説明

アトピー性皮膚炎治療剤

【課題】アトピー性皮膚炎に対する新たなタイプの治療剤を提供すること。
【解決手段】ヒト間葉系幹細胞を有効成分として含んでなる,アトピー性皮膚炎治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアトピー性皮膚炎治療剤に関し,より詳しくは哺乳動物の間葉系幹細胞,特にヒト間葉系幹細胞を有効成分とするアトピー性皮膚炎治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
イムノグロブリンのアイソタイプの1つであるIgEは,抗原刺激を受けたB細胞のうちIgEにクラススイッチされたものにより,その抗原に対して特異性のものとして産生される。産生されたIgEは,そのFc領域によって,粘膜下組織や結合組織に存在するマスト細胞(肥満細胞)或いは好塩基球の表面のF受容体に結合して留まる。これに同じ抗原が再度接触すると,その抗原を間に挟んで2個のIgE分子が結合することにより,これを介して隣接のF受容体同士が架橋し,それを引き金に細胞膜酵素が活性化される。この活性化は,それらの細胞が有する多数の顆粒中に貯蔵されたヒスタミン等の化学伝達物質の脱顆粒による急激な放出をもたらすほか,細胞膜からもロイコトリエン,プロスタグランジン,血小板活性化因子等の化学伝達物質を遊離させ,それにより種々生理作用が引き起こされる。
【0003】
アトピーとは,健常な個体には特段の免疫応答を引き起こさないような,周囲に広く存在する通常の抗原に対してもIgEの産生を起こし易い素因をいう。この素因を有するヒトその他の哺乳類動物の個体は,周囲の,通常は無害である何らかの環境中の因子をアレルゲンとして認識して,特異的IgEを産生し易く,産生されたIgEは,マスト細胞等の表面に集積される。これに同じアレルゲンが再接触したとき,細胞からのヒスタミンその他の化学伝達物質の遊離が起るが,ヒスタミンは,気管支平滑筋収縮作用,血管透過性亢進作用,粘液分泌作用等を有しており,これに他の化学伝達物質の作用も複合して一連のアレルギー反応が引き起こされ,これは各種の組織傷害をももたらす(アトピー性皮膚炎,アトピー性気管支喘息,アレルギー性鼻炎等)。
【0004】
アトピー性疾患の1つアトピー性皮膚炎は,かつては患者の多くが幼児期に発症し,そして成人するまでに治癒していた。しかしながら,近年,成人しても治癒しない症例が増加しており,また一端治癒したものが成人してから再発したり,成人した後に初めて発症したりする患者も増加している。その結果,アトピー性皮膚炎の患者総数は,1996年に31万8000人であったのが,1999年には39万9000人と急増し,現在では50万人へと大きく拡大しつつある(厚生労働省推計)。
【0005】
アトピー性皮膚炎は,多くは頭部に発症し,顔面,耳介,体幹,四肢へと徐々に広がる。症状は,皮膚の慢性的な発疹(皮疹)であり,進行の程度や年齢に応じて,紅斑(腫脹/浮腫/浸潤,苔癬化),丘疹(充実性,漿液性),痒疹結節,鱗屑(粃糠状,葉状,膜様など),痂皮(血痂),水疱,膿疱,びらん,潰瘍,色素沈着,色素脱失,乾燥,毛孔性角化等多様な状態を呈し,持続的な掻痒が極めて強い。重症になると,高度の腫脹/浮腫/浸潤ないし苔癬化を伴う紅斑,丘疹の多発,高度の鱗屑,痂皮の付着,小水疱,びらん,多数の掻破痕,痒疹結節などが出現し,患者の生活の質(QOL)が著しく損なわれる。
【0006】
アトピー性皮膚炎は,このような深刻な症状を示し,患者数の増加が社会的に問題となっているが,疾患そのものを完治させ得る薬物療法は未だ見出されておらず,そのため対症療法に頼らざるを得ないのが現状である。現在,アトピー性皮膚炎の炎症を鎮静し得る薬剤として有効性と安全性が裏付けられているものは,ステロイド外用剤である。それらは作用の強さに応じてクラス分けされており,重症の患者に対しては,最も作用の強い所謂「ストロンゲスト」クラス(プロピオン酸クロベタゾール,酢酸ジフロラゾン等)ないしこれに次ぐ「ベリーストロング」クラス(フランカルボン酸モメタゾン,酪酸プロピオン酸ベタメタゾン,フルオシノニド,ジプロピオン酸ベタメタゾン,ジフルプレドナート,ブデソニド,アムシノニド,吉草酸ジフルコルトロン,酪酸プロピオン酸ヒドロコルチゾン等)の外用剤が第一選択とされている。中等症の患者に対しては,「ストロング」クラスないし作用の強さが中等度の「ミディアム」クラスのステロイド外用剤が,また軽症の患者に対しては,「ミディアム」クラス以下のステロイド外用剤が第一選択とされている。
【0007】
しかしながら,これらのステロイド外用剤は対症療法薬剤に過ぎず,アトピー性皮膚炎を継続的に抑制するためには使用し続ける必要がある。しかもこれらの薬剤は,作用の強さと副作用とが一般に相関関係にあり,例えば「ストロンゲスト」クラスのステロイド外用剤を多量に長期間塗布した場合,薬剤の全身的吸収による副作用として下垂体・副腎皮質系機能の抑制や,白内障,緑内障の発症を誘発することがある。また薬剤が長期塗布された部位の皮膚に,ステロイドによる細胞増殖抑制に起因する皮膚萎縮,萎縮性皮膚線条, 乾皮症ないし魚鱗癬様変化,創傷修復遅延,ステロイド紫斑,毛細血管拡張,色素異常,酒さ様皮膚炎等をきたすことがある。これらのため,ステロイド外用剤は,長期使用が困難となる場合があるほか,長期使用後に投与を中断した場合,リバウンド生じるという問題もある。更には,ステロイド剤に対して不信感を有する患者が少なからず存在し,そのような患者は,ステロイド外用剤を忌避するため,必要かつ適切な治療さえも施されないままに重症化してしまい,多大な不利益を蒙るという結果を招いている。
【0008】
このように,既に患者数が既に膨大で,更に増加しつつあるにも拘わらず,アトピー性皮膚炎に対する治療剤として有効性と安全性の両面から十分なものは,これまでのところ存在しない。このため,アトピー性皮膚炎の治療のための新たな治療薬の開発が強く望まれている。
【0009】
間葉系幹細胞(MSC)は,多能性の幹細胞であり,骨髄およびその他間葉組織中にごく僅かに存在し,高い増殖能を有するとともに,骨細胞,軟骨細胞,筋肉細胞,腱細胞,ストローマ細胞,脂肪細胞等への分化能を有している。ヒト間葉系幹細胞は,人工培地を用いて培養し増殖させることができ(特許文献1参照),他の培養細胞と同様に,凍結状態で保存して供給することができることが知られている。また,間葉系幹細胞は,骨髄中に限らず,脂肪組織(特許文献2参照),歯髄細胞(特許文献3参照),胎盤組織または臍帯組織(特許文献4参照)等,種々の組織から入手できることが知られている。
【0010】
ヒヒにおける同種異系間での皮膚移植片の拒絶がヒヒの間葉系幹細胞をレシピエント側動物に投与することにより抑制されること,イヌにおける同種異系間での骨髄移植による移植片対宿主病(GvHD)がイヌの間葉系幹細胞の投与により抑制されること,更に,in vitro(混合リンパ球反応)において,ヒトのTリンパ球がヒト間葉系幹細胞(異系)に対し増殖応答をせず,またヒトの混合リンパ球反応がMHCタイプ非特異的にヒト間葉系幹細胞によって抑制されること,及びイヌにおいても同様であること,そしてそれらの結果に基づき,ヒト間葉系幹細胞を,ヒト間の移植における免疫応答の抑制に用いることの可能性についての開示がなされている(同一の優先権基礎出願に基づく特許文献5,6及び後者の翻訳文である特許文献7参照)。
【0011】
間葉系幹細胞のこのような効果に期待して,ヒトの骨髄移植後の急性移植片対宿主病(GvHD)に対するヒト間葉系幹細胞の抑制効果を評価するための臨床試験が,ステロイド不応性の重症GvHD患者について米国で行われ,結果が報告されている(非特許文献1及び2参照)。この報告では,患者は,悪性腫瘍に対しては抗癌剤(シクロホスファミド,ブスルファン,フルダラビン)及び/又は全身照射(TBI)で処置され,GvHDの予防及び治療のためにはメトトレキサート及びシクロホスファミド又はプレドニゾロンが投与され,その上でヒト間葉系幹細胞の投与(0.7〜9×106個/kg体重)を受けた。これら免疫系の抑制された状態にある患者に対してなされたヒト間葉系幹細胞の投与は,全体として8名中6名において応答を示したことが報告されている。
【0012】
GvHDとの関連では,間葉系幹細胞は宿主におけるT細胞を介した免疫細胞の抑制をもたらすと考えられているが(非特許文献3参照),そのメカニズムは十分には解明されていない。
【0013】
また,間葉系幹細胞を,血管新生,自己免疫疾患,炎症応答(アルツハイマー病,パーキンソン病,脳卒中,脳細胞傷害,乾癬,慢性皮膚炎,接触性皮膚炎,骨関節炎,関節リウマチその他の関節炎,炎症性腸疾患,慢性肝炎におけるもの),癌,アレルギー性疾患,敗血症,外傷(火傷,手術,移植),各種組織・臓器の炎症(角膜,水晶体,色素上皮,網膜,脳,脊髄,妊娠中の子宮,卵巣,精巣,副腎)に対して使用することも提唱されている(特許文献8参照)。しかしながら,同文献では,間葉系幹細胞の機能がin vitroで調べられているに過ぎず,生体中における,また具体的疾患モデルにおける検討は,何れもなされていないため,それらの疾患に対する間葉系幹細胞の有用性を評価するための手掛かりとなるような如何なる結果も,同文献は提供していない。
【0014】
【特許文献1】米国特許第5486359号公報
【特許文献2】特開2004−129549公報
【特許文献3】特開2004−201612公報
【特許文献4】特開2004−210713公報
【特許文献5】米国特許第6328960号公報
【特許文献6】WO 99/47163号公報
【特許文献7】特表2002−506831号
【特許文献8】WO 2005/093044号公報
【非特許文献1】Transplantation. 2006; 81(10): 1390-7
【非特許文献2】Br J Haematol. 2007; 137(2): 87-98
【非特許文献3】Blood. 2005; 105(4): 1815-22
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上記背景の下,本発明は,アトピー性皮膚炎に対する,ステロイド剤とは異なった新たなタイプの治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは,アトピー性皮膚炎モデルマウスにヒト間葉系幹細胞を静脈注射して経過を観察したところ,異種の細胞の注射投与であるにも拘らず何らの異常も示さず,しかも限られた回数の投与により皮膚炎の進行が顕著に抑制されるだけでなく,皮膚の状態が急速に改善されて正常化に向かうことを見出した。本発明はこれらの知見に基づきなされたものである。
【0017】
すなわち本発明は,以下を提供する。
1.ヒト間葉系幹細胞を有効成分として含んでなる,アトピー性皮膚炎治療剤。
2.該アトピー性皮膚炎が哺乳類のアトピー性皮膚炎である,上記1のアトピー性皮膚炎治療剤。
3.該哺乳類がヒト,イヌ,ネコ,ウサギ及びげっ歯類よりなる群より選ばれるものである,上記2のアトピー性皮膚炎治療剤。
4.該ヒト間葉系幹細胞がヒト骨髄由来のものである,上記1ないし3の何れかのアトピー性皮膚炎治療剤。
5.該哺乳類がヒトであり,該ヒト間葉系幹細胞の起源が該ヒトと同一でないものである,上記4のアトピー性皮膚炎治療剤。
6.注射剤である,上記1ないし5の何れかのアトピー性皮膚炎治療剤。
7.静脈内投与用注射剤である,上記6のアトピー性皮膚炎治療剤。
【発明の効果】
【0018】
本発明のアトピー性皮膚炎治療剤は,哺乳類のアトピー性皮膚炎の進行を顕著に抑制するのみならず,皮膚の状態を顕著に改善させることができる。またそのような効果を,少ない回数の投与でその後持続的に奏する。従って,本発明のアトピー性皮膚炎治療剤は,哺乳類,特にヒトやペット(イヌ,ネコ,げっ歯類,ウサギ等)のアトピー性皮膚炎の治療のために非常に好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明のアトピー性皮膚炎治療剤は,ヒト間葉系幹細胞を有効成分とする。本発明において,ヒト間葉系幹細胞は,骨髄,脂肪組織,歯髄細胞,胎盤組織等,如何なる組織から取得されたものでも使用することができるが,骨髄由来の間葉系幹細胞が好ましい。ヒト骨髄由来の間葉系幹細胞は,セルライン化されたものが既に市販されており(PoeticsTM, Cambrex Bio Science Walkersville, Inc., MD, USA)これをそのまま,又はこれを更に継代培養したものを用いてもよい。
【0020】
本発明において,ヒト間葉系幹細胞は,初代培養細胞である必要はなく,継代培養細胞を使用することができる。初代培養細胞をそのまま使用してもよいが,細胞を増殖させて製品としてあるまとまった量で製造,貯蔵,使用する上での利便性という実際上の要求から,通常は継代培養細胞を用いればよい。本発明において,有効成分であるヒト間葉系幹細胞は,例えば凍結保存状態で供給し,これを投与直前に解凍し,水性媒質に懸濁して投与することができる。但し,これに限らず,例えば培養したヒト間葉系幹細胞を回収し,凍結することなく懸濁して投与してもよい。このとき,細胞を懸濁させるための水性媒質としては,例えば,浸透圧やpHを血液の値付近に調整し,塩類濃度等を調整した注射用の水溶液等を適宜用いればよく,例えば,酢酸リンゲル液,糖加酢酸リンゲル液等のリンゲル液その他の輸液,生理食塩水,またはブドウ糖液等を用いることができるが,これらに限定されない。例えば輸液用リンゲル液を用いる場合,これに許容量のジメチルスルホキシド(DMSO)またはヒト血清アルブミン(HSA)を添加してもよい。
【0021】
本発明において,ヒト間葉系幹細胞は,注射剤として静脈内,筋肉内または皮下等に投与することができ,これらのうち静脈内投与がより好ましい。静脈内投与を行う場合,注射剤は,注射器から直接患者に投与することにより投与してもよく,また点滴バッグ中で点滴液に先ず添加して患者に点滴静注を行ってもよい。この他,ヒト間葉系幹細胞を患部皮膚に直接注射することもできる。
【0022】
本発明の薬剤の投与方式は,アトピー性皮膚炎の症状の程度に応じて,単回投与でもよく,効果が現れるまで2回,又は3回以上の複数回投与を行ってもよい。但し,本発明の薬剤は,投与後の効果の持続が顕著であり,また本発明の薬剤の効果が,患者自身の皮膚における免疫系の挙動を自律的に正常化へ向かわせる点にあると考えられることから,炎症状態が沈静しその状態が続いている限り,後から投与を重ねる必要はない。
【0023】
本発明のアトピー性皮膚炎治療剤は,汎用の薬剤であるから,主成分として含有されるヒト間葉系幹細胞の起源に対して異系(allogeneic)である患者に投与されるのが一般であるが,同系である患者(例えば,間葉系幹細胞の採取源の一卵性双生児)に投与することを妨げるものではなく,また,培養による増殖を経て汎用のものとして製造された本発明のアトピー性皮膚炎治療剤が,偶然にもその間葉系幹細胞の採取源となったヒトに対して投与されることを妨げるものでもない。
【0024】
上記投与時における,本発明の薬剤中のヒト間葉系幹細胞の密度は1×102〜1×109個/mLとすることが好ましく,1×103〜1×108個/mLとすることが更に好ましい。また,ヒトに対する同細胞の投与個数は,意図する投与回数にもよるが,通常,1回の投与につき1×105〜1×107個/kg体重の範囲である。但しこれに限られることなく,症状の程度に応じて適宜増減することができる。特に,別途,本発明者らが関節炎モデル動物に間葉系幹細胞を投与して既に見出しているところによれば(現時点において未公開の特願2007−233094),動物に投与されたヒト間葉系幹細胞は炎症部位にホーミングし,そのため少量のヒト間葉系幹細胞を投与しても炎症部位に集まって優れた効果を示す。また不要となったヒト間葉系幹細胞は自然消滅する。このことから,ヒト間葉系幹細胞の投与量は,広い範囲で適宜設定することが可能である。
【実施例1】
【0025】
以下実施例により本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。アトピー性皮膚炎モデルマウスの作成方法,間葉系幹細胞の投与スケジュール,皮膚炎の評価方法について以下に述べる。
【0026】
〔アトピー性皮膚炎モデルマウスの作成〕
NC/Ngaマウスは,ニシキネズミを起源とする純系のマウスである。このマウスは,SPF(Specific Pathogen-free)環境下の飼育では皮膚炎を発症することはないが,通常のすなわち非SPF環境で飼育すると,皮膚炎を発症する。発症した皮膚炎は,臨床的にも組織学的にもヒトのアトピー性皮膚炎と極めてよく似ている。すなわち,マウスは非常に痒がり,体毛が,特に頭部及び背部において粗くなり,耳,鼻,背部皮膚その他体表のあらゆる部位に紅斑,湿疹様病変,出血,痂皮,表皮剥離,糜爛,落屑及び乾燥が見られる。非SPS環境で飼育されNC/Ngaマウスは,SPF環境で飼育したものに比して高い血中IgE値を示し,また皮膚に夥しい数の好酸球の浸潤,マスト細胞の増加,その活性化による顆粒放出が見られる。症状は週齢と共に進行して重症化し耳介の脱落に至ることもある (Int. Arch. Allergy Immunol., 120 (Suppl. 1), 70-75)。このマウスには,ダニを寄生させることによっても,また塩化ピクリルのような薬物の塗布によっても,同様にアトピー性皮膚炎様の皮膚炎を発症させることができ (Biol. Pharm. Bull. 28(1) 78-82 (2005)),そのような方法でアトピー性皮膚炎モデルマウスとして用いられている。
【0027】
4週齢の雄性Nc/Ngaマウス(日本エスエルシー(株),静岡県浜松市)を入手して,SPF環境にて2週間飼育して馴化させた後,試験に用いた。馴化期間及び試験を通じて,飼育環境は12時間ごとの照明切換え調節及び一定室温の下で,ガンマー線照射済みの餌と水は自由摂取とした。飼育方法に関しては東京医科大学実験動物センターの規約に従った。馴化の後,マウスにハツカネズミケモチダニ(Myobia Muschli)を寄生させ更に10〜12週間飼育をすることにより,自発的な皮膚炎を発症させた。マウスの全身状態を観察し,表1に示す皮膚炎重症度評価基準に基づいて皮膚炎の重傷度を評価し,皮膚炎の症状が皮膚炎スコア2(中等度)を示した個体6匹を取り出し,3匹ずつ2群に分けた。
【0028】
【表1】

【0029】
〔ヒト間葉系幹細胞の投与〕
上記のようにして作成し2群に分けたアトピー性皮膚炎モデルマウスのうち,一方の群(MSC投与群,n=3)に対して,1×106個のヒト間葉系幹細胞(PoieticsTM,Cambrex社:骨髄由来,CD105+,CD166+,CD29+,CD44+,CD14-,CD34-,CD45-)を3.7%DMSO及び5%HSA(ヒト血清アルブミン)を含む0.21mLの輸液用酢酸リンゲル液(PlasmaLyteA:Baxter社)に懸濁させ,室温に保った状態でマウスの尾静脈より1mL/分の流速で投与した。投与は,温浴上でマウスを暖めて血管を拡張させた後に,マウスを固定台に入れ,マウスの身体を補綴して行った。ヒト間葉系幹細胞の初回投与(第1日)に続き,第2及び第3日にも,同様にしてヒト間葉系幹細胞をマウスに投与した。他方の群(コントロール群,n=3)のマウスには,ヒト間葉系幹細胞不含の,3.7%DMSO及び5%HSAを含む0.21mLの輸液用酢酸リンゲル液を,上記と同様にして投与した。
【0030】
〔皮膚炎の評価〕
皮膚炎の重篤度を,表1に示した基準に従って評価した。評価は,第1から第10日まで,毎日行った。各個体及び群平均の皮膚炎スコアを表2に示す。
【0031】
【表2】

【0032】
両群ともに全ての動物で,第1日の皮膚炎スコアが2であったが,コントロール群では,第2日(第2回投与時)にはスコア3に,第3日には3匹中1匹がスコア3,2匹が最も高いスコア4へと,更に第4日には全ての動物でスコア4へと,皮膚炎が重症化した。その結果,コントロール群では,耳介からの多量の出血,又は出血を伴った耳介の一部脱落,並びに頭部、顔面、耳介,体幹及び前肢にかけての広範な潰瘍が観察された。その後,コントロール群の動物は全て,常にスコア4の最も重症の皮膚炎を有したままであった。図1に皮膚炎が発症するより以前のマウスの外観を,図2に第3日のコントロール群の動物No.1の外観を,それぞれ示す。
これに対し,MSC投与群では,皮膚炎の程度は第1日における全動物のスコア2から,第2日には,全動物がスコア3へと移行したが,それ以降は何れの動物にも皮膚炎のスコア4への重症化は起こらず,その後,逆にMSCの最終投与(第3日)から4日後より,皮膚の状態の顕著な改善が開始するのが観察された。すなわち,MSC群の動物の皮膚炎の程度は,第4日〜第6日にかけて全てがスコア3に止まった後,第7日には,3匹中1匹がスコア2へと改善し,第8日は3匹全てがスコア2に,第9日には3匹中1匹がMSC投与開始時よりも低いスコア1へと,更に第10日には,更に残り2匹中1匹もスコア1へと改善した。両群のスコアの平均値の推移を図3にグラフで示す。
これらの結果から明らかなとおり,MSCを投与された動物では,皮膚炎の重症化が防止されただけでなく,その後皮膚状態の急速な改善が起こっており,このことは,アトピー性皮膚炎に対し,ヒト間葉系幹細胞の投与が顕著な治療効果を現すことを示している。特に,第1日〜第3日のMSC投与後,すなわちMSCの投与を停止してから4日を経過した後に(すなわち第7日以降)急速に皮膚の状態が改善していることは,投与されたMSCが皮膚における免疫系の挙動を,何らかの機序で自律的に正常化へ向かわせていることを強く示唆している。なお,異種動物であるヒトのMSCを反復(3回)投与されたMSC群のマウスに,有害な免疫反応その他外観上の異常は見られなかった。
【0033】
〔製剤実施例1〕 注射剤
ヒト間葉系幹細胞(骨髄由来)・・・ 5×107
酢酸リンゲル液・・・・・・・・・・ 全量5mL
酢酸リンゲル液中にヒト間葉系幹細胞を懸濁させ,全量を5mLに調整して注射剤とする。
【0034】
〔製剤実施例2〕 注射剤
ヒト間葉系幹細胞(骨髄由来)・・・ 1×108
滅菌生理食塩水・・・・・・・・・・ 全量10mL
滅菌生理食塩水中にヒト間葉系幹細胞を加えて懸濁させ,全量を10mLに調整して注射剤とする。
【0035】
〔製剤実施例3〕 注射剤
ヒト間葉系幹細胞(骨髄由来)・・・ 2×106
5%ブドウ糖輸液・・・・・・・・・ 全量2mL
5%ブドウ糖輸液中にヒト間葉系幹細胞を加えて懸濁させ,全量を2mLに調整して注射剤とする
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明のアトピー性皮膚炎治療剤は,哺乳類のアトピー性皮膚炎の進行を抑制するのみならず,皮膚の状態を顕著に改善させることができ,またそのような効果を,少ない回数の投与でその後持続的に奏することから,ヒトや哺乳類ペットのアトピー性皮膚炎の効果的な治療のための従来にないタイプの薬剤として,高い有用性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】スコア4の皮膚炎を発症しているアトピー性皮膚炎モデルマウスの外観を示す図面代用写真。
【図2】皮膚炎発症前のマウスの外観を示す図面代用写真。
【図3】MSC投与群とコントロール群の皮膚炎スコアの推移を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト間葉系幹細胞を有効成分として含んでなる,アトピー性皮膚炎治療剤。
【請求項2】
該アトピー性皮膚炎が哺乳類のアトピー性皮膚炎である,請求項1のアトピー性皮膚炎治療剤。
【請求項3】
該哺乳類がヒト,イヌ,ネコ,ウサギ及びげっ歯類よりなる群より選ばれるものである,請求項2のアトピー性皮膚炎治療剤。
【請求項4】
該ヒト間葉系幹細胞がヒト骨髄由来のものである,請求項1ないし3の何れかのアトピー性皮膚炎治療剤。
【請求項5】
該哺乳類がヒトであり、該ヒト間葉系幹細胞の起源が該ヒトと同一でないものである、請求項4のアトピー性皮膚炎治療剤。
【請求項6】
注射剤である,請求項1ないし5の何れかのアトピー性皮膚炎治療剤。
【請求項7】
静脈内投与用注射剤である,請求項6のアトピー性皮膚炎治療剤。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−242265(P2009−242265A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−88641(P2008−88641)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(000228545)日本ケミカルリサーチ株式会社 (27)
【出願人】(507301534)株式会社ミラキュア (1)
【Fターム(参考)】