説明

アサリの人工産卵装置および方法

【課題】装置のコンパクト化および産卵効率の向上が可能なアサリの人工産卵装置および方法を提供する。
【解決手段】アサリの母貝Aを水槽2内で収容して水槽2の海水Wの水温を17℃〜20℃に保持した後、この海水Wの水温を温度制御ヒータ3によって、略25℃に上昇させて、アサリの最初の産卵を誘発し、その後、海水供給手段4によって、水槽2内に間欠的または連続的に水温が略25℃の海水Wを供給して、水槽2内の海水Wを排出口5からオーバーフローさせて、水槽2内で過剰に拡散したアサリの精子Cとともに水槽2外に排出することにより、アサリの第2回目以降の産卵を誘発し、排水口5からオーバーフローさせた海水Wを、捕集ネット6aを通過させて受精卵を捕集する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アサリの人工産卵装置および方法に関し、さらに詳しくは、装置のコンパクト化および産卵効率の向上が可能なアサリの人工産卵装置および方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アサリは、オスとメスとを区別することができず、人工産卵させる場合には、水槽内に多数の母貝を収容して水槽内の海水で産卵を行なわせる。アサリのオスは水槽内で精子を放出し、その放出された精子がメスの卵子に受精して受精卵となる。アサリの産卵は、海水の水温を所定温度(25℃程度)に上昇させること等によって、誘発することができる。
【0003】
ところで、アサリ1個体は、一時期に産卵を1度だけでなく、連続的に複数回(おおよそ10回以下)の産卵を行なうが、その際に水槽内の海水の精子濃度が高いと、1つの卵子に複数の精子が受精する多受精卵が発生しやすくなる。多受精卵の場合、稚貝が大きく生育しにくいことが知られおり、稚貝を大きく生育させるには、多受精卵の発生を回避する必要がある。
【0004】
アサリの人工産卵については、限定的な検討しか行なわれていないのが現状であり(例えば、非特許文献1参照)、実用に耐え得る装置や方法がほとんど確立されていない。非特許文献1では、多受精卵の発生を回避するために、母貝の産卵数が所定量に達した時点で、新たな海水が入った水槽に母貝を移し替え、母貝の産卵が終わるまで、この母貝の移し替えを繰り返し行なうようにしている(23ページ右欄1行〜24ページ左欄8行参照)。
【0005】
このような移送式採卵方法では、大きな水槽が複数必要になるため、装置が大規模になるとともに、母貝の別の水槽への移送作業も煩雑になるという問題があった。
【非特許文献1】「大分県海洋水産研究センター 浅海研究所事業報告(平成13年度)」、アサリ人工種苗放流効果実証事業 (1)種苗生産技術開発研究
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、装置のコンパクト化および産卵効率の向上が可能なアサリの人工産卵装置および方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため本発明のアサリの人工産卵装置は、アサリの母貝を収容する水槽と、この水槽に所定水温の海水を供給する海水供給手段と、この水槽内の海水を加温するヒータとを備え、水槽内の海水が一定水位以上になると水槽外にオーバーフローさせる排水口を設けるとともに、この排水口からオーバーフローした海水を通過させつつ、アサリの受精卵を捕集する捕集手段を設けたことを特徴とするものである。
【0008】
ここで、前記排水口を水槽に脱着可能に設けることもできる。また、前記水槽内に、継続的に空気を供給するエアレーションを設けることもできる。また、前記水槽とは別体であるとともに、水槽内でアサリの母貝を保持するカゴ体を設けることもできる。
【0009】
また、本発明のアサリの人工種産卵方法は、アサリの母貝を収容した水槽の海水の水温を17℃〜20℃に保持した後、この海水の水温を略25℃に上昇させることにより、アサリの最初の産卵を誘発し、その後、水槽内に上昇水流を生じさせるとともに、水槽内に間欠的または連続的に水温が略25℃の海水を供給して、水槽内の海水を排出口からオーバーフローさせて、水槽内で過剰に拡散したアサリの精子を、オーバーフローさせた海水とともに水槽外に排出することにより、アサリの第2回目以降の産卵を誘発するとともに、オーバーフローさせた海水を捕集手段を通過させることにより、この捕集手段によってアサリの受精卵を捕集するようにしたことを特徴とするものである。
【0010】
ここで、前記水槽内で拡散したアサリの精子による海水の白濁度合に基づいて、水槽内に間欠的または連続的に供給する水温略25℃の海水に対して、その供給タイミングまたは供給量を調整することもできる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、アサリの母貝を収容する水槽と、この水槽に所定水温の海水を供給する海水供給手段と、この水槽内の海水を加温するヒータとを備え、水槽内の海水が一定水位以上になると水槽外にオーバーフローさせる排水口を設けるとともに、この排水口からオーバーフローした海水を通過させつつ、アサリの受精卵を捕集する捕集手段を設けたので、アサリの母貝を水槽内で収容して水槽の海水の水温を17℃〜20℃に保持した後、この海水の水温をヒータによって、略25℃に上昇させることにより、アサリの最初の産卵を誘発することができる。その後、海水供給手段によって、水槽内に間欠的または連続的に水温が略25℃の海水を供給して、水槽内の海水を排出口からオーバーフローさせて、水槽内で過剰に拡散したアサリの精子を、オーバーフローさせた海水とともに水槽外に排出することにより、アサリの第2回目以降の産卵を誘発することができる。また、水槽に供給される海水等によって水槽内に上昇水流が生じ、精子が水槽の底に溜まりにくくなるので、一段と産卵を促進させることができる。さらに、排水口からオーバーフローさせた海水を、捕集手段を通過させることによって、アサリの受精卵を捕集することができる。
【0012】
このように、アサリの母貝を収容する水槽が1つで足りるので、装置をコンパクトにすることができる。また、同じ1つの水槽で、順次、アサリの産卵を誘発するとともに、過剰な精子を水槽外に排出するので、多受精卵の発生を回避しつつ、多数の受精卵を得えることができるので、産卵効率を向上させることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明のアサリの人工産卵装置および方法を図に示した実施形態に基づいて説明する。
【0014】
図1に例示するように、本発明のアサリの人工産卵装置1(以下、人工産卵装置1という)は、多数のアサリの母貝Aを収容する水槽2と、水槽2に所定水温の海水Wを供給する海水供給手段4と、この水槽2内の海水Wを加温する水温制御ヒータ3とを備えている。
【0015】
水槽2の底面には、底面を貫通する取付け穴2aが形成されており、この取付け穴2aに筒状の排水口5が脱着可能に嵌合している。排水口5の長さは、水槽2の深さよりも小さく設定され、水槽2内の海水Wが一定水位以上になると水槽2外にオーバーフローさせるように機能する。
【0016】
排水口5の下方位置には、保持台6bと、保持台6bに保持された捕集ネット6aとからなる捕集手段6が設置されている。捕集ネット6aの目の大きさは、アサリの受精卵Bを通過させない大きさに設定されている。アサリの受精卵Bの直径が60μm程度であるので、捕集ネット6aの目の大きさは、例えば、直径30μm程度とする。排水口5からオーバーフローした海水Wが、捕集ネット6aを通過することにより、アサリの受精卵Bが、捕集ネット6aに捕集されることになる。
【0017】
海水供給手段4は、海水を供給する供給配管4aと、供給配管4aに接続された供給ポンプ4bと、供給配管4aに取付けられた水温制御センサ4cとから構成されている。
【0018】
また、この実施形態では、水槽2内に継続的に空気を供給するエアレーション7と、水槽2内で多数のアサリの母貝Aを保持するカゴ体8とが設けられている。このカゴ体8は、水槽2とは独立した別体になっている。
【0019】
次に、人工産卵装置1を用いたアサリの人工産卵方法の手順を説明する。
【0020】
まず、図1に例示するように、多数のアサリの母貝Aをカゴ体8に入れた状態で、水槽2の海水Wの中に設置する。この際に、水槽2内の海水Wの水温を17℃〜20℃に保持しておく。水槽2内の海水Wの水位は、排水口5の上端よりも低くしておく。
【0021】
次いで、温度制御ヒータ3により水槽2内の海水Wを加温して、水温を約25℃に上昇させて維持する。海水Wの水温が25℃程度になったことにより、アサリの母貝Aは刺激を受けて最初の産卵が誘発される。即ち、アサリの母貝Aのオスは精子Cを海水Wに放出する。放出された精子Cは、メスの母貝Aの卵子に受精して受精卵Bとなり、受精卵Bが水槽2内の海水中に放出される。
【0022】
このようにして、オスの母貝Aからは、精子Cが放出され続けるので、水槽2内の精子Cが過剰になり、水槽2内の海水Wは徐々に白濁具合が濃くなる。この状態のままでは、多受精卵が多く発生することになる。そこで、次いで、図2に例示するように、海水供給手段4により水槽2内に間欠的または連続的に水温が略25℃の海水Wを供給する。ここで、海水供給手段4により新たに供給する約25℃の水温の海水によって、水槽2内の海水Wの水温を25℃程度(例えば、24℃〜25℃)に維持できれば、温度制御ヒータ3による加温を行なう必要はない。
【0023】
新たに供給した海水Wによって、水槽2内の海水Wの水位が排水口5の上端まで達すると、水槽2内の海水Wが排出口5からオーバーフローして水槽2外に排出される。この際に、水槽2内で過剰に拡散したアサリの精子Cも、オーバーフローする海水Wとともに水槽2外に排出する。これによって、多受精卵の発生を回避することができ、稚貝を大きく生育させることが可能になる。
【0024】
また、水槽2内には上昇水流を生じさせるようにする。水槽2の底に溜まりやすい精子Cが、上昇水流によって上昇浮遊するので、一段と産卵を促進させることができる。この実施形態では、エアレーション7によって、上昇水流が生じるようになっているが、他の手段を用いることもできる。例えば、供給配管4aの先端を水槽2の底近傍まで延して、供給する海水Wによって上昇水流を発生させてもよい。或いは、水槽2の中に配置したスクリュー等を用いてもよく、これらを組み合わせて用いることもできる。
【0025】
排水口5からオーバーフローした海水Wは、捕集ネット6aを通過し、その際に受精卵Bは捕集ネット6aを通過することができない。そのため、精子Cの水槽2外への排出とともに、効率的に受精卵Bを捕集することができる。
【0026】
しかも、水槽2内の海水Wの一部がオーバーフローして、水槽2内の海水Wが改質されることにより、アサリの母貝Aは刺激を受けて第2回目の産卵が誘発される。第2回目の産卵の際にも、最初の産卵の場合と同様に、海水供給手段4により水槽2内に間欠的または連続的に水温が略25℃の海水Wを供給し、水槽2内の海水Wを排出口5からオーバーフローさせるとともに、水槽2内で過剰に拡散したアサリの精子Cを、水槽2外に排出することにより、アサリの次回の産卵を誘発する。これとともに、オーバーフローさせた海水Wを捕集ネット6aを通過させることにより、アサリの受精卵を捕集する。
【0027】
第3回以降の産卵についても、同様の手順を行ない、アサリの産卵が終了するまで、この同様の手順を繰り返す。最初の産卵が誘発されるまでは、1時間程度の時間を要するが、2回目以降の産卵は、より短いサイクルで産卵が誘発される。
【0028】
水槽2内に海水供給手段4によって、水温略25℃の新たな海水を間欠的または連続的に供給するに際しては、例えば、水槽2内で拡散したアサリの精子Cによる海水Wの白濁度合に基づいて、その供給のタイミングまたは供給量を調整する。例えば、間欠的に新たな海水Wを水槽2内に供給する場合は、水槽2内の白濁具合がある程度(基準とする白濁具合よりも)濃くなった時点で、新たな海水Wを水槽2内に供給する。
【0029】
また、例えば、連続的に新たな海水Wを水槽2内に供給する場合は、水槽2内の白濁具合がある程度(基準とする白濁具合よりも)濃くなった時点で、新たな海水Wの水槽2内への供給量を増加させることもできる。或いは、一定量の新たな海水Wを連続的に水槽2内に供給して、水槽2内の海水Wを排出口5からオーバーフローさせるとともに、水槽2内で過剰に拡散したアサリの精子Cを、水槽2外に排出することもできる。
【0030】
この実施形態では、エアレーション7によって継続的に水槽2内の海水Wに、空気を供給しているので、水層2の底面に精子Cを溜めることなく水面に上昇させて、円滑に排水口5を通じて水槽2外に排出させることができる。
【0031】
このように本発明では、水槽2が1つで足りるので、人工産卵装置1をコンパクトにすることができる。また、1つの水槽2内で、水槽2内の過剰な精子Cを水槽2外に排出しつつ、順次、アサリの産卵を誘発することができる。そのため、多受精卵の発生を回避しつつ、多数の受精卵が得られ、産卵効率を向上させることが可能になる。
【0032】
アサリの産卵が終了した後は、図3に例示するように、すべての母貝Aを水槽2から取出し、水槽2内の海水Wはすべて水槽2外に排出して、新たなアサリの産卵に備えて水槽2を洗浄する。この実施形態では、多数のアサリの母貝Aは、カゴ体8に入っているので、カゴ体8を水槽2内から取出すだけで、すべての母貝Aをカゴ体8で保持して、水槽2から取出すことができる。尚、アサリの母貝Aは、カゴ体8に用いずに、バラバラに水槽2に入れることもできる。また、排出口5を水槽2の底面の取付け穴2aから取外すことにより、容易に水槽2内の海水Wを外に排出することができ、水槽2の底面が平らな状態になるので、洗浄作業も容易に行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明のアサリの人工産卵装置を例示する説明図である。
【図2】図1の水槽内に海水を供給するとともに、排水口から海水をオーバーフローさせている状態を例示する説明図である。
【図3】アサリの母貝を水槽内から取り出す状態を例示する説明図である。
【符号の説明】
【0034】
1 人工産卵装置
2 水槽
2a 取付け穴
3 水温制御ヒータ
4 海水供給手段
4a 供給配管
4b 供給ポンプ
4c 水温制御ヒータ
5 排水口
6 捕集手段
6a 捕集ネット
6b 保持台
7 エアレーション
8 保持カゴ
A アサリの母貝
B 受精卵
C 精子
W 海水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アサリの母貝を収容する水槽と、この水槽に所定水温の海水を供給する海水供給手段と、この水槽内の海水を加温するヒータとを備え、水槽内の海水が一定水位以上になると水槽外にオーバーフローさせる排水口を設けるとともに、この排水口からオーバーフローした海水を通過させつつ、アサリの受精卵を捕集する捕集手段を設けたアサリの人工産卵装置。
【請求項2】
前記排水口を水槽に脱着可能に設けた請求項1に記載のアサリの人工産卵装置。
【請求項3】
前記水槽内に、継続的に空気を供給するエアレーションを設けた請求項1または2に記載のアサリの人工産卵装置。
【請求項4】
前記水槽とは別体であるとともに、水槽内でアサリの母貝を保持するカゴ体を設けた請求項1〜3のいずれかに記載のアサリの人工産卵装置。
【請求項5】
アサリの母貝を収容した水槽の海水の水温を17℃〜20℃に保持した後、この海水の水温を略25℃に上昇させることにより、アサリの最初の産卵を誘発し、その後、水槽内に上昇水流を生じさせるとともに、水槽内に間欠的または連続的に水温が略25℃の海水を供給して、水槽内の海水を排出口からオーバーフローさせて、水槽内で過剰に拡散したアサリの精子を、オーバーフローさせた海水とともに水槽外に排出することにより、アサリの第2回目以降の産卵を誘発するとともに、オーバーフローさせた海水を捕集手段を通過させることにより、この捕集手段によってアサリの受精卵を捕集するようにしたアサリの人工産卵方法。
【請求項6】
前記水槽内で拡散したアサリの精子による海水の白濁度合に基づいて、水槽内に間欠的または連続的に供給する水温略25℃の海水に対して、その供給タイミングまたは供給量を調整する請求項5に記載のアサリの人工産卵方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2009−273404(P2009−273404A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−127518(P2008−127518)
【出願日】平成20年5月14日(2008.5.14)
【出願人】(000219406)東亜建設工業株式会社 (177)
【Fターム(参考)】