説明

めっきの劣化状態診断方法および装置

【課題】 視覚的観察並の簡便さを有しながらも測定条件および汚れなどの外見の影響を受けずに客観的な点検を可能とする。また、鋼管内面といった点検者および点検機器の接近が困難な箇所の点検を可能とする。
【解決手段】 金属の被めっき物に施されためっきを対象とし、検査対象であるめっき表面にパルスレーザー光を照射してめっきの表面をアブレーションし、アブレーションにより生じたプラズマの発光を計測し、分光することにより金属下地を構成する元素の発光強度とめっき成分元素の発光強度とを求め、金属下地を構成する元素の発光強度とめっき成分元素の発光強度との強度比の変化からめっき層の劣化状態を評価するようにしている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、めっきされた金属の腐食状況即ちめっきの劣化状況を診断する方法及び装置に関する。さらに詳述すると、本発明は、例えば送電鉄塔や配電部材等に用いられている溶融亜鉛めっき鋼の長期運用および保守を行うためのめっきの減耗状態を評価するのに用いて好適なめっきの劣化診断方法およびその装置に関する。尚、本明細書において、めっきの劣化とは、めっきの減耗、減肉あるいは腐食などとも呼ばれるものであり、主にめっき厚さの減少を意味するものとして用いている。
【背景技術】
【0002】
溶融亜鉛めっき鋼は、耐久性および耐腐食性の観点から送電鉄塔や配電設備といった多くの設備で使用されている。しかし、経年とともにめっきは減耗するため、めっきの状態の適切な把握および保守を怠ると発錆に至る。そのため、定期的な検査にてめっきの劣化状態を把握することが重要となっている。勿論、溶融亜鉛めっき鋼に限らず、他のめっきにおいても劣化状況を把握することは重要である。
【0003】
ここで、金属の被めっき物に施されためっきの劣化状況を診断する方法としては、従来、目視やカメラ画像による視覚的観察、電磁膜厚計や超音波発生装置などを用いた膜厚測定、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)などの分析装置による検査などが上げられる。なかでも、送電鉄塔などに用いられている溶融亜鉛めっき鋼の現場での劣化診断には、目視点検が一般的である。この目視点検では、写真見本をあらかじめ作成し、見本と比較することにより劣化の度合いを5段階で評価している。また、近年では、画像処理による劣化の評価も行われている。画像処理による方法では、写真撮影した画像の色情報を利用して、目視点検では点検者が主観的に行っていた劣化の判断を、画像処理により機械的に処理して判断する(特許文献1)。また、膜厚測定によるめっきの劣化診断では、電磁膜厚計や超音波発生装置などの計器をめっき表面に接触させ、めっきの膜厚を測定することで劣化を判断する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−37950号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、目視やカメラ撮影では亜鉛腐食生成物のような外見上の変化がほとんどない腐食状況を診断することが困難である。また、特許文献1記載の発明の場合には、晴天時や雨天時といった気象条件の変化や被写体の影などにより点検対象物の写り方が変わるため、画像処理による劣化の判断結果は、撮影条件に大きく左右され変化する。また、汚れや付着生成物の付着状況などにより外見が変化した場合、画像からは劣化が進んでいないと判断されても、実際には汚れで隠されている箇所のめっきの減耗が大きい場合がある。さらに、中空鋼管といったカメラによる撮影が困難な箇所に画像処理の手法を適用することは困難である。
【0006】
一方、電磁膜厚計および超音波発生装置は膜厚の測定を行えるが、めっき表面などに汚れが付着していたり腐食生成物が厚く形成されていたりする場合、膜厚が大きめに評価されるため、めっきの減耗を正確に把握することができない。また、EPMAなどの分析装置では膜厚の測定や腐食状況の分析を精密に行うことが可能であるが、分析対象となる材料を切断する必要があり、現場で測定を行うことができない。したがって、送電鉄塔や配電設備などの多くの設備で使用されている溶融亜鉛めっき鋼の場合、現場で測定することができないため、サンプルを切り取ってから分析装置がある所まで持ち帰り検査するため、結果的には破壊検査となることから適用することができなかった。
【0007】
本発明は、視覚的観察並の簡便さを有しながらも測定条件および汚れなどの外見の影響を受けずに客観的な点検が可能なめっき鋼材の劣化状態診断方法および装置を提供することを目的とする。また、本発明は鋼管内面といった点検者および点検機器の接近が困難な箇所の点検を可能とする装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる目的を達成するため本発明者等が種々実験・研究した結果、めっき層はめっき成分のみで形成されているのではなく、めっき成分と金属下地の合金を形成し、金属下地に近づく程に金属下地の成分・元素が増加し、めっき表面に向かう程金属下地の成分・元素が減る方向に金属下地の含有率が変化していることに着目し、めっき表面をレーザー光でアブレーションしてめっき層の含有成分をプラズマ発光させ、金属下地成分とめっき成分との発光強度比をとることでめっきの減耗(即ち、めっきの劣化)の進捗状況を判断することが可能であることを知見するに至った。
【0009】
本発明はかかる知見に基づいて成されたものであって、請求項1記載のめっきの劣化診断方法は、検査対象であるめっき表面にパルスレーザー光を照射してめっきの表面をアブレーションし、アブレーションにより生じたプラズマの発光を計測し分光することにより金属下地を構成する元素の発光強度とめっき成分元素の発光強度とを求め、金属下地を構成する元素の発光強度とめっき成分元素の発光強度との強度比の変化から金属の被めっき物に施されためっきの劣化状況を診断するようにしている。
【0010】
また、本発明のめっきの劣化診断方法においては、検査対象のサンプルを用いて金属下地を構成する元素の発光強度とめっき成分の発光強度との強度比とめっき厚さとの相関を予め求めておき、測定値に基づく発光強度比と相関とからめっき層の劣化状態を定量化することが好ましい。
【0011】
また、本発明のめっきの劣化診断方法においては、検査対象を溶融亜鉛めっき鋼材とし、328.23、330.21、334.57、468.01、472.21、481.05nmの亜鉛の発光線のいずれか一つと、338.01、339.26、340.74、342.71、344.09、346.58、347.54、349.05、349.78、351.38、352.60、354.20、355.49 nmの鉄の発光線のいずれか一つを用い、亜鉛と鉄の発光線の強度比を求め、めっき膜厚を評価することが好ましい。
【0012】
また、本発明にかかるめっきの劣化診断装置は、検査対象であるめっき表面にパルス状のレーザー光を照射してめっきの表面をアブレーションするレーザー装置と、アブレーションにより生じたプラズマの発光を計測し分光する分光装置と、金属下地の元素の発光強度とめっき成分の元素の発光強度とを求め、金属下地元素の発光強度とめっき成分の発光強度との強度比の変化からめっき層の劣化状態を評価する分析装置とを備えるようにしている。
【0013】
さらに、本発明にかかるめっきの劣化診断装置においては、検査対象のサンプルを用いて予め金属下地元素の発光強度とめっき成分の発光強度との強度比とめっき厚さとの相関を求めたデータを格納する記憶装置を備え、測定値に基づく発光強度比と予め求められた発光強度比とめっき厚さとの相関からめっき層の劣化状態を定量化することが好ましい。
【0014】
さらに、本発明にかかるめっきの劣化診断装置においては、検査対象を溶融亜鉛めっき鋼材とし、328.23、330.21、334.57、468.01、472.21、481.05nmの亜鉛の発光線のいずれか一つと、338.01、339.26、340.74、342.71、344.09、346.58、347.54、349.05、349.78、351.38、352.60、354.20、355.49 nmの鉄の発光線のいずれか一つを用い、亜鉛と鉄の発光線の強度比を求め、めっきの劣化状況を評価することが好ましい。
【0015】
さらに、本発明にかかるめっきの劣化診断装置においては、分光装置を経て分光されたプラズマ化された物質からの発光を受光し発光スペクトルを得るゲート機能を有する受光素子と、レーザー及び受光素子のゲート開放開始時間との間の時間差を制御するコントローラとを備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明にかかるめっきの劣化診断方法及び装置によれば、検査対象であるめっきの表面をレーザー光でアブレーションし、発生するプラズマの発光を計測して金属下地とめっきの元素の発光強度比を求めることでめっき層の劣化状態を評価することができるので、現場での測定に基づいて尚かつ短い測定時間でめっきの劣化状態を非破壊で直接診断することができる。しかも、レーザー光が到達する範囲内であれば遠隔で測定を行うことが可能であるため、活線付近の測定や鋼管内部の測定といった容易に測定者が接近できない箇所の測定に適用することが可能である。したがって、送電鉄塔や配電設備などの多くの設備で使用されている溶融亜鉛めっき鋼の現場でのめっきの劣化診断を実現できる。さらに、中空鋼管といったカメラによる撮影が困難な箇所でも、レーザー光の光路が確保されれば容易に腐食状況を診断することができる。つまり、本発明にかかるめっきの劣化診断方法並びに装置は、鋼管内面といった点検者および点検機器の接近が困難な箇所の点検を可能とする。
【0017】
一方、めっき表面に汚れが付着したり腐食生成物が厚く形成されていたりする場合でも、レーザー光によるアブレーションによりめっき表面の汚れなどが蒸発されあるいは剥離され、膜厚に応じた発光強度比が得られるため、めっきの減耗を正確に把握することができる。即ち、レーザーアブレーションによりめっき表面の汚れや腐食生成物がプラズマ発光したとしても、金属下地とめっき成分との元素の発光のみを対象とするため、めっきの劣化状況を診断するのに影響を与えることがない。
【0018】
つまり、本発明にかかるめっきの劣化診断方法及び装置は、視覚的観察並の簡便さを有しながらも測定条件および汚れなどの外見の影響を受けずに客観的な点検が可能である。しかも、アブレーションによるめっき層の破壊は、アブレーション1回当たりにおいて数百nm程度であるのに対し、めっき厚さは200μm以上であることから、1/1000〜1/5000程度にしか相当しないことが本発明者等の実験において確認された。加うるに、実際のめっきの表面は、1〜2μmの凹凸がある(つまり、腐食している)ことから、レーザー光によるアブレーションによって腐食が助長されることの心配もない。
【0019】
また、本発明のめっきの劣化診断方法及び装置において、検査対象のサンプルを用いて金属下地を構成する元素の発光強度とめっき成分の発光強度との強度比とめっき厚さとの相関を予め求めておく場合には、測定値に基づく発光強度比と相関とからめっき層の劣化状態を定量化することができる。
【0020】
さらに、本発明にかかるめっきの劣化診断装置において、ゲート機能を有する受光素子とレーザー及び受光素子のゲート開放開始時間との間の時間差を制御するコントローラとを備える場合には、白色光と呼ばれる発光強度の高い光(バックグランドノイズ)の影響を排除し発光ピークが顕著となったタイミングで受光素子で受光して発光スペクトルを得ることできるので測定感度を上げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】溶融亜鉛めっき層の構成を示す概念図である。
【図2】遠隔測定用劣化診断装置概念図である。
【図3】光ファイバを用いた近接が困難な箇所の劣化診断装置を示す概念図である。
【図4】光伝送管を用いた近接が困難な箇所の劣化診断装置を示す概念図である。
【図5】実験装置の配置図である。
【図6】溶融亜鉛めっき層におけるプラズマの発光スペクトルの発光スペクトルを示すグラフで、実線は劣化前のメッキ表面における発光スペクトル、破線は劣化後の地金に達したときの発光スペクトルを示す。
【図7】溶融亜鉛めっき層における亜鉛の発光スペクトルの発光スペクトルを示すグラフである。
【図8】溶融亜鉛めっき層におけるプラズマの発光スペクトルの連続測定結果を示すグラフである。
【図9】鉄と亜鉛の発光線の強度を示すグラフである。
【図10】亜鉛と鉄の発光強度比と溶融亜鉛のめっき層の構成との関係を示すグラフである。
【図11】レーザー光を4000回照射した後の照射痕の窪みの状況を示す画像である。
【図12】レーザー光を1000回照射した後の照射痕の窪みの状況を示す画像である。
【図13】レーザー光を4000回照射した痕の表面粗さを示すもので、(A)は照射痕の写真と粗さ測定位置(赤線部分)を示す。(B)は表面粗さを示すグラフである。
【図14】レーザー照射回数に対する窪みの深さの関係を示すグラフである。
【図15】亜鉛と鉄の発光強度変化を示すグラフで、(A)は亜鉛の発光強度変化を、(B)は鉄の発光強度変化を示す。
【図16】亜鉛と鉄の発光強度変化を示すグラフで、(A)は亜鉛の発光強度変化を規格化したもの、(B)は鉄の発光強度変化を規格化したものである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の構成を図面に示す実施形態に基づいて詳細に説明する。尚、本実施形態においては、検査対象として溶融亜鉛メッキ鋼板を例に挙げて説明している。
【0023】
図1に溶融亜鉛めっき層の構成を示す。めっき層の内部では亜鉛と鉄との合金層が形成されており、被めっき物たる鉄素地に近いほど鉄の含有率が高くなる。亜鉛めっき層は、劣化するにつれてη層から減耗していき、合金層が露出するようになる。更に劣化が進むと発錆が生じ、母材の腐食につながる。即ち、めっきの減耗によりめっき厚みが変化することでめっき表面に含まれる元素比が変化する。このことから、めっき表面をレーザー光でアブレーションすれば、めっき表面に含まれる元素に対応したプラズマ発光が得られる。そして、めっきの劣化が進行するのに伴って金属下地成分とめっき成分との発光強度比が変化する。ここで、発光連続スペクトル並びに発光強度はめっきの含有元素比(成分比)そのものを表わすものではない。また、発光強度はめっきの成分の含有量そのものを表すものでもない。しかし、複数の元素間の発光強度比をとることによってそれらの成分比を特定することができる。つまり、金属下地成分(Fe)とめっき成分(Zn)との発光強度比をとること、即ちめっき層における鉄の含有率を測定することにより、めっきの劣化(腐食)の進捗状況を判断することが可能である。尚、本実施形態における検査対象たる溶融亜鉛めっきの場合には、単相めっきであるため素地と下地とは同じとなる。
【0024】
そこで、図2に示すように、検査対象である溶融亜鉛メッキ鋼板1のめっき表面にパルスレーザー光8を照射することでめっき表面をアブレーションし、その後アブレーションにより生じたプラズマ2からの発光を分光装置4で計測および分光して金属下地成分(Fe)とめっき成分(Zn)との発光強度を測定し、さらに測定装置5で金属下地成分とめっき成分との発光強度比を求めることでめっきの劣化状況を判断する。尚、図2に示す実施形態の劣化診断装置は、遠隔の場所に存在する検査対象について劣化診断するものであり、受光部に望遠鏡3を備え付けることによって受光感度を向上させるようにしている。また、図中の符号4は分光装置、5は測定装置、6はタイミングコントローラ、7はレーザー装置である。
【0025】
使用するレーザー装置7については、アブレーションすると共にプラズマ化するに十分なピークパワーのレーザー、例えばNd:YAGレーザ、ファイバーレーザー、チタンサファイアレーザー、ガラスレーザー、COレーザ、エキシマレーザ等といったパルスレーザーの類が用いられる。つまり、パルスレーザーであれば、ナノ秒レーザーでも、超短パルスレーザーでも実施可能である。
【0026】
分光装置4は、受光したプラズマ発光を分光することにより、金属下地とめっきの各成分元素の発光線を計測する。溶融亜鉛メッキ鋼板のめっきの劣化診断の場合、分光により、亜鉛と鉄の発光線を計測する。この時、各元素の発光線の強度は、アブレーションされた箇所の元素の含有量に比例する。さらに、異なる元素同士の発光強度の比は、各元素の含有率に比例する。
【0027】
めっき層の亜鉛と鉄の含有率が鉄素地に近づくにつれて変化するため、例えば図6および図7に示すような発光強度の変化が測定される。そこで、328.23、330.21、334.57nmの亜鉛の発光線のいずれか一つと、338.01、339.26、340.74、342.71、344.09、346.58、347.54、349.05、349.78、351.38、352.60、354.20、355.49nmの鉄の発光線のいずれか一つを用い、図10のように亜鉛と鉄の発光線との強度比をとることにより、鉄の含有率が分かる。元素の含有率が同じであっても、各元素の発光線の強度はレーザーの照射条件により変化する。しかし、測定により一度に取得する各元素の発光強度の比をとることにより、測定条件の寄与は相殺され、測定箇所の含有率にのみ依存する値が得られる。また、劣化状態が同じで汚れなどにより外見が異なっていたとしても、本方法は鉄と亜鉛以外の物質から影響を受けないため、測定結果に影響を及ぼさない。ここで、金属下地成分とめっき成分との発光強度比を得るための発光線は、特定の発光線の間でのみ成立するものではなく、全ての発光線の間において成立するものである。例えば、溶融亜鉛メッキ鋼板を例に上げると、図15(A)、(B)に示すように、亜鉛と鉄とを示す発光線はそれぞれ幾つも存在するが、いずれもめっきの減耗状況に応じて同様の発光強度の変化を示しており、それらを規格化すると図16(A)及び(B)に示すようにより一層同じ傾向の変化を示していることが明らかである。したがって、亜鉛と鉄とのいずれの発光線を用いても、めっきの減耗の進捗状況に対して同様の発光強度比の変化が得られることがわかる。
【0028】
めっき表面のアブレーションにより得られるプラズマ2からの発光スペクトルの取り込みと、亜鉛と鉄の任意の発光線の発光強度の抽出及び亜鉛と鉄の発光強度比の算出並びに得られた発光強度比に基づくめっきの劣化状態の評価は、測定装置5において行われる。測定装置5は、図示していないが、分光装置4からの出力をタイミングコントローラ6の指示により取り込むゲート機能を有する受光素子と、スペクトル強度分布を分析する各種解析プログラムなどを実装した中央演算処理部並びに記憶部を備え、発光線毎の発光強度の情報を入力して、このデータを保存し、さらには亜鉛と鉄の任意の発光線の発光強度を抽出してそれらの発光強度比を演算し、その発光強度比からめっき表面に含まれる元素比の変化、即ちめっきの劣化状態を求めてディスプレーなどに出力するものである。タイミングコントローラ6はレーザー装置7によるレーザー光8の照射時と測定装置5の受光素子のゲート開放開始時間との間の時間差を制御する。尚、測定装置5は、図示していないが記憶装置を備え、検査対象のサンプルを用いて金属下地を構成する元素の発光強度とめっき成分の発光強度との強度比とめっき厚さとの相関を予め求めた検量線あるいはテーブルとして記憶装置に格納しておき、この相関関係を記憶装置から読み出して測定値に基づく発光強度比との関係からめっき層の劣化状態を定量化するようにしても良い。
【0029】
以上のように構成されためっきの劣化診断装置によれば、タイミングコントローラ6によってレーザー装置7から検査対象である溶融亜鉛メッキ鋼板1のめっき表面にパルスレーザー光8を照射してめっきの表面をアブレーションし、アブレーションにより生じたプラズマ2の発光9を望遠鏡3と分光装置4とを介して計測し、分光することにより金属下地を構成する元素の発光強度とめっき成分元素の発光強度とを求め、測定装置5で金属下地を構成する元素の発光強度とめっき成分元素の発光強度との強度比の変化からめっき層の劣化状態を評価することができる。
【0030】
次に鋼管内面といった点検者および点検機器の接近が困難な箇所のめっきの劣化診断を行う装置の概念図を図3に示す。図3は、レーザー光8の伝送およびプラズマ発光9の受光を光ファイバで行う装置の概念図である。装置としてはレーザー光を伝送するファイバ11とプラズマ受光するファイバ12から成っており、それらを中空管13で束ねて利用する。レーザー照射端では凸レンズ14によりレーザー光8を集光し、アブレーションを行う。光ファイバ11,12自体はある程度の柔軟性があるため、形状に沿って測定を行うことが可能である。勿論、中空管13を用いずに、むき出しとなったレーザー光伝送用の光ファイバ11と、発光計測用の光ファイバ12のみで構成するようにしても良い。この場合には、各光ファイバ11,12は図示していない巻き取り用ドラムになどに巻き取られて鋼管内などの狭隘な空間に吊り下げられ、めっき表面と対向するようにケーブル先端が曲げられた状態で上下動されるように設けられる。検査対象である鋼管内周面1’の表面のめっきの劣化状態を診断することができる。
【0031】
図4は、光伝送管を用いた他の実施形態の概念図である。この光伝送管は、中空管19にレーザー光伝送用の光学系と発光計測用の光学系とを内蔵したものであり、検査対象であるめっきの表面とは中空管19の先端の透明ガラス窓18を備える先端開口部を対向させて配置するようにして用いられる。ここで、レーザー光伝送用の光学系は、集光用レンズ17と、レーザー光8の波長のみを反射してレーザー光8をめっき表面に照射する波長選択型ミラー15とを含む。発光計測用の光学系は、めっき表面のアブレーションにより生じたプラズマ発光を波長選択型ミラー15の背後に配置されて波長選択型ミラー15を透過したプラズマ発光9を反射させる波長に依存しない反射ミラー16を含む。したがって、レーザー光8は、中空管19内を伝搬し、照射端にある波長選択型ミラー15及び窓ガラス18を通して検査対象箇所に照射される。発光9は、同じく窓ガラス18を通して、中空管19内にあるミラー16を用いて中空管19内を伝搬する。本装置では、中空管19を伸縮構造にする事により、縦長な箇所を広範囲に測定することが可能である。
【0032】
なお、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、本実施形態では溶融亜鉛めっき鋼板のめっきの劣化の診断を例に挙げて主に説明したが、診断対象となるめっきはこれに特に限られるものではなく、他のめっきでも測定対象となる元素が異なるだけでありその劣化状況を診断することは可能である。本発明は、金属下地とめっき材料の元素比を調べることで、めっきの減耗状態を推定することにある。したがって、例えば、金属下地が鉄でめっき材料がすずであるブリキめっきの場合には、鉄とすずの元素比を発光強度比から調べてブリキの減耗状態を推定することが可能である。しかも、検査対象となるめっきの成分や種類などは予め明らかである必要はない。めっきの組成成分の存在量比は発光強度比から求められることから、発光スペクトルの形とピーク波長とでめっき組成成分元素は特定できる。したがって、めっきや金属下地の組成が不明なものであっても、さらにはめっきの種類を問われることなく、めっきの劣化診断を行うことができる。
【0033】
また、上述の実施形態において好適な例として挙げたレーザーの種類や照射時間、照射の仕方などについては特に限定されるものではない。レーザーの種類やレーザー光の当て方や照射時間などが異なることで各元素毎の発光強度そのものは異なることが考えられるが、任意の元素間における発光強度比は一定であると推定される。したがって、めっき層に悪影響を与えない範囲で特定のレーザーの種類やレーザー光の当て方や照射時間などに特に限られるものではない。
【0034】
また、本実施形態ではそれほど測定感度を必要としていないためにシングルパルスでプラズマ発光を得るようにしているが、場合によってはダブルパルスでプラズマ発光を得るようにしても良い。この場合、アブレーションさせた元素の発光を漏れなく計測することができるので、測定感度を向上させることができる。つまり、1回目のアブレーションにより励起された粒子を2回目のレーザー光による再加熱または再励起を効果的に行うことによって励起原子の発光寿命を延ばすと共に、1回目のアブレーションでプラズマ化せずにめっき表面からはじき出された粒子も励起されるので、より低いパワーで材料への損傷を抑えながらもアブレーション効率を上げてプラズマを生成し測定感度を良くすることができる。しかも、一回目のレーザーパルスのエネルギーを低く出来るため、めっき表面におけるレーザー光による損傷を低減することができる。特に、パルス状のレーザー光の照射を、めっき表面に向けて照射しめっき表面をアブレーションさせる第1のステップと、アブレーションにより形成されたプラズマに向けてめっき表面と平行に照射され第1のステップで励起されなかった粒子を含めて再加熱または再励起する第2のステップとで行う場合には、より効果的である。この場合、第1のステップで照射するレーザー光と第2のステップで照射するレーザー光との間に0.5μs〜5μsの時間差を与えることにより、追加加熱の効果が得られると共に励起された粒子が飛散する前に十分な追加加熱を与えることができる。さらに、第1のステップで照射するレーザー光を第2のステップで照射するレーザー光よりも弱く、少なくとも計測対象となるめっき成分をめっき表面からはじき出すのに十分なものであり、第2のステップで照射するレーザー光は第1のステップではじき出された成分を励起して発光させるに十分なものとする場合には、めっき表面におけるレーザー光による損傷を最小限に抑制しながら測定感度を上げることができる。
【0035】
また、レーザー光の照射によるアブレーション並びにアブレーションプルームからの発光の計測は、光学レンズやミラーなどを用いた光学系によって行うようにしているが、場合によっては、直接光ファイバーによって導光することにより、照射したり、分光器に取り込むようにしても良い。光ファイバーは通常紫外域(波長200nm以下)の光は通さないため、そのような発光を測定する場合に有効である。勿論、レンズを用いて光ファイバーに集光することにより分光される光強度を増加し、測定感度を向上することも好ましい。また、光ファイバーとしてバンドルファイバーを用い、光ファイバーの出射形状をライン状にして分光器のスリット形状に合わせることにより、光ファイバーと分光器の結合効率を向上させるようにしても良い。また、レーザー光の集光と発光の集光を同軸に設定することも可能である。これにより、システムを簡便にすることができる。
【実施例】
【0036】
本発明によってめっきの劣化診断が可能なことを確認するための実験をおこなった。実験装置は、図5に示すように、タイミングコントローラ6によってレーザー光8の照射が制御されたレーザー装置7からのレーザー光8を反射ミラー21及び凸レンズ22を介して検査対象(溶融亜鉛めっき鋼板)1に照射し、アブレーションにより得られたプラズマ2の発光スペクトルを平凸レンズ23、シャープカットフィルタ24並びに光ファイバ25を介して分光器26並びにICCDカメラ(工業用カメラ)27で取り込み、パソコン28で分析し腐食状況を評価するようにしている。また、タイミングコントローラ6は、レーザー装置7からレーザー光を照射してから所定の遅延を以て、パソコン28がICCDカメラ27のシャッターを開放すると共に所定時間開放し続ける指示を出すトリガーを出力する。尚、パソコン28は、ICCDカメラ27からの画像信号を取り込み、必要に応じて発光スペクトルを保存し、演算処理し、解析することにより、金属下地を構成する元素の発光強度とめっき成分元素の発光強度とを求め、金属下地を構成する元素の発光強度とめっき成分元素の発光強度との強度比の変化からめっき層の劣化状態を評価するようにしたものである。また、受光系としては分光器26と光電子増倍管(図示省略)を用いたり、ゲート機能を有する受光素子として通常のCCDカメラや線形フォトダイオード等の線形受光素子を用いることも可能である。また、場合によっては受光素子として、光電子増倍管やフォトダイオード等の単一受光素子を用いることも可能である。
【0037】
実験は、Nd:YAGレーザー装置7から第二高調波(532nm)を発振させ、レーザー光8を溶融亜鉛メッキ鋼板1に対して垂直に入射させた。レーザー光8は、アブレーションをさせるために凸レンズ22で集光させた。アブレーションにより生成されたプラズマ2の発光9を計測するために、平凸レンズ23とシャープカットフィルタ24並びに光ファイバ25を用いて受光し、分光器26を介してICCDカメラ27にて受光した。計測においては、同一箇所を連続的に照射し、溶融亜鉛めっき層を少しずつアブレーションしながら、その過程で断続的に発光スペクトルを計測し続けた。このように計測することにより、めっき層表面から鉄素地までの領域の発光スペクトルを同一実験条件で測定した。レーザーのエネルギーは30mJとし、レーザーを照射してから1.7μsec後にICCDカメラ27のシャッターを500nsec間開放して発光を計測した。また、発光スペクトルは20回積算平均を行った。計測で使用した溶融亜鉛めっき試料は劣化度2程度の(亜鉛層が消失し合金層が露出している)ものを用いた。
【0038】
図6に溶融亜鉛めっき層におけるプラズマの発光スペクトルを示す。325〜335nmにおいて亜鉛の発光線が確認され、335〜355nmにおいて鉄の発光線が確認された。
【0039】
レーザーを照射しながらスペクトルを測定した結果を図8に示す。レーザー照射直後は、図中のめっき層表面に相当し、照射を続けるとアブレーションにより徐々にめっきが除去され、鉄素地に近づく。鉄素地に近づくほど亜鉛の発光強度は低下し、相対的に鉄の発光強度が高くなる。これは、図1で示した通り、鉄素地に近いほどめっき層における鉄の含有率が高くなることが原因と考えられる。即ち、合金層の特徴(地金に近づくほどFeが多い)を反映しているものと考えられる。
【0040】
図9に亜鉛と鉄の発光線の強度変化を示す。めっき表面ではZnの発光強度が強いが、地金に近づくほど相対的にFeの発光強度が高くなった。また、どちらの発光強度とも鉄素地に近づくほど小さくなった。これは、アブレーションされ易さが変化すること、即ちめっき表面ほどアブレーションし易く、金属下地に迫るほどアブレーションし難くなることに起因するものと考えられる。つまり、アブレーションによりレーザー光の照射点の位置が徐々に変化してくことで、計測条件が変化したことが原因と考えられる。このように発光強度は、計測条件の影響を受けるため、発光強度から各元素の含有率を直接的に推定することは困難である。
【0041】
そこで、図10のように亜鉛と鉄との発光強度の比をとることで、計測条件による発光強度の影響を相殺し、亜鉛に対する鉄の含有率を推定することが可能となる。理想的には、鉄素地領域にて亜鉛の発光はなくなるはずだが、実際には背景光ノイズにより発光強度比は零にならない。実際には、再めっきの交換目安と言われている劣化度III(ζ層の全体的な露出)を評価することが必要である。本実験では、劣化度II程度の試料を用いており、発光強度比の傾きの変化から図10のように各層を評価できる。そのため、劣化度IIIは発光強度比0.7以上で判断される。つまり、本実験の結果からは、発光強度比0.7以上に閾値を定めて、めっきの劣化診断例えば再めっきの必要性の有無を判断するようにしても良い。
【0042】
本発明にかかるめっきの診断手法では、レーザー光の強度が高すぎると過度にめっきを除去してしまう可能性がある。そこで、本実験条件にて計測を行った場合にどの程度めっきが除去されるのかを光学顕微鏡観察により明らかにした。図11は、本実験条件にて同一箇所を4000回照射した痕の照射痕付近の粗さを3次元で表わしたものである。図より照射痕の周りはほとんどめっきが除去されておらず、小面積の領域のみ除去していることがわかる。
【0043】
図12は、本実験条件にて同一箇所を4000回照射した痕の照射痕付近の粗さを3次元で表わしたものである。
【0044】
図13に図11で計測した照射痕の表面粗さを示す。図の400〜600μmの領域は未照射面を示している。未照射領域の表面は約10μm程度のばらつきがみられる。照射面および未照射面ともに粗さにばらつきが見られるが、90μm程度の窪み深さであることがわかる。
【0045】
図14に、レーザー照射回数に対する窪み深さを示す。1回の照射で除去するめっきの量が一定だと仮定すると、1回の照射で約20nmの厚みのめっきを除去する計算になる。これは、照射前のめっき表面の粗さ(〜10μm)の2000分の1程度である。また、めっきの厚みはめっき処理直後で約200μm程度であり、1回の測定での照射回数を実施例と同じ20回とすると、1回の測定によりめっきの厚みの約2000分の1程度を除去する計算になる。
【0046】
今回、レーザーを15W/cm2相当のエネルギーフルエンスでめっき表面に照射したが、フルエンスが高いとめっきの除去量も多いため、なるべく低いフルエンスで行うことが望ましい。しかし、フルエンスが低すぎるとアブレーションが起きずにプラズマの発光が測定できない。今回の実験結果から、プラズマが生成されるフルエンス下限は実験条件と同じ15W/cm2であることを確認した。また、レーザーを照射してから1.7μsec後にICCDカメラ7のシャッターを開放したが、シャッターの開放するタイミングが早すぎると、各元素の発光と同時に白色光と呼ばれる発光強度の高い光も受光してしまい、測定ができなくなる。一方、タイミングが遅いと各元素の発光線の強度が低下し、感度が低下する。そのため、シャッターを開放するタイミングは、約1〜20μsecの範囲、より好ましくは1〜2μsecの範囲で行うことである。
【符号の説明】
【0047】
1 溶融亜鉛めっき鋼板
2 プラズマ
3 望遠鏡
4 分光装置
5 測定装置
6 タイミングコントローラ
7 レーザー装置
8 レーザー光
9 プラズマの発光
25 光ファイバ
26 分光器
27 ICCDカメラ
28 パソコン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属の被めっき物に施されためっきの劣化状況を診断する方法において、検査対象であるめっき表面にパルスレーザー光を照射してめっきの表面をアブレーションし、前記アブレーションにより生じたプラズマの発光を計測し、分光することにより金属下地を構成する元素の発光強度と前記めっき成分元素の発光強度とを求め、前記金属下地を構成する元素の発光強度と前記めっき成分元素の発光強度との強度比の変化からめっき層の劣化状態を評価するめっきの劣化診断方法。
【請求項2】
前記検査対象のサンプルを用いて前記金属下地を構成する元素の発光強度と前記めっき成分の発光強度との強度比とめっき厚さとの相関を予め求めておき、測定値に基づく前記発光強度比と前記相関とからめっき層の劣化状態を定量化することを特徴とする請求項1記載のめっきの劣化診断方法。
【請求項3】
前記検査対象は溶融亜鉛めっき鋼材であり、328.23、330.21、334.57、468.01、472.21、481.05nmの亜鉛の発光線のいずれか一つと、338.01、339.26、340.74、342.71、344.09、346.58、347.54、349.05、349.78、351.38、352.60、354.20、355.49 nmの鉄の発光線のいずれか一つを用い、前記亜鉛と前記鉄の発光線の強度比を求め、めっき膜厚を評価することを特徴とする請求項1または2記載のめっきの劣化診断方法。
【請求項4】
金属の被めっき物に施されためっきの劣化状況を診断する装置において、検査対象であるめっき表面にパルス状のレーザー光を照射してめっきの表面をアブレーションするレーザー装置と、前記アブレーションにより生じたプラズマの発光を計測し、分光する分光装置と、前記金属下地の元素の発光強度と前記めっき成分の元素の発光強度とを求め、前記金属下地元素の発光強度と前記めっき成分の発光強度との強度比の変化からめっき層の劣化状態を評価する分析装置とを備えるめっきの劣化診断装置。
【請求項5】
前記検査対象のサンプルを用いて予め前記金属下地元素の発光強度と前記めっき成分の発光強度との強度比とめっき厚さとの相関を求めたデータを格納する記憶装置を備え、測定値に基づく前記発光強度比と前記発光強度比とめっき厚さとの相関からめっき層の劣化状態を定量化することを特徴とする請求項4記載のめっきの劣化診断装置。
【請求項6】
前記検査対象は溶融亜鉛めっき鋼材であり、328.23、330.21、334.57、468.01、472.21、481.05nmの亜鉛の発光線のいずれか一つと、338.01、339.26、340.74、342.71、344.09、346.58、347.54、349.05、349.78、351.38、352.60、354.20、355.49 nmの鉄の発光線のいずれか一つを用い、前記亜鉛と前記鉄の発光線の強度比を求め、めっきの劣化状況を評価することを特徴とする請求項4または5記載のめっきの劣化診断装置。
【請求項7】
前記分光装置を経て分光された前記プラズマ化された物質からの発光を受光し発光スペクトルを得るゲート機能を有する受光素子と、前記レーザー及び前記受光素子のゲート開放開始時間との間の時間差を制御するコントローラとを備える請求項4から6のいずれかに記載のめっきの劣化診断装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図7】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図14】
image rotate

【図6】
image rotate

【図8】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate


【公開番号】特開2012−68144(P2012−68144A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−213747(P2010−213747)
【出願日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】