説明

アルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤

【課題】アルミニウムまたはアルミニウム合金のエッチング剤において、ホウ素、フッ素等の難排水処理性の成分を含むことなく、連続したエッチング処理を行っても安定したエッチング力が得られ、かつエッチングの良好な均一性、エッチング後の耐食性を得ることができる、耐老化性に優れたエッチング剤の組成物およびその処理方法の提供。
【解決手段】アミノカルボン酸を50質量部と、ヒドロキシカルボン酸、ジカルボン酸、ポリカルボン酸およびこれらの塩から選ばれる少なくとも1種を5〜300質量部と、アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩および重炭酸塩から選ばれる少なくとも1種を10〜800質量部含むアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤であって、かつ、このエッチング水溶液のpHが8〜10にあることを特徴とするアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の表面処理技術、より具体的にはアルミニウムまたはアルミニウム合金のエッチング技術に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウムの表面処理業界においても、昨今の環境に対する配慮の高まりから、環境対応技術への転換が求められている。アルミニウムおよびアルミニウム合金のエッチングは、アルミニウムの加工や成型後の表面の清浄化ならびに塗装や接着の前処理、めっき前処理および溶接前処理などに使用されている。
【0003】
アルミニウムおよびアルミニウム合金の表面は中性においては安定な酸化膜で覆われており、エッチングを行うためにはこれをまずこの酸化膜を溶解する必要がある。そのため、そのエッチング剤としてはフッ化水素酸を含有する酸性薬剤または水酸化ナトリウムを使用した強アルカリ性薬剤を使用するのが一般的であった。
【0004】
フッ化水素酸を使用したアルミニウムおよびアルミニウム合金用酸性エッチング剤は、酸化皮膜の除去が容易であり、比較的均一なエッチングが可能であるが、そのエッチング剤の取り扱いが危険であり、またその排水処理も困難であることから、環境面および安全面に問題があった。
【0005】
一方、フッ素化合物を含まないアルカリ性エッチング剤に関し、水酸化ナトリウム等の強アルカリを多く含む高pHのエッチング剤は、エッチング速度は大きいがエッチングが不均一であり、エッチングの処理温度や時間に対してエッチング速度の変動が大きく安定な処理が困難であるという問題があった。
【0006】
このため、アルカリ性で均一なエッチングを行うために、弱アルカリ性のホウ酸塩を高濃度で使用したエッチング剤を用いて高温でエッチングする処理も一部で行われている。
【0007】
しかし、近年のホウ素に対する排出規制強化により、ホウ素を含むエッチング剤の使用も制限されるようになってきており、排水処理費用も高額になることから、ホウ素やフッ素の何れも含まない環境対応型のアルミニウム用エッチング剤が強く求められている。
【0008】
このような要求に対応するための技術として、例えば特許文献1にはアルミニウム板材、缶材用途の洗浄剤としてアルカリ金属水酸化物、リン酸アルカリ金属塩等のアルカリビルダーと、有機ホスホン酸とアルミニウムイオン封鎖剤と界面活性剤とを含みpHが10〜12のアルカリ水系洗浄液で処理する方法が開示されている。また、特許文献2には類似の組成のエッチング剤をめっき前処理用に使用する技術が開示されている。
【0009】
しかし、これらの組成の処理液では酸化膜の除去は比較的短時間で可能であるものの、反応の制御が難しく、処理温度が低下するとエッチング力が著しく低下したり、処理を続けると蓄積したアルミニウムイオンによりエッチング力が低下するなどの問題点があった。
【0010】
このような課題を解決しようとした例としては特許文献3に、有機ホスホン酸に加えてさらにアルミニウムやカルシウムなどの金属イオンをあらかじめ添加することにより、処理を続けてもエッチング力が低下しにくい組成とした技術が開示されている。
【0011】
しかしこの場合も、処理の安定性はやや改善されるものの、単にアルミニウムやカルシウムをイオンとして添加するのみでは、エッチング処理を比較的長く継続すると溶解したアルミニウムイオン濃度が増大してエッチング力が低下する問題は残っていた。
【0012】
このため現在に至るまでその薬剤面での課題は残っており、それを補うためエッチング処理液の更新を頻繁に行うことにより必要以上の排水を発生してしまうことになるため環境面での課題が未だに残されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】 特開平4−187788号公報
【特許文献2】 特開平9−53182号公報
【特許文献3】 特開2005−97726号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上記の従来技術の問題を解決すること、すなわち、アルミニウムまたはアルミニウム合金のエッチング剤において、ホウ素、フッ素等の難排水処理性の成分を含むことなく、連続したエッチング処理を行っても安定したエッチング力が得られ、かつエッチングの良好な均一性、エッチング後の耐食性を得ることができる、耐老化性に優れたエッチング剤の組成物およびその処理方法を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明者は、エッチングの各種組成の水溶液におけるアルミニウムまたはアルミニウム合金材料の腐食挙動やエッチング処理後の材料に対して表面分析を用いて研究を重ねた。
【0016】
発明者は、主にアルカリ性領域におけるアルミニウム及びアルミニウム合金のエッチング速度を測定した結果、pHが10以下では安定したエッチング性とエッチングの均一な表面が得られる一方、pHが10を超えるとエッチングが部分的及び加速的に進行してエッチングの制御が困難となり、また、エッチング後の表面も不均一な粗化された表面となることを見出した。
【0017】
そして、その原因を究明するためエッチング処理後のこれらのアルミニウム材料の表面を電界放射型走査電子顕微鏡(FE−SEM)で表面形態を観察するとともにX線光電子分光分析装置(XPS)で酸化皮膜を表面解析した。その結果、上記の差異の原因は溶出したアルミニウムイオンがこれらのアルミニウム材料の表面に保護性の水酸化アルミニウム薄膜を形成したか否かにあるとの結論に至った。
【0018】
すなわち、pHが8〜10では、エッチング反応は溶出したアルミニウムイオンが緻密で保護性の水酸化アルミニウム薄膜を形成しながら均一に進むのに対し、10を超えたpHではその水酸化アルミニウム薄膜が形成されない。このため先に自然酸化膜(もともとある酸化膜)が除去された部位で集中的なエッチングが起きる結果、凹凸の多い不均一で耐食性に劣る表面となってしまうことを見出した。
【0019】
本発明者らは、これらの研究結果をもとに、安定した適度なエッチング速度と耐老化性、および均一で腐食しにくい表面を得るためには、アミノカルボン酸を含むエッチング水溶液のpHを8〜10とし、このpHの範囲における処理液のpH安定性を高めた緩衝作用のある組成が必要であるとの考え方に基き、フッ素やホウ素などの規制物質を含まない各種エッチング剤組成を試作して鋭意検討した。その結果、従来技術の問題を解決して均一で安定したなエッチングが可能となるとともにエッチング後の耐食性も良好となり、二次電池用電極箔の耐電解液性の向上や、電解コンデンサ用タブリードの溶接部におけるウイスカ発生の防止にも効果が高いことを確認し、技術的に全く新規のアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤を完成させた。
【0020】
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(7)を提供する。
(1)アミノカルボン酸を50質量部と、ヒドロキシカルボン酸、ジカルボン酸、ポリカルボン酸およびこれらの塩から選ばれる少なくとも1種を5〜300質量部と、アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩および重炭酸塩から選ばれる少なくとも1種を10〜800質量部含むアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤であって、かつ、このエッチング水溶液のpHが8〜10にあることを特徴とするアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤。
(2)前記アミノカルボン酸は、α−アミノ酸であることを特徴とする上記(1)に記載のアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤。
(3)前記アルカリ金属のうち少なくとも一種はリチウムであることを特徴とする上記(1)または(2)に記載のアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤。
(4)前記エッチング剤は、さらにポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミンおよびこれらの誘導体から選ばれる少なくとも1種を含むものであることを特徴とする上記(1)から(3)までのいずれかに記載のアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤。
(5)前記エッチング剤は、さらに結晶性水酸化アルミニウム粒子を含むことを特徴とする上記(1)から(4)までのいずれかに記載のアルミニウムおよびアルミニウム合金用エッチング剤。
(6)前記エッチング剤は、さらに界面活性剤を含むものであることを特徴とする上記(1)から(5)までのいずれかに記載のアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤。
(7)上記(1)から(6)までのいずれかに記載のエッチング剤を0.5〜5質量%に調整したエッチング水溶液を用いて、アルミニウムまたはアルミニウム合金をエッチングすることを特徴とするアルミニウムまたはアルミニウム合金のエッチング方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明のアルミニウム又はアルミニウム合金用のエッチング剤を使用すると、アルミニウムが本来の耐食性を発揮できるようにするために、表面の保護膜(水酸化アルミニウム薄膜)を形成、再生しながらエッチングが進行することになる。すると、エッチングによる孔(エッチング孔)が粗大に成長することなく微細で均一かつ安定に進行することにより、スマットおよび汚れを均一に除去できると同時に、数μm以下の微細な凹凸を表面に付与することができるため、アンカー効果により接合性、密着性に優れた表面を得ることができる。また、エッチング後の表面は耐食性にも優れることから、電池やコンデンサなどの電極やタブ材の接合前処理および活物質ペーストの塗布前処理として特に好適に使用することができ、リチウムイオン電池やキャパシタ用アルミ箔やタブ材、およびその他アルミニウム部品、部材の接合や塗布前処理としての表面処理として優れた効果を挙げることができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明のアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤について詳細に説明する。
【0023】
本発明のエッチング剤は原料として粉体などの固体を主として使用し、溶媒を含まない固形薬剤として供給することが可能であるが、主として水を溶媒として各種成分を溶解させた液体薬剤として供給することもできる。つまり、いわゆる粉末剤や液体剤としての供給が可能である。この場合、つねに粉末剤や液体剤として1剤である必要は必ずしもなく、パッケージとして、2以上の粉末剤、2以上の液体剤、2以上の粉末剤及び液体剤との組み合わせも可能であり、そのうちの粉末剤または液体剤が専らまたは実質上pHを調整することを目的として使用されるものも含まれる。そして、粉末剤(固形薬剤)の場合には、主に水を溶媒として溶解や分散させることにより、また、液体剤(液体薬剤)の場合には、主に水を溶媒として希釈するなどにより、この水溶液であるエッチング水溶液を調整して、実際のエッチングに供することになる。
【0024】
本発明のアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤の態様では、アミノカルボン酸と、ヒドロキシカルボン酸、ジカルボン酸、ポリカルボン酸およびこれらの塩から選ばれる少なくとも1種と、アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩、および重炭酸塩から選ばれる少なくとも1種を含み、かつこの水溶液(エッチング水溶液)のpHが8〜10にあることが必要である。
【0025】
これら必須成分の組成比は、アミノカルボン酸を50質量部に対して、ヒドロキシカルボン酸、ジカルボン酸、ポリカルボン酸およびこれらの塩から選ばれる少なくとも1種が5〜300質量部、アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩および重炭酸塩から選ばれる少なくとも1種が10〜800質量部の範囲にあることが必要である。すなわち、本発明のアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤は、アミノカルボン酸(成分A)と、ヒドロキシカルボン酸、ジカルボン酸、ポリカルボン酸およびこれらの塩から選ばれる少なくとも1種(成分B)と、アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩、および重炭酸塩から選ばれる少なくとも1種(成分C)を含むアルミニウムおよびアルミニウム合金用エッチング剤であって、当該成分の組成比は、成分Aを50質量部としたときに対して、成分Bが5〜300質量部、成分Cが10〜800質量部であり、かつこの水溶液であるエッチング液のpHが8〜10の範囲であるものである。
【0026】
本発明では使用できるアミノカルボン酸の種類は特に限定されず、エチレンジアミン四酢酸、ニトリロ三酢酸などのアミノカルボン酸も使用できる。しかし、アミノカルボン酸の中でもα−アミノ酸がより好ましい。ここで、α−アミノ酸とは、「カルボキシル基が結合している炭素であるα位炭素にアミノ基が結合しているアミノ酸」であり、RCH(NH)COOHという構造を持つものを指す。α−アミノ酸がより好ましい理由としては、α−アミノ酸ではα位炭素に電子吸引性のカルボキシル基が結合しているため、同じ炭素に結合したアミノ基はプロトンを放出しやすく、pKaがおよそ9〜10程度と他のアミン類に比較して小さいことによりpHが8〜10の範囲で良好なpH緩衝作用を得ることができるためと推測している。
【0027】
また、α−アミノ酸は、銅などのアルミニウム材料の合金成分に対してキレート効果(金属イオンを封鎖する効果)を持つが、アルミニウムイオンに対してはキレート作用(イオン封鎖能)が弱い。したがって、アルミニウムまたはアルミニウム合金の材料表面に耐食性の良い水酸化アルミニウムの保護膜を形成するのを阻害しない点も特に好ましいことになる。
【0028】
ここで、好ましいα−アミノ酸としては、リシン、アラニン、グリシン、アスパラギン酸、グルタミン酸、システイン、ロイシン、イソロイシン、アルギニン、セリン、チロシンである。このうち、好ましいものとしては、リシン、アラニン、グリシンがあり、更に特に好ましいものはリシン、グリシンである。
【0029】
また、アルミニウムイオンの封鎖能をもつ特定のカルボン酸の化合物、すなわちヒドロキシカルボン酸、ジカルボン酸、ポリカルボン酸およびこれらの塩から選ばれる少なくとも1種の配合量は、アミノカルボン酸を50質量部に対して、ヒドロキシカルボン酸、ジカルボン酸、ポリカルボン酸およびこれらの塩から選ばれる少なくとも1種の合計で5〜300質量部が必要で、これらの合計が5質量部未満では水酸化アルミニウムのスラッジが発生しやすいため好ましくなく、300質量部を超えると排水処理の負担が増加するため好ましくない。このうち、アルミニウムイオンの封鎖能に鑑みて、好ましい配合量としては、7〜50質量部であり、更に特に好ましい配合量は10〜30質量部である。
【0030】
ヒドロキシカルボン酸、ジカルボン酸、ポリカルボン酸およびこれらの塩から選ばれる少なくとも1種のアルミニウムイオンの封鎖剤のうち、ヒドロキシカルボン酸がより好ましい。ヒドロキシカルボン酸としてはグルコン酸、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、グリコール酸、乳酸が好ましく、ジカルボン酸としてはコハク酸、マロン酸、シュウ酸、フタル酸、ポリカルボン酸としては、ポリアクリル酸、ポリマレイン酸が好ましい。特に好ましいものは、グルコン酸、クエン酸および酒石酸である。これらはアルカリ金属塩として添加するほうがより好ましいが、アルカリ金属としてはLi、Na、Kなどがある。
【0031】
また、アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩および重炭酸塩から選ばれる少なくとも1種の配合量はこれらの合計でアミノカルボン酸を50質量部に対して、10〜800質量部含むことが必要で、10重量部未満ではエッチング水溶液のpHをアルカリ性に維持することが難しく、800重量部を超えるとアミノカルボン酸の配合比が減ってしまいpHの緩衝効果が低下し、エッチング均一性やエッチングの安定性などが低下するため好ましくない。このうち、適正なpHを維持する観点から好ましい配合量としては、30〜500質量部であり、更に特に好ましい配合量は50〜300質量部である。
【0032】
アルカリ金属の種類としてはLiが最も好ましく、次いでNa、Kが好ましい。Liを使用するのは、エッチング速度が大きくなること、およびエッチング後のアルミニウム又はアルミニウム合金の耐食性が向上するためである。pHが8〜10であれば、水酸化物、炭酸塩及び重炭酸塩同士の配合比は特に限定されない。ちなみに、アミノカルボン酸の配合比が相対的に高い場合はアルカリ金属水酸化物を使用し、配合比が低い場合には重炭酸塩を配合することが好ましい。
【0033】
実際にエッチングに供するエッチング水溶液のpHは、8〜10であることが必要であるが、通常これら必須成分(成分A、B、C)の合計で0.5〜5質量%(0.5〜50g/L)、より実用的には1〜3質量%(10〜30g/L)の濃度(以下、エッチング濃度という)に調整する。固形剤の場合には、溶媒である水に溶解、希釈することになり、液体剤の場合には、溶媒である水で希釈することになる。またエッチング水溶液のpHは、8.5〜9.8がより好ましい。エッチング水溶液のpHが8未満の場合には、エッチング速度が小さく、エッチングが不十分となるため、エッチング剤に要求される性能すなわちエッチング均一性、安定性、耐老化性、耐食性及び密着性が全般的に低下してくるが、特にエッチング安定性、密着性が低下する不具合が生じる。一方、エッチング水溶液のpHが10を超えると、エッチングが過剰となり、同様に上記性能が低下してくるが、特にエッチングの均一性、耐老化性が低下する不具合が生じる。また、エッチング水溶液のpHを変更させるためには、主としてアルカリ金属の水酸化物、炭酸塩および重炭酸塩の配合比を変えることによって達成される。
【0034】
本発明のエッチング剤にはさらに硝酸塩または亜硝酸塩を含んでもよい。硝酸塩または亜硝酸塩は、エッチング反応の速度すなわちエッチング速度を増加させるとともに水素ガスの発生を抑制し、より均一なエッチングを可能にすると同時に処理後のアルミニウム表面の耐食性を向上させる。これらはNa、K、Liなどのアルカリ金属塩として配合することが好ましい。
【0035】
一方、硝酸や亜硝酸よりもかなり強い酸化剤であるペルオキソ硫酸や過酸化水素などはアミノカルボン酸のアミノ基を酸化して本発明の効果を低下させるため好ましくない。
【0036】
また、前記エッチング剤にはさらに界面活性剤をアミノカルボン酸を50質量部に対して、2〜100質量部含むことが好ましい。界面活性剤を配合することによりエッチング効果が高まり、界面活性剤を添加しないものと比較してエッチングの安定性や耐食性、密着性が良くなることのほか、予備エッチングが不要となり生産工程を短縮する効果がある。
【0037】
界面活性剤の種類は特に限定されないが、ポリオキシエチレン/プロピレンアルキルエーテルや脂肪酸アルカノールアミド、ポリオキシエチレン脂肪酸エステルなどのノニオン系界面活性剤、高級アルコール硫酸エステル塩やポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩などのアニオン系界面活性剤、アルキルメチルアンモニウム塩などのカチオン系界面活性剤のほか、N−アルキル−β−アラニンなどのアルキルアミノ脂肪酸塩、アルキルベタインなどの両性界面活性剤も好ましく使用できる。
【0038】
前記エッチング剤にはさらに、ポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミンまたはこれらの誘導体から選ばれる少なくとも1種を含むことが好ましい。これらはアルミニウムやその合金表面のミクロなカソード部分に吸着して水素ガスの発生を抑制し、より均一なエッチング反応を助けるため、特に素材中に腐食電位の異なる合金成分が存在する場合でも均一なエッチングを行うことができるため、エッチング均一性が良好なことの他、耐食性、密着性などが向上する。この好ましい配合量はアミノカルボン酸を50質量部に対して、0.5〜30質量部である。
【0039】
また、前記エッチング剤にはさらに結晶性水酸化アルミニウム粒子を含むことがより好ましい。従来公知のエッチング剤組成の中にはアルミニウム塩などの可溶性塩を添加してアルミニウムを飽和濃度またはそれに近い濃度にあらかじめ調整して初期から安定なエッチングを得ようとしたものがあるが、発明者の実験の結果、この方法では水酸化アルミニウムの結晶核が全く存在しないためアモルファスのゲル状水酸化アルミニウムのスラッジが生成しやすく、この場合、スラッジの付着が問題になるだけでなく、処理を続けるとエッチングが阻害される原因にもなることがわかった。これに対して結晶性水酸化アルミニウム粒子をあらかじめ添加しておくことにより、エッチングにより溶出した過剰なアルミニウムイオンが速やかに結晶性水酸化アルミニウム粒子に取り込まれて除去されるため使用初期から安定したエッチング量を得ることができ、また同時に浮遊物のない処理液とすることができるなど、耐食性、密着性のほか、特にエッチング安定性、耐老化性に優れたエッチング水溶液となる。
【0040】
本発明において、結晶性水酸化アルミニウムの種類としては、ギブサイト[Al(OH)]やベーマイト[AlOOH]を使用することが好ましい。また、その好ましい平均粒子径は1〜300μmであり、好ましい配合量はアミノカルボン酸を50質量部に対して、0.5〜30質量部である。
【0041】
本発明でエッチング処理の対象として好適なアルミニウムまたはアルミニウム合金としては、例えば、JISの1000〜8000系アルミニウム合金など比較的純度が高いものがより好ましいが、その他のアルミニウム合金板材、ADC−12などのダイキャスト用合金、AC−8C、AC−4Cなどの鋳物用のアルミニウム合金も適用が可能である。
【0042】
また、適用できる部材および用途は特に限定されないが、アルミニウムまたはアルミニウム合金製の被塗装部材や被接着部材の前処理として特に好適である。例えばアルミニウム箔の樹脂ラミネート前処理やアルニウム部材とゴムとの接着前処理として使用できるほか、二輪車のエンジンブロックやピストン、軸受などのアルミニウム摺動部材等のNiめっき前処理として密着性や耐食性の向上を図ったりすることができる。さらに、プリント配線板や放熱基板に関する接着、接合前処理およびリチウムイオン電池、コンデンサ、キャパシタの集電体アルミ箔に関する活物質ペーストの密着性向上並びにウィスカ防止効果のあるリードタブ材用のエッチング剤としても使用することができる。
【0043】
本発明のエッチング剤は、被処理材であるアルミニウムまたはアルミニウム合金の部材を、0.5%〜5質量%、より実用的には1〜3質量%のエッチング濃度となるよう水などの溶媒で調整、希釈した本発明のエッチング剤の水溶液すなわちエッチング水溶液を50〜100℃で1〜30分間の接触処理することが好ましい。アルカリ金属の炭酸塩や重炭酸塩の配合量が比較的少ない場合には100℃までの上限温度でも使用することができる。処理の方法は、浸漬処理、スプレー処理または流しかけ処理など特に限定されない。脱脂、エッチング工程を省略する場合は界面活性剤を含む組成とすることが好ましい。エッチング後には水洗を行って処理液を洗い流すことが好ましい。水洗後の乾燥は40〜200℃で加熱乾燥し、不要な吸着水を除去することが好ましい。
【実施例】
【0044】
以下に実施例を示して本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0045】
(エッチング水溶液の調製)
実施例1〜17および比較例1〜7で使用したエッチング剤の調合には、JIS試薬1級相当品を使用し、表1、2に表された各組成の薬剤粉体をそれぞれ50g作製した。作製したエッチング剤を脱イオン水に溶解して、1質量%つまり10g/Lのエッチング濃度にしたエッチング水溶液を調製し、そのpHを測定した。
【0046】
(界面活性剤)
界面活性剤としては、ノニオン系はポリオキシエチレンラウリルエーテル(HLBは12)を使用し、アニオン系はポリオキシエチレンラウリル硫酸ナトリウム塩(新日本理化株式会社製)を使用し、カチオン系はステアリン酸ジエチルアミノエチルアミド(東邦化学工業株式会社製 カチナールAEAK)を使用した。また、両性界面活性剤としてはカルボキシメチルアミン(日油株式会社製 ニッサンアノンLA)を使用した。
【0047】
(ポリアミン)
ポリアミンは、実施例9にポリアリルアミン(日東紡株式会社製 PA−01)を、実施例10にポリエチレンイミン(日本触媒株式会社製 エポミンSP−006)を、実施例13にポリビニルアミン(BASF株式会社製)を各々5質量部さらに添加した。
【0048】
(アルミニウム化合物)
実施例2、実施例3および実施例11〜17には結晶性水酸化アルミニウム粒子として結晶性水酸化アルミニウム粉(結晶型はギブサイト、平均粒子径は50μm、日本軽金属株式会社製)を1質量部さらに添加した。また、比較例4では結晶性アルミニウム粒子を含まないアルミン酸ナトリウム水溶液(Al換算で20%、浅田化学工業株式会社製)を3質量部さらに添加した。
【0049】
(性能試験)
1.エッチングの均一性の評価
被処理金属材料として、純アルミニウム(JIS A1085)およびアルミニウム合金(JIS A5052)の試験板(70×75mm、板厚は1mm)の2種を使用し、これらの材料を試験板としてアセトンに浸漬して付着油分を除去したのち、75℃に加温した表1、2に表された成分のエッチング水溶液で5分間浸漬エッチングをした。エッチング後は速やかに流水で30秒間水洗したのち、乾燥した。乾燥後の試験板の表面を金属顕微鏡を使用し1000倍で観察し、光輝部分として観察される未エッチング部分の面積率(%)を目視で測定した。評価は、光輝部分が認められないものを5点、未エッチング部分が僅かに認められるが5%未満のものを4点、5〜20%未満の未エッチング部分が認められるものを3点とした。さらに、20〜50%未満の未エッチング部分が認められるものを2点とし、50%以上のものを1点とした。
【0050】
2.エッチングの安定性の評価
処理温度が60℃の場合と85℃の場合について10分間のエッチングで溶出するアルミニウムの質量を測定し、エッチングの安定性を評価した。試験板は、純アルミニウム板をアセトンで脱脂したのち精密天秤で質量を測定し、表1、2に表された成分のエッチング水溶液で各10分間エッチングした。エッチング後の試験板は直ちに水洗し、80℃で5分間乾燥させ、デシケータ中で室温まで空冷したのち再度質量を測定し、エッチング前後の質量差からエッチングによる減量(g/m)を算出した。エッチング量の安定性は、[60℃処理でのエッチング減量]/「85℃でのエッチング減量]の質量比を算出し、この数値が高いほど、エッチングの安定性が優れると判定した。
【0051】
3.エッチングの耐老化性の評価
エッチング水溶液の調製直後に1dmの純アルミニウム板を75℃で10分間のエッチングした場合のエッチング量を測定(Ag/m)した。さらに、エッチング水溶液1リットルあたり10dmの純アルミニウム板を10分間のエッチングした後に同一条件にてエッチング量を測定(Bg/m)してB/Aの比を算出し、耐老化性を評価した。そして、B/Aが高いほど耐老化性が優れると判定した。また、このエッチング水溶液の状態(スラッジや浮遊物の有無)について観察した。
【0052】
4.エッチング後の耐食性の評価
エッチング後の試験板は塩水噴霧試験(JIS Z 2371)を72時間行い、錆、変色の程度を判定した。耐食性の評価は、白錆の面積が5%未満のものを5点、白錆の面積が5〜10%未満のものを4点、白錆または黒変の面積が10%〜30%未満のものを3点、30%〜50%未満のものを2点、50%以上のものを1点とした。
【0053】
5.エッチング後の密着性の評価
プラスチックやゴム等との密着性や電池用電極ペーストとの密着性を評価するため、アルミニウム材料に対して腐食性のあるリチウムイオン電池正極用の水系ペーストを調製し、エッチング後のアルミニウム箔の表面に塗布し乾燥し、ペースト塗膜の密着性を試験した。ここで水系ペーストは、活物質としてNi−Mn−Co三元系(LiNi0.33Mn0.33Co0.33)を使用し、活物質100質量部に対し、導電剤としてアセチレンブラックを5質量部、バインダーとしてPVDF粒子を1質量部、増粘剤としてカルボキシメチルセルロ−スを1質量部加えた水に分散し、さらにビーズミルで混合して固形分濃度が約35質量%となるよう調整したものを用いた。ペーストのpHは約10であった。調製した活物質ペーストは、バーコータを使用してアルミニウム箔の表面上に片面あたり50g/mとなるよう塗布した後に、100℃で加熱乾燥させた。そして、セロハン粘着テープを貼り付け、引き剥がす試験を行い、剥離の有無を評価した。評価は、剥離が認められないものを5点、一部に点状の剥離が認められるもの(5%未満)を4点、5〜20%の剥離が認められるものを3点、20超〜50%の剥離が認められるものを2点、50%を超える剥離が認められるものを1点とした。
【0054】
試験結果を表3に示した。表3から、本発明の実施例1〜17においてはエッチング均一性とともに、エッチングにおけるエッチング安定性及び耐老化性ならびにエッチング後の耐食性に優れ、塗膜との密着性にも優れていることが明らかである。耐老化性に関し、結晶性水酸化アルミニウム粒子を含む実施例2から3まで、実施例11ないし17には、浮遊物が認められなかったが、比較例4および7には、水酸化アルミニウムのスラッジが多量に認められた。また、これら実施例に対し比較例1〜7ではエッチング均一性が全般的に低下しており、エッチング安定性やエッチング耐老化性ならびにエッチング後の耐食性および塗膜との密着性も劣ることがわかる。
【0055】
以上の結果から、本発明のエッチング剤を使用することによって、エッチング水溶液のエッチングの均一性、安定性、耐老化性に優れるとともにエッチング後の耐食性および密着性に優れたアルミニウムまたはアルミニウム合金材料が得られることが明らかとなった。
【0056】
【表1】


【0057】
【表2】


【0058】
【表3】

【0059】
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明は広くアルミニウムおよびアルミニウム合金が適用される分野に使用することが可能で、樹脂やゴムの接着前処理や塗装、ペースト塗布前処理、めっきや陽極酸化前処理に好適である。とりわけ電池、コンデンサ用集電箔やタブリードなどのアルミニウム製電子、電池部品への適用が期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノカルボン酸を50質量部と、ヒドロキシカルボン酸、ジカルボン酸、ポリカルボン酸およびこれらの塩から選ばれる少なくとも1種を5〜300質量部と、アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩および重炭酸塩から選ばれる少なくとも1種を10〜800質量部含むアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤であって、かつ、このエッチング水溶液のpHが8〜10にあることを特徴とするアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤。
【請求項2】
前記アミノカルボン酸は、α−アミノ酸であることを特徴とする請求項1に記載のアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤。
【請求項3】
前記アルカリ金属のうち少なくとも一種はリチウムであることを特徴とする請求項1または2に記載のアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤。
【請求項4】
前記エッチング剤は、さらにポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミンおよびこれらの誘導体から選ばれる少なくとも1種を含むものであることを特徴とする請求項1から3までのいずれか1項に記載のアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤。
【請求項5】
前記エッチング剤は、さらに結晶性水酸化アルミニウム粒子を含むことを特徴とする請求項1から4までのいずれか1項に記載のアルミニウムおよびアルミニウム合金用エッチング剤。
【請求項6】
前記エッチング剤は、さらに界面活性剤を含むものであることを特徴とする請求項1から5までのいずれか1項に記載のアルミニウムまたはアルミニウム合金用エッチング剤。
【請求項7】
請求項1から6までのいずれか1項に記載のエッチング剤を0.5〜5質量%に調整したエッチング水溶液を用いて、アルミニウムまたはアルミニウム合金をエッチングすることを特徴とするアルミニウムまたはアルミニウム合金のエッチング方法。

【公開番号】特開2012−136768(P2012−136768A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−294793(P2010−294793)
【出願日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】