子親和力を有するものが望ましい。
電子受容性ユニットは、たとえば、以下に示される2価の芳香環に基づくユニットであることが好ましい。
【0041】
【化3】

【0042】
πスタックを形成した芳香族高分子は、ミクロ結晶構造を有していることが多く、X線回折測定法により、πスタック距離に相当する回折線を観測し、Braggの式を用いてその距離を算出することができる。Braggの式は次のように示される(例えば、非特許文献8を参照)。
【0043】
Braggの式:
2dsinθ=nλ
(式中のdは結晶面の間隔、θは結晶面とX線が成す角度、λはX線の波長、nは整数である。)
【0044】
このとき、本発明の高分子電解質においては、X線回折測定法から得られるX線回折強度曲線のパラメータ2θ(CuKα)が22〜28°(4.0〜3.2Åの距離に相当)の範囲で回折ピークが観測されるのが好ましく、より好ましくは24〜26°(3.7〜3.4Åの距離に相当)である。ここでθとはBraggの式における角度である。
また、CuKαとは測定に用いたX線源(CuKα線)を示しており、その波長は1.5418Åである。回折線の位置が22°未満の場合は、芳香環同士の距離が遠いためπスタックを形成しにくくなる。また、28°を超える場合は、芳香環の分子同士が近づきすぎてしまい、電子反発が起こってしまうため好ましくない。
【0045】
高分子化合物がπスタックを行う場合のπスタックの距離としては、例えば3.8〜3.4Åの距離が報告されており(たとえば、非特許文献3を参照)、また回折線の位置としては22〜28°にあると考えられる。さらに、生体高分子であるDNA中の芳香環の間のπスタックの距離は約3.4Åと報告されている(たとえば、非特許文献4を参照)。
【0046】
前記のような電子供与性ユニットと、電子受容性ユニットからなる交互共重合体の合成には、2官能性のモノマー同士の共重合を用いることが好ましい。ここで、2官能性モノマーとは、次の反応式(1)に示すような、分子内に重合可能な官能基を2つ有するものである。(1)式の例では、ジアルコールとジカルボン酸からポリエステルが出来る反応を示している。R1およびR2は2価の有機基である。
【0047】
n HO−R1−OH + n HOOC−R2−COOH → −(R1−R2)− +2n H2O 反応式(1)
【0048】
本発明における主鎖が芳香環から構成される高分子を合成するためには、クロスカップリング反応を用いるのが好ましく、鈴木−宮浦カップリングや檜山カップリング、熊田−玉尾カップリングを用いるのが好ましい。
例えば、反応式(2)に示される鈴木−宮浦カップリングはパラジウム錯体を触媒とする有機ホウ素化合物α−B(OH)2とハロゲン化有機化合物β−Xのカップリング反応である。α、βは芳香族化合物であり、Xはハロゲン元素である。
【0049】
α−B(OH)2 + β−X → α−β 反応式(2)
【0050】
この反応を応用して反応式(3)に示されるようにαユニットとβユニットが交互に並んだ高分子を得ることができる。
【0051】
n (OH)2B−α−B(OH)2 + n X−β−X → −(α−β)− 反応式(3)
【0052】
反応式(3)で示されるような重縮合により多様な高分子の合成が可能になることが知られている(例えば、非特許文献5を参照)。
【0053】
本発明のプロトン伝導性高分子電解質では、前記イオン解離性基がプロトン解離性基である構成が好ましい。このような構成とすることで、プロトン解離を促進させ、プロトン伝導性を向上させると共に、耐水性・耐溶剤性に優れたプロトン伝導性高分子電解質を提供することができる。
【0054】
また、前記プロトン解離性基が、スルホン酸基(−SOH)、ホスホン酸基(−PO(OH))、スルホンアミド基(−SONH)、カルボキシル基(−COOH)からなる群のうち少なくとも1種である構成であることが好ましい。このような構成にすることで、プロトン解離を促進させ、プロトン伝導性を向上させることができる。さらに好ましくは、プロトン解離定数、プロトン伝導性、水への安定性の高さなどを考慮すると、スルホン酸基であるとよい。
【0055】
さらに、前記プロトン解離性基の量の指標となるプロトン交換容量(酸価)は1〜10ミリ当量/gであることが好ましく、プロトン伝導性を向上させることを考慮すると、さらに好ましくは2〜10ミリ当量/gであるとよい。
一般的にエンジニアリングプラスチックであるスルホン化ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)などをスルホン化して得られる高分子電解質は、酸価が2ミリ当量/g以上になると、水に溶解してしまうことが知られている。
【0056】
本発明のプロトン伝導性高分子電解質は、前記の強い分子間相互作用を有しているため、プロトン交換容量が2〜10ミリ当量/gと高い領域であっても、耐水性、耐溶剤性の高い高分子電解質として得ることが出来る。酸価が10ミリ当量/gを超えると、πスタックによる分子間相互作用でも耐水性、耐溶剤性を保持できなくなる可能性がある。
【0057】
本発明のプロトン伝導性高分子電解質は、前記の強い分子間相互作用を有しており、高い耐水性を示すため、さらに好ましくはプロトン交換容量が3〜10ミリ当量/gであるとよい。
【0058】
前記プロトン解離性基は、電子供与性ユニットおよび電子受容性ユニットの少なくともどちらかが有しており、プロトン伝導度を向上させるためには、両方のユニットが有していることが好ましい。
【0059】
電子受容性のユニットは、一般的に高いラジカル耐性を有しているため、プロトン解離性基のラジカル耐性を高めるという観点から、電子受容性ユニットがプロトン解離性基を有していることが好ましい。
【0060】
膜電極接合体(MEA)を製造する方法の一例としては、まず、本発明のイオン伝導性高分子電解質を用いて前述した製造法により、本発明のイオン電導性高分子電解質膜を形成する。図4に示すように、その後、本発明の高分子電解質膜1の両側に電極触媒層2、3を作製し、本発明の膜電極接合体11を作製する。
発電の際には、図4に示すように電極触媒層2、3上にガス拡散層4、5を配置して空気極(カソード)6および燃料極(アノード)7を作製し、セパレータ10や図示しない補助的な装置(ガス供給装置、冷却装置など)を装着して組み立て、単一あるいは積層することにより燃料電池を作製することができる。
8はガス流路、9は冷却水流路を示す。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0062】
(スルホン酸基を導入したピリジンモノマーの合成)
10.0gの2,5−ジブロモ−3−ヒドロキシピリジンと7.0gの水酸化ナトリウムを100mLのエタノールに溶かした後、7.0gの1,4−ブタンスルトンを加え80℃で12時間撹拌を行った(反応式(4)を参照)。
その後、室温に戻すと白色の析出物が得られ、カラムで単離を行い3.35g(収率20.6%)の目的物を得た。
得られた化合物1(分子式:C10NOSBrNa)の元素分析値は、炭素:26.44 %(計算値26.30%)。水素:2.60%(2.45%)。窒素:3.18%(3.41%)であった。
また、得られた化合物1のIRスペクトルを図5に示す。図5に示すように、化合物1のIRスペクトルは1197cm−1に−SOY(YはH、Na等)に特徴的な吸収を示す。
【0063】
【化4】

【0064】
(実施例1)
(高分子化合物P1の合成)
0.30gの化合物1と0.12gの1,4−フェニレンジボロン酸に35mLのN,N−ジメチルホルムアミド(以下DMFと略)を加え、約10分間Nガスバブリングを行った後、0.08gのテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)Pd(PPh を加えた。
0.77gの炭酸ナトリウムを20mLの水に溶解させ約10分間Nガスバブリングを行ったものを加えた後、80℃で24時間撹拌を行ない反応式(5)に示す重縮合により高分子を得た。
メタノールで再沈殿後、残渣を希HCl水溶液で室温24時間撹拌を行い、乾燥して0.197g(収率88.7%)の目的物を得た(反応式(5)を参照)。
【0065】
また、得られた高分子化合物P1のIRスペクトルを図6に示す。図6に示すように、化合物1のIRスペクトルは1186cm−1に−SOY(YはH、Na等)に特徴的な吸収を示す。
【0066】
【化5】

【0067】
(プロトン伝導度)
プロトン伝導度の測定は次のように行った。粉末状の高分子化合物P1を水に短時間接触させ水を拭取った後に、テフロンチューブ内に詰め、両端から直接接触をとり、インピーダンス測定装置を用いて2端子法で抵抗値を測定し、次式からプロトン伝導度を算出した。
【0068】
1/σ=L/RS
(式中のσはプロトン伝導度、Lは2端子間の距離、Rは抵抗値、Sはチューブの内径を示す。)
その結果、P1は0.0043 S/cmのプロトン伝導度を示すことが分かった。
【0069】
一般にピリジン−2,5−ジイル基を多く含む高分子(例えば主鎖が芳香族環(複素芳香環を含む)の繰返し単位からなるπ共役高分子)はギ酸に可溶である。
【0070】
(高分子化合物P1の溶解性)
高分子化合物P1は水及びギ酸に不溶であった。また、アセトン、メタノール、エタノール、クロロホルム、ヘキサン、テトラヒドロフラン、DMF,ジメチルスルホキシドにも不溶であった。P1は後述の粉末X線回折データが示すように高分子化合物の分子間でスタック構造を取り分子間相互作用が強いためにギ酸に不溶になったものと考えられる。
【0071】
(酸価)
高分子化合物P1の酸価は元素分析の硫黄の値を用いて算出した。得られた元素分析値は、9.5質量%であった。このことから、高分子化合物P1の酸価は、2.97ミリ当量/gであることが分かった。このように、高分子化合物P1は、高い酸価を有していても、高い耐水性を有することが示された。
【0072】
(粉末X線回折)
図7に高分子化合物P1の粉末X線回折のチャートを示す。図7に示すように、P1は約24°(CuKα) に回折線を示す。この回折線は前述のようにπスタックによるものと考えられる。一方約21°に見られるブロードなピークは側鎖の(CH) 同士がゆるくパッキングしていることによるものと考えられる。
【0073】
(紫外・可視拡散反射スペクトル)
紫外・可視拡散反射スペクトルは、次のように測定を行った。
まず、反射基準試料となる硫酸バリウムを、積分球を備え付けた紫外・可視分光光度計(島津製作所のUV-3100)を用いて測定し、これをベースラインとした。続いて、粉末状のサンプルを硫酸バリウムと混合させて測定することでP1の紫外・可視拡散反射スペクトルを得た。
図8(イ)に高分子化合物P1、(ロ)にポリ(ピリジン−2,5−ジイル)(合成については、たとえば非特許文献7を参照)、(ハ)にポリパラフェニレン(合成については、たとえば非特許文献8を参照)の紫外・可視拡散反射スペクトルを示す。
これらのスペクトルは各々の高分子化合物の紫外・可視スペクトルに相当するものである。
図8(イ)に示すように、P1は他の2つの相当するホモポリマーよりも長波長側に吸収を示す。図3に示すようなドナーとアクセプター間の電子的相互作用を持ちながらπスタック構造を取るときには、一般的に紫外・可視スペクトルの吸収は長波長側にシフトすることが知られており、図7に示す結果はP1が図3に示すπスタック構造をとると考えると説明される。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明のイオン伝導性高分子電解質は、前記一般式(1)で表される、線状で交互に並んだ電子供与性ユニット(ドナー:D)と電子受容性ユニット(アクセプタ:A)から構成される高分子がその主鎖間で交互に重なってπスタックを形成した積層構造を備えた高分子電解質であって、前記電子供与性ユニットか前記電子受容性ユニットの少なくとも一方にイオン解離性基を有することを特徴とする高分子電解質であり、スルホン酸基のようなイオン伝導性の官能基を備えるのでイオン伝導性に優れ、かつ耐水性にも優れるため、燃料電池用の高分子電解質、高分子電解質膜、膜電極接合体としての用途を有するため、産業上の利用価値は甚だ大きい。
【符号の説明】
【0075】
1 固体高分子電解質膜
2 電極触媒層
3 電極触媒層
4 ガス拡散層
5 ガス拡散層
6 空気極(カソード)
7 燃料極(アノード)
8 ガス流路
9 冷却水流路
10 セパレータ
11 膜電極接合体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される、線状で交互に並んだ電子供与性ユニット(ドナー:D)と電子受容性ユニット(アクセプタ:A)から構成される高分子がその主鎖間で交互に重なってπスタックを形成した積層構造を備えた高分子電解質であって、前記電子供与性ユニットか前記電子受容性ユニットの少なくとも一方にイオン解離性基を有することを特徴とする高分子電解質。
【化1】

【請求項2】
X線回折強度曲線のパラメータ2θ(CuKα)が22〜28°の範囲で回折ピークが観測されることを特徴とする請求項1記載の高分子電解質。
【請求項3】
前記イオン解離性基が、プロトン解離性基であることを特徴とする請求項1あるいは請求項2記載の高分子電解質。
【請求項4】
前記プロトン解離性基が、スルホン酸基(−SOH)、ホスホン酸基(−PO(OH))、スルホンアミド基(−SONH)、カルボキシル基(−COOH)からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項3記載の高分子電解質。
【請求項5】
プロトン交換容量(酸価)が1〜10ミリ当量/gであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の高分子電解質。
【請求項6】
前記電子受容性ユニットが前記プロトン解離性基を有することを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の高分子電解質。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の高分子電解質から構成されることを特徴とする高分子電解質膜。
【請求項8】
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の高分子電解質あるいは、請求項7に記載の高分子電解質膜の内の少なくとも1つを用いたことを特徴とする膜電極接合体。
【請求項9】
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の高分子電解質あるいは、請求項7に記載の高分子電解質膜、あるいは請求項8記載の膜電極接合体の内の少なくとも1つを用いたことを特徴とする燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−123935(P2012−123935A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−271553(P2010−271553)
【出願日】平成22年12月6日(2010.12.6)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】