説明

アルギン酸分解処理剤およびその製造方法

【課題】アルギン酸分解処理を簡便かつ低コストで行う手法を提供し、海藻類のバイオマス資源としての活用を促進する。
【解決手段】海藻類の食性がある魚貝類の腸管内から得た菌類の培養液中に得られる酵素を、イオン交換樹脂などの吸着剤に吸着させて、アルギン酸分解処理剤とする。培養液を透析処理して脱塩した後に、吸着剤に吸着させることが好ましい。また、培養液において塩類の含有量を塩化ナトリウム濃度で0.2%以下とすることが好ましい。海水塩を含む培地で菌類を培養することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルギン酸分解処理剤およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルギン酸は、褐藻類の細胞間を充填する粘性多糖類であり、マンヌロン酸とグルロン酸の2つのウロン酸ユニットが、1,4グルコシド結合で結合した直鎖の高分子である。アルギン酸は、水溶液にしたときに高い粘性を示すことから、増粘剤や安定化剤などとして、食品添加物、化粧品、繊維、水処理剤、製薬剤用の基材や医療用材料などに利用されている。
【0003】
また、アルギン酸を分解させて得られる分解生成物は、植物の成長促進や人体の腸内の有用細菌であるビフィズス菌の増殖活性などの生理活性を有することが知られており、さらに、これをオリゴ糖および食物繊維として活用することに向けた研究開発も進められている。
【0004】
しかしながら、アルギン酸水溶液は上記のように非常に粘性が高く、水溶液中のカルシウムなどと容易に金属塩を作りゲル化するためにアルギン酸を分解することが容易ではない。従来、アルギン酸の分解は、酸やアルカリを用いる方法、熱および圧力を用いる方法などで行われていたが、いずれも設備やコストなどの面で工業的に採用するには適していなかった。
【0005】
上記従来法に代わるものとして、酵素を用いてアルギン酸を分解する方法が開発されている。この酵素分解法は、アルギン酸を特異的に分解する酵素であるアルギン酸分解酵素(主にアルギン酸リアーゼ=アルギナーゼ)を添加して分解させる方法であり、従来法に比べて安全性や操作などの点で優れている。
【0006】
アルギン酸リアーゼは、褐藻類に対して高い食性を示す食藻軟体類(サザエやアワビなど)の消化液中に多く含まれていることが知られている。ところが、食藻軟体類に含まれるアルギン酸リアーゼは一般に比活性が高く褐藻類アルギン酸の分解には最適と思われるものの、食藻軟体類自体が高価であるために工業的利用が難しく、現在は研究目的の利用に止まっている(J.Prot.Chem.,15,1996)。また、市販されているアルギン酸リアーゼもきわめて高価である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年では海藻類をバイオマス資源として活用する研究が進んでいるが、アルギン酸粘膜の存在によって本体部分のセルラーゼや利用しやすい多糖類が保護されており、実用的な活用が難しい。したがって、高粘度で難分解性である褐藻類アルギン酸をバイオマス資源としての用途に用いる場合、これを分解し低分子化する簡便な工業的技術の確立が望まれる。
【0008】
本発明者らは、廃棄ワカメなどをバイオマス資源として利用するために、糖化分解処理として、当初は硫酸分解法や過酸化水素分解などの手法を行ってきた。しかし、薬品の使用濃度が高く、操作が危険な上に実験機材にも材質的な配慮が必要であり、しかも糖化後にこれらの酸成分や未反応薬剤を除去することに大変な手間がかかった。
【0009】
また、原料の低分子化には成功したものの、得られた糖類の分子量が大きくばらつく上に、反応が過剰な場合には部分的に炭化してしまうことがあり、こうした処理後の成分の調整や除去までが必要になっていた。
【0010】
そこで、酵素処理を行うべく、植物性成分の一般的な処理と同様にセルラーゼとヘミセルラーゼを組み合わせてワカメの粉砕物への適用を試みたが、全炭水化物成分に対する糖化率は1%にも及ばなかった。次に、市販のアルギン酸リアーゼ(ナガセケムテック社製)を入手し、アルギン酸リアーゼ処理の後にセルラーゼ処理を行ったところ、容易に全炭水化物成分の50%以上の糖化率を得ることができた。
【0011】
ところが、前述したように市販アルギン酸リアーゼはきわめて高価な試薬であり、廃棄ワカメなどのバイオマス資源化のための糖化処理に活用できるような汎用的な酵素剤製品ではない。
【0012】
こうした実験と考察を踏まえて、本発明者らは、アルギン酸リアーゼを適用して簡便かつ安価にアルギン酸を分解することを可能にするための手法を開発するべく鋭意研究と試験を重ねてきた。
【0013】
本発明者らは、まず、アルギン酸リアーゼの精製に使用する元の菌として、高価な食藻軟体類に代えて使用し得る他の海洋植物を模索した。前述したように、アルギン酸リアーゼは、一般的には海洋細菌類の培養とその培養液中に分泌生産される酵素の精製によって製造されており、その元の菌は、アワビ、サザエなどの高価な食藻軟体類の内臓から得てきた。しかし、本発明者らの文献調査によれば、タイの内臓、カキ、海底汚泥、佃煮工場排水や穴あき症の昆布などから得た菌類からアルギン酸リアーゼを得たという報告があった。
【0014】
そこで、本発明者らは、容易に入手可能であり海藻も食べる食性のあるタイに注目した。また、同様に海藻食性のあるアイゴも入手できた。通常は廃棄されるこれらの腸内物からアルギン酸リアーゼを分泌する菌類を得ることができれば、酵素原料を安価に入手することができるようになり、工業的用途への道が大きく開けることになる。
【0015】
次に、このようにして得た酵素原料の精製について考察した。前述のように従来は海洋細菌類の培養液中に分泌生産される酵素原料を精製することでアルギン酸リアーゼを製造するのが一般的な手法であり、その際の精製方法は、ほぼ確立したタンパク質の分離法同様の手順にしたがっている。つまり、アルギン酸分解リアーゼを産生する微生物を培養し、その培養液上澄みの遠心分離による粗素液の分離、イオン交換およびクロマトグラフィーなどによる精製、透析による脱塩、限外ろ過などによる濃縮、ゲルろ過などの手段を組み合わせて実施している。
【0016】
たとえば、特開平9−9962号公報では、得られた培養液を遠心分離によって菌体と上澄み液に分離し、この上澄み液を硫化アンモニウムを用いた塩析によってタンパク質の沈殿を得、この沈殿物を透析処理によって脱塩して、粗酵素液を得る。この粗酵素液を陰イオンカラムクロマトグラフィーにかけて、NaClで溶出させて活性部分を得て、限外ろ過膜によって濃縮する。次いで、ゲルクロマトグラフィーによって酵素活性部分をとり、限外ろ過膜によって濃縮する。さらなる精製には、陰イオンクロマトとゲルろ過クロマトを繰り返し行う。
【0017】
また、特開平6−217774号公報では、粗酵素を陽イオン交換樹脂カラムに吸着させる。溶出にはリン酸バッファーのNaCl溶液を0〜0.5モルまで順次上げた濃度勾配法を適用する。溶出した酵素活性部分を限外ろ過膜によって濃縮し、これをさらにゲルろ過クロマトグラフィーにて精製を行う。この最初のイオン交換法によって、アルギン酸の分解機能が異なる酵素に分離できる。
【0018】
また、高粘性の粗酵素溶液はカラムクロマトグラフィーが困難であることを考慮して、特開2000−342278号公報では、バッチ法によって陰イオン交換を行っている。すなわち、50mM緩衝液に平衡化しておいたDEAE−セルロースに試料を加えて数分間撹拌し、その後グラスフィルターに移して吸引ろ過を行う。ろ液の酵素活性が無くなるまでNaClの濃度を徐々に上げていき、酵素活性のある画分を集めて、それを限外ろ過濃縮し、陽イオン交換カラムクロマトグラフィーに供し、pH6〜8のpH勾配をかけたところ、活性は素通り画分にのみ認められたと記載されている。
【0019】
つまり、従来公知のアルギン酸リアーゼ精製方法は、適切な培地(たとえばZobellやDavisなど)においてアルギン酸リアーゼ産生菌を培養し、培養液中の酵素タンパク質を硫酸アンモニウム塩析によって回収・濃縮し、陽イオン交換樹脂または陰イオン交換樹脂による吸着を行い、この担体をクロマト溶出にかけて活性部分を収集し、さらにゲルろ過によるクロマトグラフィー分離を2〜4回繰り返すことによって、精製を行うものであった。
【0020】
この精製方法では、カラムに充填してからその吸着剤より溶出させるので、フラクションコレクターを用いて、試料分離のために多くの試験管を使い、しかもクロマトグラフィーに約10時間もの長時間を要するものであって、時間と手間が何度も繰り返し必要である。
【0021】
さらに、この繰り返しのクロマト操作ごとに、酵素の純度は向上するもののアルギン酸リアーゼの活性が低下していき、通常市販されている酵素剤では、培養した培地液における酵素活性総量の20%以下まで低下してしまうことが分かった。
【0022】
また、アルギン酸分解リアーゼの分解性には、アルギン酸を構成するマンヌロン酸とグルロン酸の2通りのウロン酸ユニットに対して作用することから、マンヌロン酸ユニット分解型、グルクロン酸ユニット分解型、およびこれらの両方を並行分解する型の3種類がある。アルギン酸分解リアーゼ酵素の精製に関する前記従来技術の中にはそれらを分離することまでも研究するものがあるが、こうしたアルギン酸分解酵素の分類やそのための精製操作は、本発明者らにとってはアルギン酸分解活性を低下させるばかりか、分解機能の多様性を狭めてしまうことになるために必要のないことと考えられた。
【0023】
このように煩雑な操作を通じて精製を行っているために市販のアルギナーゼは高価になり、バイオマスの活用のような工業的な糖化処理に使用できるような経済性を持つものにならない。
【0024】
したがって、本発明の課題は、海洋資源のバイオマス活用などの工業的糖化処理にも有意に使用することができるような経済性に優れた新規なアルギン酸分解処理剤およびその製造方法を提供することである。
【0025】
本発明の他の課題は、現在ではほとんどが廃棄処理されている魚介類の有効利用の道を開き、そこから得た菌類の培養液中に得られる酵素のアルギン酸分解活性に着目してアルギン酸分解処理に用いることである。
【課題を解決するための手段】
【0026】
上記課題を解決するため、請求項1に係る本発明は、アルギン酸分解酵素を吸着剤に吸着させたものであることを特徴とする、アルギン酸分解処理剤である。
【0027】
請求項2に係る本発明は、請求項1記載のアルギン酸分解処理剤において、前記アルギン酸分解酵素は、海藻類の食性がある魚貝類の腸管内から得た菌類の培養液中に得られる酵素であることを特徴とする。
【0028】
請求項3に係る本発明は、請求項1または2記載のアルギン酸分解処理剤において、前記吸着剤は、イオン交換樹脂であることを特徴とする。
【0029】
請求項4に係る本発明は、海藻類の食性がある魚貝類の腸管内から得た菌類を培養してアルギン酸分解活性を有する酵素を含む培養液を取り、この培養液を吸着剤に吸着させることを特徴とする、アルギン酸分解処理剤の製造方法である。
【0030】
請求項5に係る本発明は、請求項4記載のアルギン酸分解処理剤の製造方法において、前記培養液を透析処理して脱塩した後に、吸着剤に吸着させることを特徴とする。
【0031】
請求項6に係る本発明は、請求項4または5記載のアルギン酸分解処理剤の製造方法において、前記培養液において塩類の含有量を塩化ナトリウム濃度で0.2%以下とすることを特徴とする。
【0032】
請求項7に係る本発明は、請求項4ないし6のいずれか記載のアルギン酸分解処理剤の製造方法において、海水塩を含む培地で前記菌類を培養することを特徴とする。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、アルギン酸分解酵素を吸着剤に吸着させたものを直接的にアルギン酸分解処理に用いることができるので、従来の酵素精製に伴う煩雑な工程を必要とせず、安価に処理剤を製造可能である。
【0034】
また、本発明によれば、これまで多くの精製手段を経て手間と時間がかかって活性が低下してきたばかりか、アルギン酸分解酵素の種類までも分離して純粋化してしまい、総体的な分解活性を低下させていたと言う問題も解消し、広い適用範囲においてアルギン酸を効果的かつ低コストで分解処理を行うことができる。
【0035】
さらに、アルギン酸分解酵素の由来物質としてアワビやサザエなどの高価な食藻軟体類を用いることなく、タイなど海藻類の食性がある魚貝類の内臓という廃棄物を起源としてアルギン酸分解酵素を得ることができるので、より一層安価に処理剤を製造することができる効果がある。
【0036】
アルギン酸分解酵素の培養液を吸着させる吸着剤には、一般にタンパク質の分離精製に用いられるカチオンまたはアニオンのイオン交換樹脂(IRC-50,IRA-96S,Q-Wephrose,DEAE-セルロース,CM-トヨパール,SP-トヨパール(「トヨパール」は登録商標)など)や、合成吸着剤(XAD-4,XAD-7など)を用いることができるが、特にイオン交換樹脂からなる吸着剤を用いるとアルギン酸分解酵素を良好に吸着させることができる。
【0037】
さらには、アルギン酸分解酵素の培養液を透析処理して脱塩すること、アルギン酸分解酵素の培養液において塩類の含有量を塩化ナトリウム濃度で0.2%以下とすること、および/または、海水塩を含む培地で菌類を培養することによっても、アルギン酸分解酵素の吸着剤に対する吸着性を向上させる効果が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下に実施例により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例によってその技術的な範囲を限定されるものではない。
【実施例1】
【0039】
この実施例では、アルギン酸分解酵素を分泌する菌類の選定を行った。新鮮なマダイとアイゴの内臓から腸管を丁寧に取り出し、内容物をビーカーにとり、これを滅菌した純水で2倍に希釈し、アルギナーゼ酵素を分泌する菌類を得るための元試料とした。
【0040】
下記培地組成物を純水で溶解して得たZobell2216E(pH7.5) の寒天培地をシャーレに準備して、上記の試料(タイの腸管内容物とアイゴの腸管内容物)の各0.1mlずつを、3〜5枚のZobell2216E シャーレ上に5〜6点の点滴を行い、これらのシャーレを30℃で5日間の静置培養後、各培地上のコロニーを観察してアルギン酸分解性の酵素を判別した。
アルギン酸ナトリウム:0.2%
NaCl:3%
KCl:0.07%
MgSO:0.26%
MGCl:0.5%
KHPO:0.26%
イーストエキス:0.1%
ポリペプトン:0.5%
【0041】
シャーレ上に点在するコロニーが培地を溶解していることを目視で判別できるものは、その一部を採取してZobell2216Eの液体培地の試験管に取った。判別しにくいものについては、採取した後の寒天培地のシャーレに対し10%塩化カルシウムの70%エタノール水溶液を噴霧した。アルギン酸を分解した菌類のコロニーの周辺には溶解した透明ゾーンが目視で明確に分かるほどの環状に現れる。こうして、タイからは2点、アイゴから1点の菌体サンプルを取ることができた。
【実施例2】
【0042】
この実施例では菌類の分離を行った。実施例1で得た菌体サンプルの液体培養液を30℃で5日間静置培養を行い、その培養液を、発明者の調合による下記培地組成物を純水で溶解して得た培地(pH7.0)の寒天培地シャーレ上に0.5mlずつ塗布し、再び30℃で3日間培養した。
アルギン酸ナトリウム:0.2%
リン酸水素2カリウム:0.2%
硫酸アンモニウム:0.2%
イーストエキス:0.2%
ポリペプトン:0.2%
人工海水塩:4%
寒天:1.5%(寒天培地の場合)
【0043】
なお、ここで用いた人工海水塩(富田製薬製SF-1)に含まれる主な塩類は表1に示す通りである。
【表1】

【0044】
シャーレ上に点在する菌のコロニーが目視で明らかに培地を溶解していることが確認できたもののみを上記と同一構成の液体培地に移し、菌体原液とした。タイからは5点、アイゴからは3点の菌体原液を得た。ただし、この菌体原液が単独の菌からなるものであるか、あるいは複数の菌体の混在であるかは、後のアルギン酸の分解性のみが重要となるために、ここでは確認していない。
【0045】
これらの菌体原液を30℃で3日間培養した。
【実施例3】
【0046】
実施例2で得た菌体原液8点の液体培地から各々上澄み液と底部液を取り、アルギン酸分解活性試験に供した。すなわち、0.2%アルギン酸ナトリウム1.8ml、50mMリン酸バッファー緩衝液(pH7)0.6mlの反応液を30℃でインキュベートし、そこに各菌体原液試料0.6mlを加えて、酵素反応を行わせた。アルギン酸分解酵素の作用によりアルギン酸が分解して生成するウロン酸の二重結合(235nm)の吸光度を測定した。
【0047】
その結果を表2に示す。
【表2】

【0048】
この中から、最も高いアルギン酸分解性を示したT3と次に高いアルギン酸分解性を示したT2の2点を以降の試験用に選抜した。
【実施例4】
【0049】
実施例3で選抜した2点の培養液T2,T3が菌体外酵素を含むことを確認するために、以下の方法で試験を行った。これら培養液T2,T3の各々について上澄み液と底部液を取り、遠心分離アンプルに限外ろ過膜(100KCMW)がセットされたVivaspin500のキットを用いて、遠心分離にかけて各々の透過液と濃縮液を得た。
【0050】
その結果を表3に示す。
【表3】

【0051】
培養液の底部液には菌体の塊や培地の消化物などの比重の大きいものが含まれているのに対し、上澄み液には菌体から菌対外に分泌された物質が浮遊ないし溶解していると考えられる。また、魚介類から得られるアルギナーゼの分子量は大きくても60K付近であることが知られているので、該アルギナーゼは上記限外ろ過膜を透過した透過液に含まれるはずである。表3の結果は、T2,T3のいずれについても上澄み液の透過液がアルギン酸分解活性を有することを示している。したがって、これらの菌体が菌体外酵素を生産している、つまり菌対外分泌性の酵素であることが確認された。このことは、菌体破砕などの負荷処理を行わずに、上澄み液から酵素を回収できることを示している。
【0052】
なお、濃縮液側の分解性が高いのは、菌体内に残存した酵素と培養液中のアルギン酸と反応中あるいは結合中の酵素の複合体が高分子であるために濃縮側に残って高い分解性を示したものと推察する。
【実施例5】
【0053】
吸着剤のアルギン酸分解活性を評価する試験を行った。前処理を経て10mMリン酸バッファー(pH7)に浸漬しておいた7種類(表4)の吸着剤各0.4mlを、バイオ・ラッド・ラボラトリー社のディスポーザブルカラム10mlに取り、底部にキャップをした後、市販のアルギナーゼ(ナガセケムテック社製)0.02gを10mMリン酸バッファー(pH7)6mlに溶解して得た酵素液0.4mlを注入し、さらに10mMリン酸バッファー(pH7)0.4mlを加えて良く撹拌した後に、4℃の低温室に3時間静置した。その後、同バッファー12mlを各吸着剤に通液して洗浄し、その液(ろ液)をアルギン酸分解活性試験用に採取した。また、各吸着剤を底部密栓カラムに入れたまま、アルギン酸分解活性測定用の反応液を注入し30℃で10分間180rpmの振とう機にて反応させて、酵素が吸着した状態の吸着剤をアルギン酸分解活性試験に供した。
【0054】
【表4】

【0055】
その結果を表5に示す。
【表5】

【0056】
No.1〜No.4について、吸着剤を素通りしたろ液より吸着剤の方が格段に優れたアルギン酸分解活性を示しているので、アルギン酸分解リアーゼが吸着剤に吸着保持され、そのままでアルギン酸を効果的に分解できることが判明した。また、No.6およびNo.7の吸着剤はクロマトゲルろ過用のものであることからろ過性と沈降性がきわめて悪く、この用途に適していないことが確認できた。
【0057】
なお、No.5は、この試験では吸着剤のアルギン酸分解活性を確認することができなかったが、ろ液の分解活性が低いことから、酵素を吸着している可能性を窺わせるものであるため、次の実施例6で再度試験を行うことにした。
【実施例6】
【0058】
吸着剤の再使用によるアルギン酸分解活性を評価する試験を行った。実施例5で用いた吸着剤のうち酵素反応を示したNo.1〜No.4の吸着剤と、追試験用にNo.5の吸着剤とを対象として、これらを2mlの同バッファーで洗浄した後に4℃の低温室で2日間静置して、再度、実施例5と同様にしてアルギン酸分解活性反応試験を行った。また、比較対照として、吸着剤No.1〜No.5について、何も吸着させていない剤(ブランク)のアルギン酸分解活性反応も同様にして試験した。
【0059】
その結果を表6に示す。
【表6】

【0060】
表6が示す結果から、吸着剤No.1〜No.4は再使用によってもアルギナーゼを吸着・保有した状態でアルギン酸分解を行うことが判明した。なお、イオン交換性機能のある吸着剤には、わずかのアルギン酸分解性がある。
【0061】
なお、表5および表6の最下段に示される酵素液は、市販のアルギン酸リアーゼを正確に0.02g取って5mlのリン酸バッファーに溶解した0.2%濃度の酵素液であり、その酵素剤としての力価29,000u/gから計算すると酵素力価は11.6u/mlとなるが、表5,表6での測定値では若干の誤差が生じている。いずれにしても、本発明の実施例となる吸着剤No.1〜4(表5)および再使用吸着剤No.1〜4(表6)はいずれも市販アルギン酸リアーゼの酵素液より優れた酵素活性を示している。
【0062】
ところで、pHの酵素分解への影響は、ナガセエンザイム株式会社のアルギン酸リアーゼ資料によれば、pH5〜7.5程度までは安定的であるが、pH8を超えると急激に分解活性が低下するとされている。陰イオンクロマト剤や弱アニオン交換樹脂では、反応後のpHは明らかに8より高いが、本試験では、反応の有無を判定する目的であるために、他の文献などで実施しているようなpHによる補正は実施していない。よって、次の実施例7以降からはpHの計測を省略することとした。
【実施例7】
【0063】
アルギン酸分解リアーゼ吸着に対する塩濃度の影響を評価するための試験を行った。発明者の調合による下記培地組成物を純水で溶解して得た培地(pH7.0)シャーレ上にT3の菌体原液(表2)を0.5mlずつ塗布したものを、30℃で3日間培養し、その培養液を取り、2日間かけて10mMリン酸バッファーに透析膜:三光純薬社製UC18−32を用いて透析を行ったものと、透析を行わずに30℃で5日間培養し続けたものから取った培養液とを対象として、実施例5と同様にして酵素を吸着剤に吸着させた。吸着剤は代表としてNo.1のIRC-50-Na(弱カチオン交換樹脂)およびNo.2のIRA-96S-CL(弱アニオン交換樹脂)(いずれも表4参照)を用いた。
アルギン酸ナトリウム:0.2%
リン酸水素2カリウム:0.2%
硫酸アンモニウム:0.2%
イーストエキス:0.2%
ポリペプトン:0.2%
人工海水塩:2%
【0064】
塩濃度の指標として電気導電率を計測したところ、透析をせずに5日間培養した培養液は25mS/cm、透析した培養液は5.8mS/cmを示した。この透析培養液の電気導電率は、塩濃度0.2%以下に相当するものであった。
【0065】
透析の有無によるアルギン酸分解活性への影響は表7に示す通りであった。
【表7】

【0066】
この結果から、透析によって脱塩処理することにより、アルギン酸リアーゼが吸着剤に確実に吸着され、濃縮されてきわめて高いアルギン酸分解活性を示すことが明らかになった。
【実施例8】
【0067】
アルギナーゼ分解酵素産生菌を生育させる培地について検討した。まず、実施例7で用いた培地(ただし人工海水塩:4%)において各要素を一つずつ含まない培地を用意し、それら各培地で実施例7と同様にしてT3の菌体原液(表2)を培養し、それら培養液の上澄み液と底部液の各々を取ってアルギン酸分解活性試験に供した。この試験の目的は、アルギナーゼ酵素分解酵素を産生させる菌の育成において各培地要素の重要性を把握することにある。
【0068】
その結果を表8に示す。
【表8】

【0069】
この試験では菌体原液としてT3のみを対象としているので確たる結果を導くことは困難であるが、所要のアルギン酸分解活性を持つ酵素を培養するためには、培地に少なくともポリペプトンと人工海水塩を含むことが必要であると推測できた。表8の結果は、アルギン酸が無くても分解酵素を生産できることを示しており、これは多くの文献などで書かれていることとは異なっているが、すでにアルギン酸分解酵素の生産性が確認されている菌ならばアルギン酸による生育の選択圧は必要ないのかも知れない。
【実施例9】
【0070】
次に、実施例8で得た結果から、リン酸水素2カリウムと硫酸アンモニウムは重要性が低いものと判断して、基礎培地からこれらを削除した上で、塩濃度/種類によって酵素生産性がどのように変化するかを試験した。
【0071】
その試験条件および結果は表9に示す通りである。
【表9】

【0072】
表9から、リン酸水素2カリウムと硫酸アンモニウムを除いた培地によって生産された酵素も高いアルギン酸分解活性を示しており、これらは本酵素生産にとっては重要な因子でないことが分かった。また、海水成分中に酵素生産または酵素活性の発揮に関与する因子が多く含まれていると推察された。
【実施例10】
【0073】
実施例9の試験結果から、培地に含まれる人工海水成分が有意に作用していることが推認されたので、次に、重要性の低いリン酸水素2カリウムと硫酸アンモニウムを除いた培地において、人工海水塩濃度を変化させて培養し、培養後のアルギン酸分解活性および電気伝導率を計測した。
その試験条件および結果は表10に示す通りである。
【表10】

【0074】
最も高いアルギン酸分解活性を示したのは塩濃度0.2%の培地であったが、塩濃度4.0%の培地でも十分なアルギン酸分解活性があることが分かった。同時に、塩濃度0%では本発明で使用するに適した培地とは言えず、微量であっても人工海水塩が必須因子であることも分かった。なお、試験対象としたT3菌は、この結果から見て混合種の菌類である可能性が高い。
【実施例11】
【0075】
実施例9および実施例10の試験結果から、人工海水塩を含む培地で菌を培養することが好ましいことが確認されたが、表1から明らかなように、用いた人工海水塩には多くの塩類が含まれており、それらの塩類は酵素活性に対する効果も様々であり(特開平6−217774号公報の表1には各種金属塩のアルギン酸分解酵素活性に対する影響が様々に異なることが示されている)、また、カルシウム塩によるアルギン酸の凝固作用も懸念されるため、人工海水塩として酵素活性化作用を一概に評価することには躊躇がある。そこで、重要性の低いリン酸水素2カリウムと硫酸アンモニウムを除いた培地において、NaCl濃度を変化させて培養し、培養後のアルギン酸分解活性および電気伝導率を計測した。
【0076】
その結果を表11に示す。
【表11】

【0077】
実施例10の試験結果とは若干異なるが、NaCl濃度についても、0.1%〜4.0%の幅広い範囲で十分に高いアルギン酸分解活性を示すが、0%では満足できる結果が得られないと言うことについてはほぼ同様の結果が得られた。
【0078】
なお、試験対象としたT3菌は、実施例10および実施例11の結果から見て混合種の菌類である可能性が高い。このT3の菌には、塩類の要求に対して2通りの性質があり、通常の海水濃度でアルギン酸分解酵素を生産するだけでなく、0.1%や0.2%と言った非常に低い塩濃度でもアルギン酸分解酵素を生産し得ることが分かった。このような性質を有する菌であれば、吸着剤への吸着に対して最適化が容易となる。
【実施例12】
【0079】
ここでは、食塩濃度の酵素吸着性に対する影響を試験した。実施例11と同様に、重要性の低いリン酸水素2カリウムと硫酸アンモニウムを除いた培地において、NaCl濃度を0〜0.4%の範囲内で変化させて培養し、その培養液を実施例5と同様にして酵素を吸着剤に吸着させた。吸着剤についても同様に代表としてNo.1のIRC-50-Na(弱カチオン交換樹脂)およびNo.2のIRA-96S-CL(弱アニオン交換樹脂)(いずれも表4参照)を用いた。
【0080】
その結果を表12および図13に示す。
【表12】

【表13】

これらの表に示される結果から、特にNaCl濃度0.2%以下の培地で培養したアルギン酸分解酵素が吸着剤に対して良好な吸着性を有することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明により提供されるアルギン酸分解処理剤は、褐藻類廃棄部分や雑海藻類の分解、海藻エキスの製造、海藻の糖化利用、海藻のバイオマス利用や海藻飼料の製造などの各種用途に活用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルギン酸分解酵素を吸着剤に吸着させたものであることを特徴とする、アルギン酸分解処理剤。
【請求項2】
前記アルギン酸分解酵素は、海藻類の食性がある魚貝類の腸管内から得た菌類の培養液中に得られる酵素であることを特徴とする、請求項1記載のアルギン酸分解処理剤。
【請求項3】
前記吸着剤は、イオン交換樹脂であることを特徴とする、請求項1または2記載のアルギン酸分解処理剤。
【請求項4】
海藻類の食性がある魚貝類の腸管内から得た菌類を培養してアルギン酸分解活性を有する酵素を含む培養液を取り、この培養液を吸着剤に吸着させることを特徴とする、アルギン酸分解処理剤の製造方法。
【請求項5】
前記培養液を透析処理して脱塩した後に、吸着剤に吸着させることを特徴とする、請求項4記載のアルギン酸分解処理剤の製造方法。
【請求項6】
前記培養液において塩類の含有量を塩化ナトリウム濃度で0.2%以下とすることを特徴とする、請求項4または5記載のアルギン酸分解処理剤の製造方法。
【請求項7】
海水塩を含む培地で前記菌類を培養することを特徴とする、請求項4ないし6のいずれか記載のアルギン酸分解処理剤の製造方法。