説明

アルコール燃料電池用電極の製造方法

【課題】本発明は、CO被毒耐性に優れたアルコール燃料電池用の触媒電極の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】電極ペーストを作製する際に、本来必要とされるペースト溶剤に加えて、適量の易蒸発性溶剤を添加して90時間以上混練する。酸化物ナノ粒子が均一に分散したところで、真空系で易蒸発性溶剤のみを除去してペーストを均一に塗布するために必要な粘度(10〜30Pa・s)に調製する。このようにして得られた電極ペーストを基材に塗布乾燥してアルコール燃料電池の燃料極を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルコール燃料電池用電極の製造方法に関し、より詳細には、CO被毒耐性に優れた触媒電極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、携帯電話やノートパソコンなどのモバイル機器の電源として主にリチウムイオン電池が用いられているが、これに代わる電源として、近年、ダイレクトメタノール燃料電池(DMFC:Direct Methanol Fuel Cell)が注目を集めている(特許文献1)。DMFCには、リチウムイオン電池よりも格段にエネルギー密度が高いことに加え、燃料カートリッジをセットさえすれば、待ち時間なくすぐに電力を使用することができるという利便性があり、次世代電源として大きな期待が寄せられている。以下、図4を参照しながら、DMFCの作動原理について説明する。
【0003】
一般に、DMFCは、プロトン導電体である高分子電解質膜を挟んで両側に触媒電極(燃料極/空気極)が形成された膜・電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)として構成される。MEAにおいて、触媒電極は、触媒をカーボンブラックなどの導電性炭素材料に加え、プロパノールなどの溶剤とともに撹拌混練することによってペースト状にし、これをカーボンシート等に塗布・乾燥することによって形成することができる。
【0004】
燃料極側(アノード)では、燃料であるメタノール水溶液からプロトン(H+)と電子と二酸化炭素(CO)が発生する(符号1で示す反応式)。発生したプロトン(H+)は、高分子電解質膜を透過して空気極に移動する一方で、発生した電子は、外部回路を経て空気極(カソード)に移動する。一方、空気極側(カソード)では、燃料極側(アノード)から移動したプロトン(H+)および電子と空気中に含まれる酸素(O)とが反応して水を生成する(符号3で示す反応式)。すなわち、DMFCは、メタノールの酸化反応のエネルギーを直接的に電気エネルギーに変換するシステムなのである。
【0005】
ここで、DMFCの燃料極の電極触媒として、メタノールの酸化反応の触媒である白金(Pt)が用いられるが、白金触媒は、メタノール分子の分解の過程で生じる一酸化炭素(CO)によって容易に劣化する。このCO被毒の問題を解決すべく、電極触媒について種々の検討がなされており、一酸化炭素(CO)の酸化を促進するため触媒であるルテニウム(Ru)を白金(Pt)と組み合わせたPt−Ru合金等がその一例である。
【0006】
この点につき、SiOなどの酸化物ナノ粒子は、その表面に吸着している水酸基(−OH)が一酸化炭素(CO)の酸化を促進することから、CO被毒を軽減するための新たな電極触媒として注目されている。しかしながら、従来の電極ペーストの作製方法では、酸化物ナノ粒子を均一に分散させることができず、その多くは凝集してしまうため、期待したCO被毒耐性が得られないばかりか、かえって発電特性を損なう結果を招きかねないという問題があった。
【0007】
一方、DMFCの燃料であるメタノールは、劇物指定の人体に有害な物質であり、その取り扱いについて種々の規制があるのに対し、エタノールは人体に無害でその取り扱いに規制がなく、バイオマスから生成したエタノールを燃料とすればカーボン・ニュートラルを実現することができる。この点に鑑みて、メタノールの代りにエタノールを燃料とする燃料電池が検討されている。以下、これをダイレクトエタノール燃料電池として参照する。ダイレクトエタノール燃料電池は、DMFCと同じ原理で作動し、図4の符号2で示すように、燃料極側(アノード)では、燃料であるエタノール水溶液からプロトン(H+)と電子と二酸化炭素(CO)が発生する。しかし、ダイレクトエタノール燃料電池においては、DMFCと比較してより多くの二酸化炭素(CO)が発生するため、CO被毒の問題はさらに深刻になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−272231号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記従来技術における課題に鑑みてなされたものであり、本発明は、CO被毒耐性に優れたアルコール燃料電池用の触媒電極の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、CO被毒耐性に優れたアルコール燃料電池用の触媒電極の製造方法につき鋭意検討した結果、電極ペーストを作製する際に、本来必要とされるペースト溶剤に加えて、易蒸発性溶剤を添加して混練することによって、酸化物ナノ粒子の分散を促進する着想を得た。本発明者らは、当該方法によって、アルコール燃料電池の発電特性が格段に改善されることを実証し、本発明に至ったのである。
【0011】
すなわち、本発明によれば、アルコール燃料電池用触媒電極の製造方法であって、導電性炭素材料、金属触媒、酸化物ナノ粒子およびペースト溶剤を含んで構成される電極ペースト原料を用意する工程と、前記電極ペースト原料に易蒸発性溶剤を添加した組成物を混練することによって、前記酸化物ナノ粒子を該組成物中に分散させる工程と、前記組成物から前記易蒸発性溶剤のみを除去して電極ペーストを得る工程と、前記電極ペーストを基材に塗布乾燥する工程とを含む製造方法が提供される。本発明においては、前記易蒸発性溶剤を沸点が80℃以下であって、20℃における飽和蒸気圧が90mmHg以上の有機溶剤とすることが好ましい。また、本発明においては、前記酸化物ナノ粒子をSiO、TiO、Al、CaOおよびMgOからなる群より選択される少なくとも一種の酸化物とすることができ、前記金属触媒を白金または白金を含む合金とすることができる。
【0012】
さらに本発明によれば、上記製造方法によって製造された触媒電極を燃料極として備えるアルコール燃料電池が提供される。本発明においては、上記アルコール燃料電池の燃料をエタノールとすることができる。
【発明の効果】
【0013】
上述したように、本発明によれば、アルコール燃料電池用の電極について、CO被毒耐性に優れた触媒電極の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明のアルコール燃料電池用電極の製造工程を示すフローチャート。
【図2】易蒸発性溶剤の除去に使用する溶剤除去装置を示す図。
【図3】発電特性評価実験の結果を示す図。
【図4】DMFCの作動原理を説明するための概念図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を図面に示した実施の形態をもって説明するが、本発明は、図面に示した実施の形態に限定されるものではない。
【0016】
図1は、本発明のアルコール燃料電池用電極の製造工程を示すフローチャートである。ここで、本発明におけるアルコール燃料電池とは、メタノール、エタノールなどのアルコールを燃料とする固体高分子型燃料電池をいうものとする。以下、図1を参照しながら、本発明のアルコール燃料電池用電極の製造方法について説明する。
【0017】
まず、アルコール燃料電池の燃料極を形成するため電極ペーストの原料を用意する。本発明において、電極ペースト原料は、少なくとも、導電性炭素材料、金属触媒、酸化物ナノ粒子およびペースト溶剤を含んで構成される。導電性炭素材料としては、カーボンブラックやNafion(登録商標)を用いることができる。金属触媒としては、白金(Pt)、Pt−Ru合金、またはPt−Sn合金を用いることができ、鉄、コバルト、ニッケル等を用いることもできる。さらに、本発明においては、電極ペースト原料として、酸化物ナノ粒子を含む。酸化物ナノ粒子は、その表面に吸着している水酸基(−OH)がアルコール分子の分解時に発生する一酸化炭素(CO)を酸化することから、燃料極のCO被毒耐性の向上に寄与する。加えて、酸化物ナノ粒子は、燃料極におけるアルコールの拡散を促進することが期待されている。本発明においては、酸化物ナノ粒子として、SiO、TiO、Al、CaO、MgOなどのナノ粒子を用いることができる。上述した原料に加えて、ペースト溶剤が用意される。ペースト溶剤は、上述した原料をペースト状にするための溶剤であり、1−プロパノールなどの溶剤を適宜用いることができる。
【0018】
次に、用意した電極ペースト原料に対して易蒸発性溶剤を添加する。本発明における易蒸発性溶剤は、後述する除去工程において速やかに除去することができる溶剤であることが好ましく、少なくとも上述したペースト溶剤よりも高揮発性であることが望ましい。本発明においては、易蒸発性溶剤として、沸点が80℃以下であって、20℃における飽和蒸気圧が90mmHg以上である高揮発性の溶剤を採用することが好ましい。なお、易蒸発性溶剤の添加量は、酸化物ナノ粒子の均一分散を実現できる粘度を提供することができ、且つ、その除去に要する時間を最小にしうる適切な量とすることが好ましい。本発明における易蒸発性溶剤として使用することのできる有機溶剤を、その沸点範囲(℃)および20℃における飽和蒸気圧(mmHg)とともに下記表1に例示する。
【0019】
【表1】

【0020】
電極ペースト原料に対して易蒸発性溶剤を添加して撹拌したのち、これを十分な時間混練する。本発明においては、90時間以上混練することが好ましい。従来、電極ペースト作製において、電極ペースト原料の混練は、ペーストを均一に塗布(印刷)するために必要な粘度(10〜30Pa・s)に近い粘度で実施されていたため、酸化物ナノ粒子を均一に分散させることができなかった。この点につき、本発明によれば、電極ペースト原料に易蒸発性溶剤を添加することによって、混練時の粘度が従来よりも小さくなり、その結果、酸化物ナノ粒子の均一分散が実現される。しかしながら、このような低粘度のペーストは、塗布(印刷)に適さないので、適切な粘度(10〜30Pa・s)になるまで易蒸発性溶剤を除去する必要がある。
【0021】
易蒸発性溶剤は、常温常圧で空気中に容易に揮発するため、上記組成物の入った密閉容器を真空系に接続することによって速やかに易蒸発性溶剤を除去することができる。溶剤除去装置においては、易蒸発性溶剤の回収量をメスシリンダ13の目盛りを目視して確認することができるようになっている。なお、本発明において、易蒸発性溶剤を除去する工程は、易蒸発性溶剤を完全に除去する他、易蒸発性溶剤の一部を組成物15に残す態様を含む。上述した手順で、組成物15から易蒸発性溶剤を除去することによって、適切な粘度の電極ペーストが得られる。最後に、得られた電極ペーストをカーボンシートや固体高分子電解質膜などの基材に塗布し乾燥することによって、本発明の触媒電極を得ることができる。
【0022】
以上、本発明について実施形態をもって説明してきたが、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、当業者が推考しうるその他の実施態様の範囲内において、本発明の作用・効果を奏する限り、本発明の範囲に含まれるものである。
【実施例】
【0023】
以下、本発明のアルコール燃料電池用電極の製造方法について、実施例を用いてより具体的に説明を行なうが、本発明は、後述する実施例に限定されるものではない。
【0024】
(電極ペースト作製)
以下の手順で電極ペーストを作製した。白金触媒、純水、Nafion(登録商標)溶液、1−プロパノールおよびSiOナノ粒子(平均粒径26nm)を混合したものに対して易蒸発性溶剤としてアセトンを加えた組成物を100時間混練した。組成物は、混練時間が50〜60時間を経過した時点では高い粘性を示していたが、混練時間が90時間を経過したあたりからSiOナノ粒子などの粒子成分が均一に分散したことに伴って低い粘性を示すようになった。
【0025】
次に、印刷に適した粘度にすべく、図2に示した溶剤除去装置を使用して、上記組成物からアセトンを除去した。溶剤除去装置は、内側にドライアイス等の冷却材11を充填した冷却用筒状容器12と、その底に接続されたメスシリンダ13を備えており、冷却用筒状容器12の上部に接続されたゴム管18を図示しない真空系に接続した。低粘度の組成物15を入れた密閉容器16をゴム管17を介して冷却用筒状容器12に接続し、組成物15から揮発したアセトンの蒸気を冷却用筒状容器12の内部で凝縮させ、当初に加えた量とほぼ同量のアセトン20をメスシリンダ13内に回収した後、溶剤除去装置を停止して本実施例の燃料電池電極用ペーストを得た。なお、アセトン20の回収量はメスシリンダ13の目盛りを目視して確認した。
【0026】
一方、白金触媒、純水、Nafion(登録商標)溶液、1−プロパノールおよびSiOナノ粒子を混合したものに対し易蒸発性溶剤を加えることなく100時間混練して出来上がったペーストを比較例1とし、白金触媒、純水、Nafion(登録商標)溶液および1−プロパノールを混合したものに対し易蒸発性溶剤を加えることなく100時間混練して出来上がったペーストを比較例2とした。なお、上述した実施例、比較例1および比較例2に用いた電解ペースト原料および易蒸発性溶剤の質量比を下記表2に示す。
【0027】
【表2】

【0028】
(アルコール燃料電池の作製)
上述した手順で作製した本実施例の燃料電池用電極ペーストをカーボンシートに塗布・乾燥して燃料極を形成し、この燃料極と空気極の間に高分子電解質膜を挟んだ膜・電極接合体を構築してアルコール燃料電池を作製した。同様の条件で、比較例1の電極ペーストを用いて形成した燃料極を含む燃料電池と、比較例2の電極ペーストを用いて形成した燃料極を含むアルコール燃料電池をそれぞれ作製した。なお、本実験においては、上記アルコール燃料電池を循環型(燃料量150ml、循環速度2ml/min)として構成した。
【0029】
(発電特性評価実験)
上述した手順で作製した各アルコール燃料電池(実施例、比較例1、比較例2)について、エタノール(150ml)を燃料に用いて駆動し、それぞれの発電電力を経時的に測定した。図3は、各エタノール燃料電池について測定された発電電力(mW)の時間変化を示す。
【0030】
図3に示されるように、燃料極にSiOナノ粒子を添加しないエタノール燃料電池(比較例2)の発電電力が時間を追うごとに徐々に低下していったのに対し、燃料極にSiOナノ粒子を添加したエタノール燃料電池(比較例1)は、480分以上にわたって発電電力を一定に維持しており、SiOナノ粒子がCO被毒を軽減するのに寄与していることが示された。一方、本実施例のエタノール燃料電池(実施例)の発電電力は、比較例1と比較して格段に増加する結果となり、その発電電力のレベルは480分以上にわたって維持された。
【0031】
なお、酸化物ナノ粒子として、上述したSiOナノ粒子の代りにTiOナノ粒子(平均粒径25nm)を用いた電極ペーストを使用してエタノール燃料電池を作製し、上述したのと同様の条件で発電特性評価実験を行ったところ、図3に示したのと同様の結果を得た。また、上記易蒸発性溶剤として、アセトンの代りに、イソプロピルエーテル、メタノール、ヘキサンをそれぞれ用いた電極ペーストを使用してエタノール燃料電池を作製し、上述したのと同様の条件で発電特性評価実験を行ったところ、いずれの易蒸発性溶剤を使用した場合についても、図3に示したのと同様の結果を得た。上述した結果から、本発明の方法によれば、アルコール燃料電池の発電特性が格段に改善されることが示された。なお、非循環型のアルコール燃料電池についても、上述したのと同様の結果が得られるものと推察される。
【符号の説明】
【0032】
11…冷却材
12…冷却用筒状容器
13…メスシリンダ
15…組成物
16…密閉容器
17、18…ゴム管
20…アセトン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルコール燃料電池用触媒電極の製造方法であって、
導電性炭素材料、金属触媒、酸化物ナノ粒子およびペースト溶剤を含んで構成される電極ペースト原料を用意する工程と、
前記電極ペースト原料に易蒸発性溶剤を添加した組成物を混練することによって、前記酸化物ナノ粒子を該組成物中に分散させる工程と、
前記組成物から前記易蒸発性溶剤のみを除去して電極ペーストを得る工程と、
前記電極ペーストを基材に塗布乾燥する工程と
を含む製造方法。
【請求項2】
前記易蒸発性溶剤は、沸点が80℃以下であって、20℃における飽和蒸気圧が90mmHg以上の有機溶剤である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記酸化物ナノ粒子は、SiO、TiO、Al、CaOおよびMgOからなる群より選択される少なくとも一種の酸化物である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記金属触媒は、白金または白金を含む合金である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の製造方法によって製造された触媒電極を燃料極として備えるアルコール燃料電池。
【請求項6】
エタノールを燃料とする、請求項5に記載のアルコール燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−9157(P2012−9157A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141417(P2010−141417)
【出願日】平成22年6月22日(2010.6.22)
【出願人】(391022614)学校法人幾徳学園 (19)
【Fターム(参考)】