説明

アノマー位フッ化糖の製造方法

【課題】アノマー位フッ化糖の工業的な製造方法を提供する。
【解決手段】六炭糖ピラノース保護体、五炭糖ピラノース保護体、六炭糖フラノース保護体または五炭糖フラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、六炭糖ピラノシルフルオリド保護体、五炭糖ピラノシルフルオリド保護体、六炭糖フラノシルフルオリド保護体または五炭糖フラノシルフルオリド保護体を製造することができる。必要に応じて、系中にさらに「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」を存在させて反応を行うこともできる。
本発明は、安価なフッ素化剤が使用でき、反応設備の材質に制限がなく、後処理での精製操作が簡便で、且つ隣接基関与が期待できる2位ヒドロキシル保護基を有する原料基質にも適応できる、アノマー位フッ化糖の工業的な製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬中間体として重要なアノマー位フッ化糖の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アノマー位フッ化糖は、医薬中間体として重要である(特許文献1)。該化合物の製造方法は数多く知られているが、実用的なものは限られており、さらに工業的な観点からは、高価なフッ素化剤の使用を回避する必要があった。非特許文献1および2は、フッ素化剤として安価な「ピリジンとフッ化水素からなる錯体」を用いることができ、収率も高いため、比較的有用な製造方法と考えられていた。
【0003】
本発明に関連する製造技術として、フッ素化剤にパーフルオロブタンスルホニルフルオリド、「第三級アミンとフッ化水素からなる錯体」および第三級アミンを用いる方法が報告されている(非特許文献3)。
【0004】
一方、本特許出願人は、スルフリルフルオリド(SO22)と有機塩基の組み合わせによるアルコール類の脱ヒドロキシフッ素化反応を開示している(特許文献2)。
【特許文献1】US5712387
【特許文献2】特開2006−290870号公報
【非特許文献1】Chemistry Letters(日本),1984年,p.1747−1750
【非特許文献2】Carbohydrate Research(オランダ),1999年,第317巻,p.210−216
【非特許文献3】Organic Letters(米国),2004年,第6巻,p.1465−1468
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、アノマー位フッ化糖の工業的な製造方法を提供することにある。そのためには、従来技術の問題点を解決する必要がある。
【0006】
非特許文献1および2に対しては、フッ化水素存在下の酸性条件で反応を行うため、反応設備の材質に制限があり、工業的な製造方法として繰り返し実施するには特別な材質を必要とし、結果的に製造コストの高いものになった(実際に、非特許文献2の2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−α−D−マンノピラノシルフルオリドの繰り返し製造において、汎用されている一般的な材質では腐食の問題を回避することができなかった)。
【0007】
非特許文献3に対しては、量論的に副生するパーフルオロブタンスルホン酸の第三級アミン塩の後処理における精製除去が困難であり(特開2005−336151号公報および特開2006−8534号公報を参照)、工業的な製造方法としては採用され難いものであった。特に、本発明の目的生成物であるアノマー位フッ化糖には油状物質で高沸点のものが多く(非特許文献2)、簡便な蒸留精製が採用できずカラムクロマトグラフィー等の煩雑な精製操作を必要とした。
【0008】
また、アノマー位フッ化糖はグリコシル化反応の糖供与体として用いられるが、アノマー炭素上での反応を立体選択的に進行させるには、2位ヒドロキシル保護基の隣接基関与を旨く利用することが得策である。よって、この様な保護基を有するアノマー位フッ化糖が直接的に得られる製造方法は有用性が高い。しかしながら、非特許文献3においては、隣接基関与が期待できない2位ベンジル保護体の脱ヒドロキシフッ素化反応が報告されているのみである。Carbohydrate Research(オランダ),1991年,第211巻,p.163−166には、隣接基関与が期待できる2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−α,β−D−グルコピラノースの脱ヒドロキシフッ素化反応が報告されているが、些細な反応条件の違いにより隣接基関与に起因する安定なオルトアシルフルオリド体が副生し、所望の2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−α,β−D−グルコピラノシルフルオリドが収率良く得られないことが知られている(脱ヒドロキシフッ素化反応自体において隣接基関与が問題となる)。
【0009】
特許文献2に対しては、本発明の原料基質を対象としていない。
【0010】
この様に、安価なフッ素化剤が使用でき、反応設備の材質に制限がなく、後処理での精製操作が簡便で、且つ隣接基関与が期待できる2位ヒドロキシル保護基を有する原料基質にも適応できる、アノマー位フッ化糖の工業的な製造方法が強く望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を踏まえて鋭意検討した結果、六炭糖ピラノース保護体、五炭糖ピラノース保護体、六炭糖フラノース保護体または五炭糖フラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリドと反応させることにより、六炭糖ピラノシルフルオリド保護体、五炭糖ピラノシルフルオリド保護体、六炭糖フラノシルフルオリド保護体または五炭糖フラノシルフルオリド保護体が製造できることを見出した。原料基質としては、六炭糖ピラノース保護体の中でも、マンノピラノースアシル保護体が好ましく、得られるマンノピラノシルフルオリドアシル保護体は医薬中間体として特に重要である。反応条件としては、系中にさらに「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」を存在させて反応を行うことが好ましく、目的生成物である六炭糖ピラノシルフルオリド保護体、マンノピラノシルフルオリドアシル保護体、五炭糖ピラノシルフルオリド保護体、六炭糖フラノシルフルオリド保護体または五炭糖フラノシルフルオリド保護体を特に高い収率で得ることができる。
【0012】
すなわち、本発明は[発明1]から[発明8]を含み、アノマー位フッ化糖の工業的な製造方法を提供する。
[発明1]
一般式[1]
【0013】
【化1】

【0014】
で示されるピラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[2]
【0015】
【化2】

【0016】
で示されるピラノシルフルオリド保護体を製造する方法。
[式中、RaはR1またはCOR2を表し、Rbは水素原子、CH2OR1またはCH2OCOR2を表す。R1はそれぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表し、R2はそれぞれ独立に水素原子または炭素数1から6のアルキル基を表す]
[発明2]
一般式[3]
【0017】
【化3】

【0018】
で示される六炭糖ピラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[4]
【0019】
【化4】

【0020】
で示される六炭糖ピラノシルフルオリド保護体を製造する方法。
[式中、R1はそれぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表す]
[発明3]
一般式[5]
【0021】
【化5】

【0022】
で示されるマンノピラノースアシル保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[6]
【0023】
【化6】

【0024】
で示されるマンノピラノシルフルオリドアシル保護体を製造する方法。
[式中、R2はそれぞれ独立に水素原子または炭素数1から6のアルキル基を表し、波線はアノマー炭素の立体化学がα体、β体またはα体とβ体の混合物であることを表す]
[発明4]
一般式[7]
【0025】
【化7】

【0026】
で示される五炭糖ピラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[8]
【0027】
【化8】

【0028】
で示される五炭糖ピラノシルフルオリド保護体を製造する方法。
[式中、R1はそれぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表す]
[発明5]
一般式[9]
【0029】
【化9】

【0030】
で示されるフラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[10]
【0031】
【化10】

【0032】
で示されるフラノシルフルオリド保護体を製造する方法。
[式中、RaはR1を表し、Rbは水素原子またはCH2OR1を表し、R1はそれぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表す]
[発明6]
一般式[11]
【0033】
【化11】

【0034】
で示される六炭糖フラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[12]
【0035】
【化12】

【0036】
で示される六炭糖フラノシルフルオリド保護体を製造する方法。
[式中、R1はそれぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表す]
[発明7]
一般式[13]
【0037】
【化13】

【0038】
で示される五炭糖フラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[14]
【0039】
【化14】

【0040】
で示される五炭糖フラノシルフルオリド保護体を製造する方法。
[式中、R1はそれぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表す]
[発明8]
発明1乃至7の何れかにおいて、系中にさらに「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」を存在させて反応を行うことを特徴とする、発明1乃至7の何れかに記載の方法。
【発明の効果】
【0041】
本発明が従来技術に比べて有利な点を以下に述べる。
【0042】
本発明で用いるスルフリルフルオリドは燻蒸剤として広く利用されており、大量規模での入手が容易で安価である。さらに、有機塩基やフッ化水素も工業薬品として安価に入手できる。よって、高価なフッ素化剤の使用を回避することができる。
【0043】
また、本発明はフッ素アニオン(F-)が存在しても塩基性条件で反応が行えるため、酸性条件の場合に比べて反応設備の材質に制限が少ない。
【0044】
さらに、本発明では反応終了液にフルオロ硫酸と有機塩基の塩が量論的に副生するが、該塩は水溶性が高く、水洗等の簡便な後処理操作で除去することができる。
【0045】
最後に、本発明においては、アシル基の様な隣接基関与する2位ヒドロキシル保護基を有する原料基質にも適応できることを新たに見出した。
【0046】
この様に、本発明は従来技術の問題点を全て解決し、工業的にも実施可能な製造方法である。
【発明を実施するための形態】
【0047】
本発明のアノマー位フッ化糖の製造方法について詳細に説明する。
【0048】
本発明は、一般式[1]で示されるピラノース保護体または一般式[9]で示されるフラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリドと反応させることにより、一般式[2]で示されるピラノシルフルオリド保護体または一般式[10]で示されるフラノシルフルオリド保護体を製造する方法である。
【0049】
具体的には、一般式[3]で示される六炭糖ピラノース保護体、一般式[5]で示されるマンノピラノースアシル保護体、一般式[7]で示される五炭糖ピラノース保護体、一般式[11]で示される六炭糖フラノース保護体または一般式[13]で示される五炭糖フラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリドと反応させることにより、一般式[4]で示される六炭糖ピラノシルフルオリド保護体、一般式[6]で示されるマンノピラノシルフルオリドアシル保護体、一般式[8]で示される五炭糖ピラノシルフルオリド保護体、一般式[12]で示される六炭糖フラノシルフルオリド保護体または一般式[14]で示される五炭糖フラノシルフルオリド保護体を製造する方法である。本反応は、系中にさらに「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」を存在させて行うこともできる。
【0050】
一般式[3]で示される六炭糖ピラノース保護体、一般式[7]で示される五炭糖ピラノース保護体、一般式[11]で示される六炭糖フラノース保護体および一般式[13]で示される五炭糖フラノース保護体のR1は、それぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表す。“それぞれ独立に”とは、例えば、一般式[3]で示される六炭糖ピラノース保護体について言及すると、2位、3位、4位および6位の4つのヒドロキシル基が全て異なる保護基を採っても良いことを意味する。ヒドロキシル基の保護基としては、Protective Groups in Organic Synthesis,Third Edition,1999,John Wiley & Sons,Inc.等に記載された保護基を用いることができる(2つのヒドロキシル基を1つの保護基で同時に保護することもできる)。具体的には、アリル基、ベンジル基、メトキシベンジル基、トリフェニルメチル基、4,4’−ジメトキシトリチル基、ホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、イソブチリル基、バレリル基、イソバレリル基、ピバロイル基、カプロイル基、ヘプタノイル基、ミリストイル基、パルミトイル基、ステアロイル基、ベンゾイル基、トルオイル基、メトキシベンゾイル基、エチリデン基(CH3CH=)、イソプロピリデン基[(CH32C=]、ベンジリデン基(C65CH=)等が挙げられる。その中でもベンジル基、メトキシベンジル基、アセチル基、プロピオニル基、イソブチリル基、ピバロイル基、ベンゾイル基、トルオイル基、エチリデン基、イソプロピリデン基およびベンジリデン基が好ましく、ベンジル基、アセチル基、ピバロイル基、ベンゾイル基、イソプロピリデン基およびベンジリデン基が特に好ましい。
【0051】
一般式[5]で示されるマンノピラノースアシル保護体のR2は、それぞれ独立に水素原子または炭素数1から6のアルキル基を表す。該アルキル基は、直鎖または枝分れの鎖式、または環式(炭素数が3以上の場合)を採ることができる。その中でもメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基およびn−ヘキシル基が好ましく、メチル基およびtert−ブチル基が特に好ましい。実施例2の原料基質である2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−D−マンノピラノースは、R2がメチル基のマンノピラノースアシル保護体に対応する。
【0052】
一般式[5]で示されるマンノピラノースアシル保護体の波線は、アノマー炭素の立体化学がα体、β体またはα体とβ体の混合物であることを表す。
【0053】
一般式[3]で示される六炭糖ピラノース保護体、一般式[5]で示されるマンノピラノースアシル保護体および一般式[11]で示される六炭糖フラノース保護体においては、4つの内、任意の2つのヒドロキシル基の保護基が同じものが好ましく、任意の3つのヒドロキシル基の保護基が同じものが特に好ましく、4つ全てのヒドロキシル基の保護基が同じものが極めて好ましい。また、一般式[7]で示される五炭糖ピラノース保護体および一般式[13]で示される五炭糖フラノース保護体においては、3つの内、任意の2つのヒドロキシル基の保護基が同じものが好ましく、3つ全てのヒドロキシル基の保護基が同じものが特に好ましい。
【0054】
本発明の原料基質である一般式[3]で示される六炭糖ピラノース保護体、一般式[5]で示されるマンノピラノースアシル保護体、一般式[7]で示される五炭糖ピラノース保護体、一般式[11]で示される六炭糖フラノース保護体または一般式[13]で示される五炭糖フラノース保護体の相対配置は、アロース、アラビノース、ガラクトース、グルコース、グロース、リキソース、マンノース、リボース、タロース、キシロース等と同じ立体化学を有するものが好ましく、また絶対配置は非天然型に比べて天然型の方が好ましく、アラビノース、ガラクトース、グルコース、マンノースおよびリボースの天然型が特に好ましい。これらの原料基質のアノマー炭素の立体化学は、α体、β体またはα体とβ体の混合物を採ることができる。
【0055】
本発明の目的生成物である一般式[4]で示される六炭糖ピラノシルフルオリド保護体、一般式[6]で示されるマンノピラノシルフルオリドアシル保護体、一般式[8]で示される五炭糖ピラノシルフルオリド保護体、一般式[12]で示される六炭糖フラノシルフルオリド保護体および一般式[14]で示される五炭糖フラノシルフルオリド保護体のアノマー炭素の立体化学は、α体、β体またはα体とβ体の混合物を採ることができる。これらの目的生成物のアノマー炭素の立体化学は、対応する原料基質のアノマー炭素の立体化学、ヒドロキシル基の保護基(立体的効果、2位隣接基関与等)、反応条件等により大きく影響を受ける(反転、保持または非選択的)。一方、アノマー炭素以外の立体化学は、反応の前後で保持される。
【0056】
本発明の原料基質は、Tetrahedron Letters(英国),2009年,第50巻,p.4536−4540等の公知文献を参考にして同様に製造することができる。また、その多くが市販されている。
【0057】
有機塩基としては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,5−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,3,4−コリジン、2,4,5−コリジン、2,5,6−コリジン、2,4,6−コリジン、3,4,5−コリジン、3,5,6−コリジン、4−ジメチルアミノピリジン(DMAP)、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノン−5−エン(DBN)、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセ−7−エン(DBU)、N,N,N’,N’,N’’−ペンタメチルグアニジン、1,5,7−トリアザビシクロ[4.4.0]デセ−5−エン(TBD)、BEMP、tert−Bu−P4等が挙げられる。その中でもトリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−ブチルアミン、ピリジン、2,6−ルチジン、2,4,6−コリジン、4−ジメチルアミノピリジン、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノン−5−エンおよび1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセ−7−エンが好ましく、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−ブチルアミン、ピリジン、2,6−ルチジン、2,4,6−コリジンおよび1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセ−7−エンが特に好ましい。これらの有機塩基は単独または組み合わせて用いることができる。
【0058】
有機塩基の使用量は、一般式[3]で示される六炭糖ピラノース保護体、一般式[5]で示されるマンノピラノースアシル保護体、一般式[7]で示される五炭糖ピラノース保護体、一般式[11]で示される六炭糖フラノース保護体または一般式[13]で示される五炭糖フラノース保護体1モルに対して0.7モル以上を用いれば良く、0.8から10モルが好ましく、0.9から5モルが特に好ましい。
【0059】
「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」の有機塩基としては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,5−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,3,4−コリジン、2,4,5−コリジン、2,5,6−コリジン、2,4,6−コリジン、3,4,5−コリジン、3,5,6−コリジン、4−ジメチルアミノピリジン、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノン−5−エン、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセ−7−エン、N,N,N’,N’,N’’−ペンタメチルグアニジン、1,5,7−トリアザビシクロ[4.4.0]デセ−5−エン、BEMP、tert−Bu−P4等が挙げられる。その中でもトリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−ブチルアミン、ピリジン、2,6−ルチジン、2,4,6−コリジン、4−ジメチルアミノピリジン、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノン−5−エンおよび1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセ−7−エンが好ましく、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−ブチルアミン、ピリジン、2,6−ルチジン、2,4,6−コリジンおよび1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセ−7−エンが特に好ましい。これらの有機塩基は単独または組み合わせて用いることができる。
【0060】
「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」の有機塩基とフッ化水素のモル比は、100:1から1:100の範囲であり、50:1から1:50が好ましく、25:1から1:25が特に好ましい。さらに、アルドリッチ(Aldrich 2007−2008カタログ)から市販されている「トリエチルアミン1モルとフッ化水素3モルからなる錯体」および「ピリジン〜30%(〜10モル%)とフッ化水素〜70%(〜90モル%)からなる錯体」を用いるのが便利である。
【0061】
「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」の使用量は、一般式[3]で示される六炭糖ピラノース保護体、一般式[5]で示されるマンノピラノースアシル保護体、一般式[7]で示される五炭糖ピラノース保護体、一般式[11]で示される六炭糖フラノース保護体または一般式[13]で示される五炭糖フラノース保護体1モルに対してフッ素アニオンとして0.3モル以上を用いれば良く、0.5から50モルが好ましく、0.7から25モルが特に好ましい。
【0062】
系中にさらに「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」を存在させて反応を行う場合、有機塩基と“該塩または錯体に含まれる有機塩基”の合計使用量(モル)が“該塩または錯体に含まれるフッ化水素”の使用量に比べて多い塩基性条件で行う反応が好ましい態様である。本態様により、反応設備の材質に制限が少なくなり、さらにトリフェニルメチル基、4,4’−ジメトキシトリチル基、エチリデン基、イソプロピリデン基、ベンジリデン基等の酸性条件に比較的不安定なヒドロキシル保護基を採用することができる。
【0063】
スルフリルフルオリドの使用量は、一般式[3]で示される六炭糖ピラノース保護体、一般式[5]で示されるマンノピラノースアシル保護体、一般式[7]で示される五炭糖ピラノース保護体、一般式[11]で示される六炭糖フラノース保護体または一般式[13]で示される五炭糖フラノース保護体1モルに対して0.7モル以上を用いれば良く、0.8から10モルが好ましく、0.9から5モルが特に好ましい。
【0064】
反応溶媒としては、n−ヘキサン、シクロヘキサン、n−ヘプタン等の脂肪族炭化水素系、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン、メシチレン等の芳香族炭化水素系、塩化メチレン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素系、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル等のエーテル系、酢酸エチル、酢酸n−ブチル等のエステル系、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等のアミド系、アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル系、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。その中でもn−ヘキサン、n−ヘプタン、トルエン、キシレン、メシチレン、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル、酢酸エチル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、アセトニトリル、プロピオニトリルおよびジメチルスルホキシドが好ましく、トルエン、キシレン、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテル、酢酸エチル、N,N−ジメチルホルムアミドおよびアセトニトリルが特に好ましい。これらの反応溶媒は単独または組み合わせて用いることができる。
【0065】
反応溶媒の使用量は、一般式[3]で示される六炭糖ピラノース保護体、一般式[5]で示されるマンノピラノースアシル保護体、一般式[7]で示される五炭糖ピラノース保護体、一般式[11]で示される六炭糖フラノース保護体または一般式[13]で示される五炭糖フラノース保護体1モルに対して0.05L(リットル)以上を用いれば良く、0.1から20Lが好ましく、0.2から10Lが特に好ましい。
【0066】
反応温度は、−60から+100℃の範囲で行えば良く、−40から+80℃が好ましく、−20から+60℃が特に好ましい。
【0067】
反応時間は、48時間以内の範囲で行えば良く、原料基質および反応条件により異なるため、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴等の分析手段により反応の進行状況を追跡し、原料基質が殆ど消失した時点を終点とすることが好ましい。
【0068】
後処理は、反応終了液に無機塩基(例えば、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等)の水溶液を加え、有機溶媒(例えば、n−ヘキサン、n−ヘプタン、トルエン、キシレン、塩化メチレン、ジイソプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル、酢酸エチル等)で抽出し、回収有機層を(必要に応じて、水または食塩水で洗浄し、さらに無水硫酸ナトリウムまたは無水硫酸マグネシウムで乾燥した後に)減圧濃縮し、真空乾燥することにより、一般式[4]で示される六炭糖ピラノシルフルオリド保護体、一般式[6]で示されるマンノピラノシルフルオリドアシル保護体、一般式[8]で示される五炭糖ピラノシルフルオリド保護体、一般式[12]で示される六炭糖フラノシルフルオリド保護体または一般式[14]で示される五炭糖フラノシルフルオリド保護体の粗生成物を得ることができる。本発明においては所望の反応が良好に進行し、フルオロ硫酸塩(有機塩基塩またはアルカリ金属塩)も効率的に除去できるため、得られた粗生成物の純度が高く、さらに精製することなく医薬中間体として次反応に供することができる。当然、粗生成物は必要に応じて活性炭処理、蒸留、再結晶、カラムクロマトグラフィー等により、さらに高い純度に精製することもできる。
【0069】
本発明においては、一般式[3]で示される六炭糖ピラノース保護体、一般式[7]で示される五炭糖ピラノース保護体、一般式[11]で示される六炭糖フラノース保護体または一般式[13]で示される五炭糖フラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリドと反応させることにより、一般式[4]で示される六炭糖ピラノシルフルオリド保護体、一般式[8]で示される五炭糖ピラノシルフルオリド保護体、一般式[12]で示される六炭糖フラノシルフルオリド保護体または一般式[14]で示される五炭糖フラノシルフルオリド保護体を製造することができる(態様1)。
【0070】
さらに、態様1の一般式[3]で示される六炭糖ピラノース保護体の中でも、一般式[5]で示されるマンノピラノースアシル保護体が好ましく、得られる一般式[6]で示されるマンノピラノシルフルオリドアシル保護体は医薬中間体として特に重要である(態様2)。
【0071】
最後に、態様1または態様2において、系中にさらに「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」を存在させて反応を行うことが好ましく、目的生成物である一般式[4]で示される六炭糖ピラノシルフルオリド保護体、一般式[6]で示されるマンノピラノシルフルオリドアシル保護体、一般式[8]で示される五炭糖ピラノシルフルオリド保護体、一般式[12]で示される六炭糖フラノシルフルオリド保護体または一般式[14]で示される五炭糖フラノシルフルオリド保護体を特に高い収率で得ることができる(態様3)。
[実施例]
実施例により本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。Bn、AcおよびPivは、それぞれベンジル基、アセチル基、ピバロイル基を表す。
【実施例1】
【0072】
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、下記式
【0073】
【化15】

【0074】
で示される2,3,4,6−テトラ−O−ベンジル−D−グルコピラノース168mg(0.311mmol、1.00eq)、アセトニトリル0.30mL(1.0M)、トリエチルアミン126mg(1.25mmol、4.02eq)とトリエチルアミン・3フッ化水素錯体50.0mg(0.310mmol、1.00eq)を加え、−78℃の冷媒浴に浸し、スルフリルフルオリド(SO22)63.0mg(0.617mmol、1.98eq)をボンベより吹き込み、室温で終夜攪拌した。反応終了液の変換率は100%であった。反応終了液に1N炭酸カリウム水溶液を加え、酢酸エチルで抽出し、回収有機層を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0075】
【化16】

【0076】
で示される2,3,4,6−テトラ−O−ベンジル−D−グルコピラノシルフルオリドの粗生成物を得た。収率は定量的であった。アノマー炭素の異性体比はα体:β体=46:54であった。α体およびβ体の帰属はJournal of Organic Chemistry(米国),1991年,第56巻,p.509−513を参考にした。1H−NMRおよび19F−NMRの特徴的なピークを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si,重溶媒;CDCl3];δ ppm/α体5.55(dd,53.2Hz,2.8Hz,1H)、β体5.25(dd,53.0Hz,6.6Hz,1H).
19F−NMR(基準物質;C66,重溶媒;CDCl3);δ ppm/α体12.21(dd,53.4Hz,26.0Hz,1F),β体23.75(dd,51.9Hz,12.4Hz,1F).
上記の粗生成物にフルオロ硫酸塩(トリエチルアミン塩またはカリウム塩)は殆ど含まれていなかった。
【実施例2】
【0077】
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、下記式
【0078】
【化17】

【0079】
で示される2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−D−マンノピラノース2.00g(5.74mmol、1.00eq)、アセトニトリル5.7mL(1.0M)、トリエチルアミン2.32g(22.9mmol、3.99eq)とトリエチルアミン・3フッ化水素錯体925mg(5.74mmol、1.00eq)を加え、−78℃の冷媒浴に浸し、スルフリルフルオリド(SO22)1.17g(11.5mmol、2.00eq)をボンベより吹き込み、室温で終夜攪拌した。反応終了液の変換率は100%であった。反応終了液に飽和炭酸カリウム水溶液50mLを加え、トルエン50mLで抽出し、回収有機層を水50mLで洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0080】
【化18】

【0081】
で示される2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−D−マンノピラノシルフルオリドの粗生成物を1.54g得た。収率は77%であった。アノマー炭素の異性体比はα体:β体=75:25であった。α体およびβ体の帰属はTetrahedron(英国),1996年,第52巻,p.149−156を参考にした。1H−NMRおよび19F−NMRの特徴的なピークを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si,重溶媒;CDCl3];δ ppm/α体5.58(dd,48.4Hz,2.0Hz,1H),β体5.54(dd,50.2Hz,1.8Hz,1H).
19F−NMR(基準物質;C66,重溶媒;CDCl3);δ ppm/α体23.45(d,48.9Hz,1F),β体19.63(dd,49.7Hz,11.3Hz,1F).
上記の粗生成物にフルオロ硫酸塩(トリエチルアミン塩またはカリウム塩)は殆ど含まれていなかった。この粗生成物はさらに精製することなく特許文献1に従い、下記式
【0082】
【化19】

【0083】
で示される2,3,4,6−テトラ−O−ピバロイル−D−マンノピラノシルフルオリドに誘導した。その結果、トータル収率は該文献記載の値に比べて遜色なく、目的生成物(テトラピバロイル体)を結晶として単離することができた。アノマー炭素の異性体比(α体:β体)は誘導の前後で殆ど変化しなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[1]
【化1】

で示されるピラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[2]
【化2】

で示されるピラノシルフルオリド保護体を製造する方法。
[式中、RaはR1またはCOR2を表し、Rbは水素原子、CH2OR1またはCH2OCOR2を表す。R1はそれぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表し、R2はそれぞれ独立に水素原子または炭素数1から6のアルキル基を表す]
【請求項2】
一般式[3]
【化3】

で示される六炭糖ピラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[4]
【化4】

で示される六炭糖ピラノシルフルオリド保護体を製造する方法。
[式中、R1はそれぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表す]
【請求項3】
一般式[5]
【化5】

で示されるマンノピラノースアシル保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[6]
【化6】

で示されるマンノピラノシルフルオリドアシル保護体を製造する方法。
[式中、R2はそれぞれ独立に水素原子または炭素数1から6のアルキル基を表し、波線はアノマー炭素の立体化学がα体、β体またはα体とβ体の混合物であることを表す]
【請求項4】
一般式[7]
【化7】

で示される五炭糖ピラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[8]
【化8】

で示される五炭糖ピラノシルフルオリド保護体を製造する方法。
[式中、R1はそれぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表す]
【請求項5】
一般式[9]
【化9】

で示されるフラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[10]
【化10】

で示されるフラノシルフルオリド保護体を製造する方法。
[式中、RaはR1を表し、Rbは水素原子またはCH2OR1を表し、R1はそれぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表す]
【請求項6】
一般式[11]
【化11】

で示される六炭糖フラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[12]
【化12】

で示される六炭糖フラノシルフルオリド保護体を製造する方法。
[式中、R1はそれぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表す]
【請求項7】
一般式[13]
【化13】

で示される五炭糖フラノース保護体を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[14]
【化14】

で示される五炭糖フラノシルフルオリド保護体を製造する方法。
[式中、R1はそれぞれ独立にヒドロキシル基の保護基を表す]
【請求項8】
請求項1乃至7の何れかにおいて、系中にさらに「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」を存在させて反応を行うことを特徴とする、請求項1乃至7の何れかに記載の方法。

【公開番号】特開2011−93811(P2011−93811A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−246414(P2009−246414)
【出願日】平成21年10月27日(2009.10.27)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】