説明

アルキル置換ジフェニルエーテル化合物およびそれを含有する組成物

本発明の、炭素数10〜20のアルキル基を少なくとも2以上置換基として有し、かつアルキル置換基の1位付加率が5%以上であるアルキル置換ジフェニルエーテルは、優れた高温特性と優れた低温特性とを併せ有し、これを含有する組成物は潤滑剤組成物、グリース組成物等として極めて優れている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、新規なアルキル置換ジフェニルエーテル化合物およびそれを含む潤滑剤組成物に関する。さらに詳しくは、工業用グリースのベース油、真空ポンプ油、チェーン用潤滑油、コンプレッサー用潤滑油、その他高温下において長寿命を有し、かつ優れた低温特性が必要とされる用途で使用される潤滑剤組成物に関し、特に本発明のアルキル置換ジフェニルエーテル化合物を含むグリース組成物に関する。
【背景技術】
近年産業用機器は利用環境の広がりを見せており、寒冷地での使用や、高温多湿の条件下での使用など、様々な環境に対応した性能が要求されている。これら産業用機器で使用されている潤滑油に対しても、要求される性能が多岐にわたり高度なものとなっている。
このような状況下で、従来から使用されている鉱物油に代わり、合成潤滑油が使用されてきている。例えば、高温下において熱劣化・酸化劣化を生じず、長寿命が要求される用途に対しては、フェニルエーテル系合成油が使用されている。また、低温下で使用される産業用機器については、駆動時の低トルク化を実現するために、低温状態でも流動性を維持するポリαオレフィン油やエステル油が使用されている。
とくに、フェニルエーテル系合成油については、工業用グリースの基油、真空ポンプ油、チェーン用潤滑油、コンプレッサー用潤滑油、焼結含油軸受用潤滑油、耐放射線用潤滑油、その他熱安定性が要求される用途にて広く使用されている(例えば特許文献1、非特許文献1参照)。
従来、フェニルエーテル系合成油としては、アルキル置換ジフェニルエーテルが知られている(例えば特許文献1、特許文献2参照)。これらのアルキル置換ジフェニルエーテルは塩化アルミニウムを触媒として、ジフェニルエーテルとαオレフィンとのフリーデルクラフツ反応によって合成されている(例えば特許文献3参照)。しかしかかる合成法からは、アルキル基の2位以上の位置でジフェニルエーテルと結合した化合物のみが得られ、アルキル基の1位の位置でジフェニルエーテルと結合した化合物は得られないことが判明した(後述する比較例1、比較例2を参照)。ここでアルキル基の2位以上の位置でジフェニルエーテルと結合した化合物とは例えばsec−アルキル基が置換したジフェニルエーテルのことであり、アルキル基の1位の位置でジフェニルエーテルと結合した化合物とはn−アルキル基が置換したジフェニルエーテルを意味する。
かかる従来のアルキル置換ジフェニルエーテルは、高温下で使用される潤滑油としての良好な性能を有しているが、さらに優れた高温特性が要望されている。また低温特性においても、さらなる改良の要求があり、例えば低温下の性能向上のために、ポリαオレフィン油との併用が提案されている(例えば特許文献4参照)。しかし、ポリαオレフィン油との併用は、耐熱性に対しては、好ましくない結果を与えかねない。
【特許文献1】特公昭58−22515号公報
【特許文献2】特許第2572814号公報
【特許文献3】特表平6−504289号公報
【特許文献4】特許第2544560号公報
【非特許文献1】河野雅次、「フェニルエーテル系合成潤滑剤の実用例と効果」、潤滑経済、2000年12月5日、第417巻(2000年12月号)、p.18−23
本発明の課題は、優れた高温特性と優れた低温特性とを併せ持つ化合物を提供すること、および該化合物を含有した潤滑剤組成物、中でもグリース組成物を提供することにある。
本発明者らは、上記の課題を解決するため種々の化合物を合成しその特性を検討した。その結果、一定の割合以上でアルキル基の1位の位置においてジフェニルエーテルと結合したアルキル置換ジフェニルエーテルが上記課題を解決することを見出し本発明を完成するに至った。
【発明の開示】
本発明は、炭素数10〜20のアルキル基を少なくとも2以上置換基として有し、かつアルキル置換基の1位付加率が5%以上であるアルキル置換ジフェニルエーテルに係る。
ここで、1位付加率とは、下記式(1)で表されるアルキル置換ジフェニルエーテルにおいて、ジフェニルエーテル環に置換するアルキル基が、末端炭素原子(1位)の位置でジフェニルエーテル環に付加する割合であって、2位以上の位置で付加するものを含む全体に占める割合を意味し、具体的には下述するH−NMR分析により求めた値を意味する。

(Rは炭素数10〜20のアルキル基であり、m、nは0〜5の実数をあらわし、かつ2≦m+n≦10である。この場合、夫々のRは同一でも異なっていても良い。)
本発明の化合物においては上記1位付加率は、5%以上、好ましくは10%以上、さらに好ましくは20%以上である。上記1位付加率の上限においては特に限定はないが50%以下が好ましい。従って、1位付加率の好ましい範囲は、5〜50%、更に好ましくは10〜50%、最も好ましくは20〜50%である。
炭素数10〜20のアルキル基としては例えばデシル、ウンデシル、ドデシル、テトラデシル、ヘキサデシル、ヘプタデシル、オクタデシル、エイコシルなどを挙げることができ、中でも炭素数10〜18のアルキル基が好ましく、炭素数12〜16が特に好ましい。
アルキル置換基の数としては、上記一般式(1)においてm+n=2〜10であり、好ましくは、m+n=2〜4である。
目的のアルキル置換ジフェニルエーテルの構造は、H−NMRを用いて確認することができる。溶媒には、重クロロホルムを使用し、基準物質にはテトラメチルシランを使用する。
1位付加と、2位以上の付加の比率は、H−NMRの測定結果より、下記式(2)及び式(3)で算出することができる。
式(2):
1位付加率=(4N−2×H/H)/(2N+1)×100
式(3):
2位以上の付加率=100−1位付加率
ここで、Nは、アルキル基の総炭素原子数を表す。H、H及びHは、下記に帰属される水素原子の積分値を示す。なおHの数値は式(2)には不要であるが参考のために実施例において示す。
:δ=0.74〜1.58ppm〔アルキル基が有する水素原子のうち、ジフェニルエーテル骨格に隣接する炭素原子上の水素原子を除いた、全ての水素原子〕
:δ=2.30〜3.06ppm〔アルキル基が有する水素原子のうち、ジフェニルエーテル骨格に隣接する炭素原子上の水素原子〕
:δ=6.79〜7.26ppm〔ジフェニルエーテル骨格が有する水素原子〕
ただし、式(2)で、1位付加率が0以下であり、式(3)で2位以上の付加率が100以上である結果が得られる場合がある。この結果は、アルキル基の付加位置が2位以上であり、かつ付加位置となる炭素原子が四級炭素である化合物が存在することを意味する。したがって、1位付加が0以下と算出された場合には、1位付加率を0%とし、2位以上の付加率を100%とした。
本発明のアルキル置換ジフェニルエーテルの合成方法としては、アルキル基の付加原料として従来のαオレフィンに代えて1−ハロゲン化アルカン(好ましくは1−塩化アルカン)または一級アルコールを用い、ジフェニルエーテルにアルキル基をフリーデルクラフツ反応によって付加することにより合成することができる。この合成法によれば、アルキル基の付加位置が1位であるアルキル置換ジフェニルエーテルを一定以上含ませることができる。
また本発明は、上記アルキル置換ジフェニルエーテルを含有する潤滑剤組成物に係わる。
本発明の潤滑剤組成物は、上記のアルキル置換ジフェニルエーテルを100%含有するものの他、鉱物油、又は他の合成油、例えば、ポリαオレフィン油、エステル油、シリコーン油、ポリブテン油、ポリエーテル油、又はフッ素化ポリエーテル油を含むものであっても良く、またそれ自身公知の種々の添加剤を含むものであっても良い。使用可能な添加剤としては、スルホネート系、フェノール系、アミン系、イオウ系、リン系、モリブデン系、脂肪酸系、ポリメタクリレート系の各種添加剤等が挙げられる。また本発明の潤滑剤組成物には、特に限定されないが、これを基油として種々の添加剤、例えば増ちょう剤、極圧添加剤等を含むグリースや、酸化防止剤等を含む真空ポンプ油、チェーン用潤滑油、焼結含油軸受用潤滑油、耐放射線用潤滑油およびコンプレッサー用潤滑油が含まれる。
特に、上記潤滑剤組成物の中でも、本発明のアルキル置換ジフェニルエーテルを基油または基油の一部として含むグリース組成物が好ましい。また、本発明のグリース組成物は各種軸受用に用いられたときに、機械の作動時の異音の低減、軸受寿命の延長に優れた効果を発揮する。本発明のグリース組成物は、上記のアルキル置換ジフェニルエーテルを基油または基油の一部とし、増ちょう剤、極圧添加剤等の各種添加剤を含む。増ちょう剤としては特に限定はないが、金属石鹸、複合金属石鹸等の石鹸系増ちょう剤、ベントン、シリカゲル、ウレア化合物、ウレタン化合物、ウレア・ウレタン化合物等の非石鹸系増ちょう剤が使用可能である。中でも使用可能温度範囲が広く、一般工業用から自動車部品用途、家電製品に至るまで万能的に使用できる、また自動車電装部品の軸受、鉄鋼メーカーの連続鋳造設備・圧延機等の用途に必要な耐熱性・耐水性の点からリチウム石鹸、複合リチウム石鹸、ウレア化合物等の増ちょう剤が好ましい。石鹸系増ちょう剤としては具体的にはナトリウム石鹸、カルシウム石鹸、アルミニウム石鹸、リチウム石鹸等が挙げられる。ウレア化合物、ウレタン化合物、ウレア・ウレタン化合物の具体例としては、例えばp−トルイジンとトリレンジイソシアネートの反応物、シクロヘキシルアミンと4,4’−ジフェニルメタントリイソシアネートの反応物であるジウレア化合物、p−ドデシルアニリンと4,4’−ジフェニルメタントリイソシアネートの反応物であるトリウレア化合物、その他、テトラウレア化合物、ジウレタン化合物、ウレア・ウレタン化合物またはこれらの混合物が挙げられる。極圧添加剤としては硫化まっこう油、ジアルキルジチオカルバミン酸等のイオウ系、ジアルキルジチオりん酸塩、りん酸エステル類等のりん系、有機モリブデン化合物等のモリブデン系、グラファイト、二硫化モリブデン、窒化ほう素、ほう酸カリウム、PTFE等の固体潤滑剤が挙げられる。他の添加剤としては、油性剤、酸化防止剤、さび止め剤等が使用できる。
本発明のグリース組成物は軸受用グリース組成物として特に低温、高温、高速、高荷重等、より厳しい条件下で好適に用いられる。
本発明のアルキル置換ジフェニルエーテルの高温特性と低温特性を評価した結果、前記従来の2位以上の付加率の大きいアルキル置換ジフェニルエーテルに比較して、高温安定性に優れ、また低温特性においてもポリαオレフィンに匹敵し、優れた高温特性と優れた低温特性とを併せ持つ化合物を提供することができた。また、潤滑特性を評価した結果、本発明のアルキル置換ジフェニルエーテルを含む潤滑剤組成物は従来のアルキル置換ジフェニルエーテルに比べ同等以上の特性を示し、グリース、真空ポンプ油、チェーン用潤滑油、コンプレッサー用潤滑油、焼結含油軸受用潤滑油および耐放射線用潤滑油として利用できる。中でも軸受用グリース組成物として、広温度範囲での機械の作動時の異音の低減、軸受寿命の延長に優れた特性を持つ潤滑剤組成物を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、実施例、比較例、試験例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例等に限定されるものではない。
【実施例1】
<ジ体以上を主成分とするドデシル置換ジフェニルエーテル(化合物1)の合成>
ジフェニルエーテル(510.0g)と触媒である塩化アルミニウム(8.2g)を120℃で加熱攪拌した。この溶液に対して、1−塩化ドデシル(1171.8g)をゆっくりと添加し、2時間加熱攪拌を継続した。その後、混合物をろ過して触媒を取り除き、次いで300℃で13.3〜200Paにて減圧蒸留を行い、未反応原料とモノドデシル置換ジフェニルエーテルを取り除き、目的とする化合物1(698.9g)を得た。
化合物1の構造は、400MHzのH−NMR(日本電子製JNM−GX400)を用いて確認した。溶媒には、重クロロホルムを使用し、基準物質にはテトラメチルシランを使用した。(以下の実施例、比較例において同じ。)
:δ=0.74〜1.58ppm〔21.42H,アルキル基が有する水素原子のうち、ジフェニルエーテル骨格に隣接する炭素原子上の水素原子を除いた、全ての水素原子〕
:δ=2.30〜3.06ppm〔1.00H,アルキル基が有する水素原子のうち、ジフェニルエーテル骨格に隣接する炭素原子上の水素原子〕
:δ=6.79〜7.26ppm〔6.87H,ジフェニルエーテル骨格が有する水素原子〕
1位付加と2位以上の付加の比率は、式(2)及び式(3)より、1位付加:2位以上の付加=21:79であると算出された。従って化合物1の1位付加率は21%である。
【実施例2】
<アルキル置換基がドデシル基、テトラデシル基及びヘキサデシル基からなり、かつジ置換体以上を主成分とするアルキル置換ジフェニルエーテル(化合物2)の合成>
ジフェニルエーテル(510.0g)と触媒である塩化アルミニウム(8.7g)を120℃で加熱攪拌する。この溶液に対して、C12:65%,C14:22%、C16:13%よりなる混合塩化アルキル(1246.7g)をゆっくりと添加し、2時間加熱攪拌を継続した。その後、混合物をろ過して触媒を取り除き、次いで300℃で13.3〜200Paにて減圧蒸留を行い、未反応原料とモノアルキル置換ジフェニルエーテルを取り除き、目的とする化合物2(911.0g)を得た。
化合物2の構造は、実施例1と同様に、H−NMRを用いて確認した。
:δ=0.74〜1.58ppm〔21.16H,アルキル基が有する水素原子のうち、ジフェニルエーテル骨格に隣接する炭素原子上の水素原子を除いた、全ての水素原子〕
:δ=2.30〜3.06ppm〔1.00H,アルキル基が有する水素原子のうち、ジフェニルエーテル骨格に隣接する炭素原子上の水素原子〕
:δ=6.79〜7.26ppm〔2.37H,ジフェニルエーテル骨格が有する水素原子〕
1位付加と2位以上の付加の比率は、式(2)及び式(3)より、1位付加:2位以上の付加=36:64であると算出された。即ち、化合物2の1位付加率は36%である。比較例1:<αオレフィンを合成原料とし、ジ体以上を主成分とするドデシル置換ジフェニルエーテル(化合物3)の合成>
ジフェニルエーテル(510.0g)と触媒である塩化アルミニウム(6.6g)を90℃で加熱攪拌する。この溶液に対して、1−ドデカン(947.1g)をゆっくりと添加し、30分間加熱攪拌を継続した。その後、混合物をろ過して触媒を取り除き、次いで280℃で13.3〜200Paにて減圧蒸留を行い、未反応原料とモノアルキル置換ジフェニルエーテルを取り除き、目的とする化合物3(1150.6g)を得た。
化合物3の構造は、実施例1と同様に、H−NMRを用いて確認した。
:δ=0.73〜1.58ppm〔27.01H,アルキル基が有する水素原子のうち、ジフェニルエーテル骨格に隣接する炭素原子上の水素原子を除いた、全ての水素原子〕
:δ=2.30〜3.06ppm〔1.00H,アルキル基が有する水素原子のうち、ジフェニルエーテル骨格に隣接する炭素原子上の水素原子〕
:δ=6.79〜7.26ppm〔3.08H,ジフェニルエーテル骨格が有する水素原子〕
1位付加と2位以上の付加の比率は、式(2)及び式(3)より、1位付加:2位以上の付加=0:100であると算出された。従って、化合物3の1位付加率は0%であり、従来のドデシル置換ジフェニルエーテルは1位付加体を含まないことが解る。
比較例2:<αオレフィンを合成原料とし、アルキル置換基がドデシル基及びテトラデシル基からなり、かつジ置換体以上を主成分とするアルキル置換ジフェニルエーテル(化合物4)の合成>
ジフェニルエーテル(510.0g)と触媒である塩化アルミニウム(7.2g)を90℃で加熱攪拌した。この溶液に対して、C12:56%,C14:44%よりなる混合α−オレフィン(1026.0g)をゆっくりと添加し、30分間加熱攪拌を継続した。その後、混合物をろ過して触媒を取り除き、次いで280℃で13.3〜200Paにて減圧蒸留を行い、未反応原料とモノアルキル置換ジフェニルエーテルを取り除き、目的とする化合物4(1195.0g)を得た。
化合物4の構造は、実施例1と同様に、H−NMRを用いて確認した。
:δ=0.73〜1.58ppm〔30.19H,アルキル基が有する水素原子のうち、ジフェニルエーテル骨格に隣接する炭素原子上の水素原子を除いた、全ての水素原子〕
:δ=2.30〜3.06ppm〔1.00H,アルキル基が有する水素原子のうち、ジフェニルエーテル骨格に隣接する炭素原子上の水素原子〕
:δ=6.79〜7.26ppm〔3.08H,ジフェニルエーテル骨格が有する水素原子〕
1位付加と2位以上の付加の比率は、式(2)及び式(3)より、1位付加:2位以上の付加=0:100であると算出された。即ち、化合物4の1位付加率は0%である。化合物3について述べたと同様に従来のアルキル置換ジフェニルエーテルは、1位付加体を含まないことが解る。
実施例1、2及び比較例1、2で合成した化合物(化合物1〜4)の一般性状を表1に示す。また、アルキル置換ジフェニルエーテル系以外の合成潤滑油として一般に用いられているポリαオレフィンについても、新日鐵化学株式会社製のPAO−801(化合物5)を併記し、これを比較例3とした。
【表1】

表1に示すように、本発明の1位付加体を有するアルキル置換ジフェニルエーテルである化合物1及び化合物2は、潤滑剤組成物の基油として十分適用可能な一般性状を有することが確認された。
試験例1:熱安定性試験
実施例1、2及び比較例1、2で合成した化合物(化合物1〜4)をそれぞれ150g、200mlのガラスビーカーに秤量した。これを、200℃の高温槽に静置し、5日後及び10日後に、重量、動粘度及び全酸価の測定を行った。熱安定性試験前のそれぞれの測定値を基準として、熱安定性試験による性状の変化を評価した。また比較のため、ポリαオレフィン油についても熱安定性試験を行った。なお、ポリαオレフィン油としては、化合物5を使用した。結果を表2にしめす。
表2中の各項目の試験方法を以下に示す。
試験方法1−1:蒸発損失率の測定
化合物1〜5について、5日後及び10日後の重量を測定し、試験前の値を基準として蒸発損失率を算出した。
試験方法1−2:動粘度変化率の測定
化合物1〜5について、5日後及び10日後の40℃動粘度を測定し、試験前の値を基準として動粘度の変化率を算出した。
試験方法1−3:全酸価変化の測定
化合物1〜5について、試験前、5日後及び10日後の全酸価を測定した。
【表2】

表2に示すように、本発明の1位付加体を有するアルキル置換ジフェニルエーテルである化合物1及び化合物2は、従来のアルキル置換ジフェニルエーテルである化合物3及び化合物4並びにポリαオレフィンである化合物5に比較して、蒸発損失率、動粘度変化率が低く、また全酸価の増加も少ないことから、高温特性が極めて優れていることが確認された。
試験例2:低温流動性試験
JIS−K2269に従い、実施例1、2及び比較例1、2で合成した化合物(化合物1〜4)について流動点を測定した。また比較のため、ポリαオレフィン油についても流動点の評価を行った。なお、ポリαオレフィン油としては、化合物5を使用した。結果を表3に示す。これらの結果から、本発明の1位付加体を有するアルキル置換ジフェニルエーテルである化合物1及び化合物2は、従来のアルキル置換ジフェニルエーテルである化合物3及び化合物4に比べて、低い流動点を示すことが確認された。又、化合物1及び化合物2は、一般に低温流動性に優れると認められているポリαオレフィン油(化合物5)と比較しても遜色ない低温流動性を示すことが確認された。
【表3】

試験例3:潤滑性試験
JIS−K2519に従い、実施例1、2及び比較例1、2で合成した化合物(化合物1〜4)について、曾田式四球試験を行った。回転数750rpm、室温下で30分運転後の鋼球の磨耗痕径を測定した。結果を表4に示す。これらの結果から、本発明の1位付加体を有するアルキル置換ジフェニルエーテルである化合物1及び化合物2は、1位付加体を含有しないアルキル置換ジフェニルエーテルである化合物3及び化合物4と、同程度の磨耗痕径を示すことが確認された。これより、本発明の化合物1及び化合物2は、従来より工業用潤滑油として広く使用されているアルキル置換ジフェニルエーテル(化合物3および化合物4)と遜色ない潤滑性を示すと考えられる。
【表4】

【実施例3】
グリース組成物の製造
本発明のアルキル置換ジフェニルエーテルを基油としたグリース組成物を製造した。
即ち、実施例1の化合物1(1570g)に、12−ヒドロキシステアリン酸リチウム260gを加えて、攪拌しながら加熱した後、ステンレス製容器に注入し、冷却後3本ロールにより1回ミーリングを行った。これに上記の化合物1を170g追加し、3本ロールにより2回ミーリングを行って、リチウム石鹸グリース組成物を得た。これをグリース組成物1とした。
【実施例4】
化合物1に代えて、実施例2の化合物2を用いた他は実施例3と同様の操作を行って、リチウム石鹸グリース組成物を得た。これをグリース組成物2とした。
【実施例5】
ガラス製容器に化合物1(680g)とパラ−トルイジン210gを入れ、70〜80℃で加熱、攪拌して溶液Aを得た。別のガラス製容器に化合物1(680g)とトリレンジイソシアネート170gを入れ、70〜80℃で加熱・攪拌して溶液Bを得た。セパラブルフラスコに溶液Aを注入し、これに溶液Bを約30分かけて徐々に加えながら攪拌混合後、170℃になるまで約40分、加熱しながら攪拌を続けた。放冷後、アミン系酸化防止剤とモリブデン系極圧剤を添加、混合し、ウレアグリース組成物を得た。これをグリース組成物3とした。
【実施例6】
化合物1に代えて、化合物2を用いた他は実施例5と同様の操作を行って、ウレアグリース組成物を得た。これをグリース組成物4とした。
比較例4:本発明のアルキル置換ジフェニルエーテル(化合物1)に代えて、従来のアルキル置換ジフェニルエーテル(比較例1の化合物3)を用いた他は実施例3と同様の組成でリチウム石鹸グリース組成物を得た。これをグリース組成物5とした。
比較例5:本発明のアルキル置換ジフェニルエーテル(化合物1)に代えて、従来のアルキル置換ジフェニルエーテル(比較例2の化合物4)を用いた他は実施例5と同様の組成でウレアグリース組成物を得た。これをグリース組成物6とした。
比較例6:本発明のアルキル置換ジフェニルエーテル(化合物1)に代えて、表1に示した比較例3の化合物5を用いた他は実施例5と同様の組成でウレアグリース組成物を得た。これをグリース組成物7とした。
実施例3〜6および比較例4〜6で調製した各グリースの混和ちょう度、離油度を測定した結果を表5〜6に示した。さらに下記の方法で潤滑性試験を行い、これらの結果も表5〜6に併記した。
(潤滑性試験)
高速四球試験機を用いて、回転数12,000rpm、負荷荷重40kgfで、各種温度下で1時間運転し、試験中の異常音発生の有無と試験後の摩耗痕径を観察した。
【表5】

【表6】

また、実施例5、6および比較例5、6で調製した各グリースを小型軸受に封入し、下記の運転条件で軸受特性試験を行い、回転トルク、音響特性(音響寿命)、揮発量について測定した。
(運転条件)
回転数;3,000rpm
負荷荷重;2kgf
雰囲気温度;−10℃、常温及び100℃
回転トルクは、トルクテスターにより常温で測定した。音響特性は、アンデロンメーターによるアンデロン値を−10℃及び100℃で測定した。揮発量は、雰囲気温度100℃で1,000時間軸受回転試験を行った後、試験前後の軸受重量を測定し、その差により求めた。各々の評価結果につきモーター用軸受グリースに要求される性能に従った判定結果を表7に示した。トルク値は低いものほど、アンデロン値は小さいものほど、揮発量は少ないものほど優れている。評価は次の四段階で評価した。Aは、特に優れている。Bは、優れている。Cは、普通。Dは、劣っている。
【表7】

表5〜6から明らかなように、潤滑性試験において、摩耗痕径は、汎用的にグリース基油として使用されているアルキル置換ジフェニルエーテルを基油とした比較例4、5のグリースと高温下での試験でも遜色ないものであるだけでなく、比較例4、5は、試験中、特に低温下で潤滑性不良による異常音が発生したのに対し、実施例3〜6のグリースでは異常音の発生はないことが確認できた。さらに、表7から明らかなように、軸受特性試験において、本発明のグリース組成物3及び4は、従来のアルキル置換ジフェニルエーテルを用いたグリース組成物6または低温状態でも流動性を維持するポリαオレフィンを基油(化合物5)としたグリース組成物7よりも、低トルク性、低騒音性、低揮発性を発揮するものであることを確認できた。
以上の事実から、本発明のグリース組成物は、従来のアルキル置換ジフェニルエーテルを用いたグリース組成物に比較して広い温度範囲で、軸受寿命を延長できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
本発明のアルキル置換ジフェニルエーテルの用途としては、工業用グリースのベース油、真空ポンプ油、チェーン用潤滑油、コンプレッサー用潤滑油、焼結含油軸受用潤滑油、その他熱安定性が要求され、併せて優れた低温特性が必要とされる用途が挙げられる。
また、本発明のアルキル置換ジフェニルエーテルを含む潤滑油が優れた高温特性と優れた低温特性を併せ持つことにより、該潤滑油を使用する産業用機器は、広い温度範囲での使用が可能となる。特にグリース組成物としては、自動車電装部品・自動車エンジンの冷却ファン・ホイール、家電製品、コンピューター等の情報機器のモーター、鉄鋼メーカーの連続鋳造設備・圧延機等の軸受用に用いることができる。さらには、自動車用等速ジョイント、各種歯車のギヤボックス、ワイヤーロープ等の摺動部用に用いることができる。グリース組成物としては以上の他、潤滑性を特に必要としない用途、例えば真空ポンプのシール用、防錆さび止め用、家電製品や自動車電装部品の電器接点用に使用することもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数10〜20のアルキル基の少なくとも2以上をベンゼン環上に置換基として有し、かつアルキル置換基の1位付加率が5%以上であるアルキル置換ジフェニルエーテル。
【請求項2】
1位付加率が10〜50%である請求の範囲第1項に記載のアルキル置換ジフェニルエーテル。
【請求項3】
アルキル置換ジフェニルエーテルが式(1)で表される化合物である請求の範囲第1〜2項のいずれかに記載のアルキル置換ジフェニルエーテル。

(Rは炭素数10〜20のアルキル基であり、m、nは0〜5の実数をあらわし、かつ2≦m+n≦10である。この場合、夫々のRは同一でも異なっていても良い。)
【請求項4】
請求の範囲第1項に記載のアルキル置換ジフェニルエーテルを含有する潤滑剤組成物。
【請求項5】
請求の範囲第1項に記載のアルキル置換ジフェニルエーテルを含有するグリース組成物。
【請求項6】
軸受用に用いられるグリース組成物である請求の範囲第5項に記載のグリース組成物。

【国際公開番号】WO2005/040081
【国際公開日】平成17年5月6日(2005.5.6)
【発行日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−515026(P2005−515026)
【国際出願番号】PCT/JP2004/015951
【国際出願日】平成16年10月20日(2004.10.20)
【出願人】(000146180)株式会社松村石油研究所 (20)
【Fターム(参考)】