説明

アジ化物によるカタラーゼの阻害に起因する測定誤差の低減方法

【課題】測定対象成分以外の成分に由来する過酸化水素をカタラーゼで分解することを含む測定対象成分の定量方法において、アジ化物によるカタラーゼの阻害に起因する測定誤差を低減する方法を提供すること。
【解決手段】アジ化物によるカタラーゼの阻害に起因する測定誤差の低減方法は、測定対象成分以外の成分に由来する過酸化水素をカタラーゼで分解し、次いで、測定対象成分に由来する過酸化水素を定量することにより前記測定対象成分を定量するに際し、カタラーゼとして75kDa以上のサブユニットを持つ微生物由来のカタラーゼを用いることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アジ化物によるカタラーゼの阻害に起因する測定誤差の低減方法に関する。
【背景技術】
【0002】
臨床検査の分野において、測定対象成分から過酸化水素を生成させ、この過酸化水素を定量することにより測定対象成分の試料中濃度を測定する方法が広く利用されている。このような方法においては、測定対象成分以外の物質から生成される過酸化水素が測定値の誤差要因となるため、測定対象成分以外の物質から生成された過酸化水素を、カタラーゼを作用させて水と酸素に分解する方法や、ペルオキシダーゼを用いてフェノール系又はアニリン系水素供与体化合物と反応させて無色キノンに転化する方法によって、消去する方法が一般的には用いられている。例えば、中性脂肪測定用試薬では内因性遊離グリセロールの消去系に、クレアチニン測定試薬ではクレアチンとザルコシンの消去系に、HDL−コレステロールまたはLDL−コレステロール測定用試薬では目的成分以外のリポ蛋白中コレステロールの消去系に使用されている。なお、従来から、カタラーゼを利用する測定系において用いられるカタラーゼとしては、ウシ由来のカタラーゼが一般的に用いられている。
【0003】
このうち、カタラーゼによる消去系はよく使用されているが、カタラーゼを阻害する成分の混入によって妨害を受ける場合がある。特にアジ化物の混入はごく微量でもカタラーゼを強力に阻害することから、消去系が妨害され、測定対象成分以外から発生する過酸化水素を十分に消去できないため、測定値に誤差が発生する。
【0004】
アジ化ナトリウムのようなアジ化物は臨床検査分野において広く防腐剤として使用されており、測定系へ混入する可能性は非常に高い。測定系へのアジ化物の混入は、測定試料自体に含まれている場合や、近傍に存在するアジ化物含有試薬からアジ化物がアジ化水素として気化して測定試薬に溶け込む場合、自動分析装置の試薬採取プローブを介して、他のアジ化物含有試薬からアジ化物が測定試薬に持ち込まれる場合などが知られている。
【0005】
【特許文献1】特開平10-14596号公報
【特許文献2】特許第3164829号掲載公報
【特許文献3】特許第3058602号掲載公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の目的は、測定対象成分以外の成分に由来する過酸化水素をカタラーゼで分解することを含む測定対象成分の定量方法において、アジ化物によるカタラーゼの阻害に起因する測定誤差を低減する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、従来から用いられているウシ由来のカタラーゼに比べ、75kDa以上のサブユニットを持つ微生物由来のカタラーゼはアジ化物による阻害をはるかに受けにくいことを見出し、測定系に用いられるカタラーゼとして75kDa以上のサブユニットを持つ微生物由来のカタラーゼを用いることにより、アジ化物によるカタラーゼの阻害に起因する測定誤差を低減できることに想到し本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、測定対象成分以外の成分に由来する過酸化水素をカタラーゼで分解し、次いで、測定対象成分に由来する過酸化水素を定量することにより前記測定対象成分を定量するに際し、前記カタラーゼとして75kDa以上のサブユニットを持つ微生物由来のカタラーゼを用いることを特徴とする、アジ化物によるカタラーゼの阻害に起因する測定誤差の低減方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、アジ化物によるカタラーゼの阻害に起因する測定誤差を低減する方法が初めて提供された。本発明により、例えば、中性脂肪、LDLコレステロール、HDLコレステロール、クレアチニン等の測定対象成分を従来よりも正確に定量することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
上記の通り、本願発明者らは、従来から用いられているウシ由来のカタラーゼに比べ、75kDa以上のサブユニットを持つ微生物由来のカタラーゼがアジ化物による阻害をはるかに受けにくいという驚くべき知見を得た。本発明は、この新知見に基づくものである。
【0011】
ヘム含有カタラーゼである単一機能カタラーゼは、小さいサブユニット(55〜69kDa)を持つカタラーゼと、大きいサブユニット(75kDa以上)を持つカタラーゼに分類できる。本発明の方法に用いられるカタラーゼは、上記大きいサブユニット(75kDa以上)を持つカタラーゼである。
【0012】
本発明の方法に用いられる上記カタラーゼが由来する微生物としては、カビ、細菌および一部の古細菌由来のものであり、より具体的には、Podospora anserina, Neurospora crossa, Cladosporium fulvum, Emericella nidulans, Pleurotus ostreatus, Deinococcus radiodurans, Escherichia coli, Salmonella typhimurium, Pseudomonas putida, Psuedomonas putida, Bacillus subtilis, Bacillus subtillis, Bacillus firmus, Mycobacterium avium, Botryotinia fuckeliana, Claviceps purpurea, Aspergillus fumigatus, Ajellomyces capsulatus, Aspergillus nidulans, Aspergillus niger, Agrobacterium tumefaciens, Sinorhizobium meliloti, Mesorhizobium loti, Nosema locustae, Xanthomonas oryzae, Xanthomonas campestris等を例示することができる。細菌などは複数種のカタラーゼを生産することが知られているが、大きいサブユニット(75kDa以上)を持つカタラーゼが本発明の方法に用いられるカタラーゼである。ただし、上記大きいサブユニットを持つカタラーゼに上記小さいサブユニットを持つカタラーゼが混入していても、本発明の実施に支障はない。
【0013】
上記微生物が生産するカタラーゼのうち、大きいサブユニット(75kDa以上)を持つカタラーゼで公知のものとしては、Podospora anserina CatA, Aspergillus fumigatus CatA, Emericella nidulans CatA, Ajellomyces capsulatus CatA, Escherichia Coli KatE, Escherichia coli K12, Pseudomonas putida CatC, Bacillus subtilis catalase 2, Bacillus subtillis KatE, Bacillus firmus KatA, Mycobacterium avium KatE, Aspergillus fumigatus CatB, Ajellomyces capsulatus CatB, Aspergillus nidulans CatA, Aspergillus niger CatR, Agrobacterium tumefaciens CatC, Sinorhizobium meliloti CatC, Nosema locustae, Xanthomonas oryzae KatX, Xanthomonas campestris KatEが挙げられる。これらのカタラーゼは遺伝子的に類縁であることが「Bacterial Catalase in the Microsporidian Nosema locustae: Implications for Microsporidian Metabolism and Genome Evolution」Naomi M. Fast et al., EUKARYOTIC CELL, Oct. 2003, p. 1069-1075に記載されており、また、これらカタラーゼはヘムdを持つことが知られている。遺伝子的に類縁な酵素が類似の特徴を備えていることは良く知られている。従って、本発明の方法に用いるカタラーゼは上記列記したカタラーゼに限定されず、遺伝子的に類縁な、ヘムdを持ち、75kDa以上のサブユニットを持つカタラーゼであればいかなるものでも本発明の方法に用いることができる。大きいサブユニットの分子量の上限に関しては、84kDaとする報告や、90kDaとする報告があるが、遺伝子的に類縁のものは全て本発明の方法に用いることができる。なお、「遺伝子的に類縁」とは、アミノ酸配列に基づく常法による系統解析により、近縁のものとして同一グループに分類されることをいい、例えば上記したFastらの文献に記載される手法によりグループIIに分類されるカタラーゼ同士を遺伝子的に類縁という。カタラーゼは、1種類のカタラーゼのみを用いてもよいし、2種類以上のカタラーゼを混合して用いてもよい。また、カタラーゼを2種類以上用いる場合には、同一種類の微生物由来のカタラーゼであっても、異なる種類の微生物由来のカタラーゼであってもよい。
【0014】
これらの微生物由来カタラーゼは種々市販されており、市販品を好ましく用いることができる。また、当業者に周知の常法により、微生物を培養し、該培養物から精製することにより得ることもできる。
【0015】
測定系に混入してカタラーゼを阻害するアジ化物のうち、各種成分の定量測定において問題になるのは、主として、防腐剤として多用されているアジ化ナトリウムのようなアジ化金属や、それに由来するアジ化水素等であるが、これらに限定されるものではない。
【0016】
本発明の方法は、測定対象成分以外の成分に由来する過酸化水素をカタラーゼで分解し、次いで、測定対象成分に由来する過酸化水素を定量することにより前記測定対象成分を測定する、あらゆる定量方法に適用可能である。このような定量方法自体は種々のものがこの分野において周知である。測定対象成分としては、中性脂肪(トリグリセライド)、HDL(高密度リポタンパク質)コレステロール、LDL(低密度リポタンパク質)コレステロール及びクレアチニン等を例示することができるがこれらに限定されるものではない。なお、本発明の方法は、カタラーゼとして75kDa以上のサブユニットを持つ微生物由来のカタラーゼを用いることを除き、従来の各測定対象成分の定量方法をそのまま実施することにより実施可能である。
【0017】
本発明の方法は、測定対象成分以外の成分に由来する過酸化水素を微生物由来のカタラーゼで分解した後にアジ化物を添加することを含む。本発明の方法に用いるカタラーゼはアジ化物による阻害を受けにくいが、十分な量のアジ化物を作用させることでカタラーゼの過酸化水素分解反応を停止させることができる。この方法により、定量反応で生成される過酸化水素がカタラーゼによって分解されないようにすることができる。
【0018】
先に例示した各種測定対象成分の、カタラーゼを用いた測定方法自体は周知であり、ここで説明する必要はないが、念のため、以下に簡単に記載する。
【0019】
中性脂肪(トリグリセライド)は、例えば、体液中に含まれるグリセリンにグリセロールキナーゼ、グリセロール−3−リン酸オキシダーゼおよびカタラーゼを作用させて、グリセリンから生成した過酸化水素を消去した後、次いで体液中のトリグリセリドにリポプロテインリパーゼ、グリセロールキナーゼ、グルセロール−3−リン酸オキシダーゼ、ペルオキシダーゼおよび色原体を作用させて、トリグリセリドからグリセリンを生成させ、グリセリンからグリセロール−3−リン酸を生成させ、グリセロール−3−リン酸から過酸化水素を生成させ、該過酸化水素を発色させた後、その発色強度を測定することにより定量することができる(特許文献1)。
【0020】
HDLコレステロールは、例えば、pH5〜8を維持する緩衝液中、及び2価の金属イオンの存在下において、被検試料にコレステロールエステラーゼ及びコレステロールオキシダーゼを作用させ、生じた過酸化水素をカタラーゼで除去することにより、被検試料中の高密度リポ蛋白以外のリポ蛋白中のコレステロールを消去し、次いで、前記第1工程の産物に、高密度リポ蛋白に特異的に作用する、HLBが13〜14の界面活性剤を加え、高密度リポ蛋白中のコレステロールをコレステロールエステラーゼ及びコレステロールオキシダーゼの作用により生じた過酸化水素を定量することにより定量することができる(特許文献2)。
【0021】
LDLコレステロールは、例えば、アミンを含む緩衝液の存在下で、低密度リポ蛋白以外のリポ蛋白に作用する界面活性剤の存在下において、コレステロールエステラーゼ及びコレステロールオキシダーゼを作用させ、生じた過酸化水素をカタラーゼで消去することにより、被検試料中の高密度リポ蛋白、超低密度リポ蛋白及びカイロミクロン中のコレステロールを消去し、次いで、被検試料中の残存コレステロールを定量することにより定量することができる(特許文献3)。
【0022】
クレアチニンは、例えば、体液中に含まれるクレアチンにクレアチンアミジノヒドロラーゼ、ザルコシンオキシダーゼおよびカタラーゼを作用させて、クレアチンから生成した過酸化水素を消去した後、次いで体液中のクレアチニンにクレアチニンアミドヒドロラーゼ、クレアチンアミジノヒドロラーゼ、ザルコシンオキシダーゼ、ペルオキシダーゼおよび色原体を作用させて、クレアチニンからクレアチンを生成させ、クレアチンからザルコシンを生成させ、ザルコシンから過酸化水素を生成させ、該過酸化水素を発色させた後、その発色強度を測定することにより定量することができる(特許文献1)。
【0023】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0024】
比較例1、実施例1
内因性遊離グリセロール除去中性脂肪測定用試薬として、下記組成を有する第1試薬及び第2試薬を調製した。(比較例1)
【0025】
第1試薬 PIPES緩衝液、pH6.5 50 mmol/L
グリセロールキナーゼ 1000 U/L
グリセロール−3−りん酸オキシダーゼ 5000 U/L
カタラーゼ(ウシ肝臓由来) 300000 U/L
N-(2-ヒドロキシスルホプロピル)-3,5- 0.3 mmol/L
ジメトキシアニリン
アデノシン5'-三りん酸 1.6mmol/L
塩化マグネシウム 7.5mmol/L
ポリエチレングリコールモノ−p−イソオクチル 0.3%
フェニルエーテル
【0026】
第2試薬 PIPES緩衝液、pH6.5 50 mmol/L
リポプロテインリパーゼ 3000 U/L
ペルオキシダーゼ 3000 U/L
4−アミノアンチピリン 4.2 mmol/L
アジ化ナトリウム 0.1%
塩化マグネシウム 7.5 mmol/L
ポリエチレングリコールモノ−p−イソオクチル 0.3%
フェニルエーテル
【0027】
一方、上記比較例1の第1試薬のカタラーゼをAspergillus niger由来(Aspergillus niger CatR、Roche Diagnostics GmbH社製)に変更した第1試薬(実施例1)を調製した。
【0028】
アジ化ナトリウムを0〜0.1%添加した試料(ヒト血清)4μLに、あらかじめ37℃で加温した第1試薬300μLを混和し、37℃で5 分間反応させた後に、第2試薬100μLを加え5 分間反応させ、600nmにおける吸光度を測定した。測定された吸光度から中性脂肪量を算出し、試料中の中性脂肪量を求めた。比較例1及び実施例1の結果を表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
比較例1では、試料中のアジ化ナトリウムの添加量が増えるに従って、内因性遊離グリセロールの消去が妨害され、測定値が上昇する。一方、実施例1では、アジ化ナトリウムの添加量が増えても、測定値はほとんど上昇せず、消去系がほとんど妨害されていないことがわかる。これより、本発明により、アジ化物が混入しても、カタラーゼによる消去系がほとんど妨害されず、正確な測定が行うことができることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象成分以外の成分に由来する過酸化水素をカタラーゼで分解し、次いで、測定対象成分に由来する過酸化水素を定量することにより前記測定対象成分を定量するに際し、前記カタラーゼとして75kDa以上のサブユニットを持つ微生物由来のカタラーゼを用いることを特徴とする、アジ化物によるカタラーゼの阻害に起因する測定誤差の低減方法。
【請求項2】
前記カタラーゼがヘムdを持つカタラーゼである請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記微生物が、ポドスポラ(Podospora)属、ニューロスポラ(Neurospora)属、クラドスポリウム(Cladosporium)属、エメリセラ(Emericella)属、プレウロタス(Pleurotus)属、デイノコッカス(Deinococcus)属、エシェリキア(Escherichia)属、サルモネラ(Salmonella)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、バチルス(Bacillus)属、マイコバクテリウム(Mycobacterium)属、ボトリオチニア(Botryotinia)属、クラビセプス(Claviceps)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、アジェロミセス(Ajellomyces)属、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属、シノリゾビウム(Sinorhizobium)属、メソリゾビウム(Mesorhizobium)属、ノゼマ(Nosema)属及びキサントモナス(Xanthomonas)属の微生物からなる群より選択される少なくとも1種の微生物である請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記微生物がアスペルギルス属菌である請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記測定対象成分が、中性脂肪、HDLコレステロール、LDLコレステロール又はクレアチニンである請求項1ないし4のいずれか1項に記載の測定方法。

【公開番号】特開2009−65883(P2009−65883A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−236242(P2007−236242)
【出願日】平成19年9月12日(2007.9.12)
【出願人】(591125371)デンカ生研株式会社 (72)
【Fターム(参考)】