説明

アミノ酸白金錯体、その製造方法及び導体用ペースト

【目的】硫黄やハロゲンを含有せず、アルカリ金属やアルカリ土類金属を含まず、安全性が高く、配位子の炭素数を少なくして、金属重量割合が大きい新規アミノ酸白金化合物及びその製法を提供する。利用例として、前記白金化合物を用いて、電極や装飾膜等の白金膜形成用の導体用ペーストを提供する。
【構成】本発明に係るアミノ酸白金錯体は、次の化学式
【化1】


(AはN配位したアミノ酸、Lは(N,O)配位のキレート配位したアミノ酸イオン、xは1又は2、Nは窒素、Oは酸素)により表される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノ酸白金錯体及びその製造方法に関し、特に詳細にはそのアミノ酸白金錯体を利用して、素材表面に電極や装飾膜等の白金膜を形成するために使用される導体用ペーストに関する。
【背景技術】
【0002】
導体用ペーストは、例えば、電子部品の電極形成に用いられる。即ち、この導体用ペーストをスクリーン印刷等の方法でセラミック基板上に塗布して所定の回路パターンを形成し、このパターン部分を加熱して有機成分を分解・蒸発させ、金属を膜状に析出させる方法が知られている。
【0003】
従来、この様な用途に用いられてきた有機金属化合物としては、バルサム系化合物、例えば硫化テルピネオール金(C1018SAuCl)、硫化テルピネオール白金(C1018SPtCl)、硫化テルピネオールパラジウム(C1018SPdCl)等が知られている。これらの化合物は一般に金バルサム、白金バルサム、パラジウムバルサムとも略称されており、その他にもロジウムバルサム、ルテニウムバルサム等の貴金属バルサムが知られている。
【0004】
これら従来のバルサム系化合物を、金属ペーストや金属液等の金属化合物の原料として利用すると、バルサム系化合物には硫黄や塩素が含まれているため、焼成工程でSOやClが副産物として必然的に発生するという問題が存在する。有害物質であるSOやClが発生すると、作業員の職場環境を悪くするだけでなく、自然環境一般に対しても悪い影響を与える。また、これらの有害物質を回収するには脱硫装置などの多大な設備が必要となり、そのうえ100%回収することは困難であった。
【0005】
また、焼成時に発生するSOやClが素材や装置に悪影響を与える場合がある。素材を加熱して金属以外の成分を分解蒸発させるのであるが、SOやハロゲンが素材や装置を腐食したり、硫黄原子やハロゲン原子が素材中に不純物として拡散する場合がある。特に、素材が電子部品である場合にはその電子特性に悪影響を与える場合もある。
【0006】
そのため、環境破壊防止への取り組み、地球環境に対する意識の高まり及び電子部品の性能向上への要望につれて、硫黄やハロゲンを含有しない導体用ペーストが要求されるようになった。この問題を解決するため、本願発明者等の一部は特許第3491021号(特許文献1)、特許第3674870号(特許文献2)で、硫黄やハロゲンを含有しない金属化合物として、金属アセチリド化合物を前記要求への回答の第一段階として提案した。
【特許文献1】特許第3491021号
【特許文献2】特許第3674870号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記発明にも問題点があった。即ち、特許文献1では、金属化合物中の炭素数が少ないと溶剤に溶解しにくくなると同時に、爆発性が増大するため危険性が増加するという問題が存在した。逆に、炭素数が多いと金属化合物中での金属重量が相対的に小さくなり、導体用ペーストを調製したときに金属膜を形成できなくなるという問題が存在した。そのため、配位子全体の炭素数を少なくする必要があるが、その炭素数の制約から配位子の種類と使用量が制限されていた。
【0008】
また、特許文献2では、金属アセチリドを製造する時に、還元剤として亜硫酸塩を使用して、金属塩を部分還元する工程を必要としていた。せっかく硫黄やハロゲンを含有しない原料を使用しても、還元剤として亜硫酸塩を使用するということは、硫黄を使用する工程が存在し、SO発生の原因になるということである。
【0009】
本願発明者等は、完全硫黄フリー及び完全ハロゲンフリーの白金レジネートを研究開発する中で、製造工程中においても硫黄やハロゲンを全く使用せず、最終目的物質の中においても硫黄やハロゲンを全く含有しない白金化合物を発見するに至った。即ち、この白金化合物の製造工程では、還元剤を全く使用せずに目的とする白金化合物を探索し、その結果得られた白金化合物が化合物リストの中に記載されない新規白金化合物であることを見出すに至った。更に、原料試薬にはナトリウムなどのアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属化合物を用いていないので、生成物は完全にアルカリ金属フリーで、半導体などへの害作用が全く無いという特長がある。
【0010】
本発明の目的は、上記の課題に鑑み、硫黄やハロゲンから完全にフリーで、且つアセチレンを全く含有しないので引火性などが低くて取り扱いが容易になり、更に完全にアルカリ金属フリーで、金属重量の割合が比較的に大きい新規白金化合物及びその製造方法を提供することである。また、この新規白金化合物を用いて、電極や装飾膜等の白金膜を形成するために使用される導体用ペーストを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、本発明の第1の形態は、次の化学式
【化1】

(AはN配位したアミノ酸或いはアミノ酸二量体、Lは(N,O)配位のキレート配位したアミノ酸イオン、xは1又は2、Nは窒素、Oは酸素)により表されるアミノ酸白金錯体である。
【0012】
本発明の第2の形態は、前記第1の形態において、前記アミノ酸イオンLが1つのPt金属元素に対して2座のキレート配位を備えたアミノ酸白金錯体である。
【0013】
本発明の第3の形態は、前記第1又は第2の形態において、前記アミノ酸Aは、ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、フェニルアラニン、アラニンのうちいずれかであるアミノ酸白金錯体である。
【0014】
本発明の第4の形態は、酢酸とジニトロジアミン白金とアミノ酸を混合し、その混合溶液を加熱して、酸化窒素ガスを排出させ後、酢酸成分を分離除去して、下記化学式
【化1】

(AはN配位したアミノ酸或いはアミノ酸二量体、Lは(N,O)配位のキレート配位したアミノ酸イオン、xは1又は2、Nは窒素、Oは酸素)により表されるアミノ酸白金錯体を製造するアミノ酸白金錯体の製造方法である。この製造方法ではナトリウムなどのアルカリ金属イオン及びアルカリ土類金属イオンを含む原料を一切用いない。
【0015】
本発明の第5の形態は、前記第4の形態において、前記アミノ酸は、ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、フェニルアラニン、アラニンのうちいずれかであるアミノ酸白金錯体の製造方法である。
【0016】
本発明の第6の形態は、請求項1、2又は3のいずれかに記載のアミノ酸白金錯体に、溶剤及び/又は粘度調整用の樹脂を少なくとも配合した導体用ペーストである。
【発明の効果】
【0017】
本発明の第1の形態によれば、化学式が
【化1】

(AはN配位したアミノ酸或いはアミノ酸二量体、Lは(N,O)配位のキレート配位したアミノ酸イオン、xは1又は2、Nは窒素、Oは酸素)により表されるアミノ酸白金錯体であり、白金核に対してN配位したアミノ酸A及び(N,O)配位のキレート配位したアミノ酸イオンLが配位結合した有機白金錯体(有機白金レジネート)構造を備える。従って、配位子中に有害物質である硫黄や塩素を含有しないため、本実施形態に係るアミノ酸白金錯体から導体用ペーストを生成して加熱しても、有害物質であるSOやClが発生しない。つまり、地球環境に優しいクリーンな白金錯体として、導体用ペーストに好適である。本アミノ酸白金錯体はナトリウムなどのアルカリ金属やアルカリ土類金属を含まない安定な錯体であり、各種の用途に利用でき汎用性に優れる。特に、原料にNa化合物を使用していないので、生成物にNaなどが不純物として混入する心配もなく、当然それを除くための精製プロセスも必要としないため、簡便な製造プロセスを実現することができる。
N配位したアミノ酸AはRCH(NH)COOHであり、例えば、RがCHのアラニン、(CH3)CHCHのロイシン等の通常知られている広範囲のアミノ酸が本発明に適用できる。本実施形態に係るアミノ酸白金錯体は、N配位したアミノ酸あるいはアミノ酸二量体A及び(N,O)配位のキレート配位したアミノ酸イオンLが配位結合した構造を有しているため、アミノ酸という安全な配位子のみを有しており、従来のアセチレン化合物と比較して引火性などが低くて取り扱いが容易且つ安全な錯体化合物であり、比較的に金属重量の割合の大きい新規白金化合物である。例えば、本実施形態に係るアミノ酸白金錯体を導体用ペーストとしてセラミック電子部品等の電極形成などに使用した場合には、白金含有分子として単分散状態で形成されるので、膜面の平滑化が可能となり、極薄膜の電極を形成してセラミック電子部品の小型化・高密度化・大容量化に寄与することができる。殊に、導体用ペーストの金属成分として白金を含有するため、ニッケルや銅の金属元素と比べ、酸化しにくく導体形成に好適である。しかも、本発明に係るアミノ酸白金錯体は、化学式に基づき既存物質データベースを検索することにより、新規物質であることが判明したので、新規物資である本アミノ酸白金錯体は、単に導体用ペーストへの利用のみならず、装飾材等の各種産業への応用展開が可能になる。
【0018】
本発明の第2の形態によれば、前記アミノ酸イオンLが1つのPt金属元素に対して2座のキレート配位を備えたアミノ酸白金錯体であるため、金属重量の割合の大きい新規白金化合物を提供することができる。
【0019】
本発明の第3の形態によれば、前記アミノ酸Aは、ロイシン(分子式:C13NO)、イソロイシン(ロイシンの構造異性体、分子式:C13NO)、ノルロイシン(ロイシンの異性体、分子式:C13NO)、フェニルアラニン(分子式:C11NO)、アラニン(分子式:CNO)が特に好適である。有害物質である硫黄や塩素を含有せず、且つ引火性などが低く安全で、金属重量の割合が比較的に大きい新規白金化合物を実現することができる。上記のロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、フェニルアラニン、アラニンは炭化水素のみからなる置換基をもっているので、副反応を伴わないという利点を有し、ペースト材料に好適である。更に、アラニン以外の上記のアミノ酸においては、前記置換基が生成物の有機溶媒への溶解度をあげる効果が具備しており、分子量、炭素数等により、使用条件によって最適な配位結合構造の白金化合物を選択して使用することができる。
【0020】
本発明の第4の形態によれば、酢酸とジニトロジアミン白金とアミノ酸を混合し、その混合溶液を加熱して、酸化窒素ガスを排出させ後、酢酸成分を分離除去して、下記化学式
【化1】

(AはN配位したアミノ酸或いはアミノ酸二量体、Lは(N,O)配位のキレート配位したアミノ酸イオン、xは1又は2、Nは窒素、Oは酸素)により表されるアミノ酸白金錯体を製造するので、有害物質である硫黄や塩素を含有せず、有機成分がアミノ酸であるため安全性が極めて高く、金属重量の割合が比較的に大きい新規白金化合物を既存の材料から簡易に製造することができる。上述したように、本発明に係る前記白金化合物は有害物質である硫黄や塩素を含有せず、アルカリ金属やアルカリ土類金属を全く含有せず、しかも硫黄やハロゲンを含む還元剤、例えば亜硫酸塩を使用する工程が存在しない。また、原料にも工程にも、硫黄やハロゲンが存在しないので、本発明に係る前記白金化合物から導体用ペーストを生成して加熱しても、有害物質であるSOやClが発生せず、同時に安定性が極めて高いので、地球環境を考慮した安全な導体用ペーストの製造工程を実現することができる。
【0021】
本発明の第5の形態によれば、前記アミノ酸は、ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、フェニルアラニン、アラニンのいずれかが特に好適に使用され、目的最終生成物である、有害物質の硫黄や塩素を含有せず、かつ安全性が極めて高く、配位子として前記アミノ酸基を有した配位結合構造を備え、金属重量の割合が比較的に大きな新規白金化合物を製造することができる。
【0022】
本発明の第6の形態によれば、前記第1、第2又は第3のいずれかの実施形態に係るアミノ酸白金錯体に、溶剤及び/又は粘度調整用の樹脂を少なくとも配合することにより、有害物質である硫黄や塩素を含有しない高度の環境適応性を有し、配位子としてアミノ酸基を有するから安全性が極めて高く、しかも引火性などが低いから取り扱いが容易になり、また金属重量の割合が比較的に大きい導体用ペーストを提供することができる。本発明に係るアミノ酸白金錯体に前記溶剤を混和すると粘性を呈する場合には、粘度調整用の樹脂を配合しなくてもよい。前記アミノ酸白金錯体は分子状物質であるから極めて小さく、本実施形態に係る導体用ペーストを焼成すると、白金金属原子が原子レベルで結合して白金膜を形成して、表面に凹凸が無く、平滑であり、鏡面状の光沢のある極薄膜が形成できる。しかも、比較的に白金含量が多いから、金属ペーストとして好適である。また、分子状のアミノ酸白金錯体を使用しており、白金膜を極限にまで薄くすることが可能になり、例えばセラミック電子部品の小型化・高密度化・大容量化の要求にも対応することができる。溶剤としてタピノール、ブチルカルビトール、ブチルカルビトールアセテートなどの一般的な溶剤、また樹脂としてセルロース系、アクリル系、ポリアミド系、アルキド系などを自由に選択してペーストを作製できる多様性を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下に、本発明に係る実施形態の白金化合物の製造方法を詳細に説明する。
【0024】
まず、本発明に係る白金化合物の合成の実現に至った、本発明者の実験経緯から説明する。
有機溶媒に可溶で安定なハロゲン・硫黄フリーの白金レジネートとして白金アセチリドが有効であることは本発明者等の既に知るところであった。即ち、白金レジネートの合成では、酢酸溶媒中でジニトロジアンミン白金(以下、DDPという。)と酢酸ナトリウムとの反応による酢酸白金誘導体の合成反応に相当する前段反応とこの酢酸白金誘導体のアセトンあるいはアルコール溶液と末端アセチレン化合物との後段反応から構成されている。この前段反応においてNOガスの発生が見られる。これは後述の推定反応機構で示すように、ニトロ配位子がアセタートイオンによって配位圏から追い出されて酢酸と反応することにより亜硝酸が生成し、ついでこれが分解してNOガスが発生して、空気により酸化されてNOガスに転化するからである。アンモニアの一部は亜硝酸と反応してNガスに変化するものと推定している。DDPに含まれるニトロ及びアンミン配位子は白金に対しては強い配位力をもつので、通常の温和な反応条件ではオレフィン類やアセチレンとの反応は起こらない。しかし、酢酸中での酢酸ナトリウムとの反応によりニトロ配位子が配位力の弱いアセタート配位子に変換できること、またそのアセタート配位子がアセチレンと容易に置換される結果、アセチリドを合成することができる。
【0025】
<推定反応機構>
Pt(NH3)2(NO2)2 + NaOAc → Pt(NH3)2(NO2)(OAc) + NaNO2
Pt(NH3)2(NO2)(OAc) + NaOAc → Pt(NH3)2(OAc) 2 “Pt(OAc)2” + NaNO2
NaNO2 + AcOH → NaOAc + HNO2
4HNO2 + O2 → 4NO2 + 2H2O あるいは NH3+ HNO2 → N2 + 2H2O
ここで、OAcはCHCOOで表されるアセトキシ基であり、例えば、酢酸や酢酸塩から誘導される。
【0026】
上記アセチリドの研究過程において、本発明者は、アミノ酸は分子内にアンモニウムカチオンとカルボキシラートアニオンを併せ持つ化合物であることに着目し、このアミノ酸を酢酸ナトリウムの代わりに用いて酢酸中でDDPと反応させることによりアミノ酸錯体を合成する実験を行った。この錯体は別の反応(通常の単純な置換反応)で得られるものとどう異なるのかを調べることは、DDPと酢酸ナトリウムの間で先の反応に関する推定機構の確認にもなるからである。
【0027】
そこで、酢酸中でロイシンとDDPとの反応実験を試みた。その結果、生成物は以下に示すように(I)から(IV)の4種類の構造を持つ錯体の混合物であることが分かった。
【0028】
(I) [Pt(NO2)(L)]n
(II) (NO)Pt(L)2(OAc) 或いは[Pt(NO)(L)OH]n
(III) Pt(NO2)(L)NH2CH(i-Bu)COOH
(IVa)Pt(NO2)(L)NH2CH(i-Bu)CONHCH(i-Bu)COOH及び/あるいは
(IVb)(NO)Pt(L)NH2CH(i-Bu)CONCH(i-Bu)COO
ここで、Lはアミノ酸残基、即ちロイシン分子から活性水素が一つとれたロイシナートイオンNHCH(i−Bu)COOを示し、これは2座のキレート配位子となる。また、それぞれの構造には幾何異性体が存在しており、そられについては特定されなかったが、それらの混合体と考えられる。i−Buはイソブチル基を表す。
【0029】
上記の反応錯体(I)〜(IV)の物質を詳述する。
錯体Iは多核錯体であり溶媒には難溶であるが、その構造からは白金原子の酸化数を特定できず、その他の生成物は配位数4ないし5(あるいは6)の平面正方形あるいは四角錐(八面体)構造をもつと推定され、アルコールやアセトンあるいは水に対して高い溶解度をもつ。錯体IVbはペプチド結合中のN−Hが脱プロトン化したことを分かりやすく示すためにアニオンを付記して強調している。
【0030】
錯体Iを除く各錯体(II)〜(IV)は本発明に係るアミノ酸白金錯体であり、化学式に基き既存物質データベースを検索することにより、新規物質であることが判明した。各錯体(II)〜(IV)あるいはそれらの混合物を用いて得られる導体用ペーストを作製したところ、金属光沢をもつ白金膜をスクリーン印刷できることが分かった。
【0031】
アミノ酸錯体を白金ペースト原料として利用する場合には、アミノ酸のひとつであるロイシンが、高い溶解度を持ち、しかも原料の価格が安価であり、導体用ペースト原料に好適である。ロイシンは、α-アミノ酸骨格にイソブチル基を持ち、またグラム当たりの価格も、白金と比べて約1/100と極めて低い。上述の生成反応が起こる理由はアミノ酸との反応によるものであるから、ロイシン以外のほとんどのアミノ酸が同様に反応すると考えられる。例えば、アミノ酸のうち、イソロイシンやフェニルアラニンなどを使用して、目的最終生成物である、有害物質の硫黄や塩素を含有せず、かつ爆発の危険性が無く、金属重量の割合の大きい新規白金化合物を得ることができる。従って、種々の目的に応じて種々のアミノ酸を選択して製造することができる。また、原料試薬にはナトリウムなどのアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属化合物を用いていないので、生成物は完全にアルカリ金属フリーであり、脱ナトリウムのための水洗などの工程を必要とせず、利用範囲の広い安定なアミノ酸白金錯体を提供できる。
【0032】
なお、酢酸を使用しない場合の検証実験(後述の実施例4参照)を行った。その結果、DDPとアミノ酸(1:2モル比)を水と混合して加温するとアミノ酸のアミン基(−NH)がアンモニア配位子を追い出して、ジニトロビス(ロイシン)白金錯体(NOPt(LH)が容易に得られた。しかし、この錯体の有機溶媒への溶解度は低く、白金ペースト原料として利用することは難しい。また、アミノ酸を過剰に使用すると通常のよく知られたアミノ酸錯体Pt(L)が生成し、この錯体の溶解度はさらに低い。従って、上記した酢酸中の反応の特異性が理解されるところであり、下記化学式
【化1】

(AはN配位したアミノ酸、Lは(N,O)配位のキレート配位したアミノ酸イオン、xは1又は2、Nは窒素、Oは酸素)により表されるアミノ酸白金錯体を製造するには次の方法が好ましい。つまり、酢酸とジニトロジアミン白金とアミノ酸を混合し、その混合溶液を加熱して、酸化窒素ガスを排出させ後、酢酸成分を分離除去することにより、上記アミノ酸白金錯体を製造することができる。この方法では、原料試薬にはナトリウムなどのアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属化合物を用いていないので、生成物は完全にアルカリ金属フリーであるという特長がある。
【0033】
錯体II、III及びIVは有機溶媒アセトンやアルコールに対して高い溶解度を持つ。従って、錯体II、III及びIVのそれぞれ単体あるいはそれらの混合物と、適当な溶媒や粘度調整用の樹脂とを混合することにより、スクリーン印刷用の白金ペーストを簡易に作製することができる。これらの白金ペーストを用いた薄膜形成実験によれば、焼成処理により得られた白金膜は金属特有の鏡面をもつ均一な膜である。ガラス基板への密着性も充分高く、テープテストに耐える。膜の比抵抗は7×10−5Ωcm以下である。
【0034】
<実施例1(ロイシン錯体の合成)>
DDP5.00gとその2倍モルに相当するロイシン4.08gを酢酸70mlと混合し、浴温130℃でかき混ぜながら加熱還流した。2時間半から3時間経過後にNOガスに特有の褐色が冷却管上部にも見受けられるようになるが、続いてその褐色が消えるまで約9時間加熱還流を続けた。溶液は最初淡黄色の固体(主としてDDPと思われる)が懸濁しているが、時間とともに溶液自体が黄色を帯びる様になり、さらに反応が進行するにつれて固体量が減少して褐色を帯びる。そして最終的には固体は完全に溶解消失し、溶液は褐色に変化した。固体が消失し、NO発生が見られなくなる時点を反応終点とした。この時点で、反応混合物の重量は約1.0g減少することから、DDP(分子量321.15)の約20%相当分、つまり全分子量約60の物質がガスとして逃散したことになる。これは、測定の誤差を踏まえると、計算上2NO,NH+NOあるいは2NHのガスに相当する。NOの逃散自体はそれが酸素で酸化された形のNOガスとし確認されている。純粋なアンモニアの逃散は考えにくいが、これがNOと反応し窒素ガスとして反応系から出ることは充分にありうる。反応初期ではNO以外のガスが発生しているように思われたが、それを特定するまでに至らなかった。
【0035】
反応混合物から酢酸を減圧留去した後、残存する褐色固体(10.75g)を約30mlの水で十分な時間をかけて水可溶分を抽出する操作を5回行った。こうして得られた水溶液から減圧下で水を留去すると黄色から橙色の固体(あるいはほとんど固体の樹脂状物、化合物IV)が得られた(収量5.80g)。元素分析結果は、C、32.70;H,5.87;N、9.05;Pt、30.0%であり、化合物IVaの1水和物C1838に対する計算値、C、34.12;H、6.05;N、8.84;Pt、30.80%、あるいは化合物IVbの2水和物C1837(IVaとはプロトン一つの違い)とほぼ一致する。
【0036】
IR(赤外線吸収スペクトル)では、1730cm−1付近に強い吸収があり、これは2倍モルの水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液と処理すると消失する(CO伸縮振動が低波数に移動する)。これはアミノ酸のカルボキシル末端あるいはNO配位子の存在(NO伸縮振動)により説明される。前者の場合、等モルではカルボキシル末端がカルボキシラートアニオンとなるが、同時に縮合したアミノ酸基が加水分解されて、また新たにカルボキシ基が生じると考えられる。後者の場合NO錯体が高いアルカリ濃度で分解されたものと説明される。
【0037】
PMR(プロトンNMR)スペクトルでは、少なくとも3種類のロイシン残基が存在することが認められるので、その生成物は上記した化合物IVa及び/あるいはIVb(及びその異性体)を主体とし、少量の化合物II及びIIIとその異性体を含む混合物であると推定される。未反応のロイシンが存在するとすれば、この水可溶分に存在するはずであるが、検出されなかった。生成物中の白金含量から、この水可溶分の収率は57.4%となる。なお、この生成物はアセトンやアルコールによく溶け、濃厚アセトン溶液から化合物(II)が白色固体として析出することがある。
【0038】
一方、水不溶分は褐色であり、大部分はアセトンにとけるが、少量の不溶分(1.08g、白金含量50.6%、したがって収率は18.0%)が存在する。この生成物の元素分析結果は、C、20.72;H、3.40;N、8.24;Pt、50.6%となり、組成PtNO(L)、つまり化合物Iに相当する。他方、アセトン可溶分は化合物IIの構造をもつと推定される。IRスペクトルでは、キレート配位したアミノ酸アニオンに特徴的なカルボニル基による非常に強い1650cm−1の吸収の他に、強いNO伸縮振動が1730cm−1に認められる。この吸収は、この生成物をアルカリ処理しても消失しない。アセタート配位子あるいはアニオンの吸収はアミノ酸基に隠れており不確定ではあるが、PMRスペクトル(CDCl3溶液)では、2.14 ppm(s,3H)の吸収が認められる。元素分析結果では、C、32.06;H、5.10;N、6.90、Pt、35.7%となり、化合物II(C1427Pt)に対する計算値、C、30.88;H、5.00;N、7.72;Pt、35.8%と一致する。収量は2.00g(白金含量約35%、したがって収率は約23%となる)。
【0039】
<実施例2(ロイシン/白金モル比の効果)>
ロイシン/白金モル比を3にして、実施例1と同様の反応実験を行った。反応はほぼ同様に進行するが、NOガスの発生が非常に遅れ、かつ発生量はすくない。また、ロイシン/白金モル比を4にするとNOガスの発生はほとんど見られなくなった。これらの実験において、生成する亜硝酸が何らかの反応で消費されていることを示しているが、その反応を特定するには至たっていない。
【0040】
下記の表1はロイシン/白金モル比と生成物の関係を示す。
【0041】
【表1】

【0042】
表1において、記号Lはアミノ酸残基であり、2座配位したロイシナートイオンを示す。また、パーセントで表した数字は白金の回収率、即ち、原料の白金量に対する各生成物中の白金の存在割合を示す。
図1から特徴的に言えることはロイシンモル比が3以上になると、アミノ酸錯体としてもっとも一般的なPt(L)錯体が生じるようになることである。この化合物は無色から淡黄褐色の固体として得られ、有機溶媒に難溶である。また、水可溶分としてロイシンの重合体あるいはそれを配位子とする白金錯体の生成率が上昇する傾向にある。そのためと思われるが、水可溶で且つアセトンに可溶な成分の白金含量はロイシンのモル比の増大とともに低下する傾向が認められる。
【0043】
<実施例3(その他のアミノ酸の錯体)>
グリシン、DL-α-アラニン及びβ-アラニン、DL-ノルロイシン及びDL-フェニルアラニンとDDPとの反応(酢酸中)実験を同様に行った。反応温度はロイシンと同じで浴温130℃である。全体として反応は同様に進行し、褐色あるいは淡褐色の生成物が得られたが、アラニン、ノルロイシン及びフェニルアラニンはロイシンの場合(光学異性体としてのL-体を使用している。)と異なってDL-光学異性体混合物である。一方、ほとんどの生成物には複数のアミノ酸分子が含まれていて、ジアステレオマーとして存在するので、アミノ酸2分子が含まれた場合、DD体(及びLL体)とDL体が存在してそれらの溶解度が異なるものと予想される。更に、幾何異性体も存在することから、溶解度によって化合物を純粋に単離することが非常に困難であると予想されたが、事実その通りであり、生成物の構造を特定するまでに至らなかった。
【0044】
一方、グリシンやβ-アラニンは不整炭素を持たず単純構造であるが、有機溶媒への溶解度が小さくて反応進行後も均一溶液とはならずに、反応前後で反応系で存在する固体の形と色が変化するのみである。DL-α-アラニンも同様の傾向があった。更に、これらの系に特徴的なことは、反応中のNO2ガスの発生が非常に少ないように見えることである。これは、前述したように、これらのアミノ酸の酢酸への溶解度が低い結果、反応速度が遅くなり発生するNO2ガスの濃度が小さいことによるものと推察される。
【0045】
上記アミノ酸の場合は比較的複雑な分析結果となるが、生成物は全体として、溶解性を基準にして、次のように分類できる。即ち、(1)水にもアセトンにも不溶なもの、(2)水に不溶であるがアセトンに可溶なもの、(3)水にもアセトンにも可溶なもの、更に、(4)水に可溶であるがアセトンに難溶なもの、である。各特徴として、(1)は黒褐色で1700cm-1付近のIR吸収をもたず、ほぼPt(L)(NO2)に相当する白金含量をもっている。(2)は褐色で、約1730cm-1に強い吸収をもち、ニトロシルNO基を含んでいることを示唆し、(3)及び(4)は淡褐色あるいは橙色のオイル状で、1720cm-1付近にニトロシル基あるいはカルボキシル基に相当する吸収をもっている。これらの特徴はロイシンの生成物に見られるものとほぼ同じであり、これらのアミノ酸も基本的には同様に反応し、生成物も類似した構造をもつことを示している。
【0046】
下記表2にそれぞれのアミノ酸の生成物分布((1)〜(4))をまとめて示した。
【0047】
【表2】

【0048】
表2中の値は各成分中の白金量から求めたものである。比較のためL-ロイシンの結果の一例を加えて示している。ノルロイシンはロイシンと同じ炭素数であるので、ロイシンと同じ結果が得られるものと期待したが、生成物(2)は褐色あめ状であり固体は得られず、純粋な状態では単離できなかった。これは前述したように、ノルロイシンはDL-混合体であることによるものと思われる。
【0049】
ノルロイシンでは、微量ではあるがPt(L)(NO2)(NH)(表中の(4)に相当)が生成していることも分かった。また、フェニルアラニンの場合には、(1)の生成量が異常に多いが、これはフェニル基の影響によるものと思われる。この成分の白金含量は38.8%であり、この成分に期待される構造Pt(L)(NO2)の白金含量48.1%とは大きく異なっている。また、同様に成分(2)の白金含量は38.8%であるが、予想した構造Pt(NO)(L)2(OAc)の計算値は31.8%である。
【0050】
<実施例4(水溶媒中での反応)>
DDP1.01gとその2倍モルのロイシン0.93gを水30mlと混合して浴温120℃の油浴上で加熱、還流した。冷却器上部に水で湿した万能pH試験紙を置くと試験紙は青から青紫色に変色するので、反応系からアンモニアが発生していることが分かる。固体は早期に溶解し、若干濁りがあるが無色の溶液となった。アンモニア発生が終わるまで約4時間半加熱すると僅かな濁りも消失して淡黄色の溶液となった。そこで、溶液を冷却後、水を減圧留去して淡黄色の固体1.71gを得た。生成物は、元素分析及びIRから、DDPの二つのアンミン配位子(NH)がロイシンのアミノ基に置換されたジニトロビス(ロイシン)白金錯体Pt(NO{NHCH(i−Bu)COOH}であると同定された(収率100%)。元素分析結果では、C、28.14;H、5.53;N、10.66;Pt、35.8%となり、その推定組成C1226からの計算値C、26.23;H、4.77;N、10.20;Pt、35.80%と一致する。
【0051】
本発明は、上記実施形態や変形例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲における種々変形例、設計変更などをその技術的範囲内に包含するものであることは云うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明に係るアミノ酸白金錯体は、硫黄やハロゲンを含有せず、製造段階において還元剤として亜硫酸塩を使用する工程も存在しないため、この白金錯体を原料にして金属ペーストを作製して、その金属ペーストによりセラミック電子部品等の電極形成に利用しても、有害物質であるSOやClが発生せず、アルカリ金属やアルカリ土類金属を含有しないから極めて安定で安全である。また、本発明に係るアミノ酸白金錯体は、配位子として安全なアミノ酸基を有しているから化合物としての安全性を有し、引火性などが低いから取り扱いが安全且つ容易である。炭素数の少ないアミノ酸配位子を有した配位結合構造を備えれば、金属重量の割合の大きい新規白金化合物を製造することができ、上記金属ペーストとして利用することにより、セラミック電子部品等完成品の小型化、高密度化、大容量化及び性能の安定性にも寄与することができることは云うまでも無い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の化学式
【化1】

(AはN配位したアミノ酸或いはアミノ酸二量体、Lは(N,O)配位のキレート配位したアミノ酸イオン、xは1又は2、Nは窒素、Oは酸素)により表されることを特徴とするアミノ酸白金錯体。
【請求項2】
前記アミノ酸イオンLが1つのPt金属元素に対して2座のキレート配位を備えた請求項1に記載のアミノ酸白金錯体。
【請求項3】
前記アミノ酸Aは、ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、フェニルアラニン、アラニンのうちいずれかである請求項1又は2に記載のアミノ酸白金錯体。
【請求項4】
酢酸とジニトロジアミン白金とアミノ酸を混合し、その混合溶液を加熱して、酸化窒素ガスを排出させ後、酢酸成分を分離除去して、下記化学式
【化1】

(AはN配位したアミノ酸あるいはアミノ酸二量体、Lは(N,O)配位のキレート配位したアミノ酸イオン、xは1又は2、Nは窒素、Oは酸素)により表されるアミノ酸白金錯体を製造することを特徴とするアミノ酸白金錯体の製造方法。
【請求項5】
前記アミノ酸は、ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、フェニルアラニン、アラニンのうちいずれかである請求項4に記載のアミノ酸白金錯体の製造方法。
【請求項6】
請求項1、2又は3のいずれかに記載のアミノ酸白金錯体に、溶剤及び/又は粘度調整用の樹脂を少なくとも配合することを特徴とする導体用ペースト。

【公開番号】特開2008−214202(P2008−214202A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−50184(P2007−50184)
【出願日】平成19年2月28日(2007.2.28)
【出願人】(591040292)大研化学工業株式会社 (59)
【Fターム(参考)】